21/10/06 10:36:01.33 y/s/gOfm9.net
「親戚がみんな医者だったので、最初は医者になろうと思った」。ノーベル物理学賞に輝いた米プリンストン大上席研究員の真鍋淑郎さん(90)は1987年、日本気象学会の機関誌でこう語っている。
しかし、手先が器用なタイプではなかった。「カエルの解剖では神経をちょんぎるわ、化学の実験では硫化水素を入れて爆発させちゃうわで、医者になるのはあきらめた」。次第に自然現象の不思議さにひかれ、地球物理学や気象学の研究に興味の対象が移った。
渡米後、現地の気象機関で働き出して驚いた。当時、まだ貧しかった日本とは違い、IBM製の最新コンピューターを自由に使うことができた。「給料は日本の25倍もあり、研究に没頭できた」と振り返る。
日本の大学に期待することは何か―。機関誌のインタビューで最後に投げかけられた質問に、こう答えている。「外国人研究者の受け入れ体制を充実することです。『面白そうな日本国』へ行って研究したい人は少なからずいますよ」
自分が米国に受け入れられたように、日本も外国人を含めた人材への投資を充実させることが日本の研究力向上に不可欠だと訴えていた。
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