08/02/25 00:48:42 moCKtzdO
続きです。
待ってる方いらっしゃいませんか?
・ちょっと長めに9レス使います
「かがみ6」投下します
606:1/9
08/02/25 00:50:01 moCKtzdO
受験勉強の合間にアルバイトをすることを、賛成する親はいない。私はそれを一般常識だと思っていた。
そして女性同士が愛し合い、お付き合いを始めることが非常識なことである。これも常識だと思っていた。
しかし今の私は、この常識が間違っていたものだと気がついた。いや、正確には間違えにしてしまった。
「かがみの好きにしなさい」
アルバイトの面接を受ける前に求めた親の許可は、その一言で了承された。
放任とも取れるお父さんの言葉に、私は家族から突き放された不安に取り乱しそうになった。つかさの言葉を聞くまでは…。
「ごめんね。お姉ちゃんの全国模試の結果、お父さんに言っちゃった」
私は結果を両親に告げていなかった。それが自分に対する甘えになるのを恐れていたからだ。
第一志望の外大は常にA判定、全国順位で二桁に入ることも数回あったが私は満足しなかった。
それはあくまでも模擬試験、大学に合格した訳ではなかったからだ。つかさもみゆきも、日下部も峰岸も… そしてこなたも… 既に進路は決まっている。
私だけまた一人ぼっちの状況、どうして私だけが皆からはぐれるんだろう。その悲しみを認めたくない、そのことも模試の結果を封印する動機だった。
「お父さんはかがみのがんばりを見ているからね。アルバイトもがんばりなさい。こなたちゃんにも認めてもらいなさい」
水面の下であがいている姿など、誰にも見せることは無いと思っていた自分が過去のものになりつつある。
だって、私が住んでいるこの水溜りはきれいに澄んでいる。表面に出ている部分だけを見ていたのは私だけ、
他の皆は水中のがんばりをお互い認めて、そして励ましあってきたのだろう。私が一人ぼっちにもなるはずだ。
進路が決まっていないことに感謝しなくてはいけないな。皆見るがいい、私のあがきを。
「いいのよ、つかさ。結果を見せなかった私が悪いんだから。けど、お父さんはこの結果を聞いて許してくれたの?」
「いいや、違うよ。大人になったかがみの姿を見たからだよ」
『大人』の一言に反応する。私達は… まだ… そう言う関係には… その…。赤面する私を不思議そうにうかがう、つかさ。
「お姉ちゃんは普段からしっかりしてるから、私はいっつもお姉ちゃんのこと、大人だなって思ってるよ」
そう言う意味だとは思っていた。どうして恥ずかしかったのだろう… 恥ずかしい。
不意にテーブルに置かれた私の模擬試験の、判定評価のプリントが宙に浮く。
「これで落ちたらかがみ、洒落になんないね」
まつり姉さんに、もてあそばれる私の実力。いい加減なこと言わないで欲しい。けらけら呑気に笑う顔に腹を立てる。
「まつりお姉ちゃん笑わないでよ。お姉ちゃん絶対受かるよ」
そう言ってつかさはまつり姉さんからプリントを奪い取る。が、足を引っ掛けて転んでしまった。
「つかさが滑ったら駄目でしょ。縁起でもない。かがみは滑らないようにね」
「お姉ちゃん、ごめん…」
しおれるつかさを慰めつつ、まつり姉さんを睨み付ける。
「な、なによ。私が悪いの? 今日は私、何も言ってないじゃない」
不本意な反応に戸惑うまつり姉さんは、これ以上何も言わずに部屋に戻っていった。
「かがみ、まつりはあれで応援しているつもりなんだよ」
「うん、わかってる。わかってるけど、あの言い方は素直じゃないわね」
「お姉ちゃんみたいだね」
「つかさ!」
このようにして掴んだアルバイトの許可だ。明日の初勤務は、皆にいいところを見せなきゃね。けど… 緊張するな。
607:2/9
08/02/25 00:51:01 moCKtzdO
「お姉ちゃん。服これでいいかな?」
朝から何度聞いただろう、この台詞。その度に決まってこう答える。
「あんたねぇ、どうせお店で着替えるんだから、おしゃれしなくていいのよ。私だって普段着なんだから」
「でも、お店入る前にお客さんと会ったら恥ずかしいし…」
「大丈夫よ。つかさはキッチンで、お客さんの前には姿を現さないんだから」
十二時の開店に間に合うようにと、私達は十一時から勤務だそうだ。本当は、私は十二時十五分前に来たら良いと言われたのだが、
つかさがひとりでは心細いということで、私まで一時間前集合になってしまった。
「服の心配をしていて遅刻なんてしたら、こなたに笑われるわよ。早くしな」
時計を見ると九時を少し回っていた。これは駅まで走らなきゃいけないな。
予定の電車に何とか間に合い、飛び乗ったと同時に電車が動き出す。すいている車内の席はどこでも座れるが、私達は立ったまま電車に揺られた。
「お姉ちゃん、こなちゃんは一緒じゃないの?」
「こなたとは待ち合わせしなかったから、先に行ってるんじゃないの?」
「どうして待ち合わせしなかったの?」
「なんだかわからないけど、こなたから『明日は一緒に行けないから』ってメールが来たのよ」
「こなちゃんと喧嘩したの?」
つかさの顔が曇る。
「そんなんじゃないわよ。思い当たる節はないわ。大丈夫よ」
これは間違いない。と言うのもメールが来る前まで、私達は電話で話をしていたからだ。あのたわいのない会話に、こなたの機嫌を損ねるキーワードはなかった。
電話を切った後に思い出したように来たメール。こなたは開店に合わせて来るものだと解釈していた。
「大丈夫よ」
つかさの心配が、仕事へ影響しなければいいと思いながら繰り返す。
車内が込み始めたのをきっかけに、つかさとの会話をやめた。都心へ近づくにつれ緊張の度合いが高まる。
私はうまく接客できるだろうか…。
二人だけで降り立つ秋葉腹の駅。いつも人通りが絶えない駅前は、週末のイベントがあるらしく身動きできないくらいだった。
イベントとは関わらない私達は裏道を歩く。もちろんこの道はこなたが教えてくれた道。怪しげなお店の前を早足で通り過ぎ、
表通りに出たときにはすでに時計は十時五十分を指していた。急がないと遅刻してしまう。
「つかさ、走るわよ」
私はつかさの手を取り、走り出す。よろめきながら付いてくるつかさの手が離れた時、お店の前に私達はいた。
十時五十五分。遅刻は免れた。しかしつかさの顔に表情はない。今日の体力は使い果たしたようだ。がんばれつかさ、今からが本番だぞ。
ドアを開けると私達は怒鳴られた。
