08/01/23 18:21:49 3oXkDjNs
槐(えんじゅ)、そう呼ばれた男はラプラスのその言葉に、
机に横たわる焼け焦げたような裸身を晒すひびだらけの人形に目をやった。
その槐の姿を見上げていた薔薇水晶が、槐を見上げたまま、静かに槐に話しかける。
「お父様・・・この者は・・・私のお姉様です。私がお父様をお慕いしてやまないように・・・あの人を愛しました・・・
こんな姿になったのは・・・あの人を愛したからこそ・・・だから・・・お姉様の気持ちがわかります・・・」
「・・・薔薇水晶・・・」
「ですから・・・認めてあげてください・・・お父様が嫁がせてあげた・・・お父様の娘として・・・」
「そうだったな・・・私があの男に対した厭わしい(いとわしい)業を・・・自分が造った娘を受け止める責を負わねば・・・」
槐はそう言って再び机に目を向けた。
その机の上には二体の少女人形が横たわっている。
一体は身体の部分部分がひび割れ、焼け焦げたように黒くなった裸身を晒しているものの
腹部のみが元の素体の白さを残していた。
もう一体はどこにも傷は見られない美しく白い裸身を晒していたが、腹部のみ、どこにも見当たらなかった。
それは共に同じ姿形を持った少女人形“ すいぎんとう ”と呼ばれる少女人形だった。
槐は焼けた水銀灯のボロボロの裸身に、そっと、そっと、自分の大きな手を添え、
その指先で表層の剥がれた水銀灯の黒くくすんでしまった頬を優しくなぞる。
水銀灯の濁った赤紫のグラスアイは、それに答える事無く、長い睫毛に覆われた瞼を動かす事無く、虚空を見続けているままだった。
「私の造った・・・私の娘・・・あの男が愛でた・・・あの男の命を吸い・・・寵愛を受け続けた・・・あの男の娘・・・・・・すまなかった・・・」
そう呟く槐の表情が、ともすれば泣いてしまいそうなものに変わってゆく。
その言葉と表情はあの男へのものなのか、それとも自分が造りだした偽りの娘へのものなのか。
いや・・・あるいは、そのどちらへのものなのかも知れない。
「・・・お父様・・・」
槐の、その懺悔とも後悔ともつかない感情の流れを受けた薔薇水晶が悲しそうに呟き、身体を寄り添わせ槐を見上げる。
薔薇水晶の柔らかい身体の温かさと、自分を労わるかのような仕草を受けた槐は、
何でもないと静かに優しく呟き、その長身を屈めて薔薇水晶をそっと抱き上げ、
薔薇水晶の身体を机の上に柔らかく立たせてやっていた。
その机の上に横たわる二体の“ すいぎんとう ”を、薔薇水晶は見つめる。
薔薇水晶はそっと片膝をつき、腹部の無い片方にその小さな手を添える。
(この者は知らない・・・同じ姿だけれど・・・この者は私のお姉様ではない・・・だけど・・・悲しい意識が残留している・・・)
そして、黒くボロボロにひび割れたもう片方にも手を添えた。
(感じる・・・お父様がお造りになられた・・・私のお姉様・・・奥に眠る器に・・・残していった想いを感じる・・・)
薔薇水晶はボロボロになった水銀灯の虚空を見つめ続けるその瞳を、そっと閉じてあげた。
槐は、薔薇水晶のその行動を見終えながらラプラスの方に振り向き、尋ねた。
「師の・・・私の光であるローゼンの掌で踊れというのか、貴様は」
その言葉にラプラスの兎の面がにやりと歪む。しかしすぐにその表情を消し逆に槐に問いかけた。