13/03/12 21:47:35.09 p/zVfHgV
そもそも、立憲的意味の憲法とは、国家が国民の権利を不当に侵害する事態が生ずることを防ぐために、
国家が最低限守るべき規範を定めたものである。
すなわち、国民の基本的人権を保障することを目的として、たとえ法律によったとしても、
国が国民に対して行うことが許されない最低限のルールを定めているのが、憲法という規範である。
そして、憲法が「硬性であること」、すなわち法律よりも改正の要件が厳格であるのは、憲法がこのような役割を有しているからであって、
日本国憲法の改正要件が厳格であるのは、立憲的意味の憲法の本質に根ざすものである。
したがって、憲法改正の要件が、単純多数決で成立する法律よりもはるかに厳しいことは、至極当然のことなのである。
この点、君主主権の国家においては、憲法は国民が国家に守らせる規範であり、
憲法の主たる役割は、国王が国民を弾圧することを防ぐことであって、非常に分かりやすい。
これに対し、国民主権の国家においては、国民の代表者が国家権力を担うのであるから、究極的には国家権力=国民である。
そうすると、憲法の果たすべき役割は、究極的には国民による弾圧から、国民を守ることということになるが、
この場合の「国民による弾圧から国民を守る」とは、実質的には、「多数者の専制」から国民を保護することであろう。
すなわち、国民主権国家における憲法は、たとえ過半数原理によったとしても、国家が守らなければならない規範であるというべきである。
安倍首相は、まずは憲法第96条の改正を目指すと主張しているが、なぜ日本国憲法の改正要件が厳格であるのか、という点を全く考慮もせず、
単に自らの望む改正を容易に実現するためなどという、きわめて安易な発想のもとにかかる主張をしている時点で、全く論外である。
もっとも、彼は両議院の総議員の3分の2の賛成がないと発議すらできないのは不当であるとも主張するが、
そのような理由で改正するならば、発議の要件を両議院の総議員の過半数の賛成とし、国民投票において3分の2の賛成を要するとすべきであろう。
小沢さんの言いたいことは、要するにこういうことだろ?