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アメリカや韓国をはじめOECD各国の賃金が上がる中、なぜ日本の賃金だけ上がらないのか。
野口悠紀雄・一橋大学名誉教授は「日本の実質賃金が下がり続けるのは、労働者を貧しくして、企業利益を増やした円安政策による弊害だ」という―。
【図表】実質賃金指数(1970年度=100)
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※本稿は、野口悠紀雄『日本が先進国から脱落する日』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
(中略)
■円安になると企業の利益が増えるカラクリ
では、円安になると、なぜ企業の利益が増えるのか? 次のような簡単な数値例で説明しよう。
いま、日本国内で300万円の自動車を生産しているとする。これに要する人件費(賃金)が100万円だとする。そして、企業の利益は売上の1割だとする。
為替レートが1ドル=100円であれば、この車をアメリカに輸出すれば、3万ドルで売れる。日本企業の利益は3000ドルだ。
ここで、何らかの理由によって、為替レートが1ドル=110円になったとしよう。
アメリカでの販売価格3万ドルは不変だが、日本円での売上は330万円になる。そして企業の利益は、その1割である33万円になる。企業の利益が増加するので、株価が上がる。
円安になるだけで、何も努力せずにこうしたことが起きるので、「心地よい円安」と言われる。円高になれば、これと逆のことが起きる。
■円安に隠れた二つのトリック
①労働者の負担によって、企業利益が増える
以上は、一見したところ魔法のように見える。しかし、ここには、二つのトリックがある。
第1は、労働者の賃金が100万円のままで変わらないことだ。これがトリックなのは、労働者がアメリカで買えるものは減るからだ。
1ドル=100円のときには、100万円の賃金で1万ドルのものを買える。しかし1ドル=110円になれば、9091ドルのものしか買えなくなる。
つまり、ドルで評価した労働者の賃金が安くなるのだ。国際的な観点から見れば、賃下げがなされたことになる。しかし、それは、日本の国内では、なかなか気づかれない。
円安で企業利益が増えるのは、魔法ではない。気づかれにくい形で賃金カットができるからだ。つまり、労働者の負担によって、企業利益が増えるのである。
本来は労働者の味方であるはずの民主党までが円安を求めたことを見ても、以上のメカニズムが、いかに気づかれにくいものであるかが分かる。
②輸入物価の値上がりを消費者価格に転嫁
「トリックは二つある」と述べた。第2のトリックは、消費者物価への転嫁だ。
円安によって輸出物価は高まるが、同時に輸入物価も同率だけ高まる。だから、貿易収支が均衡しているとすれば、為替レートが円安になっても、企業の利益が増えるはずはない。
ところが、企業は、輸入物価の値上がりを消費者価格に転嫁する。実際のデータを見ても、輸入物価の変化は、ほぼ半年遅れて国内の消費者物価に影響している。
その一方で、輸出物価の上昇に伴う利益を労働者に還元しない。このようなメカニズムが、企業利益を増加させるのだ。
■アベノミクスは労働者を貧しくして、株価を引き上げた
仮に為替レートに不均衡があれば、原理的にはそれを調整しようとする力が働くはずだ。調整過程は、不均衡がなくなるまで続くはずである。
ところが、円高になると、輸出の有利性は減殺される。本来は、円高を支えるために、企業が技術革新を行い、生産性を引き上げるべきだ。
しかし、それが大変なので、企業は円安を求めたのである。このため、日本の実質賃金は上昇しなかった。
物価が上がらないのが問題なのではなく、実質賃金が上がらなかったことが問題だ。
賃金が上がらず、しかも円安になったために、日本の労働者は国際的に見て貧しくなった。
日本の企業がめざましい技術革新もなしに利益を上げられ、株価が上がったのは、日本の労働者を貧しくしたからだ。これこそが、アベノミクスの本質だ。
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