08/01/08 16:46:10
【ポイント】
ゼーレの考え方はユダヤ教の救いのイメージに合わせてある。
アダムとイヴが知恵の実を食べて楽園を追い出されるのは、
知恵の実を食べて且つ、生命の木と一つになると全能者(絶対神)になる。神以外に全能者が増えると、それは全能者で無くなる。
だから、アダムとイヴを追い出した。更に、アダムとイヴが生命の木に近づけないように、門番(使途)を配する。
アダムとイヴが救われるには、「神に許しを請うしかない」。これがゼーレの考え。
ゲンドウの考えは、カトリック的。
生命の木を、ルシファー(日本では悪魔と訳されるが本来の意味は「光り輝く者」)の囁きのままに手に入れて
神そのものになれば、神に許しを請う必要すらなくなり、救われる。という考え。
シンジの考えは、↑2つの拒絶から始まる。
世界を救うとか、人を助けるとか、大義名分は全てクダラナイ。大切なのは「個」
自分とか、自分を取り巻く環境の維持こそが大切。そこには正義も悪も敵も味方も無い。
という希望的考え。ミサトの考えもほぼ同じ。但し、視点を変えてある。
アスカの考えは、シンジより更に深い。世界も自分を取り巻く環境もどうだっていい。
自分だけが大切と考えてる。その結果、唯一の自分を見失う事になる。
レイの考え方(諸事情により略)
これに庵野自身のメタな考え方が加わって行く。