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瀬戸内寂聴×美輪明宏
瀬戸内「三島さんの話をして改めて感じたのは作家の原罪意識ですね。ほんとうに因果なものだと思う。」
美輪「それは、三島さんだけじゃなくて、戸川昌子さんも野坂昭如さんも石原慎太郎さんも、みんな持っていますよね。いろいろな人たちが。
ただ、三島さんみたいにそれに気づいて、ちゃんとそれと向き合って完結して生きていく人もいれば、
原罪意識があるとか、ないとかということをまったく思いつきもしないで、まったく自己分析もしないで、そのまま死んじゃう人も多いです。
瀬戸内「そうですね。」
美輪「石原慎太郎さんなんか見ていると、つくづく彼には深い自己分析がないんだなと思いますよね。
彼は、お父さんに対するファーザーコンプレックスやオイディプスコンプレックスから逃れられなくてここまできてるんですね。
裕次郎さんは自前の人生を生きたけれど、慎太郎氏が生きているのは、実はお父さんの人生なんですよ。
お母さんが恋しくて恋しくて、ついに男の子がお母さんを殺して自分がその母親になってしまう『サイコ』という映画があるけれど、
石原慎太郎氏の場合は、お父さんを恋して愛して、自分が早くに亡くなったお父さんの人生を生きてやろうとなったわけですよ。
それはすべてお父さんの人生を生きているわけです。趣味、嗜好から思想的なものも何もかも全部、右翼的だったお父さんだから、こうなるだろうと。
お父さんなら、こうしただろう、ああしただろうと。それが彼の人生です。
つまり弟と違って、自前の人生ではない他の人の人生をなぞって生きてきたんです。早く言えば、父親に憑依されている人生なんですね。
だから彼は、父親とまったく違うタイプの人間は大嫌いなんです。でも、彼はそんなことに気づきもしないし、考えたこともないでしょう。
父親に対する潜在的ホモセクシャルの部分もあるんじゃないでしょうか。
彼自身、その内在している部分を引きずり出されるのを非常に恐れていることに早く気づくべきだとは思いますけれど、
まあ、無理でしょうね。「そんなことはあるわけない」と怒り出すのがせいぜいでしょうね。」