【ノーマル】ローゼンメイデンのSSスレ 8【一般】at ANICHARA
【ノーマル】ローゼンメイデンのSSスレ 8【一般】 - 暇つぶし2ch497:雪華綺晶はここにいる 15/38
08/07/02 01:13:35 Vu3UqG8N
捜査を開始して真紅が見つけたと騒いだ「手がかり」は10個以上。そのうち、事件解決に
役立ったものは一つとしてない。全て真紅の思い違いと勘違いによるものだ。それに度々
付き合わされた翠星石としては当然の感想であった。

「捜査に必要なのはッ! どんな小さなことも見落とさないッ! 観! 察! 力!」

拳を力強く握り締め、心酔するくんくんの口癖を昂然と叫ぶ真紅。
その大声に、体力を消耗して手近なベッドにうつ伏せになったままの雛苺が
のっそりと顔を上げた。

「真紅。犯人たいほ…なの?」

「そうよ雛苺ッ! さあ貴女達! しっかり頭を働かせて姉妹の気配をさぐって
 御覧なさい! ここから離れたフィールドに薔薇乙女の力を感じるはずよ!」

尋常でない様子の真紅に圧倒されて、2人が彼女の言われたとおりにしてみると、確かに
かなり遠い位置の世界に薔薇乙女の力が存在している事を感じ取ることができた。

「本当なの! 真紅すごいのよ!」

決定的な手がかりを掴んだことで、滞っていた調査が一気に進展したことに喜ぶ雛苺は
たまっていた疲労も消し飛んだらしい。はしゃいで回る雛苺の様子に、真紅はより一層
気を良くする。そんな2人とは対照的に、翠星石は頭に沸々と湧く不審な点と違和感を
反芻した後、おずおずと口を開いた。

「少し待つです、真紅。翠星石もさっきからちょくちょくローゼンメイデンの気配を
 さぐっていましたが、全然見つからなかったのです。
 何で今いきなり気配が現れるです?何かおかしくねーですか…?」

翠星石の言い分はもっともだった。姉妹の存在を確認できる限界距離の内側に犯人が
潜んでいたのなら、今まで見つけられなかったはずがない。実際に気配は感じなかったの
だから、犯人は限界距離の外側まで逃げてしまったと考えるのが妥当だ。
しかし今になって、かなり離れた位置に姉妹の存在を翠星石達は感じている。
下手人のいる場所はここからかなり遠い。
この距離は、存在を感じ取れる限界距離を大幅にオーバーしているのではないか?
まるで目視できる距離を遥かに超えた先にある山が噴火し、大地を揺らす圧倒的な
威力の振動によってその噴火を感じ取るかのようだ。
その違和感を論理的に説明できるほど翠星石は賢くなかったし、たとえできたとしても
冷静さを欠いている今の真紅はまともに聞き入れはしなかっただろう。
雛苺はそもそも彼女に高度な論理的思考など期待する方が馬鹿げている。

「そんなことはどうでもいいの! 犯人が動き始めたからに決まっているでしょう!
 さあ! 犯人がまた雲隠れしてしまう前に、さっそく現場へ向かうのよ!
 私達薔薇乙女探偵団の初陣を、見事勝利で輝かせるために!」

「う…初陣って…こんなアホらしーことまた繰り返すつもりですか…?」

事件の解決と犯人確保という探偵冥利に尽きる至福の瞬間。それを目の前にして
常に真紅に漂う淑やかな雰囲気は微塵も残さず消し飛び、今や躁狂の程を呈して有り余る。
興奮もあらわな真紅の先導に、雛苺は満面の笑みを浮かべて続く。
翠星石はそんな興奮状態の真紅に呆れつつも、憎き水銀燈から蒼星石のローザミスティカを
取り返すべく、決意も新たにして真紅の隣を飛翔する。
翠星石は自分の感じた違和感の正体を熟考し、真紅は翠星石の発言内容を冷静に
吟味するべきであった。姉妹の存在を感じ取る限界距離の遥か外側から薔薇乙女の
力を感じ取るという矛盾。その真相はつまり、真紅達が目指す場所に構える者が
広大な空間距離をも越えて伝播させるほどの巨大な力をもっているということに他ならない。
真正面からぶつかるにはあまりに危険な敵の存在。それに思い至る者は3人の中に
一人もいなかった。

498:雪華綺晶はここにいる 16/38
08/07/02 01:16:31 Vu3UqG8N



下手人と推定される薔薇乙女が潜むフィールドは、緑の木々に覆われ、清澄な空気に
満たされた森の世界だった。
真紅達は長い飛翔移動の果てにたどり着いたフィールドの地を踏みしめて、ここのどこかに
いる姉妹の気配を追って森の中を歩いていく。
真紅達に先んじてこの世界へ到着していた水銀燈も、自身を愚弄した妹に制裁を下すべく
薔薇乙女の力の出所へ向かって進んでいた。
目指す場所が同じなだけに、真紅達と水銀燈が出遭うのは必然であった。
目の前に現れた3人の薔薇乙女の姿に水銀燈は瞠目し、一方で真紅は事件の
第一容疑者である水銀燈を発見し、真紅がジュンの心の領海で見た第二の容疑者である
謎の白いドールをどこにも見つけられないことから、水銀燈が事件を起こした張本人であると
確信した。

「そう…。そういうことだったの」

先に口を開いたのは水銀燈だった。その静かな声はかすれ、彼女の真紅の瞳には何の色も
浮かんでいない。怒りと失望が渾然となった激情はその顔に浮かばず、ただ握り締めた拳を
わななかせるだけだ。
めぐの見た白い少女の姿と眼前の3人のそれが一致しないのは、大方水銀燈をかく乱する
ために仮装か何かでもしていたのだろう。
随分手が込んでいる事だ。
挑発に挑発を重ね、怒りに駆られた水銀燈をこうしてnのフィールドまで誘い込み、まんまと
罠にかかった獲物を3人で袋叩きにする。そんな卑劣な策を練っていたのが、よりにもよって
真紅だったとは。
実力では薔薇乙女の中で自分と唯一対等の妹だと認めて警戒し、同時に一目置いていた
真紅が、こんな汚い罠にはめようと画策する卑怯で悪辣な存在だったとは。
彼女が事あるごとに掲げるアリスゲームの平和的終局が聞いて呆れるというものだ。
言葉巧みに翠星石と雛苺を抱きこんで協力し、水銀燈を倒して彼女のローザミスティカを
首尾よく奪った後は…幼稚で間抜けな雛苺でも闇討ちする腹だろうか。
真紅に対する幻滅と失望は、乾いた笑いとなって水銀燈の喉から搾り出される。
邪悪な手段でアリスに至ろうとする眼前の紅い佇まいの少女への哀れみと軽蔑の情に押され、
一度は胸の奥に沈んだ憤怒が、再び煮えたぎる溶岩のように吹き上がり、水銀燈の
総身を狂おしいまでの怒りで焼き尽くす。
確かに真紅の謀略にはめられて1対3という不利な状況へと追い込まれた。
戦いが厳しいのは明らかだ。しかしそれが何だというのか。
思考を沸騰させる獰猛な怒りは、そんな状況の不利でさえ瑣末であると切って捨てる。
澄ました顔をして姉妹を奸計に陥れる眼前の妹は、神聖なアリスゲームを真の意味で
穢す度し難い存在だ。もはや一秒たりとも生かしてはおけない。
今すぐに水銀燈自身の手で誅殺し、あの俗物をゲームの盤上から排除する必要がある。
水銀燈の怒りの程が臨界を迎え、今まさに戦闘態勢に入ろうとした時に、真紅は彼女を
右手で指差し、高らかに言い放った。

「水銀燈! 貴女が事件の犯人ね!」

「………………………え?」

全く考えもしなかった真紅の発言に水銀燈は呆然とし、自分の耳と相手の正気を同時に疑った。
真紅の顔は自信に満ち溢れ、自分の言葉に酔いしれているかのような雰囲気さえ窺わせる。

「水銀燈! この翠星石の根城にのこのこ現れるとはいい度胸してるですね!
 のりを脅かしたことを認めて謝罪するです!
 それと蒼星石のローザミスティカ返しやがれですぅ!」

「もうしょうこはあがっているのよ水銀燈! ねんぐのおさめどきなのよ!」

499:雪華綺晶はここにいる 17/38
08/07/02 01:20:03 Vu3UqG8N
真紅に続き、翠星石と雛苺にまで指を差されて好き勝手に言われる水銀燈。
彼女からすれば全く身に覚えのない、理解不能な仕打ちだった。

「……何を訳の分からないことを言っているの?
 貴女達が私を騙してここに誘い込んだんでしょう…!?
 この水銀燈の恐ろしさはまだ分からないバカな子は…」

「往生際が悪いわね。水銀燈。見苦しくてよ」

怒気みなぎる水銀燈の言葉を遮って、真紅は悠然とかぶりを振った。彼女の凛然とした
眼差しには、確信と同時に水銀燈に対しての哀れみの色が込められている。

「いくらとぼけてもこの真紅には通用しないわ。証拠は揃っているのよ。
 貴女がジュンの家の鏡から覗き見をしていたことは、この私の推理と
 のりの証言から明らかなの。無駄な抵抗はおやめなさい」

「ジュン…? 鏡…? 覗き見…? 何おかしなこといってるの?」

「まだ知らん振りするかですぅ! とっとと白状するです!」

「水銀燈があんなことするなんて、ヒナは思っていなかったのよ。
 まじめでやさしい人だったのに…ヒナ悲しいのよー」

口々にそんな事を言われて、水銀燈は混乱の極みにあった。水銀燈を謀ったのは
真紅達のはずなのに、なぜ彼女達から自分が犯人扱いされているのか、全く分からない。

「水銀燈…。探偵に犯罪の証拠を突きつけられた犯人は皆、自分の負けを
 認めて動機を告白するものだわ。素直に敗北を受け入れてごらんなさい。
 きっと気持ちがすっきりするはずよ。
 さあ。なぜあんなことをしたのか理由を話してみなさい。黙って聞いていてあげるから」

自分自身に陶酔するかのように大げさな身振り手振りで話を続ける真紅には、普段の
彼女らしい淑やかな雰囲気が皆無だ。余りにも痛々しい狂態を余すところなく晒している。
水銀燈からすれば支離滅裂なことをまくし立てる真紅達は、常軌を逸しているようにしか
思えない。
よく見てみれば、真紅は妙な帽子とケープを身に着けている。
薔薇乙女を生み出したローゼンは神にも等しい存在だ。ローゼンの創った身体と
ドレスの上に余計なものを身に付けるということは、彼の意匠と造形を否定するにも等しい
最大の侮辱と冒涜である。そんな涜神じみたことを平気で行い、真紅らしからぬ卑劣な
策略に打って出るという変わり果てた今の彼女を見て、水銀燈はようやく今の状況を把握し、
そして納得した。
今の不可解な状況を明快に説明する解答を、水銀燈はようやく得たのだ。

「真紅。貴女、可哀想ね」

水銀燈の身を焦がしていた激怒も今では消え去り、後に残ったのは憐憫の情だけだ。
彼女の紅い瞳に宿るのは怒りでも憎しみでもない。哀れみの色だった。

「前々から変な子だとは思っていたけれど…とうとう頭がおかしくなっちゃったのね。
 そんなヘンな格好をして、訳の分からないことを話し続けて、取り乱して」

見る影もないほど豹変してしまったかつてのライバルを見て、水銀燈の胸を空しさと
哀しみが吹き抜ける。自分を支えていた柱の一つが壊れて崩れてしまったかのような、
張り合いを失ったかのような喪失感を彼女は覚えていた。

「……ヘン…ですって…? 訳が分からない……ですって…?」

500:名無しさん@お腹いっぱい。
08/07/02 01:20:22 dk7hfGDI
ほんと糞キムって役立たずで嫌われ者のクズだな

501:雪華綺晶はここにいる 18/38
08/07/02 01:22:36 Vu3UqG8N
真紅の声色が決定的に変化したことに気づき、彼女の後ろに控える雛苺と翠星石が
びくんと身体を震わせて、その顔を青ざめさせていく。
それは真紅がくんくんに入れ込む情熱の程を知る者だけに許された反応だった。
静かに怒りにわななく真紅の様子には気づかずに、水銀燈は視線を雛苺と翠星石に移す。
思慮に欠ける幼児に等しい雛苺は仕方ないにしても、翠星石まで真紅の狂気に
侵食されているというのは同じ薔薇乙女の姉妹として、水銀燈には嘆かわしく思われた。

「手荒な真似はしたくなかったのだけれど…犯行を認めないなら仕方ないわね。
 水銀燈。
 あらかじめ言っておくけれど、私は暴力でアリスゲームを制するつもりはないわ」

「よく言うわね。雛苺と翠星石を連れてきておいて。
 三人がかりで私を仕留めるつもりでしょう」

水銀燈の言葉にも、真紅はまるで聞こえていないかのように反応しない。
実際に怒りに駆られて聞こえていなかったのかもしれない。
真紅の青く澄んだ瞳は今や烈火の怒りに赤く染まっている。

「だからこれはアリスゲームには関係ない、薔薇乙女探偵団による犯人逮捕よ。
 聞き分けのない犯人は、力ずくで確保されても文句は言えないのよ」

意味不明な口上を並べて、結局は自分を袋叩きにするつもりの真紅を、水銀燈は
哀れむ以外にない。
今の真紅は痛々しくて見るに耐えなかった。ここまで錯乱して逸脱してしまった真紅など、
水銀燈は見たくなかった。いっそこの場で潰してやった方が情けというものだ。

