08/01/12 16:52:16
冬は嫌い。深々と降り積もる雪が私だけ残して世界を閉じ込めてしまいそうだから嫌い。空から舞い降りる冷たい風が指先を凍りつかせ胸の奥まで染み込んでいきそうだから嫌い。
春は嫌い。地表に残った雪が人知れず溶けていくように私も消えてしまいそうだから嫌い。世界に芽吹く新しい命が私の居場所まで奪いそうだから嫌い。
夏は嫌い。汗ばむ熱気と溢れんばかりの蝉時雨があの頃の記憶を掘り起こすから嫌い。頭上に広がる青すぎる空が空虚な私の心を映し出しているように思えるから嫌い。
秋は嫌い。踏み締めた落ち葉の奏でる音色が心の琴線に触れて儚く砕けるから嫌い。世界を覆う夕闇が振り向けば踵まで飲み込んでいそうだから嫌い。でも―。
「もう秋だね。綾波はどの季節が好き?」
冬は好き。雪に閉ざされ音を無くした世界は彼の息遣いがいつも以上に近く感じられるから好き。冷えきった指先を彼の温かい掌が包み込んで胸の奥まで温めてくれるから好き。
春は好き。春の陽気が雪を溶かすように彼の優しさが凍りついた私の心を溶かしてくれるから好き。世界に芽吹く新しい命を彼の腕の中で祝福できるから好き。
夏は好き。汗ばむ熱気と溢れんばかりの蝉時雨があの時欠けた彼との記憶を埋めてくれるから好き。頭上に広がる蒼空が私に似て綺麗だと耳元で囁いてくれるから好き。
秋は好き。重ねるようにして聞こえる落ち葉の音色が彼と私の距離を教えてくれるから好き。世界を覆う夕闇に振り向けば全てを包み込むように微笑む彼がいるから好き。
「どの季節も好きよ……」
―ううん。貴方がいる季節が好き。
そう心の中で呟くと、私は隣りを歩く彼の掌をギュッと握り締めた。