「あんたたち、遅刻よ、遅刻! 罰金よ!」
「ふぇ?」
つかさの力ない反応に時間が止まる。
「え? 時間過ぎちゃった?」
「何言っているのよ。団長の私より遅いなんて、団員にあるまじき失態ね。罰として今日の昼食はあんたが買ってきなさい」
「ちょっと、こなた。遅れたわけじゃないんだからいいでしょ?」
「泉さん、もうこのくらいでいいんじゃありませんか?」
キッチンから小野店長がこなたを諌める。やり足りないらしく不満そうなこなたに一礼してから私に向かって、
「朝からずっと練習なさっていたんですよ。かがみさんに認めてもらいたくて」
と説明する。
こなたが私に認めてもらいたい? どういうことだろう。
608:3/9
08/02/25 00:52:05 moCKtzdO
「かがみは面接の日、ハルヒのDVD買ったって教えてくれたよね。その時私のこと似てるって言ってくれなかったから…」
子供か、こいつは…。
「あんた、今日は何時に来たんだ?」
「ん? 九時…」
「私達に『遅刻よ!』って叫びたいために、そんなに早くから待ってたのか?」
「まあね」
この努力を他に回すことは出来ないのだろうか…。私は呆れたが同時にこなたと遊びたくなった。
「やれやれ」
肩をすくめてキョンの真似をする。しかし客観的に見て、普段の私と変わらない。それはこなたも感じたようで、
「ごめんね、かがみん」
と、素で返された。申し訳なくなった私は、小声で答えた。
「似てるわよ、ちょっと焦っちゃったくらい」
うつむくこなたが微笑んだのが見えた。
つかさはキッチンに入り、料理の下準備にかかった。私はすることがなく、と言ってもただお店の中で座っている訳にもいかない。
当然だが私がつかさを手伝えることなどまったくない。そして店内の準備はこなたが既に済ませている。どうして私がいるのだろう?
これでは本当に、つかさの付き添いでしかないじゃない。私の横では私の髪で遊ぶ幸せそうなこなたがいるだけ、って和みすぎだろ?
「さっきの話なんだけど、お昼、私が買ってこようか?」
「つかさが作るからいいよー」
一蹴された。何もしない罪悪感と、初めて接するお客さんのことを考えるので、私は落ち着かないのである。体を動かしたい。
「けど、何もしないって訳にはいかないわ」
「いいのですよ。涼宮さんが望んでいること。今の時間がその望み、そのものなのですから」
「どうして、こなたを特別に扱うのですか?」
「禁則事項です」
小野店長は茶目っ気たっぷりに、みくるの真似をする。こういうお店なのか、と私は判断した。
こなたが一年以上も続けているのは、ただお金が欲しいからだけではなく、この店長とお店が好きなんだろうと思った。
そしてその大切な空間に私達を招待してくれた。こなたはいつまでも私達に贈り物を配り続けてくれる。私はその思いに、答えることが出来るだろうか…。
「おはようございます」
ドアの鈴の音と共に、みゆきが出勤してきた。
「駅前にたくさんの方がいらして苦労しました」
「あー 今日はゲマズでイベントあるから。きっとその後、お店に流れてきていっぱいになると思うよ」
「みなさん、来られるのですか…?」
顔色が変わるみゆき。人数の多さからか? それとも何かあったのか?
「階段の下まで続くくらいの列かな」
平然と答えるこなたは慣れたものなのだろうが、私とみゆきはこの後の忙しさを想像して顔を見合わせたまま沈黙する。
しかしこなたって、こんな子だったっけ? めんどくさがり屋の子供だと思っていたのが、今では私に仕事を教えてくれている。
もっともコミケで見せた自分の欲望に対する情熱を、余すことなく行動に置き換える性格は認めていたけどね。
ここでは何を燃やしてがんばっているのだろう。楽しいから? いや、それだけじゃない気がする。
こなたの中に大人が見えた。
609:4/9
08/02/25 00:53:09 moCKtzdO
動けない。
私の身体がベッドに貼り付いて、起き上がることが出来ない。私が出来ることは天井を見つめて、つかさの呼びかけに答えることだけだ。
「気をつけて行っておいでー」
「うん、行ってくるよー。お姉ちゃんも、勉強がんばってね」
今日、私は試験勉強の日と言うことで、アルバイトはお休みにしてもらっていた。昨日の初勤務から一晩明けた今朝、私の身体に異変が起きた。
…筋肉痛か。
慣れないうえに目まぐるしく入れ替わるお客さん、緊張している暇なんてなかった一日が遠い昔のような気がする。
こなたは私と遊ばない日に、こんなことしていたのか…。いくら慣れてないからといっても、私も体力には自信があった。
ここまでハードだとは思わなかった自分が、いかに甘い考えであったかを痛感した。そしてこなたの偉大さも。
「いてて…」
寝てばかりではつかさになってしまう、いや、そのつかさは今日もアルバイトに出かけたのだ。
不器用ながらも注文に答え次々と作り出されていた料理に、今思えばつかさの天性を感じる。私はただ必死にそれを運んだだけだったのに。
私の身体が、昨日の事を思い出すのを拒絶する。今はふくらはぎがその先頭に立っている。なんだか私は私に負けたみたいだ。
悔しさから涙がこぼれる。
「どうして私に負けなきゃならないのよ!」
腹が立ってきた。そしておなかが空いた。朝ごはんは何かな…。布団から抜け出し、ベッドの高低差を利用して床に足を下ろす。
どうも身体のほうも食事を取ることには反対しないようで、私を台所まで運んでくれた。階段の手すりに掴まりながらの昇降はさぞ滑稽だったろうけど。
食事が済んで自室に戻った私はベッドに戻るか、机に向かうか考えていた。今日の私は何もする気が起きない、ベッドで寝転びながらラノベでも読みたい気分だ。
本棚から取り出した読みかけのラノベを持って、あえて目を背けていた机の上に目を走らせる。
そこに一枚のプリントを見つけた。全国模試の判定評価のプリントだ。まつり姉さんの顔を思い出す。
「負けてなるものか」
怒りと共にやる気が出てきた。もう少し受験生に優しい応援の仕方があるだろうと、自分勝手ではあるが抗議したい。
しかしその抗議をすることより、私が大学に合格すれば何倍にも見返せる。合格した私を想像してにやける。
私はラノベをベッドに放り出し、机に向かった。過去の問題集はどこを開いても知っている問題と答え、正直、飽きた。
携帯電話が私を呼ぶ。メールの受信を知らせる音に、私は手を休め確認した。送信主はみゆき、何の用事だろう?
