10/11/18 10:25:12 Gbzw5Hqz0
とんでもない。
土佐商会が後の三菱なのだ。
土佐商会は明治以後、海運と乗っ取り(渋沢栄一設立の王子製紙等)で日本経済界で重きを成してゆくが、
明治政府との関係は不安定なもので、共に利権を得たり対立したりで、いつもべったりであったわけではない。
特に晩年は三井と結んだ明治新政府との対立で、商船は明治新政府の命令によって日本商船(三井)に統合され
岩崎弥太郎は明治新政府の手放した万年赤字会社、長崎造船所(五代友厚設立)を引き取る形で血を吐いて憤死した。
長崎造船所が二代目の手で国策優良会社となり、現在の三菱重工業へと発展して行くのは歴史の皮肉であった。