13/02/09 02:31:55.00 PYVyIrib
>>116
明治期にも小役人根性でへらへらしよったもんもおったが、
昭和期の軍部独裁の時代たぁ遥かに誇り高い人間が多かったろう。
誇り高い人たちは、あんたのレイシズム容貌や人種によるもんじゃ
無ぁし、環境と時代によっても違うわいのう。朱子学派の
文明好きの「生粋の日本人」たぁ、違い文明は人間を堕落
させるし、中世イブン・ハルドゥーン氏の云われる通りよ。
URLリンク(1000ya.isis.ne.jp)
「『歴史序説』のなかで「バトウ」(田舎)と「ハダル」(都会)に
分けて文明と歴史をみごとに分析してみせた。
イブン・ハルドゥーンがバトウ(バダウ)の砂漠的生活の特色として
とりだしたものは、本書では、そのまま草原の遊牧民にもあてはまると
みなされている。砂漠と草原を同一視しているのではなく、パストラル・
ノマドの生活と観念と連帯力を近似視してのことだ。次のような
特色である。」特に②。
②砂漠と草原の人間は都会の人間よりも善良で、かつ勇敢である。
都会人が法治国家に対してもっている依頼心は、勇気や抵抗力を
失わさせる。
URLリンク(john-the-lackland.blog.so-net.ne.jp)
王朝の成立は、人々の連帯意識による。連帯意識は、戦いや防衛の基礎と
なる。権力を持つということは、それ自身の中に腐敗と堕落への種を
宿している。厳罰による統治は、民を卑屈へと貶める。
過去の、他の場所の王朝を見るにも、また、現代の世界を考えるにも、
示唆深い英知の言葉をわれわれに届けてくれる。」
昭和初期の軍部独裁時代は、国家権力が民を圧迫し、民を卑屈へと
導いたし、現代国家権力奴隷のネット右翼も同様じゃし、
国家権力が強い厳罰による統治で自由の無い共産主義国や軍事独裁政権の
国々も文明的堕落した卑屈な人たちを増やしよるけぇのう。