12/01/26 13:56:31.17 EnBuNYgx0
>>185
渡辺は初代帝大総長の他にも、元老院議官・副議長、東京府知事を
歴任してるし、政友会の創立にも参加している。教育面では帝大初代総長の
他に、工手学校(今の工学院大学)を創立してる。
187:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/26 14:53:29.24 MDNFccDz0
>>186
おおスマソ。知らなかったデスよ。
188:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/26 17:14:07.52 bIOlvQ1Q0
平山と安川の論争を見ていると
論争そのものよりもそれを取り巻く環境から
福沢研究の歯切れの悪さが見えてくる
平山の論を全面的に肯定する論者はいないが、さりとて安川の議論を否定する者もいない
ところで気になったんだが、中学・高校の教科書では「脱亜論」を含めた福沢評価はどうなっているだろう
「自民党発行「中学教科書7社の比較調査」を参考に、教科書展示会場に行ってきた」
を見ると福沢が脱亜論を書いたと断定しているような教科書もあるみたいだが
安川の議論を採用している教科書はどれほどあるんだろう?
教科書の福沢言説の変遷を追っている研究があれば見てみたいものだ
189:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/26 17:34:03.75 tbaEJw5M0
>>188
結局身びいきと言われるからな。慶応出身者が福沢を弁護すれば。
それでは何の解決にもならないんだが。
慶応出身者を多数含む福沢協会や大学内の組織である
福沢センターが賛同しないのは、
その設立者が石河だから。メンバーは社説がおかしいと思っていても
それを口に出せなかったよう。
いまさら認められるか、というところ。硬直化した組織にありがちな反応だ。
左翼の攻撃側も変だと感づいたって、弁護側に回るワケもない。
東大の加藤陽子なんかも相変わらず「脱亜論」を侵略思想に位置づけている。
それから、誤解していないとは思うが、平山洋も「脱亜論」は
本物だと言っている。ただし、侵略ではなく督励の社説として。
190:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/26 18:23:27.56 MDNFccDz0
日本史や政治思想史の専門家でも伊藤之雄や田口富久治なんかは平山支持ダロ。
191:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/26 22:25:16.83 OzovE9RH0
>>189
加藤陽子はどうしようもないですね。
そんなことだから「エセ保守史家」呼ばわりされるんですよ。
渡辺 望「エセ保守史家の系譜~加藤陽子に騙されるな」『正論』(通号 475) 2011年9月、240~250頁
URLリンク(www.sankei.co.jp)
192:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/27 07:36:10.56 dv3EIXLr0
>>191
加藤の問題は最初から結論ありきで立論しているふしがあること。
脱亜論についても、昔抱いたイメージにとらわれている。
これでは新しい史料が発見されても、そこから柔軟に研究を深めることは
できないだろう。
性差別発言になるかもしれないが、女性は歴史家に向いていないと思う。
193:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/27 09:57:02.66 wkPvJ/VW0
>>188
現行版の全集の「時事新報論集」は信頼できない、はもはや動かせない。
大部分石河が書いた、と石河本人が言っているのだし。
つまり、無署名社説についてはいったんチャラにして、どうすれば福沢のものが選び出せるか
について、関係者で議論するのが本来の筋。
それをなぜしないのだろう?
194:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/27 12:34:56.85 ZhbCrZcA0
>>189
本当にそうなのか?学位論文審査の要旨にはこうあるんだが
URLリンク(www.ritsumei.ac.jp)
>これに対して平川洋『福沢諭吉の真実』(2004年)は「時事新報」の社説をすべて福沢一人が書いたのではないこと、
>{「脱亜論」などアジア蔑視、侵略主義が色濃く示す論説の多くは福沢の弟子である石河幹明の筆によるものであることを示して
>西洋的な個人の独立に基づく市民的自由主義と普遍的国家平等主義を説いた啓蒙思想家としての福沢像をあらためて浮き彫りにし、
>福沢の肯定否定論にまつわる論争は新しい段階で展開している。
>こうした研究状況の丹念なサーベイを果たした本論文が以下の3点で学術上の意義があることを、3名の審査委員は一致して確認した。
これを見る限り平山は脱亜論を石河執筆と認定している
それに
>逆に福沢を「植民地主義者、帝国主義的膨張論者」として断罪する安川寿之輔の見方も、こうした既存研究の偏りの批判に有効
と安川の研究が評価されてる
195:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/27 12:53:52.58 dv3EIXLr0
とはいえ、井田進也によれば、日清戦争に先立つ一〇年前の「脱亜論」自体はやはり
福沢のものであると判断してよいようである(『歴史とテクスト』一〇四頁)。論者としても、
先にも述べたように、論の運びの巧みさと語彙の平明さからいって真筆であると考えている。
例えば「脱亜論」の中盤は『文明論之概略』第五章の要約になっているのであるが、
そのまとめかたの手際のよさは作者ならではといえよう。
また後半には朝鮮と中国における明治維新のような革命実現への期待が述べられているが、
すでに見たように、同様の考えは一三年後に口述筆記された『福翁自伝』に示されている。
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
196:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/27 13:13:10.95 wkPvJ/VW0
社説「脱亜論」の発表は1885年3月16日で、これは石河が時事新報社に入社するより前だから、
石河が「脱亜論」を書いた可能性はないんだよ。
197:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/27 13:57:18.61 jAwQOy+H0
>>194
立命館の博士論文審査員に左翼的な偏向があったのかも
198:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/27 14:32:42.86 ZhbCrZcA0
>>195
となると平山は自説を修正したのか?
199:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/27 16:27:42.61 dv3EIXLr0
>>198
んなばかな。『福沢諭吉の真実』205ページからの引用だよ。
200:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/27 23:09:53.06 fJjrD6p70
平山さんの持論は、1882年の時事新報創刊から10年間は福沢が指導し、
あとは福沢の手を離れた、というもの。
201:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/28 03:33:08.34 vmgLtR820
>>200
平山さんは『真実』の98頁で「九二年春ごろから福沢真筆の論説が稀になる」と
指摘していますね。
202:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/28 08:40:56.39 COOfknVWO
ま十年やったらもういいとなるのは当然だわな
203:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/28 13:09:06.36 zeY65KOF0
URLリンク(nhkwatchers.web.fc2.com)
時流に乗って主張をコロコロ変遷させたので、
「法螺を福沢( ほらをふくざわ)、嘘を諭吉(うそをゆうきち)」と
揶揄されていた。
これって本当?
204:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/28 15:27:14.25 vmgLtR820
>>203
> これって本当?
「法螺を福沢( ほらをふくざわ)、虚を諭吉(うそをゆうきち)」
と当時の新聞『日の出新聞』で揶揄されたのは本当です。
----
「法螺(ほら)を福沢、虚(うそ)を諭吉(ゆうきち)、馬鹿とも狂痴とも
言えばいえ、知る人ぞ知る、己の心群がる雀のチュウチュウいうも、何ぞ鶴の
心意気を知らんと、西洋学の悟道(さとり)を得て、鼻高々と鞍馬山増長坊と
開化の巨擘(おやだま)、三田の隊長福沢諭吉大先生」
『日の出新聞』(明治15年8月11日付)
----
都倉武之「時事新報史」第4回:創刊当初の評判
URLリンク(www.keio-up.co.jp)
一方、福澤先生は還暦祝いの演説で、幕末維新から明治28年までの
ご自分の人生を振り返って、以下のように仰っています。
----
四十年來時勢の變遷、文明の進歩は、正しく青年の時より今日に至る
までの活劇にして、此芝居を見物し又その樂屋の趣向に
も聊か關係して、全國民の大入を得たるは、古人の夢に
も知らざる所のみならず、今の壯年輩と雖も唯中幕以下
を見たるのみにして、大序初幕より四十餘年を打通しに
見物したるは、是れぞ還暦前後の老輩に限る特典として、
老生の少しく誇る所なり。扨この活劇に付き老生は如
何なる役を勤めたるやと云ふに、唯空論を論じ大言を吐
きたるのみ。俗に云へば法螺を吹きたるものなり。
----
福沢諭吉「還暦壽?の演説」『時事新報』(明治28年12月14日)
205:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/28 18:07:26.92 Gm8ibTLA0
>>204
この皮肉がどの程度一般化したかが問題だろうな。
今安川が大々的に宣伝しているというだけで、
その後広く知られたかどうかは分からない。
「脱亜論」と同じで、安川が見つけ出してから
多くの人に知られるようになったのかもしれない。
206:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/28 20:41:25.89 vmgLtR820
>>205
「嘘を言う吉(きち)、法螺を福沢」という悪口なら、
丸山真男が「福沢諭吉の人と思想」の中でも取り上げていますね。
(これは『福沢諭吉の哲学―他六篇』岩波文庫に収録されています。)
URLリンク(www.amazon.co.jp)
207:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/29 09:58:16.93 q3JBFNoo0
>>206
石河幹明の『福澤諭吉伝』にすでに紹介されているんじゃないか?
208:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/29 11:51:16.52 a2DgdPUHP
>>203
>「NHK 問題を考える会(兵庫)」
>住所 650-0022 神戸市中央区元町通6-7-6 5F
>平和友好センター内
>電話: (078)351-0194(留守電可)
>FAX: (078)351-0194
>兵庫県原水協【神戸市中央区元町通6-7-6 茶本ビル5階
>℡ 078(341)2818 Fax 078(371)2427】へお問い合わせく
>ださい。 ...
まったく分かりやすい。
この茶本ビルというのは、事実上日本共産党の持ち物。
西川というのは西川恭次共産党中央委員。
209:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/29 19:44:41.59 q3JBFNoo0
共産党が反福沢運動を盛り上げる年には総選挙がある。
210:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/29 20:14:20.64 dPlOVMzD0
>>184
おお、マジか。結構楽しみだな。
あとは依田勉三なんかは吉川弘文館から出して欲しいなあ。
211:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/30 09:51:27.77 JX4CmncP0
>>171関連
○山手委員 私は若干最近起つておりまする事態について、法務総裁から見解をお伺いしたいと思うのでありますが、
第一に数日前に例の「平和のこえ」そのほかについて、いろいろな処置をされております。相当な、四百数十名というふ
うな共産党の関係者あるいは「平和のこえ」の関係者、そういう者を逮捕されておるようでございますが、これは新聞で
も発表しておられまするように、全国的な規模でこの捜査が行われており、全国的な規模の上に立つて、これを見てお
られるように思うのでありまするが、これについて大橋総裁のお考えを、この議場を通じて明確にしてもらいたいと思う
のであります。どういう規模のものであるか、その背景、そういうふうなものについて承りたいと思います。
○大橋国務大臣 「平和のこえ」という出版物は、その内容から見まして私どもはかつての共産党の機関紙でありまし
た「アカハタ」の後継紙ないしは同類紙であると考えておるのであります。御承知のように「アカハタ」の後継紙ないし同
類紙というものは、これは司令部の指令によりまして、これが刊行を禁止されておる。この禁止に違背いたして発行さ
れておるという点におきまして、これは一つの刑事事件となるものであります。かつまたその記事の内容を見ますと、
連合軍に反対もしくは反抗するというような内容を持つておりまするので、この点におきましては、いわゆる勅令三百二
十五号に違反するという、これまた刑事事件に該当するわけであります。私どもはこの事件は一つの刑事問題でござ
いますから、これが取調べを進行いたし、またこれが関係者を逮捕するという目的をもちまして、最高検察庁に対しま
して、かくかくの関係者があるという旨を告発いたしたのであります。この告発いたしましたる理由は、現に検挙せられ
ましたところの四百数十名の方々は、いずれも「アカハタ」後継紙あるいは同類紙でありまするところの「平和のこえ」の
頒布を、事実上担当いたしておつたのでありまして、これは結局この一つの刑事事件に共犯関係があるわけであります。
かようなる見地をもちまして、これらの関係者を逮捕いたし、ただいま各検察庁において、それぞれ、取調べをいたして
おる次第であります。
衆議院会議録情報第7号昭和26年2月7日
URLリンク(kokkai.ndl.go.jp)
212:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/31 02:05:23.49 Nc3yqHnL0
どなたか、西澤直子教授の『福澤諭吉と女性』を読んだ方はいらっしゃいませんか?
西澤直子『福澤諭吉と女性』
URLリンク(www.keio-up.co.jp)
213:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/31 09:23:08.15 u8js/cZ/0
>>211
日本共産党はGHQの指令により1950年6月から1952年9月まで非合法。
この間にその活動に携わったものは「非合法活動に従事」したことになる。
安川寿之輔は大丈夫か?
214:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/31 14:11:08.98 Q5dF3hgq0
>>212
読んだ。よくまとまっている。伝記的事実については精緻化がすすんでいるが、
従来の福沢の女性論研究に何を付け加えたのかについてはどうも。
最後の、福沢の女性論への評価の紹介は面白かった。
ただジェンダー論などの視点からの分析はないので、物足りない読者もいるかもしれない。
あと、明治13年に中津から富岡製糸工場に研修にいった女性の一団のリーダーに、
増田シカとう人物がいるのだが、この人は宋太郎の近親かな。
情報がないので分からない。
215:名無しさん@お腹いっぱい。
12/01/31 22:56:30.16 Nc3yqHnL0
>>214
> 読んだ。よくまとまっている。伝記的事実については精緻化がすすんでいるが、
おおっ、ちゃんと読んでいる人がいるんですね。
> 従来の福沢の女性論研究に何を付け加えたのかについてはどうも。
従来の女性論研究とは、例えば、
関口すみ子『国民道徳とジェンダー 福沢諭吉・井上哲次郎・和辻哲郎』東京大学出版会、2007年4月
URLリンク(www.utp.or.jp)
のことかな? あと、安川さんも、
福沢諭吉の女性観と女子教育論--歴史研究の方法を中心に (差別と罪責 それと侵略戦争)
人権と教育 (35), 158-168, 2001-11, 障害者の教育権を実現する会
URLリンク(ci.nii.ac.jp)
という論文を書いていますね。
> 最後の、福沢の女性論への評価の紹介は面白かった。
なるほど、最後のところだけでも立ち読みしてみようかな。
216:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/01 07:42:50.81 8xENeDP10
>>215
日本史専攻の方だからしかたないとはいえ、女性論や女性学というのは主流が社会学系なので、
そちらからの関心を引く書き方でないと、話題になりにくいかもしれない。
217:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/01 10:26:00.16 LObxrjcs0
>>214
増田鹿なら宋太郎の未亡人だろ
218:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/01 20:52:42.82 Bt7yAcEa0
へえ
219:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/02 02:08:21.30 1dhXHDFk0
【中国BBS】日本人に最も大きな影響を与えた人物といえば誰?
URLリンク(news.searchina.ne.jp)
----------------------
● スレ主:殺7的銀行家
オレは福沢諭吉、マッカーサー、釈迦だと思う。
----------------------
● 97花開絶塵
手塚治虫、坂本龍馬…。いずれの分野でも少なからず影響を与えた人っているから難しいなぁ。あるいはやはり天皇の影響力が1番かもしれない。
● 戦国自慰隊
クレヨンしんちゃん。
(実在の人物ではありませんが、影響力はあったかもしれませんね)
● wxaqqa19910816
明治天皇。
● 高級度娘楼委会
ドラえもん。
(こちらも実在ではありませんね)
● 帝国主義砲灰
聖徳太子:日本に中国文化を取り入れたから。武則天:日本と天皇という2つの言葉を作ったから。明治天皇、高杉晋作、伊藤博文、桂太郎、児玉源太郎、大山巌、東郷平八郎
:この人たちはみんな横並びの感がある。1人欠けてもいけない。彼らが先頭に立って日本は強国の仲間入りをした。そしてルーズベルト、マッカーサー:日本に民主主義を強制的に実施した。
● 藤本七七海
ウルトラマンティガと地球防衛軍。
(なぜティガ限定?)
● 醤缸文化
日本人は中国から渡った人びとの子孫なのでは?そうだったら、日本人にとってもっとも影響力のある人は中国人ということになるね。
(中国ではこの話を信じている人がかなり多いようです)
220:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/02 02:15:27.41 1dhXHDFk0
NHK新キャスターに福沢諭吉のやしゃご…元ミスソフィア・片山千恵子アナ
URLリンク(hochi.yomiuri.co.jp)
221:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/02 02:27:45.52 1dhXHDFk0
URLリンク(blog.tatsuru.com)
しかし、幕末に人々が急に武張ってきたら、嫌気がさして不意に止めてしまう。
「居合刀はすっかり奥にしまい込んで、刀なんぞは生まれてから挟すばかりで抜いたこともなければ抜く法も知らぬというような顔をして」(162頁)過ごしたのである。
幕末の騒動の頃、学者たちまでが護身のために長い刀を佩くようになった風を見て、諭吉は刀をあらかた売り払ってしまう。
佩刀している二本も長刀は鞘だけ長刀で中身は脇差、脇差の方は鰹節小刀である。
その頃、友人の高畠五郎を訪れると床の間に長大な刀が飾ってある。そんなものを飾るなばかばかしいと諭吉が言う。
第一君には抜けまい。
高畠はむろん抜けはしないと答えると、諭吉は庭に出てその四尺ばかりの長刀で居合の形を遣ってみせてから「抜ける者は疾くに刀を売ってしまったのに、
抜けない者が飾っておくとは間違いではないか」と小言を言うのである。(228頁)
居合をやったことのない人にはぴんと来ないかも知れないが、四尺の刀を抜くというのは半端な武芸ではない。
私の居合刀は二尺五寸五分、真剣は江戸時代のものだが、これが二尺四寸。
身長175センチの私でも二尺六寸となると抜くのにいささか手こずる。三尺を超えたら、まず私程度の身体能力では居合の形は遣えないであろう。
だいたい武道具店のカタログには居合刀は二尺六寸までしか載っていない。
当今の居合は抜刀と剣尖の速度を競う傾向があるので、選手はできるだけ短く軽い刀を選ぼうとする。長く重い刀を抜く技術の重要性を私は一度も聴いたことがない。
しかし、本来の居合のかんどころは重く長い刀を操ることのできる高度の身体運用にある。
勝小吉には『夢酔独言』の他に『平子龍先生遺事』という逸文がある。小吉が師事した平山行蔵という武芸者の言行録である。
小吉がはじめて会ったときはすでに老齢であったが、八尺五寸の木刀を遣い、七貫余の鉞を片手で振り、差料はどれも三尺八寸。
小兵の行蔵が座っている図像が残されているが、刀の柄が腕の長さとほぼ同じ。鐺はぴんと跳ね上がったまま紙の外に消えている。
行蔵の道場には看板が掛かっていて「他流仕合勝手次第なり。飛道具矢玉にても苦しからず」と大書してあったそうである。
だんだん話が逸脱してゆくが、この人の軍学の師匠が山田茂平という御仁で、「或る時、男は男根ある故に女色に溺れ、
志を立てざりと、男根を切られけり」というハードコアな人だったそうであるから弟子筋に破格な人が輩出するのも納得である。
何の話をしていたのだっけ。
そうそう、長刀を遣うことの困難さについてであった。
その平山行蔵の差料が三尺八寸。福沢諭吉は「四尺ばかり」を抜いたということから諭吉の武術家としての技量のたしかさは推察しうるのである。
222:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/02 02:28:40.06 1dhXHDFk0
この高畠五郎とのエピソードはおもろいね。
しかし、福澤は本物の居合の達人であったようだな。
223:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/02 09:59:14.04 vQgH+Bbq0
安川寿之輔が丸山真男を批判している本当の理由はここにあった
URLリンク(www2s.biglobe.ne.jp)
224:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/02 15:03:23.10 02OghNB40
>>222
思想の中身と関係がない
225:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/02 21:52:31.26 lt61jMY00
>>223
要は、日本共産党が丸山真男を批判することに決めたからということかな?
226:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/03 08:25:32.94 hicqKdgY0
>>225
まあそういうことだろうな。日共系の学者やプロ市民の意見は、笑っちゃうほど画一的。
ロボットみたい。あるいは洗脳をむねとする新興宗教か。
その思考回路はこうだ。明治日本は絶対主義だから悪(講座派の見解)。福澤はそれに
寄与したイデオローグだから悪。そして丸山は福澤を弁護したから悪。
227:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/03 09:48:47.71 boc7lWeo0
まえから安川支持者には頭の悪いやつしかいないと思ってはいたが、やっぱりだな
228:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/03 11:58:53.29 OjBo7i7iP
「第17回 崔昌華記念北九州人権集会」・
日本基督教団九州教区北九州地区ヤスクニ・人権委員会
「2.11集会」(共催)のご案内
今年は「崔昌華記念北九州人権集会」と北九州地区「2.11集会」共催で、安川寿之輔
さん(やすかわじゅのすけ・名古屋大学名誉教授)をお招きして行います。安川さん
は、日本の社会思想史研究者として知られ、福沢諭吉を「アジア蔑視を広めた思想
家」として捉えた研究を含め、著書に『福沢諭吉のアジア認識』、『福沢諭吉と丸山
眞男』、共著『NHK「坂の上の雲」の歴史認識を問う』、『部落問題の教育史的研
究』、『女性差別はなぜ存続するのか』…など多数です。
更には、韓日平和100年市民ネット共同代表、不戦兵士・市民の会副代表理事、日本
戦没学生記念会元事務局長、イラク派兵違憲訴訟の原告(東京地方裁判所)など、
様々な課題を担っています。
テキスト ボックス: 日 時 :2012年2月12日(日)午後2時半~5時
会費なし(席上カンパあり)
場 所 :西南KCC(在日大韓基督教・小倉教会)駐車可
北九州市小倉北区大田町14-31 電話・Fax093-521-7271
講 師 :安川寿之輔氏(名古屋大学名誉教授・教育学博士)
テーマ :日本では「思想,良心,信教の自由」がなぜ根づかないのか
―福沢諭吉の全面的な見直しを通して―
「2.11」を迎えるにあたり、歴史から謙虚に学ぶことを通して、様々な人権問題や差
別を克服するための課題を考える貴重な時間となります。ぜひお集まり下さい。
主 催 : 崔昌華記念北九州人権集会実行委員会(連絡先090-2516-5169朱)
229:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/03 12:15:32.47 OjBo7i7iP
住所が同じな謎の宗教団体一覧
新宿区西早稲田2-3-18
日本キリスト教協議会 新宿区西早稲田2-3-18
在日外国人の人権委員会 新宿区西早稲田2-3-18
在日韓国基督総会全国青年協議会(全協)新宿区西早稲田2-3-18
平和を実現するキリスト者ネット 新宿区西早稲田2-3-18
キリスト者女性のネットワーク 新宿区西早稲田2-3-18
女たちの戦争と平和資料館 新宿区西早稲田2-3-18
戦時性暴力問題連絡協議会 新宿区西早稲田2-3-18
キリスト教アジア資料センター 新宿区西早稲田2-3-18
難民・移住労働者問題キリスト教連絡会<難キ連> 新宿区西早稲田2-3-18
石原やめろネットワーク 新宿区西早稲田2-3-18
歴史歪曲を許さない!アジア連帯緊急集会事務局 新宿区西早稲田2-3-18
国際協力NGOセンター(JANIC) 新宿区西早稲田2-3-18
日本キリスト教海外医療協力会(JOCS) 新宿区西早稲田2-3-18
アジアキリスト教教育基金 新宿区西早稲田2-3-18
財団法人日本クリスチャンアカデミー 新宿区西早稲田2-3-18
在日韓国人問題研究所 新宿区西早稲田2-3-18
在日本大韓基督教会 新宿区西早稲田2-3-18
在日韓国基督総会全国青年協議会(全協) 新宿区西早稲田2-3-18
外登法問題と取り組む全国キリスト教連 新宿区西早稲田2-3-18
外国人学校・民族学校の制度的保障を実現するネットワーク(代表:田中 宏)
宗教法人日本バプテスト同盟 新宿区西早稲田2-3-18
株式会社アバコクリエイティブスタジオ 新宿区西早稲田2-3-18
移住労働者と連帯する全国ネットワーク 新宿区西早稲田2-3-18
230:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/03 12:27:29.58 OjBo7i7iP
在日大韓基督教会博多教会
05/16/2007
5月15日午後11時より西南地方会定期総会が福岡中央教会にて開催されました。
日本基督基督教団九州教区の議長西畑望牧師初め3役と日本キリスト教会
九州中会の議長権藤牧師と前議長の澤正幸牧師と3年ぶり病気療養中の李
俊鶴牧師が韓国から来られました。新しい会長に朱文洪牧師任、副会長に
金聖孝牧師、李圭哲長老、書記金明均牧師、会計金幸子長老が選ば
れました。尊い使命を果たされますように祈ります。残念なことに福岡教会
が諸問題のために総代が出席できなくてとても寂しい総会でした。
05/20/2007
西南地方会は博多伝道所が博多教会へ昇格した事を宣言する式を行いました。
午後3時半より黄世和執事と崔承彦執事の演奏する前奏により始まり、西南
KCC理事長宋聖宰長老の祈り、鷺梁津教会元老牧師林寅植牧師の説教、西
南地方会会長朱文洪牧師の昇格宣言、日本基督教団九州教区書記福島義人
牧師の祝辞、崔榮信牧師任の祝祷で終わり、博多教会の執事たちの心の
こもった食事で交わりの時を持った。感謝感謝
231:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/03 13:23:19.90 boc7lWeo0
>>228-230
あたまのいいヤツも安川を利用しているのか!