『かがみさん、受験勉強はかどっていますか? お邪魔でなかったら私もご一緒に、勉強させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?』
みゆきからのメールは、私をマンネリから救ってくれた。すぐに返信する。
『私も一人じゃはかどらなくて、みゆきがいてくれたら助かるよ。何ももてなせないけど、来てくれたら嬉しいわ』
『ではお昼過ぎにお伺いいたします』
よし。これで私の気合も入れなおせる。そろそろと部屋を出て行き、お母さんに尋ねた。
「お母さん、湿布無い?」
「お父さんが使っていたのが確か… あら? 無いわね」
携帯電話を取り再び送信。
『みゆき、来るとき湿布を買ってきて。お願い』
友達にこんなこと言うなんて、昔の私では考えられない。いいよね、みゆき、頼んでも。
610:5/9
08/02/25 00:54:40 nqOYeHO8
遅めの昼食が済んで、一息入れていたところにみゆきが尋ねてきた。みゆきは早めの昼食を取ったらしく、私の昼食の時間が終わるのに合わせて来てくれたようだ。
手には私の家族分のケーキと私のための湿布。
「お役に立てて光栄です」
とはみゆきの言葉。本当に嬉しそうに、私に湿布を渡してくれた。頼まれた方が喜んでいる奇妙な光景に私は照れる。
素直にありがとうと言わなければ…。
「悪かったわね、みゆき。変なもの頼んじゃって」
これではだめだ。頭を掻きながらもう一言。
「ありがとう」
人に物を頼んで感謝する。私の一番苦手なことをやってみた、そしてやれた。
「み、みゆき… 気分悪くしてない? その… ごめんね」
「お慣れにならないことをなさって、心配されていますか? 私が出来ることは限られています。それはかがみさんも同じこと。
その欠けた所を補えるのが友達じゃありませんか?」
「そ、そうね…」
「このように泉さんの前でも出来たらいいですね」
微笑むみゆきに見つめられて、私は言葉が出ない。
「慣れてないといえば、私も今朝、筋肉痛になりまして… お恥ずかしながら」
「私もあそこまで、仕事が忙しいとは思わなかったわよ」
「昨日は近所でイベントがあって、お客様が大勢いらしたのですよね?」
「あー こなたが言ってたわね。あいつよく働いてるわよね」
「泉さんは責任感がありますから、小野店長もとても信頼なさっていましたね」
「こなたのこと見直したわよ。最後のほうには先輩って呼んじゃったもの」
「うふふ。先輩ですか。実は私も泉さんをそうお呼びしていました」
「こなたは不思議な子よね。今でもどうしてこなたのことが、好きになったのか分からない時があるの」
「泉さんは魅力的な方です。私も憧れることがありましたよ」
「だ、だめよ。みゆきはこなたを好きになっちゃ」
「うふふ。私はまだ恋愛をしたことがありませんから、かがみさんが羨ましいです」
「いや… そう言われると、なんだかむず痒い…」
「その後どうですか、泉さんとはうまくいっていますか?」
こなたとキスをした夜を思い出す。お風呂場では私がこなたに迫ったが、つかさに邪魔されて出来なかった。
その後、私の部屋でこなたから迫ってきて、私のほほにキスしてくれた。まつり姉さんに言わせるとそれは子供のキスだが、私にとっては一生の思い出。
思い出し笑いを隠せない。
「あらら、かがみさん。私は野暮なことをお聞きしたようですね」
「なによ。もっと聞いてくれていいのよ」
「いえ… 私も聞いていて恥ずかしいですよ」
うつむくみゆきに優越感。みゆきにも早く、素敵な人が現れるといいわね。けどどうして幸せな人は、自分の幸せを分けたいと思うのだろう。
このお裾分けは迷惑かな?
「そうだ。折角買って来てくれたんだから、湿布張るのを手伝ってよ」
「そのようなことは、泉さんにお頼みください」
「なによ。みゆき、妬いてるの?」
「禁則事項です」
変な言葉、覚えちゃったわね。
貴重な受験勉強の時間を割いて交わしたこの会話を、つまらないものだと言う人がいたら私の前に来て欲しい。
きっと言ったことを後悔するだろう。私の幸せの前では。
611:6/9
08/02/25 00:56:00 nqOYeHO8
夕食を固辞してみゆきは帰っていった。今日の勉強会は私が筋肉痛であったため、終始お喋りで終わってしまった。
しかし私の合格を待っていてくれている人がいる、それを再確認しただけでも私の受験勉強が意味あるものだと自信を持った。
痛みをこらえてベッドに横になっている私に訪問者が来た。
「お姉ちゃん、具合どう?」
朝、顔を合わせたわけでもないのに、つかさは私の異変に気が付いていたのだろうか、姉の面目がない。
「ちょっと疲れただけよ」
笑顔で答えるが、痛みを堪えることが出来ない。
「かがみん、もう年じゃないの?」
え? どうしてこなたがいるの? 私は不意の出会いに心がときめく。ん、けど何て言った、私が年を取っているだと。
「な、何しに来た!」
言っちゃった…。本当はお見舞いに来てくれたのが嬉しくて、甘えたくて、抱きしめたいのに駄目だな私。
「いやぁ。つかさが『おにぇえちゃんの、ぎゅあいが、わりゅい、みたいだから、心配なにょ』って言うもんだから、来てみたんだ」
「こなちゃん、今の私の真似?」
「そだよ。つかさだよ」
「うぇーん。私そんな喋り方しないよー」
私は苦笑した。どうして私の周りにはいつも人がいるのだろう、静かにして欲しいよ…。嬉しいな、ありがとう。
「で、かがみ様は筋肉痛で動けない、と」
「はは… 結構ハードよね、仕事って」
「けど、つかさは今日も元気に働いてたよ」
「それを言うな」
「私も元気だよ」
「皆まで言うな」
「で、かがみ様、『だけが』筋肉痛で動けない、と」
