07/12/17 22:45:09 JLCQsZi3
◆
ばさばさと風に翻弄されるマントを意に介すこともなく、ドモン・カッシュは立っていた。
煙突が誇る地上150mに臆する様子を微塵も見せず、ただ下界を睨みつけている。
北には黒く輝く海を挟んで、芝とコンクリートのだだっ広い平地を備えた滑走路。
東と西には灰と銀の威容がこちらを圧する大工場群。
そして、南には青々と茂った緑も眩しく、山峰が連なる。
その光景はまさに大パノラマと言ってよかったが、別に彼は景色を楽しむためにここへ来たわけではない。
ドモンがここに来た目的、それは有り体に言ってしまえば「人探し」である。
最早、間違ったファイトをせず、敵を倒し、仲間を集め、弱きを守ることを決意したドモンであったが
そのどれも、とどのつまり、他人がいなければ行うことができない。
加えて、彼には一刻も早く他人を見つけたいもう一つの理由があった。
それは―
「……グキュゥーーーーー……」
どこからともなく、動物がいななくような音が聞こえてくる。
その音源を探ってみれば……然り。音はドモンの腹の辺りから聞こえてくる。
「……ちっ!武士は食わねどなんとやらと言うが……
やはり荷物を全部やってしまったのは間違いだったか?」
つまるところ、ドモン・カッシュは空腹だった。
体を休め、とりあえずの疲労が体から去ると、入れ替わるように激しい空腹が彼を襲った。
これまでの激しい戦いが彼の中に貯蔵されたエネルギーを根こそぎ奪い去っていったため
彼の体は代償物としての食べ物を求めて、一斉に騒ぎ出したのである。
その要求に答え、自分の本能を抑えるため、ドモンはあの事務室を探してみたのだが……結果はご存知の通りだ。
あの後、食料を求めて、目ぼしい工場の食堂や売店をあたってみたのだが
運の悪いことに、そこには何一つ食べられるようなものは置いていなかった。
そこで高所に上り、レストランや市場など食料のありそうな場所を探そうとしたのだが、これも失敗。
煙突の周囲には工場地帯と住宅街が広がっており、それらしい建物を見つけることはできない。
結果に絶望した彼は、方針を切り替えて、まず他人を探し、間接的に食料を得ることに決めたのだ。
(これからもまだまだ厳しい戦いは続くはず……
そんなときに空腹が原因で負けたとあっては、一生の不覚だからな。
……とりあえず、人を見つけたら、まず今まで通りファイトを仕掛ける。
そして、相手が悪人なら斃して食料を手に入れる。相手が善人なら謝って食料を手に入れる。
相手がどちらか分からなければ……何とかして食料を手に入れるッ!!)
「その過程で仲間にふさわしい人間に出会えればなおいい」などと
ずれたことを考えている男を尻目に、風は青空を吹き渡っていく。
山から降りてきた強風はドモンの傍を通り過ぎて狭い海を渡り、広がる滑走路にまでその手を伸ばす。
「キャッ!」
「…………どうした?」
「……いや、あの……その……ちょっとスカートが……」
「そ、そうか……それは……スマン」
……そうして伸びた風の手は、奇妙な二人を優しく撫でた。
◇
漢の決意、邪魔する虫は腹の虫。
コンテナの齎す影を抜け、二人が漢の視界に入るまで、あと、少し――
113:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/17 22:46:45 rhQTjAm8
114:邪魔する虫 ◆RwRVJyFBpg
07/12/17 22:46:46 JLCQsZi3
【G-3/煙突/1日目/日中】
【ドモン・カッシュ@機動武闘伝Gガンダム】
[状態]:空腹(大)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:己を鍛え上げつつ他の参加者と共にバトルロワイアルを阻止し、螺旋王をヒートエンド
1:食料を手に入れる
2:積極的に、他の参加者にファイトを申し込む(目的を忘れない程度に戦う)
3:ゲームに乗っている人間は(基本的に拳で)説き伏せ、弱者は保護し、場合によっては稽古をつける
4:傷の男(スカー)を止める
5:一通り会場を回って双剣の男(士郎)と銃使いの女(なつき)と合流する
6:言峰に武道家として親近感。しかし、人間としては警戒。
[備考]:
※本編終了後からの参戦。
※参加者名簿に目を通していません 。
※地図にも目を通していません。フィーリングで会場を回っています 。
※正々堂々と戦闘することは悪いことだとは考えていません 。
※なつきはかなりの腕前だと思い込んでいます。
115:邪魔する虫 ◆RwRVJyFBpg
07/12/17 22:47:22 JLCQsZi3
【G-3/空港/1日目/日中・放送直後】
【チーム:Joker&Fake Joker】
【ヴィラル@天元突破グレンラガン】
[状態]:脇腹に傷跡(ほぼ完治・微かな痛み)、胸焼け
[装備]:ワルサーWA2000(3/6)@現実 、大鉈@現実
モネヴ・ザ・ゲイルのバルカン砲@トライガン(あと9秒連射可能、ロケット弾は一発)
[道具]:支給品一式、ワルサーWA2000用箱型弾倉x4、鉄の手枷@現実
[思考]
基本:ゲームに乗る。人間は全員殺す。
0:……くそっ、何だこの恥ずかしさは!
