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日本政府の弱腰のせいで、シナ武装漁船団100隻に、拿捕された、海保巡視船。
例えてみれば、お巡りさんが“泥棒”に追っかけられたような、
おかしな具合だった。追ったのが100トンそこそこの中国漁船、
追われたのが350トン、乗組員32名の海上保安庁巡視船「やえやま」。
昭和53年4月14日、尖閣列島領海内での出来ごとであった。
その時の模様を、地元沖縄タイムスがこう報じている。
「中国漁船は、魚釣島から久場島へ移動、
午後2時ごろ『炉漁二九〇』を警告したとき、
脚付きの自動小銃を船首にすえ、
若い男が10メートル離れた『やえやま』へ向けた。
『やえやま』は速度をあげて離れたが、銃を向けたまま、
約30分追尾された」(4月16日夕刊)。
ただし、巡視船の名誉のために断わっておくが、
『やえやま』は決して逃げたのではなかった。
「こと外交問題でもあり、現地機関は、
相手国船舶を極力刺戟せぬよう、慎重に当たれ」という、
日本政府の意を体した海上保安庁長官指示を、忠実に守ったまでだ。
第十一管区海上保安本部(那覇)所属の「やえやま」が、
尖閣列島付近の領海内を哨戒中、
突然、1OO隻に余るシナ漁船を、レーダーで捕捉したのは、
その二日前、4月12日午前7時3O分である。
一部はすでに、魚釣島北西方領海内に侵入していた。緊急第一報を本部に入れたあと、
「やえやま」は、
この降ってわいた、大規模なシナ漁船団のまっただ中で、半ば拿捕された状態だが、文字通り孤軍奮闘していた。
中国漁船団は、総数14O隻を数えたが、領海侵犯への再三の警告、退去命令も無視し、
13日には、最大4O隻が領海内に侵入、
「ここはシナ領土である」と中国語で書いた看板を掲げる始末。驚いたことに、
一部の漁船は、自動小銃をちらつかせる不穏な動きさえみせた。
知らせを受けた海上保安庁は、直ちに第十一管区の巡視船「のばる」「おきなわ」を現場に急行させる一方、
事の重大性に対処して、
鹿児島・門司・舞鶴・神戸・横浜の各管区から1O隻の巡視船、ヘリコプター2機を含む航空機7機を発進させるという、
未曽有の総動員態勢をとった。
シナ武装漁船団は、シナ政府の「示威行動はすんだ、矛を収めよ」との指令に基づき撤退していった。