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∞西太后の詔書~尖閣諸島領有権主張の根拠たりうるか~
尖閣諸島に対する領有権を主張する根拠の一つとして、中国では、「1893年(光緒十九年)、西太后は
主治医の盛宣懐に薬草を採集させるため尖閣諸島を与えた」と記載された文献があると言っている。「西
太后の詔書」と呼ばれているものである。
先日(6月12日)、中国のインターネット(「猫眼看人」という民主派のサイト)でこの詔書の写真が流れた。
日本で尖閣諸島を東京都が購入する話が持ち上がっていることに関して、中国のインターネットではかん
かんがくがくの議論が飛び交っており、その多くは日本批判であるが、昨年末ころ、尖閣諸島は日本の
領土だとする意見も少し出たらしい(私はそのことを最近まで知らなかった)。対日強硬派にとって、中国
の内部からそのような意見が出ることは、わずかであっても面白くないので、西太后詔書の写真を流して、
中国の主張に根拠があることをアピールしようとしたのであろう。
この詔書は、1947年に米国在住の盛宣懐の孫娘によって初めて公表されたと言われている。それ以来
日中両国の学者はこの詔書を研究し、その結果、この詔書は偽物である可能性が高いと判断していた。
日中双方ともである。その理由をかいつまんで言えば、(イ)この文書は詔書の形式に従っていないところ
があり、また日付もない(「光緒十九年十月」までしかない)、(ロ)1893年であれば、日本が尖閣諸島の
状況を調査した後のことで、すでに実効支配しており(沖縄県に編入する2年前)、西太后がそのような
詔書を発出すれば日本政府が黙って見過ごすはずがない、(ハ)薬草が採取されるのであれば、日本側
でも確認していたはずであるが、そのような形跡はなかった、(ニ)清国の公文書にこのような詔書は収録
されていない、などである。
今回、この詔書なるものがインターネットで流された際、そのような研究結果は付記されていなかったが、
その翌日には詔書は偽物であるとする意見が書き込まれた。これは興味深いことである。昨年末、中国
のインターネット・サイトに尖閣諸島は日本の領土だとする書き込みがなされたこともさることながら、今回
の書き込みは中国側主張の根拠の一部を崩す情報を広く流すものである。この書き込みをした人物は、
対日批判の合唱に加わるよりも客観的に事実を伝えることを重視したのではないか。
このことに関して、いくつか思うことがある。
第一に、国籍の違いよりも真実を求めることを重視し、客観的に物事を見ることができる人は中国にも
居る。結局は日本も同じことで、狂信的な人も居れば、冷静な人も居るのであり、大事なことは双方が
冷静さを失わないことである。
第二に、すでに研究され、結果が出ていることでもなかなか伝わらない。西太后の詔書の場合もまさに
そうである。
第三に、日本政府は、尖閣諸島の領有権について問題は存在しないという立場であるために、日本が
根拠としていることについては具体的に説明するが、中国側の主張に対しては、「従来中華人民共和国
政府及び台湾当局がいわゆる歴史的、地理的ないし地質的根拠等として挙げている諸点はいずれも
尖閣諸島に対する中国の領有権の主張を裏付けるに足る国際法上有効な論拠とはいえない」としか説明
しない。つまり門前払いするので、この西太后詔書のような個別の問題には踏み込まないのであるが、
その結果日本政府は日本側の根拠については詳しく説明し、中国側の根拠については一言で片づける
形になっている。これは効果的な主張方法であるか疑問が残る。
第四に、13億の中国人の大多数は、尖閣諸島は中国の領土であるという中国政府の主張を繰り返し
聞かされ、そのように思いこんでいるのであろう。これに対し、日本側としては、冷静に、しかし、一般論
でとどめるのでなく、中国側の主張と根拠の内容にまで踏み込んで日本側の見解を、多言は要しないが、
分かりやすく説明できないものか。もし何らかの工夫ができれば、強い説得力があると考える。
>>2以降に続く
ソース:キヤノングローバル戦略研究所 2012.06.27 美根 慶樹 研究主幹
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