14/03/10 20:37:18.10
3月6日(木)、「秘密保護法を考える川崎市民の会」は、
ロックアクション(毎月6日全国一斉行動)に合わせ、
街頭アピールと小澤俊夫さん講演会を実施しました。
(中略)
講演要旨:私は1930年、中国の長春で生まれ、1941年に東京・立川に移り住んだ。
中学3年で敗戦を迎える1945年まで、「学徒動員」ゆえ、軍需工場で火薬を作っていた。
その火薬を積んで、「特攻隊」は死んでいったのだ。
他方で中国では、何度か陸軍病院へ「慰問」に行ったが、その時よく日本兵から、
「手柄話」として、無差別殺戮の話を聞いている。
それは、毒ガス兵器の使用や南京大虐殺の話を含む。
強調したいのは、国内での兵隊の印象と、戦地での兵隊の印象とが異なる点だ。
外国は、戦地における、侵略者としての日本兵を見ている。日本では、
徴兵されていった肉親や、傷ついて引き揚げてきた日本兵の姿しか見えていない。
また戦後、復員してきた兵隊は、戦地の現実を語ってこなかった。
家族に再会して人間に戻ったら、戦地での自分の行動は、苦しくて話せなかったのだろう。
日本国内で約300万人が亡くなったが、日本はアジアで約3000万人を殺した。
やがて日本は、ポツダム宣言を受諾して無条件降伏した。
だが当初は「敗戦」と言われていたものが、いつのまにか「終戦」と言われるようになり今に至る。
おかしい。自然災害が過ぎ去ったのではない。日本が戦争を始め、それが負けたのだ。
「東京裁判」はあったが、日本国民自身が戦争責任を追及することはなかった。
第二次世界大戦は、枢軸国のファシズムと連合国の民主主義とのたたかいだった。
その結果ファシズムが敗北し、日本も民主主義として歩むことを宣言し、
平和憲法を制定した。こうした認識を明確にもたないと、
安倍政権の「日本を取り戻す」といった言説に、足をすくわれる。
ドイツも第二次世界大戦の敗戦国だが、現在はEUの中心国だ。
他方、日本はアジアの隣国とさえ、首脳会談が出来ない。この差はどこに起因するのか。
ドイツでは、強制収容所跡やシナゴーグ跡など戦争遺跡を隠すことなく、
戦争への強い反省を示すものとして保存している。
他方、靖国神社は日本軍国主義の拠点であり、そのまま今も残し、首相が参拝している。
人類に対する罪の意識が、希薄なのではないか。
ドイツの友人は、ハラハラしながら、現在の日本を見ている。
今日は「特定秘密保護法」がテーマだが、結局これは官僚の力を強くする。
かつて、官僚と軍人が、日本を戦争に導いた。その時、「治安維持法」や
「国家総動員法」を制定し、彼らが秘密を握り情報を管理した。
護憲集会への弾圧が始まっているが、官僚主義の復活を許してはならない。
中央の政治家にまかせることなく、それぞれの現場で闘っていくことが必要だ。
小澤俊夫さんプロフィール:1930年、中国・長春うまれ。
筑波大学やドイツ・マールブルク大学などで教鞭をとった後、
1998年に「小澤昔ばなし研究所」を登戸で設立。グリム童話の研究から出発し、
日本の昔話も分析し、昔話全般を考察している。
また、昔話の語りを全国で実施。最近は、右傾化する日本に対し、
メール通信「昔あったづもな通信」を発信。
指揮者の小澤征爾さんは弟で、ミュージシャンの小沢健二さんは次男。
URLリンク(www.labornetjp.org)