1:中央部近辺に向かい、激戦区を観察。そしてそこから逃げてきたものを殺す。
2:シャマルに礼を尽くす。その為にも、クラールヴィントと魔鏡のかけらをどうにかして手に入れたい。
3:蛇女(静留)に味わわされた屈辱を晴らしたい。
4:『クルクル』と『ケンモチ』との決着をつける。
[備考]
螺旋王による改造を受けています。
①睡眠による細胞の蘇生システムは、場所と時間を問わない。
②身体能力はそのままだが、文字が読めるようにしてもらったので、名簿や地図の確認は可能。
…人間と同じように活動できるようになったのに、それが『人間に近づくこと』とは気づいていない。
単純に『実験のために、獣人の欠点を克服させてくれた』としか認識してない。
※二アが参加している事に気づきました。
※機動六課メンバーをニンゲン型の獣人だと認識しました。
※なのは世界の魔法について簡単に理解しましたが、それは螺旋王の持つ技術の一つだと思っています。
また、その事から参加者の中で魔法が使えるのは機動六課メンバーだけであるとも思っています。
※螺旋王の目的を『“一部の人間が持つ特殊な力”の研究』ではないかと考え始めました。
【シャマル@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
[状態]:魔力消費 中
[装備]:ケリュケイオン@魔法少女リリカルなのはStrikerS
[道具]:支給品一式×2、バルサミコ酢の大瓶(残り1/2)@らき☆すた、魔鏡のかけら@金色のガッシュベル!!
[思考]
基本:八神はやてを守る為に、六課メンバー以外の全員を殺す。けれど、なるべく苦しめたくは無い。
0:……
1:中央部近辺に向かい、激戦区を観察。そしてそこから逃げてきたものを殺す。
2:しばらくの間はヴィラルと行動する。
3:クラールヴィントと魔鏡のかけらを手に入れたい。
※宝具という名称を知りません。
※ゲイボルク@Fate/stay nightをハズレ支給品だと認識しています。
※魔力に何かしらの制限が掛けられている可能性に気付きました。
※魔鏡のかけらを何らかの魔力増幅アイテムと認識しましたが、
どうやって使用する物なのか、また全部で何枚存在しているのかはまだ理解していません。
116:ショーコー・アイランド
07/12/17 22:55:39 BVpp6zOc
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~ 湖
凸 山
浜 砂浜
▼ 民家
● 学校(大学)
● 病院
森 森
□ 荒野
■ 平野
空白 道路
〓 鉄道
|/ 高速道路
117:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/17 22:58:08 uvUjIlbd
なんかいいなそれwwwwwwwwwwwwwww
118:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/17 22:59:24 MjyANflk
バトルフィールドが複数あるって駄目なの?
119:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/17 23:08:56 6UnOtLzP
さすがにそれはないだろ……どんなロワにする気だよ……
120:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/17 23:13:41 si8yiggO
死んでも生き返ってはいけないというルールはないから
死んだら別フィールドににぶっ飛ばせばいいんじゃね
>>192 の世界で死んだら、>>203の世界に転生とか
121:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/17 23:29:12 YXM1jlhX
糸色望はA世界のバトルロワイアルに参加決定しますた
僕達は殺し合いをすると、3回書かされました
「へたれセイバー」に食われて死亡しました
A世界で糸色望が死亡しました
糸色望は他界しました
・
・
・
糸色望はB世界のバトルロワイアルに参加決定しますた
僕達は殺し合いをすると、3回書かされました
突如、「ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ」に鈍器で殴られて死亡しました
糸色望は他界しました
・
・
・
糸色望はC世界の…
122:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/17 23:40:44 rPpqz3l6
ちょww他界ってw
123:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/17 23:51:45 I8w7aMc6
永遠に殺され続ける訳か
124:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/18 00:20:35 8V37j9uD
