07/02/04 14:47:26
彼とは、たまにあふと、酒を飲み、馬鹿な話をするのが常だが、
或る日、彼は私に、真面目な顔をして、かう述懐した。
「のらくろといふのは、実は、兄貴、ありや、みんな俺の事を書いたものだ。」
私は、一種の感動を受けて、目が覚める想ひがした。
彼は、自分の生ひ立ちについて、私に、くはしくは語つた事もなし、こちらから聞いた事もなかつたが、
家庭にめぐまれぬ、苦労の多い、孤独な少年期を過した事は、知つてゐた。
言つてみれば、子犬のやうに捨てられて、拾はれて育つた男だ。
『のらくろ』といふのん気な漫画に、一種の哀愁が流れてゐる事は、私は、前から感じてゐたが、
彼の言葉を聞く前には、此の感じは形をとる事が出来なかつた。まさに、さういふ事であつたであらう。
そして、又、恐らく『のらくろ』に動かされ、『のらくろ』に親愛の情を抱いた子供達は、
みなその事を直感してゐただろう。恐らく、迂闊だつたのは私だけである。