【BLOGOS】日本が韓国にした酷いこと…閔妃(ミンピ)暗殺[01/16]at NEWS4PLUS
【BLOGOS】日本が韓国にした酷いこと…閔妃(ミンピ)暗殺[01/16] - 暇つぶし2ch877:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
14/01/17 00:58:55.14 wr/RN8lL
実行された王妃暗殺では、間違いなく大院君(国王高宗の父)がかなりの役割を演じていた。
・午前3時、王宮を日本軍が包囲し始めた。日本軍の一部隊は北西門に配備され、北東門に集結
したのは、日本人によって教育された朝鮮兵約300人である。
(ゲ・デ・チャガイ編 井上紘一訳 平凡社東洋文庫)

②閔妃(明成皇后)殺害後の「石塚書簡」
URLリンク(iroiro.alualu.jp)
入城して実行の任務に当たった守備隊将校兵卒の四つの門の警護の制止を聞かず、門内に侵入
し更に野次馬達は深く内部(建物内)に入り込み王妃を引きずり出し2,3箇所刀傷を負わせ、かつ
    ^^^^^^^^^^ (野次馬≠日本兵)
裸にし局部検査をして(笑いをくわえ、怒りをくわえながら)気絶(危篤?)させ、最後に油をかけて
焼き殺すなど・・・

③全責任を負って処刑された李周會将軍
閔妃殺害事件をめぐってロシア公使ウェーベルは動き始めました。そのこともあってか、外国の
政府代表は大院君政権の承認を拒否し、直接、高宗国王との交渉を主張しました。しかし、どの
政府も国益を重視して、この暗殺問題で日本に抗議した国はありませんでした。日本政府として
は欧米諸国との不平等条約(関税自主権や外国人を裁判する権利が日本に認められていなかっ
た)を改正するという悲願もあり、対外的な配慮もあって三浦公使以下四十余名を広島の獄に
送り、裁判にかけました。それを知った李周會は悩みました。彼はかつて国王に対して「閔妃と
奸臣を宮廷から遠ざけ、国王親政を実現するよりほか、国家の滅亡を救う道はない。それができ
なければ、自分の首を斬って貰いたい」と死をもって諌言したことがあります。その時国王は聞き
容れず、李周會を宮廷外に追い出してしまいました。それ以来彼は官を辞し、野に下って日朝の
志士と往来し、八方画策しておりました。そしてこのたび閔妃事件が突発し、三浦公使以下は
獄に繋がれました。彼は「日本が我国のために尽してくれたことは数えきれない。このたび公使
以下多数の志士が拘留せられた。朝鮮人として見るに忍びない」として閔妃暗殺の全責任を負い、
自分が閔妃を殺害したと供述し、他の二人(尹錫禹、朴鉄)と共に処刑されました。時に明治
二十八年十月十九日、五十三歳。(日韓共鳴二千年史 名越二荒之助 平成14年 明成社)

④朝鮮人首謀者の3名(李周會、尹錫禹、朴銑)の裁判官報
URLリンク(ameblo.jp)
URLリンク(ameblo.jp)

⑤実際、閔妃に手を掛けた人物は、禹範善。
在本邦韓国亡命者禹範善同国人高永根魯允明等ニ於テ殺害一件
URLリンク(iroiro.alualu.jp)
>禹ハ旧年王妃ヲ弑セシハ自己ナリトノ意ヲ漏セリ

⑥閔妃の夫、高宗の発言(1896年の勅令)
「禍乱の張本人たる禹範善、李斗鎬、李範来、李シンコウ、趙義淵、権鎭等を 斬首して露館に
来り、朕の観覧に供せよ」
訳:「王妃を殺害した張本人である禹範善たちを死刑にして、ロシア公館に来て、首を私に見せろ」
「王妃を殺したのは自分の部下だ。復讐する。国が滅んでもかまわない」

⑦殺害現場にいた閔妃の子、純宗の発言(往電31号)
「国母を殺したのは、禹範善だ」

※その後、純宗が刺客・高永根を放ち、禹範善を暗殺
【書籍】 明成皇后の怨み晴らす~「刺客・高永根の明成皇后復讐記」韓国で出版[09/02]
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