11/11/27 22:17:15.97 iK1w9y1/
>観客にラストシーンへの伏線をアピールしたければ、オブジェを出すだけでいいわけです
>コルターの顔、しかも シ ョ ー ン で は な く わざわざコルターの顔でフラッシュバックに挟み込むに必然性がないんです
>普通、映画には必要ないカットはないからやはりちゃんとした意味が「フラッシュバックの中のコルターの顔」にはあるハズです
>まあw、あなたは何回みたのかしらないけど、何十回繰り返し見ても気が付かないらしいカットだからどーでもいいっちゃどーでもいいことかもしれませんけどねw
フラッシュバックという言葉を使ってきたるけど、実際には平行世界上から見るとフラッシュバックと、フラッシュフォワードがまぜこぜ。
コルターの顔をオブジェの場所で出すのは、フラッシュフォワーである平行世界上の未来の方に登場させることは、
コルターが消滅せず存在しうる可能性を示したフラッシュであることを表現する意味で有効。
もちろんオブジェを出すだけでも、映画の理解、解釈上は殆ど変わらないけど、
まあ、コルターの顔は念押しと言うか、繰り返し見る人へのサービスというか、
隠しアイテム的なものとして捉えればいいかと。
まあ誰かさんのようにそれをもって頓珍漢な歪んだ捕らえ方が出来る人間は、他に誰も居ないだろうからねw