10/10/03 14:12:01 36V/X5Ed
>>104
銅鐸を①小銅鐸②聴く銅鐸③見る銅鐸の3世代に大別すると、出雲・大和は第二世代を固守した地域。
隼人銅鐸
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が示すように銅鐸の外周部分は太陽を表す黄道の装飾であり、見る銅鐸とは太陽・黄道にアクセントを
置いた3D曼荼羅である。
見る銅鐸にこだわる出雲・大和は太陽神宗教に対し、大国主(オオナムチ)を最優先した。
銅鐸をやめ銅鏡でコンセンサスをとろうとした卑弥呼等に対して、銅鏡までは譲るが大国主までは
譲れないとする抵抗を見せたのが崇神であったと考えられる。
しかし、太陽神派としてもまだ天照大神・日本版のアテン信仰までには至っていなかったようだ。