12/06/25 01:29:44.55 sL3fvg5Y0
>>677
福澤の時事新報への関与は年とともに少なくなっていったようです。
『福翁自伝』では以下のように言っています。
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併(しか)し私も次第に年をとり、何時(いつ)までもコンな
事に勉強するでもなし、老余は成る丈(た)け閑静に日を送る積りで、新聞紙
の事も若い者に譲り渡して段々遠くなって、紙上の論説なども石河幹
明(いしかわみきあき)、北川礼弼(きたがわれいすけ)、堀江帰一(ほりえきいち)などが専ら執筆して、私は時々立案してその出来た
文章を見て一寸々々(ちよいちよい)加筆する位にして居ます。
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福翁自傳 - 546 ページ :
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