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【高英姫の真実】「喜び組」出身の“側室” 父は日本軍協力者 金日成主席は正恩氏を孫と認めず
北朝鮮の新指導者、金(キム)正恩(ジョンウン)氏の母、高(コ)英姫(ヨンヒ)氏(2004年死亡)が
在日朝鮮人出身であるだけでなく、後に「喜び組」と呼ばれる接待役だった経歴などから、祖父の
金(キム)日成(イルソン)主席が生前、正恩氏を正式な孫と認めていなかったことが14日、関係者
などの証言により分かった。父は日本軍への協力者といえる軍需工場労働者で、密航船を運営し
逮捕され、やむなく北朝鮮に渡ったことも判明。“負の出自”は、16日の金(キム)正日(ジョンイル)
総書記生誕70周年を境に加速しそうな正恩母子の偶像化に打撃となりそうだ。
高英姫氏は、格闘家の高太文(テムン)氏の娘という説が広く信じられてきた。しかし、北朝鮮の
民主化に取り組むNPO「救え!北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク」(RENK)が北朝鮮内部や
在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)関係者らから得た証言と、在日朝鮮人の帰国者名簿など複数の
記録から、父親は韓国・済州(チェジュ)島出身の高京沢(ギョンテク)氏だと裏付けられた。
太文氏の娘と高英姫氏の帰国時期や年齢、「万寿台(マンスデ)芸術団」で活動した経歴が似ていた
ため、誤解が生じていたが、韓国の情報機関、国家情報院も「父は京沢氏だ」としていた。
関係者らの証言などによると、京沢氏は1929年に出稼ぎのため渡日。陸軍管理下で軍服や
天幕を作る大阪市の「広田裁縫所」で働いた。戦後、済州島への密航船を運営し日本の警察に
逮捕され、出所後、62年に家族を連れ北朝鮮に渡った。法務記録には「強制退去」と記された。
他の在日朝鮮人のように「地上の楽園」を夢見た帰国ではなく、半ば強制的な送還だった。
英姫氏が芸術団の踊り子時代に、金総書記に見初められたことは知られている。韓国に亡命した
金総書記の親族らの証言によると、後に「喜び組」と呼ばれる秘密パーティーでの接待役に選ばれ
金総書記の固定パートナーとなり、76年から平壌の別荘で同居した。
内部情報によると、出自に加え、金総書記に既に正妻がいたことから側室として扱われた。正恩氏ら
2人の息子をもうけたが、金日成主席は当時、金総書記の別の妻が生んだ長男、正男(ジョンナム)氏を
後継者とみなし、正恩氏らを正式な孫とも認めなかったという。
金主席死去後は英姫氏を偶像化する動きも表れた。一方で、3代世襲の根拠に「革命の血統」を掲げる
北朝鮮にとり不都合な英姫氏の出自には全く触れず、金総書記死去後は「最高機密」に指定された。
【喜び組】 「万寿台芸術団」など北朝鮮で最高峰とされた芸術団の中でも容姿、才能ともに優れた
女性らで構成。金正日総書記と側近らだけが出席を許された秘密パーティーで演目を披露したり、
接待に当たり、金総書記の側近らの妻や愛人になったメンバーも多いという。万寿台芸術団から
選抜されたメンバーで1970年代に結成された「親愛なる指導者同志(金総書記)の公演室」が
原型とされる。
□ソース:産経新聞
URLリンク(sankei.jp.msn.com)
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