「真紅…。本当に壊れちゃったのね。
 惨めだわ。
 もう貴女はこの水銀燈にここで倒されなさい。
 そのまま無様に堕落するよりも、その方が幸せというものよ」

「雛苺。翠星石。水銀燈を捕まえるわよ。探偵の領分を越えているけれど、
 事件解決のためには仕方ないわ。彼女をジュンの家まで連行して自白させるわ」

「うぃ!」

「わかったです! 覚悟するですよ水銀燈! オマエにカツ丼地獄を味わわせて
 やるですぅ!」

臨戦態勢に入った真紅達3人を冷然と見据えて水銀燈もまた翼を展開し、眼前の
卑劣な妹達を殲滅するべく行動を開始しようとする。
その時だった。

「この金糸雀をさしおいて、一体何を盛り上がっているのかしら?」

木々の間から4人の薔薇乙女の前に現れたのは、開いた日傘のはじきを肩に乗せた
金糸雀だった。全く予期しなかった薔薇乙女の出現に、他の4人は呆気に取られて
悠然と笑う彼女を見つめる。

「何よ。あのちびっこいのは」

冷えた眼差しを金糸雀に向けながら、水銀燈は誰に問うともなく呟く。
他の姉妹同様、水銀燈も金糸雀の顔を覚えていないらしい。

「金糸雀……? どうして貴女が今、ここにいるの?」

「翠星石たちに構ってもらいたくて追ってきた…です…?」

502:名無しさん@お腹いっぱい。
08/07/02 01:24:23 dk7hfGDI
糞キム出てくんなクズが
死ね

503:雪華綺晶はここにいる 19/38
08/07/02 01:25:44 Vu3UqG8N
「金糸雀も真紅のジョシュになりたい…なの?」

各々の質問には答える事無く、金糸雀は沈黙を保ったままだった。その緑色の瞳には
暗い影が差していたが、そんな微妙な変化にはこの時点では誰も気づかない。

「誰なのか知らないけれど、この私に自分から姿を見せるなんて…マヌケな子ね。
 貴女もついでにジャンクにしてあげるわ」

不敵に笑う水銀燈へ目を遣った金糸雀は、展開していた日傘を閉じて胸の前で掲げ持つ。

「ピチカート!」

主の命に応じて現れた人工精霊は、日傘の周りを螺旋状に周回飛行し、瞬く間に日傘を
ヴァイオリンへと変化させた。
左肩にヴァイオリン本体を乗せて右手に弓を掲げた金糸雀は全く躊躇する様子を見せずに、
本体に設えられた弦に弓の毛を添えて演奏を開始する。

「!?」

あざやかな音色は強烈な突風と化し、油断していた水銀燈を空まで吹き飛ばす。
彼女の油断も無理からぬ。水銀燈が軽く挑発したとはいえ、何のためらいも通告も示さず
即攻撃に移るような姉妹の存在など、彼女は想像だにしなかったからだ。

「金糸雀…!? 貴女…一体何を…!?
 水銀燈を捕まえるにしても、やり方が乱暴すぎるわ!」

ありえない事態に狼狽の声を上げる真紅に顔を向けた金糸雀には、普段のドジで明朗な
彼女らしい雰囲気が微塵もない。刃のように鋭く冷たい視線は水銀燈のそれにも匹敵する。

「金糸雀…何かこわい感じなの…」

「なに先走ってやがるのですオバカナ!
 何にもしてねーくせに美味しいとこだけもっていこうとするなです!」

うろたえる真紅に怯える雛苺、怒る翠星石を冷たく見据える金糸雀は勝気な笑みを浮かべ、
満を持したように口を開く。

「カナは、貴女達を倒しに来たかしら。計画なんかに頼らなくても、
 実力で貴女達を倒せることを証明してあげるかしら」

ヴァイオリンから紡がれる旋律は烈風に変換され、真紅達をまとめて軽々と吹き飛ばす。
その威力は普段の彼女のそれと比較にならないほど強力だ。
初撃を食らって弾き飛ばされた水銀燈の傍に落下した真紅は、ダメージにうめきながら呟く。

「どういうことなの…? 何故金糸雀が私達を…。まさか真犯人は…金糸雀…!?」

「…………」

地に倒れ伏したままそう独り言つ真紅を見下ろして、水銀燈もまた考えを巡らせた。
真紅が水銀燈を指差し犯人だ何だのとわめいていたのは、頭がおかしくなってしまった
彼女の狂言か妄言だと水銀燈は思っていたのだが、突然現れた金糸雀によってその認識を
改める必要に迫られた。
水銀燈のみならず、真紅、雛苺および翠星石の4人をまとめて倒そうとしている金糸雀は、
水銀燈を誘い出した事件に大きく関わっていると考えるしかない。金糸雀が偶然この場に
現れたにしてはタイミングが良すぎるからだ。4人揃うのを狙っていたとしか考えられない。
金糸雀が真紅達も同時に攻撃していることから、互いが手を組んでいないことは明らかだ。
それどころか、真紅達は金糸雀の出現を予期すらしていなかったような発言をしている。

504:雪華綺晶はここにいる 20/38
08/07/02 02:01:16 Vu3UqG8N
ここから導き出されるある仮定―実は真紅達も水銀燈と同様に何者かを追ってここまで
誘導されたのではないか?
常軌を逸した発言や格好をしている真紅が実は正気であり、何らかの事件を解決する
ために犯人を追ってここまでやってきて、犯人を水銀燈と勘違いしていたと仮に考えるのなら、
全てつじつまが合うのではないか?
にわかに信憑性をおびてきた真紅の言葉と今の状況を検めた水銀燈は、低く抑えた声で
真紅に問う。

「昨日の夜に鏡の中に現れた妹を探して、私はここに来たの。
 真紅、もしかして貴女も―」

そんな水銀燈の発言に、真紅は驚いた顔を彼女に向けた。

「家来の家の鏡に現れた姉妹を追って、私達はここまで来たわ。
 水銀燈…貴女ではなかったの…?」

「ふざけないで。そっちに行ってなんかいないわよ。
 どうやら私も貴女も嵌められたようね。
 あの金糸雀とかいう妹に」

真紅の双眸に怒りを滾らせて金糸雀を睨む水銀燈。それに気づき、真紅が慌てて止めに入る。

「待ちなさい水銀燈! 金糸雀は元々アリスゲームに消極的な子よ。
 どこか様子がおかしいわ。鏡に現れたのが貴女じゃないのなら、
 白いドールが関わっているのかも…」

「煩い! こうして仕掛けてきてるのだから、あの子が犯人に決まっているでしょう!
 小賢しい罠でアリスゲームを穢す子は、この水銀燈が容赦しない!」

真紅の制止の声も聞かずに突貫する水銀燈を見取って、金糸雀は次の攻撃態勢に移った。



そんな戦いを高みから見下ろす金色の瞳が一つ。雪華綺晶だった。
気配を薔薇乙女に認識されない彼女は、大胆にも戦いの場からいくらも離れていない木の枝に
ゆったりと腰を落ち着けて彼女らの動向を見守っている。
能面のようなその顔は、本当に熾烈な戦いの光景が目に映っているのかどうかも疑わしい。
金糸雀を利用して、雪華綺晶以外の薔薇乙女を全滅させること。
これが雪華綺晶が実行した計画の全容だった。
雪華綺晶は他の姉妹と違い、アリスに至るために7つのローザミスティカを1つに束ねるという
手段を採らない。彼女は薔薇乙女の媒介の心を奪うことでアリスになろうとしているドールだ。
そのため、狙うのは薔薇乙女の体内に封入されたローザミスティカではなく、媒介の方だ。
しかし媒介を狙う上で、薔薇乙女の存在がどうしても邪魔になる。
なぜなら薔薇乙女の媒介は彼女達が活動し戦うためのエネルギー源であり、死守するべき
存在だからである。雪華綺晶が媒介を狙おうとするなら、そうはさせまいと自身の媒介を守るために
必ず薔薇乙女達は反撃にでるだろう。
ならばどうすればいいのか? 答えは至極簡単で、先んじて邪魔な薔薇乙女達を排除すれば
いいのである。無論、薔薇乙女達の行動を監視し、彼女らの隙を狙って媒介を手中に収めるという
手段も隠密を特技とする雪華綺晶としてはやってやれないことはないが、手間と時間が掛かりすぎる
煩雑な方法の上に、どこかで失敗した場合薔薇乙女との直接対決を強いられることになる。
他の姉妹と比較して際立った戦闘手段をもたない雪華綺晶としては、なるべく避けたい事態だ。
そんな面倒でリスキーな手を採らなくても、雪華綺晶の行動を妨害する薔薇乙女達を先にまとめて
消しておけば、媒介は自分の身を守る手段を失うことになる。そうなれば後は無防備の媒介を
悠々といただくだけだ。赤子の手をひねるよりも簡単である。
金糸雀は今、雪華綺晶に魅入られて敵愾心を全開の状態にされている。
金糸雀の心に潜む、他の姉妹に認めてもらいたいという承認の欲求を増幅させられたのだ。
相手の心理の弱点につけ込むことが得意な、雪華綺晶ならではの方法だった。

505:雪華綺晶はここにいる 21/38
08/07/02 02:03:37 Vu3UqG8N
その上、雪華綺晶の傀儡である金糸雀の力を底上げするために、彼女はある細工を
金糸雀に施していた。
薔薇乙女がnのフィールド内に入ると、彼女らと媒介を繋ぐ力の供給ラインは一時的に
途切れてしまうのだが、金糸雀を通して現実世界に居る彼女の媒介まで力を逆流させた
雪華綺晶は、指輪の契約による供給ラインの接続を強引に強化した。
今や金糸雀はnのフィールド内にいながら十全に媒介から力を吸い上げられるのである。
それどころか、雪華綺晶の指示一つで、媒介が死ぬ限界ギリギリまで力を無理やり
吸い上げられるようになっている。
そうすれば金糸雀の戦闘能力は、一時的にせよ薔薇乙女の中で最強になるはずだ。
さらにこの計画を磐石にするのは、真紅、雛苺および翠星石の3人がnのフィールド内での
戦闘を強いられるという今の状況にある。彼女達は今、媒介からの力を得られない。
必然的に彼女らの戦闘力は半減し、金糸雀が勝つ見込みはさらに大きくなる。
金糸雀を使って真紅ら3人を文字通り粉々に粉砕し、水銀燈のみを再起不能のまま
生かした状態に追い込むことができれば、もう金糸雀は用済みだ。雪華綺晶の支配下に
ある彼女を操って、自害させるだけで事足りる。
もしも金糸雀が負けても、それはそれで構わない。雪華綺晶にとって邪魔な薔薇乙女が
一人消えるだけだ。前者に較べて利益は少ないが、それでも得るものはある。
つまり金糸雀が勝とうが負けようが、結局雪華綺晶は得をするのだ。
金糸雀と水銀燈が本格的な交戦に入ったのを見届けた雪華綺晶は、全く躊躇する事無く
禁断の指示を下す。媒介から吸い上げられるだけ力を奪え、という指示を。
姉妹を姉妹とも思わずに、チェスゲームのごとく盤上の手駒を動かして局面を進めていく
雪華綺晶。悪魔のようなこの計画を平然と実行する彼女は、相変わらず眉一つ動かさずに
眼下の光景をぼんやりと見つめていた。



雪華綺晶の指示により媒介から力を過剰に吸収し続ける金糸雀は、それを余すところなく
たけり狂う暴力に変換する。

「最終楽章、破壊のシンフォニー!」

宙に浮いた金糸雀の周囲を取り巻く竜巻は、彼女の近くの木々を手当たり次第に吸い上げ
嵐の中で瞬く間に粉微塵にする。最強の技をいきなり繰り出した金糸雀には、遊ぶつもりも
出し惜しみするつもりもまるでない。一気に勝負をつける気だ。
水銀燈は翼を展開して増大させ青く燃えたぎる羽を無数に射出した。水銀燈とアリスゲームを
愚弄した度し難い妹を矢ぶすまに仕留めてのけることで、怒れる彼女の誅戮を示してみせる。
そのつもりだった。
しかし圧倒的速力の竜巻を前にして、彼女の攻撃はまさに風前の灯だった。
風の壁に羽が触れた瞬間に青い炎は消し飛び、同時に羽も残らず微塵切りにされる。
更なる怒りに昂ぶる水銀燈は、眼前で大量の羽を凝縮し始めた。
通常の数倍の密度の羽から構成されるそれは、彼女の身の丈を数倍する黒槍だった。
その硬度は本物の鉄槍にも匹敵し、全力で飛ばしたときの威力は岩の壁をも穿つ。

「ジャンクになりなさい!!」

怒号と共に風の渦の中心にいる金糸雀めがけて射ち出された槍は、容赦なく標的の胸を
串刺しにする。そう信じていただけに、立て続けに起こった事態に水銀燈は唖然とする。
必殺の勢いで飛ぶ槍は竜巻の中ほどで動きを止め、風の膨大な運動エネルギーに屈して
渦の流れに巻き込まれた。金糸雀の周囲を螺旋状に回る槍は、程なくして中心に近い
位置から2つに折れ、4つに折れ、跡形も残さず切り刻まれる。
風の刃が複雑に絡み合う竜巻の渦中は、もはや超強力なミキサーも同義だ。
捉えた物体のことごとくを八つ裂きにする鏖殺の攻勢防壁。
そんな絶大な風の要塞を前にしても、次々と溢れ出る怒りに血色の瞳をなお赤く染めて、
水銀燈の闘志は微塵も揺らがない。

506:雪華綺晶はここにいる 22/38
08/07/02 02:06:22 Vu3UqG8N
「レンピカッ!!」

みなぎる怒気もあらわに、水銀燈は蒼星石から継いだ人工精霊の名を叫ぶ。
彼女の右手の近くを素早く飛翔する青い瞬きは、一瞬後には水銀燈に庭師の鋏を
握らせていた。
鋏を振りかぶり渾身の斬撃を竜巻に向かって見舞うと、刹那ではあるが中心の金糸雀へと
続く通り道が斬り開かれる。
それぞれに個性的な攻撃手段をもつ薔薇乙女達の中でも、蒼星石の武器である庭師の鋏は
切断にのみ特化している分、その斬撃の威力は凄まじい。
苛烈な破壊力の竜巻も、この鋏の前にはわずかではあるが遅れをとった。
この機を逃すまいと、水銀燈は風の壁に空いた道を全力で飛翔する。その右手には鋏が
携えられたままだ。度重なる屈辱に水銀燈の思考は烈火ので憤怒沸騰している。
手ずから金糸雀を真っ二つにしてやらなければ、もはや彼女の怒りは鎮まらない。