キリスト教徒の反靖国神社運動と安川の反福沢運動のタイアップ企画ですな。
232:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/03 13:50:36.32 hicqKdgY0
>>231
安川らと在日大韓基督教会との関係については、このスレで答えが出ているよ。
もう2年くらい前だが。
233:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/03 13:53:30.53 hicqKdgY0
>>230の「日本基督教団九州教区書記福島義人牧師」をからめてカモフラージュしているだけ。
234:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/03 14:27:11.93 OjBo7i7iP
56 名前:名無しさん@12周年[] 投稿日:2012/02/03(金) 13:04:42.33 ID:36jO8kyT0 [1/4]
共産党は、岩波書店を乗っ取ったら、
こんどは縁故採用で、
共産党員か自分たちの子供しか入社させず
岩波を完全に共産党の子会社にするつもりだな。
共産党員であることを理由に入社を拒否されると
思想信条の自由に反する憲法違反と喚き立てるくせに、
自分たちは 共産党員しか入社させない憲法違反を平気でする。
日本国民の敵、共産党
20年ぐらい前のことかな、どの雑誌だったかは憶えていないが(噂の真相だったような気がする)、
印象に残ったので、書いてあったことは鮮明に憶えている。
それは、共産党が秘密共産党員を入社させ、彼らが出世するにつれて仲間を引き上げて
ついに共産党員が会社を支配するようになった ということだ。
今では社員のほとんど全員(99%)が共産党員らしい(週間文春に載っていたという書き
込みあり)。
なぜそのことが雑誌に書かれたのか。
それは岩波にいた秘密共産党員の1人が、党の方針に従わず査問を受け、それに対する報復として
雑誌にバラしたとのこと。
共産党は、朝日にも、共同通信にも、NHKにも同じ浸透作戦をやっていて、影の支配者になって
いると言われる。
235:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/03 16:40:21.91 boc7lWeo0
>>234
岩波だけじゃなく朝日新聞もTBSもだよ。実際の得票とかけ離れた報道がされているのは、
組織に入り込んでいる共産党の隠れ党員の工作による。
大学の人事だって牛耳っている。
236:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/03 18:27:08.18 9g2QcXMf0
小栗忠順の信者にだいぶウィキペディアの記事が荒らされてるな。
URLリンク(ja.wikipedia.org)
「小栗忠順」の変更履歴
URLリンク(ja.wikipedia.org)
「福澤諭吉」の変更履歴
237:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/04 01:10:03.75 wE91YKjD0
>>227
でも、安川支持の「つくしん坊」はアマゾンのベスト500レビュアーになってますね。
よく本を読んでいるし、勉強家でもある。もっとも頭がいいかどうかは不明ですが。
つくしん坊さんのコンテンツ
カスタマーレビュー: 163
ベストレビュアーランキング: 331
参考になった: 1107
URLリンク(www.amazon.co.jp)
>>236
> 「小栗忠順」の変更履歴
この編集者「太閤曽呂利」「お化け長屋」「鍋草履」「整腸怪鳥」は
Ajax009の操り人形だと疑われて無期限ブロックを受けたユーザー。
> 「福澤諭吉」の変更履歴
この編集者「7六歩」「DareyanenBoke」「小たび」「あるべるだ」「Hi-lite43」は
Ajax009の操り人形だと疑われて無期限ブロックを受けたユーザー。
Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期/Ajax009
URLリンク(ja.wikipedia.org)
238:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/04 07:14:11.99 NpcssLaXO
あれは梅田正己だろ
239:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/04 09:48:21.80 rZ+ra78s0
>>235
団塊(60代)とその子分(50代)の大学汚染は酷いからな。奴ら学問は手段で政治目的の達成が主目的で実現しちゃったからな(民主党政権)。40代からマシになってるからこれから元に戻るだろうけどさ
240:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/04 10:24:16.34 Rb/XLqgz0
>>239
共産党の得票率よりマスコミや学界での発信力がはるかに大きいのは、上にもあるような
支配の構造があるため。イデオロギー的な理由によって就職できなかった
研究者予備軍は一生浮かばれないものと思われる。
241:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/04 11:20:02.13 udPo+tUr0
>>238
つくしん坊というのは日教組系が好んで使うコトバ
すくすくと育つとかショウモナイことを言っている
242:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/04 20:37:54.56 9+FLWdeO0
佐伯啓思の『反・幸福論』新潮新書の広告が新聞に載っていました。
> 「人はみな幸せになるべき」なんて大ウソ!
> ●「自由と権利」の追求が不幸のもと
> ●「不平等」と「違い」を誤認するな
> ●福沢諭吉「人間蛆虫論」からの教訓
この「人間蛆虫論」とは『福翁百話』にある話のことですね。
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人間の安心 (七)
左(さ)れ
ば宇宙無辺の考を以(もつ)て独(ひと)り自(みず)から観(かん)ずれば、日月も小なり地球も微(び)な
り。況(ま)して人間の如き、無智無力、見る影もなき蛆虫(うじむし)同様の小動物にして、
石火電光の瞬間、偶然この世に呼吸眠食し、喜怒哀楽の一夢中、忽(たちま)ち消え
て痕(あと)なきのみ。
福翁百話 - 51 ページ :
URLリンク(project.lib.keio.ac.jp)
既(すで)に世界に生れ出
たる上は蛆虫ながらも相応の覚悟なきを得ず。即(すなわ)ちその覚悟とは何ぞや。
人生本来戯(たわむれ)と知りながら、この一場の戯を戯とせずして恰(あたか)も真面目(まじめ)に勤
め、貧苦を去て富楽に志し、同類の邪魔せずして自(みず)から安楽を求め、五十、
七十の寿命も永きものと思うて、父母に事(つか)え夫婦相親(あいした)しみ、子孫の計(はかりごと)を
為(な)し又戸外の公益を謀(はか)り、生涯一点の過失なからんことに心(こころ)掛(がく)るこそ
蛆虫の本分なれ。否(い)な蛆虫の事に非ず、万物の霊として人間の独り誇る
所のものなり。
福翁百話 - 52 ページ :
URLリンク(project.lib.keio.ac.jp)
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243:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/04 20:41:03.68 9+FLWdeO0
つづき
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人間の心は広大無辺なり (十)
人生は見る影もなき蛆虫(うじむし)に等しく、朝の露の乾く間(ま)もなき五十年か七
十年の間を戯れて過ぎ逝(ゆ)くまでのことなれば、我一身を始め万事万物
を軽く視(み)て熱心に過ぐることあるべからず。生まるゝは即(すなわ)ち死するの約
束にして、死も亦(また)驚くに足らず。況(いわ)んや浮世の貧富苦楽に於てをや。
福翁百話 - 57 ページ :
URLリンク(project.lib.keio.ac.jp)
扨(さて)今
日の浮世を渡るにその法を如何(いかん)すべきやと云うに、蛆虫は素(もと)より蛆虫に
して、仮令い高尚なる心あるも蛆虫と雑居しながら高尚なる手段を施
すべきに非(あら)ざれば、生を愛し死を悪み、貧富苦楽を喜憂して浮世の務(つとめ)を
務め、苦しみては楽しみ、楽しみては苦しみ、苦楽平均して楽(たのしみ)の多からん
ことを願うは勿論(もちろん)、或(あるい)はその快楽を大にせんが為めに格別に辛苦(しんく)し、十年の
功を積んで一朝の心を慰むることもあるべし。
福翁百話 - 58 ページ :
URLリンク(project.lib.keio.ac.jp)
造化と争う (十七)
人生は至極(しごく)些細(ささい)なるものにして蛆虫(うじむし)に等しと云(い)うは、他人の沙汰(さた)に非(あら)
ず、斯(か)く云う我身も諸共(もろとも)に蛆虫にして、他の蛆虫と雑居し以(もつ)て社会を成
すことなれば、蛆虫なりとて決して自(みず)から軽んずべからず。苟も(いやしく)人として
この世に生れ出(い)でたる上は、即(すなわ)ち万物の霊にして地球上の至尊なり。蓋(けだ)し
この人を蛆虫として軽く視(み)るは心の本体にして、その霊妙至尊を認るは心
の働(はたらき)なり。
福翁百話 - 77 ページ :
URLリンク(project.lib.keio.ac.jp)
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佐伯啓思『反・幸福論』|新潮社
URLリンク(www.shinchosha.co.jp)
Amazon.co.jp: 反・幸福論 (新潮新書): 佐伯 啓思: 本
URLリンク(www.amazon.co.jp)
244:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/04 22:07:37.28 hNGUqIr20
『福翁百話』解説
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
245:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/05 06:05:34.59 AjV3P1DP0
敷島健一って左翼だったのか
URLリンク(ja.wikipedia.org)
246:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/05 09:19:56.32 d9zxqaVF0
>>245
高文研や梅田正己を編集しているからといってサヨクとは限るまい。
どう変更されているか調べてみてちょ。
247:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/05 18:50:23.62 6yChICHc0
>>244
情報ありがとう。人間ウジ虫論は『福翁百話』の7・10話ですね。
↓
----
この状態はあくまで遠い未来に実現するとされるものの、福沢は仮にこの
天人並立の状態に身を置く。そこで説かれるのが、いわゆる人間ウジ虫論
(7・10話)である。そこでの、全宇宙から見れば人間の一生など取るに
足らないウジ虫のそれと変わらない、との主張は、あるいは敗北主義にも
見えてしまうかもしれない。だが、その論の真意は実は正反対のところに
ある。すなわち、ウジ虫もまた全宇宙の真理の一部を担っているがゆえに、
それ自体かけがえのない生を生きている、ということである。この話は
前後不都合かもしれないが、と述べたうえで、福沢は次のように続ける。
「もともと人間の心は広大で限りなく、理屈の外にこそ悠然としている
ことができるのである」と。
----
平山 洋『福翁百話』解説(角川ソフィア文庫)
URLリンク(blechmusik.xii.jp)
福翁百話 現代語訳: 文庫: 福沢諭吉 | 角川書店・角川グループ
URLリンク(www.kadokawa.co.jp)
248:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/06 07:35:02.01 cowpO5rcO
で敷島は?
249:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/07 08:04:58.76 w445Wr570
>>216
西澤先生の本、たしかに今のところ話題になっていないなあ。
慶応内では知れ渡っているのかもしれないが。
平山先生の伝記についてはどんな扱い?
250:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/07 16:53:14.59 kNyTrdh40
>>249
参考文献にあげられていないよ
251:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/07 23:26:11.23 nYdzIjai0
>>249
平山さんの伝記は特に女性問題には触れていないからかな。
>>250
井田さんの『歴史とテクスト』は参考文献にあがっているのにね。
252:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/08 09:27:49.13 A11sqRHP0
井田さんも女性問題とは無関係では?
253:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/09 19:59:39.21 J+2dV8eJ0
諭吉の遺徳しのぶ 中津で112回忌法要
URLリンク(www.oita-press.co.jp)
中津ゆかりの福沢諭吉(1835~1901)の112回忌法要が命日の3日、福沢家先祖の墓がある中津市桜町の明蓮寺(重松祐誠住職)であった。
福沢旧邸保存会(理事長・鯨井佳則副市長)の主催。
市民ら関係者約50人が参列。琴の生田流磯貝社中(磯貝泰子大師範)が、諭吉が晩年にたしなんだと伝わる「六段の調べ」を追善演奏。
重松裕哉前住職が読経する中、鯨井理事長、新貝正勝市長、清水勝彦市議会議長らが焼香し、遺徳をしのんだ。
この後、近くのリル・ドリームで記念講演会があり、慶応義塾大経済学部の小室正紀教授が「現在の経済情勢と福沢諭吉」をテーマに話した。
254:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/10 08:29:30.38 7dGPaH6aP
>>253
これがニュースになるの?
255:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/11 16:45:40.96 uryEmzqc0
どうもぱーっとした福沢研究が出ていないなあ。沈滞してる。
256:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/11 21:47:55.32 Wla5XKmX0
福澤先生誕生記念会の記念講演は、猪木武徳さん(国際日本文化研究センター 所長)の「福澤諭吉における国法と道徳」だった。
慶應義塾の講演会、演説会 で、いつも違和感を感じるのは、外部の方が講師の場合の紹介の仕方である。 女性の司会者が「猪木武徳君」と言う。
猪木武徳さんは、京都大学経済学部 卒、MIT大学院修了で、大阪大学経済学部教授・学部長を経て、国際日本文化 研究センター教授になり、所長になった方だ。
慶應義塾とは関係がない。
私は志木の高校から7年間、慶應に学んだから、塾内では福沢先生一人が「先 生」で、教職員も塾員も塾生も等しく「君」と呼ばれる伝統は、よく知ってい る。
それが清家篤塾長の年頭挨拶にも出て来た「半学半教」の考え方から来 ていることも、知っている。 「
半学半教」は、学生の身分でありながら、教 師を兼ねる教育形態で、「究めていよゝ遠」い学問に完成はなく、教員も生徒も 共に教え合う立場にあるという考えが根底にある。
それに加えて、人間の権 利の平等を大切にした福沢の思想と実践もあって、慶應では教員も「君」や「さ ん」で呼ぶ習慣で、掲示板には「○○君休講」の貼り紙が出る。
だが、それは慶應義塾の内部、いわゆる社中の話だろう。 「猪木武徳君」 と紹介された猪木武徳さんは、どう思われただろうか。
伝統に凝り固まって いて、自由な配慮が出来ず、お招きしてお話し頂く遠来の講師に対して、失礼 ということはないのか。
三田演説会の司会者なども、建前から「君」で紹介 を始め、経歴を述べている内に、面と向かって「君」とは言いづらくなってき て、「さん」や「先生」に変わって行ったりする。
あれあれ、と思う。
「猪木武徳君」という紹介
URLリンク(kbaba.asablo.jp)
257:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/11 21:49:36.38 Wla5XKmX0
渡辺浩教授の講演「儒教と福澤諭吉」 ― 2011/12/22 04:17
URLリンク(kbaba.asablo.jp)
昨日の「巧言令色またこれ礼」〔昔、書いた福沢2〕(短信107・1978(昭和53) 年2月5日)で、福沢諭吉を「批孔のはしり」と書いているのは、1
970年代前 半、中国で文化大革命のさなか「批林批孔」という林彪と孔子を批判する運動 があったからである。 孔子と孔子が説いた儒教、
そして儒教を復活させよう としたとされた林彪が激しい批判の矢面に立たされた。
12月3日、福澤諭吉協会の第113回土曜セミナーで、渡辺浩法政大学法学部 教授の「儒教と福澤諭吉」という講演を聴いた。
その案内文にあった講演の 要旨は、「福澤は儒教の厳しい批判者として知られています。しかし、彼が儒教 の何を批判し、
何を批判しなかったのか、そのことの吟味は十分になされてい ないように思います。この報告では、儒教の教義内容(についての私の理解)を 簡略に、
しかし体系的に、お話した後、それを福澤のいわゆる儒教批判と比較 して、考えてみたいと思います。」というものだった。
正直に白状すれば、この講演、これまた、ほとんど歯が立たなかった。 東 大系に弱いのかもしれない。
一番、面白かったのは、野田佳彦首相が所信表 明演説で「正心・誠意」というキーワードを述べ、新聞始めマス・メディアは こぞって勝海舟の『氷川清話』からの引用だと言ったが、
儒学を多少でも知っ ている者なら(江戸時代なら五歳の子供でも、今でも聖徳学園小学校で素読を習 っているという一年生なら←馬場註)、
四書五経の『大学』の「誠意・正心・修 身・斉家・治国・平天下」だと分かる、という話だった。 儒学についての教 養のなさは、マス・メディアから、首相官邸や野田総理まで及んでいたのであ る。
私が講演をほとんど理解できなくても、驚くには当らない。 と、開き 直ったりして…。
ネットを「誠意・正心」で検索したら、加地伸行立命館大学教授が9月30 日の「産経ニュース」(おそらく産経新聞にも掲載されたのだろう)
の「正論」 で、渡辺浩教授と同様の指摘をしていた。
258:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/11 21:50:50.44 Wla5XKmX0
福沢は儒教を全否定したわけではない ― 2011/12/23 04:23
URLリンク(kbaba.asablo.jp)
渡辺浩教授は序論で、儒教の厳しい批判者としての福沢に触れた。 『福翁 自伝』には、「私は唯漢学が不信仰で、
漢学に重きを置かぬ斗りでない、一歩進 めて所謂腐儒の腐説を一掃して遣らうと若い時から心掛けました。ソコデ尋常
一様の洋学者や通詞など云ふやうな者が漢学者の事を悪く云ふのは普通の話で、 余り毒にもならぬ。所が私は随分漢書を読で居る。
読で居ながら知らない風を して毒々敷い事を言ふから憎まれずには居られない。」とある。
『福翁百話』では、「漢学洋学共に学問の名あれども、人間の居家処世より文 明の立国富強の辺より論ずるときは、古来我国に行はれたる漢学は学問として 視る可らず。
我輩の多年唱導する所は文明の実学にして、支那の虚文空論に非 ず。或る点に於ては全く、古学流の正反対にして、
之を信ぜざるのみか其非を 発き其妄を明にして之を擯けんとするに勉むる者なり。」と言っている。
ところが、『学問のすゝめ』初編で、「実学」として究理学・経済学に歴史・ 脩身学を含めた福沢は、『福翁百話』「前途の望」で
「満世界の人皆七十歳の孔 子にニウトンの知識を兼ね」という。 『論語』為政の「七十而従心所欲、不 踰矩」、七十歳、従心、したいことと、すべきことが一致した完全な状態である。
『文明論之概略』第六章では、「徳義の事は古より定て動かず。」「徳義の道に就 ては恰も古人に専売の権を占められ、
後世の人は唯仲買の事を為すより他に手 段あることなし。」といっている。
つまり、福沢は古今東西、普遍妥当の道については、否定していない。 儒 教を全否定しているわけではない。 何を否定し、何を否定していないか、が 問題になる。
そこで次に儒教の教義内容(についての私の理解)を簡略にまと めてみたい。
259:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/11 21:51:48.05 Wla5XKmX0
渡辺浩教授のまとめた儒学(朱子学)の教義 ― 2011/12/24 04:49
URLリンク(kbaba.asablo.jp)
そこで渡辺浩教授自身の儒学理解である。 最も代表的な儒学である朱子学 の教義の説明があった。
南宋の朱熹(1130-1200)による体系。 これが私には、 よく理解できなかった。 下手下手書いてみる。
(1)天・地・人…天は地も含む。 すなわち大自然 nature、大宇宙のことで、 季節や天候も含む。
天災、天然記念物の天。 天国や地獄はない。 人も、 動植物を使いながら、生かされている天の営みの一部。
全ては天にあり、も の言わず自己展開している。 天意は、畏敬すべきもの。
(2)禮と道…道は人らしさの基本原則。 神でなく、大自然に依拠。 人は万 物の霊長。 人の行動の型は、人らしさ。
現世にとどまり、当り前の人間関 係にとどまる。 「我が道を行くgoing my way」や「世界に一つだけの花」(個 性)は、悪。
(3)五倫…人として守るべき五つの道。 君臣の義、父子の親、夫婦の別、長 幼の序、朋友の信。
(4)君・臣・民…君は、天命、天の意志の代理人。 誰かが保証人になる必要 (統治)があって、最も「らしい人」、慕われる、支持される人がなる。
臣は、アシスタント、人として優れた人、君と臣で政府をつくる。 忠は、 まごころを尽すこと。 民は、相対的に愚か、統治は教育でもある。
(5)修己治人…自己修養を遂げた人物が為政者となることで、天下泰平が実現 する。 修身・修養・功夫・学問(『孟子』) 「誠意・正心・修身・斉家・治 国・平天下」(『大学』)
郷挙里選・科挙、個人(男性)を家柄や身分に関係な く選抜。 この考え方は、世襲身分制度には危険思想で、明治維新に力があっ た。
(6)三代と革命…夏王朝(堯→舜→禹と禅譲、禹以後世襲となり、桀が殷の湯 王に滅ぼされる)・殷王朝(紂王に至って周の武王に滅ぼされる)・周王朝(文王・ 武王・周公)の三王朝。
禅譲(帝王がその位を世襲せずに有徳者に譲ること)。 放伐(中国人の革命観で、徳を失った君主を討伐して放逐すること)。
「漢 儒者と和学者との間に争論ありて千緒万端なりと雖ども、結局分かるゝ所の大 趣意は、漢儒者は湯武の放伐を是とし、和学者は一系万代を主張するに在り。
漢儒者の困却するは唯この一事のみ。」(『文明論之概略』)
260:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/11 22:02:42.43 uryEmzqc0
>>256-259はおれのぼやきへの反応か?
261:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/12 07:34:49.61 8HTnfIh60
絵画・骨董品・買取・販売 店主の徒然なる日常
URLリンク(gihodo.exblog.jp)
福澤諭吉先生の書を紹介いたします。
人に交わるわは馬に乗るが如し
御するの法は吾に在って存す
得失は素より定めなし
是非何ぞ論ずるに足らん
落款
上 三十一谷人
下 福沢諭吉
人と上手く付き合うのは、馬を乗りこなす様なもので人と上手く付き合えないのは馬を乗りこなせず馬の責任にしているような事である。
262:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/12 13:46:38.52 vsfcpb8y0
>>261
これのことかな? で、何円なの?
URLリンク(www.exblog.jp)
263:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/12 23:23:09.61 JsjVvZQo0
横井小楠と福澤はよく比較されているが
横井が、朱子学を原点に持つのと福澤は漢学・蘭学を原点に持つため両者は分かれる。
264:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/13 07:27:58.09 GklsX1gMO
朱子学も漢学では?
265:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/14 17:41:23.02 sl0IbVZv0
URLリンク(www.yomiuri.co.jp)
明治初期に庄内地方で起きた農民運動「ワッパ騒動」の指導者で、酒田市出身の自由民権運動家・森藤右衛門(とうえもん)(1842~85年)をたたえる顕彰会が、
生誕170周年にあたる3月28日に設立される。板垣退助や福沢諭吉と並ぶ民権運動家と評されながら、地元でも注目度が高くはなかった森の功績を後世に残すため、
郷土研究家や元教師らで作る顕彰会では、同市内での記念碑建立を目標に、募金活動を展開していく予定だ。
ワッパ騒動は、1874年に庄内地方の農民や一部の士族、商人ら1万人以上が参加し、当時の庄内地方南部ではほとんどの農民が立ち上がったとされる農民運動。
明治政府は72年、税金を米ではなく金で納めることを決めたが、当時の酒田県が米で税金を取り続け、米価高騰を利用して米を売り、差益を得ていたことに反発したのが発端だった。
「ワッパ(弁当箱)1杯分の金を返せ」と求めたため、ワッパ騒動と呼ばれた。
運動を指導した森は、力ではなく、合法的に解決することが必要と考え、訴訟を提起。78年に6万3000円分の返還を認める判決を勝ち得た。
東北公益文科大の三原容子教授(日本近現代史)は、ワッパ騒動が最終的に法的に解決した点について、「日本が法治国家になる上で画期的なできごとだった」と指摘する。
当時の森の活動は全国的な反響を呼び、79年に出版された自由民権運動家・植木枝盛の著書「民権自由論」では、時代を代表する運動家として、板垣退助や福沢諭吉らとともに森が表紙に描かれた。
顕彰会設立にかかわる鶴岡市大西町の星野正紘さん(75)は2004年から、地元有志ら約20人でワッパ騒動の研究を開始。
当時の資料を調べる中で、先祖が騒動に参加していたことを知り、改めて運動の意義を見直す人も多かったという。
研究の過程で、運動に大きな役割を果たした森について地元で注目されていないことに気付き、顕彰会を設立することに。
昨年1月から準備を始めたところ、庄内地方の郷土研究家や農業関係者、元高校教師など約60人が参加を表明した。
顕彰会では、勉強会を開催して功績を検証するほか、森の命日の9月16日に酒田市内に顕彰碑を建てることを目指し、募金を集めていくという。
星野さんは「酒田の豪商だった森は、自由民権運動のために、ほとんどすべての私財を費やした。
公共のために尽くした彼の功績は、現代の社会でこそ見直されるべき」と話している。
森藤右衛門 酒田の豪商で、明治時代に自由民権運動家として活躍。ワッパ騒動では明治政府の元老院に酒田県の不正を訴える建白書を提出して法廷闘争を展開。
1878年に農民への還付金支払いを認める判決を勝ち取った。その後、庄内地方初の政治結社を創設したほか、新聞も発行。酒田戸長(現在の酒田市長)や山形県議会議員も歴任した。
(2012年2月11日 読売新聞)
266:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/14 17:42:26.19 sl0IbVZv0
日本の開国時代、外来語を適切に翻訳することはひと苦労だったようだ。特に抽象的な概念は。
スピーチを演説、トークを談話と訳したのは福沢諭吉。
名訳家の福沢をして翻訳不可能だと言わしめた「ライト」を、啓蒙(けいもう)思想家の西周は「権利」と訳したが、
その訳では不十分だと作家の故井上ひさしさんが著書『日本語教室』で書いている。
外国語を適切な日本語に換える難しさは、原発再稼働の鍵を握るストレステストも。
本紙は安全評価だが、耐性検査、耐性評価の報道も。その上、評価が「妥当」でも、なお稼働へのストレスは残る。
(編集局次長・伊藤博道)
URLリンク(www.chunichi.co.jp)
267:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/14 23:42:36.86 DxhMsseG0
>>266
> スピーチを演説、トークを談話と訳したのは福沢諭吉。
確かに「スピーチュ」を演説と訳したのは福澤先生と慶應の社友です。
↓
----
扨(さて)その飜訳に当り、第一番に原語のスピーチュに当るべき訳字を得ず。
このとき不図(ふと)思付(おもいつ)きたるは、余が旧藩中津にて、藩士が藩庁に対して願届
は(ねがいとどけ)尋常一様のことなれども、時としては銘々(めいめい)の一身上に付き又は公務
上の情実に関し、公然たる願(ねがい)に非(あら)ず又届にも非ずして書面を呈出(ていしゆつ)する
ことあるの例にして、この書面を演舌(えんぜつ)書(しよ)と云(い)う。他藩にもその例あるや否(いな)や
知らざれども、兎(と)に角(かく)に演舌の文字は中津にて慥(たしか)に記憶するが故に、夫(そ)
れより社友と謀(はか)り、舌の字は余り俗なり、同音の説の字に改めんとて、演
説の二字を得てスピーチュの原語を訳したり。
----
福澤全集緒言 - 116 ページ :
URLリンク(project.lib.keio.ac.jp)
それで、トークを談話と訳したってホントなの?
268:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/15 19:22:43.19 uT+ZXyBo0
福沢研究で最若手といえるのは、都倉淳教授あたり?
もっとたくさんいてもいいはずだがな
269:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/15 23:41:15.25 mtMtpvlt0
>>268
都倉淳教授って都倉准教授のことか?
270:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/16 06:23:04.03 bWPWmY4H0
>>269
あはは
271:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/16 09:44:06.41 uO7A7rDm0
そうだよ。まだ単著はないのだっけ?
272:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/17 19:20:35.22 XI+BSVsu0
都倉さんは時事新報のコラムで有名になっているが、真骨頂は甲申政変と福澤のかかわり。
まずこのテーマでよい本を書いてもらいところだね。
273:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/18 11:43:32.41 etYKhALS0
福沢諭吉を陥れた男、生田目経徳についての質問が、国立国会図書館に出されていた
URLリンク(crd.ndl.go.jp)
274: 忍法帖【Lv=40,xxxPT】
12/02/18 16:45:11.99 Mc7limLc0
今日の『世界一受けたい授業』で諭吉の若い頃のイケメソ写真が出るな
275:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/18 19:52:37.46 zlAERZlX0
>>273
生田目経徳は平山さんの「福沢諭吉は公金一万五千ドルを横領したか?」で謎の人物と紹介されていましたね。
国会図書館に質問した人も平山さんの論文で生田目経徳を知ったのかもしれませんね。
↓
----
2.6 六 謎の人物生田目経徳
明治三二(一八九九)年三月に、小野友五郎の養子熊次郎から日記や書簡そして
福沢弾劾書などを借り出し、明治四三(一九一〇)年七月にその一部に「覚書」
を添えて福沢家に寄贈した生田目経徳は、謎の人物である。国立国会図書館には、
明治二〇(一八八七)年から昭和一四(一九三九)年までの半世紀以上の間に刊行
された二六冊(重複込み)の著書が収蔵され、そのうち一一冊は同館近代デジタル
ライブラリーで全文を参照できるにもかかわらず、そのいずれにも著者略歴の記載
がないため、出身地・生没年・学歴その他を知ることはできない。人名辞典や著作権
台帳にも出ていないので没年を確認できなかったのだろう、近代デジタルライブラリー
へのアップロードにあたっては、文化庁長官の裁定が下されている。
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URLリンク(blechmusik.xii.jp)
276:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/19 20:38:22.20 h42e9aQxO
生田目徹1佐
277:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/20 00:07:00.84 V7tNyDyO0
ちくま新書から『現代語訳 福澤諭吉 幕末・維新論集』が出るようです。
↓
----
『現代語訳 福澤諭吉 幕末・維新論集』
福澤 諭吉(著)/山本 博文(翻訳)
ちくま新書 新書判 208頁 刊行 03/05 ISBN 9784480066534
定価777 円(税込)
URLリンク(www.chikumashobo.co.jp)
URLリンク(books.rakuten.co.jp)
激動の時代の人と風景を生き生きと描き出した傑作評論選。
勝海舟、西郷隆盛をも筆で斬った福澤思想の核心とは。
「痩我慢の説」「丁丑公論」他二編を収録。
----
他二編というのが気になりますね。
勝手に予想してみると、「旧藩情」「分権論」のような気がしますが、
はたして何が収録されるのでしょうか?
278:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/20 06:05:17.73 Iu2orubh0
城下町に春の訪れ 「中津のひなまつり」
[2012年02月18日 10:45]
URLリンク(www.oita-press.co.jp)
中津市に春の訪れを告げる「第14回城下町中津のひなまつり」が18日、市内各所で始まる。4月1日まで。
期間中、ひな人形の展示や接待はもちろん、巨大ひな人形の公開やパレードなど各種イベントが開かれる。
市内の中津城や史料館、美術館、民家など計66カ所でひな人形を展示する。そのうち日の出町アーケードでは、
一万円札の肖像で有名な中津出身の福沢諭吉にちなんだ「壱万円札の里 壱万体雛(びな)」をテーマに、市内の学校や団体などから寄せられた手作りのひな人形を数多く展示。
折り紙や紙粘土で作られたかわいらしい人形が道行く人の目を楽しませる。
期間中の毎週土、日曜日に関連行事を開催。19日午前11時30分から、ひなまつり実行委員会が作った高さ約3・5メートルの巨大おひなさまをアーケードで公開する。
25日午前11時からは若草保育園の園児によるパレード、3月3、4の両日には中津城で「人間ひな飾り」が行われる予定。
279:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/20 07:25:25.40 te466CWUO
中津の宣伝もいいが、空港からのアクセスの悪さをなんとかしてほしい
280:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/20 21:32:56.83 V7tNyDyO0
>>274
見ました。若い頃のイケメソ写真とはコレのことでした。
↓
URLリンク(upload.wikimedia.org)
諭吉がアメリカで一緒に撮影したのは誰? という問題も出題されました。
↓
URLリンク(upload.wikimedia.org)
281:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/20 22:59:16.07 B6Wh3wSf0
最近諭吉ってすごい奴だってわかった。2歳から酒飲んでたらしいな・・・ただの万札じゃなかったんだなw豪傑過ぎるだろw
無学文盲、理非の非の字も知らず、見に覚えたる芸は飲食と寝るとおきるのみ、
その無学のくせに欲は深く、目の前に人を欺き手巧みに政府の法を逃れ、国法の何物たるを知らず、
己が職分の何者たるを知らず、子をばよく生めどもその子を教うるの道を知らず、
いわゆる端も法も知らざる馬鹿者にて、その子孫繁盛すれば一国の益は為さずして却って害を為すものなきに非ず。
かかる馬鹿者を取り扱うにはとても道理を持ってすべからず、不本意ながら力を持って脅し、一時の大害を慎むるより外に方便あることなし。
「一国の暴政は・・・人民の無知を持って自ら招く禍なり」
これは多分世の中の真理だね。恐らく諭吉も読んでない全く関係ないマルサスの人口論と全く同じことが出てきてびびった。
これを解決するには自分が政府要人になって解決すべし、その為に勉強汁っていうのは真理だな・・・
Fラン大学・高卒が実力なしに議員・政府批判をするのが間違ってるのかもしれん
282:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/20 23:01:20.71 B6Wh3wSf0
>>280
諭吉は外人とセッワヌしたのかよ裏山市ねハゲ
漏れも勉強したら外人と付き合えるのかな(´・ω・`)
283:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/20 23:32:51.15 V7tNyDyO0
>>281
『学問のすすめ』2編ですね。
----
然(しか)るに無学文盲(もんもう)、理非の理の字も知ら
ず、身に覚えたる芸は飲食と寝ると起るとのみ、その無学
のくせに慾(よく)は深く、目の前に人を欺(あざむき)て、巧(たくみ)に政府の法を
遁(のが)れ、国法の何物たるを知らず、己が職分の何物たるを
知らず、子をばよく生めどもその子を教るの道を知らず、
所謂恥も法も知らざる馬鹿者にて、その子孫繁昌(はんじよう)すれば
一国の益(えき)は為(な)さずして、却(かえつ)て害を為す者なきに非(あら)ず。斯
る馬鹿者を取扱うには、迚(とて)も道理を以てすべからず、不本
意ながら力を以て威(おど)し、一時の大害を鎮(しず)むるより外(ほか)に
方便あることなし。是(こ)れ即ち世に暴政府のある所以(ゆえん)なり。独(ひとり)
我旧幕府のみならず、亜細亜(アジア)諸国古来皆然り。されば一
国の暴政は必ずしも暴君暴吏の所為(せい)のみに非ず、その実
は人民の無智を以(もつ)て自(みず)から招く禍(わざわい)なり。
----
學問ノスヽメ. 二編 - 21 ページ :
URLリンク(project.lib.keio.ac.jp)
284:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/22 19:42:59.40 /+VpQGNuO
なんだなんだ
285:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/23 20:16:39.47 AGeOf8Hp0
しかしこの出版元の皇道振興会とはなんであらうか。
巻頭の主義綱領によれば昭和6年10月創立。巻末の顧問芳名には21人の名士軍人が。
・公爵一条実孝、前侯爵久我常通、陸軍大将男爵荒木貞夫、陸軍大将岸本鹿太郎、
陸軍大将森岡守成、海軍大将竹下勇、宮中顧問官海軍中将子爵小笠原長生、
頭山満、陸軍中将筑紫熊七、伯爵大原重明、男爵井田磐楠、男爵井上清純、
貴族院議員永田秀次郎、東洋大学教授高島平三郎、陸軍中将和田亀治、
陸軍中将松井庫之助、貴族院議員丸山鶴吉、陸軍中将勝野正魚、陸軍中将鈴木一馬、
子爵北小路資武、国教学館主田中治五平。
名義だけだらうけれども中々の人たち。名誉会長に陸軍中将男爵の菊池武夫、
会長に生田目経徳、理事長に陸軍中佐仙石信経。
生田目会長の肩書きが空欄になってゐるのが不思議だ。
URLリンク(d.hatena.ne.jp)
286:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/24 20:14:43.65 8TUKefQRO
生田目新情報だな
287:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/24 23:45:54.93 gvUHyxz/0
利用者の投稿記録
利用者:上州力
URLリンク(ja.wikipedia.org)
おい、こいつをなんとかしろよ。
288:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/25 00:27:12.48 hHJd0U8x0
中野剛志さんの
『日本思想史新論: プラグマティズムからナショナリズムへ』(ちくま新書)
が出たので、最終章だけ本屋さんで立ち読みしてきました。最終章の
「第5章 福沢諭吉の尊王攘夷」で福沢諭吉の思想を論じています。
目次
第1章 消された系譜―古学・実学・水戸学(開国イデオロギーの呪縛 開国までの歴史 ほか)
第2章 伊藤仁斎の生の哲学(尊王攘夷論の導火線 解釈学 ほか)
第3章 荻生徂徠の保守思想(徹底したプラグマティスト 方法論 ほか)
第4章 会沢正志斎の自由主義(古学が生んだ戦略家 古学と水戸学 ほか)
第5章 福沢諭吉の尊王攘夷(実学を重んじたナショナリスト 福沢諭吉の国体論 ほか)
URLリンク(www.chikumashobo.co.jp)
アマゾンのカスタマーレビューでは、合計7レビューで、内訳は
星5つ:(2)、星4つ:(2)、星1つ:(3)と評価が割れています。
『文明論之概略』『帝室論』『尊王論』の解釈で論争になっているようです。
URLリンク(www.amazon.co.jp)
289:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/25 06:21:31.99 hHJd0U8x0
>>277
アマゾンの『現代語訳 福澤諭吉 幕末・維新論集』のページで帯の画像を
見てみたら、収録されている4冊の書名が分かりました。
「旧藩情」「痩我慢の説」「明治十年丁丑公論」「士人処世論」でしたね。
URLリンク(www.amazon.co.jp)
290:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/25 07:24:30.72 ESWVmlJE0
>>288
よい情報をありがとう!
