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>>633
小林会長の時代、NECは4つのオペレーションを持っていた。
コンピュータ、通信、電子デバイス、ホームエレクトロニクス
この4つ分野の市場の波に対応して、調整を図るというのが会社の方針だった。
だから、シロモ、ゲーム市場には対応できない、DRAMはパワー勝負で撤退という流れになった。
通信は安定していたが、コンピュータは散々な目に遭う。
半導体GがPCを開発し、周辺機器は伝送Gが開発し大もうけした時代があった。
しかし、メーンフレームはワードマシンで限られた市場に閉じこもる。
オフコンはPC98とは相容れないNTOS等の独自路線で、これまた限られた市場。
半導体、伝送、無線、コンピュータ、通信制御などされぞれのフィロソフィーがあり、インフラ構築もバラバラであった。
経営のヘゲモニーも各事業Gの葛藤で、TCP/IPで統一とはいえ、なんだか判らなくなった。