25/08/07 11:51:09.31 jz8I/5ZD9.net
「助けてくれ!もういじめへんから!」
1984年11月、大阪市中央区の大川で発見された水死体。半裸で頭部を鈍器で滅多打ちにされた遺体は、大阪産業大学高校の1年生Cくん(当時16歳)と判明した。この事件の犯人は、なんと彼と同じクラスの同級生AとB(共に16歳)だった。彼らがクラスメイトを殺害するに至った背景には、日常的な壮絶ないじめがあった。
「シンボルを握ってシゴけ」学級委員長による陰湿ないじめの実態
文武両道の優等生だったCくん。学級委員長を務め、柔道部でも活躍する模範的な生徒に見えた。しかし、AとBが柔道部を退部した1984年7月以降、彼は二人に対して周囲に悟られないよう陰湿な暴力を振るうようになった。授業のノートをすべて取らせるだけでなく、絵の具を顔に塗ったり、他の生徒とトラブルを起こさせたりと、様々な嫌がらせを繰り返した。
「シンボルを握ってシゴけ」学級委員長による陰湿ないじめの実態
文武両道の優等生だったCくん。学級委員長を務め、柔道部でも活躍する模範的な生徒に見えた。しかし、AとBが柔道部を退部した1984年7月以降、彼は二人に対して周囲に悟られないよう陰湿な暴力を振るうようになった。授業のノートをすべて取らせるだけでなく、絵の具を顔に塗ったり、他の生徒とトラブルを起こさせたりと、様々な嫌がらせを繰り返した。
決定的だったのは、昼休み中に人前での自慰行為を強要されたことだ。AとBが「それだけはできません。勘弁してください」と懇願しても、Cくんは容赦なく殴りつけ、従わせた。さらに驚くべきことに、その様子を見たクラスメイトが驚き、女子生徒が悲鳴を上げる中、Cくん自身が現れ「おまえら何をやってるんや! 女子もおるんやぞ!」と叱りつけるという芝居まで打った。すべては自分がヒーローとして見られるための陰湿な演出だった。
いじめはさらにエスカレートし、休みの日には二人を呼び出して