「み、みゆきだって筋肉痛だって言ってたわよ」
「みゆきさんは、かがみの家まで来て、かがみ様はベッドの上でお出迎え」
「う、うるさいわね… そ、そうよ私は体が弱いのよ、労わりなさい!」
「おー。だったら今日は、私がかがみ様の面倒を見て進ぜよう」
私の中の時間が止まる。こなたが私の面倒を見てくれる…。お願いしようかな。
私はこなたを見つめた、こなたと目が合う。すぐ私は目を逸らせた。そのまま視線をはずして、
「いいの? 夜、遅いよ…」
「泊まるから大丈夫」
「明日、学校でしょ!」
「冗談だよ。ゆいねえさんが十一時頃に、迎えに来てくれるって」
あと二時間もないじゃない…。泊まっていけばいいのに…。馬鹿。
「後はお風呂に入って寝るだけだけど、お願いするわ」
「じゃあ、お風呂一緒に入る?」
「それは駄目よ」
「どうして?」
悲しそうなこなたの目が私は嬉しい。私だって一緒に入りたいよ。けど、私はけじめを付けたお付き合いがしたいの。
「私は家族に私達が付き合うって宣言したの。そして恋人同士って認めてもらったの。友達なら一緒にお風呂も入れるけど、
恋人同士が一緒のお風呂に入るのは、家族の前ではおかしいと思うのよ。これは私が決めたルールだけど、守りたいのよ。こなたと正々堂々、付き合うために…」
612:7/9
08/02/25 00:57:02 nqOYeHO8
言い終わって私は後悔した。つかさがいるじゃない! つかさには、まだ私達の関係を話していない。
私達はまだ一人歩きできない子供な関係。世間の目に晒された時、どのような対処も出来ない未熟者なのだ。
つかさにばれないようにする。これが世間から身を隠しているバロメーターになるはずだ。ばれてしまったら私達は近すぎるということ、自重しなければならない。
それは、つかさが寝静まったあとの家族会議でまつり姉さんの
「つかさはまだ幼いから、聞いたらショックじゃないの? 女の子同意が付き合うなんて聞いたら。それも友達と姉だし」
の一言で決まったこと。私はつかさにも伝えて共に浮かれたい。内緒になんてしたくなかった。しかし、
「かがみは浮かれると、言わなくていいことまで話よね。煽られたら黙ってないでしょ? 耐性がないのよ、あんたは」
と続いたまつり姉さんの言葉に、私は黙るしかなかった。
「すべてを隠しても協力してもらうことが出来るのは、姉妹の特権じゃないかな? お父さんはそう思うよ。これはつかさにしか出来ないことなのだから」
つかさにしかできないこと…。私が取り乱して家出した夜の事を思い出す。神社の境内でつかさが話したこと。
『私は私が出来ることをして、お姉ちゃんの力になるよ』
パジャマのまま私を探してくれた妹の、精一杯の主張に今は、すがろう。
その決意が私の不注意で壊れてしまった。恐る恐るつかさがいるのであろう場所を覗う。しかしそこにつかさの姿はなかった。
「あれ… つかさは?」
私の記憶がおかしいのだろうか。つかさはこなたと一緒に、私の部屋に入ってきたはず。狐に抓まれた私を、こなたは不敵な笑みで見つめる。
「かがみは夢中になると、前後が見えなくなってすぐ暴走するね。つかさは話の途中で出て行ったよ。ここに来る前に頼んでたから」
「どう言う事よ」
「仕事のことで、かがみに話があるから席を外してってね」
「そうなの? じゃあ仕事の話しなきゃ。何なのよ」
「もう… かがみは… どうして…」
寂しく呟きながらこなたは私に抱きついてきた。ベッドの上で上半身を起こして聞いていた私は、その勢いを受け止めきれずにこなたと共に倒れこむ。
枕が私の頭を受け止める。こなたの頭が私の胸の中に納まる。こなたの香りと温もりが私に暖かくかぶさる。
「つかさの前じゃ、こんなことしちゃ駄目なんでしょ。かがみ様の掟では」
「いいのよ、いつでも… どこでも… 誰がいても… 私にはこなたしか見えないんだから…」
「本当にかがみは、私がいないと駄目なんだね。一直線すぎるよ」
「あんたがいるから、私も素直になれるのよ。悪かったわね」
「私もそうだけどね」
「こなた…」
私はこなたの唇を目指した。しかし今の私は筋肉痛で、腹筋だけでは頭を持ち上げられない。こなたを私の上から下ろし、横に寝かせる。
お互い身体の片側をベッドに付けて、向かい合ったまま寝ている。私の右腕はこなたの首の下にあり、その手はこなたの頭を絶え間なく撫でている。
自由な左手でこなたの右肩を押さえる。見つめ合うだけの時間が、幸せを膨らませる。両手を胸の前で組んだこなたは、私の次を待っているようだ。
私がこなたに近づいたのを見届けて、こなたは目を閉じた。そして心持、あごを上げたように思えた。
お互い早くなった呼吸で胸が上下する。そのリズムは合わせたように重なっていた。これがファーストキスになるのか…。
613:8/9
08/02/25 00:58:03 nqOYeHO8
こなたの顔を再び見つめた。目を閉じたままのこなたからは、いつものおたくでオヤジで子供っぽくて嘘つきで、いたずら好きな少女のオーラはなく、
ただ一人のかけがえのない恋人、それだけの存在。しかしそれは私の持ちきれる、目一杯の存在だ。
不満がある。ファーストキスは、夜景を見ながらの方がよかったかな…。いや、砂浜で沈む夕日に包まれて…。
腕の中にいるこなたはもうどこにも行かない。その現実の前に、私の空想は止まらない。この時間だけ切り取って、私のアルバムにしまって置きたい。
「か… がみ?」
こなたの目が開く。少し不満げで不安な表情。しまった、こなたを待たせ過ぎた。
「今日は… キスだけに… して欲しいな…」
そんなこと… いや、それ以上のことなんて考えていません!