アマゾンの※も読みました。日本の読者の層は厚いね。
中野批判派は「つくしんぼう」にも通じるイデオロギーの持ち主と拝察。
ダメだと信じる著作には星ひとつしかつけないところも。
291:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/26 06:59:25.32 VrduzHPUO
中野本のレポよろしく
292:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/26 21:49:30.73 hPAIzcGA0
郡司大尉一行、ボートで千島探検へ ― 2012/02/21 03:59
URLリンク(kbaba.asablo.jp)
肝心の両国へ聴きに行った講演の話をする。 墨田区立緑図書館で行われた 舟川はるひさん(日露交流史研究家、ユーラシア研究所研究員)の「郡司大尉の 千島開拓」という講演だった。
私は舟川さんの母上、郡司保子さんと福澤諭 吉協会で親しくさせて頂いている。 保子さんの一昨年亡くなられたご主人敏 麿さんが、郡司成忠(しげただ)大尉の孫だから、舟川さんは曾孫にあたる。
郡 司大尉が1893(明治26)年千島探検に隅田川の言問から出発した縁での「すみ だ文化講座」、今回は二回目だそうで、1896(明治29)年開拓のために千島(占守 (しゅむしゅ)島など3島)に本格的に移住してからの話だった。
初めて聞くこ とばかりで、興味深いものだった。
私が聴いていなかった一回目の部分を、緑図書館の資料展や、郡司保子さん の著書『郡司家四百年物語』(新人物往来社)で振り返っておく。
郡司成忠は、 かの幸田家の二男で、郡司家を継いだ。
長男幸田成常は相模紡績(カネボウの 前身)の社長、三男は夭折、四男成行が作家幸田露伴、長女延はピアニスト、五 男成友は近代経済史の教授(一橋と慶應)、
次女幸はヴァイオリニストとなり、 それぞれ近代日本の歴史に名を残した。
1875(明治8)年、日露全権大使の榎本武揚とゴルチャコフによって、樺太千 島の交換条約が締結され、南樺太の権利を放棄するかわりに、千島列島の全て が日本の領有となった。
1891(明治24)年から翌年にかけ、明治天皇のご沙汰 で、片岡利知侍従の一行が全千島の探検と調査にあたった。
このことにより、 郡司成忠は、千島探検と殖民の志を更に固め、1892 (明治25)年、周到な千島 列島探検計画趣意書を政府に提出、志願者を募り「報效義会(ほうこうぎかい)」 を組織する。
だがロシアの反応を恐れた海軍は、表向き公式に応援せず、探 検船も貸してくれなかったので、1893(明治26)年3月20日郡司大尉の一行84 名ほどは、
払い下げられた端艇(ボート)5隻の「北航艇隊」で、隅田川から北千島 占守島を目指して出発する。
一行は途中八戸沖と白糟沖で2隻が遭難し、19名の乗組員を失って、ボート での千島行きを断念、軍艦や民間汽船の協力でエトロフ島、シャスコタン島、 占守島に到着し、越冬している。
政府は、報效義会に占守、阿頼度、幌筵(ほ ろむしろ)の3島の10年間貸与と徴兵免除の恩典付与をした。 この第一次報 效義会による探検と調査の時代は、1896(明治29)年8月まで3年5か月続く。
293:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/27 21:53:53.14 OvxPuorW0
>>291
中野本のレポです。
アマゾンのレビューで星ひとつが増えていました。
URLリンク(www.amazon.co.jp)
294:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/28 10:05:19.76 yF2oBdtm0
>>293
星ひとつは、「TPP反対」に反対、なのか。共産党のドグマとは違うな。
話はそれるが、研究史上福沢とプラグマティズムを結びつけたのは、
田中王堂。慶應内部では小泉仰。
福沢と水戸学を結びつけたのは…、知らん。これは中野剛志のオリジナル
なのかしらん。水戸学と福沢は対極だと普通の人なら思うだろ。
295:名無しさん@お腹いっぱい。
12/02/29 10:44:06.13 NShZQsC20
URLリンク(shisly.cocolog-nifty.com)
叙勲という名の格づけ
秋の文化の日を前に今年もはなやかに叙勲がおこなわれている。やはり「天は人の上に人をつくらず」の福沢諭吉だけに徹底している。
福沢は「政治と教育とは分離す可し」という信念をもっており、学者の権威はあくまで尊重されなければならない、と述べた。
そのため学者が世俗的な栄位で格づけされことを憂慮していた。その最もあらわな逸話がのこっている。
大槻文彦による国語辞典「言海」が完成して出版祝賀の会のあった明治24年6月のこと、諭吉にも出席して祝辞を述べるように依頼があった。
そして、諭吉もいったんそれを承諾したが、伊藤博文の祝辞が最初にあることを知って、祝辞だけをおくって出席しなかったという。叙勲にも反対している。
「車屋は車を挽き豆腐屋は豆腐を拵えて書生は書を読むというのは人間当たり前の仕事をしているのだ。
その仕事をしているのを政府が誉めるというならば、まず隣の豆腐屋から誉めて貰わなければならぬ」(福翁自伝)王貞治や吉永小百合の文化功労賞は国民だれでもが知っている人だけにわかりやすい。
政府はこれでは誰も文句あるまい、といいたげである。いかにも幼稚な選考だ。
野球や女優を生涯かけて尽力している人が偉いなら、ほかの分野にもいるはずだ。ただ知られないだけの違いである。
スポットの当たる人にさらに栄位を与えるのは名声を利用しようとする下心があるとしか思えない。隣の豆腐屋に賞をあげたい。
296:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/01 07:33:37.38 dwkp/l8PO
立派だね
297:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/02 05:55:51.79 2YAa5tJ20
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言われている、人は生まれながら貴賎上下の差別ない。けれども今広くこの人間世界を見渡すと、賢い人愚かな人貧乏な人金持ちの人身分の高い人低い人とある。その違いは何だろう?。
それは甚だ明らかだ。賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとに由ってできるものなのだ。人は生まれながらにして貴賎上下の別はないけれどただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるのだ。」
298:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/02 08:32:32.75 dRzdhVb/0
>>297
ま、コレは福沢が設立に関与した中津市学校の宣伝文だからね。
洋学という自分たちの学問分野を習得すれば道が開けるというのは、当然だわな。
299:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/02 21:41:30.64 dm2NsW25P
学問のすすめの初編は慶應義塾自体の宣伝文としても読まれた
300:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/03 00:55:45.18 KGJ0GIKq0
現代語訳 福澤諭吉 幕末・維新論集 (ちくま新書)
は読んでみたいね。
しかし、『唐人往来』とか『時事小言』とかもっと現代語訳で読みたい著書が山盛りなんだがなあ。
301:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/03 02:04:10.89 KD+V+q2k0
>>300
ちくま新書の『現代語訳 福澤諭吉 幕末・維新論集』ですが、
『士人処世論』を収録するとは、かなりマニアックな選択ですね。
士人處世論
URLリンク(project.lib.keio.ac.jp)
302:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/03 11:51:24.17 A0bpie250
福沢諭吉4 件の著書「学問のすゝめ」を、今どきの子ども向けに分かりやすく解説した「こども『学問のすすめ』」が好評だ。
著者の斎藤孝・明治大教授は「『学問のすゝめ』は、人が学び続けようという気力が湧くスイッチになる本」と話す。
「学問のすゝめ」は明治時代の大ベストセラー。
福沢は独立の気概の必要性を繰り返し書いており「その気概を、今の子どもにも持ってほしい」と斎藤教授。
人として自立した上で、国という船のこぎ手として日本を背負うような大きな気持ちのことだという。
URLリンク(www.topics.or.jp)
303:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/03 12:35:27.63 /4uf46N6O
すすめにまで現代語訳が必要なのか!
304:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/03 13:31:13.14 A0bpie250
>>301
ちくま新書の本は、本屋で平積みされるから面白そうですね。
一般人にとっての福澤イメージ刷新にも結構影響力のありそうな本ですな。
305:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/03 15:47:06.59 y/E6SpTvP
安川さんなんかは内心腹立たしいだろうな
306:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/03 22:28:09.39 A0bpie250
この本、かなり面白そうだが、置いている所が少ないね。
福沢手帖 (福沢諭吉協会)
URLリンク(ci.nii.ac.jp)
URLリンク(books.google.co.jp)
奥平昌邁 316 212 5 8542 5 51114 ?田' I '五郎金杉大五郎 82 鏑木誠(誠安)
76 鎌田栄吉 28 #川島屋 54 川村純義 35 北川礼弼 83 北里柴一二郎 77 木村喜毅(芥舟)
17 清岡邦之助 65 金玉均 36 金原明善 45 草間時福 29 栗本鋤雲 78 #黒川剛 1 ー小泉
307:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/04 07:45:50.90 cHDYyG+OO
福澤手帳は会員制
308:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/04 19:22:30.60 Zb++zmSX0
独立のすすめっていうタイトルなんだけど、学問のすすめの現代語版が出てた。
読んでみたけど、かなり読みやすくなってて一般人の入り口になりそうな感じ。
そのまま現代語っていうより、更に入りやすい感じかな。
マイナーな出版社だから、大きい書店じゃないとないかもしれない。
出版社張っとくね。
URLリンク(www.rosetta.jp)
309:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/04 20:56:18.06 FKl7d9xI0
>>308
情報ありがとうございます。ロゼッタストーンという出版社なのですね。
↓
ロゼッタストーンの書籍:独立のすすめ-
URLリンク(www.rosetta.jp)
オンラインで「立ち読み」ができるそうです。
↓
福沢諭吉「独立のすすめ」は、
Adobe Flash Player による一部ページの「立ち読み」ができます!
URLリンク(www.rosetta.jp)
アマゾンにもありました。
↓
独立のすすめ―名著「学問のすすめ」より現代に生かせる知恵を再編集
URLリンク(www.amazon.co.jp)
310:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/04 21:32:31.78 Zb++zmSX0
>>309
ご丁寧な紹介ありがとうございます。
今、手元に本がありますが専門用語の解説も入っており親切な内容でした。
311:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/05 07:28:07.86 ItBZcVk/O
対訳だからロゼッタストーンなの?
312:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/05 10:26:19.84 +0onq8zT0
>>311
違うよう。別に対訳じゃないから。現代語訳ではなく再構成のようだね、>>309は。
313:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/05 15:10:23.66 Ck0bppVa0
>>291
中野剛志『日本思想史新論』、読んだ。
福沢スレなんで最終章だけをとりあげるが、子安批判については妥当と思うが、
どうもオリジナリティがねえ。
この部分は参考文献に上がっている渡辺浩の『日本政治思想史十七から十九世紀』と、
あがっていない西部邁の『福沢諭吉その武士道と愛国心』を下敷きにしているように
思われる。
また、水戸学は狭隘な排他主義ではない、というコアになるところは、
吉田俊純によるようだ。
他の部分も、大幅に他人の論が引用されていて、ようするにつぎはぎ細工。
古学から水戸学へという日本のプラグマティズムの系譜(その延長に福沢がいるわけ)
を強調するあまり、その論の流れに不都合な思想家は切り捨てられている。
横井小楠や佐久間象山といった朱子学から実学へという系譜には、まったく触れていない。
これはまずいだろ、と…。
結論だけ言えば、別に悪いというわけではないが、どうも優秀学生の卒論みたいな感じだ。
同じ東大教養学部出身の與那覇潤の朱子学再評価のほうが、
はるかに地に足がついている。
中野と與那覇、同い年くらいかと思っていたら、與那覇のほうが
8歳も年下だった。オソロシいほどの早熟。
314:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/05 19:20:36.34 7yX/2umc0
まあ、慶應義塾の塾生には水戸藩出身者もかなり多いがのー。
紀州、長岡、薩摩、土佐あたりの佐幕藩が多いのはいわずもがな。
櫻岡 力(水戸藩)
URLリンク(homepage3.nifty.com)
更に後期水戸学のエースである、小宮山綏介は慶應義塾大学の教師かつ時事新報の記者だったし。
URLリンク(bdke.econ.keio.ac.jp)
URLリンク(ja.wikipedia.org)
315:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/06 07:29:16.21 hY9jxU8R0
>>314
大日本史を完成刊行させた石河幹明・高橋義雄を初め、
渡辺治・伊坂直幹も水戸出身。
石河の弟子の富田正文も水戸中学OB。
316:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/06 17:02:24.96 oZ+xD0VY0
>>314
あの小宮山派の重鎮の直孫か。尊王攘夷派ではないほうの、穏健派だ。
317:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/07 01:41:10.65 i2scJiNs0
>>304
『現代語訳 福澤諭吉 幕末・維新論集』 (ちくま新書)が出てました。
URLリンク(www.amazon.co.jp)
現代語に翻訳した山本博文さんは、同じちくま新書から
『現代語訳 武士道』 (ちくま新書)
URLリンク(www.amazon.co.jp)
を出した人です。
NHKの「100分 de 名著」でも『武士道』の解説をしていましたね。
新渡戸稲造『武士道』 2012年2月 (100分 de 名著)
URLリンク(www.amazon.co.jp)
名著10 新渡戸稲造『武士道』:100分 de 名著
URLリンク(www.nhk.or.jp)
318:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/08 07:21:34.64 aSsmFFENO
山本訳本は面白そう
319:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/08 15:21:45.02 2nImdHL30
ちくま新書読みたいけど最近忙しくて本屋へ寄る暇がねえ
誰かレポよろ
320:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/09 07:50:11.34 MYLKsyK90
>>319
アマゾンで送料無料で送ってもらえるよ
321:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/09 15:39:01.52 +Mg+sVDe0
『福沢諭吉「官」との闘い』の小川原正道さんが、去年文春で予告していた、福沢の政治思想に関する学術書を来月に出すみたい。
福澤諭吉の政治思想 小川原正道
▼明治国家と対峙する、もう一つの政治構想。
近代日本政治史・思想史におけるその重要性にもかかわらず、今日にいたるまで十分な検討が行われてこなかった福澤諭吉の
議会論、憲法論、天皇論、外交論、華士族論、宗教論を分析。これらの領域にあらわれた彼の政治思想の構築過程と構造を論じ、
同時代から後の時代にわたる反響、明治政府との相剋を多くの新資料に基づき明らかにする。政治構想をめぐる理論から実践へ―
生涯にわたって粘り強く政治にかかわり、変化しつづけた福澤を描き出す、若き俊英による創見に富む一書。
URLリンク(www.keio-up.co.jp)
322:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/09 16:11:40.73 MYLKsyK90
>>321
おお、こりゃ面白そうだ。でも、300ページに盛り込みすぎでは?
