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我が日本国の至宝 朋美女史
●靖国神社の「靖国」という言葉の出典は「春秋左史伝」の「国を靖んずる」という言葉にある。即ち平和な国家をつくるというのが「靖国」の本来の意味である。
そして靖国神社にはぺりー来航以来国難に殉じて亡くなった246万余の英霊が祀られている。戦場に赴く軍人は「靖国神社で会おう」という言葉を残して祖国に殉じていった。
それらの人々の思いを現在平和な日本に生きている私達が大切にし、祈りを捧げることは日本人としての義務であり権利である。靖国神社の境内のなかに遊就館という建物がある。
そこには戦争で亡くなった多くの人々の遺品や遺書そしてエピソードが展示されている。2,500人以上の青年たちが特攻隊として散華した。皆、家族を思い、祖国を守るために自ら志願した青年たちである。
その中の一人の青年の遺書を最後に紹介する。
「懐かしの町 懐かしの人 今 吾れすべてを捨てて 国家の安危に 赴かんとす
悠久の大義に生きんとし 今吾れここに突撃を開始す 魂は国に帰り 身は桜花のごとく散らんも 悠久に護国の鬼と化さん いざさらば 吾はみくにの山桜 母のみもとにかへり咲かなむ」
この遺書から感じるものは世界中共通ではないだろうか。
戦前はもちろん戦後も、靖国神社は、日本人にとって戦没者慰霊の中心であった。それは日本人の約80パーセントが小泉首相の靖国神社参拝を支持していることからも明らかである
靖国神社はペリー来航以来の国事殉難者を祀る130年の歴史を持つ神聖な場所である。
そして私達日本国民が靖国神社を崇拝するのは軍国主義でも戦争賛否でもなく、ここが英霊に感謝をし、平和を願う場所であるからである。