必死で首を横に振る私。こなたの顔が曇る。
「キス… じゃなかったの…」
違うわ。キスしたかったのよ。ちょっとこなたに見とれていたんだよー。心の中で叫ぶ。
私は目を閉じてこなたに迫った。
「お姉ちゃん達、お話済んだー?」
ノックと共に聞こえるつかさの声。とっさに私はうつ伏せ、こなたは身体を起こし私の腰をもみ始める。
「お姉ちゃんの筋肉痛は酷そうだね。こなちゃん、ずっと揉んでるの? 私、代わろうか?」
「つ、つかさもなれない仕事で疲れてるんじゃない? かがみが終わったら私が揉んであげるよ」
「じゃあ、私もこなちゃん、揉んであげる」
枕に顔を埋めたまま、私は小刻みに震える。笑いが止まらない、自分の愚かさに。
「お姉ちゃん、くすぐったいんだね」
…。一人にさせてください。
アルバイトにも慣れ、学校と受験勉強、そしてこなたとの買い物デートが、バランスよく保てるようになったある日のこと。
今日は学校が終わると、そのままアルバイト先に向かう予定だった。実際向かっているのだが、予定とは違う事態が起こっている、つまり…
私の周りには九人の女子高生がいることだ。
こなた、つかさ、みゆき、パトリシアさんは予定通り、何の問題もない。後に続く五人、日下部、峰岸、ゆたかちゃんとみなみちゃん、そして田村さん。
「本当に来るのか?」
「往生際悪いぞ、ひぃらぎぃー」
「本当に来るのか?」
「切符もちゃんと買ったぞ、柊ぃ」
「ほ・ん・と・う・に来るのか?」
「もう店の前だぞ、柊… ってなんで私ばっかり聞くんだよー」
その日の朝にさかのぼる。
「柊ぃ。アルバイト始めたんだってな。私、今日いくぜ」
「何、寝ぼけたこと言ってるんだ」
朝から冗談に付き合っていられない、いや、どうして私がアルバイトをしていることを知っているんだ?
「みさちゃん、ちゃんと話さないと柊ちゃんに招待して貰えないわよ」
「いや、峰岸、ちゃんと話してもこいつを招待する気は無いぞ」
「私は柊に招待されて、行きたいんだってヴぁ」
「はいはい。私がいない日に来て頂戴ね」
「冷てえなぁ、柊は。って、やっぱりアルバイトしてんだ!」
「どうしてあんたが知ってるんだ」
「それは…」
614:9/9
08/02/25 00:59:12 nqOYeHO8
日下部の話をまとめると、どうも私はつけられていたようだ。
「人聞きの悪いこと言うなよ。ただ私は偶然、電車の中で見つけたからついて行っただけだってヴぁ」
「ストーカーか、あんたは」
「声掛けても柊、振り向いてくれないし…」
それは悪かった。
「秋葉腹なんてあんま行かねえから、柊見失った後迷子になって困ってたんだぜ。そしたら柊の妹に会って、駅まで連れて行ってもらったんだ。
その時アルバイトしてるって聞いたから、柊も同じところで働いてるのかなって思ったわけ」
「働いてるのはつかさだけよ。だから来ないでね」
「さっきと言ってること、違うってヴぁ!」
涙を流して抗議してきた。うるさいので無視。
「柊ちゃん。私も行ってみたいな」
「あー、峰岸。言っとくけどコスプレ喫茶だぞ。普通の人が行っても、面白くないと思うわよ」
「ふふ、柊ちゃんが働いているのを見るのが楽しいんじゃない、ね、みさちゃん」
「あやのの言う通りだ。柊が変装している姿を、この目に焼き付けたいんだぜ」
「だから、あんたは呼ばん」
「柊ちゃん、仕事の邪魔をさせないから、みさちゃんも呼んであげてよ」
この二人の仲の良さに感心した。日下部のためにこんなに交渉してくる峰岸の姿に、ただ面倒見が良いだけでは説明が付かない情を感じる。
幼馴染の友情。私とこなたには無い関係に二人を羨む。しかしその沈黙が悪かった。
「柊ちゃん、そんなに考えてくれなくてもいいわ。今日、みさちゃんと一緒に行くから、よろしくね」
「ちょっと、急に決めないでよ。私にも準備って物があるんだから」
「他のお客さんと同じようにしてくれたらいいのよ」
「決まりだなっ。ちびっ子は今日来るのか?」
「私が休みかもしれないでしょ」
「柊ちゃん、今日出勤の日でしょ?」
「え?」
「柊、私達がいつも見てるの、気が付かねぇんだな」
「あ…」
「じゃあ、今日は一緒にお店まで行きましょうよ。ありがとう、柊ちゃん。よかったわね、みさちゃん」
押し切られてしまった。最悪だ。
放課後、日下部は私の元には来ず、一目散に教室から出て行った。残った峰岸と共にこなた達の待つB組へと向かう。
「みさきち、逃げないから引っ張らないでよ」
「ちびっ子さえ捕まえとけば、柊は逃げねぇからな」
廊下まで聞こえる奇声に眉をひそめる。やれやれ。
私達六人は連れ立って校門へと向かう。そこで落ち合う予定のパトリシアさんは、既に待っていた。なぜか団体で…。
「コナタ キョウは ユタカたちも イッショに いくのデス」
「お姉ちゃん、急にごめんね。田村さんが、秋葉腹に用があるからついでに行こうって誘ってくれて」
「泉先輩っ。お邪魔しますっ。」
「…私も、…行きます」
お店に入る前に日下部にのみ、釘をさした。
「もし、邪魔したらあんたの名前、忘れるからね」
「ま、また背景になるのかよ…。うぐ… 折角ここまで登り詰めたのに」
男装の私を見て笑ったらそうなるのよ。私はみなみちゃんを見ることが出来ないけどね…。
615:7-428
08/02/25 01:00:40 nqOYeHO8
また10分後くらいに来ます。
投下予定のある方は言ってください。
616:名無しさん@お腹いっぱい。
08/02/25 01:07:22 mj3/f8/H
>ネトゲ仲間の男に会いに行くこなたんをかがみんが心配そうに見守る同人誌
山猫BOXだな
617:7-428
08/02/25 01:10:52 VXtZfXcf
続きです。
・5レス使います
「かがみ7」投下します。
618:1/5
08/02/25 01:11:58 VXtZfXcf
平日の夕方にしては混んでいる店内に五人を案内して、私達店員組みは着替えを急いだ。今店内で働いているのは、長門さんと松岡さん、小野店長の三人。
六時に仕事を終える長門さんと松岡さんに代わって、私達が入るシフトだった。普段は時間が来るまでゆっくりと休憩室兼更衣室でお喋りに勤しむのだが、
今日は日下部たちがいるので時間前だが仕事に取り掛かる。私はネクタイを緩め、キョン風にだらしなくしながら店内に向かった。
