12/12/07 23:28:36.56
紅灯の光に反射した灰色の建物の塊は島のように見えた。真冬の夜中。黎明前の暗闇の中には、違和感を感じさせるその紅灯の島だけが
浮いていた。鍾岩(チョンアム)警察署出入記者として初めての出勤した新米の警察記者に、この島は強い印象と疑問を投げかけた。ここは
「ミアリテキサス」と呼ばれた。20年以上も前の話だ。
その町には大きな大衆浴湯があった。早朝に眠い目をこすりながら出勤し、原稿を仕上げると、その浴場に行くことがあった。その時間には、
明らかにその島から来たと見られる女性たちが三三五五集まった。彼女たちはどの豚足店がおいしいか、どんな化粧品がよいかなどを話していた。
化粧の濃い外貌は馴染まなかったが、彼女たちの関心事は日常的だった。このためすぐに彼女たちにも慣れた。
ある日、隣でくしを洗っている手が見えた。仕事のために頭の中が疲れていた。それを見ながら、自分の汚いくしを思い出した。「私のくしも
洗わなければ…」。睡眠不足であるうえ、種々な考えが頭の中に広がり、うっとうしい気分だった。一人でいろいろと考えながら苦しんでいるところ、
ふと彼女の目が見えた。決して消えないようだった濃厚なマスカラの裏の聡さのない瞳には「無念無想」という言葉でしか説明できないものがあった。
瞬間、妙な衝撃が走り、なぜか心が落ち着いた。
刑事がミアリテキサスの取り締まりをするというので随行した。空っぽの遊郭。鏡になった壁。紅灯しかない寂しい部屋。安物の化学繊維で
作ったドレス。あの時の“瞳”が突然頭をよぎった。戻ってくる車の中で力なく不満を言った。「取り締まりよりもあの汚い環境から改善しなければ
いけないのでは?」
“意識ある女性”なら、この場面で売春を根絶し、彼女だちを助けるべきだと話しているはずだ。なのに環境改善を云々するとは、非難を浴びる
かもしれない。しかしその時に悟ったことがあった。娼も一部の女性にとって生計の手段だということを。警察が摘発して送り帰した未成年売春女性が
また戻ってきたと言って彼女を警察署に連れてきた店主、性病にかかっても健康ではなく営業できないことを心配する女性を見ながら分かったのだ。
食べていくというのはそれほど厳しく現実的なものだった。国は彼女たちの生計の責任を負うことができなかった。
それから10年後、鍾岩警察署に赴任した金康子(キム・カンジャ)署長はその島を大々的に取り締まった。しかし彼女はしばらくすると、取り締まり
よりも売春女性の保護に方向転換した。花代の分配比率を定め、監禁を禁止し、休日も作った。やめたい女性は出て行けるようにし、職業自活も
支援した。彼女はそのように集娼村の秩序を作っていった。
さらに10余年が過ぎた今、その間に作られた「売春特別法」で売春が禁止された韓国は、皮肉にも外国にまで噂が広がる「売春楽園」として通じる。
売春は住宅街にも広がり、8兆ウォン(約6000億円)台の産業規模を誇る。女子大生・主婦まで“アルバイト”をする、この陰性取引市場では、
衛生と人権じゅうりんの程度を確認できない。この渦中に金元署長は生計型女性のための「制約的公娼制」を主張している。何が間違っていたのか。
需要があり供給の意志がある市場は形成される。それは自然法則と同じで、人為的に防ぐことはできない。制度は市場の陰性化を防ぎ、その市場で
生計を立てる人たちの人権を保護し、市場の外の反則行為を処断するものでなければならない。売春特別法は集娼村女性の人権を保護しようとして
作られた。ところがこの法の施行後、その島の女性は生計の場から追い出され、1カ所を押さえれば別のところが飛び出す「風船効果」も大きくなっている。
もちろんその法がすべて問題であるのではなく、存在する法をなくそうというのは過激だ。しかし反省する時期にきている。近いうちに、この法の守護者と
当局者が生計型売春従事者と深みある“トークコンサート”をしながら、こじれるだけこじれた売春産業整理案と生計型従事者の生計保障対策を
もう一度考えてみるのはどうだろうか。善良な正義感で不遇な人たちの生計を脅かすことは人間の世の中でたびたび起こる。
ヤン・ソンヒ論説委員
中央日報/中央日報日本語版: 2012年12月07日16時11分
URLリンク(japanese.joins.com)
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