URLリンク(www.s-ht.com)
125:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/19 23:23:08 +V+LfqSE
他のバトロワでは占領という概念があるから、それをうまくつかえば
2つ以上の世界でもいけるんじゃないかな
126:言峰綺礼の愉悦 ◆jbLV1y5LEw
07/12/19 23:45:26 6m5Xj4v7
言峰は禁止エリアをメモし、呼ばれた者の名に横線を引く作業を終えた。
今回の死亡者は16人。
その中には彼が接触した者たちの名もあった。
パズー、そして間桐慎二。
彼の言葉に対して殺人の拒否と殺人の肯定という、正反対の反応を見せた者たちであったが、どちらも生き延びることができなかったようだ。
もっとも、言峰としては間桐慎二には大して期待していない。
どのような無様な死に方をしたのか、多少興味を持ったくらいだ。
さらに、風浦可符香の名も呼ばれていた。
自分に似ているというので興味を持っていたが、これも死んでしまったとなっては仕方ない。
(16人。思ったよりも多いか……)
第一回放送で死亡した者も含めると25人、全参加者の四分の一以上が命を落としたことになる。
殺し合いに乗った者はそれなりに多いらしい。
今回の放送で親しい者の死を知り、優勝の際の褒美に一縷の望みを賭けて殺人に走る者もいるだろう。
言峰は優勝すればいかなる願いも叶えられる、などという口約束はまるで信じていない。
そもそも「実験」と称して殺し合いを催していること自体、相手が全能ではないと白状しているようなものだ。
全能なる者は実験など行うまでもなく、あらゆることを見通すはずである。
仮に全能なる存在だと仮定したところで、実験の結果、生き残ったモルモットを実験者がそうそう自由にするとは思えない。
良くて解剖、悪ければ一生を螺旋王の操り人形として過ごさねばならないだろう。
言峰は殺されるつもりも、実験体として一生を過ごすつもりもない。
さらに言えば、ギルガメッシュがいる時点で自分が優勝できるとも思ってもいない。
あの唯我独尊の男のこと、王を名乗るロージェノムに制裁を加えるべく動いているのだろうが、優勝するならば当然、彼をも倒さねばならない。
如何に言峰が達人とはいえ、サーバント相手に生き残れると過信するほど愚かではない。
仮にギルガメッシュの名が放送で呼ばれることがあれば、ギルガメッシュを上回る者がいることになり、さらに見込みはなくなる。
よって言峰が生き残るためには脱出を目指すしかない。
参加者の苦痛を検分し、愉悦としていた言峰ではあるが、客観的に見ればそろそろ宗旨替えして仲間を募るなり、脱出の情報を集めるべきである。
■
127:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/19 23:46:39 Nh1hilIL
支援支援
128:言峰綺礼の愉悦 ◆jbLV1y5LEw
07/12/19 23:47:39 6m5Xj4v7
言峰は自らの足元に膝を突き、泣き伏している少女に目をやった。
放送でパズーの名を聞いた途端、シータは膝からがっくりと崩れ落ち、放送が続くのも構わず、嗚咽を漏らしていた。
エドはその周りを心配そうにぐるぐる回っているものの、どうすればいいのかわからないようだ。
言峰はシータの前に屈みこむと、ゆっくりと語りかけた。
「残念ながら、パズーの名が呼ばれてしまった。それで、シータよ。君は何を望む?」
言峰の言葉にも、シータは何の反応も見せず、肩を震わせていた。
彼女の心には後悔が荒れ狂っていた。
(自分と会わなければ、パズーはこんなところに連れてこれらなかった! 死なないで済んだはずなのに!)
実際にロージェノムがどんな方法で参加者を選定したかわからない以上、その思考には何の論理性もない。
だが、マオによって植えつけられた『彼らの不幸はすべて自分が原因である』という自責の念は、シータの心を蝕んでいた。
そんなシータに、なおも言峰は彼女を導く誘惑の言葉を紡ぐ。
「君がどうしてもパズーを救いたいと願うならば、あるいはその方法はあるかもしれん」
「えっ!?」
顔をあげたシータに言峰は淡々と告げた。
「螺旋王ロージェノムは言っていただろう。『優勝者にはいかなる望みも叶える』、と……。
これだけの力を持つ者だ。君がその優勝者になれば、パズーを復活させることも可能であろう」
先にも言ったように、言峰はそんな口約束は信じてはいない。
しかし、言峰が信じていないだけで、願えば本当にどんな願いもかなえるつもりがある、と信じることももちろん可能だ。
少なくとも、自らの身を顧みれば死者蘇生の技術がある可能性は高い。
従って、これは嘘ではない。
129:言峰綺礼の愉悦 ◆jbLV1y5LEw
07/12/19 23:48:10 6m5Xj4v7
「そ、そんなこと!」
シータはこの発想を考え付きもしなかったようで、怒ったように言峰を睨みつけた。
「パズーのために他多数の命を奪うのは怖いか?