「いけない!」

眼前で繰り広げられる怒濤の攻防劇に、水銀燈の後ろでそれを見ていた真紅はしばし
呆気にとられていたが、水銀燈が金糸雀に斬りかかろうとしているのを見取った彼女は
ハッと我に返った。
金糸雀を庭師の鋏から護るべく、前にかざした右手のひらから薔薇の花びらを大量に放出する。
紅い花弁の奔流は水銀燈の後を追い竜巻にできた通り道に滑り込んだ。
竜巻の渦中に突入した水銀燈は、みるみる塞がっていく風の斬り傷へ続けざまに斬りつける。
彼女とて無謀ではない。鉄の硬さに迫る黒槍が砕け散った時点で、渦の中に捕らわれたら
最後であることは承知している。
金糸雀の周囲の空間は、彼女が滞りなく動作をするために無風である。風の壁を突破した
水銀燈は、ヴァイオリンを演奏し続ける金糸雀に向けて誅殺の鋏を振るった。

「ピチカート!」

「なっ…!?」

こうなることを見越していた金糸雀は、自身の人工精霊へと合図をした。彼女の背後から
敏速に飛び出したピチカートは、的確に水銀燈の右手に衝突して彼女の手から庭師の鋏を
弾き飛ばす。至らない主を補う分、優秀な性能をそなえたピチカートならではの秀逸な動作だ。
金糸雀は周囲を取り巻く竜巻を解除した。鋏を失った水銀燈を確実に仕留めるために、
指向性の衝撃波を至近距離から彼女に叩き込むつもりだ。
水銀燈だけは人間と指輪の契約を交わしていないため、完全に壊してしまうと雪華綺晶は
媒介を手にすることができなくなってしまう。よって彼女だけは殺さぬよう手加減するように、
金糸雀には雪華綺晶よる制限が予め掛けられていた。

「追撃の」

頼みの鋏を失い、反撃も回避も防御もかなわない一瞬に、水銀燈はやけに眼前の光景が
緩慢に見えていることに気がついた。ヴァイオリンの弦に弓の毛を奔らせる金糸雀の動作も、
彼女のまばたきさえもゆっくりと明確に見て取れるが、それにも関わらず水銀燈自身はまるで
機敏に動けない。
暴走状態にある金糸雀の攻撃を至近距離から無防備で直撃。当然ただでは済まないだろう。
スローモーションに見える世界で、そんなことを漫然と考える水銀燈の視界を覆ったのは―
紅い花びらの壁だった。

「カノン!」

凄烈な風の砲撃の前に広がったのは、真紅が放った薔薇の花弁より成る障壁だ。
元は金糸雀を斬撃から護るために放ったそれだが、水銀燈が危険と見るや、真紅はそれを
急遽水銀燈の前に配置したのだ。

507:雪華綺晶はここにいる 23/38
08/07/02 02:11:48 Vu3UqG8N
紅く仄光る花の壁は、金糸雀が放った衝撃波を受けてあっけなく砕け散る。
なにぶん今の金糸雀の攻撃はその威力が熾烈に過ぎている。
加えて今の真紅は媒介のジュンから力の恩恵を受けられないという不利な状況にある。
必然障壁の強度は普段のそれよりも弱くなり、鉄壁の防御など望むべくもない。
真紅の機転により水銀燈は必滅の窮地を逃れたものの、壁を貫いた威力の残滓が水銀燈の
総身を打ちのめして彼方へと弾き飛ばす。
その上、彼女の右の翼をボロボロに損壊させていた。
防壁の展開が間に合わず、加護を受け損なった右の翼が衝撃波に直接晒されたのだ。
もしもあの技が直撃していたら、水銀燈を一撃で再起不能に追い込んでいたであろうことは、
彼女の壊れた翼が雄弁に物語っている。
後方の森の中へと弾き飛ばされた水銀燈には、再び金糸雀に立ち向かう様子も見られない。
全身に受けたダメージを前に動くことができず、今の一撃でダウンしてしまったのかもしれない。
水銀燈が飛ばされた方向へこれ見よがしに不敵に笑う金糸雀は、真紅に向き直って
好戦的な笑みを浮かべた。

「さあ真紅。それに雛苺、翠星石。今度は貴女達の番かしら」

敵意に満ちた眼差しを向けられて、真紅は苦々しい面持ちで歯噛みする。

「戦うしか…ないようね」



その頃。
草笛みつは勤務する会社の机に向かい、ファッションデザイナーが起こしたデザイン画を
元にして、机の上に広げられた紙に型紙を引いていた。
いつか独立し自分の洋服店をもちたいみつが夢の先駆けとして選んだパタンナーと
呼ばれる仕事だ。
続けざまの仕事で疲労と集中力の途切れを感じたみつは、背筋を伸ばして腕と首をほぐす。
疲れた心を癒そうと、みつはポケットから携帯電話を取り出して待ち受け画面を表示した。
そこにはみつが自作したドール服を身にまとう金糸雀が映し出されている。
みつが指示した凝ったポーズをとっている金糸雀は、彼女にとって天使のように愛おしい。
しばし待ち受けを見つめてトリップし乾いた心を潤おすと、さきほどまで身体を包んでいた
疲労感が見事にやわらいでいる。仕事を終えて家に帰ったら、今日はどんなことをして
金糸雀と遊ぼうか。そんな幸せな空想に頬を緩め、しばしの休息を終えたみつは、
意気込みも新たに製作中の型紙に向き直る。
すると突然、白色の紙の上に赤い点がいくつも浮かんだことにみつは驚いた。
とっさの異変に目をむくみつをよそに、赤い点はポタポタと音を立てて次々と増えていく。

「う…あ…あれ…?」

事ここに至り、ようやくその異変の正体に彼女は気づいた。彼女の鼻から血が滴り落ちている。
みつは慌てて自分の顔に左手を添える。やおらその手の薬指に嵌められた契約の指輪が
まばゆく輝き始め、ついで燃えるように熱くなった。

「ふぐっ……!?」

みつはうめき声を上げて、たまらず左胸を手で掴む。心臓が狂ったように早鐘を打ち、
そのせいで胸が激しく痛むのだ。
全身に冷や汗が浮かび、視界は焦点を結ばずぼんやりとかすんでいる。
先の鼻血は、異常な動悸によって急上昇した血圧が、鼻の微細な血管を破裂させたことが
原因だった。相変わらず心臓は高鳴り続け、全身は遠泳でも行った後のように疲れてだるい。
たまらず机の上に突っ伏したみつは、ぐらぐらと揺らぐ視界の中に左手の指輪を据えた。
それを見て、みつはぼんやりと金糸雀の言葉を思い出していた。

『みっちゃん。カナが他のローゼンメイデンと戦う時は、みっちゃんの力を
 貸して欲しいのかしら。カナとみっちゃんでアリスゲームを制するのかしら』

508:雪華綺晶はここにいる 24/38
08/07/02 02:15:42 Vu3UqG8N
金糸雀が言うアリスゲームというのも、何かのお遊びだとばかりにみつは思っていたのだが、
熱をもって光る指輪と、全身から力を吸い取られていくような虚脱感に、みつは金糸雀が
本当に姉妹のローゼンメイデンシリーズと戦っているのではないかと疑わざるを得ない。
愛する人形に命をとして力を貢げるのだとしたら――― 一端のドールフリークとして、
何という幸せで理想的な最後だろうか。

「嗚呼…私のカナ…はぁ、はぁ…カナ…私のカナ…ハァ…ハァ」

金糸雀とみつを繋ぐ契約の指輪をいとおしげに撫でさする彼女は、恍惚とした表情で
愛しい金糸雀の名を囁き続ける。動悸で呼吸は乱れ、鼻血を流し続けながら、
みつはうっとりとした顔で金糸雀の名をうわ言のように口にし続けて、最後にはぶくぶくと
泡を吹いて気絶した。
みつの尋常でない様子に気づいた同僚が彼女を病院に担ぎ込んだのは、
みつが気絶してから少し経った後の話である。



戦いの動向は、真紅達3人の誰から見ても絶望的なものだった。
金糸雀が展開している「破壊のシンフォニー」は攻防が一体化した難攻不落の絶技である。
竜巻の中心にいる金糸雀を捕らえようと雛苺が苺わだちを、翠星石が世界樹の茎を
竜巻に向かって伸ばしても、それらは風の壁に触れた瞬間に微塵に切り裂かれてしまうのだ。
高速回転する竜巻の中はもはや削岩機も同然で、圏内に捉えたものを無差別に切り刻む。
術の発動に必要なヴァイオリンを破壊しようと、真紅が薔薇の花を意図的に竜巻の中へ
巻き込ませても、それらの花びらは無数の風の刃の前に原型を保つことができない。
花びらは風の中に入った数瞬後に、残らずすり潰されてしまう。
金糸雀の方もただ防御に徹しているばかりでなく、真紅達を竜巻に巻き込み粉砕しようと
たびたび3人へ突撃する。風の中に捕らわれたら最後の彼女らは、逃げるのでやっとだ。
一髪千鈞を引く回避の連続は、いつ次に失敗し粉々のジャンクにされるか分からない。
疲弊と焦燥で3人は限界に達しつつある。

「真紅……どうしたらいいのです…? このままだとマズいです…!」

「まずいのよ真紅!」

「……………!」

確かに2人の言うとおりだ。真紅達の攻撃は意味を成さず、金糸雀の攻撃は確実に3人の
体力と気力を削ぎ続けている。
このまま戦闘を続けていれば、いずれ竜巻に粉砕されることは明らかだ。
あの技を攻略する方法を考えなくては生還はない。
唯一水銀燈が竜巻の防壁を抜けて中心の金糸雀へと迫ったが、真紅達には壁を斬り裂く
ことが可能な攻撃手段などありはしない。仮に壁を突破できたとしても、傍にはべらせた
人工精霊で侵入者の動きを邪魔し、その隙に至近距離から高威力の攻撃を叩き込まれる。
一見すると攻守共に完璧であるかのように映るが、金糸雀が竜巻の解除から追撃に移るまで
に一瞬のタイムラグがあることを、水銀燈と金糸雀の攻防を後ろで見ていた真紅は知っている。
ならばその隙を衝くことで勝機が見えるはずだ。
そのためには当然、あの破滅的な威力の暴風障壁を突破しなくてはならない。
何とか壁を抜けて金糸雀の前に到達しなくては…。そのためには…。
思案を巡らせる真紅に、ある奇策が舞い降りる。成功するのか失敗するのかどうかも分からない
危険な賭けだが、もうこの手を使う以外にこの窮地を脱する方法はないと真紅は考えた。

「雛苺! 翠星石!」

真紅の凛とした掛け声に、2人が振り返って彼女を見る。

「私達3人の力を一つにすれば…金糸雀を止められるはずよ!」

真紅は2人を呼び寄せ、手短に作戦内容を説明した。

509:雪華綺晶はここにいる 25/38
08/07/02 02:19:24 Vu3UqG8N



竜巻の中心部でヴァイオリンを奏で続ける金糸雀は、不可解なものを渦の中に見咎めた。
紅い色をした円形の物体である。それは風の流れに屈する様子も見せず、一定の位置を
保ったまま自分の居る方向へ近づいてきている。
不審に思った彼女は、謎の異物を粉砕せんと今まで以上の出力で竜巻の回転速度を
上げるが、紅い円は多少揺らぎこそしたものの、相変わらず金糸雀の元へと進んでいる。

「……!?」

戦いが始まってからずっと浮かんでいた余裕の笑みが、この時初めて金糸雀の顔から消えた。



それは死と隣り合わせの危険極まりない作戦だった。
真紅は今、自身の周囲に薔薇の花弁を展開して竜巻の中を進んでいる。媒介から力を
供給されない今の彼女は、半減した力の全てを防御のみに集中させていた。
薔薇の壁は無数の風の刃に晒され、次々と切り刻まれ、崩れ、はぎ取られていく。
真紅は絶え間なく壁に花びらを供給し続け、破壊され続ける障壁を修復し再生させ続ける。
真紅の全精力を賭した連続再生は、破壊のペースに辛うじて追いつき、再生と破壊は
危うい均衡を保っていた。
真紅は防衛に徹しているので、狂風の中を金糸雀に向かって進む余力などあるはずもない。
なのになぜ真紅が金糸雀との距離を詰め続けられるのかといえば、真紅は今、翠星石が
猛スピードで前進させる世界樹の茎の上に乗っているからだ。
真紅は金糸雀まで至るための移動手段として、翠星石の力を借りた。
翠星石も真紅と同様に、高速で茎を前に進めることだけに全力を割いている。
1秒でも真紅の負担を軽減するためだ。
茎のどこが切断されても、真紅は竜巻に巻き込まれてしまう。
よって真紅は茎の根元から先端までを、鞘のように花びらの壁で覆っていた。
残る問題は作戦の要となる真紅が立つ足場の悪さだ。
真紅の周りは暴風に包まれ、その上高速移動する世界樹の茎に乗っていたとあっては、
いつ振り落とされるか分からない。彼女は今、究極的に不安定な場所にいるのだ。
その問題を解消するためには、雛苺の力が必要だった。
今真紅の足首、膝、腰および胸には雛苺の苺わだちが絡みつき、わだちの先を茎と縛って
結ぶことで、真紅の姿勢と位置を固定させていた。
この方法により真紅は安定した体勢と足場を確保することができ、防壁の維持と再生に
専念することができた。
真紅の防御力と翠星石の突進力と雛苺の固定力。
その三つを一つに合わせたこの作戦は、ついに竜巻の壁を突破するに至る。

「雛苺!」

「うぃ!」

真紅の合図に雛苺は彼女を縛る苺わだちをほどいた。竜巻の中心は無風であり、
そこに飛び込んだ真紅は花びらの壁を解除する。その途端、彼女を運んでいた茎は
絡み合う風の刃に巻き込まれ粉々にされる。

