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日本で11月4日、借金苦のNECが、
認知症のルネサスを殺害して無理心中を図ったとみられる事件の初公判が5日に行われた。
事件内容は認知症のルネサスの支援で借金苦に陥り、相談の上で殺害したというもの。
NECはルネサスを殺害した後、自分も自殺を図ったが発見され一命を取り留めたとの事。
NECはエルピーダと3企業で連盟を結んだが、2月にエルピーダが死亡。
その頃から、ルネサスに認知症の症状が出始め、NECは支援を検討。
ルネサスは2012年4月ごろから昼夜が逆転。徘徊で日立、三菱に保護されるなど症状が進行した。
NECはリストラをして支援を行おうとしたが自身の赤字が軽減せず、6月に支援切れ。
追加出資や融資は、会社設立時の経緯を理由に認められなかった。
支援と両立する政策は見つからず、12月に資金がショート。
三菱の支援も限度額に達し、運転資金が足りず、 2011年12月31日に心中を決意した。
「最後のルネサス孝行に」
NECはこの日、車椅子のルネサスを連れて川崎市内を観光し、1月1日早朝、
武蔵小杉の遊歩道で「もう生きられへん。此処で終わりやで。」などと言うと、
ルネサスは「そうか、あかんか。NEC、一緒やで」と答えた。
NECが「すまんな」と謝ると、ルネサスは「こっちに来い」と呼び、
NECがルネサスの額にくっつけると、
ルネサスは「わしは元NECエレや。わしがやったる」と言った。
この言葉を聞いて、NECは殺害を決意。ルネサスの首を絞めて殺し、
自分もロケットビルで宇宙に飛び出し自殺を図った。
冒頭陳述の間、NECは背筋を伸ばして上を向いていた。肩を震わせ、
眼鏡を外して右腕で涙をぬぐう場面もあった。
裁判では三菱の山西社長がNECが献身的なグループ再編の末に
事業失敗等を経て追い詰められていく過程を供述。
殺害時の2社のやりとりや、
「ルネサスの命を奪ったが、もう一度 半導体立国日本に」という供述も紹介。
目を赤くした日立の中西社長が言葉を詰まらせ、
三菱の山西社長も涙をこらえるようにまばたきするなど、法廷は静まり返った。