まー見てみないと分からないがな。
323:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/09 16:13:48.20 zazOrWyb0
小川原さんの「官」との闘い』は福沢と明治政府との熾烈暗闘な(諜報戦)を、
おそらく初めて詳細に解明した良書だけど、政府がプロイセン流の政府を
目指していたことをことさら強調していた点や、福沢VS明治政府の図式を
強調するあまり、明治政府内の意見対立、特に伊藤博文と山県有朋の政党や
議会政治をめぐる意見の対立を軽視している部分があるのが引っかかった。
324:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/09 16:32:11.00 m1GrM/rn0
井上馨なんかは福沢寄りだった
325:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/09 16:37:32.10 zazOrWyb0
伊藤之雄『伊藤博文』などによると、伊藤は例のヨーロッパでの憲法調査では、イギリスにも約2ヶ月滞在して
調査しているし、晩年まで政党と議会政治に否定的な考えを持っていた山県有朋に対し、伊藤は途中で考えを
改め、日清戦争期には自由党と提携し、失敗したが改進党とも提携を模索、ついには福沢の最晩年に
旧自由党系の憲政党と伊藤系官僚を中心に自ら政友会を創立し、瀧井一博『伊藤博文』によると、
創立後の全国遊説では、19世紀イギリスの代表的な政党政治家のディズレーリの発言を度々引用して
総裁(党首)のリーダーシップや政党運営のあり方を論じているなど、決してイギリス流を否定していない。
それに、福沢を監視していた政府のスパイというのは、警視庁つまり山県の牙城の一つである内務省の人間だから、
「福沢と「官」との闘い」という小川原さんの図式は間違いではないにせよ、イギリス流の福沢VSプロイセン流の明治政府
より、福沢VS政府内の山県系官僚閥という図式のほうが、より正確なものだと思う。伊藤の例が示しているように、
明治政府全体がイギリス流の国家を拒絶して福沢を危険視していたわけではないだから。
326:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/09 16:45:22.84 MYLKsyK90
>>325
つまり小川原さんには、当時の政治状況の描写に事実の単純化がある、と?
327:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/09 16:59:51.88 K27wHOqP0
>>326
明治政府内部の政党や議会に対する意見の相違、特に
伊藤と山県の対立を軽視して、明治政府全体が福沢を敵視・監視
していたかのような論調になってる部分があるのは否めないと思う。
>>325 の記述の繰り返しになるけど、福沢を監視していた政府のスパイは、
警視庁つまり山県の権力の牙城の一つである内務省の人間だし。
328:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/09 20:16:23.05 FVa7wLJS0
『慶應義塾入社帳』を今日、県立図書館に行って借りようとしたら禁帯出だった!
ムカつくから古本買おうかな。
329:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/09 20:24:31.54 FVa7wLJS0
>>321
明治政府では田中不二麿なんかが、福澤諭吉の教育ブレーンだった。
が、井上毅という最強のブレーンが伊藤博文には居た。
そこに、井上馨(長州閥)や寝返った九鬼隆一、金子堅太郎なんかが憲法草案に参加するんだから
福沢には勝ち目は無かった。
330:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/10 19:39:00.44 28YkJIR30
木戸なんかは福沢派だったみたいだがね。
長州人はいかんせん頭が悪すぎるのが多いからねえ
331:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/11 02:28:15.28 WmA9yWwX0
URLリンク(kbaba.asablo.jp)
まだ、河北展生さんの「幕末10年間の学塾経営の苦心談」の続きである。
文久3(1863)年、二年交代の江戸詰家老として出府していた奥平壱岐は、 藩主昌服に子がなかったので、
伊予宇和島藩主伊達宗城(むねなり)の三男儀 三郎(のりさぶろう)を奥平家の養子に迎えた。
中津藩最後の藩主奥平昌邁 (まさゆき)となったのがこの儀三郎である。 宇和島は開国論の薩摩とも仲 がよく、中津の国元で攘夷論が沸騰し、家老を辞めさせる運動が起こる。
文 久3年5月、壱岐免職(奥さんは憤慨して(恥じて、という説もある)自殺)。
のちに壱岐は薩摩藩と連絡を取り、勝海舟が仲立ちになって、薩摩に千石で迎 えられる話も出たが、中津藩の反対で駄目になった(慶應2年)。
文久3年、福沢に新銭座からまた鉄砲洲に戻れという話が出て、秋ごろ奥平 家の中屋敷に引っ越す。
五間続きの長屋一棟を福沢塾に与える厚遇は、単に 奥平昌高の隠居所が空いたというだけではない。
文久3年8月、京都で薩摩 藩と宇和島藩を中心とする武力クーデターが起こり、薩摩はご隠居昌高と、宇 和島は養子儀三郎と関係がある。
奥平壱岐の政略を防ぐために、福沢を呼び 戻す意図があった。
翌元治元年、福沢は中津に帰省、小幡篤次郎ら6人の青年を連れて来る。
その前年には『写本 西洋事情』を書いていて(元治元年5月に写した写本が発 見された。『西洋事情』の刊行は慶應2年冬)、そこには学校のあり方が書いて あった。
ヨーロッパには学校のない所はない、政府が建てるもののほかに社 会人が金を出し合ってつくる学校(平人、社中を結び学校を建て)、小学校から 大学校まで段階的に教育している、など。
ロンドンで松木弘安と大きな本屋 に行き、小学校の教科書を見て、科学的な教育のステップを知る。 再度のア メリカ行きの目的は、学校の教科書を買うことにあった。
福沢は、私立の学 校を作りたいと思い、医学や造船学でなく社会科学的なものを勉強する必要を 感じていて、これからの洋学の先端を切ることになる。
ロンドンでの発見は、 福沢の生涯を大きく決めた、と河北展生さんは語った。
332:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/11 20:24:34.74 X8n6d8nxP
>>331
たまにはためになる情報を張るんだね
333:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/12 11:39:00.50 P4UiC6CK0
第二話は森銑三さんという歴史家のおはなし。
森さんはこれは井原西鶴の一代女、五人女、永代蔵は西鶴が書いておらず
、西鶴が書いたのは「一代男」だけである、と言い切ったのだそう。
この説に全く反応はなく、報われた人生だったとは言いがたい森氏。
でもこの説はトンデモではなく、実は『好色一代男』以外の本には
どこにも本人の著名がないのです。
そして「一代男」には使われていないのに他では使われている語句がある。文体も違う。
しかし西鶴自体が研究の対象になりにくいこともあり、今日も無視され続けているのでした。
これは面白かった!!!
一旦定着した歴史がいかに覆されにくいかという一例。
もっとこうした説が注目されるべきだと思います。
平山洋先生の本は認めたがらない人達もいるけど、反応がある分まだマシなんだなぁ…。
URLリンク(aoimon.blog7.fc2.com)
334:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/12 16:06:14.58 MT1nm7Ep0
TPP中野氏の本読んだよ
経済史の人としては十分だね 面白い
福沢に関しては、日本式儒教思想?の影響、
その辺の入門入り口として、新書としての役割果たしてるというか
丸山真男以降、戦後民主主義ぽいものが曲解してきた仁斎~福田までの連続性みたいのを、
本来の元に戻そうよ、と
そういう気合みたいのは感じた
335:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/12 16:22:38.63 nl2/pXrN0
>>334
福田って?
336:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/12 19:24:50.39 EqffN1YUO
挙げ足をとんなよ
337:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/12 23:12:31.44 92wrqoYB0
おいらも、今日本屋で中野剛志TPPと『現代語訳 福澤諭吉 幕末・維新論集』 (ちくま新書)を読んできた。
『現代語訳 福澤諭吉 幕末・維新論集』 (ちくま新書)はまあまあの出来。
同じちくまから出ていて、ふと横に中野剛志の『日本思想史新論』があったので読んだのだが、
中野さんは勉強不足だね。福沢の最大の保護貿易論である↓下の論説が入っていない。
> 明治7年12月の『明六雑誌』第26号で、「外国人の内地雑居許す可からざるの論」で、我が国民利益を守るために外国人の内地雑居を許してはならないと主張。
> 外国人の内地旅行を認めるべきであるという西周および津田真道に反論。
> 攘夷論(外国の力を取り入れ、日本が植民地になること防ぐという概念)を唱え、不平等条約の結果、我が国貿易がこうむる不利益を警戒していった。
URLリンク(ja.wikipedia.org)
338:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/12 23:16:54.79 92wrqoYB0
あと、『日本思想史新論』は水戸学と福澤を無理矢理に結び付けようとしすぎ。
こっちの本のほうがよっぽど福澤の思想の根幹が分かるよ。
書籍名 福沢諭吉と儒学を結ぶもの
著者 張建国
出版社 日本僑報社, 1998
URLリンク(www.amazon.co.jp)
西洋思想および西洋社会における諸原理・原則の摂取とその啓蒙から、西洋文明受容のシンボルとされる福沢諭吉。
本書は、福沢の伝統観、特に儒学観について、青少年時代に受けた儒学的な教育を前提として、
伝統的儒学を享受した彼がどのように変化、変容したのかという問題を、事実を追って説明したものである。
福沢諭吉と亀井学の思想 : 福沢における「縦に慣れたる資力」とは何か
URLリンク(ci.nii.ac.jp)
339:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/12 23:18:15.46 92wrqoYB0
福沢諭吉と亀井学の思想 : 福沢における「縦に慣れたる資力」とは何か
URLリンク(ci.nii.ac.jp)
福沢諭吉は文明開化の第一人者とされる。彼は欧米文明を本格的に輸入した最初の世代であり、そのことをもって評価されることが多い。
しかし、彼のこの業績をたたえるあまり、明治維新以前の日本がまったくの無学であったと解釈することは正しくない。
維新以前の日本における学問の蓄積は、欧米文明の理解に役立ったはずである。福沢自身もこの事実ははっきりと認めている。
従来余り注目されてこなかった彼自身の言葉として次のようなものがある。今日我日本人にしてよく洋書を読み、其巧なるは決して西洋人に譲らざる者多し。
其然る由縁は何んそや。吾人の始て洋書を学びたるは僅に数年前のことなれども、字を読み義を解するの教育は遙に数十百年、
父母祖先の血統に之を伝へたる欺、若しくは全国一般読書推理の空気に浴したるものにして、其横文を読むの力は本来無一物より始造したるに非ず、
唯僅に縦行文に代るに横行文を以てし、縦に慣れたる資力を横に変形したるものゝみ。福沢が言うには、明治の日本人が巧みに洋書を解釈できるのは、
維新以前に日本人が培ってきた学問の蓄積が存在するからである。この「縦に慣れたる資力」があるからこそ、明治以降の日本人は「西洋人に譲らざる」実力を有していた。
この解釈は、福沢自身にも当てはまる。「縦に慣れたる資力」とは、福沢の場合、蘭学修行を始める前に蓄積した学問であった。彼にとってはこの知性こそ、
ウェーランドやバックル、ギゾー、J ・S ・ミルなどの政治・経済思想を価値あるものと判断し、活用せしめた原動力であった。従来の福沢思想研究は非常に精緻なものもあるが、
彼が影響を受けた和漢書も視野に入れた研究は多くない。これまでは、主に西洋思想から福沢の思想を解析する方法が主流であった。
本稿では、福沢における西洋思想の影響は決して否定しないが、彼が洋書と出会う前に影響を受けた政治思想に焦点を当てたい。
福沢は自分自身の漢学について、次のように証言している。殊に私は左伝が得意で、大概の書生は左伝十五巻の内三、四巻でしまうのを、私は全部通読、
およそ十一度び読み返して、面白いところは暗記していた。それで一ト通り漢学者の前座ぐらいになっていたが、体の学流は亀井風で、私の先生は亀井が大信心で、
余り詩を作ることなどは教えずに寧ろ冷笑していた。ここで福沢が言う「先生」とは、独学で亀井学派になった白石照山である。福沢は、十九歳までこの白石の塾で亀井流の左伝学を学んでいた。
漢学者の前座にまでなっていたことから考えても、福沢におけるこの思想の影響は注目に値する。亀井学はその難解さゆえか、戦後日本における漢文学でもあまり分析の対象になっていない。
租裸学の一派として扱われてしまうことがほとんどである。戦後の左伝学においても、亀井の貢献は忘れられている。福沢はその生涯において、「一身独立して、一国独立す」という思想を主張し続けた。
明治二年に個人的書簡で述べ、『学問のすゝめ』や『文明論之概略』ではその詳細な内容を展開し、『通俗民権論』や『通俗国権論』でも同様のことを説いた。
さらに最晩年に書いた『福翁百話』の序言でも「一身一家の独立能く一国の基礎たるを得る」と述べている。福沢の思想は状況により主張の力点が異なるなど、
その本質を捉えにくい面もあるが、国家の独立こそ、生涯にわたってこだわり続けた思想であると言ってよい。洋書から福沢思想を分析するこれまでの研究では、
福沢の言う「国の独立」はどのような源泉から来たものか解明できなかった。彼が読んだとされる洋書の中に、「国の独立」を中心課題とする思想家は、まだ発見されていない。
この事実を踏まえれば、彼自身が「やかましい先生に授けられて本当に勉強しました」と述べる亀井流左伝学の影響は分析する必要がある。
以下、最初に亀井流左伝学を紹介し、この学問と福沢思想の類似性を指摘したい。
340:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/13 02:07:41.62 QDIbgIV50
>>337
ちくま新書の新刊だと、坂野潤治さんの『日本近代史』も面白かったです。
筑摩書房 日本近代史 / 坂野 潤治 著
URLリンク(www.chikumashobo.co.jp)
Amazon.co.jp: 日本近代史 (ちくま新書): 坂野 潤治: 本
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5位 ─ 本 > 新書 > ちくま新書
巻末のさくいんで福澤諭吉のページを探して読んでみました。
井上毅が福澤系の交詢社「私擬憲法案」と大隈の憲法意見書に反対したことや、
明治十四年の政変のことなどいろいろ書いてあってお勧めですよ。
341:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/13 08:00:50.13 y11gJAhJO
へえ坂野さんまた書いたの
342:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/13 09:19:57.27 jl7rCxAg0
>>339
左伝学というのは、歴史学の一種だよね。中国古代史。
朱子学の名分論とはちょっと違う。
343:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/13 09:42:29.90 n1SJVsGy0
>>339
これなに?
>租裸学
344:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/13 16:54:32.63 lXuHCT/w0
これはチョット恥ずかしい誤植だね
345: 忍法帖【Lv=9,xxxP】
12/03/14 11:29:18.60 d5ZySseF0
うむ。
346:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/14 14:44:07.77 q/GXDFRN0
坂野さんの『日本近代史』、届いたのでぱらぱらめくっている。
やっぱすごいや。本当に一人で書いたの? ゴーストライターでもいるの?
と思わず疑ってしまうほど。歳をとっても、仕事をやりぬく意志さえあれば、
こうした一貫した著作を完成できるんだな。
347:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/14 22:25:51.49 XVZTWdNG0
>>346
そうですよね。新書で461ページの力作ですよ。
あとがきによれば全部ひとりで書いたそうです。
Amazon.co.jp: 日本近代史 (ちくま新書): 坂野 潤治: 本
URLリンク(www.amazon.co.jp)
348:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/15 07:34:34.88 9M9JczfTO
前の新書ではボケたかと思ったが
349:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/16 12:37:19.34 MkYA/FeZ0
今日は「脱亜論」掲載127周年。世界情勢は当時とまったく変わっていない!
350:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/16 18:03:43.00 PmK0JM570
人様に薦めるのが学問っていう時点でこいつは小物。
351:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/16 19:21:03.20 9f89SbmMP
>>350
学問のすすめは学校の案内パンフだよ
352:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/16 21:24:53.24 wR2zxJj70
福沢家は浄土真宗らしいね。
URLリンク(books.google.co.jp)
%E4%B8%89%E7%94%B0%E4%BB%8F%E6%95%99%E3%81%AE%E4%BB%8A%E6%98%94&hl=ja&sa=X&ei=dFlhT_3QBIaemQWXxsDyBw&ved=0CDQQ6AEwAA#v=onepage&q&f=false
『三田仏教の今昔』
353:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/16 21:26:45.45 wR2zxJj70
ある住職の例.
[quote]
〔植木等が小学6年生のときに〕預けられた〔東京,本郷の〕真浄寺は由緒ある寺で,寺田慧眼を始め歴代の住職には傑物が多かった.
特に11代住職の寺田福寿はリベラルなインテリだったらしく,福沢諭吉が支持する朝鮮「独立党」の金玉均をかくまったりする男だった.
14代住職の慧眼もまた,昭和11年の2・26事件の際には総理大臣の岡田啓介をかくまったりしている.
秘書官が
「殺されるかもしれませんよ」
と言うと,
「殺されてもかまわぬ」
と答えたというから,なかなかの豪傑坊主だったのだろう.
[/quote]
――『植木等伝「わかっちゃいるけど,やめられない!」』(戸井十月著,小学館,2007/12/25),p.43▲
354:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/16 21:28:45.19 wR2zxJj70
II 福沢諭吉研究論文 福沢諭吉・井上円了・寺田福寿・小栗栖香頂
URLリンク(ci.nii.ac.jp)
三浦 節夫
Miura Setsuo
東洋大学井上円了記念学術センター
355:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/17 07:15:15.64 ItSC6LN10
>>354
その論文は『福澤諭吉年鑑』23号、31-54頁、1996年12月20日、
に収録されたもののようです。
福澤諭吉年鑑 23, 31-54, 1996-12-20
慶應義塾大学
356:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/17 08:21:38.70 NpiNvjYC0
金玉均はヤンパンには珍しく仏教徒だった。
日本が独立党を支援した背景には、朝鮮への布教とその結果としての
親日化があった。
357:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/17 17:25:39.60 a8JLKvNq0
浄土真宗は戦後にアメリカに加担して国家神道問題を複雑化させた元凶なので、
現在のそいつらは信用できないっす
まあ福沢本人は神仏自体はどーでもいいって人だろうけど
358:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/17 20:37:41.42 bSoI2ts+O
ヤスクニは日蓮宗もキリスト教も反対だろ
359:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/18 13:32:09.85 kZXxT2tB0
慶應義塾大学仏教青年会(三田仏教会)の創立会員になったのは
URLリンク(books.google.co.jp)
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『三田仏教の今昔』
牟田舗麿・西山是端・大久良俊・川瀬良丸・高木義菩・龍澤哲・南荘隆成・中山了運・梅原融・有川貞憲・斎藤教聞・能海寛・桑門環
菅学応・弓削俊證・阿部彗水・華園敷江・吉野精順・樹谷淳孝・石堂文英・佐藤俊龍・藤田順道・推尾朝麿・白川謙致
東京駒込の真浄寺の住職・寺田福寿を迎えて定例会は泉岳寺を利用した。
360:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/18 14:00:57.56 WkU8cY0/0
来月出る予定の小川原さんの新刊では、脱亜論に限らず、
より幅広く福沢の外交論を取り上げてを分析するみたい。
361:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/18 19:18:47.62 Sij+bJbdP
>>360
ご本人から聞いたの?
362:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/18 20:51:40.44 1kSuB/vo0
>>360
情報ありがとう。それは楽しみですね。もいちど貼っておきます。
福澤諭吉の政治思想
小川原 正道 著
▼明治国家と対峙する、もう一つの政治構想。
近代日本政治史・思想史におけるその重要性にもかかわらず、今日にいたるまで
十分な検討が行われてこなかった福澤諭吉の議会論、憲法論、天皇論、外交論、
華士族論、宗教論を分析。これらの領域にあらわれた彼の政治思想の構築過程と
構造を論じ、同時代から後の時代にわたる反響、明治政府との相剋を多くの新資料
に基づき明らかにする。政治構想をめぐる理論から実践へ―生涯にわたって粘り
強く政治にかかわり、変化しつづけた福澤を描き出す、若き俊英による創見に富む一書。
URLリンク(www.keio-up.co.jp)
初版年月日:2012/04/19
発売日の4月19日が楽しみですね。
363:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/18 22:25:19.27 3/IOroC/0
>>362
先行研究に対してどの程度のオリジナリティがあるかが値打ちを決めるだろうな。
要領のよいまとめでは意味がない。前著の延長上ということから推測して、
明治政府内部の秘密文書などを素材にして逆に福沢の思想を照らし出す、
という方法がとられているのだろう。
読者を唖然とさせるような新機軸が打ち出されているのを期待。
364:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/19 00:06:15.84 fAIIvvPa0
アマゾンで『現代語訳 福澤諭吉 幕末・維新論集』(ちくま新書)の
カスタマーレビューが投稿されていました。
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1 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 85点, 2012/3/12
By Ajax - レビューをすべて見るレビュー対象商品: 現代語訳 福澤諭吉 幕末・維新論集 (ちくま新書) (単行本)
三河武士の精神と武士道の在り方を論じた『痩我慢の説』と
士族反乱における江藤新平、西郷隆盛を弁護した『明治十年丁丑公論』は福沢の著書の中では
歴史好きの一般人であればよく知られているものである。
ということで、この本の神髄は『士人処世論』と『旧藩情』にある。
結論から言えば、どちらも体制に対する福沢の反骨精神を誘導するものであり、
『旧藩情』は豊前中津藩の身分制、『士人処世論』は明治新政府の官尊民卑への糾弾であった。
とはいえ、福澤諭吉の著書で、現代語訳で読みたいものは他にも膨大にある。
第2、第3の続編・『福澤諭吉 幕末・維新論集』の発表を期待する。
特に、『兵論』、『時事小言』、『唐人往来』などは現代語訳で読みたい著書のひとつである。
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このAjaxさんというレビュアーは
中野 剛志 (著)『日本思想史新論』(ちくま新書)のレビューもなさって
います。
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11 人中、4人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0 不勉強である。, 2012/3/12
By Ajax - レビューをすべて見るレビュー対象商品: 日本思想史新論: プラグマティズムからナショナリズムへ (ちくま新書) (新書)
福澤諭吉は保護貿易論者であるが、
『明六雑誌』第26号(明治7年12月)の、「外国人の内地雑居許す可からざるの論」が入っていない。
これは、外国人の内地旅行を認めるべきであるという西周および津田真道に反論。
日本が植民地になること防ぐという論説で、不平等条約の結果起こる不利益な貿易から日本を守れとするもので
経済ナショナリストの根源的な言説と言われているものである。
これを入れ忘れるとは、少々不勉強ではなかろうか。
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「入れ忘れる」って参考文献に入っていないと言いたいのかな?
365:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/19 16:24:40.14 66imlDst0
>>364
中野さんのレビューについて、入れ忘れるとは、
言及していないのがいけない、ということでしょう。
福沢については最後のほうにちょこっとあるだけなので、
はたして言及していないからいけないと言えるかどうか。
366:名無しさん@お腹いっぱい。
12/03/19 17:03:24.70 66imlDst0
こんな本が出ていたのか!
政治評論家・福沢諭吉その朝鮮評論
著者/訳者
高城幸一/著
出版社名
文芸社 (文芸社)
発行年月
2011年11月
サイズ
213P 19cm
販売価格
1,470円