【三十一谷人】福沢諭吉について(其の8)at HISTORY2
【三十一谷人】福沢諭吉について(其の8) - 暇つぶし2ch475:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/12 22:33:36.08 wxXgT5Hv0
>>473>>474
咸臨丸で遣米使節団が太平洋を横断してサンフランシスコまで航海した時は、
勝海舟が艦長、軍艦奉行木村摂津守が提督で、福澤諭吉は木村の従者だった。

このとき既に諭吉と勝が不仲だったかどうかは不明ですが、もし不仲だった
とすると、木村摂津守が2人を和解させようとしたかもしれませんね。

476:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/13 07:53:11.10 ZYMnwlsB0
>>475
木村の息子は明治海軍で勝の部下だった。
それはそうと、勝栄二郎財務事務次官と海舟は、まったく無関係だそうで。

477:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/14 07:31:20.07 GERWG6dg0
結局福澤の実績と比較して、勝の業績というのは、どうなの?

478:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/14 20:02:09.97 bgm+1IXLO
大言壮語の自伝だけ
海舟よ

479:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/15 01:45:14.94 0NkkCrXv0
>>477
諭吉は学者で、勝は政治家。

諭吉が『瘠我慢の説』を公表してもいいかどうか手紙で問い合わせると、
勝は以下のように答えた。
----
行蔵(こうぞう)は我に存す、毀誉(きよ)は他人の主張、我に与(あずか)らず我に関せずと存候。各
人え御示(しめし)御座候とも毛頭異存無之(これなく)候。御差越(さしこし)之御草稿は拝受いたし
度、御許容可被下(くださるべく)候也。
----
明治十年丁丑公論・瘠我慢之説 - 86 ページ :
URLリンク(project.lib.keio.ac.jp)

480:еёжЭЮЯабЧЦХЛθ γδεζηθ Eleonora de' Medici.
12/05/15 08:28:14.54 0theVzPPO

今年末 2012,12 に お札は $(弗・dollar)に替わる。

Noth-to-la-Da・Vinteの世紀末とは?

A(E)rena Oda Medici Lanc.Vint.Yokohama
Freemasonrey & Microsoft USA co.tp.
天皇家 織田 繪璃奈(横濱・野島えり)


481:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/15 21:36:00.82 ZI1p2ZssO
なんだ

482:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/16 01:02:07.70 rd/uK6q20
>>477
安藤 優一郎さんの
『勝海舟と福沢諭吉―維新を生きた二人の幕臣』日本経済新聞出版社 (2011/4/16)
URLリンク(www.amazon.co.jp)
を読むべし。

今ならアマゾンで中古品: ¥ 240 + ¥ 250(関東への配送料)で売ってますよ。
URLリンク(www.amazon.co.jp)

483:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/16 07:01:24.62 ujpHfHYb0
>>482
けっこう評判になっていたよねあの本。

484:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/16 20:00:02.70 610Pbab30
小川原本はどうだったんだよ!

485:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/17 18:11:34.51 FArB4Q5w0
安川とは違った観点から福沢を批判した本がもうすぐ出るみたいだな。福沢だけを扱った本ではないけど。

朱子学化する日本近代 小倉紀蔵
>>福澤諭吉―丸山眞男らの近代日本理解を批判。通説を覆す気鋭の問題作!
URLリンク(www.fujiwara-shoten.co.jp)

486: 忍法帖【Lv=3,xxxP】
12/05/17 21:55:19.62 U48eOfTJ0
福沢諭吉の教訓集「一日一訓」が完成
URLリンク(www.oita-press.co.jp)

中津市内の主婦ら約20人でつくる「中津を粋にする集い」(小野節子代表)が、壁掛けタイプの福沢諭吉(1835~1901)の教訓集「一日一訓」を完成させた。
計31の教えを学ぶことができ、約800部作製。1部千円で販売し、来春、市内の中学校を卒業する生徒約800人には無料配布を予定している。

 「中津を粋にする集い」は中津を盛り上げようと、月1回の勉強会を続けている。
郷土の偉人について学ぶうちに「若い人たちにもっと福沢諭吉について知ってもらいたい」という思いが募り、教訓集の製作を決めた。
 掲載した「天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らず といえり」「他の運をうらやむなかれ」などの言葉は、
福沢諭吉協会のメンバーで同団体の勉強会で講師を務めている福田一直さん(86)=同市沖代町=が自費出版した「福沢先生教訓集全21巻」から厳選。
福田さんは「慶応大学を卒業する時、郷土中津で福沢先生の語り部になると決めた。自分の書いた物が広まっていくのはうれしいし、ありがたい」と話す。
 小野代表は「福沢先生は愛すべき郷土の偉人。すてきな言葉がたくさん詰まっているので気軽に学んでもらいたい」としている。

487: 忍法帖【Lv=3,xxxP】
12/05/17 21:57:08.38 U48eOfTJ0
URLリンク(www.nishinippon.co.jp)

日銀総裁を務めた三重野康さんが理事のころ、一万円札の肖像が福沢諭吉に替わった。
新札1号券を「諭吉の故郷中津に展示したい」と当時大分県知事だった平松守彦さんは三重野さんに頼みに行った(平松さんの本紙「聞き書き」から)

▼2人は旧制大分中(現大分上野丘高)で同期だった。新札をめぐっては争奪戦があり、
1号券は日銀貨幣博物館が保存し、記号違いが中津市に、2号券は諭吉が創設した慶応義塾に、などで決着した

▼日銀総裁になった三重野さんは諭吉とにらみ合う。バブル経済の絶頂期で、諭吉の紙幣の束が羽をつけて舞っていた。
何度も利上げして“バブル退治”に挑み「平成の鬼平」と呼ばれた

▼総裁を退任するとすぐに“心のバブル退治”にも挑んでいる。本紙にこう話したことがある。「論語に『利を見て義を思う』とある。
人として踏むべき道を外れていないかを考えるという意味です」

▼バブル経済が生んだマネー万能の風潮は、道を踏み外しても平気な人も生んだ。その根っこのところに、
三重野さんは、日本人の心の形を縁取ってきた日本語の乱れを重ねて見ていたようだ。「日本語の乱れは日本を滅ぼす」と話していた

▼諭吉らの著作を読むと「日本語力」に圧倒される。三重野さんは日本人の基本を成す漢字文化を引き継ごうと経済界や教育界の有志で漢字文化振興会をつくり、
晩年も全国を回った。先日88歳で亡くなった。


=2012/04/20付 西日本新聞朝刊=

488:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/18 01:13:33.76 HzqXOj2w0
>>485
情報ありがとう。
ググってみると、著者の小倉紀蔵という人はこんな人のようです。

日本の韓国学研究者、哲学者。京都大学教授。
専門は韓国哲学、韓国文化社会論。

小倉紀蔵 - Wikipedia
URLリンク(ja.wikipedia.org)

アマゾンによると、発売日は 2012/5/27 のようです。

価格: ¥ 5,775
Amazon.co.jp: 朱子学化する日本近代: 小倉紀蔵: 本
URLリンク(www.amazon.co.jp)

489:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/18 10:51:22.55 2R8iaY0o0
>>488
韓国論で有名な人ですね。

490:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/18 10:52:54.23 2R8iaY0o0
>>488
連投
ぱっと見同窓後輩の与那覇潤と似ている感じ。

491:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/20 12:10:55.41 iLRxnW8Z0
>>485
藤原書店か。やっぱりサヨじゃね。東京大学文学部の卒業生なら、福沢を批判するに決まっている! ww


492:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/20 18:51:26.04 iLRxnW8Z0
連投になるかな。このブログ、なかなかスゴイ。感心した。

URLリンク(aoimon.blog7.fc2.com)

493:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/22 01:35:21.19 DjjAqBw20
>>491
Wikipediaによると、小倉紀蔵さんは

『日本の近代化と知識人』、東海大学出版会、2000年2月。ISBN 4-486-01471-5。

という本に、「福澤諭吉における朱子学的半身」という論文を寄稿しているそうです。

URLリンク(ja.wikipedia.org)

どうやら、この論文を引き伸ばして、今回の『朱子学化する日本近代』藤原書店を
執筆したようですね。
上記の論文を参照してみれば、福沢を批判しているかどうか判ると思いますよ。

494:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/22 07:39:28.99 UiA0ldre0
「ナショナリズムの根拠ー福沢諭吉の場合」 blechmusik.xii.jp
社会 1 user
bt-shouichi 政治学 先程の討論の前の平山の報告「ナショナリズムの根拠ー福沢諭吉の場合」。
面白いけど、「近代化とナショナリズムの政治思想」というテーマとは確かにずれてる。
また報告の題と内容もずれてるような… 2012/05/18

2011年06月22日付管理人へのEメール「米原謙氏に答える」 blechmusik.xii.jp
社会 4 users
bt-shouichi 政治学 政治思想学会での平山洋の発表に対する米原謙のコメントへの応答。
領土の拡張を主張していないというだけでは、福澤先生の「侵略的ナショナリズム」を否定できてない。
「アジア的視点」の返しに至ってはもう論外 2012/05/18

495:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/22 09:07:03.59 BGJ65YIq0
>>492

高橋哲哉が明治維新や靖国神社に批判的なのは
本人が会津出身だから


496:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/22 14:37:29.81 ZWyn5ae70
なんかちがうような

【社会】「なんだあの捏造CG?」 韓国海外向けTVが「H2A」ロケットの「日の丸」「NIPPON」を消す→批判殺到★2
スレリンク(newsplus板)

188 名前:名無しさん@12周年[] 投稿日:2012/05/22(火) 10:46:27.91 ID:1QkY/pwy0 [2/15]
>>120
馬鹿だなお前

平山洋が言ってんだよw
福沢諭吉批判を前線で受けてる反論した塾員学者だよ

左翼学者「福沢諭吉はアジア蔑視」
福沢諭吉信者「脱亜論は福沢諭吉の書いたものではない」

ネトウヨプギャー

244 名前:名無しさん@12周年[] 投稿日:2012/05/22(火) 10:51:20.55 ID:1QkY/pwy0 [3/15]
>>220
平山洋が異説異端かどうか?それだけを答えてもらうか

安川寿之輔は慶應大学でも講演したらいぞ

アジア蔑視の福沢か
アジア蔑視してない福沢か


497:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/22 14:54:32.70 BGJ65YIq0
>>494
侵略的ナショナリズムをどういう意味で使うかによるだろうな。
自分は主権を奪わないかぎり許されると思う。
19世紀にはとくに。

>>496
「脱亜論」を侵略主義と捉えるから、
平山は福沢の真筆ではないとしている、という誤解が生じるんだな。


498:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/23 07:43:23.55 ShqVkCcZ0
脱亜論は日本は欧米国際法を遵守する国になったがこれを無視するシナ・朝鮮とは付き合うな、という主旨だろう。

 今でも十分通用する。

499:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/23 08:02:25.04 Im6yN7TU0
>>498
「付き合うな」と書いてある「脱亜論」を侵略を提唱していると解釈した遠山茂樹の
感性はすごいな。

プロパガンダの天才はやっぱり違う。

しかも実際には「脱亜論」の>後<に、福沢は独立党残党の世話をしているんだけれどね。
つまり付き合いは続けている。


500:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/23 09:01:13.25 8+L5QfHg0
ここにもバカが…

「脱亜論」はホンモノとされているだろ・・・

URLリンク(d.hatena.ne.jp)

501:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/23 12:30:17.72 Im6yN7TU0
原武史明治学院大学教授が、慶應高校から早稲田大学政経学部に
進んだ理由。

「高校まで理科系で、医学部の進学コースに在籍していたんですけれど、
高2・高3の時に丸山眞男の政治思想の本を読んで、「これは凄い」と思う
ようになり、政治学を志すようになりました。
慶應高校から慶應大学の法学部政治学科に進学することが出来ないわ
けではなかったのですが、当時は慶應高校で留年した人が法学部や商
学部へ進学するという傾向があったので、慶應大学の法学部政治学科
に進学しようとは思えなかったんです。そこで、早稲田大学の政治経済
学部に進学しました。」
URLリンク(www.ut-life.net)

小川原正道慶應義塾大学准教授よ、怒れ!


502:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/23 13:59:07.09 3ZYpRkrU0
>>501

丸山真男のあこがれて早稲田の政経?

???


503:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/23 18:42:18.75 /wPk5QsV0
東大文Ⅰ不合格が抜けているんだね

504:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/24 07:27:35.43 8Aj5Oh2yO
あはは

505:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/25 23:05:42.01 Bd2E0TS00
>>500
追記・訂正されていました。平山本を読まずに平山批判していたようです。

----
安川本は読んだことがあるが、他の二氏の本は読んだことがないので平山の理解が正しいかわからない
----
いつもどおりid:noharra氏ほかに突っ込む(5/3分)(追記・訂正あり)
URLリンク(d.hatena.ne.jp)


506:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/26 11:36:10.28 RbIpL1pt0
日本史リブレット人 76 福澤諭吉と大隈重信 洋学書生の幕末維新 池田勇太著
URLリンク(www.yamakawa.co.jp)

507:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/26 16:32:17.84 WN/qca2l0
>>506
情報ありがとう。93ページで¥ 840ですか。確かに短い物語ですね。

----
出版社 / 著者からの内容紹介

幕末の若き日、かたや洋学者として、かたや尊王の志士として、自らの属する
世界と格闘し、新しい時代を切り拓いていった福澤諭吉と大隈重信。このタイプ
の全く異なる二人の洋学書生がいかなる行路を経て明治の舞台に上がったのかを
たどる、短い物語。
----
Amazon.co.jp: 福澤諭吉と大隈重信―洋学書生の幕末維新 (日本史リブレット人 76): 池田 勇太: 本
URLリンク(www.amazon.co.jp)

価格: ¥ 840
単行本: 93ページ
出版社: 山川出版社 (2012/05)


508:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/27 15:27:02.23 HfHPmEav0
時事新報論説集の文庫版がどっかから出ないかのう

509:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/27 21:04:53.28 Q0ainUQs0
>>508
時事新報論説集の文庫版というのなら、むしろ
『修業立志編』の文庫版を出して欲しいのう。
講談社学術文庫あたりから出してくれないかな。

510:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/28 07:21:59.23 0tF/EsOHO
平山さんが新しい本を出すってさ。政治思想学会情報

511:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/28 09:35:01.23 Sh+VjZYk0
>>508
昔の岩波の選集にあっただろ

512:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/28 11:01:25.16 DU5dWa480
福沢諭吉はアジア侵略論者なのか

平山 洋(静岡県立大学国際関係学部助教)著  
シリーズ・人と文化の探究 8
『アジア独立論者福沢諭吉―脱亜論・朝鮮滅亡論・尊王論をめぐって』

?ISBN978-4-623-06346-8 C3321 
?A5判上製カバー450頁
?予価6000円(税別)
?2012年6月刊

福沢諭吉は「一大英断を要す」に見られるようなアジア侵略論者なのか。
作、とりわけ『時事新報』無署名社説の起草者を認定することを通じて、
石河幹明ら周囲の人々の主張と明確に仕分けする。はたして新聞人とし
て読者に伝えようとした福沢の「独立自尊」と「文明政治」とは、いかなる
内容だったのか。本書ではその核心を詳細に論じる。

URLリンク(blechmusik.xii.jp)


513:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/28 14:55:24.18 WgyTnjCm0
>>512
情報ありがとう。シリーズ名を見る限り、版元はミネルヴァ書房のようだね。

514:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/28 15:02:10.17 OqtVKbuy0
>>512
目次を見た限りでは、今までに紀要やそのHPなどに発表した論文が元になってるみたいだな。

515:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/28 15:15:32.43 YIOcZBNs0
平山さんはもう安川一派に構う必要はないと思うけどな。平山さんの主張の
方が説得力があることは多くの人が認めている上に、あの手の輩は相手にすると
調子に乗るし。安川本に直接言及しなくても、安川の主張を全面的に否定することは
可能なのは、小川原正道さんの本が証明したしな。

516:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/28 15:23:08.74 0FGlt02u0
いや、かえって客寄せになるんじゃないか?
ところで小川原本をもう読んだ住人がいるんだな。レポよろ。

517:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/28 15:30:07.62 Sh+VjZYk0
>>515
言及しないで否定? どうやって?

518:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/28 15:47:28.78 B65Td8lQ0
>>512とHP自体の目次とを比較してみたら、たしかに全部既発表。
しかもHP上で読める!
新本のページからは飛べないのはご愛嬌 w

1冊にまとめるにあたって、書き換えなんかはあるんだろうか?

無理すりゃおおよそは無料で知ることができるが、
膨大な分量のうえ、ファイルはわざと分割してある。

研究業績としては単著にしないと意味が無い。
本の値段からいって、図書館や研究者向けだろう。



519:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/28 16:10:19.35 0tF/EsOHO
ホムペではどうなっているの?
ビラにはミネルバからとあるな

520:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/28 16:20:07.20 DU5dWa480
>>513
あはは、確かに版元の記載がない。誰か通報してやんな。
>>518
そりゃ、商売だからねえ。

521:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/28 16:39:35.16 B65Td8lQ0
>>520
図書館に「お願い」を出させたいわけだね。


522:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/28 16:48:42.36 0FGlt02u0
安川のがなりも宣伝の一部ってね。

523:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/28 17:23:13.88 Sh+VjZYk0
人が集まってきた

524:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/28 22:32:11.75 rQXqPnkl0
『反・幸福論』を読む幸せ
URLリンク(www.shinchosha.co.jp)

反・幸福論
佐伯啓思

 本書は、京都大学大学院人間・環境学研究科教授の佐伯啓思氏による小社での初めての著作になります。
 佐伯氏は、『隠された思考』『「アメリカニズム」の終焉』『現代日本のリベラリズム』『自由と民主主義をもうやめる』など、
今までに素晴らしい論考を数多く著され、サントリー学芸賞、東畑記念賞や読売論壇賞など受賞歴も豊富な稀代の思想家です。
 本書では、「なぜ日本人は幸せを感じられないのか」という壮大な問いに、佐伯氏の鋭い眼差しと柔らかい筆致で深く迫っています。
 未曾有の大震災、度重なる政権交代、「正義論」ブームなど最近のニュースを発端に、歪んだ日本人の思考を再考し、生き方の本質を、はっきりと浮かび上がらせてくれます。
 本書の内容を一部記してみます。

・「無縁社会」の何が悪い
・「自由と権利」の追求が不幸のもと
・経済的豊かさが人間関係を蝕む
・格差是正は欺瞞である
・「遁世」だって悪くない
・「ポジティブ・シンキング」は怪しい
・最新技術の「便利さ」を警戒する
・政界に渦巻く「歪んだ権力欲」の正体
・サンデル教授の「正義」は日本人に有効なのか
・福沢諭吉「人間蛆虫論」からの教え
・「徳」や「義」はどうして喪われたか
・「幸せの条件」は他者の中に宿る……
 本書の読了後には、知らず知らずのうちに偽善にまみれていた心や、くすぶっていた疑念が晴れ、喪われた「日本人としての幸福」が見えてきます。

525:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/28 22:33:40.43 rQXqPnkl0
諭吉の「人間ウジ虫論」
URLリンク(90351113.at.webry.info)

福沢諭吉に人間蛆虫論というのがある。
『宇宙の間に我が地球が存在するのは、大海に浮かべるケシの一粒というも中々おろかなり。
我々の名づけて人間と称する動物は、このケシつぶの上で生まれまた死するものにして、
生まれてその生まれるゆえんを知らず、死してその死するゆえんを知らず、よって来たるところを知らず、去ってゆくところを知らず、
五・六尺の身体わずかに百年の寿命も得がたし。塵のごとく埃のごとくたまり水に浮沈するボウフラの如し。・・・・以下略』

何か分かるような気がするんだなあ。
(これ京都大学大学院教授・佐伯啓思氏の「反・幸福論」にも引用されています。)

526:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/28 22:48:16.67 0tF/EsOHO
それで?

527:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/29 00:22:05.91 3nc7lDNo0
>>512
情報ありがトン。平山さんの集大成になりそうですね。

>>525
佐伯啓思さんの『反・幸福論』の「福沢諭吉「人間蛆虫論」からの教え」は
>>242>>243で既出ですよ。

528:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/29 02:34:29.64 5uK0Kn+o0
>>524
経済的にはもちろん、自由や人間関係的にも豊かであろう京大教授が

>>・「無縁社会」の何が悪い
・「自由と権利」の追求が不幸のもと
・経済的豊かさが人間関係を蝕む
・格差是正は欺瞞である

なんて言っても、説得力が無いな。特に2番目と3番目の主張は、それを言ったらその「経済的豊かさ」と、
「自由と権利」のうち、特に思想信条の自由と言論の自由を享受している己の存在が真っ先に否定されることに
につながりかねないものだというのに。

529:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/29 07:26:15.05 Iv8kMIEk0
>>527
人間ウジ虫論は福翁百話だったかな。時事新報が台湾蜂起民絶滅キャンペーンを
張っているのと同時で、もし福沢が新聞を指導していたとなると、
その真意は台湾人ウジ虫論となる。

530:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/29 11:36:50.74 wcR7dtX40
>>528
京大教授で経済的にも豊かといえるかな

531:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/29 12:37:46.01 Pnxhwn8u0
少なくとも貧乏ではないだろ

532:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/29 13:38:34.38 e/v18h6R0
>>531
貧乏でないことと豊かであることは同値じゃないだろ。まあ佐伯さんは金持ちの部類だろうが。


533:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/29 19:47:42.73 JhkhTJlh0
慶応は福沢の名誉回復に積極的ではないの?

534:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/30 00:03:06.33 tCbsjp5v0
>>533
今度ミネルヴァから出る平山本は、慶応に代わって福沢の名誉回復に
大いに役立つと思われ。さあ、みんなで拡散しましょう!

535:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/30 07:58:58.13 5ZcXZi9k0
これで平山の慶応復帰はなくなったな

536:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/30 09:17:22.18 lBQMP8Il0
まーこの間の慶應国史近世という公募は、完全に磯田人事だと思っていたが、
違っていたからな。磯田は茨城から静岡に行った。

537:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/30 13:44:03.71 pX4LytqS0
>>534
そんなに推しているなら、ここで予約しなよ!

URLリンク(honto.jp)

538:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/30 13:45:51.24 pX4LytqS0

おや、表題が違っているぞ! どうしたことなんだ?

539:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/30 14:18:58.25 2fauVGOM0
なるほど、>>512のタイトルと>>537のタイトルはかなり違うね。
どちらが正しいのだろう? まさか2冊同時発売ということはあるまい。

540:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/30 14:55:04.97 lBQMP8Il0
>>539
>>512が正解だろう。>>537は仮の題名じゃないかな。

541:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/30 16:32:24.30 2fauVGOM0
>>540
そういうこともあるのか。


542:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/30 18:53:40.13 VpByv0kk0
>>535
なんで?

543:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/30 22:11:09.02 tCbsjp5v0
>>542
それはじゃな、石河幹明を悪玉にしてしまったからじゃ。

福澤諭吉
 ↓
石河幹明
 ↓
富田正文
 ↓
竹田行之

という系譜があるのじゃな。
つまり、石河は福澤の忠実な弟子であり、
富田は、その石河の位牌を継ぐ者である。
その石河を平山は石河悪玉説で悪者にしてしまった。
その結果、石河の弟子である富田は正統性を失ってしまったのじゃ。
それで平山は慶応から排斥されることになったのじゃ。

544:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/30 23:50:58.10 qyQ1BXPU0
「修身要領」と教育基本法(1947年) ― 2012/05/25 02:01
URLリンク(kbaba.asablo.jp)

「修身要領」と教育基本法(1947年)のつながりについては、初めて聞いた ので、特に書いておきたい。 
1947(昭和22)年1月、高橋誠一郎さんが、 第一次吉田茂内閣の文部大臣に就任した(同年5月25日まで)。 
在任中「教 育基本法」と「学校教育法」が成立し、戦後のわが国の教育制度(六三制)の 基礎が築かれた。 
5月24日に天皇陛下をお迎えして三田山上で行われた慶應 義塾創立九十年記念式典で、高橋文相は教育基本法が
「修身要領」の精神と一 致していることを述べた(『慶應義塾百年史』下巻2762頁)(高橋誠一郎著『回 想九十年』にも記述があるそうだ)。
式典の後に行われた福沢先生記念講演会 では「福沢先生の帝室論」と題して講演した。

 文部次官を務めた有光次郎さんは、高橋さんが「あんなこと(教育基本法) は戦前の慶應では普通のことだった」、「教育勅語との相違は、皇室の位置づけ (描かれ方)だけ」と言っていたという。

 米山光儀さんの講演後、象徴としての天皇を定めた日本国憲法、教育基本法 と、高橋誠一郎さんの文部大臣就任の関係についての質問があった。 
米山さ んは、武見太郎さんの回想にそれがあるとして、福沢の『帝室論』の理念と象 徴天皇制、そして教育とがリンクしており、それこそ高橋誠一郎さんが文部大 臣になった核心だと述べた。 
天皇陛下が前任の田中耕太郎文部大臣に、民主 主義下の天皇制のあり方、皇室のあり方をご下問になった。 
それを聞いた吉 田茂首相が驚いて、心を痛めているので、武見さんが『帝室論』を見せたとこ ろ、それを熟読して、小泉信三さんに文部大臣を頼もうということになる。 
小 泉さんが戦災の怪我が治っていなくて断り、じゃあ高橋誠一郎さんにお願いし てくれとなった。
(この間の話は、「高橋誠一郎文部大臣と『帝室論』」<小人閑居日記 2007. 6.20.>その他に書いたことがあった。)

545:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/31 06:37:12.33 OgaD2qTjO
へえ

546:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/31 08:55:25.19 IiyBtoCK0
>>543
福沢と石河のどっちが大切なのかと w 

547:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/31 10:09:34.00 xKWgQZh60
前スレの>>969について疑問があるんだけど、
「いずれの社説も福沢が添削することを通例とした」のは何年から何年くらいまでなんだろう?
まさかとは思うが死ぬ直前までそうだったなんてことはないよね
それと、通例というなら例外は何%ぐらいかも気になる
その解説文にはどうもごく一部の傾向を過大視してるような感じがある

548:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/31 10:14:48.59 zgjQWZeE0
>>547
まず前スレの>>969をコピペしてくれい。話はそれからだ。

549:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/31 14:34:33.70 IiyBtoCK0
>>548
おれも気になってやっと探し出してきたぜ。出てこい>>547。礼ぐらいしろ!

969 :名無しさん@お腹いっぱい。 :sage :2011/12/03(土) 19:27:15.12 ID:ahvwqxj20
>>968
『福澤諭吉事典』の「社説の執筆」(194-195頁)には、
以下のように書いてあります。(執筆は都倉武之准教授)

----
 社説のほとんどは無署名であり、いず
れが福沢の執筆であるかは判断しがた
い。しかし、『時事新報』では、「社」の
主義、すなわち福沢が主唱する独立不羈
の立場を共有する「社中」の主義の一貫
性が重視され、いずれの社説も福沢が添
削することを通例とした。元記者たちの
回想によれば、社説には大きく分けて、
①福沢が独自に全文を執筆したもの、②
福沢が論旨を口述して社説記者にまとめ
させ、それを福沢が添削したもの、③記
者が独自に起草し、福沢の校閲を経て発
表されたもの、の三種類があったと考え
られ、当初は①が大方を占めたと考えら
れる。②を担当した者には、中上川彦次
郎、高橋義雄、渡辺治、石河幹明、菊池
武徳、北川礼弼(れいすけ)、堀江帰一などが知られ
るが、その他にも多数の社説記者が在籍
していた。③については社説記者ではな
い記者が起草したもの、国内外の福沢の
知友などから寄せられる原稿もあった。
(中略)
 なお、社説の表記を詳細に検討し、執
筆者を推定しようとする試みも近年行わ
れている。
----
『福澤諭吉事典』(慶應義塾大学出版会、2010年、194-195頁)

この記述では、全ての社説に福沢が関与していて、
「福沢がまったく関与していない社説」(平山さんの
『真実』ではカテゴリーⅣに相当するもの)が
まったく存在しないことになってしまいます。

平山さんの「2011年7月5日付都倉武之氏宛書簡」でも、都倉さんが
(別の論文「時事新報論説研究をめぐる諸問題」において)
カテゴリーⅣの社説を想定していないことに対して、同意できない
旨の感想を表明しています。
(p)URLリンク(blechmusik.xii.jp)

また、最後の「執筆者を推定しようとする試み」という記載は、
井田さんの『歴史とテクスト』や、平山さんの『真実』で行われて
いる「時事新報論説」執筆者再認定作業のことを指すようです。
しかし、参考文献には井田さんや平山さんの名前は挙がっておらず、
石河幹明『福澤諭吉伝』第三巻の名前だけが挙がっています。


550:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/31 14:55:38.94 QrnowWTO0
>>512
目次を一見したところ
ネットで見れる文章だけしか載っていない?

551:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/31 14:57:16.72 6gVoTbs60
>>549
都倉氏のこの記述だと、『自伝』の、「だんだん遠くなって」とか、
「時々立案」するだけ、とかいう福沢本人の言明と整合しないことになるね。


552:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/31 15:02:24.19 6gVoTbs60
>>550
リンク先の検索窓から各章の題名を検索すれば、どれがオリジナルなのか分かるかもよ。

553:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/31 16:21:25.92 zgjQWZeE0
>>549
おおありがとう! これは力作だね!
>>552
あのマド、そんな風にも使えるのか。

554:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/31 16:49:49.04 IiyBtoCK0
>>551
なるほど、それが>>547が指摘したことか

>>553
どうも

555:名無しさん@お腹いっぱい。
12/05/31 19:13:40.87 OgaD2qTjO
小川原本のはなしは?

556:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/01 06:52:17.52 4pguBlJQ0
>>543
竹田は新著中にも登場するようだ。どんな書かれ方をしているのだろう?

557:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/01 12:54:56.37 CGAt7den0
>>555
新聞雑誌やネット上にはまだ書評は出ていないようだ。そうなると>>515に期待。

558:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/01 15:52:10.74 x258lha70
>>552
なるほど!ありがトン。

「『アジア独立論者福沢諭吉―脱亜論・朝鮮滅亡論・尊王論をめぐって』について」
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
のリンク先(オリジナル)を調べてみました。
第Ⅲ部の第10章、第11章は該当するタイトルの論説が見つからなかったので、
とりあえず、内容が似ていると思われるリンク先を挙げておきました。

3. 2. 第Ⅰ部 福沢諭吉とナショナリズム
3. 2. 1. 第1章 ナショナリズムの根拠―福沢諭吉の場合
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
3. 2. 2. 第2章 福沢諭吉は公金1万5千ドルを横領したか
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
3. 2. 3. 第3章 『学問のすゝめ』と『文明論之概略』
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
3. 2. 4. 第4章 福沢諭吉は朝鮮甲申政変の黒幕か
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
3. 3. 第Ⅱ部 『時事新報』論説の作られ方
3. 3. 1. 第5章 『時事新報』論説とは何か
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
3. 3. 2. 第6章 無署名論説からいかに福沢を見つけだすか
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
3. 3. 3. 第7章 『時事新報』の「我輩」たち.―中上川彦次郎時代
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
3. 3. 4. 第8章 『時事新報』の「我輩」たち.―伊藤欽亮時代から福沢捨次郎時代へ
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
3. 4. 第Ⅲ部 ありがちな批判に答える
3. 4. 1. 第9章 福沢への不当な評価―安川寿之輔著『福沢諭吉の戦争論と天皇制論』と杉田聡編『福沢諭吉 朝鮮・中国・台湾論集』
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
3. 4. 2. 第10章 『時事新報』論説は誰の思想を表しているか 
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
3. 4. 3. 第11章 『時事新報』の論調は、対アジア強硬論一辺倒か
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
3. 4. 4. 第12章 『福沢諭吉の真実』反響
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
3. 5. 第Ⅳ部 独立自尊と文明政治
3. 5. 1. 第13章 「朝鮮人民のために其国の滅亡を賀す」と文明政治の6条件
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
3. 5. 2. 第14章 誰が『尊王論』を書いたのか
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
3. 5. 3. 第15章 石河幹明が信じられない三つの理由―『福沢諭吉全集』「時事新報論集」の信憑性について 
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
3. 5. 4. 第16章 福沢諭吉における国家と個人
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
3. 6. おわりに
3. 7. 年度別の「時事論集」掲載論説数一覧
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
3. 8. 福沢諭吉直筆草稿残存社説一覧
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
3. 9. 大正版『福澤全集』「時事論集」所収論説・演説一覧
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
3. 10. 人名・文献索引

このリストを見てみると、ほとんどオンラインで読めるようですね。

559:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/01 16:55:49.10 4pguBlJQ0
>>558
大幅に書き換えているのかもしれないぜ。

560:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/01 18:43:40.13 a+mMAZkV0
>>558
リンク先、出版社名もいつの間にか入っているし、販売サイトも載っている。
こんなことしたら論文のアップが取りやめにされちゃうんじゃないの?

561:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/01 18:44:03.60 3qnbQdix0
在日特権一覧
●地方税→ 固定資産税の減免
●特別区→ 民税・都民税の非課税
●特別区→ 軽自動車税の減免
●年  金→ 国民年金保険料の免除、心身障害者扶養年金掛金の減免
●都営住宅→ 共益費の免除住宅、入居保証金の減免または徴収猶予
●水  道→ 基本料金の免除
●下水道→ 基本料金の免除、 → 水洗便所設備助成金の交付
●放  送→ 放送受信料の免除
●交  通→ 都営交通無料乗車券の交付、JR通勤定期券の割引
●清  掃→ ごみ容器の無料貸与、 → 廃棄物処理手数料の免除
●衛  生→ 保健所使用料・手数料の滅免
●教  育→ 都立高等学校・高等専門学校の授業料の免除
●通  名→ なんと、公式書類にまで使える。(会社登記、免許証、健康保険証など)
     → 民族系の金融機関に偽名で口座設立→犯罪、脱税し放題。
     → 職業不定の在日タレントも無敵。
     → 凶悪犯罪者の1/3は在日なのに実名では報道されない。
●生活保護→ 家族の人数 × 4万円 + 家賃5万円 在日コリアンは、ほぼ無条件で貰えます。
     → 日本人は孤児だろうと病気だろうと、絶対に貰えない。
     → 予算枠の大半を、人口比率1%未満に過ぎない在日が独占。
     → ニートは問題になっても、この特例は問題視されない。
●住民票→ 外国人登録原票」は通常、一般人では閲覧できない。
       (日本人の場合、債権関係の係争で住民票を閲覧される)
●さらに…→ 生活保護予算の大半は在日だけの特権保護費

562:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/01 19:31:21.30 a+mMAZkV0
>>558
今チラリとリンク先の論文を確認したが、まさに莫大な分量だ。
本当に一人で書いたの、って感じ。
ウィキによると、ここでリンクされているほかに、2004年以来3冊の単行本を刊行しているんだが。

563:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/02 06:16:51.03 LjzBbvnb0
>>547>>549
平山サイトの検索窓を使って「添削」で検索すると、「添削」の用例は14カ所で、
そのうち関係ありそうなのは次の二つだ。

①『続全集』「時事論集例言」
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
「時事新報」の社説中には先生が其趣旨を記者に語って起草せしめられたものもあり、
又記者の草したる原稿を添削して採用せられたものもあるが、
元来先生の筆政は極めて厳密にして、文字は勿論その論旨までも自身の意に適するまで改竄補正を施し、
殆ど原文の形を留めないものもあった。
或は此集を注意して通読する読者は間々生硬不熟なる文字用語を発見することがあろう。
先生の削正は常に一字一句の末にまで及んだけれども、
非常に繁忙の際もしくは印刷の急を要する場合などには多少の字句は看過せられたこともあるが、
併しながらかかる場合は極めて稀れであった。
而して先生の校閲を経て社説に掲げたものでも他人の草稿に係る分はこれを省いた。

