08/06/18 21:24:40 RkjRODqG
>>501
>小説の最後で貴樹が立ち直ったっぽく感じた
>会えただけで奇跡……って考えてるせいが大きいのかなと思った。
>その後の「前に進もう」の部分よりも。
自分の解釈はほぼ同じ。貴樹は踏切で明里に出会うまえにほぼ立ち直っているだろうというもの。
解釈の裏付けは秒速5センチメートルの制作の順番やらなにやら。以下思い当たる理由。
論ずるってである体が普通なんだけど、反発を招くのもあれなんで丁寧語で以下書くよ。
インタビューやティーチイン等から、秒速5センチメートルの制作の流れは端折れば次のようになります。
小説スケッチ(パンフ掲載してるやつ)→共通登場人物にできるものが選ばれ連作化→まさよし採用
→コンテ→アニメ→再解釈→小説
さて、三話で明里と運命的に踏切で出会う貴樹ですが、その踏切に行くまでの彼(貴樹の名前が決まる前
かもしれないから『彼』としておきます)の心象は、これらの作品の原点になっている小説スケッチ―パンフや
DVDの小冊子に載っています―に描かれています。
小説にも同じ部分があるので、小説から以下引用します。
『会社を退職して以来、街にはそれぞれの時間帯の匂いがあることを彼は何年かぶりに思い出していた。
早朝にはその一日を予感させる早朝だけの匂いがあり、夕方には一日の終わりを優しく包むような
夕方だけの匂いがあった。それは人と敏と自然の営みが混然となった匂いだった。ずいぶんいろいろなことを
忘れていたんだな、と彼は思う。』
この3話の原点の文章は、『彼』の心の状態が述べられいます。彼は匂いの甦りから、この時まで当たり前の
感性を失っていた、抑圧された状態にいたことと同時に、この時、『彼』の心がこれまでの抑圧から解放です。
ここは、本編であるアニメでもきちんと描かれています。貴樹が小学生時代の想い出の道を歩き桜を見上げる時、
彼のほほえみの表情で演出されているわけです。
本編はこの後、明里と踏切ですれ違い過去へと移りますが、その当日の彼の心理状態は、もはや既に
鬱々としたものとは異なっていることが、分かります。
この家を出て街を歩く彼、貴樹の気持ちは、原点の小説スケッチから、中心のアニメ、最終の小説まで、一
貫して描かれています。
以上のことから、電車が通過して明里がそこにいなかった一瞬を境目にして、貴樹の心は抑圧された状態から
一挙に劇的な変化を起こして、吹っ切れではないと考察するのです。
……こんなもんか?展開不足、論理飛躍ある?