12/10/25 20:19:00.77 Jmi4Zj8G0
そう言えば、いつも、祖母の贔屓の呉服屋さんが実家に来ていたわ!
いくつかの反物を見せてくれ、その中から好きなものを選んで、あとは小物なども選んだなあ。
浴衣は毎年祖母が縫ってくれて、お出かけしていたの。
その呉服屋さんの長男とは小学校以来の幼馴染みで、
親同士は勝手に「将来は…着物の世界に!」などと話していたそう。
私は勉強好きだったから、着物の世界を極めてもいいと思ってみたり。
でも、その長男であった彼は、私が17歳の時に、白血病で亡くなってしまった。
私は、それから着物に袖を通すのが辛くなって、いつも泣いてしまう。
彼のお通夜の時、彼のご両親が「Joaillerieちゃん、どうかあの子の分も生きてやってね」と、
私を抱きしめて、泣き崩れたのを忘れることはない。決して忘れない。
涙に「忘れようとする涙」と「記憶しようとする涙」があるとするならば…。
「記憶しようとする涙」。
それでも、その時の私は混乱していて、「彼を失って、どうやって彼の分まで生きるればいいのか」、そう感じた。
そして何年も経った今、いまだに彼の不在を感じている。穴が空いたまま。
しかし、その不在という穴が、彼の生きていた証拠。彼の存在でもある。
私は彼の存在を、彼の不在で感じる。
こうして、私は研究者になることを決意したのだと思う。