②『続全集』「附記」
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
次記の一篇 (管理人による註)は明治四十四年彼の大逆事件のあったとき、
編者が起草して「時事新報」に掲げた社説である。
私は明治十八年時事新報に入り暫くの間は外国電報の翻訳等に従事していたが、
同二十年頃から先生の指導の下に専ら社説を草することになった。
当時「時事新報」の社説は先生が自ら筆を執られ、或は時々記者に口授して起草せしめらるることもあったが、
其草稿は一々厳密なる修正添削を施された上、
紙上に掲載せしめられた。
固より社説記者は私一人のみではなかったが、
私が筆に慣るるに従って起稿を命ぜらるることが多くなり、
二十四五年頃からは自から草せらる重要なる説の外は主として私に起稿を命ぜられ、
其晩年に及んでは殆ど全く私の起稿といってもよいほどであった。

①には添削の時期は示されておらず、②では明治20年から明治24、25年ころまでのように書いてある。


564:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/02 15:40:12.94 9JIu7Vp4P
【事件】東大の50代助手を懲戒解雇 無断で外出、研究放棄
スレリンク(newsplus板)

565:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/02 18:09:14.97 LjzBbvnb0
福沢諭吉は外国被れか
URLリンク(detail.chiebukuro.yahoo.co.jp)

誰か答えてやれば

566:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/02 19:24:19.80 iCAgAl8i0
余録:蘭学者、緒方洪庵が大坂に開いた適塾は…
URLリンク(mainichi.jp)

蘭学者、緒方洪庵が大坂に開いた適塾は福沢諭吉はじめ幕末から明治に活躍した多くの人材を生んだ。今の大阪大学の前身でもある。
驚くのは諭吉の自伝の回想だ。夏には武家の子弟である塾生らが下帯もせず素裸で過ごしていたという
▲「もちろん飯を喫(く)う時と会読をする時にはおのずから遠慮するから何か一枚ちょいと引っかける、中にも(織り目の透いた薄い)絽(ろ)の羽織を真裸体の上に着ている者が多い。
これは余程おかしな風で、今の人が見たらさぞ笑うだろう」。幕末のスーパークールビズだ
▲勤務中のポロシャツやアロハ、サンダルもOKという環境省のスーパークールビズが今年も始まった。
昨季に続く節電の夏の2年目の試みで、ジーパンも破れていないものなら可、一方ランニングや短パンは不可だという
▲昨年は欧米のメディアでも「服装革命?」と報じられたスーパークールビズだった。
保守的な日本のビジネス風土では普及は望み薄だろうとからかう調子で扱われたが、そもそも日本人が蒸し暑い夏にスーツを着るはめになったのはそちらのせいだともいいたくなる
▲諭吉らは極端だろうが、夏は遠慮なく半裸で過ごした昔の日本人だ。それを来日した欧米人に「野蛮」といわれ、
一生懸命取り入れた「文明」の結果が夏のスーツ姿である。裸には戻れずとも、できる職場はできる程度に日本の夏にふさわしいスタイルにすればいい
▲仕事着だけではない。今年も扇風機に打ち水や浴衣、昔のヘチマ棚に代わるグリーンカーテンなど、
節電でよみがえったレトロな夏の衣食住が話題になろう。むろん下が裸でなければ絽の羽織もいい。

567:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/02 19:28:57.27 gPYiPDDP0
>>546
つまり、福澤の名誉回復よりも、
自身の正統性維持の方が大切ということでしょう。

568:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/02 19:55:42.05 9JIu7Vp4P
>>564

241 名前:名無しさん@13周年[sage] 投稿日:2012/06/02(土) 17:27:28.14 ID:n8hK9bXi0
>>237
永年契約ならまあクビにはならないよ
その代わり昇進できなくて、年下が教授になったりして人間関係が複雑になる。

精一杯やってきただけに、任期有り30代の苦しみは辛いなぁ

242 名前:名無しさん@13周年[sage] 投稿日:2012/06/02(土) 17:29:24.10 ID:K3d2KsM80
国立大の技術職員が来ましたよ。
こういう人ってどこの大学にも居るよね。若い頃、教授と喧嘩して昇進閉ざされて
歳とってもずっと助手とか助教の人って。

569:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/03 07:48:50.72 YX2Ognvx0
>>566 日本人は夏には沖縄人かハワイ人の格好をしていればいいと思う。

 東南アジアスタイルでもよいな。


570:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/03 07:57:59.57 l63SMlcB0
米の日本軍慰安婦の碑撤去の署名【期日6/9】
スレリンク(ms板:352番)

署名お願いします。このままだと
「日本人が韓国人を拉致して性奴隷にしていた」=真実になってしまいます。
必要なのはメールアドレスと名前だけで、
表示されるのはイニシャル名のみAkira.Sとかです。


571:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/03 09:50:16.59 NNOsTnmn0
小倉紀蔵の『朱子学化する日本近代』(藤原書店)が
生協新刊書コーナーに並んでいたので、さっそく購入して読んだ。
第10章「福澤諭吉における朱子学的半身」が目当てだが、全体のテーマ、
日本近代を思潮の朱子学化と捉える、にも関心があったからだ。

結論から言うと、厚さの割には中身の薄い本だ。

マックス・ウェーバーと丸山の見解のちょうど逆をいうことで、
朱子学に近代化の根本動因を見るというのだが、
根拠は薄弱。

ヘーゲルでも朱子学でもともに言っているようなところを、
とくに朱子学由来として記述しているだけ。

名分論や自然的序列観を朱子学の本質から外してしまえば、
そりゃ、近代化の原動力ともなるが、それらを捨ててしまった残余を
朱子学と呼ぶことが可能か、という点に根本的な疑問が。

肝心の福澤論も、福澤に朱子学的側面があると言ったって、
それはあるでしょう、と言うしかない。
現に学んでいたのだし、西洋概念の翻訳語も、朱子学由来の
ものが多いから。



572:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/03 14:36:58.53 f6icS9bh0
福沢全集の改定に消極的な慶応の姿勢はあまりにも不可解だと思う。
平山説を容れて全集を改訂しても、評価が下落するのは石河(とその弟子の富田)
であって福沢ではないし、慶応にとっては創立者の福沢のほうが石河・富田より
はるか重要な人物だろうに。それに、石河は福沢の一番弟子・忠実な弟子どころか、
不肖の弟子だったわけだから、そのような人物を臭いものに蓋をしてまで守る
必要もメリットも慶応には無いはずなのにな。

573:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/03 17:17:11.70 klL5DMgdP
>>572
慶應としては、評議員会が石河に福沢諭吉伝の執筆を正式に依頼した、
ということがあるから、今さら間違っていました、とは言えないわけでね。

574:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/03 20:23:20.96 NNOsTnmn0
>>572
あと、>>7に書かれていることは、事実としてあると思う。

575:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/04 07:21:29.98 Kcd2QFi6O
勉強になるな、ここ

576:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/04 11:55:22.33 81Jk+2nw0
先週後半の話題の続き。
>>549の都倉准教授による記述は石河の>>563と福沢伝によるらしい。
ということは、もはや目撃者のいなくなった時点での唯一の生存者による証言だ。
>>547の疑問はもっとも、ということになる。

577:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/04 15:17:45.60 EeVDHEhf0
前から思っていたことなんだが、
都倉が平山の問題提起を理解しているようには思えないんだよな
石河の言説を所与のものとして福沢を解説している時点で
福沢の解説として正確さが疑われるのでは。
福沢が論説をどれほど添削してきたかは印象論では語りえないものであって、
量をベースに議論しないと学術的な議論に値しないのではないかね

578:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/04 16:41:01.72 Yl8OzJTM0
>>577
福沢センターは伝記編纂所の後身だからねえ

579:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/04 20:14:18.62 Kcd2QFi6O
学問と遠慮だな

580:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/04 21:29:33.18 HWcsh3lH0
第9回:『時事新報』論説をめぐって(1) ~論説執筆者認定論争~
URLリンク(www.keio-up.co.jp)
----------------------------------------------------------------------
 現行の全集が出来るまでに、福沢の全集は3回編まれている。第1回は福沢
生前の明治31年のもので「明治版」と呼ばれる(『福沢全集』と題し全5巻)。
これは時事論説を収録していない。続いて「大正版」(『福沢全集』と題し
全10巻)、そして「昭和版」(『続福沢全集』と題し全7冊)と呼ばれるものが
出ており、時事新報記者として長く福沢と行動をともにし、福沢没後の『時事』
を主筆として支えた門下生・石河幹明が編纂に当たった。富田が書いている
とおり、全集編纂のとき石河一人の手によって、全論説の中から福沢執筆の
ものだけが「判別」され、全集に収録されたのである。

 この経緯は、知れば知るほど確かに厳密さを欠く話であり、近年の実証的
歴史研究の流れの中ではとても無批判ではありえない。何しろ、数十年前に
書かれた無数の文章から福沢の書いたものだけを選び出すという作業が一人の
記憶を頼りに密室で行われ、それが全集の約半分を占めているということに
なるのである。富田も触れているように、全集に収録されていない論説の福沢
直筆原稿が発見されることは少なくないので、それが高度な精度を有する作業
でなかったことは明らかであるし、また石河が記者となる明治18年以前の社説も、
彼の認定作業で選ばれていることも、精度に疑問を抱かせる。

 それでは、石河による「判別」に疑問があるとして、この問題をどうするべき
なのだろうか。ここで登場したのが、論説執筆者を推定し直す、という新たな
執筆者認定論である。この議論の先鞭を付けたのは、比較言語学者で『中江兆民
全集』の編纂で無署名論説の選定を経験した井田進也氏である。同氏は、論説の
文中に使用されている語彙や送り仮名、当て字に個人差があることに着目し、独自
の執筆者認定法を提唱した。筆者が明確にわかっている記事を参考に各記者の筆癖
を抽出し、それを無署名論説と照合し、誰が起草した記事か、また福沢の加筆が
どの程度入っているかを5段階で判定するというものである。A評価は福沢が全文
執筆したもの、Eは福沢の筆が全く入っていない、というわけだ。この議論は、
平山洋氏の『福沢諭吉の真実』(文春新書)で敷衍(ふえん)されて広く世に
知られることとなった。


581:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/04 21:31:54.47 HWcsh3lH0
つづき

 井田氏や平山氏は、この認定法で検証すると、従来福沢批判で用いられていた
『時事』論説は、ほとんど他の記者が起筆したものであるという。混入している
論説の多くは石河起筆のもので、水戸出身の彼の論説は国権主義的色彩が強く、
この影響で福沢の思想が歪んで理解されるようになってしまったというのだ。

 この議論の盛り上がりによって、全集の盲点が多くの研究者に議論されること
となったのは、大きな意義があったといえよう。しかし、この認定方法は、
また多くの問題を抱えているように思われる。たとえば、社説を起草していた
記者がいつ何人いたかは正確に分かっていない。有名な記者は署名記事が存在
して語彙比較が出来るとしても、無名の記者や短期間しか在籍しなかった記者が
多く存在する。そういった記者の起草論説は福沢と語彙が似ているかも知れない
し似ていないかも知れない。また、この認定法では文章の全体的な傾向を評価
できるかもしれないが、検証できる語彙は文章の中での分布に粗密が生じるはず
なので、「ここの部分は福沢が書いた」、といったことを断言できるほどの精度
を持ちうる話とはなりえない。一見客観的な認定結果も、その精度は検証不能
なのである。さらに、植字工が正確に原稿を写さなかったり、校正係が表記や
送り仮名のゆれを統一した可能性もあるだろう。記者の気分や偶然による綴りの
変化、福沢が起草記者の筆癖を知っていて戯れに加筆でもそれを真似た可能性、
福沢の加筆修正を経てさらに別の記者が修正や清書をした可能性など、いくらでも
例外を想像でき、しかもそれらはありそうな話である。最近ではこの議論に対して、
再反論を試みる福沢批判も発表されているが、それは井田氏らの認定結果を誤り
として別の認定結果を提示するもので、事ここに至れば執筆者認定論は水掛け論
になってしまったといわざるを得ないだろう。