ハルヒなこなたとは目を合わせず、私は役になりきって「どうしてこいつと一緒にいるんだろう」と思い込む。
こなたはハルヒであって、こなたではない。そう思うだけなら簡単だ。しかしこなたは私の恋人、心が痛む。
私はこの痛みをお店の後片付けの時の、ごみ捨ての時間に癒している。つまり、こなたと二人でごみを出しに行き、
人目につかないその場所で抱擁するのだった。その一瞬で私は仕事の充実感を得て、一日の精神的な疲れを取っていた。
後ろに続くパトリシアさんとみゆきのみくるコンビは、いつの間にか先輩、後輩をなくし、しっかり(小)と(大)の通りになっていた。
みゆき元来の勉強熱心がここでも遺憾なく発揮され、私の受験勉強の付き合いと称してうちにやってきては、私のラノベとDVDで研究し尽した結果の逆転劇だった。
店内では「禁則事項」を連発するみくる(小)と、的確な回答と大人の立ち振る舞いのみくる(大)の談笑は聞くことができない。
お互い相手が見えないかのように振舞う姿は、今やこのお店の名物でもある。幸いなことに私はどちらとも接することが出来るので、
この問題は気に留めていないが、こなたやパトリシアさん達はさぞ大変だろう。忙しい時のハルヒの「みゆきさ…」と寸止めしすぐさま私に向かって、
「キョン! 何してるの!」と怒鳴る光景も私の「やれやれ」で済ますオチも、お客さんにとっては規定事項の様なものになった。
そうして原作のように私はハルヒに使い回されるのだが、そのような日にはこなたは決まって私との抱擁の時、ワンテンポ長くそして強く抱きついてくるのである。
「仕事だから」とは決して口に出さないこなたの謝罪が、こなたを先輩として、そして恋人として私の中で絶対のものになっていくのだった。
店内とバックヤードを仕切るカーテンを引くのはいつもこなたの役目で、今日もその決まりは守られた。
こなたはカーテンを開け放ち、腰に両手を置き店内を見渡す。お客さんの視線が集まる。毎回のことだが私はここで緊張の極みに達する。
こなたがいなければ私は逃げ出しているだろう、しかし小さなこなたの背中が『付いて来い』と私を励ましてくれる。
もちろん私はこなたにだったら、どこまでも付いていくよ…。私の緊張はこなたの大きな背中に吸い込まれていき、今日もアルバイトが始まった。
店内を一周しながらお客さんを一人残らず睨み付けるハルヒをほっといて、私は日下部たちの席へ向かう。
「ひ、柊… その格好は…」
唖然とする日下部、少し涙目だが気にしないでいいだろう。
「柊ちゃん、かっこいいわよ」
照れるが峰岸に褒められるのは、満更でもないな。
「柊先輩、目覚めたんっすね!」
違う。
「かがみ先輩… 素敵です… ね、みなみちゃん」
「…うん」
男装なら桜藤祭で見せたみなみちゃんの方がよかったわよ。
各々の感想を聞いて安心した。一々うなずき感謝する。では、始めるか。
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08/02/25 01:15:01 VXtZfXcf
「あー、本日はご来店ありがとうございます。まあごらんのように部室に毛が生えたくらいの安普請な喫茶店ですので皆様の満足にお答えできるかどうかは
定かではありませんが、俺の出来る事… と言ってもたいした事は出来かねるが…
まあなんだ、ゆっくりしていってもらうことには俺は幾ばくの努力も惜しまないので、御用の有る方はいつでもあそこにいる団長様以外のSOS団員にお申し出ください。
おっと先に言っておくがハルヒなんぞに迂闊に声なんて掛けたら怒鳴られるのがオチだ、それだけは忠告しておこう。もっともこの場合のあなたからの
ご依頼は直接俺の仕事になるのでその面からも切にお願いしたいものだ。
声を掛けるなら… そうだな朝比奈さんは注文を取るだけなら適切かもしれない、しかしその注文の品を運ぶのは彼女になる。いいのか?
朝比奈さんだぞ。目の保養と心の安定剤に医者から出される薬以外ではこれ以上ない特効薬かもしれんがいかんせんここは先にも述べた通りしがない喫茶店だ、
ここはおとなしく眺めておくのが得策だと思うがどうだろう。
言い訳がましくなるが俺が甘露より甘い朝比奈さんの真心入り特製茶を独り占めする気で進言しているわけではないことは解っていただけるであろう、
ただあの朝比奈さんだ鶴屋さんでさえ、んー鶴屋さんだからこそと言い換えたほうがいいか、朝比奈さんには食券のもぎりと水のお代わりしか
やらせなかったことを覚えているよな、それを踏まえた上での覚悟があるならぜひ朝比奈さんを使うがいい俺は止めはしない、
しかし警告はしたぞ明日目覚めが悪いのは勘弁してもらいたいからな俺はできる限りのことをした、自己満足でもいいさ俺の朝は自己満足で
満たされていればいいのさ。では残ったのは誰か… 俺か… やれやれ。ご注文をお受けします」
「ひ… 柊ぃ?」
口をぱくぱくさせるだけの日下部が面白い。他の四人は狐につままれたようだ。そもそもこの長台詞は、常連の女の子にしかしない特別なもの。
キョンに扮する私にもファンが出来て、その子らにせがまれる内にここまで長くなってしまった。
男性客には行わないので、これをしている間は店内が静まり返り男性の視線が集まる。こなたが言った「見られるのが仕事」の意味がわかったが、
まさかここまで見られるとは思わず、最初は小声になりがちだったのをこなたの「私にも聞かせて欲しい」の一言で披露できるようになった。
しかしこの五人には刺激が強すぎたかな? リアクションがないと恥ずかしいのだけど…。
「泉先輩がハルヒで柊先輩がキョンと言うことは… ありっす、全然オッケーすっ」
メモ用紙を取り出しスケッチを始める田村さんを、不思議そうに見守る日下部と峰岸。私も最初は何をしているのか解らなかったが、
どうやら私とこなたの絵を描いているようなので慌ててやめさす。
「すいません… 私、自重ー 自重ー」
「いい心がけね。団員にしてあげてもいいわよ」
声のする方に目を向けるとハルヒなこなたが、仁王立ちのまま田村さんの背後で睨みを利かせていた。
「ひよりん、わかってるよね?」
こなたの問いかけに必要以上にうなずく田村さん、どうしてだろうか?
