08/01/12 07:39:38
隙間から射す陽光が僕の頭を覚醒に導いていく。目を擦り時計に目をやるとすでに三時を回っていた。仮眠のつもりだったがこれでは昼寝と変わらない。軽い自己嫌悪に陥りつつも僕は大きく伸びをした。その途端に鼻孔に広がる紅茶の香り。
そうか、彼女が来てるんだ。僕はカーディガンを羽織るとリビングに急いだ。廊下先で水色の毛玉が見え隠れする度に口許が緩むが、僕は平静を装いリビングの扉を開ける。
案の定、リビングではキッチンとテーブルを行き来する彼女がいた。僕に気付いたのか、彼女は持っていたティーカップを置くと僕の方に駆け寄ってきた。
「碇君、おはよう」
「おはよ。来てたのなら一言ぐらい声掛けてくれたらよかったのにな」
微笑む彼女に僕は言葉を返す。少し意地悪な返事なのは、彼女と過ごす時間が減った事に対する些細な仕返し。
「ごめんなさい、あんまり気持ち良さそうに寝てたから」
でも彼女はこんな冗談さえも真に受けるくらい純粋で。花萎むようにうなだれてしまった彼女に僕は慌てて言葉を続けた。
「い、いいんだ。気にしないで。続きは僕がやるから綾波は休んでてよ」
誤魔化しついでに彼女の肩を掴みソファに座らせると、僕はキッチンに向かった。
僕が彼女に紅茶を淹れるのは何年振りだろうか。戸棚から砂糖を取り出していた僕はそんな事を思う。
彼女が紅茶に興味を持ち始めたのが二年前。彼女曰く、使徒戦真っ只中の時に僕が淹れた一杯の紅茶がきっかけらしい。あの時の心も身体も温まる感覚を僕に伝えられるまでは紅茶を淹れるのは自分の役目とか話していたが、彼女はどこまで本気なのだろう。
「……あっ!」
よそ見していたせいでコンロ脇に置いてあったティーポットに手が当たる。やばいと思うも後の祭り。その衝撃で蓋が外れ、中の紅茶が僕の手にまで飛び散った。僕は反射的に手を縮込めるも―。
―何故か僕の口からは叫び声の代わりに溜め息が雫れた。
「綾波、紅茶入ったよ」
「やっぱり碇君の淹れた紅茶は温かい……」
今日ほど猫舌の彼女が愛おしく思えた日は初めてかもしれない。両手で包み込むようにティーカップを持ち、嬉しそうに紅茶をすする彼女。そんな彼女の姿を眺めながら、僕もぬるい紅茶に口付けた。