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☆★☆★2014年02月23日付
日本のジャーナリズムがようやく覚醒しつつあることをうれしく思ったのは、
昨日の読売社説が当然のことを当然のように主張していたからである。
それは「国益」より「社益」を優先するような言論の末路を予想してというより、
報道の原点に立ち戻ったからにちがいない
▼「慰安婦証言を検証・公開せよ」と題したこの社説は、
いわゆる従軍慰安婦問題に関する「河野談話」が、何ら資料的裏付けのないまま発表され、
それが史実として世界中に広まって日本が言われなき批判の対象となりつつあることを憂い、
同談話の作成過程を検証する政府チームの設置を歓迎した内容となっている
▼1993年、当時の河野洋平官房長官が元慰安婦に対する
「おわびと反省の気持ち」を表明した同談話は、
元韓国人慰安婦16人の証言を基に作成されたとされるが、その作成過程がきわめてあいまいで、
しかも確たる証拠もないまま、あたかも日本軍が強制的に若い女性を慰安婦にしたことを
認めるような形となって、いまや「性奴隷」があったような歴史認識をあちこちに植え付けてしまった
▼しかし従軍慰安婦という概念は元々存在せず、それを韓国に阿諛迎合して事実に粉飾した
同談話の欺瞞に満ちた作成過程はすでに産経が明らかにし、
繰り返しその検証と公開を求めているのだが、読売ももはや座視できなくなったのは良心の呵責というものだろう
▼この問題の発端は朝日の誤報にあるが、それが一人歩きするようになるに至る原因を招いた人物の国会喚問は当然であろう。
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