09/09/30 18:57:46.66 eBFqQuJ3
3 :☆ばぐた☆ ◆JSGFLSFOXQ @☆ばぐ太☆φ ★ [off_go@yahoo.co.jp] :2009/09/30(水) 11:24:01 ID:???0
(>>1のつづき)
5年生の春、信じられないことが起きた。体育の授業中、足を伝って血が流れているのを女子に指摘された。
生まれつきの異常があることは親から少しは聞いていたが、まさかの初潮。
「ばれたら、いじめがひどくなる」。
男子から「女みたいなにおいがする」と言われ、トイレ用の脱臭剤を下着に入れて登校した。
その半年後、朝礼で貧血を起こして倒れ、大学病院を受診した。そこでの事は今も深い心の傷になっている。
大勢の医師や医学生に取り囲まれる中、体中を検査された。男子学生たちが「インターセックス(性分化疾患)
ってこんなふうなんだ」と、好奇の目を向ける。「私は見せ物じゃない」と言いたくても言えず、勇気を
振り絞って検査の目的を尋ねた。返ってくるのは医学用語ばかり。「黙って従え」という意味と受け止めた。
中学に入ると、体力が男子についていけなくなり、親と医師の薦めで男性ホルモンの投与を受け始めた。
どんどん男っぽくなる体が嫌だったが、喜ぶ両親を見ていると、治療をやめたいとは言い出せなかった。
心と体が乖離し、気持ちをどう保っていいのか分からない。でも生理が来ると落ち着いた。大きくなった
胸にさらしを巻いて隠していると「そんなことで悩むひまがあったら、受験勉強しなさい」と親に言われ、
手術で胸を小さくされた。「また一つ、大切なものがなくなった」と思うと、病室のベッドで涙があふれてきた。
同級生たちに恋人ができていく。「異性と付き合うって、どんな感じだろう」。高校で女子から告白され、
受け入れてみたこともある。自分が男か女かで揺れていては、長続きするはずがなかった。
大学に進んでからはホルモンバランスが崩れ、1年半の入院と自宅療養を強いられた。
随分と遠回りをしたが、真琴さんは最近やっと女性化のための治療を始めることができた。通院していた
病院で出会った友達の一言があったからだ。「生きたいように生きなよ」。友達はその後、別の病気で亡くなった。
10年近くにわたる男性化治療で外見は男性に近づいてしまったが、初対面の人に女性とみられることが
増えてきた。気づくと、かつてのように性別のことばかり考えていない自分がいる。そのことがうれしい。(以上、抜粋)
【社会】 「よく隠し通せたね…」 胸にさらしを巻いて男として高校に通い、苦悩の連続…性別判断の難しい性分化疾患
スレリンク(newsplus板)