「ピチカート!」

「ホーリエ!」

真紅と金糸雀の声はほぼ同時だった。真紅にピチカートが飛び掛り、それを防ごうと
真紅の背後から紅い瞬きが素早く飛翔し、2つの人工精霊はぶつかり合って動きを止める。

510:雪華綺晶はここにいる 26/38
08/07/02 02:22:35 Vu3UqG8N
「くっ…!」

竜巻を解除した金糸雀は目前の真紅に必殺の一撃を見舞おうとするが、その動作の
切り替えには一瞬の隙がある。間髪入れずに金糸雀との間合いを詰めた真紅は、
ヴァイオリンの弦に弓の毛を添えようとする彼女の右手を先んじて掴み上げた。
これでもうヴァイオリンを弾くことはできない。勝利を確信した真紅は残る右手で決着を
つけようとするが、その刹那、焦りの色もあらわだった金糸雀の顔に不敵な笑みが浮かぶ。
左手のみでヴァイオリン本体を数回転させた彼女は、素早く人差し指で弦をはじく。

「反撃のパルティータ!」

「!?」

ヴァイオリン本体から放たれた衝撃波は真紅を弾き飛ばし、彼女の勝機を奪い去った。
その場しのぎの非力なカウンター技であっても、媒介から力を限界まで吸い上げている
今の金糸雀のそれは、真紅に強烈なダメージを与えて余りある。
金糸雀は余裕の笑みを浮かべ直し、弦に弓の毛を添えて攻撃体勢を整えた。

「追撃の」

水銀燈に放ったときの、優に2倍以上のパワーがヴァイオリンに充溢していく。
水銀燈とは違い、媒介がいる真紅には手加減が無用だ。粉々にしてしまって構わない。
思いがけない反撃とその威力に、真紅はとっさの防御壁を展開することができなかった。
金糸雀の必滅の一撃は、至近距離から直撃必至だ。

「カノ……!?」

あと一歩というところで金糸雀の両腕を硬直させるのは、両腕を締め上げる黒い羽。
金糸雀は弦の弓の毛を奔らせることができず、追撃を繰り出すことができない。
この機を逃すまいとダメージに軋む身体も顧みずに彼女の背後に回り込んだ真紅は、
両手を握り合わせて振りかぶる。

「目を覚ましなさい!」

真紅の渾身の打擲は金糸雀のうなじにクリーンヒットし、彼女を地面まで弾き飛ばした。
地面に倒れた金糸雀には、起きて真紅達に反撃する様子も見られない。
真紅の一撃で気絶したらしい。
そうしてようやく一髪千鈞を引く戦いは終局を迎えた。

「目を覚ましなさいとか言いながら…眠らせてるですぅ」

宙に浮かんだまま金糸雀を見下ろす真紅と、うつ伏せになったまま動かない金糸雀を
見て、翠星石はそんな皮肉をため息交じりで呟きながら胸を撫で下ろした。
真紅も何とか金糸雀を止められた事に安堵の息を漏らしていたが、そんな時に、倒れ付す
金糸雀に向かって止めを刺そうとする黒い影を見咎めた。水銀燈である。

「雛…」

真紅の声に先んじて、地面から伸びる幾多の苺わだちが水銀燈を迅速に締め上げる。
苛立ちもあらわな水銀燈の形相を向けられても、雛苺は両手を開いて前にかざしたまま
引こうとしない。弱虫な雛苺にはらしくない、勇気と決意に満ちた行動だった。

「水銀燈…! 金糸雀はもういじめちゃめーっ、なのよ…!」

戯言を言うなとばかりに嘲笑を浮かべた水銀燈は、レンピカを呼び寄せて庭師の鋏を
取り出すと、瞬時に苺わだちを切断して自由となる。

511:雪華綺晶はここにいる 27/38
08/07/02 02:25:34 Vu3UqG8N
そうして再び金糸雀に飛び掛ろうとする彼女の前には、真紅と翠星石が立ちはだかっていた。

「どうして私を止めるの!? これだけ馬鹿にされて貴女悔しくないの?
 穢れた罠でアリスゲームを貶めたその子には、当然の最後だわ!」

鋏の切っ先を鼻先に突きつけられても、真紅はまるで揺らがない。
翠星石も怯えた様子はあるが、ほぼ同様だ。

「す…水銀燈…! オマエがやる気なら、翠星石達が相手になるですよ!
 その鋏も、レンピカも蒼星石のローザミスティカも取り返してやるです!」

『我慢しなさい。翠星石』

懸命に声を張り上げる翠星石に、真紅が小声でそっと囁いた。

『私達はnのフィールド内で力を使いすぎた。その上あの子とまで戦ったら、
 力を使い果たして螺子が切れてしまうわ。そうなったら全滅よ。
 気持ちは分かるけど、ここは引くべきだわ』

「うう……。チクショウ…チクショウ…ですぅ…」

涙目で歯を食いしばる翠星石。交渉においては相手に弱みを見せてはいけないように、
真紅は凛然と水銀燈を真っ向から見据えた。

「金糸雀は、私達が連れ帰ってよく言い聞かせるわ。
 それに、この子の様子は普通じゃなかった。
 謎のドールが絡んでいる可能性もあるの」

「言い聞かせる…? 謎のドール…? また訳の分からないことを…。
 まともだとは思ったけど、やっぱり貴女イカレちゃったんじゃなぁい?
 まだそんなおかしな格好をしてるし」

挑発する水銀燈は、真紅がいまだ身に付ける帽子と探偵ケープをふたたびあざ笑う。
これには真紅も怒りが噴出しかかったが、今彼女と戦ったところで、先に真紅自身が
話した理由からデメリットの方がはるかに大きい。それを冷静にわきまえている彼女は、
内心でたぎる怒りをぐっとこらえた。

「………何とでも言いなさい…。それより貴女こそいいの?
 その壊れた右の翼…私達3人を前に、足かせにならなければいいのだけれど」

「………ッ」

これには水銀燈も閉口するしかなかった。翼から羽を射出して相手を矢ぶすまに仕留める、
という戦法を主として採る彼女からすれば、片翼になった今は戦力が半減したことに等しい。
1対3という状況だけでも厳しいのに、その上力が半分になった今となっては、水銀燈の
勝利はほとんど望めないことになる。

「……まぁいいわ。私も今日は疲れちゃったし、特別に見逃してあげる。
 その子が起きたら伝えて頂戴。またこんな下らない真似をしたら、
 今度こそ水銀燈がジャンクにしにいく、って」

いくら好戦的な水銀燈でも、勝ち目のない戦いに自分から臨むほど無謀ではない。
アリスゲームを制してアリスに至り、ローゼンに逢うという悲願をもつ彼女からすれば、
戦略にはできる限り磐石を期する必要がある。
状況から撤退が必要だと判断した水銀燈は理性で強引に溜飲を下げた。
肩をすくめながらそんな事を嘯いて、レンピカに庭師の鋏を消させた後、
真紅達に背中を向ける。

512:雪華綺晶はここにいる 28/38
08/07/02 02:27:43 Vu3UqG8N
そうして空に飛び立とうとした時に、真紅が彼女に声を掛けた。

「水銀燈。助けてくれてありがとう。
 あの時貴女が金糸雀を止めてくれなかったら、私はきっとやられていたわ」

「…………」

真紅はうっすらと笑みを浮かべて水銀燈にそう伝えた。
彼女は忘れもしない。金糸雀の致命的な追撃を受けざるをえないと思われた瞬間、
彼女の腕を締め上げた黒い羽を。そのおかけで真紅は今もこうして立っていられるのだ。

「……何勘違いしてるの? 貴女に借りをつくるなんて冗談じゃないの。
 借りを返しただけよ。助けたなんて思わないで」

水銀燈は真紅に振り返りもせず、抑えた声でそう切り返した。
真紅も彼女と同様に、金糸雀の一撃から水銀燈の窮地を救っている。自身を愚弄した
金糸雀の狼藉を阻止し、同時に真紅を絶体絶命の危機から救い出すことが、彼女に
とって受けた屈辱をすすぐ上で最も効率が良いと判断したのだろう。その算段の裏に
どんな思惑が潜んでいるのかは分からないが…。
素気無く空へと舞っていく水銀燈の後姿を見て、真紅はそっと微笑んだ。
そして地に倒れ伏したままの金糸雀へと向き直り、事後処理に取り掛かることにした。



倒れた金糸雀を囲む真紅、雛苺、翠星石の3人。それを人知れず樹上から俯瞰する
白い薔薇乙女が一人。戦いの動向を見守っていた雪華綺晶だ。
気絶している金糸雀は、物理的に動作を停止している。こうなると雪華綺晶が得意とする
心理操作を及ぼすこともできず、したがって金糸雀を自害させることも叶わない。
これから彼女は、真紅達に事件についての様々な尋問を受けることだろう。
自身の意図や能力が露呈する事を快く思わない彼女は、金糸雀の雪華綺晶に関する
記憶の全てを抹消し、逆探知を不可能にするために傀儡の操り糸を惜しみなく切り捨てた。
それっきり雪華綺晶は、無関心もあらわに金糸雀には一瞥もよこさない。
用済みの金糸雀などよりも、よほど注目すべき薔薇乙女がいるからだ。
彼女の仕掛けた巧妙な罠はあと一息というところで失敗した。終わってみれば、
アリスゲームから敗退した薔薇乙女は一人もいない始末だ。
敗因を挙げるとするならば、真紅の秀逸な機転、といったところだろうか。
伊達に薔薇乙女の大半を束ねているわけではないようだ。その実力は確かなものである。
雪華綺晶の金色の瞳は、他の薔薇乙女には目もくれず、真紅だけを凝視していた。
その目には愛情の色を湛えて余りある。その瞳の奥にどんな忌まわしい心情が
巣食っていようと、傍目には姉を慕う妹の優しい眼差しにしか見えないだろう。
今回の"実験"から、力をもって正面からぶつかる正攻法は得策でないということが判明した。
煩雑ではあるが、気配をさとられない雪華綺晶の特性を生かした暗躍に打って出て、
他の薔薇乙女達の隙を衝き彼女らの媒介を密やかに奪い取ることが必要だ。
そのためには、現実に影響を及ぼすための実体がどうしても要る。
彼女はnのフィールドでしか存在できない、虚ろで儚い亡霊のような存在でしかないからだ。
世界と薔薇乙女に対して確かな作用を与えることができる、実体の身体。
それを得るために、計画の一つとして姉妹の誰かを"喰う"ことにしよう。
雪華綺晶が見下ろす4人の薔薇乙女のうち、一際弱小で思慮に欠けるうってつけのカモ。
真紅の隣で疲労のあまりへたり込む雛苺は、雪華綺晶の向けるおぞましい視線に
気づけるはずもなかった。
そして真紅。雪華綺晶がアリスに至る上での最大の難関が彼女であり、同時にアリスゲーム
攻略の要となる存在だ。

「真紅。私の大事な紅薔薇のお姉さま」

513:雪華綺晶はここにいる 29/38
08/07/02 02:29:16 Vu3UqG8N
やわらかな微笑を浮かべ、陶然とその名を呼んだ雪華綺晶は音もなくその場から消失した。



「金糸雀…。金糸雀…。起きなさい。金糸雀」

闇の中から、誰かが名前を呼んでいた。過酷な運動に身体は軋みを上げ、まだまだ彼女は
休息を必要としていたが、無遠慮な呼び声に意識は覚醒を迫られる。
金糸雀がすっと目を開けると、そこに見えたものは自分の前に並ぶ真紅と雛苺と翠星石と…
自分を無表情に見つめる金色の瞳が一つ。その目の隣に咲く薔薇の花と、白い長髪。
刹那、金糸雀の脳裏に去来する雪華綺晶との遭遇の記憶。
鏡の中に引きずり込まれ、玩弄され、唇を奪われて覗き込んだ瞳の奥に垣間見えた
身の毛立つ歪んだ心。
おぞましい恐怖の体験が高速で回想され、金糸雀はたまらず悲鳴の声を上げた。
しかし恐慌も長くは続かない。その場にいた誰よりも金糸雀の悲鳴に驚いたのは、他ならぬ
彼女自身だからだ。一瞬後には雪華綺晶に関する記憶の輪郭は薄れ、煙のように形を
失い、跡形もなく霧散していた。
なぜ自分が悲鳴を上げたのか理由が分からずにきょとんとする金糸雀は、悲鳴を喚起したと
思われる人物の風貌をよく確認し、それが既知の知り合いであることに気がついた。

「う…あ…あれ…? バラバラ、かしら…?」

「何をそんなに驚いているの?
 薔薇水晶には貴女も何度か会っているでしょう?」

真紅の指摘にも、金糸雀はしばしの間反応することができない。それほどまでに彼女は
誰かに似ていた。それが誰で、自分とどういう関係なのかはまるで思い出せないが…。
金糸雀の斜め前で淑やかに座る人形は、その名を薔薇水晶という。
金色の瞳をもち、左目には紫色の薔薇をあしらった眼帯をつけている。純白の長髪に
紫水晶の髪飾りを添え、薔薇の花弁を想起させる意匠のドレスをまとう寡黙なドールだ。
彼女の創造者である人形師は、ローゼンの弟子を自称する槐という青年だ。
槐はジュンの住む街に工房を構え、ドールショップ「Enju Doll」を営業している。
ローゼンメイデンを凌駕する至高の少女人形を創ることを目的としているが、その活動は
人形創作のみで、アリスゲームに関与したりローザミスティカを奪ったりすることはない。
槐の紹介でジュンの家に住む薔薇乙女達と薔薇水晶は知り合った。
互いはその存在の種類や意義が似ているため仲が良いのだ。
薔薇乙女を超える人形を創るために、真紅達の外見や言動、雰囲気や魅力などを探る
ための調査を槐から仰せつかっているのか、薔薇水晶は時々ジュンの家に遊びに来ている。
nのフィールドから金糸雀を連れて帰還した真紅達は、金糸雀との戦闘で受けたダメージや
体力の消耗を媒介のジュンから力を受けることで回復させていた。
その最中に偶然、薔薇水晶がジュンの家を訪れたのだ。
薔薇水晶の姿を見て思うところがあった真紅は、自分達が回復し金糸雀に尋問を始めるまで
ジュンの家に留まるように頼み、それを彼女は事も無げに了承した。
時刻は19時を過ぎ、すっかり暗くなった頃にようやく真紅達は完全に回復した。
一息ついた彼女達は、未だ眠ったままの金糸雀を起こし、質問を始めることにしたのだ。

