12/07/30 01:43:58.46 ACwz+jAt0
>>294の続き。
「昭南の逆転
私たち市川大隊は、島の東部チャンギー地区の警備隊であった。そこには
九万五千の捕虜が収容されており、十数万の雑多な人種が居住していた。
捕虜管理は概して寛容。住民は警備隊に、なついていた。
某参謀の指導で、華僑の粛清が指令された。重慶政府に協力した華僑を
粛清せよーーと言うのだ。
市川部隊ではー人も処刑しなかった。参謀は強硬に督促する。やむなく
〃１１名処刑〃 の偽報告を提出し、その場をつくるっておいた。このとき
有力容疑者が十一人いたからである。この十一人を保護するのに、ずいぶん
辛苦したものである。というのは、島内には三地区警備隊とは別に、
憲兵隊が駐留していたからである。憲兵隊は市中の治安維持が任務だった
が、憲兵たちは往々にして、全島くまなくスパイしていたのである。
十一人のうちー人だけは、重慶政府の発行文書を持っていた！
この男の処置には名案がなく、当時、ビンタン島に分駐
していた第十中隊へ送りつけ、ビンタン島に匿まっておい
た。
これは副官以下の処置したことで、市川少佐は勿論、了承していたが、
三年以上もの多忙な生活(師団参謀長などを歴任、終戦時は支那大陸に
出征していた)で、すっかり忘却していた。
敗戦の嵐の中を、関係諸部隊を帰還させ終わり、市川正が内地へ帰って
くると、シンガポールの軍部裁判法廷から呼び出しがあった。直ちに
島送りとなり、チャンギー刑務所に収容された。かつては、自分の統治
していたチャンギー地区。その刑務所の建物には、機関銃中隊(伊丹大尉以
下の私たち)が駐屯していたのに・・・…。
刑務所の給与は酷いもので、必要力ロリーの半分もない。市川は痩せ衰え、
次第に心気朦朧となる・・・・・・取り調べは長々とつづけられた。
ついに
「憶えはないが、もし、やっているとすれば、一人だけです」
と、供述した。当局では例の 〃１１名処刑〃 の偽報告書を持っており、
徹底的に追及していたが、それらの名簿の人物は大多数が生存しており、
それが、不審だったのである。
市川の証言で活気づいた(彼ら法務官は、有罪者を作り出すのが任務
だった)法廷は、それツとばかり華僑団体に通報し、その 〃一人〃 の
検出を求めた。
シンガポールは華僑の島だ。人口の大部分が華僑で、華僑の機嫌を損じて
は政治がやりにくい。軍事法廷が特に華僑関係の事件に重点を置いていた
のも、こういう特殊性のためであった。
「当時は、板垣征四郎をはじめ、河村参郎など、次々に絞首刑が実施
されていたし、ちょうどーー後述のごとくーー私たち数万の日本軍人が、
いたる所で労役に服していた。
その、日本人に対する苛酷な処遇を見て、華僑たちの間には、一大反英
デモンストレーションが勃発し始めていた。
日本人への虐待停止！
というのが、その第一スローガンであった。
こういう情勢下に、市川の証言した当の人物が、法廷に現われた。
一切の事情は初めて明らかになった。問題の十ー人の消息も判明した。
市川の善政は、証明されたのである。」