ならば、願いを『この戦いで死んだ者すべての復活』もしくは『この殺し合いをなかったことにする』とでもすればいい。
この願いならば、パズーだけでなく、命を落とした者すべてを救うことができる。
それでなくとも生きるということはそれだけで他の命を踏みにじる行為だ。
誰かのためにそうしたとて、それが心からの願いだというなら恥じることもない」
「あ、貴方は……そうしろ、とでも言うのですか?」
そう言葉を返したシータだが、その表情には動揺が見られた。
怒りを感じつつも、その提案に魅力を感じているのは明らかだ。
これは別にシータが殺人を好む性質を持っているから、というわけではない。
殺し合いという異常な環境におかれ、信じていたマオに裏切られたところに知ったパズーの死である。
シータの精神は弱り、思考力も低下していた。
そこへ一見、正しいような選択を提示されれば、誰しも魅力を感じずにはいられまい。
その反応に満足を感じながら、言峰は答える。
「もちろん私とて、殺されたくはない。だが、これでも私は神父だ。
君の魂が地獄に落ちてでもパズーの復活を願う、というのならば、そのための道を示すのも聖職者の務めというもの。
人には様々な道があり、人の幸福は人それぞれだ。どれも一概に否定することはできない。
だが、選ぶのはあくまでも君自身だ」
言峰は腕時計……待機状態のストラーダを起動すると、シータの足元に槍を置いた。
「私に支給された物だが、もしも君が彼の復活を願うなら貸し出そう。手にとりたまえ」
シータはその顔に苦痛を浮かべ、槍をじっと見つめていた。
やがてその手が槍に伸びる。
出会ってからのさまざまなパズーが思い出される。
シータと共にあり、彼女を守り、励ましてくれたパズーに再び会うため、彼女は槍を手に―
130:言峰綺礼の愉悦 ◆jbLV1y5LEw
07/12/19 23:48:48 6m5Xj4v7
―しなかった。
「どうした?」
言峰の問いかけに、シータは顔をあげた。
その目から再び涙が溢れる。
彼女にはどうしてもできなかった。
その傷が癒えるからと言って、誰かを傷つけていいわけではない。
同様に、例え後で生き返らせられるとしても、誰かを殺すことなど彼女にはできなかった。
そんなことをあの真っ直ぐな心を持つパズーが望むはずがない。
残された自分は彼に恥じるような生き方をしてはならない。
「ごめんなさい……。ごめんなさい、パズー……」
謝罪の言葉と共に嗚咽を漏らし続ける。
彼を生き返らせられるかもしれない可能性がありながら、それに賭けられないことを謝り続けていた。
いっそのこと、槍で自らの喉を突いて果てた方が楽かもしれない。
だが、それもパズーやドーラ一家、自分を逃がしてくれた町の人々、ポム爺さんを裏切ることになる。
もはや彼女はどんな苦痛を味わってでも、脱出のために戦うしかないのだ。
■
しばらく後、シータは涙を拭うと、顔をあげて立ち上がった。
「大丈夫ー?」
「ええ、大丈夫よ、エド。心配してくれてありがとう」
心配しつつもどこか能天気なエドに微笑むと、シータは言峰を見据え、断言する。
「殺し合いには乗りません。私はここから生きて帰ります」
「パズーを見捨ててもよい、と?」
「いいえ……。でも、そのためにみんなを犠牲にすることはできません。
ゴンドワの谷の詩にもあります。
『土に根を下ろし、風と共に生きよう。種と共に冬を越え 鳥と共に春を歌おう』
どんなに大きな力を持っていても、例え死んだ人を生き返らせられる力があっても、
人は大地と一緒に生きていかなければならないんです。
それが……」
シータは顔を歪め、涙をこらえた。震える声で続きを告げる。パズーに別れを告げる言葉を。
「それが……大切な人と別れることになっても……」
131:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/19 23:49:17 Nh1hilIL
132:言峰綺礼の愉悦 ◆jbLV1y5LEw
07/12/19 23:49:20 6m5Xj4v7
そんなシータの視線を受けながら、言峰は感心していた。
(やはり彼女は強い)
言峰としては彼女がどちらを選ぼうが、構わなかった。
パズーを生き返らせる術があるかもしれないと知った時点で、シータは苦しみから逃れられない。
ゲームに乗れば殺人に手を染め、乗らなければパズーを見捨てることになるからだ。
とはいえ、ゲームに乗り、言峰に槍を向けていれば無力な現実というさらなる悲劇を思い知ることになっただろうが。
そしてシータが殺し合いに乗らなかったことは、言峰のもう一つの目的も果たしていた。
そもそも、この程度で殺し合いに乗るようならば、とても脱出のために行動し続けることはできない。
今は脱出を目指していても、途中で殺し合いに乗って願いを適える可能性に思い当たり、自らの同行者に牙を剥きかねない。
そういう意味では、このゲームは優勝時の賞品も含め、洗練されているものだといえよう。
だが、シータはその選択を拒否した。
これ以降、そう簡単に殺し合いに乗ることはあるまい。
「……それもまたいいだろう。試すようなことを言ってすまなかった」
言峰は沈痛な面持ちで深々と頭を下げる。