「え…? あれ…? カナ、どうして動けないのかしら?
 …し、縛られてるのかしら…!?」

「ごめんねぇ金糸雀ー。でもげんこうはんたいほ、なのよ」

金糸雀の手首と足首には、雛苺の苺わだちが絡み付いて縛り上げ、身動きを封じている。
朗らかに笑う雛苺は、幼児ならではの無邪気さと残酷さが同居しているようで
金糸雀にはその無垢な笑顔がどこか恐ろしい。


514:雪華綺晶はここにいる 30/38
08/07/02 03:01:41 Vu3UqG8N
「金糸雀…。オマエは今、籠の鳥ですぅ。
 生かすも殺すも翠星石達次第なのです。
 翠星石達に働いた狼藉の数々…よもや忘れたとは
 言わさん…ですよ…?」

翠星石の瞳には、意地悪な嗜虐の色など灯っていない。そこにあるのは、掛け値なしの
怒りの感情だけだ。暗く冷たい眼差しを向けられて、まるで身に覚えのない金糸雀は
どう対応していいのかすら分からない。
困惑もあらわな金糸雀を見て、さらに突っかかろうとする翠星石。
彼女を鶴の一声で黙らせた真紅は、無感情な声と表情で金糸雀に問う。

「金糸雀。はじめに聞くわ。アレは貴女が自分の意思で起こしたことなの?
 それとも誰かに指示されてやったことなの?」

「あ、アレ…? 一体何を言ってるのかしら、真紅?」

「とぼけるつもりかですぅ! このチビカナ! オマエのせいで翠星石達が
 どれだけ危ない目に…」

真紅は翠星石の眼前に腕をかざして無言で制すると、まるでこうなることを可能性の
一つとして想定していたかのように、淡々と金糸雀を捕らえた経緯を説明した。
鏡に現れた犯人を追ってnのフィールド内を探索していたら突如金糸雀が出現したこと。
金糸雀と戦闘を強いられたが危ないところで勝利し、気絶させた彼女をここまで運んだこと。
それを聞く金糸雀は驚きもあらわで、その表情や仕草はごく自然であるように真紅は思った。
記憶喪失を装って自分の起こした凶行を誤魔化しているようには思えない。
そもそも真紅達に友好的だった金糸雀が急に豹変し、姉妹達を葬ろうとすることの方が
不自然なのだ。
金糸雀が言うには、全く身に覚えがないらしい。
昼にジュンの部屋に遊びに来たが、それからの記憶が今まで綺麗に抜け落ちているという。
それを聞いた真紅は頷いて、次の質問に移った。

「金糸雀。薔薇水晶の姿に何か感じるものはある?
 今日、彼女と会ったり話したような感じはしない?」

金糸雀は斜め前に座る薔薇水晶を凝視するが、彼女を見つめ返す無感情な薔薇水晶の
顔からは何も思い出せない。ただかすかに不快感らしきものを覚えるだけだ。
かすかな記憶と感情の残滓は、それらをかき集めても明確な言葉で説明ができない。
無表情な薔薇水晶は何を考えているか分からず、どこか捉えどころがないように思えるが、
その金色の瞳には紛れも無い確固とした意思と理性が宿っている。
どこかで自分は、それと似たような目を見たことがあるのではないか?
澄んだ金の瞳に宿る、慈愛と憎悪。理性と狂気。秩序と混沌。歓喜と悲哀。
対立し相克する感情が同居する、矛盾に満ちた不可思議な眼差し。
薔薇水晶と似ているようでいて、決定的に一線を画す不気味な視線。
それをいつかどこかで向けられたような気がするが、単なる気のせいのような感じもして、
確かなことはまるで分からない。

「分からない…かしら…。でも、何だか不思議な感じはする、かしら」

「…………」

そんな答えに、真紅はあごに手を添えて黙考する。
くんくん変身セットこそもう身に着けていないが、今の彼女には少しだけだが探偵じみた
雰囲気が漂っていた。

「……私は前に、ジュンの心の領海で薔薇水晶によく似た白いドールに
 会ったことがあるの」

515:雪華綺晶はここにいる 31/38
08/07/02 03:04:57 Vu3UqG8N
「僕の心の中で……!?」

それまで少女人形達のやりとりを静観していたジュンも、これには驚きの声を上げた。
自分の心の中に正体不明の存在が徘徊していると聞かされて黙っていられるほど、
彼の神経は太くない。
静かに頷いた真紅は、白いドールと出遭ったいきさつを話し始める。

「ジュンの無意識の海に、その子は突然現れた。
 外見は薔薇水晶にそっくりで、全体的に白色が強いドールだったわ。
 あの時、ジュンの領海には他の多くの世界からの海流が流れ込んでいた。
 その海流に乗ってどこかから現れたのね、きっと…。
 その子は私に見つかると、その場からふっと消え去ったの。
 まるで幽霊か何かのように」

真紅は事実を事実のまま話しているだけなのだが、怪談じみたその内容は場の空気を
重くする。臆病な翠星石に至っては震えを隠せない様子だ。意外にもホラーに対して
強い耐性をもつ雛苺はきょとんとしていたが。

「じゃ、じゃあまさか…昼間、鏡の中に現れたというのも…」

「その白い子の可能性が高いわね。水銀燈ではなかったのだし。
 薔薇水晶。念のために聞くけれど、貴女じゃない…わね?」

「はい」

真紅の問いに、薔薇水晶は鷹揚に頷いた。

「わたしは昼間、お父様の工房に控えていたので」

真紅とて下手人が薔薇水晶などと本気で疑っているわけではない。白いドールと薔薇水晶は
驚くほど似ているが、細かなところで確かな差異がある。白いドールが右の眼窩から白薔薇を
生やし純白のドレスに桃色がかった白い長髪という姿なのに対し、薔薇水晶は左目に眼帯を
添えて紫色のドレスをまとう紫がかった白い長髪という格好だ。
真紅は白いドールの姿を一瞬しか目視することができなかったが、それでも彼女が薔薇水晶で
ないことはそれらの差異と雰囲気の違いから明らかだ。
考えられる可能性の一つを確実に潰すことで真相に至る道をより堅固にするために、真紅は
彼女に確認したのだ。

「薔薇水晶でもないのなら…その白いヤツは一体何なのです……?
 ま、まさか…のりが言っていたみたいに、ほ、本物の幽霊が……」

怯えた翠星石は、誰に問うともなく震えた声でそう訴える。今にも泣き出そうかという声だ。

「………ドッペルゲンガー…なのかもな。
 薔薇水晶の」

「ど…どっぺる……? 何ですそれ…?」

「生霊のことだよ。生きている人間の分身の幽霊で、外見がそっくりなんだ。
 自分のドッペルゲンガーを見た人間は、近いうちに死ぬって言われてる。
 ここにいる薔薇水晶の影みたいなものか」

「や、やめるですジュン! このバカチビ人間! 怖いこと言うなですぅ!」

机の椅子に座るジュンのすねを翠星石は思い切り蹴り上げ、ジュンは悲鳴を上げて悶絶する。

516:雪華綺晶はここにいる 32/38
08/07/02 03:09:01 Vu3UqG8N
怒りに目をむくジュンと、そんなことにはまるでかかわらずに頭を抱えて震える翠星石。
今までの状況と彼女なりの推理からある事実を確信した真紅は、逡巡の後、話そうとする。
真紅とて認めたくのない由々しい内容の推測だ。ならばいっそう姉妹には打ち明けたくない。
真紅がこれから口にする内容は、ただ彼女達の不安を煽る禍言でしかないのだから。

「その白いドールはきっと、貴女達ローゼンメイデンの姉妹の一人でしょう」

真紅に先んじて声を上げたのは、意外にも薔薇水晶だった。
真紅の躊躇を見取ったのか、それとも彼女自身思うところがあったのか、低く落ち着いた
薔薇水晶の声色は、いつにも増してなお重い。
寡黙な薔薇水晶には珍しい発言に、ジュンと翠星石の喧嘩によってやや浮ついていた
空気が再び緊張感を帯びる。

「お父様は、ローゼンメイデンの一人を模してわたしを創ったと仰っていました。
 その白いドールの姿がわたしに似ているのなら、それはわたしの原作となった
 ローゼンメイデンなのでしょう」

自らの出自の由縁を淡々と話した薔薇水晶は別段変わった様子も見られない。
その無感情だった瞳が、ただかすかに憂いの色に滲むだけだ。
その微少な変化に気づいたのは彼女の顔をじっと見つめていた真紅だけだった。
薔薇水晶の生まれた理由を今初めて知った真紅の胸に、痛ましい感情が広がっていく。
コピーはオリジナルを越えることはできない。いかにそれが出色の出来であったとしても、
模造は模造でしかない。原作を真似ている時点で、それは唯一性と独創性を欠いた
追従でしかないからだ。
ジュンが謎の白いドールを薔薇水晶のドッペルゲンガーうんぬんと言った事は、期せずして
薔薇水晶への痛烈な皮肉となってしまった。厳粛にその存在価値をオリジナルの下位に
位置づけられる彼女は、言わばオリジナルが日の光を浴びて輝いた結果、その足元に
形作られる地面を這う暗い影でしかない。
白いドールが薔薇水晶の影ではなくてその逆なのだ。
薔薇水晶のオリジナルが現れた以上、そのコピーである彼女の立場はどうなるのか。
真紅の胸を不憫の情で締め上げるのは、世界に2つとない薔薇乙女の第5ドールという
自負からくる優越感の裏返しなどではない。創造者によって一方的に運命と存在理由を
背負わされる人形の悲痛を、真紅だけでなく、薔薇水晶もまた彼女とは違う形で
胸に抱えていることを知ったからだ。

「真紅」

真紅の悲しげな顔を見て、薔薇水晶は無表情のまま声を掛けた。

「わたしは自分がローゼンメイデンの模造であっても構わない。
 ただお父様の望むがままに。
 それがわたしの願いであり、わたしが在る理由なのですから」

一文字だった唇の両端が、ほんのわずかに釣り上がる。それは本当に淡い、薔薇水晶の
微笑みだった。
愚直なまでに創造者に忠実であろうとする薔薇水晶は、たとえその出自に思うところは
あっても父親である槐を深く愛し、その身の器に誇りをもっている。
それに対して真紅は、アリスを生み出すためのアリスゲームをローゼンの意向に反する形で
終わらせようとしている。果たして自分は度し難い逆徒なのか。そんな皮肉に我知らず
苦笑した真紅は、厳粛な面持ちでそっと薔薇水晶に頭を下げた。

「御免なさい。失敬だったわね」

「いいえ」

気にせず話を進めて欲しい、という薔薇水晶の意を酌んだ真紅は、彼女の配慮に甘えて
自分の意見を述べることにした。

517:雪華綺晶はここにいる 33/38
08/07/02 03:13:18 Vu3UqG8N
「私も薔薇水晶と同じことを考えていたわ。
 昼間鏡の中に現れた白いドールは、薔薇乙女の第7ドールだと思うの」

「だ、第7……?」

「ヒナたちの妹…なの?」

「ほ、本当なのかしら…? 真紅…」

翠星石と雛苺と金糸雀が驚いて声を上げ、真紅を不安げな面持ちで見つめる。
真紅は今まで、この推測を彼女達に伝えなかった。事件の下手人を捕まえにいく時にも
言葉をにごし、容疑者は水銀燈もしくは"不審なドール"程度にしか説明しなかったのだ。
それは確信ももたず、いたずらに彼女達を怖がらせてはいけないという真紅の配慮だった。
第1ドールの水銀燈から第7ドールの全てが同時に目覚めているということは、アリスゲームが
本当に開始したということに他ならないからだ。姉妹と戦うことを厭う彼女達からすれば、
それは最も忌まわしい事態だろう。
困惑もあらわな翠星石と金糸雀、きょとんとしている雛苺の視線を受けて真紅は先を続ける。

「私ももしかしたらとは思っていたけれど、薔薇水晶の証言から
 確信したわ。今日起こった事件の首謀者は第7ドールよ」

「ど、どういうことです…!? 説明するです、真紅!」

「水銀燈も鏡に現れた姉妹の誰かを追ってnのフィールドへ来たと言っていた。
 私達と状況が同じだわ。
 私達は水銀燈と同じように、第7ドールにnのフィールドまで誘い込まれた」

「……つまり翠星石達も水銀燈も…踊らされたってことです…?」

「ふぇ…ダイナナはすごいのよー」

「そして私達3人と水銀燈が集まったところで金糸雀…貴女が現れた」

「うっ……そんなこと言われても、カナ、覚えてないのかしら…」

「ここからは私の推測よ。
 金糸雀。貴女は第7ドールに接触し、操られていた可能性が高い」

「カナが…!? 第7ドールに…!?」

「そうよ。私達4人を一箇所に集めていたのが第7ドールなら、
 その後の展開も第7ドールによる計画のうち、と考えるのが自然だわ。
 貴女は今日、ジュンの家を訪れた後に第7ドールに捕まって
 何かの方法で操り人形にされたのよ。
 そして私達と水銀燈を倒すための手駒にされた」

「そっ、そんなはずはないかしら! よりにもよって薔薇乙女一の
 策士のカナが敵の罠にはまるなんて…」

「金糸雀…。オマエ、少し黙れ。……ですぅ…」

「は、ハイ…かしら…」

名誉毀損とばかりに反論しわめき立てる金糸雀の頬を、翠星石が乱暴に掴む。
未だ縛られて身動きの取れない彼女は、怒りに暗く燃える翠星石の眼差しを至近距離から
突きつけられて気圧され、言われたとおりにするしかない。
真相がどうあれ金糸雀に痛めつけられたという事実に、翠星石はまだ怒っているのだ。