「お姉ちゃん、ハルヒさんにそっくりだよ」
「ゆーちゃん、ありがとう。今日は混んでるからあんまりこっちに来れないけど、ゆっくりしててね」
「ユタカたち ナニか のみもの たのみマシタか?」
「すまん、朝比奈さん。まだ聞いてなかった」
「柊ちゃん、張り切っているわね」
「そんなんじやないわよ。仕事よ、仕事」
「柊の仕事場は制服着たまま仕事すんのか? なんで柊だけ皆と違うんだ? いじめか?」
隣のテーブルの常連の男性客が、日下部に冷たい視線を向ける。解ってない奴は来るな、と言っているのがなぜか聞こえる自分が嫌だ。
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08/02/25 01:16:09 VXtZfXcf
私は恥ずかしくなり、つい言葉を荒くする。
「こういう設定なのよ。わかったでしょ? あんたは、もう帰んな」
「うぎゅー。邪魔してねえじゃん、私もお客さんにしてくれよぉ」
「では ナニを のみますか?」
「私、コーラ」
「ただの飲み物には興味ありません!」
「ちびっ子、そりゃないぜ。メニューにも『コーラ』ってあるじゃんかよ。今日はみんな、おかしいってヴぁ」
取り乱さないでよ日下部。周りを見てよね。この店でおかしいのはあんただけだぞ。
すっかり元気をなくした日下部は、峰岸に支えられみゆきの説明を受ける事となった。
私はこの五人に付きっ切りにはなれない。私達は出勤日数が少ないレアなキャラのみくる(大)のみゆきにまかせて、各々の仕事をこなしていった。
夕食どきが過ぎ、慌しかった店内の空気も落ち着いた食後のひとときに変わろうとしたころ、来客を告げる鈴の音が店内に流れた。
接客に出たのはみくる(小)のパトリシアさん、お客さんはいつもの常連さんだった。
「今日は、長門はいないのか?」
このお客さんは長門さんをお気に入りで、いつも指名してくる方だ。聞くところによると毎日部室で朝比奈さんの淹れてくれるお茶を飲んでいるそうで、
長門さんの淹れる無機質な味のお茶がご所望らしい。裏で淹れているのはつかさだから味は一緒なんだけどね。
そしてどうやらハルヒには関わりたくないらしく、こなたが近づくとわざとトイレに行ったりする変わったお客さんだった。
「本人がキョンだと思ってるなら、そのように接客しなきゃいけないのだよ。かがみん」
隣で耳打ちするこなたの解説に私の出番はないと判断して、私は追加注文が無いか店内を流し始めた。
「ひぃ… じゃなかった、キョンさん。なんかめんどくせえな…。コーラ下さい」
「ああ、待っていてくれ」
「みさちゃん、コーラばっかり飲みすぎよ。これで最後にしなさい。私はレモンティをお願いするわ」
「了解だ」
「私達はオレンジジュースでいいよね、みなみちゃん」
「…うん」
「二人で一つのジュースを… うおおおお! 最高っす。このシチュ、たまらないっす!」
「二つに決まってるだろ。田村さんは頼まなくてもいいのですか?」
「柊先輩、少し怖いっす」
「私がぶっきらぼうに話とこうなるのよ。私を知らない人は大丈夫そうだけど、やっぱり違和感があるわよね」
「大丈夫っす。その辺は脳内変換して楽しみますから、あ、お茶、お願いです」
「強いわね…」
注文を届けにキッチンへ向おうとした時、パトリシアさんの声が異変を告げた。
「なんども イッテ ますが ナガトさんは キョウは さきに かえりマシた」
「そんな分けないないだろ。俺が来るときは待っていてくれるはずだ。先に帰ったりしないぞ長門は」
「デスから キョウは いないのデス」
今にも掴みかかる勢いで、パトリシアさんに迫るキョンもどきに私は動いた。
「ちょっと待ってください。帰っちゃったんだから仕方ないでしょ」
キョンもどきは私を睨みつけ、それからまじまじと私の身体を嘗め回すように観察すると、
「気が付かなかったけど、お前もかわいいな。谷口ならBBマイナーを付けるな」
長門より下かよ…。マジむかつく。しかし笑顔を作って接客する。
「今日は長門さんがいませんので、私がお世話をいたします」
「お前は俺だろ? まあいいや。うな重頂戴」
「今は無い」
「…駄目だな。俺じゃあ雰囲気が出ない。お前、俺やめて普通の格好でおいでよ。かわいがるからさ」
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08/02/25 01:17:13 VXtZfXcf
手首をつかまれた私が、恐怖に支配されたのは言うまでもないだろう。どうしてこんな怖い目に会わなきゃいけないのよ…。
「お客様、お待ちください。その手をお放し下さいませんか?」
小野店長が間に入る。
「誰だ、お前は」
「僕は店長の小野だいすけです。おっと、今は古泉と名乗るべきでしたね」
「どっちでもいいよ。ってか顔、近い」
「あまりうちの団員を困らせないでください。あちらに控えています団長の機嫌が損なわれますと、僕の仕事が増えるのです。これはちょっとした恐怖ですよ」
「大丈夫だよ。ハルヒなら俺がキスしたら、機嫌よく平凡な日々を過ごしてくれるから」
そう言って立ち上がり、みゆきに止まられているこなたの元へ向かい、こなたの両肩を両手で押さえつけた。
あまりの突然さにこなたは一歩も動けず、ただ唖然とするだけだった。キョンもどきの唇が目標を捉える。
「待ちなさい… 待てよ俺!」
私の一言でキョンもどきの動きが止まる。キョンもどきは、時空を超えてやってきた自分の姿を見たかのような顔で驚いた。
この隙に私はこなたとキョンもどきの間に割って入り、あの台詞を口にした。
「俺、実はポニーテール萌えなんだ。いつだったかのお前のポニーテールは、そりゃもう反則的なまでに似合っていたぞ」
キョンの唇がハルヒの唇に重なった時、店内の音がすべて無くなった。ついでにキョンもどきの姿も店内から消え、異常な空間の終結を迎えることとなった。