突然の殊勝な態度に、シータは慌てて首を振った。
「いいえ、お気になさらないでください、言峰神父」
「いや、申し訳ない。お詫び、と言ってはなんだが、私も同行させて欲しい」
「え!?」
思いがけない申し出に、シータは目を見開いて驚いた。
先ほどは自分に殺人を教唆しておきながら、今度は協力を申し出る。
シータは目の前の神父が何を考えているのか、さっぱりわからなかった。
「何、心配せずとも多少の心得はある。
パズーのようには行かないかもしれないが、君たちの手助けはできるつもりだ。
それとも、私など信用できないかな?」
「い、いえ……そんなことは……」
パズーの名を出したことで、シータの顔に暗い影がよぎる。
それを見ながら、言峰は内心、ほくそ笑んだ。
当然ながら、彼は良心からこのようなことを申し出たわけではない。
シータという感受性に富んだ少女がこの殺し合いの場で次々と襲ってくるであろう苦難を乗り越えるのか、それとも屈するのか。
さらにエドという、まるで磨かれた玉のように傷のない心を持つ少女がこの殺し合いの場でいつまでそれを保ち続けられるのか。
今までに出会った者たちは言葉で揺さぶり、後は放置するだけだったが、それでは顛末を見届けられる可能性は少ない。
それに、シータはともかく、エドは自分に興味があること以外は耳を貸さないだろう。
ドモンもそうだが、まともにこちらの言葉に耳を貸さない相手には、言葉による教唆は難しい。
ならば二人に同行し、脱出を目指す傍らで彼女たちを観察し、分析し、導く方法を検討するのも悪くはない。
133:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/19 23:49:21 hx6GyGku
さるさる回避~
134:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/19 23:49:55 Nh1hilIL
135:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/19 23:50:00 SYe0eWFg
136:言峰綺礼の愉悦 ◆jbLV1y5LEw
07/12/19 23:50:06 6m5Xj4v7
「エド、私も一緒に行っても?」
「うん、いいよ~」
エドが了承したことにより、なんとなく流れは容認する方向に向かったため、シータも頷く。
「では、よろしくお願いしよう。
早速だが、二人は何を目的にこちらに歩いていた? この道の先は会場の外のはずだが……」
「ええっと、それは……」
もともとエドについてきただけなので、シータに明確な目的はない。
言い淀んでいると、エドが突然手をあげて叫んだ。
「はーい。エドは管を探してまーす!」
「管?」
「そう! 管がないと息ができなくて……」
急に言葉を切ったかと思うと、呼吸を止める。
そのまま顔が真っ赤になるまで我慢したと思うと、ばたりと音を立てて倒れこんでしまった。
「え、エド!?」
シータが驚きの声をあげてエドを揺さぶると、すぐにひょこりと目を開けて立ち上がる。
「ってなっちゃうの!」
「だ、大丈夫なの、エド!?」
「んにゃ? 何が?」
シータの心配などどこ吹く風という様子のエドを、流石の言峰も呆れて見ていた。
やはり、この娘に負の感情の種をまくのは骨が折れそうだ。
だが、今はその難題よりも、エドの話に関心があった。
「エドよ。その話をもう少し詳しく聞かせてくれないか?」
「いいよ~。発電所で見たんだけどね~……」
■
137:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/19 23:50:33 SYe0eWFg
138:言峰綺礼の愉悦 ◆jbLV1y5LEw
07/12/19 23:50:36 6m5Xj4v7
手足を軟体生物のようにくねらせながら喋るエドから根気よく話を聞き出し、言峰は話をまとめた。
「つまり、そのアンチ・シズマ管とやらを三本見つけ、どこかに設置しないと、この会場の酸素がなくなり、窒息死するということか?」
「そう。みんな倒れちゃうの。バタンキュー、レスキュー、バーベキュー! ……エド、腹減った~~……」
「大変! 早く見つけないと!」
「ふむ……」
言峰は考え込む。
エドの言葉は彼女なりの真実だろう。
だが、聖杯戦争の監督役であった立場から考えると、果たしてそのような現象が起きるかどうか、疑問なのだ。
聖杯戦争の目的とは聖杯を呼び出すことであり、サーヴァントとマスターによる争いはそのための手段にすぎない。
螺旋王の言葉が本当ならばこの殺し合いも同様、優秀な螺旋遺伝子を見出すことが目的であり、殺し合いはそのための手段にすぎないはずである。
その目的に沿わない死に方、例えば禁止エリア侵入による爆死などは彼の望むところではない。
なのに、酸素をなくして参加者を皆殺しにする、ということが果たしてあり得るのか。
そもそも参加者を皆殺しにしたければ、首輪の遠隔操作でいつでも可能なはずだ。
つまり、酸素がなくなるというのはブラフか、そうでなくても差し迫った問題ではないと思われる。
では、わざわざ参加者にこの情報を与えたのは何故か?