518:雪華綺晶はここにいる 34/38
08/07/02 03:17:55 Vu3UqG8N
「危ない戦いだったけれど、私達は何とか勝つことができた。
 もしも負けていたら、私達4人はもちろん用済みの金糸雀も
 第7ドールの手でローザミスティカを奪われていたはずよ。
 本当に危なかった。最悪の場合、今日中に薔薇乙女は
 第7ドール以外全滅していたはずだから」

そんな真紅の言葉に、翠星石と雛苺は背筋を凍らせる。
彼女達からすれば、ささいな事件を解決するために遊びで探偵ごっこを楽しんでいただけだが、
彼女達が関わった事件にはそんな破滅的で悪辣な罠が潜んでいたというのか。

「捕まえた金糸雀から第7ドールのことを探れないかと思ったけれど、
 金糸雀の記憶は消されている。
 第7ドールと薔薇水晶の姿は似ているから、彼女を見て何か思い出すかと
 期待したのだけれど…。
 でも金糸雀は薔薇水晶を見たときに、明らかに混乱していたわ。
 記憶の消去は完璧じゃない。金糸雀は確実に第7ドールに何かをされている」

「何か気味が悪いのかしら…。
 何かをされて、何も覚えていないなんてあんまりかしら…」

「なーにをのん気なことをほざいてるですオバカナ!
 オマエの頭の中に! 謎を解く鍵が入っているのです!
 さっさと思い出しやがれですぅ!」

「うぐぐっ…や、やめるのかしら翠星石…!
 し、真紅…! カナはもう暴れたりしないから
 自由にして欲しいのかしら…!」

「あら。そういえばそうだったわね。
 すっかり忘れていたわ」

真紅は雛苺に指示し、金糸雀を縛っていた苺わだちを解かせた。
真紅が金糸雀の身体を拘束させていたのは、まだ金糸雀が操られている可能性が
あったからだ。これまでの会話と金糸雀の様子から彼女が正常であることを確認した真紅は
金糸雀を解放することにした。
しかし場合によってはまだ第7ドールの支配下にあった方が良かったかも知れない。
金糸雀が気絶している間に、何かされた形跡はないか、何かの力の影響下にないかと
真紅は彼女を入念に調べた。
あわよくば金糸雀を操る糸をたどり、下手人まで至ることはできないかと期待したのだが、
結局金糸雀を操った犯人の手がかりは何も得られなかった。

「その第7ドール…自分からは姿を現さず、自分の正体に繋がる
 手がかりも残さず消していく。
 かなり周到で用心深いドールですね」

ゆるんだ空気を締め直そうという配慮からか、そんなことを淡々と話す薔薇水晶に、
真紅も真剣な面持ちを取り戻して頷いた。

「そうね。まるで実体が掴めないわ。
 姉妹の身体を乗っ取って戦わせて、その正体は誰にも分からない…。
 本当に幽霊のよう。のりは先見の明をもっていたようね」

「そんなもんアイツにあるわけないよ。ただの偶然だろ」

「何もしてねーくせに偉そうなこと言うなですチビ人間。
 第7を見つけたのりの方がオマエよりずっと役に立つのです」

519:雪華綺晶はここにいる 35/38
08/07/02 03:21:00 Vu3UqG8N
「なっ何だとー!? お前達の手当てをするのに、
 今日僕がどれだけ力を吸い取られたか…」

「そんなの媒介として当然の務めですぅ。
 むしろ翠星石に力を貢げて光栄に思えですぅ」

再びいがみ合い場の空気を乱す翠星石とジュンを軽くたしなめて、真紅は第7ドールに
対する総括を話し始めた。

「金糸雀を操って私達を襲わせたり、足取りや正体を掴ませないところから
 かなり狡猾で慎重な妹よ。罠の内容も悪質に過ぎるわ。
 正面から攻めてこないで姉妹を罠に陥れようとする分、
 好戦的な水銀燈よりもよっぽど危険でたちの悪い薔薇乙女だと考えていいわね。
 その正体も能力もほとんど不明だけれど、分かっている範囲では
 姉妹の身体を乗っ取る力をもっていて、外見が薔薇水晶に似ていること。
 それと鏡の中に現れるらしいから不用意に大鏡には近寄らないこと」

真紅の分析と留意点に、その場の薔薇乙女達は頷きを返す。
雛苺はその中でも特に幼稚で思慮に欠けるので、真紅は彼女には念を押して注意をした。
そんな折、ドアをノックする音が部屋に響く。

「ジュンくーん、それにみんな~。お夕飯ですよー」

ドアを開けて笑顔を覗かせるのりに、雛苺がはしゃいで両手を挙げる。雛苺の後に
金糸雀がそろそろと続き、翠星石に睨まれてばつが悪そうな表情を見せていた。

「わたしはそろそろ帰ります」

そう一人呟いて立ち上がる薔薇水晶に、真紅が微笑んで声を掛ける。

「たまには夕飯を一緒にどうかしら?
 のりの料理はなかなかのものよ。
 貴女にも事件の解決を手伝ってもらったのだから、
 せめてお礼くらいはさせて欲しいもの」

「…………」

薔薇水晶は逡巡していたのか、しばしの沈黙の後、こくりと頷いた。



「今日は薔薇水晶ちゃんも食べていってくれるのねぇ。お姉ちゃん嬉しいわぁ」

のりの爛漫とした笑顔を向けられて、薔薇水晶は無表情のままかすかにうつむく。
どうもそれが彼女の照れの仕草であるらしい。
テーブルの上には真紅、雛苺、翠星石、金糸雀、薔薇水晶、のりの分の料理を載せた
皿が並べられている。ジュンはこういった団らんの空気は苦手なので、テーブルから
離れたソファーに座ってテレビ番組を観賞していた。
メインの料理は定番の花丸ハンバーグで、ソースのかかったハンバーグの上に花を模した
形の目玉焼きが乗せられている。その端にはパセリとニンジンも添えられ色合いも豊かだ。

「みっちゃんにはかなわないけど、ノリノリのご飯もけっこういけるのかしら」

「…ケチつけてないで黙って食べるです」

翠星石の睨みにも耐性ができたようで、金糸雀は相変わらずの様子でハンバーグを
ほお張っている。

520:雪華綺晶はここにいる 36/38
08/07/02 04:03:03 Vu3UqG8N
香り立つ花丸ハンバーグを前にしても、翠星石の瞳にはかすかな憂いが灯っている。
今日、珍しく水銀燈に遭遇した彼女は、蒼星石のローザミスティカを彼女から取り返す
チャンスがあった。しかし金糸雀の妨害のせいで水銀燈には逃げられ、結局悲願を
果たすことはできなかったのだ。
今日の事件が第7ドールが仕組んだことだとしても、翠星石からすれば蒼星石の復活を
叶えられなかったことを悔やむ気持ちがいつまでも残る。
しかしものは考え方次第だ。水銀燈に出会う機会はいつかまた訪れるだろう。
その時こそローザミスティカを奪還し、蒼星石を元に戻せばいいのだ。

「(蒼星石…翠星石がいつか元通りにするですからね…!)」

胸の内で誓いを改めた翠星石は、蒼星石と一緒に食卓を囲む日が訪れることを夢見て
ハンバーグにナイフとフォークを添えた。

「お味はいかが? 薔薇水晶」

「おいしい」

真紅の問いかけに、薔薇水晶は黙々と口に運んでいたハンバーグをそう評した。
彼女は朴訥でお世辞が言えるほど器用ではない。本当に美味しいと思っているのだろう。

「あらあら。嬉しいわぁ薔薇水晶ちゃん。お姉ちゃん頑張った甲斐があるわ」

「のりの花丸ハンバーグはもうさいこうなんだから!」

朗らかな笑みを送るのりと雛苺に、薔薇水晶は無表情な顔を少しだけゆるめて、
そっと笑顔を浮かべた。
そんな食卓の光景を見て、真紅は想いに耽る。
第7ドールが現れたということはアリスゲームが本当に始まったということだ。
得体の知れない白い妹の悪辣な罠に嵌められて危険な目に遭ったが、結果としては今日も
こうして安らかな夕食を皆で迎えることが出来ている。
第7ドールが画策しようと、真紅が姉妹を守るのだ。真紅には優しい姉妹達がついていて
くれている。皆で結束すれば、何を恐れることがあるだろうか。
それに水銀燈。好戦的なのは相変わらずだが、真紅を絶体絶命の窮地から救ってくれた。
アリスゲームに対する姿勢の違いから相容れず、2人の間には深いみぞがあると真紅は
思っていた。しかしそのみぞが今日少しだけ埋まったように彼女は感じた。
いつの日か、水銀燈とも理解し合えるかもしれない。
そんな幸せな想像に、真紅は優しい笑みを浮かべた。

微笑む真紅をジッと見つめる瞳が一つある。
それは薔薇乙女たちが囲むテーブルの傍の、食器棚の中からの視線だった。逆さにされた
硝子のコップの一つに金色の瞳が悪趣味な模様のように浮き上がり、誰にも知られることなく
真紅と、姉妹達を静かに観察している。
その瞳には優しげな色が宿っているが、暗がりに浮かぶ炯々と光る金色の目は、
まるで闇の中から息を潜めて獲物を狙う、肉食獣のそれであるかのようにも映る。
慈愛に満ちた禍々しい眼差しは、誰にも見咎められる事無くいつまでも真紅達を捉えていた。




521:雪華綺晶はここにいる 37/38
08/07/02 04:06:04 Vu3UqG8N
その夜遅く。
消灯時間も過ぎた頃になり、病室は夜闇に暗く塗りつぶされている。
めぐはベッドに横にならず、上半身を起こしたまま窓ガラス越しに空を見上げていた。
淡い月光が窓から差し、部屋を仄かに明るくしている。
やおら月明かりを超える強さの光が洗面台の鏡からあふれ出した。
鏡が眩しく輝くと、そこから姿を現したのは水銀燈だった。

「おかえり。水銀燈。帰りが遅いから心配しちゃった。
 やられちゃったんじゃないかと思って」

「…馬鹿言わないで。
 私が他の姉妹に負けるなんてありえない」

水銀燈が今まで病室に戻らなかったのは、金糸雀との戦闘で半壊した右の翼を癒していた
からだ。メイメイとレンピカのそれぞれの総力を使わせて今まで治療していた翼は、
何とか見られる程度までは回復した。
元に戻ったのは外見だけで、芯の部分は未だに傷ついているが。
なぜそんな事に今まで時間を費やしていたのかは、水銀燈自身にもよく分からない。
単にめぐに負傷を見咎められるのが屈辱だからなのか、それとも別の理由が存在するのか。
ただあのままの姿で帰りたくないと水銀燈が思ったからそうしただけだ。

「それでどうだった?
 昨日の白い天使は殺したの?」

笑顔でそんな恐ろしげなことを問うめぐに水銀燈はやや呆れたが、刹那の逡巡の後に
不満げな顔で応えた。

「殺してないわ。
 でも痛めつけてあげた。
 もうここに来ることもないでしょ」

水銀燈は昨日病室に現れた雪華綺晶を金糸雀だと勘違いしたままだ。
殺さずとも真紅と共に裁きを下した金糸雀は、それに懲りて二度とやってこないと思っている。

「そっか……。
 水銀燈。貴女優しくなったわ。
 前の貴女なら、きっと躊躇わずに殺してる」

「馬鹿じゃない。単なる気まぐれよ。
 私は最凶の薔薇乙女なの。優しいはずなんかない」

水銀燈はさも呆れたと言わんばかりに肩をすくめて嘯いた。彼女自身、アリスゲームを貶めた
金糸雀を始末したかったのだが、状況がそれを許さずに誅戮は未遂に終わった。
そんな事実は彼女の沽券に関わるのだから言えるはずも無い。
それでもライバルの真紅を見捨てられずに助けてしまったのは、冷徹な水銀燈らしからぬ
行動だったのだが。

「ううん。貴女は変わってしまったわ。
 私のつまらない命も使ってくれないくらいに」

「!」

めぐの言葉は水銀燈を不安にさせる。秘め隠していた認めたくない部分を揺さぶられるようで、
水銀燈は不快な気持ちになり言葉に詰まった。
水銀燈は仏頂面のままめぐから目を逸らし、黙り込む。
そんな彼女を見て、めぐはやわらかく瞼を下ろし、唄うように呟いた。

522:雪華綺晶はここにいる 38/38
08/07/02 04:08:57 Vu3UqG8N
「私が関わったことで、貴女の大切な部分を歪めて
 壊してしまったのだとしたら…それはとても罪深いことね。
 私には本当に生きる価値がない。
 早く死んでしまえばいいのにね」

「…………」

めぐは目を閉じたまま、誰かに懺悔するかのようにうつむいていた。
水銀燈が本当に稀にしか見せない、痛ましいものを見るような眼差しにも
彼女は気づいていなかった。
2人は歩み寄れば寄るほどに、本質的な部分で遠ざかっていく。
めぐは死から、水銀燈は媒介の獲得から。
お互いが望むものから離れていく。
水銀燈は自分の気持ちと今の雰囲気が息苦しくなって、窓辺に寄り空を見上げた。
空には白く輝く月が浮いている。
水銀燈の銀色の髪も、紅い瞳も、物憂げな表情のかんばせも、等しく淡く照らしていた。


                                      
                                              fin

523:名無しさん@お腹いっぱい。
08/07/02 04:10:42 Vu3UqG8N
ローゼンメイデンのSS初挑戦です。
動く蒼星石も書きたかったなぁ…orz

524:名無しさん@お腹いっぱい。
08/07/02 18:30:16 Mw7LDZS3
続きが気になる
乙です

525:名無しさん@お腹いっぱい。
08/07/02 21:38:39 LF9HLXae
これは読ませる

526:名無しさん@お腹いっぱい。
08/07/03 14:50:40 KFIthV0f
乙です
文章・展開ともにうまい はらはらしたぜ

527:名無しさん@お腹いっぱい。
08/07/05 11:57:14 DJuccZ0K
乙です。
久々に読ませるSSが来た。
続きを是非!

