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(>>2の続き)
・「夜の大統領秘書室長」
崔太敏牧師が'94年に死去したことで、朴槿恵一族にも平穏が戻った。朴槿恵氏が国会議員の補選に出馬し政界入りしたのは、
それから4年後の'98年のことだ。
そして今回、「朴槿恵大統領の密会相手」と取り沙汰されているのが、鄭允会氏(59歳)である。朴槿恵大統領より3歳年下で、'
98年から一貫して、「秘書室長」として、朴槿恵氏の一切を背後で仕切ってきた。
前出の韓国メディア社長が解説する。
「崔太敏牧師は生涯で6度も結婚しており、5番目の妻の娘婿が、鄭允会です。鄭允会は、'04年に朴槿恵がハンナラ党代表
最高委員に就任した際に、熱愛スキャンダルを恐れて秘書室長を辞しました。しかしその後も朴槿恵を裏で支え続け、いまや
義父の時代と同様、『青瓦台のラスプーチン』『夜の大統領秘書室長』の異名を取っているのです」
この二人のホットな関係を裏づけるかのように、鄭允会氏は、長年連れ添った崔太敏牧師の娘と、今年5月に電撃離婚した。
韓国メディア社長が続ける。
「鄭氏の妻は、今年2月に心機一転して改名し、翌3月にソウル家庭裁判所に離婚調停を申請しました。そして離婚は5月に、
スピード成立したのです。
崔太敏牧師は、23万㎡に上る広大な土地など、総額200億ウォン(約20億円)に上る資産を、鄭氏夫妻に遺しています。
ところが鄭氏は離婚にあたって、この全資産を妻に渡し、かつ一人娘の親権も妻に譲りました。鄭氏が離婚にあたって唯一、
妻に要求したのは、『夫婦時代に知り得た一切の個人情報を口外しないこと』。まさに鄭氏と朴槿恵大統領との『親密な関係』が
離婚の背後にあるのではと勘ぐりたくなる離婚劇でした」
そんな鄭允会氏の権勢を象徴するような「事件」を、今年に入って韓国の有力誌『時事ジャーナル』(3月19日号)が報じた。
何と鄭允会氏の指示を受けて、「青瓦台」が1ヵ月にわたって、鄭氏と仲の悪い朴槿恵大統領の弟・志晩氏を尾行していたというのだ。
記事によれば、志晩氏が尾行者を引っ捕らえたところ、鄭允会氏の指示で行ったと告白したという。
朴大統領の威光をカサに着て、大統領を操っているというわけだ。加えて同記事は、鄭允会氏が、「青瓦台」の人事に深く
介入していることも報じた。
さらに同誌(6月20日号)は、9月に仁川で行われるアジア大会に、鄭允会氏が自分の娘を、乗馬の韓国代表にゴリ押ししたと
報じた。鄭氏は7月22日、同誌を相手取って訴訟を起こしたが、これら一連の記事を報じたのは、韓国きってのスクープ記者だけに、
取材は実に丹念に行われている。
7月18日には、韓国最有力紙『朝鮮日報』の名物コラムニスト・崔普植記者も、「大統領を取り巻く風聞」というタイトルで、
鄭允会問題を取り上げた。
〈「大統領を取り巻く風聞」は、世間の誰もが皆、知っているのに、ただ大統領本人だけが聞こえていないに違いない。
セウォル号の惨事が起こった日、午前10時に大統領が書面で報告を受けてから7時間も、対面での報告も、大統領主催の
会議もなかった。
今月7日の国会運営委員会での金秘書室長の証言は、秘書室長にも隠している大統領のスケジュールがあるというようにも
解釈できる。世間では、「大統領があの日、某所で『秘線』(秘密の相手)と一緒にいた」というウワサが流れている。
まさにそんな中、風聞の人物である鄭允会氏の離婚の事実まで明るみに出て、ますますドラマチックになった〉
この「意味深なコラム」を綴った崔普植記者に、「大統領と鄭允会氏の関係」について聞いたが、口を濁した。
「私が書いた文章が悪意的に編集され、悪用されました。そのためこの問題に対して、いま日本のメディアで発言したくありません」
(更に続く)