 それでは結局、『時事』論説をどう読むべきなのだろうか?…と、ここで
今回は紙幅が尽きたので次回筆者なりの卑見を述べてみたい。
----------------------------------------------------------------------

第10回:『時事新報』論説をめぐって(2) ~「我輩」は『時事新報』である~
URLリンク(www.keio-up.co.jp)
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 この論争を積極的に総括するとすれば、福沢全集の『時事』論説が、実は
石河幹明によって選ばれた一部だけを収録した、いわば『時事』論説のダイジェスト
(より正確に言えば、石河の考えるところのダイジェスト)であることを
気付かせたという点において実に有意義であったと思う。これからは、むしろ
全集に入っていない論説も含めた、大きな流れの中で個別の論説を位置付ける
読み方が必要であろう。そして、今後福沢全集を編むことがあるならば、紙面
に掲載後「福沢諭吉立案」として単行本化され福沢生前の全集にも入っている
『時事』論説以外は収録せず、別に「時事新報論説集」を編み、論説を全日分
収録するのが最も適切な扱い方であると思う。
----------------------------------------------------------------------


582:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/04 21:33:31.88 HWcsh3lH0
つづき

>>577
都倉さんは平山さんの問題提起をよく理解していると思いますよ。

都倉さんは
「慶應義塾大学出版会|慶應義塾・福澤諭吉|ウェブでしか読めない|時事新報史」
の第9回で、井田さんや平山さんの執筆者認定論に触れているし、
第10回では、今後『福澤全集』を新たに編纂するとしたら、
時事新報論集は全集には収録しないで、『福澤全集』とは別の
シリーズとして発行すべきだと提言していることからも分かります。
(投稿する順番が入れ違いになってしまいました。)

583:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/04 22:44:18.92 Kcd2QFi6O
事典の記述とニュアンスが違う

584:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/05 07:32:09.31 dU1P8b+K0
>>580-582
そうだとすると、福沢諭吉事典が安川平山論争にまったく言及せず、
また、都倉さんがカテゴリーⅣ社説(福沢無関与)を認めていない事実と、
なおさら齟齬があるように見えるな。

585:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/05 12:40:06.61 eF3obC7r0
>>584
>>580-582を表層的にしか読めていないでしょ
都倉が福沢研究の文脈において井田と平山の研究をどう評価しているのか
精読すればいいかと

586:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/05 12:41:26.88 Tte1AToP0
文体判定によるまでもなく、石河は福沢の草稿の
半分も選択できなかったのだから、現行の時事新
報論集の信憑性は無に等しい。

587:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/05 12:58:46.54 dU1P8b+K0
>>585
>>549の中と>>581の中には重要な相違点がありますよ。
>>581では安川平山論争に触れているのに、>>549では触れていない。
あれほど話題になった論争なのに。

588:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/05 13:19:55.85 BAm/6bwG0
都倉氏は福沢が毎日の社説を、
最低でも「事前に」見ていたとする立場だな。
根拠は石河の証言だけ。

対して井田氏平山氏は、「そんなことは不可能だ」と。


589:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/05 13:54:49.83 Tte1AToP0
>>585
都倉説については自分も言いたいことがある。それは、
全部見ていたとなると、社説相互の理解しがたいほど
の矛盾が生じている理由がどうしても説明できないこと。 

590:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/05 14:52:54.95 lmBqlwmr0
ここは慶応出身者が多いのか?
オバサンたちが福沢の公金横領疑惑について
激論している。面白いぜ。

〓慶應〓 奥様三田会 19 〓塾員〓
スレリンク(ms板)


591:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/05 15:20:53.24 BAm/6bwG0
>>590
たしかにおもしろい。
よくやるなあ。


592:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/05 16:11:18.08 dU1P8b+K0
>>590
なんでもネット上にアップしておけば、どこかで話題になるんですね。
いつでもどこからでもレファできるのがネット時代。

593:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/05 20:01:58.57 b/hqVsof0
>>588
なるほど

594:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/05 21:36:42.93 xa+DZR6F0
福沢書簡に登場する「藤田組」「藤田平太郎」
URLリンク(kbaba.asablo.jp)

明治19(1886)年~20(1887)年になると、福沢書簡には、「藤田組」が発 展して、同社や関連事業に慶應義塾の卒業生が就職したり、
藤田伝三郎の長男 平太郎が慶應義塾に入学したことが出て来る。

 福沢書簡1112   明治19年12月1日付、本山彦一(熊本藩士、慶應義塾 出版社を経て、租税寮出仕、兵庫県学務課長、大阪新報社、時事新報社を経て、
明治19年藤田組に招かれて支配人)宛。 牛場卓蔵(伊勢の農家に生れ、明 治5年入塾、報知新聞社、兵庫県学務課に勤務、勧業課長、
内務省にいて明治 14年政変で罷免され、時事新報記者、朝鮮政府顧問、大蔵省に出仕後、本山彦 一の斡旋で藤田組へ)の藤田組入社に異存のないこと、
藤田・久原の子息(長 男藤田平太郎、久原庄三郎の次男房次郎(のち房之助))の慶應義塾入塾のこと などを伝える手紙。

 福沢書簡1122   明治20年1月25日付、本山彦一宛。 「藤田、久原二 少年、不相替勉強、富豪千金之子、従来辛酸をなめたることなし」
「(保護者の 浜野定四郎と福島(未詳)は)困る者を首尾よく世話することこそ、面白けれ」 「一両年本塾にて修業の上、米国への留学を勧める」

 福沢書簡1133   明治20年2月13日付、本山彦一宛。 山陽鉄道株式引 受と中上川彦次郎の同社社長就任の時事新報社への影響につき相談する手紙。 
神戸馬関間の鉄道の株式を十万円引き受けたい、資本を出す三菱(荘田平五郎 がいる)に五万、藤田組に五万の十万にする心づもりと伝える。 
次男の捨次 郎が明治21(1888)年に鉄道を学んでアメリカ留学から帰国の予定なので、 そのためにも株式を所有したいので、荘田と藤田伝三郎に伝えてもらいたい。 
今後、日本で事を成さんとするには新聞は重要で、中上川彦次郎の抜けた時事 新報は心配だが、ただ人物さえあれば維持は容易だ、と言う。

 福沢書簡1103   明治19年11月11日付、福沢一太郎宛。 「当今ハ日 本も金次第之世ノ中となり」旧工部大学校卒業生で、
鉄道局に奉職した者も、 「藤田組等より招きニ参れバ、颯々と辞表を出して立退き候次第、鉄道局にて も困るよしなり」

595:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/05 21:38:32.87 xa+DZR6F0
松下竜一と福沢評価のシーソーゲーム
URLリンク(kbaba.asablo.jp)

『父を焼く 上野英信と筑豊』の「枯れすすきの幸せ」という一篇は、大分 県中津在住の作家、松下竜一について書かれている。 
苦しい豆腐屋の営みの なかから『豆腐屋の四季』という本を自費出版、それが高い評価を得て作家専 業となり、以来2004年に67歳で亡くなるまで数多くの著作を生み出した人で ある。 
上野朱さんは「そのいずれにも共通するのは、歴史年表に名を残すこ とはないであろう民草の行き死にを見つめる目であり、
人を欺き蹴落としてで も成り上がりたい権力の亡者や、取り返しのつかないほど自然を破壊してでも 「開発」「発展」を求める行政や財界に対して、
「ちょっと待ってくれんの」と いう異議申し立てである」という。 「ちょっと待ってくれんか。ほんとにそ れが進歩なんじゃろか? それが人間の幸せなんじゃろか? 
という問いは、 政府や大企業といった権力だけに向けられたものではなく、たとえば原子力発 電所を作らねば電力が枯渇して原始時代に戻ってしまう、
というような恫喝や 論理の欺瞞に気付かない、我々一人ひとりに対する問いかけでもある。」と(こ の本は2010年8月27日の発行)。

 松下竜一は、佐高信さんの『福沢諭吉伝説』(角川学芸出版)の冒頭にも登場 する。 松下竜一に『疾風の人』という、福沢の又従弟(またいとこ)増田宋 太郎を扱った作品がある。 
尊皇攘夷思想を奉じた増田は、西洋文明の導入者 としての福沢を仇とし、暗殺しようとさえした。 そして、後に自由民権運動 に近づき、西南戦争に参加して西郷隆盛に殉じて死ぬ。 
(『福澤諭吉事典』に よれば、暗殺を企てた後、みずから悟るところあって福沢の説を聞き、感服し て慶應義塾に入学、洋学を学び、在京中は福沢の家に寄寓していたという。
そ の後、中津の『田舎新聞』の社長になり、民権自由の説を主張した。明治10 年の西南の役に中津藩士族を率いて西郷軍に呼応、
中津支庁、大分県庁などを 襲撃したのち、薩軍に合流して転戦の末、9月24日鹿児島城山で戦死した。) 

太平洋戦争中、福沢は鬼畜米英の手先とされ、中津の旧邸には石が投げ込まれ、 小学校の講堂の福沢自筆の「独立自尊」の額もひきずりおろされ、倉庫に眠ら された。 
松下は『疾風の人』の結論に「思えば、この「またいとこ」と同士 の、歴史の流れの中での評価のシーソーゲームは甚だしく劇的である。 
敗戦 によって、福沢諭吉がこの国の民主主義の鼻祖として復権した時、増田宋太郎 は触れてはならぬ危険人物として被われ、性急に忘れさられていくことになっ た」と書いた。 
佐高さんは、この福沢評価のシーソーゲームから、自身の「福 沢諭吉伝」を書き始めるのだ。

 佐高信さんは、松下が「反・福沢」の増田伝を書いたけれど、福沢と松下に は共通するものがある。 ユーモアのセンスである、という。 
松下竜一は、 九州電力豊前火力発電所建設差し止め請求訴訟に敗れた時、「アハハハ……敗け た、敗けた」という垂れ幕を掲げた。 
市民運動につきまとう悲観論、深刻癖 を吹きとばすユーモア感覚が松下にはあった。 泣かれるより哄笑される方が 相手は怖いということを松下は知っていた、というのだ。 
法曹界から、権威 ある裁判をコケにしたという苦情が来た。 松下は「われわれがコケにしたの ではない。裁判所がコケにしたのだ。
最終弁論さえ許さずに裁判を打ち切った “不真面目”な裁判所に恐れ入る必要はない」と書いた。 
その官を恐れぬ精 神も、福沢譲りに見える、と佐高さんは書いている。

596:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/05 21:40:52.26 xa+DZR6F0
「福澤諭吉と初代梅若實」その接点
URLリンク(kbaba.asablo.jp)

そこで福澤諭吉協会の会合だが、20日発行の『福澤手帖』152号に「『福翁 自伝』の表と裏―松沢弘陽さんの読みなおし―」
という一文を書かせて頂 いた松沢弘陽先生がいらっしゃったので、開会の前に、ご挨拶する。 すると 直後に、松沢弘陽先生の今回校注を担当された
「新日本古典文学大系 明治編」 『福沢諭吉集』(岩波書店)を始めとする永年の福沢研究の業績と貢献に対して、 福澤諭吉協会からの表彰があった。 
嬉しいことだった。

 土曜セミナーでは、とても興味深い話を聴けた。 学問探求の醍醐味の、お 裾分けを頂く。 日本思想史がご専門の前坊洋(まえのぼう・よう)さんの「福澤諭吉と初代梅若實」。 
福沢とは、まったく別世界に生きる人間だと思われる 能楽師、観世流の初代梅若實(1828~1909)との間に、意外なつながりがあった。  梅若實は、江戸幕府瓦解時に東京に残り能楽を今に伝えた立役者で、
宝生九郎・ 桜間伴馬(左陣)とともに明治三名人といわれた。 60年間、一度も欠けること のない日記を残し、2002~3年に『梅若実日記』全7巻が八木書店から刊行さ れている。 
帯に「幕末維新・明治期のすべての研究者必見」とある。