528:名無しさん@お腹いっぱい。
08/07/05 13:26:23 4Zg+VWmk
なww

529:「週刊ローゼンメイデン(水銀燈)」
08/07/06 23:53:34 Su/gm5gQ
真っ赤になって動けなくなっちゃった水銀燈を抱いて入った倉庫の中。
そこは埃にガソリンやオイル。それに錆臭さが漂う馬鹿の城。
一般ピープルも“それ”に興味がある人も引くゴミ置き場。
“それら”を見た水銀燈は溜息を吐いて。
「確かにジャンクねぇ…どうするのよぉ…この壊れたバイク…」
バラバラ…。
そう、冗談抜きでバラバラになってる古いバイクを眺めながら言う。
「いや、壊れてない。修理中」
ジャンクじゃないやい!…と、ムキになった俺。
こっちはすぐエンジンかかる、これは磨くだけ…これも磨いて塗装すれば…。
必死にゴミじゃないと言い続ける。
「…修理中ねぇ…」
どーでもいいわよぉ、そんなのぉ…と、バイクと俺から興味が無くなりつつある水銀燈。
こっちもボロボロ、これは錆だらけ…あら?これはパンクねぇ…。
そんな事を言いつつウロウロ。挙句の果てに冷蔵庫を見つけてヤクルトを要求する始末。
…そーかい、そーかい…そんなに興味が無いのかい。
そう一人で拗ねていると水銀燈がヤクルトを2本、持って来た。
…1本くれるの?

530:「週刊ローゼンメイデン(水銀燈)」
08/07/06 23:53:54 Su/gm5gQ
埃の積もった椅子に腰掛けた水銀燈は楽しそうに2本目のヤクルトを飲み始めた。
ちょっと残念。
「…何よぉ、その目の意味する所はぁ…」
「一本くれるのかと思っただけ」
いじけてレンチを弄ってる俺を哀れに思ったのか、
彼女は飲むのを一時中断して溜息を吐いた後、にっこり微笑んだ。
「仕方ないからジャンクの名前聞いてあげるわ。感謝しなさいよぉ?」
この時俺は『砂漠で遭難中、オアシス見つけました!』とか『ココにいても良いんだ!』な顔をしていた。
冗談抜きでホンマにあんたは天使様やぁ!
「ふふっ…おだてても何も出ないわよぉ?」

531:「週刊ローゼンメイデン(水銀燈)」
08/07/06 23:54:18 Su/gm5gQ
調子に乗った俺、聞かれたのをいい事にバイクのことを喋り倒してました。
まずは1963年式ホンダCB72型レース仕様。
当然、ライト、ウィンカー、ストップランプなぞ付いてやしません。
色は昔のホンダレースバイクのお約束の赤。
「…で、色から付けた名前が“真紅”」
「しん…くゥ?」
右から左に聞き流してた水銀燈から再び立ち昇る、殺気。
これはヤバイ。
「でー、その白と銀色のが“水銀燈”」
“真紅”を壊されちゃならんと別のバイクを指差す俺。
「…これが…“水銀燈”?」
彼女はバイクを指差して聞き返してくる。
眉の間の皺が『勘弁してくれ、マジで』と言っている。
今度は機嫌を損ねたんかい、お前は…。

532:「週刊ローゼンメイデン(水銀燈)」
08/07/06 23:54:40 Su/gm5gQ
フレームと足回りをメッキしてタンクと外装をミッドナイトブルーに塗って…。
…それでホンダ翼マークを黒にして銀でMercury Lampeと書けば最凶のNSR250完成…。
てな事を20分ばかし語った結果水銀燈のご機嫌は回復。…ちょっと、疲れた。
ニコニコ顔の水銀燈、
「オレンジと青銀はぁ?」
と、他の名前を聞く余裕も生まれたみたい。
最も他のは名前決めてないんだけど。
「本当にお馬鹿さんねぇ…」
…今回は微笑み入った優しい“お馬鹿さん”ですなぁ…。

533:「週刊ローゼンメイデン(水銀燈)」
08/07/06 23:58:15 Su/gm5gQ
ンでもってバイク弄ってる所を見たいと水銀燈が言うのでそのままお楽しみ時間突入。
現在サービスマニュアル片手にシリンダーヘッドの組み立て中。
水銀燈はちょっと退屈そう。
…そうだよね…女の子こーゆーの嫌いだよね…オイル臭いし…。
「…で?…何で“水銀燈”より“真紅”を先に治すのぉ?」
…やっぱり飽きてたみたい。
今日はもう終わりにしよう。
その一言を言う前、
「ひょっとして浮気してるとかぁ?」
水銀燈は、言った。
お前は何を言ってるんだ?
振り向いてそう言おうとして、俺は驚いた。
…コイツ…立派な女の目をしていやがる!!
まあ、それはさて置き…。
「…お、置かないでよぉ…い、意識して…その…そ、そういう顔したんだからぁ…」
…演技かい…。

534:「週刊ローゼンメイデン(水銀燈)」
08/07/07 00:00:08 vHubGRKN
とにかく。
「前のオーナー…まあ、マスターみたいな人と約束したんだ。
 サーキットを走らせる…って」
馬鹿みたい。
自分でも、そう思う。
免許も無い上にピザデブなんだし。
けど水銀燈はちょっと夢見る表情に。
「…サーキットを走らせる…かぁ…素敵ねぇ…」
…夢見てからかちょいとロマンチスト入ってますな。
そして夢から覚めて。
「…けど…その体型でぇ?免許はぁ?」
「お願いそれ言わないで」
一気に現実に引き戻された。
…そーいや水銀燈に免許用の金、注込んじゃったよなぁー…。
一人落ち込む俺に水銀燈は何故か優しい笑顔を見せていた。

535:「週刊ローゼンメイデン(水銀燈)」
08/07/07 00:01:12 vHubGRKN
ンでもってその日の夜。
水銀燈が寝床に収まったのを確認して消灯。
近くに誰か居ると言うのは安心すると実感。
「…ねぇ…もう寝たぁ?」
瞼を閉じて10分ほどした頃、水銀燈が問いかけて来た。
「いんやー…まだ起きてる…」
とは言うものの半分寝ています。
水銀燈が何言ってるのか良くわかりません。
とりあえず、“水銀燈”を先に治せと言ってたのでやんわり断りました。
意識を手放す前に聞こえたのは…。
「お休みなさぁい…イビキの大きな…」
と言う水銀燈の呟きです。
続きが気にはなります。
なるんだけど…何だろう、この頭痛は…。

536:「週刊ローゼンメイデン(水銀燈)」
08/07/07 00:02:56 vHubGRKN
「今日もお仕事…お休みねぇ…」
外を眺めながら気だるそうに呟く水銀燈。
「それ言うなっての…」
体温39度で返事すら辛い俺。
取説に起動直後は体調不良になると書いてたから
覚悟はしてたもののココまでとは思ってもいなかった。
昨日頭痛を感じたときに風邪薬飲んで置きゃよかった。
そう思っても後の祭り。
水銀燈はそんな俺をチラッと見て翼を広げ。
「じゃあ私は少し散歩してくるわぁ」
…薄情者めぇー…。
そんな事を考えながら俺は目を閉じた。

537:「週刊ローゼンメイデン(契約)」
08/07/07 20:45:10 vHubGRKN
…で。
…何でこうなってるんだろう…。
俺は眠ったはずだ。
…なのに何で水銀燈に服を脱がされてるんだろう…。
そして、何で全裸の水銀燈に押し倒されてるんだろう。
全く理解できない。
「これは夢よぉ?だからぁ…私を楽しめばいいのよぉ?」
水銀燈が俺にキスをする。
酷く妖艶に微笑みながら。
「理性を解き放って獣になっちゃいなさぁい」
彼女の赤い瞳が暗く輝いた。
「…理性を…解き放つ?」
「そうよぉ?そしてぇ…この水銀燈を玩具にしなさぁい」
甘い声が頭に響く。
心のどこかで、糸が、切れた。

538:「週刊ローゼンメイデン(契約)」
08/07/07 20:46:00 vHubGRKN
「…なのに何でこうなっちゃってるのよぉ…」
困った顔の水銀燈(全裸)。
「うはwww水銀燈マジやーらけーwwwwww」
理性が解き放たれ獣になった俺(全裸)。
「押し倒してきたら吸いつくして殺してやるつもりだったのにぃ…」
「ほっぺフニフニwwwおっぱいもーみもみもみwwwwww」
「お馬鹿はさっきから芝大量生産してるしぃ…」
 …この芝ラプラスの口にでも詰め込んでやろうかしら…」
ぬふぅ!俺様以外の名を呼ぶとはぁああぁぁッ!!
かくなる上は最終奥義発動で俺様の虜にしてくれるッ!!!
「水銀燈モフり祭り開催!!1!!wwwwww」
「いい加減に落ち着けぇ!!」
水銀燈に剣でぶん殴られて奥義発動失敗。
変わりに発動したのは水銀燈のスーパー説教タイムだった。

539:「週刊ローゼンメイデン(契約)」
08/07/07 20:48:22 vHubGRKN
「だいたい貴方はお馬鹿さん過ぎるのよぉ!何が水銀燈モフり祭り開催よぉ!!
 どこの世界に理性を解き放ったら目の前にいる女の子を抱きしめて撫で回す奴がいるって言うのよぉ!!
 こんなに綺麗な女の子…いえ、ドールが目の前にいたらぁ…ほ、ほほほ他の事するのが常識でしょ!?
 貴方って本当に本当に本当ぅ~にお馬鹿さんねぇ!そんなだから友人も恋人も居ないのよぉ!!」
…姐さん、この子止まりそうにありません。
しかも何、微妙に赤面してやがりますか。
何が『ほ、ほほほ他の事するのが』ですか。
具体的に言いなさい。
…と、落ち着いた挙句、妙に冷静な俺(全裸で正座中)。
「お、おおおお馬鹿さぁーんっ!そんなの私の口から言えるわけ無いじゃないのよぉ!!
 察しなさいよぉ!愛し合ってる男と女が二人きりで…その…す、する事よぉ!!」
混乱して挙動不審でトマトみたいな顔色の水銀燈(全裸で不思議な踊り)。
…何このカオス…。

540:「週刊ローゼンメイデン(契約)」
08/07/07 20:52:06 vHubGRKN
不思議な踊りを踊り続ける水銀燈と正座したままそれを眺めるとも無く眺める俺。
二人の間に流れる珍妙不可思議な時間。
…何とかしないといかんよなぁ…やっぱし。
「いい加減にお前も落ち着け」
「もう!また抱きしめるぅ!、すぐそうやって撫で回す!放しなさいよぉ!!」
何この駄々っ子。もう苦笑止まりませんなぁ。
「…わ、笑わないでよぉ…」
「ほんにも~…めんこいめんこい」
「だ、だからぁ…な、撫でないでよぉ…笑わないでよぉ…」
だが、断る。
撫で撫で撫で撫で…。
優しく、それでいてねちっこく、気持ちを込めて撫でる。
「…も…、やぁ…」

541:「週刊ローゼンメイデン(契約)」
08/07/07 20:56:16 vHubGRKN
一通り撫でて満足したので…。
「…あ、あれのどこが一通りなのよぉ…満足するの遅すぎよぉ…」
…とにかく真っ赤っ赤になった子猫ちゃんを抱いて、
「ちょっ!?…な、何す…きゃっ!?」
横に、ゴロン。
さすが夢の世界。
思うだけで布団出てきましたぞ!?初夜の雰囲気ですぞ!?
「ちょ!?…し、しししし初夜って何よぉ!?
 そ、そりゃあ誘いはしたわよぉ!?でもその前にしなきゃならない事がぁ~…!!」
言ってみただけ、言ってみただけ。
少しは落ち着け。
「…ふ、布団の中で裸で抱き合って落着ける訳無いじゃないのよぉ!!」
はーい、はい。良いから落ち着きましょうねぇ~。
撫で撫で撫で撫で…。

542:「週刊ローゼンメイデン(契約)」
08/07/07 20:57:45 vHubGRKN
再び真っ赤になって沈黙する水銀燈。
言いたい事をもう一度言うのは今しかない。
「性処理に買ったんじゃない。一緒に居たいから、作った。
 俺にとってのアリスが水銀燈だったから、お前を選んだ。
 今はただ、そばにいて欲しい。ずっと抱きしめていたい。
 それが俺の望み。
 だからこうして抱きしめて撫でてるんだ」
「そ、それは前にも聞いたけどぉ…」
顔色が戻らない水銀燈を抱っこしつつ撫で撫で。
極楽ですな。
「…ちょっと待って」
「何?」
素に戻らないでよう。
…と、ちょっと落ち込んでる俺。
「今言ったの本気?」
…と、何故かやたら真剣な水銀燈。
どったの?何かミスった?…俺。

543:「週刊ローゼンメイデン(契約)」
08/07/07 21:02:05 vHubGRKN
「だから“自分にとってのアリスが水銀燈”ってのは本気なのかと聞いているの」
あ…そっちね?
…よかったよぅ…。
おいちゃん、何かとんでもないポカしたのかと思ったよぅ…。
「よーし、こっちに帰ってきなさぁい」
よしわかった水銀燈…?
「何でお前服着てるの?さっきまで全裸だったのに…」
「真面目な話だからよ」
かわされた。
さてはマジか!?
「そう、言ったわ」
「そうか」
「そうよ」
そう言う事に、なった。

544:「週刊ローゼンメイデン(契約)」
08/07/07 21:03:23 vHubGRKN

「確かにお前は俺のアリス…つまり理想の少女だけど…」
「ふざけないで。これは真剣な話よ」
凛…ッ。
とした声が、響く。
「そう…真剣な話なの。
 二人にとって…ね…」
そう言って微かに微笑む水銀燈はまさしく、アリスだった。
どんな花よりも気高くて、
どんな宝石よりも無垢で、
1点の穢れもない、
世界中のどんな少女でも敵わないほどの至高の美しさを持った少女。
それが、水銀燈だった。

