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ここのところ、在特会(在日特権を許さない市民の会)によるヘイトスピーチなどのおかげで、
在日韓国人や朝鮮人に対する風当たりが明らかに強くなった。彼らの主張を聞けば、
入管特例法に基づく特別永住資格について異議を唱え、同法の廃止を目指しているという。
だが、デモの実態をみる限り、それは建前に過ぎず、韓国人、朝鮮人に対する嫌悪感を炸裂させているようにしか思えない。
そうでなければ「ゴキブリ朝鮮人は国に帰れ」などという言葉は使用しないだろう。
今回は、日本で生まれ育った在日韓国人三世(43)の人生を辿り、その実態と本音に迫る。
俺の本名は、金徹(キム・チョル)。いわゆる在日韓国人である俺は、
本名に田の字を付した金田徹(かねだとおる)という通称名(通名)を使って、生まれてからずっと日本で生活してきた。
人生最初のイベントといえる名付けの段階から、日本人のフリをして生きていかなければならない環境は、在日韓国人にとって不幸なことだと思える。
民族学校には行かずに日本の学校に通った俺は、韓国語の読み書きは全くできないし、韓国人としての誇りも全くない。
それどころか韓国人であることを認めたくない気持ちすらあって、なるべく気付かれないように周囲と接してきた。
そのきっかけは、小学生時代に初めて韓国に行った時、初対面となる父親側の親戚達から
「お前は韓国人なのに、なぜ日本語で会話するのか」と罵られ「パンチョッパリ」と蔑まれたことに起因する。
ハングルもできず、兵役にもいかない在日の俺達は、彼らにとって裏切り者でしかないのだ。そんな人間ばかりの祖国など愛せるはずがない。
その一方、在日韓国人に対する日本人の姿勢も、若き日の俺を大いに傷つけた。例を挙げればきりがないが、
国籍が韓国というだけで、いわれのない差別を受けるのである。最も悔しく、衝撃を受けた差別は、
結婚を前提に交際していた日本人女性の両親に挨拶に行った時、在日であることを理由に別れさせられたことだ。
「君のような人と娘が一緒になることは、ウチの家系が許さない」
高級官僚であった彼女の父は、室町時代より続く由緒ある家庭だから外国人と結婚させる訳にはいかないと力説して席を立つと、
泣き叫ぶ彼女を部屋に閉じ込めて俺を追い出した。その日を境に連絡が取れなくなってしまった彼女の真意は不明だが、
この時には自分の先祖を恨み、自殺を図るほど酷く落ち込んだ。
就職活動においても、嫌な思い出がある。差別に遭わないよう国籍を記載する必要のない履歴書を用意して入社試験に挑み、
筆記試験から二次面接までを通過した俺は、最終審査である社長面接もクリアして正式採用の内定を貰った。
「君の採用は、一番に私が決めた。幹部候補として採用するから頑張ってくれたまえ。期待しているよ」
社長直々に声をかけられて感激した俺は、他社から頂いた内定に断りを入れて、
この会社に一生を捧げる覚悟を決めて入社日を待った。そうして迎えた初出勤の日。入社式を終えて勤務地の内示を受けた後、
総務課から住民票の提出を求められた。在日韓国人に住民票はないので、その代わりに外国人登録済み証明書を取得して、
当たり前の顔で提出する。するとまもなく社長室に呼び出された俺は、一生のトラウマとなる言葉を吐きかけられた。
「ウチは純血でいたいんだ。わかるだろう? 優秀な君と一緒に仕事ができないのは残念だけど、おとなしく辞退してくれ」
自分が不純であるとは思えないが、純血という言葉の意味が国籍を指していることは、すぐに分かった。
そこまで言われて居座る訳にもいかず、その場で入社を辞退した俺は、悔し涙に頬を濡らしながら帰宅した。
二十年以上前の話ではあるが、彼への恨みは現在も消えない。
(続く)
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