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▲チョ・チャンワン、セマングム群山経済自由区域庁投資誘致担当官
魯迅が中国当代の知性と呼ばれたのは自らに対する痛烈な批判から始まったからだ。そのような
自己告白が最も強い小説が‘薬’だ。結核の息子に与えるため、饅頭に処刑された革命家の血を
付ける人々の低劣さを小説は批判している。時代や状況によって違うだろうが、普通の人々が選
択の岐路で優先するのは自分と自分の家族の安全や危機と富だ。
しかし、こういう状況の背後には命をかけて闘う人たちがいる。そしてその相手には権力を掌握し
たパワーグループがある。大衆はこの中間で多様なやり方を通じて操作されるのが常だ。大衆が
賢明になれば破局を防けるが、そうでなければ極端な結末で危機を迎える。私たちの歴史であっ
た数多くの挫折も事実は、現実を正しく認知できず上層部の操作に翻弄されて瞬間的な利益ばか
り追求した場合に起きた。
日本を全く認知できず、あっという間に首都を渡した壬辰倭乱がそうで、空しく政府を渡した庚戌
国辱も同じだ。相当数の人々が沈没を感じていたのに無視した1997年IMF管理体制もこういう無
知と外面のために起きた。そして今も多くの人々がそのような状況を予告するが、選挙に立つ者
はこういう状況をまったく無視する。
それでは中国と日本はどうだろうか。筆者が思い出す中国人の自分告白書が何冊かある。まず
柏楊先生が書いた「醜い中国人」だ。彼は漢族と辺境民族が交流する時、良い文化を伝えず悪い
文化が多く伝わって中国人の民族性に否定的な要素が多いと指摘し変化を求めている。
そしてこの様な努力は大陸でも同様だ。2009年中国で出版された陳志武教授の「中国式モデル
はない」や郎咸平の「誰が中国経済を殺すのか」も中国経済や社会に対する痛烈な自己反省から
始まる本だ。米国で活動する陳教授や中国で活動する郎教授は場こそ違え中国経済が伝統的に
持つ悪習を捨ててこそ持続的に成長し、国民も幸せな社会が維持されると強調する。
(中略:両者の主張を紹介)
この様な指摘で気分が悪い者もいるだろうが、こういう本が中国内でも出版できることはそれ自体
衝撃的で広い気持ちでゆるすことができる中国の包容力を見せる。
だが、寡聞にして日本人たちが自らの弱点を批判した本は聞いたことがない。田麗玉(チョン・ヨオ
ク)元議員がユ・ジェスン氏の原稿を無断で出版した「日本はない(邦題:哀しい日本人)」という外
国人が書いた日本批判書は自国で出た本ではない。ロバート・ツチガネの「ニッポン人取扱説明
書」等があるが、こういう本はあまり有名でもなく、内容もそれほど強くない点で中国の自分告白に
は達し得ないようだ。
日本は明治維新後、明確に帝国主義的根性を発揮して朝鮮はもちろんで東南アジア、中国など
に攻撃根性を見せた。米国まで侵略して敗戦したが、こういう日本人たちの自己反省や告白は探
すのが難しい。事実、日本の成長には自らの伝統を重視し、実質を崇める精神があるが、民主主
義の形成ではあまり良い点数をつけられない。
敗戦後、朝鮮戦争などを契機に基礎を作って、電子、自動車産業などで優位を確保したが東京オ
リンピック後の日本はみすぼらしく没落していく国家というイメージを拭えない。その理由はいろい
ろあるだろうが、筆者は日本人自らが痛烈に自分たちの民族性や文化について批判しなかった事
をあげたい。
こういう状況は日本人たち自らに自己反省や未来を考える契機を与えなかった。結果的に自ら変
貌するターニングポイントを作ることができなかった。
「敵を知り己を知らば百戦危うからず(知彼知己百戦不殆)」という言葉は広く知られているが、最も
実践しにくい言葉だ。他の人々を知ることも難しいが自身を知るのも容易ではないからだ。この段
階の次には「聡明であることは難しい。しかし愚かであることはさらに難しい(聡明難糊塗更難)」の
段階もある。
ソース:週間貿易 (韓国語) [チョ・チャンワンのニューチャイナソフト]中国人と日本人の自分告白差
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