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つづき
相手を不当にさげすむのは、自分たちの自己肯定感が低いからだ。自己肯定
感とは自分自身への評価のことだ。自分への評価が低く、しかも高めることが
できないから、相手を不当におとしめて、自分を高く見せようとする。不当に
おとしめないと、自分自身の評価の低さに耐えられないのだ。
しかし、相手をさげすんでも、自己肯定感は高まらない。むしろ、いっそう低く
なるだけだということに、一刻も早く、気づいてほしい。
誇りと品格を捨て去ったものに、勝利などけっしてないのだということに、一刻も
早く気づいてくれ。
まだ間に合う。君たちは「ワセダ」なのだ。その誇りと品格を取り戻してくれ。
誇りと品格なくして、勝利などありえないことに気づいてくれ。常に、「自己肯定感」
を高めることを意識してくれ。
「荒ぶる」とは勝利を称える歌ではない。勝利するにふさわしい人間たちを称える歌だ。
怒りと悔しさに任せてここまで書いてしまったが、筆者には一つだけ落ち度がある。
ワセダの面々のコメントを取っていないことだ(だって、あっという間に誰もいなく
なってしまったから)。
反論があればぜひ言ってきてほしい。後藤監督、もしくはワセダクラブに言えば、
筆者への反論を述べることができる。
誇りと品格を取り戻すための反論を期待する。
その反論を次回の本コラムで紹介できることを期待している。
誇りと品格を取り戻す手段として、本コラムが生かされるならこの上なくうれしく思う。
おわり