最初に動いたら負け。そんなゲームをしている場合ではないのだが、暗黙のルールに支配された店内では敗者になるのを恐れた参加者が、懸命に戦っていた。
私は唇に残る軟らかさと温もりの余韻に浸る間も無く、一つの事実を確認するだけで精一杯だ。
こなたとキスしちゃった…。
成り行きだけでしてしまった。それも皆が見ている前で、知らない人も大勢いる前で、つかさも、みゆきも、日下部も峰岸もみなみちゃん、
ゆたかちゃん、パトリシアさん田村さん、みんな揃ったその前でしてしまった…。
ファーストキスをこなたと交わした喜びより、後悔のほうが大きい。だって… 大切にしたかったから、一生に一度の思い出を…。
それをどうしてこんな茶番でキスをしないといけないのよ、これだったらまだこなた意外の人としたほうがましよ。
こなたの目を負い目から見られない。こんな方法であの男を引き離さなくてもよかったよね。他に方法あったのに…。
「こなた。ごめん」
私はそれだけ言ってその場から離れた。そして空元気を作ってつかさに、
「コーラとレモンティ、それとオレンジジュースは二つ、あとお茶お願いします」
五人の注文を通した。目の前が曇ってきて、みんなの顔なんて見られないよ…。
「今日はお帰りなさい。かがみさん」
小野店長の言葉に私は流されるように、店内からバックヤードへ足を運んだ。そして休憩室兼更衣室の中で私は崩れ去った。
こなたとのキスがこんなにも辛いものになるなんて、思いも寄らなかった。
電気もつけず外の明かりが辛うじて部屋を浮かびだす中、私は床に腰を下ろして放心していた。
こなたに来て欲しい、そして今の私を慰めて欲しい。
こなたに来て欲しくない、こなたに合わせる顔なんてないから。
二人の私が対極に意見する。しかし、内心はわかっている。こなたに会いたい。
一時間か、二時間か… 時間の概念がなくなりかけた頃、休憩室の扉が開いた。暗闇にいた私は一瞬で目が眩み、前が見えなくなった。
「かがみ、さぼっちゃ駄目だよ」
こなたの声に怯える。このまま私の目が見えなくなったら、こなたの哀しそうな顔を見ないで済むのかな…。
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08/02/25 01:19:08 VXtZfXcf
明るさに慣れてくるほどに、こなたの顔が形を作っていく。
「かがみ、時間だよ。行くよ」
どこに行くのか思い当たらない。私は首を横に振る。
「何言ってるのさ。行かなきゃ、お店の片付け、終わんないでしょ」
そう言って私の手を引く。こなたのもう片方の手には、口をまとめたゴミ袋が握られていた。そうか、ごみ捨ての時間になっていたのか…。
「早く持ってよ。重いんだから」
うん、とうなずき私はゴミ袋の半分を持つ。沈黙を保ちながら私達は歩いた。共同のゴミ捨て場に着いた私達は、いつものようにごみコンテナにごみを入れた。
私は踵を返し、お店へと向かう。刹那、背中に衝撃が走る。私のお腹の前で組まれたこなたの腕が、その衝撃がこなたの頭であったことを説明する。
「かがみ、忘れ物」
言いたいことがあるのに言えなかった日は、決まってここで抱き合っていた。そんなことも私は忘れようとしていたのか…。
こなたの腕を引き離し、私は向きを変える。上目遣いで見上げるこなたに、愛おしさを隠し切れない。
いつもは黙って抱きしめるのだが、今日の私は違った。こなたの腰に回す手はこなたの肩をつかみ私は腰を曲げ、目を閉じた。
私が体験したことのある感触が唇をおおう。こなたの吐息が私を溶かす。心配かけてごめんね。
身体を離してこなたを見つめた。猫口の顔はこの幸せをどう表現したらいいのかわからず、戸惑っているようにも思える。
「こなた、私ね…」
私の言葉をさえぎって、こなたは話し出した。
「ファーストキスがゴミ箱の前なんて、私考えたこと無かったよ」
「え? だってお店で…」
「あれはハルヒとキョンでしょ? 私達はこなたとかがみだよ。私達のファーストキスはこのゴミ箱の前っ。かがみが今、私にしてくれたんだよ。忘れないでね」
「えっ… こなた… うん…」
「私もかがみがキスしてくれるのを、ずっと待ってたんだよ。かがみはヘタレ攻めだからね」
「なによ… それ」
「で、キョンかがみはポニーテール萌えなのかな? だったら私も明日は学校に、ポニーテールで行こうかなー」
「何言い出すのよ。そんなことしたら、みんなに誤解されるじゃない。それに… 私はあんたのその髪が好きなのよ。目印にもなるし」
「かがみってさぁ、キスするときの顔かわいいよね」
「な、何言い出すんだ! 目を閉じておけよ! み、見るなよ!」
「こーんな顔だったよ」
最高の笑顔で私を見つめるこなたを私は抱きしめた。何よ、私の顔じゃなくてあんたの顔でしょ。
嬉しいんだから誰でもそんな顔するわよ。けどあんたは間違っているよ、私は泣いているのよ。嬉し泣き、あんたに出来る?
623:7-428
08/02/25 01:21:14 VXtZfXcf
今日は以上です。
私の作品は、スレの急激な伸びを楽しむものです。
次のスレを立てなければ…。
624:名無しさん@お腹いっぱい。
08/02/25 01:29:58 OLNWRiHH
次スレ立てました
【らき☆すた】こなた×かがみPart15【こなかが】
スレリンク(anichara2板)
625:名無しさん@お腹いっぱい。
08/02/25 03:23:40 p/nbq1KE
>>576
GJ!
一体本当にこなたは何を言ったんだろう…
うぅむ…些細なことなのはわかったけど、早く仲直りして欲しいよー
かがみ、何とかしてこなたを捕まえないと手の届かないところに行っちゃうぞ…そんな予感。
>>591
GJ!
うっわぁ・・・ニヤニヤが止まらない俺きめぇwww
体調が悪い時って寂しくなりますよね。
人恋しくもなりますし…
なんとなくこなたなら、連絡がなくてもかがみの体調を察知してお見舞いにきそうだ
こなたはかがみの滋養強壮剤にもなれるんだ