 福沢との接点の最たるものは、明治28年12月12日芝公園の紅葉館での福 沢の還暦祝賀会(日清戦争で一年延期した)で、梅若實が「橋弁慶」を演じたこ と。 
日記によると、観世宗家の観世清廉(きよかど)に話があり、梅若實は清 廉に頼まれた。 12日に紅葉館の隣の能楽堂で午後2時から3時半までの公演 を行った記録がある。 
翌13日の項を読んで、前坊洋さんは「盲亀の浮木、 優曇華の花」だと驚く。 
一門人の「横浜蓑田長二郎(正しくは長三郎、長二郎 は父)より姉かつ子へ土屋勘兵衛二男大輔ヲ迎へ婚姻相結祝ノ鳥の子餅 松魚 節壱円ノ切手参る」とあったからだ。

 これより先、福沢の長男、一太郎はアメリカ留学から帰国後の明治22年4 月、福沢家の家庭医の一人、近藤良薫の世話で、
横浜の商人蓑田長二郎の長女 かつと結婚したが、10月に実家に帰ったまま戻らず、翌年4月離婚となった。 
福沢は蓑田家を非難し、すさまじい攻撃力、速射砲のような書簡がある。

 その離婚から約6年、その蓑田長二郎の長女かつが再婚したわけだ。 『梅 若実日記』明治29年1月17日「箕田ノ聟ハ昨十二月参る。
長三郎ノ姉勝子へ 五日市土屋勘兵衛二男大輔ト申スヲ迎へ婚姻アル」。 この「五日市」(現、あ きるの市)土屋勘兵衛は、
明治百年に色川大吉によって発見された五日市憲法草 案の起草者・千葉卓三郎の所に、その元になった嚶鳴社憲法草案を持ち込んだ 人物だった。

 福沢の側からばかりの資料で判断すると、落ちて来るものがある。 蓑田家 は、一太郎の離婚問題で福沢が、日頃の説に反し「素町人、土百姓之輩」
(蓑田 家が離縁状を求めたのを謝絶する明治23年4月15日付近藤良薫宛書簡にある ←馬場)と口走ったような悪い家ではない。 
蓑田長二郎は、美術品と生糸を扱 う富裕な商人で、横浜七十四銀行の筆頭株主で取締役(近藤良薫も取締役で大株 主)、ある程度文化的活動をした人だった。

597:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/06 06:32:14.46 UELCJaaL0
>>594-596
情報ありがとう!
福澤諭吉は話題に事欠かないね!

598:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/06 12:18:43.93 zXhQSgZ20
版元のHPにも平山さんの新著の情報が載ってるね。

アジア侵略の批判者 福沢諭吉 脱亜論・朝鮮滅亡論そして尊王論 平山洋
URLリンク(www.minervashobo.co.jp)

599:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/06 16:45:18.68 XthdqNTM0
>>598
平山さんのページと本の題名が違うような?

600:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/06 18:41:18.79 VA4bLmvq0
>>599
すごい! 3通りの題名のある本だ! 
平山さんのことだから、3バージョンあって3つとも買わせる算段かも。

>>558には『アジア独立論者福沢諭吉』と『福沢諭吉はアジア侵略論者か』
>>599にはさらに『アジア侵略の批判者福沢諭吉』が加わっている。

どれが本当の題名なんだ。HPが正解かな。


601:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/06 20:09:38.25 zclgxUvkO
おばさんたちの方にまたアンチが来ているから、
誰か行ってやれよ

602:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/06 22:45:48.03 3f21DkbU0
>>598
情報ありがとう。
出版年月日 2012/06/30 ということは、今月中に出るわけですね。
それにしても、慶應義塾大学出版会からではなくて、ミネルヴァから
出版されるというのが、平山さんの立場を物語っているようですね。

603:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/07 07:35:32.55 YGdP1ysjO
慶応出版の初代社長は富田だからね

604:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/07 13:33:10.66 nqPPATbA0
>>595
福沢没後は終戦まで福沢の評価は低かったから、安川が侵略戦争の先導者として福沢を批判するのは
見当違いも甚だしいということができる。

605:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/07 16:48:13.99 7Kln70sh0
>>600
よくわからないが結局福沢は侵略論者だったのか?

606:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/07 16:55:40.27 O/PyVctA0
>>605
それを知りたければ新本を読め、ってことだろ w

まったく、商売がうまい

607:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/07 18:53:39.15 /SITIkF30
要するに都倉の方は福沢が時事新報にどれくらい手をいれたのかわからないから
時事新報全体を見ろって言っているわけだよね
平山は時事新報のうちの一部が福沢の意見の反映なのであって
どれがそういうものなのかをなんとか選別して議論せよって言う
都倉の立場なら福沢を侵略論者と描きやすく平山なら逆か

608:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/07 19:50:32.38 YGdP1ysjO
よい論点

609:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/08 07:42:41.68 K5hTnfTV0
>>607
どうも分からんのは、福沢自身は時事新報から手を引いたと言っている(自伝)のに、
なんで全体を見なきゃ福沢を理解できないと考えるかだな。
福沢関与の証拠がある社説だけを見なければ、福沢は分からない、というなら
まだしも同意できるんだが。(都倉准教授への疑問になるか。)

610:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/08 21:18:46.82 FMpUCkNG0
天下無敵のメディア人間―喧嘩ジャーナリスト・野依秀市―
佐藤卓己/著
URLリンク(www.shinchosha.co.jp)
ブラックジャーナリズムの祖にして、GHQから最も多く発禁処分を受けた男。

昭和前期から戦後にかけて「言論界の暴れん坊」の異名をとる男がいた。
反体制も躊躇せず、戦時下は反東条の姿勢を貫き、一方で対米戦を過激に煽る。
その結果、収監されることも一度や二度ならず。だが彼ほど「世論」を体現した者はいなかった。
表の言論史には現れぬ鬼才に焦点を当て、真のジャーナリズムとは何か、その原点を考える。

URLリンク(www.shinchosha.co.jp)
「風流夢譚」事件を煽動した「右翼(?)」の大物
 昭和前期から戦後にかけて、「天下無敵」「言論界の暴れん坊」と異名をとる人物がいました。雑誌『実業之世界』、
日刊紙『帝都日日新聞』を経営し、言論活動を展開した野依秀市です。ただ、一般の言論史では抹殺された存在である彼の名は、今ではほとんど忘れられていると言っていいでしょう。
この鬼才に焦点を当て、真のジャーナリズムとは何か、その原点を考えようと試みたのが、メディア史、大衆文化の研究者である佐藤卓己さんによる本書です。
では、この消されてしまった野依式「喧嘩ジャーナリズム」とは、一体どんなものだったのか……。
戦後、彼の悪名を決定的にしたある事件が起きました。一九六一年の「風流夢譚」事件です。
中央公論新人賞作家・深沢七郎が『中央公論』に発表した風刺小説「風流夢譚」、この空想物語は「左慾」革命により天皇・皇族が皆殺しになるというあまりに衝撃的な内容の問題作で
発表と同時に宮内庁、あるいは多くの右翼団体が不敬であると抗議し、
ついには右翼団体の17歳青年・小森一孝が中央公論社社長であった嶋中鵬二氏宅に押しかけ、夫人に重傷を負わせ、家政婦を刺殺するに及んだという事件でした。
 この時、先頭を切って「風流夢譚」に対して激しく抗議活動を行なったのが野依だったのです。自らが発行する『帝都日日新聞』紙上で、
作者の深沢と中央公論社へ向けて連日筆誅を加え続け、また「小森少年のテロがなければ新聞はあんなに書かなかったろう」とテロの動機そのものについてまで理解を示していました。
戦前には右翼から「偽装共産党」と糾弾された野依は、この事件以来、「右翼」のレッテルが貼られることになります。
 ところが、少なくとも野依には、自分が右翼だという意識は毛頭なかったようです。野依は言います、「右翼の諸君は宜しく『中央公論』をしてもっと徹底的に謝罪さすよう行動を起して貰いたい」。
彼は体制の流れに迎合したり、安易に誰かの考えに与したりすることが大嫌いでした。彼の真情は、愚直に自分の意見を貫き通すことだけだったのです。
例えば、戦時下では反東条の姿勢を貫きました。その一方で、戦後のGHQ検閲による没収図書には23冊も挙げられ、個人ではダントツの1位という名誉ある(?)記録も誇ります。
「風流夢譚」事件での抗議も、あくまで一言論人として「皇室への無礼」に憤慨し、特に小説の中で「美智子妃」の実名があげられていたことが許せなかったからでした。
 野依が「天下無敵」と評されたのは、言論、出版活動のあまりの過激さ、傍若無人ぶりから来るものでしたが、
一方でどんな劣勢の状況に置かれても決して持論を譲ることなく、呵々大笑していた器の大きさにも由来するものだったのです。
 その時々の大衆の感情、つまり「世論」を体現した“メディア人間”の一代記、その痛快さを是非、堪能してください。

611:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/08 21:19:39.98 FMpUCkNG0
URLリンク(blog.goo.ne.jp)

野依秀市と言っても、貴人をはじめ、ほとんどの人はわからないと思いますが、
言わば、三鬼陽之助、佐藤正忠の大先達というか、あの手の雑誌の元祖、草分けであった人物です。この野依秀市は、
明治の財界人に取り込み、「帝都日日新聞」などを創刊し、衆院議員も2期つとめた右翼というか、文字通り、新聞記者の原初、土俗的ジャーナリストです(笑)。
貴人が興味を持つ人物なので、お調べになると良いと思います。人間的に愛嬌のある人らしく、とても思想、
心情的には異なると思える、あの内村鑑三とも仲が良くて、野依の事業や著書の推薦人になっているほどです。


へー、驚きました。そんな人がいたなんて全く知りませんでした。先生のメールは続きます。


彼は、「の」という平仮名の家紋をつけた羽織を着て、慶應出身(自らは大分生まれで、慶應義塾商業学校出身)の財界人などに近づき、政・財界に大きな人脈を築きました。

佐藤准教授は現在「考える人」誌でこの野依秀市のことを連載中です。同准教授は、野依が戦前、朝日新聞を「国賊」と批判、糾弾しながら、
元共産党員を自らの「帝都日日新聞」に雇い、同紙は東条内閣では45回も発禁処分を受けていると、メディア史の研究家らしい視点で野依を捉えております。 
ご興味があれば、「考える人」誌を読まれると良いでしょう。

612:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/08 21:21:42.76 FMpUCkNG0
野依秀市先生と念仏信仰
四宮政治文化研究所
URLリンク(shinomiya-m.txt-nifty.com)

『歎異抄』に「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり」「親鸞は父母のためとて、一返にても念仏したること、いまださふらはず。」
という言葉があるので、親鸞はあくまでも個人の救済を重視していたと理解する人がゐる。また浄土教・阿弥陀信仰は、「厭離穢土・欣求浄土」という言葉もある通り、
厭世的で来世に救いを求める信仰と理解する人が多い。したがって、日蓮信仰と比較すると、国家・社会改革に対しては積極的ではないと思われてきたようである。
私もその一人てあった。
ところが私が高校生時代に書生をさせていただいた野依秀市先生は、晩年に至るまで活発なる言論運動・政治運動・愛国運動を活発に展開した。
のみならず生涯を通して戦闘的姿勢を貫いた人である。野依氏が許せないと思った政治権力者・財界・軍部・学者など他者に対する非難攻撃は凄まじかった。
そのために四度にわたって囹圄の身になった。それは、浄土真宗宗門にも及んだ。
大正十二年七月には「大谷光瑞氏に自決を勧告して本願寺の改革と門徒諸氏の覚醒に及ぶ」という著書まで出している。しんだら極楽浄土に往生すると説いているのに、
「自決勧告」とは面白いが、野依先生には、退嬰的あるいは厭世的な生き方は微塵も見られなかった。
野依秀市先生は次のように論じている。「未來で極樂淨土に參らせて頂ける、と云ふことになって居るが我々は之を信ずる。
信ずればこそ其處に人生の樂しみがある。既に世の中に樂しみを有して居るからには、この現世が厭になったり早く死なうなどと思ったりする譯がない。
…國家社會のことにしても、その現状及び將來を悲觀してこそ、其處にこれでは可けない、轉回の必要があると感じ、
それが爲に大なる元気を出し、大なる希望を見出して、大いに奮闘しやうとするのである。この境地に達せんとするには、一旦、小我を捨てて大我を見、
他力に依って極樂を信じ、眞に親鸞の教に歸依しなくてはならぬ。」(『絶對の慈悲に浴して』)と論じている。
考えてみれば、一向宗は近世初期、織田信長と果敢に戦ったし、一揆も起こした。もともとは戦闘的であり行動的だったのである。それが退嬰的と言われるようになったのは、
徳川三百年の太平、そして徳川幕府の宗教政策に呑み込まれてしまったからであろう。

613:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/08 21:25:14.72 FMpUCkNG0
野依秀市先生について
四宮政治文化研究所
URLリンク(shinomiya-m.txt-nifty.com)

最近、野依秀市先生についての論文を書かせていただいた。小生は昭和三十九年、高校に通いながら野依秀市先生の書生をしていた。
またその当時生長の家で活動していた。その頃野依秀先生は、紀元節復活運動を全國的規模で展開していた。
生長の家の谷口雅春先生は、野依先生の運動に全面的に協力し、共に演説會を何回も行なった。また、谷口先生は野依先生の主宰する『帝都日々新聞』に度々原稿を書いた。
野依先生は、情熱の人であり、明るい性格の人であった。また熱烈な「皇室中心主義」「愛国心」の持ち主であった。
野依秀市先生は、明治・大正・昭和にわたる長い間、縦横無尽に活躍したが、何故か言論史・政治史・宗教史にその名を記されることは少ない。
国難の時期に際会している今日の日本において、言論界・政界・宗教界に人物が少ないと言われる中にあって、野依秀市先生の信仰精神と足跡を再評価することが必要なのではあるまいか。
『歎異抄』に「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり」という言葉があるので、親鸞はあくまでも個人というよりも自分一人の救済を重視していたとする人がいる。
また浄土教・阿弥陀信仰は、「厭離穢土・欣求浄土」という言葉で要約されるので、厭世的で来世に救いを求める信仰と理解する人がいる。
したがって、日蓮信仰などと比較すると、国家・社会改革に対しては積極的ではないと理解する人が多い。小生自身もそうであった。
ところが野依秀市先生は、いわゆる個人主義者でも、厭世思想の持ち主でもなかった。生涯にわたって言論活動・政治運動・愛国運動を活発に展開し戦闘的姿勢を貫いた人である。
退嬰的な生き方は微塵も見られなかった。「愛国の快男児」と自ら称されていた。
考えてみれば、徳川氏が天下を統一し江戸幕府による宗教統制が強固になる以前の真宗教団あるいは信徒は、
一向一揆や石山本願寺の歴史を見ても分かる通り退嬰的どころか極めて戦闘的であった。
信長との戦いで、本願寺第十一世・顕如は、「進む者は極楽、退く者は地獄ぞ」と号令したという。野依秀市先生はこうした戦闘精神を継承したのかもしれない。

614:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/08 21:25:15.39 EOl5Uv2N0
>>610>>611
福沢とまったく関係がない内容ではないが、
紹介するにしてももう少しきちんとまとめなよ。
宣伝だとしたら逆効果だよ。

615:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/08 21:30:30.62 FMpUCkNG0
野依秀市先生についての原稿を書いています
四宮政治文化研究所
URLリンク(shinomiya-m.txt-nifty.com)

野依秀市先生についての原稿を書いています。この方は、明治・大正昭和の三代にわたって、言論界・政界・宗教界そして愛国運動で大活躍をされた方であります。
「実業之世界」「帝都日日新聞」という新聞と雑誌を刊行し、破邪顕正の立場から論陣を張られました。
さらに、戦前一回・戦後一回大分県から衆議院議員に選出されました。
昭和三十年の保守合同(民主党と自由党が合同し現在の自由民主党が結成されたこと)では全国的な国民運動を展開しました。
明治末期に、筆禍によって入獄されましたが、獄中で阿弥陀仏信仰に目覚め、出獄後、世界仏教協会を結成され、猛烈なる宗教運動を開始されました。
そして「世界仏教」「真宗の世界」という雑誌を刊行しました。
つまり、言論人・政治家・宗教家という三つの面で活躍されたのであります。
さらに、戦時中は「米本土空襲」を唱えて全国行脚をされました。戦後は、「中央公論糾弾運動」「紀元節復活運動」に挺身されました。「愛国の快男児」と言われました。
私は、高校三年の時に、野依先生の書生となりました。高校卒業までのごく短期間でしたが、色々ご教導をいただきました。
野依先生の信仰信条、そして様々な活動について、私なりに書かせていただく所存であります。阿弥陀仏信仰と愛国運動がどう結びつくのかは大きなテーマであると思います。

616:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/09 03:41:14.01 tIlbXR650
なぜこのスレにって感じはしますね。

617:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/09 08:56:34.36 fGHuZ62X0
福沢諭吉の言葉
URLリンク(avidjungreader.blog102.fc2.com)

618: 忍法帖【Lv=17,xxxPT】
12/06/10 17:41:45.97 xcw6pP5F0
test

619:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/10 19:41:44.74 JZSrfVnW0
小川原本の感想を聞きたい

620:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/11 21:51:05.32 VYvXATvt0
おかしいな、確か読んだ人がいたと思ったんだが

621:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/12 07:47:12.36 F/JfMBH60
>>609
石河の全集編纂事業は、なかったこと、にして、現代の全集刊行委員会が、新たに選びなおせばよい。

622:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/12 21:06:30.20 FW1cinD40
>>610-613>>615
なんだ。新刊の宣伝だったのか。

Amazon.co.jp: 天下無敵のメディア人間: 喧嘩ジャーナリスト・野依秀市 (新潮選書): 佐藤 卓己: 本
URLリンク(www.amazon.co.jp)
出版社: 新潮社 (2012/4/27)

内容(「BOOK」データベースより)
昭和前期から戦後にかけて「言論界の暴れん坊」の異名をとる男がいた。
反体制も躊躇せず、戦時下は反東条の姿勢を貫き、一方で対米戦を過激に煽る。
その結果、収監されることも一度や二度ならず。だが彼ほど大衆の感情、
「世論」を体現した者はいなかった。表の言論史には現れぬ鬼才に焦点を当て、
真のジャーナリズムとは何か、その原点を考える。

623:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/13 18:27:01.54 kos2xJld0
ジャーナリズムや世論への訴えという視点から
福沢と比較するとそれなりにおもしろいかも
いや、時期的には石河との比較になるだろうか。
そう考えると、福沢研究の基礎というか方向性を示した
石河の言説研究はそれほど進んでいないことに気づくな。

624:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/13 20:23:15.08 cGAn9a7q0
ミネルヴァのHPではアジア侵略の批判者になっている

URLリンク(www.minervashobo.co.jp)

625:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/14 00:45:14.98 1iCd+FtY0
>>624
平山さんの新刊を収録しているミネルヴァの「シリーズ・人と文化の探究」って、
伊藤之雄さんの『伊藤博文と韓国統治』を収録していたシリーズだったのか。

ミネルヴァ書房 > 歴史 > シリーズ・人と文化の探究
URLリンク(www.minervashobo.co.jp)

伊藤博文と韓国統治 初代韓国統監をめぐる百年目の検証
URLリンク(www.minervashobo.co.jp)

626:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/14 02:57:42.23 PM7dSAHb0
『福沢諭吉の戦争論と天皇制論』「天は人の上に人を造らず…」の出典について
URLリンク(www.koubunken.com)

627:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/14 09:09:23.42 1xXk8goL0
>>625
地味な人物研究の学術シリーズだな。値段が高いのは大学図書館向けだからだろう。

628:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/14 20:17:30.85 yFxAVAv+O
あんな値段で売れんのか

629:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/15 12:38:17.08 YdKNQ9f00
>>626
福沢イズムの合言葉とかよく分からない文章なのだけれど、
結局は何を言いたいんだろう?


630:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/15 12:51:11.89 9N4yLP2S0
平山さんの新刊、ミネルヴァのHPでもタイトルが「アジア独立論者」になった上に、発売予定日も7月に延びたな。
URLリンク(www.minervashobo.co.jp)

631:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/15 13:06:11.01 vOhPsPbb0
>>629
安川に質問したら?

>>630
うおっ、値段も上がっている! まだ加筆しているんじゃ???

632:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/15 14:20:38.09 YdKNQ9f00
>>631
安川に質問する機会があればするかもしれないけど、
平山と安川のやりとりを見る限りでは、
安川の議論の仕方自体理解できないんですよ、私。。。

633:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/15 14:39:26.67 vOhPsPbb0
>>632
それは安川たちが、自分たちにしか通用しない言葉で議論しているからだろう

634:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/15 18:46:58.88 6u/VPKK90
>>630
「アジア独立論者福沢諭吉」が正解だったみたいだね。

635:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/15 22:28:35.83 XLvqzWSV0
>>630-631
ありゃりゃ、出版年月日 2012/07/20、予価 本体7,000円+税 になってますね。

>>632
安川さんは、
「以上の件につき、関心のある方は、高文研宛てにご連絡をいただければ、
8頁にわたる詳しい経過報告の文書を送らせていただきます。」
と言っているのだから、高文研宛てに質問してみたら?

636:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/16 05:03:24.75 eZtV9Hqr0
助教の書いたもんに値打ちなんてあるのか?

637:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/16 09:55:43.01 6QFaQFYS0
たしかに教授の安川の方が値打ちがあるよな

638:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/16 23:11:25.38 kfuVdt360
>>637
安川さんは名誉教授ですよ。

639:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/17 04:46:52.10 8ZwaBw9Y0
安川寿之輔さんの本には、署名にかならず「名古屋大学名誉教授」という肩書きが入っているね。

640:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/17 17:43:29.40 lb5q7CDwO
あはは

641:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/17 19:32:12.01 zAlQ6dNk0
素晴らしい

642:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/18 00:45:14.72 kmdgTxNX0
>>635
高文研は
「8頁にわたる詳しい経過報告の文書」を持っているんだったら、
それをウェブで公開すればいいのにと思われ。

643:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/18 01:06:25.30 kJ4OXiip0
なるほど

644:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/18 14:17:11.68 Qqppanmh0
名誉教授号って、研究の内容も授与審査の対象になるの?

645:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/18 14:28:43.71 stL/fWeB0
淫行(=わいせつ)犯人を捜しています!!!!

■女子中学生にわいせつ行為をした犯人を捜しています!!!!
URLリンク(www.youtube.com)

■女子中学生にわいせつ行為をした犯人を捜しています!!!!Part2
URLリンク(www.youtube.com)

646:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/18 14:52:43.95 fMn80+Dg0
井田メソッドの信憑性
URLリンク(aoimon.blog7.fc2.com)

647:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/18 16:53:42.82 WEnkRfFD0
>>646

これは面白い!

648:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/19 07:50:32.86 DnNAt3H60
>>646

平山が真筆認定していた「忠孝論」は、真筆ではなかった!

URLリンク(blechmusik.xii.jp)

649:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/19 09:56:52.12 dVDllQhd0
小川原正道の『福澤諭吉の政治思想』読んだ。
第1部政治構想に含まれる、議会論(第1章)・憲法論(第2章)・天皇論(第3章)・外交論(第4章)
のできはなかなか。このまま大学の教科書として使えると思う。
第2部人間観に含まれる華士族論(第5・第6章)・宗教論(第7章)・明治政府との確執(補章)
は悪いわけではないが、『官との闘い』や、それに付随する具体的トピックで、
読み物としては面白いが、学術著作としての密度は平均水準。
全体の点数は5点満点中の4くらい。

650:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/19 12:15:21.55 DnNAt3H60
>>649

安川や平山の扱いはどうなっている? 3、4章あたりで。

651:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/19 12:43:58.89 jue5pLYt0
>>649
>第1部政治構想に含まれる、議会論(第1章)・憲法論(第2章)・天皇論(第3章)・外交論(第4章)
>のできはなかなか
目新しい福沢分析として何か書いてあった?

652:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/19 14:15:38.64 dVDllQhd0
>>650
安川も平山も索引には出ていない。註からは採っていないようなので、
そちらは直接見ないと。本文中では大きくは取り上げられてはいなかったと思う。

>>651
議会については、幕末期は国会論、それから県会優先論となり、明治11年ころ
また国会論(憲法草案とからめて)、そして14年政変後はやや距離をおくようになった
とのこと。なぜ優勢順位が変わったかについては、はっきりとは書いてなかった。
憲法論についての新たな見解は、政変のトラウマをより強く言っているところかな。
天皇論は「帝室論」重視で、戦前は重要視されていなかったのに、戦後にわかに重要となった
という部分が興味深い。安川に触れていないので、反論もない。
外交論についても丸山の意見にそったもので、従来の正統派政治学者の見解をなぞっている。
いや、「パワ・イズ・ライト」の側面は最初からあった、というところからは、
むしろ安川にも近いのか。ただしそれはリアリズムということで、むしろ弁護している。
全体としてよく調べてあって、結論も正統派として妥当。だから教科書向きといえるが、
刺激的というところは少ない。

653:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/19 16:42:07.88 jue5pLYt0
ありがとう
気になるのは尊王論がどう扱われているか、だな
URLリンク(project.lib.keio.ac.jp)
平山は尊王論執筆者を石河だと言っていたが
帝室論と尊王論の読み分けについて書いているんだろうか
実際に取り寄せて読んでみるよ

654:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/19 17:03:08.04 gpjN9dtv0
>>653
「尊王論」を出版した集成社というのは聞いたことの無い出版社だと思って検索したら、
同時期に「三酔人」を出したところのようだ。福沢との関係は?

655:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/19 17:59:26.07 dVDllQhd0
>>653
巻末に書名索引があって、『尊王論』は9箇所にでてくると分かる。で、
執筆者問題には触れていない。つまり100パーセント福沢作の立場。
ただ、立脚点の置き所が、皇室の「政治社外性」から
「神聖性」に移っていることについては、64ページに指摘がある。
よくよく調べてみると、安川については註や参考文献も含めてまったく
触れられていないのに対し、平山については「脱亜論」に言及している
第4章の註(123ページ)で、『福沢諭吉の真実』の題名が記載されている。
あとは参考文献に、それと『福沢諭吉』があげられている(270ページ)。



656:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/19 18:31:22.44 1YqRtqig0
URLリンク(rocketnews24.com)

657:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/19 19:47:26.37 rQxhtSKYO
なんだ

658: 忍法帖【Lv=26,xxxPT】
12/06/19 21:47:03.61 099w3rxB0
危機の時代のリーダーとは… 交詢社オープンフォーラム
URLリンク(sankei.jp.msn.com)

「危機の時代のリーダーを育てる」をテーマにした「第4回交詢社オープンフォーラム」(産経新聞社後援)が17日、
東京都千代田区の大手町サンケイプラザで開かれ、安倍晋三元首相の基調講演やパネルディスカッションが行われた。

 交詢社は明治13(1880)年に福沢諭吉が提唱し、「知識を交換し、世務を諮詢する」をスローガンに創設された日本最古の社交機関。

 約500人の聴衆を前に安倍元首相は「リーダーに必要なものは責任感と判断力、情熱」と指摘し、
「リーダーは国を愛し、守るべきものは何かを自覚した者」と結んだ。

 このあと、山内昌之・明治大学特任教授▽猪瀬直樹・東京都副知事▽大竹美喜・アフラック最高顧問
▽谷内正太郎・元外務事務次官の4氏がリーダー像について議論を交わした。

659:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/19 22:04:24.21 r6k4XLc10
>>655
読みました。

「第三章 天皇論」は、『福沢諭吉 「官」との闘い』にも、
収録されていましたね。デジャヴュかと思ってしまいました。

付録の資料「時事新報社説(福澤諭吉自筆原稿確認分)」には
5編の社説が収録されていました。

①1884年(明治17年)2月26日・27日 「仏法ノ運命如何」
②1884年(明治17年)4月1日 「不景気ニ狼狽スル勿レ」
③1892年(明治25年)6月3日 「海軍省所管」
④1893年(明治26年)8月9日 「株式市場の変動」
⑤1896年(明治29年)3月17日 「日本銀行課税」

これらは小川原さんが自ら現物を見て確認したそうです。
つまり執筆者問題は既に前提とされている訳ですね。

あと、つまらないミスですが、晩年の『福澤全集緒言』から
「学問のすすめの評」の一部が引用されていて、晩年の
文章と説明されていたようですが、「学問のすすめの評」自体は
明治7年11月7日付けで新聞に掲載されたものなので、晩年の
文章とは言えないですね。

660:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/20 00:09:38.72 A5LtdqqHO
書き込みの質が高いねここは

661:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/20 07:15:59.43 dUK9gn9B0
>>659
この5編の全集の収録状況は、どうなの?

662:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/20 08:48:48.37 lXeZjrHu0
小川原本を読んだ住人はもう一人いるんじゃ? >>515
何か意見はある?

663:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/20 16:02:52.21 vGTMME4X0
>>659
小川原本で無署名社説の扱いがどうなっているのかと気になって、調べてみた。
本文中には福沢が関与していない社説があるとはかかれていない。
注意深く見てみると、第4章外交論の註45(126ページ)に、
「以下、本章で扱う『時事新報』社説に対する福澤の関与について概観しておこう。」
とあって、石河の例の言明が引用され、さらに関与の証拠として明治20年から
26年までの手紙が紹介されている。
草稿残存社説については付記があるが、ないものも使用されていて、
それはどうなのかはっきりしないように感じられる。
巻末の「書名・論考名」をざっと見てみたが、
安川が問題視している日清戦争期以降の社説はほとんど非言及だ。
となると、安川からは、「逃げた」と批判されるのは避けられない。

664:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/20 18:57:06.72 ot8TfODH0
>>663
GJ

665:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/21 05:56:51.26 Zze+XL810
>>646
井田メソッドを信頼できないとしていた杉田聡の証明が、じつは信頼できることの証明になっていたとはね

666:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/21 15:22:25.89 PpgVodHK0
>>663
それを読む限りでは都倉氏と同じスタンスの気がする
福沢が時事新報の論調に多かれ少なかれ影響したのだから
福沢存命時の論説は一応福沢が目をとしたものとして論じているんじゃないかな

667:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/21 15:44:14.34 KZezHd5Q0
>>666
そうだとすると、都倉氏や小川原氏は、安川氏が批判する諸社説について、
どう弁解するんだろう? 台湾の蜂起民を殲滅せよ、と福沢が主張したことを認める?

668:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/22 06:09:41.76 RW7s9G+TO
そうするしかないだろうな

669:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/22 07:59:32.44 Nzbjdi5P0
>>666
でも、目を通した、という証言は石河のものだけしかないわけでしょう

670:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/22 11:52:22.51 uzolyCN80
>>669
それって本当?
福沢が話したことは一度もないのかな

671:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/22 13:02:32.77 Nzbjdi5P0
>>670
積極的に新聞社説に関わっている、という内容の手紙は
明治26年(1893)8月24日付日原昌造宛書簡が最後(小川原本127ページ)。
つまり日清戦争以後の紙面を統括していた福沢側の証拠は、ない!

672:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/22 13:22:15.92 HjzdgHsy0
>積極的に新聞社説に関わっている、という内容の手紙は
じゃあ消極的ながら関与していた、という手紙はどれくらいあるんだろうか

673:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/22 22:00:33.51 RW7s9G+TO
たしか福沢の真実に書いてあったはず

674:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/22 23:48:55.60 cD4/a0ku0
>>673
『真実』にはこう書いてあります。
文中の「この四年」というのは1887年、1889-1891年のことです。

----
渡辺退社直後の日原昌造宛
書簡に、「唯今は社説に老生一名の外に(石河・菊池の)二少年あるのみ。随分忙しき次第に
御座候」(八九・二・二)とある。このような状況に鑑みて、この四年について八割以上の社
説に福沢が無関与であった、とは到底思われないのである。
----
『福沢諭吉の真実』、123頁

675:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/23 06:13:29.72 kInSSb7BO
これは積極的関与の時期についてだね
日清戦争以後は?

676:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/23 15:17:41.85 RqwvkheN0
Eテレで、知花くららがアルバート・クレイグにインタビューしてる

677:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/23 15:34:02.35 /jrMYMh70
そうか、福沢が新聞社説に積極的に関与していた時期と
消極的に関与していた時期を分けて考えないといけないのか
ずっと関与していたものだと早とちりしていたが、
そうじゃないと考えるのがよさそう

678:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/24 12:21:19.97 ac2FTOtB0
慶應義塾大学出版会|慶應義塾・福澤諭吉|ウェブでしか読めない|時事新報史
URLリンク(www.keio-up.co.jp)

【創立時在社】
中上川彦次郎、飯田平作、伊東茂右衛門、牛場卓蔵、岡崎亀雄、岡本貞烋、須田辰次郎、津田純一、
波多野承五郎、森下岩楠、矢田績、小幡篤次郎(客員)

【途中入社】
飯田三治、井坂直幹、石河幹明、伊藤欽亮、井上角五郎、岩本述太郎、岡本利兵衛、清野(竹越)与三郎、
桑田(三宅)豹三、小金井権三郎、高木喜一郎、高橋義雄、竹下権次郎、津田興二、村田彬、本山彦一、山名次郎、渡辺治、日原昌造(客員)

【入社時期不明】
石川半次郎、江口源治、岡崎郁二郎、小野田孝吾、金子静一、金子友之助、川上精一、河野頼策、小原(左近)与之助、
鈴木千巻、長尾喜三、夏目力蔵、平塚源太郎、馬越章造

【名目役職者】
大崎(牧野)鈔人、箱田半三郎、福城□〔一字不明〕朗

679:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/24 20:15:38.35 PJCvoWwT0
>>678
これでは肝心の執筆時期がわからないね

680:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/25 01:29:44.55 sL3fvg5Y0
>>677
福澤の時事新報への関与は年とともに少なくなっていったようです。
『福翁自伝』では以下のように言っています。

----
併(しか)し私も次第に年をとり、何時(いつ)までもコンな
事に勉強するでもなし、老余は成る丈(た)け閑静に日を送る積りで、新聞紙
の事も若い者に譲り渡して段々遠くなって、紙上の論説なども石河幹
明(いしかわみきあき)、北川礼弼(きたがわれいすけ)、堀江帰一(ほりえきいち)などが専ら執筆して、私は時々立案してその出来た
文章を見て一寸々々(ちよいちよい)加筆する位にして居ます。
----
福翁自傳 - 546 ページ :
URLリンク(project.lib.keio.ac.jp)


681:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/25 03:12:31.32 rtJHQiZg0
>>680
だとしたら、1894年以降、1898年まで、毎年100編以上全集に収められているのは、
おかしくはないか?
『福澤諭吉』の後ろから30ページにある表ではそうなっている。
それより前の1889年には46編しは入っていないのに。

682:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/25 12:47:13.69 Ya5MDDsQ0
>>681
だんだん遠くなったわけではない、ように見えるということね

683:名無しさん@お腹いっぱい。
12/06/25 14:59:51.13 Zl+bA1My0
どれどれ。平山伝記の「年度別の「時事論集」掲載論説集一覧」を写してみるか。

西暦  単行本日数 大正版 昭和版
1882  40       17 33
1883 8 24 56
1884 12 9 57
1885 39 17 58
1886 8 14 42
1887 0 12 34
1888 19 8 24
1889 0 24 52
1890 12 16 34
1891 0 15 69
1892 22 14 82
1893 15 14 65
1894 0 10 139
1895 0 12 123
1896 (74) 4 96
1897 (39) 10 102
1898 (57) 3 103
1899 (51) 0 31
1900 (5) 1 38
1901 (19) 0 8

カッコ内は社説欄以外の特別欄掲載。
1898年の脳卒中発作以後の掲載分の執筆は発作前。


たしかに大正版では「だんだん遠くなって」いるな。「昭和版」も合わせると
ずっと関与していた、だ。




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