まず、螺旋王の趣味という可能性が考えられる。
つまり、螺旋王が言峰と似た性質の持ち主で、アンチ・シズマ管を集めようと右往左往する参加者を見て愉悦に浸るのが目的という可能性である。
だがこの可能性はほぼ除外してもかまわないだろう。
エドは独自の観点によってこの真実に気づいたようだが、参加者を右往左往させたいならばもっと解り易く教えるはずだ。
一つから二つでも電力を止める効果があるらしいが、参加者全体を揺り動かす動機としては少し弱い。
他にはアンチ・シズマ管という支給品それ自体を殺し合いの動機とする可能性が考えられる。
真の効果に気付かないままであっても脱出を目指す参加者はそれが殺し合いに乗った者に渡すまいとし、
殺し合いに乗った参加者も、何かに利用するためにアンチ・シズマ管に集める。
万が一、真の効果に気づいた場合はそれこそ死に物狂いで集める者がでるだろうから、殺し合い促進に役立つはずだ。
とはいえ、優勝者の願いを適えるという、これ以上ない殺し合いの促進効果をもたらすシステムが確立している以上、これも真の狙いとは考えにくい。
また、アンチ・シズマ管を三本集めることが何かまったく別の意味を持つ可能性がある。
アンチ・シズマ管を集め、シズマドライヴを正常化することにより、別の何かが発生するのだ。
それが何かまでは皆目見当つかないが、螺旋遺伝子に関係することか、会場に影響がある何かだろう。
(今のところはこの程度しか思いつかないが……。
実際にはこれら複数の目的を含有している可能性もあるな……)
「あの……言峰神父?」
考え込んだ彼を不審に思ったのか、シータとエドが言峰を覗きこむ。
「……すまない。少し考え事をしていてね」
「ええ……。それで、これからなんですけど……。
私たちは他の殺し合いに乗っていない人たちを集めながら、アンチ・シズマ管を探そうと思います」
「そうだな……。確かに酸素がなくなる、とあっては脱出どころではない」
言峰は自分の予測は隠して同意した。
ここは螺旋王の思惑に乗っておく。
その方が騒動を期待できそう、というだけの理由で。
139:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/19 23:50:52 Nh1hilIL
140:言峰綺礼の愉悦 ◆jbLV1y5LEw
07/12/19 23:51:28 6m5Xj4v7
「では、共に行くとしよう……ん?」
歩き出そうとした言峰は自分のデイバックにとりついて鼻を蠢かせているエドに気づき、立ち止まった。
「何かな?」
「食べ物の臭い! 神父ソン、何か食べ物はありませんかー?」
「神父ソン?
……そういえば、昼時か。考えてみれば私もまだ何も食べていないな。
シータ、エドよ。情報交換を行いながら、卸売り市場に向かいたい」
「え、ええ?」
「んー、何で?」
不思議そうな二人に、言峰は意味ありげに頷いた。
「そこで至高の食事を提供しよう」
「えー! 今食べたーい。エド、腹減った~!」
「わかった。では着くまではこれでも食べているがいい」
そう言ってエドとシータにデイバックの中から乾パンを取り出して手渡す。
「おおー!」
エドはそれを開けて頬張り始める。
そんなエドを横目で見ながら、おずおずとシータは尋ねる。
「あの……言峰神父、どうして卸売り市場に向かうのですか?」
「理由は二つある。
一つはアンチ・シズマ管の設置場所を探すこと。
この会場内にあるとしたら、おそらくはどこかの施設にあるのだろう。
一つ一つ調べていくしかあるまい。
もう一つの理由は……」
ここで言峰はこの男にしては珍しく悪意のない笑みを浮かべた。
「豆板醤はあっても豆腐がないのでな……。豆腐がない麻婆豆腐などありえぬ。
何、心配せずとも多少の心得はある。泰山のものには及ばぬが、楽しみにしているがいい」
言峰綺礼、彼が好むものは二つ。
一つは人の絶望、不幸の類。
もう一つが麻婆豆腐である。
ただし、彼が好む麻婆豆腐は、常人には耐えがたいほどの辛味を伴う。
その彼にとって最も価値ある支給品はデバイスでも宝具でもなく、食糧の激辛豆板醤なのかもしれない。
かくて陽の心に満ちた少女と、陰の心に満ちた神父と、その狭間に揺れる少女の奇妙な道行がはじまった。