545:名無しさん@お腹いっぱい。
08/07/08 16:22:47 Sc3Ph1pj
妄想系のSSは、「作者は俺か?」ってくらいに同調できないと
正直読み辛いのぅ。

546:「週刊ローゼンメイデン(書いてる人)」
08/07/09 02:23:24 ZS62iRhg
>>545
ごめんよぅ…
エンジュ、ばらすぃ、兎が出てくるの早くするよ。

547:名無しさん@お腹いっぱい。
08/07/10 19:40:33 LRMwjdAD
>>523
無駄のない文章の構成力と、話への引き込ませ方が凄いな。
所で再開された原作にも薔薇水晶って出てくるの?ここだけよく解らなかった。
オレも続き期待

548:名無しさん@お腹いっぱい。
08/07/11 20:27:52 yHUNEpCA
>>547
薔薇水晶はアニメだけのオリジナルドール
原作準拠で進めながら薔薇水晶を終盤で、しかも味方で登場させるなんて
この作者さん何か狙ってるぽいな
続きがあるとみたよ
期待します>>523

549:523
08/07/13 01:36:20 9p7EDpCP
拙作を読んでいただき、その上感想まで書いてくださった方々、
どうもありがとうございます。

>>547氏、>>548
薔薇水晶は>>513のメル欄に記してある通り単なるゲスト扱いで、
深い意味や何かの伏線といったつもりで書いた訳ではありませんでした。

投稿させていただいた拙作のテキストデータの容量が101KBあり、
続きを書くとすると確実に50KBをオーバーすると思われるので、
スレの残りの容量(現時点で454KBが使用済み)の関係から
今のスレへの投下は無理そうです。
何か書けそうであれば次スレに続きらしきもの、もしくは新規の話を
投稿させてもらいたいと思います。

550:「週刊ローゼンメイデン(契約)」
08/07/18 21:38:51 fsG1YByY
けど、ぶっちゃけ流れに付いて行けません。
俺、空気読解力0だし。
「で?何ゆえ水銀燈はそんな真剣に?」
「そうねぇ…私が貴方と契約したくなったから…でしょうねぇ…」
「契約?ミーディアムとかの?」
「そうよぉ?その、ミーディアムとかの契約」
水銀燈はそう言った後、くすっと小さく笑った。
確か契約って跪いて指の薔薇にキスするんだっけ。
よーし、土下座でも何でもするぞー。
そう喜んでいたら水銀燈は。
「さあ、お父様…手をお出しくださいませ」
優雅に跪いて、そう言った。
…って、それ違う!違うそれ!
逆逆逆逆逆逆!!

551:「週刊ローゼンメイデン(契約)」
08/07/18 21:39:55 fsG1YByY
「どこも、可笑しくないわぁ。
 私が貴方をお父様と認めたからよ…それがほんの気紛れだとしても…ね…。
 それより怪しい踊りを踊るのは止めなさぁい。これは神聖な儀式なんだから」
「いや、いきなりそんな事言われても何かその…恥ずかしいし…」
「ふふっ…貴方…いえ、私を作り上げたお父様に『可愛い』とか、
 『お前は俺の理想の少女だ』とか言われたりする方が何倍何倍も、恥ずかしかったわよぉ?
 おまけにお父様は生まれたての少女をぎゅっとずっと抱擁してくださって…。
 その上、優しく慈しむように私の全身を余す所無く愛撫してくださったんですものぉ…。
 私の髪の毛一本、ドレスの刺繍一針…私の全てはお父様のものよぉ?
 私の全てにお父様との絆が詰まっているのよぉ?」
水銀燈は挙動不審な俺に一気にそう言った後、クスリと笑って。
「さあ、お父様…手をお出しくださいませ」
もう一度、催促した。
…何この羞恥プレイ。
胃がチクチクツネツネと痛いんですが。

552:「週刊ローゼンメイデン(契約)」
08/07/18 21:40:40 fsG1YByY
何もない、ただ、広いだけの空間。
最初、そんな所で水銀燈に押し倒されてたのは、覚えている。
次にあったらいいなと思ったら布団が出てきたのも、覚えている。
…なのに何故、荘厳な雰囲気と薔薇の香り漂う優雅な庭園にいるんでしょうか。
「なぁ…水銀燈…」
「どうしたのぉ?」
返ってきた満面の笑みに溜息一つ吐いて質問。
「ここ、何も無い所じゃなかった?
 後、何でそんなに性格急変したの?」
「契約と言う神聖な儀式にあのフィールドは似つかわしくないわぁ。
 それからぁ…私は元々こぉ~んな性格よぉ?」
…いぢわるなのは“地”ですか…。
「それより…契約先に終わらせなぁい?
 話が進まないからぁ」
「…そだね…話…進まないよね…」

553:「週刊ローゼンメイデン(契約)」
08/07/18 21:41:45 fsG1YByY
俺の前に跪いた水銀燈。
そして彼女に促されるまま手を差し伸べた。
彼女は俺の手を取り…。
ほんの一時、視線が合う。
水銀燈は柔らかに微笑んだ後、俺の手の甲に顔を近付け――。

光が

溢れた。

554:久保竣公@匣の中の人形
08/07/19 19:33:54 twd7itnr
コソコソ
こっちに転載するよ・・・。
誤字はゆるしてちょ

狭い


暗い


怖い



今私は箱の中にゐる。
箱の中に独りでゐる。
もう数へるのも億劫なほど時間が過ぎた。
幾年が過ぎただらうか。
此処から出たい。


555:久保竣公@匣の中の人形
08/07/19 19:34:54 twd7itnr
ふと目が覚めた。
時計の針は6時を指してゐた。
なんだ未だそんな時間か。
私はまた眠る事にした。

最近妙な夢を見た。
私は暗闇にぽつんと一人で立つてゐた。
其の向かふには白い…いや銀色の髪を生やした少女がゐた。
私は救ひを求めて少女の元へもがくが体は一向に動かない。
少女は逆を向ひて去つてゐく。
私はもがくのを止める。
なにか空虚を感じた。

私は眠れ無かつた。

556:久保竣公@匣の中の人形
08/07/19 19:35:52 twd7itnr
早起きは三文の得と云ふ。
今日は早起きして朝食を作る。
一人で住むには廣すぎる家だ。
昨日の作り置きの味噌汁を温める。

私は温まる間に新聞に目を通ほした。大正12年8月12日と日付はなつてゐた。
さふいへば夏だつたな
と独り事が出た。
季節は夏だ。元来外に出ない質の私は季節感がずれて仕舞つてゐるやうだ。

朝食を済ませて居間に向かふ。
何時もの様に書き物をする為だ。最近ネタに困つてゐる。
ふと足元に感触がある。
見てみると見慣れない箱が在つた。
体は無意識に手をのばす。まるで取り付かれたやうに。
左の手はぎうと握り拳を作つてゐる。汗がしみ出た。


557:久保竣公@匣の中の人形
08/07/19 20:20:41 MSRuuyYU
中には人形がゐた。
見るからに西洋人の顔立ちだ。
私は異人を見た事はないが明らかに日本人ではない。第一髪の毛が銀色をしてゐる。
手を伸ばす。
抱き上げる。
良く出来てゐる。
曇り一つない肌
漆黒のドレス
頭にはカチウシアを着けてゐる。鞄をもう一度みる。
中には大層豪華に装飾された螺があつた。

558:久保竣公@匣の中の人形
08/07/19 20:25:33 MSRuuyYU
手にとるがずつしり重い。
何の螺だらうか。
昔見たことがある。薇式の人形用だらう。となるとこの人形は動くのか。
螺穴を探すが見つからない。
大抵は背中に在る筈…
あつた。
小さな孔があつた。
がちあ…
刺さつた。
きり…きり…きり…
薇の音が響く。
時計の薇を巻く様に。
時計の薇を巻けば時計は息を吹き替へす。
人形も又息を吹き替へした。
顔が此方を向く。良く出来てゐる。
「やあ お人形さん」


559:名無しさん@お腹いっぱい。
08/07/23 02:26:41 qUtgnEwO
突然だけど英語読める人には是非紹介したかったローゼンSS
URLリンク(www.fanfiction.net)
URLリンク(www.fanfiction.net)

水銀燈なSSでかなり面白い。バトルモノ。海外二次創作サイトfanfiction.netより。
現在120個ほどローゼンSSがある

ただちよっと癖のある使われた方をしてる英単語があるので列挙すると
own = 直訳なら"所有"だが、ここでは「オリキャラ」という意味で使われているらしい。
例) I do not own rozen maidens 「このSSにオリジナルのローゼンメイデンは登場しません」

WTF,WTH = What the fuck , what the hell の略で「何ですって!?」「何なの!?」
例)Megu... You really ... WTF!? 「めぐ…あなた…どんだけぇ!」

lol = lots of laugh の略「笑」「w」 みたいな感覚

時間があったら翻訳もしてみるかもしれない

560:久保竣公@匣の中の人形
08/07/23 07:16:26 hgLxv9cv
私は人形に喋り掛けた。
別段私は人形愛者では無い。

人形は此方を向いた。
カラクリだらう。
陶器の様な肌。
さらりとした髪の毛。
美の集大成だ。
「貴方が私を目覚めさせたのかしら」
体に雷が落ちた。
人形が話したのだ。
きつと カラクリだ
きつと 蓄音機だ
きつと…
私は様々な思惑を巡らせる。
しかし其の蓄音機は間髪入れずに私に電流を流す。
「汚い部屋ね。」
確かに話してゐる。
「お前、名は。」
名前を尋ねて来た。
私は名前を答へた。
全く…人形相手に…
「不本意だけど仕方ないわね。
早くこの薔薇の指輪に誓いなさい」
さう云ふとそれ(彼女と云ふべきか)は手をさしのべて来た。
白い細い指には大層な装飾が施された指輪が填められてゐた。
無意識に体が動く。

こうして私の非日常的な受難の日々が幕を開けた。

561:名無しさん@お腹いっぱい。
08/07/26 11:21:55 xEYCZJB1
注意:ウルトラファイトを知ってないと全然理解出来ないネタです


ローゼンファイト!! 「早すぎた葬送曲」

翠星石と蒼星石の二人が物陰に隠れて何かやっております。

「翠星石の言う通り、挟み撃ちで一網打尽にするですよ。」
「うん。分かったよ。」

そこで現れましたはローゼンメイデン第五ドール真紅。二人が待ち構えている事も
知らず、のん気に歩いております。

「それ! 今です!」

真紅へ一気に前後から襲い掛かる翠星石と蒼星石。袋叩きであります。
さしもの真紅も一溜まりも無く倒れる。

「やった。真紅を倒したですよ。」
「それじゃあ葬式をしよう。」

真紅の葬式を始めた翠星石と蒼星石。両手を合わせ、念仏を唱え始める蒼星石ですが、
そこで翠星石が突き飛ばした。

「翠星石はクリスチャンですから十字を切るです。」
「ダメだよ。念仏を唱えて。」
「蒼星石こそ十字を切るです。」

二人は双子とは言え、それぞれ宗教観が違う様であります。双方一向に引くつもりはありません。
そして、今度は二人の殴り合いが始まってしまいました。

「姉妹で争うなんて醜いわ。」

そこで真紅が立ち上がり、二人を一網打尽。真紅の勝利であります。

562:名無しさん@お腹いっぱい。
08/07/28 05:42:47 PI16leAd
書き手のレベルが高すぎるうぅぅ…
これじゃ俺のSSなんて投下できない……


563:名無しさん@お腹いっぱい。
08/07/28 18:36:41 E87G45ex
さあはやく勇気を出して投稿するんだ

564:久保竣公@匣の中の人形
08/07/28 22:07:48 8WN/M5rS
「ああん?餡掛炒飯?」
ラヂヲから人の声がする。
「最近だらしねエな。最近だらしねエつ「。:2008/08/16(土) 14:06:59 ID:5uHzk3Re
ローゼンメイデン ハリウッドで実写映画化

ワーナーブラザースは15日、『ローゼンメイデン』の実写映画化を正式に発表した。
同作品はPEACH-PIT原作の人気漫画及びアニメ作品で、一部のファンからは熱狂的な支持を得ている。
大ヒットとなった「マトリックス」シリーズを手掛けたウォシャフスキー兄弟が、今回は何とも意表をつく作品に手を出した。
日本のアニメの大ファンで知られる彼らだが、まさかこの作品を手掛けるとは意外に感じるファンも多いのではないだろうか。
『実は2年前からこの作品にハマってしまって、自分の手で実写映画にしてみたいと思っていたんだ』
堰を切ったように、アンディ・ウォシャフスキーは興奮気味に熱く語り出した
『オタク・アニメのカテゴリに分類されて、一般受けしなさそうだという意見もたくさんあったよ。でも僕はそうは思わないんだ。
 魂を持つドール達が、愛する父に会うために悲しい運命を辿っていく、これはもう誇るべきストーリーなんだ。
 実写にすればこの作品が本来持っている素晴らしさが存分に表現できると確信しているんだ。
 だからこそ今回、周囲の反対を押し切り踏み切ったのさ。期待は絶対に裏切らない。
 哀しくて儚い、でも美しいアリスゲーム(作中でドール達が戦う行為)をお見せできると思うよ。』
物語の“主役”ともいえる“ドール”は子役にCG加工を加え人形と人間の中間のような雰囲気を出す手法を取るという。
製作の中心となるのは日本製アニメの海外配給を多数手がけてきた米国のADV Filmsで、
製作費は6億ドル、公開は再来年夏になる見通し。

【ジュンが】ローゼンメイデン実写映画化 part6【ジョセフに】
スレリンク(comicnews板)l50

565:名無しさん@お腹いっぱい。
08/08/16 20:23:54 +D+i9Rx5
yippee ki yay , mother f*cker


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