08/07/01 19:10:16 yOD0aFFl
……八ヶ月後。「ただいま♥こなた」
大学からまっすぐ帰宅したかがみは、誰もいない…否、最低限の家具以外は
文字通り“何も”無い六畳の部屋に向かって帰宅の挨拶をし、
そしてラフな部屋着に着替えるべく、服を脱ぎ始める。
「よいしょ…っと。流石にこれだけ膨らんでくると重いわね」
などと独りごちる彼女のウェストには季節外れの腹巻きが巻かれており、
そしてその中には、セーターでくるんだ砂袋が詰め込まれていた。
これでゆったりした衣服を上から羽織れば、誰が見ても少々太った人か
もしくは、妊婦―である。
大学生の妊婦など、もちろん構内で人目を引く存在ではあったが
構内・外を問わず彼女と会話を交わす者が一人もいないこの状況では
(無論、あの“事件”以降、実家とは音信不通である)
言われの無い陰口など、かがみにとってどうでもいい問題だった。
否、むしろ……
かがみの狙いは二つあった。
一つは、腹の大きくなった自分をアピールする事によって
「誰の種か知らないが、あの女は妊娠中である」と周囲に認識させる事。
そしてもう一つは―むしろこちらの方が重要だったが―
自らの肉体に物理的な“重み”を科し、日常を非日常へ歪める事により
あの“事件”以降の残酷な現実を忘れる事……忘れるフリをする事。
かがみは狂ってなどいなかった。
狂えればどれだけ楽だっただろうか?
誰よりも繊細な神経は、砕け散る替わりに薄く磨耗し
そして剃刀の如く、研ぎ澄まされていたのだ。計画の為に。
ベッドに腰掛け、ラッキーストライクの先端から紫煙をくゆらせながら
「妊娠八ヶ月の一服は格別ね~」と呟き、そして苦笑する。
妊婦が堂々と煙草を吸う訳にもいかない為、彼女の喫煙所はこの自室だけだ。
それにしても煙が目に染みる―
そしてニコチンを頭脳の隅々まで行き渡らせ、雑念を追い払ったかがみは
綿密に練った“計画”に従い、PCを起動させる。
Amazonでベビーグッズのカタログを吟味しつつ、
少なくとも二駅以上は離れた場所(遠ければ遠い程、望ましい)にある
“産婦人科”の近隣地図をプリントアウトする。
今週末、下見に行くつもりだ。
『待っててね……私と…こなたの…赤ちゃん……』