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既に、槙野(だけではなく複数の選手)が役に立っていないのではないか、という移籍期間を見据えたあからさまな不要論がドイツメディアをにぎわしている時期ではあった。実際に、クラブ内でも放出リストに上がってもいた。だが、この日の好プレーにより、クラブ幹部からは
「ジェマル(チュニジア代表でアフリカネーションズカップに参加する)がいない間にレギュラー奪取のチャンスもあるぞ」
と、ポジティブな言葉をかけられてもいたのだ。そもそも移籍そのものに抵抗を感じる槙野にとっては、願ってもないことだった。
だが、そこで槙野は一度立ち止まって悩むことにしたのだ。そして、思い切って自らの意思で自らの行く末に結論を出すことにした。
「(ジェマル不在の)1、2カ月のために残留「そうだよね、あると思う。監督の求めるプレーを出来なかったということだと思うし、監督からもそう言われた。完全に最終ラインをオーガナイズしてサッカーしたいのに、オレが時々攻撃的な姿勢を見せることも良くなかったみたい」
結局最後までソルバッケンとは正面からぶつかることもなく、試合メンバーから外されるという形だけで、その意思を確認することになった。
一方で、浦和の監督を務めていた時代から槙野を高く評価していたフィンケ・スポーツディレクターは、その攻撃性をストロングポイントのひとつとして捉え、大いに買っていた。だが、その点がソルバッケンの下でプレーするにはマイナス評価にさえなったのだ。
ソルバッケンを呼び寄せたのもフィンケ自身だったことから、フィンケからは槙野に謝罪の言葉もあったのだそうだ。
ただ、そのストロングポイントを差し引いてしまうと、肝心な時に監督の思い通りの良いプレーができなかったことも、また事実だったということだ。
■実戦を通じて自信と体力を取り戻すべく、自ら移籍を決意。
槙野が、今回の移籍にあたって何よりも重視したのは「自分のプレーへの自信回復」だ。
>>3以降につづく