13/04/01 14:45:16.72
高等学校学費無償化指定除外問題について反対意見を唱えている在日朝鮮の人達はどのようなことを主張しているのだろうか。
文部科学省前で座り込みを続けている若者たちがいるということを聞いた。霞が関へ足を向け、彼らの等身大の主張に耳を傾けてみることにした。
一発で分かった。本当に文部科学省前で抗議をしていた。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
アポなしの取材で気がひけたが、声をかけると、彼らは気さくに応じてくれた。文部科学省前で座り込みをする在日朝鮮の人の中には、日本人の支援者もいた。
自分の身分を明かして取材を申し込むと、協力してくれる旨の回答がすぐに返ってきた。聞けば、一人は朝鮮大学校の学生さんで、他のデモ参加者は、京都や他の地方からやってきた社会人とのこと。
「みんな、ばらばらなんですけど、僕は可能な限り朝から来て、19時に文部科学省の門が閉まるまでここで座ってます」 運動のリーダー的存在(?)の彼がそう教えてくれた。
?
運動が周知されるようになると、様々な人との接触もあるはずだ。私は、首相官邸前の反原発デモや、新大久保で在特会のデモに出くわしたことがあるので、彼らが危険な目にあったりしていないか心配になった。
「今のところ、危険な目にはあってないですね。場所柄じゃないでしょうか」
老婆心ながら安全を確保する方法について伝えた後、いくつか質問をぶつけてみた。
「文部科学省の人達の反応はどう?」
「大体の人が気まずそうに素通りしていきますよ。ただ、一度、文部科学省の人がやってきて、個人的には朝鮮学校が学費無償化の指定除外になったのは理不尽だと思っていると話してくれました」
「神奈川県の黒岩知事は、朝鮮学校への補助金交付に理解を示していたけど、方針を転換したよね? それについてはどう思う?」
「補助金の交付を止めたのは、県民の理解が得られないという理由だったかと思います。「県民のために」、とか、「国民のために」って言葉は、政府側に都合のいい言葉だと思うんですよ。
たとえば、原発の再稼働について、政府の人が説明する時、やっぱり「国民のために」って言うでしょう?
見る限り、国民のみなさんのかなりの数が、原発の再稼働を望んでるわけじゃないのに、どうして国民のためなんでしょうね(笑)
無償化指定除外の問題もそうですよ。神奈川の人たちが朝鮮学校に補助金を交付することを反対しているのかといえば、本当にそうなのか? と疑問に思わざるをえないですね。
今、生活保護の問題が話題になっているじゃないですか? この問題に、このやり方をぶつけられたらヤバイと思うんですよ。
気をつけていないと、「県民のために」「国民のために」という言葉で、本当に保護が必要な人が守られなくなったりするんじゃないでしょうか
「これは、僕の意見なんですけど、僕が抗議しているのは、朝鮮学校の学生が学費無償化の対象から除外されたことだけじゃないんです。
同じような外国籍の子が通う学校や、日本人の子が通う無認可校も、学費無償化の対象外になっているでしょう?
教育を公平に受けられることが、この国の中で生活していく上で、生活を豊かにするための機会を得る公平な権利だと思うんですが。さっき、僕の意見と言いましたが、他にも同じような考えを持っている人は多いと思います。
ただ、朝鮮学校が日本政府に抗議しているという図式がわかりやすいのか、そのことだけが誇張されて伝えられてしまうことが多いのが、残念なんですけど」
日本人支援者の方も数名訪れた。小金井市(東京の西にある街)から来たという女性は、
「朝鮮民主主義人民共和国と日本の関係は好ましい状態とは思っていないが、子供が教育を受けられなくなることは黙って見ていられない。
母親なら、どこの国の人でも子供に教育を受けさせてあげたいと考えるのは当たり前のはず。子供が理不尽な目に遭うのは、いてもたってもいられなかった」と述べた。
取材を開始した直後、抗議に参加した子が、パネルに描いた日の丸に大きくバツ印をつけた。言わんとしていることはわかるが、僕自身は、正直良い気持ちはしなかった。(彼らの主張したいことはよくわかる)
私が彼らの前で、朝鮮民主主義人民共和国の国旗にバツ印をつけたら、彼らもよくは思わないはずだ。いわゆる良い意味での愛国心だろう。
インタビューに答えてくれた彼が話してくれた「朝鮮学校の学生だけでなく、日本の子が通う無認可の学校の学費も無償化してほしいという意見」は、人としての良心であり、やはり同国の多くの人が持ち合わせているはずだ。
私たちは、隣人と手を取って生きて行く方法を真剣に考える時代に来ているのではないか。
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