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『鳥羽僧正、絵の描き様問答の事』
鳥羽僧正という人は、比類なき絵の名手であったが、その下にも絵描きの好
きな法師がいて、あまりに練習を重ねたものだから、最近は僧正にも劣らな
いほどの絵描きになっていた。
これには僧正もねたましくなり、どうにかして失点を見つけ出してやろうと
思っていたところ、法師が手元に置いていた自信作の中に、喧嘩の図があっ
て、相手に突き刺した刀の切っ先が、拳ごと背中へ出ているのを見つけた。
これはいい失点と思った僧正、早速法師に向けてこのことをあげつらう。
「お前さん、もう絵を描かぬ方がよかろう。人を突いたからといって、拳ま
で背中に出るなんてことが、あるものか。ありもしないことだ。
こんな心ばせなら、絵を描くべきではない。」
すると法師も反論する。
「そのことですが、これは絵の故実というやつでして。」
僧正、相手が言い終わる前に文句を言う。
「自分で決めた故実か。片腹痛いわ。」
だが、法師も動じない。
「私一人のものでは御座いません。昔の名人の描いた性交の図などを見てみ
ますと、性器の寸法は、とても実在するものの大きさでは御座いません。
なんで、現実にあんなものが存在する筈が御座いましょう。
ありのままを描いたら、興ざめであるからこそ、ああしたのです。
絵そらごととは、絵だけが表現しうるもの故に言われている言葉です。
事実と異なる描写は、貴方様の絵にも数多見受けられますが。」
この様に臆することなく言い放ったものだから、僧正も正論だと感じ、黙っ
てしまったという。
前半だけなら悪い話、オチがついたのでいい話(多分)。