141:言峰綺礼の愉悦 ◆jbLV1y5LEw
07/12/19 23:52:05 6m5Xj4v7
【A-4・高速道路/一日目/日中】
【チーム:陰陽を為す者たち】
[共通思考]
1:三本のアンチ・シズマ管、及びその設置場所を探す。
2:1のために各施設を回る。
3:1のために参加者から情報を募り、できるなら仲間にする。
最終:ゲームから脱出する。
【言峰綺礼@Fate/stay night】
[状態]:左肋骨骨折(一本)、疲労(小)
[装備]:ストラーダ@魔法少女リリカルなのはStrikerS
[道具]:荷物一式(コンパスが故障、食糧一食分消費。食料:激辛豆板醤、豚挽肉、長ネギ他)
[思考]
基本:観察者として苦しみを観察し、検分し、愉悦としながら、脱出を目指す。
1:二人と情報交換する。ただし、シズマドライブに関する推測は秘匿する。
2:卸売り市場で豆腐を手にいれ、麻婆豆腐を振る舞う。
3:エド、シータに同行。二人を観察、分析し、導く。
4:殺し合いに干渉しつつ、ギルガメッシュを探す。
[備考]
※制限に気付いています。
※衛宮士郎にアゾット剣で胸を貫かれ、泥の中に落ちた後からの参戦。
※会場がループしていることに気付きました。
※シズマドライブに関する考察は以下
・酸素欠乏はブラフ、または起きるとしても遠い先のこと。
・シズマドライブ正常化により、螺旋力、また会場に関わる何かが起きる。
【エドワード・ウォン・ハウ・ペペル・チブルスキー4世@カウボーイビバップ】
[状態]:疲労、強い使命感
[装備]:アンディの帽子とスカーフ
[道具]:なし
[思考]
1:二人と情報交換する
2:言峰について行き、食事をもらう
3:アンチ・シズマ管とその設置場所を探す
【シータ@天空の城ラピュタ】
[状態]:疲労、深い悲しみ、強い決意、右肩に痺れる様な痛み(動かす分には問題無し)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:殺し合いには乗らない。みんなと脱出を目指す。
1:エドを守る
2:二人と情報交換する
3:アンチ・シズマ管とその設置場所を探す
4:まずは卸売り市場へ
5:マオに激しい疑心
6:言峰については半信半疑
[備考]
マオの指摘によって、ドーラと再会するのを躊躇しています。
ただし、洗脳されてるわけではありません。強い説得があれば考え直すと思われます。
※マオがつかさを埋葬したものだと、多少疑いつつも信じています。
※マオをラピュタの王族かもしれないと思っています。
※エドのことを男の子だと勘違いしています。
142:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/19 23:53:06 0tIVlKlf
143:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/19 23:53:12 SYe0eWFg
144:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/20 00:15:37 Pi3hnfdo
>>212
たとえば?
145:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/20 00:20:37 FAwql9YC
たとえばね
キャラが増えれば増えるほどいいというんだったら
キャラ数の上限は無いほうがいい
ということで、>>208のような形で死んでも復活できるようにして軍団制で戦う
あと、同じキャラを何人も作っておけばいいのではないかなと
たとえば、糸色望だったら
A軍団にもB軍団にもC軍団にも等しく糸色望がいるとか
146:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/20 00:37:26 HPMOPKI4
100万人の糸色望とか
147:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/20 00:43:53 NJCmLxw7
ちょっと待った。それはマジで言っちゃてるわけ?
そんなんじゃ完結できなくね?
148:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/20 09:14:32 lx0elVWE
完結させる気なんてないでしょ
始める気もないみたいだから。
149:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:25:09 LnFzQa/n
「ぅ…………」
闇。そしてバチバチという何かが燃えるような音。
頭が痛い。
ガンガンガンガンと頭蓋骨を内側からノックされているような感覚が脳味噌を支配している。
奥歯がカチカチとぶつかり合い、体温の低下を伝える。
足と手の指の感覚がない。だけどそんなことよりも、
―ここは一体どこなのだろう。
瞼を開く。
ティアナ・ランスターが目覚めると、そこにはまるで見覚えのない景色が広がっていた。
まず、そこは明らかにどこかの室内であること。これだけは確定だ。
真っ白い壁、部屋の中央にはシックな煉瓦造りの暖炉。
本来アンティークとしての役目を果たすだけであろうそのオブジェにメラメラと燃え盛る炎が赤く揺れている。
何らかの建物の中に居るのだろう、感覚的にそんなことを思った。
「あ、れ……」
だがすぐさま彼女は気付いた。ここは地面の上ではない、と。
鍵は自分が寝かされていたソファが揺り篭のようにグラリと揺れたことだ。
ティアナはふらつく頭でこの妙な感覚の原因を考える。
だが深い思索に耽る必要すらない。
記憶上の一番最新の行動を検索。その状況、場所、そして自分が居た周辺の地図と重ねて考える。
一瞬で、答えは出た。
「……船?」
そう、船だ。海の上、繋がれた巨大な物体の中にいるとしたら全ての辻褄が合う。
この内装の豪華さ、部屋のサイズ。おそらく地図にあった豪華客船の一室に自分はいるのだろう。
びしょ濡れだった筈の身体もしっかりと拭き取られ、分厚い毛布が掛けられている。
海を漂っていた自分を誰か親切な人が助けてくれたのだろうか。
「別に放っておいてくれても……よかったのに」
ティアナは誰に聞かせる訳でもなく、ぽつりと呟いた。
意識が少しずつ戻って来た。だから心もドンドン戻って行く。鬱蒼とした暗闇の中へ。
心象風景は一面コンクリートの灰色の壁だ。勿論灯りなどある訳がない。薄暗い密室だ。
その壁は時間が経つに連れて高さを増していく。
そして、一箇所ポッカリと天井に空いた真っ青な空が少しずつ磨り減っていくのだ。
その青が自らにとっての最後の防波堤であり、良心の在り処なのだろう。それだけは何故か分かった。
一人で居ると心の傷はますます大きくなる。
ブラックホールのように、周りの光を食い潰し自らを侵蝕していく。
何もかもが辛かった。
いきなり訳の分からない所に連れて来られて殺し合いを強制させられて、そして狼狽しキャロを―撃ち殺した。
違う。殺したのはあの男。ジェット・ブラックと名乗ったあの男。
気がつくとティアナは唇を噛み締めていた。ベトつく口唇は少しだけ潮の味がした。
「クロスミラージュ……」
もう、自分の手の中にはない理解者の名前を口ずさむ。
青い髪の半裸の男と嬉しそうに会話していた相棒。
150:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:26:02 LnFzQa/n
情けなくて、無様で役立たずの自分にクロスミラージュも愛想を尽かしたのだろう。
少し時間が経った今になって、その疑念は更に色合いを濃くしていた。
こんなマスターよりも、もっとずっと強くて相応しい人間がいる……そう判断されてしまったのだ。
「う…………」
涙が零れた。ポタポタと頬を伝い、地面に落下していく。どうしてこんなに悲しいのだろう、ティアナには分からなかった。
「自分なんて死んでしまえばいい」と本心から思っていた筈なのに。
胸をナイフで切り裂かれるような痛みも、コメカミに釘が突き刺さり脳内を陵辱されるような苦しみも味わいたくなんてないのに。
キャロの死を意識した時と少しだけ違った意味合いの涙は、それでもやっぱり塩辛かった。
ティアナは毛布を握り締める。何かに縋っていないと潰れてしまいそうだった。
ぬいぐるみを身体に押し付けるように、その毛布を強く強く抱き締めた。
だが、何の因果だろう。
そんな彼女の悲しみと絶望と悔恨が最高潮に達した時、
「――ッ!?」
ティアナはようやく忘れていた<<とあること>>を思い出したのだ。
―ソレは今の自身の格好についての話。
通常、海に飛び込めば身体は濡れる。当然、着ていた衣服も含めて全てずぶ濡れだ。
濡れた服は体温を奪い身体にまとわり付き、漂流者の体力を奪う。
溺れた人間を介抱する際、濡れた衣服を脱がして乾かすことは災害救助における常識である。
救助者がある程度、水難事故に遭った人間に対する処置を知っていたのだろう。
ティアナの場合においてもその作業は当然の如く行われていた。
身体から熱を奪い、命を危険に晒す危険性を持つ衣服は<<一枚残らず>>脱がされていた。
つまり今、ティアナは素っ裸に毛布を一枚かけられただけ、という凄まじく無防備な状態にあったのだ。
「な、な、な……ッ!」
いかに心に闇が差そうとも、人間には超えられない壁というものが存在する。
羞恥心の壁もその中の一つで、自分が全裸に剥かれたという事実を完全に一蹴して絶望に浸ることが出来るほどティアナは女を捨ててはいなかった。
それ所か生来の生真面目な性格が影響してか、身体の火照りと事態に対する困惑だけが頭の中を一時的に乗っ取ったのだ。
(何で? どうして? は、裸って……)
恥ずかしさに身を縮めれば縮めるほど、身体に密着した毛布の感触が素肌に伝わってくる。
今毛布の綿毛のザラザラとした感触が素肌を刺激する。隙間から吹き込んでくる風が少しだけ冷たい。
誰かに脱がされた―そう判断するのが妥当だ。
その時だった。
「……おや、眼を覚まされましたか」
プレートにティーポットとカップを乗せた若い男が軽いノックの音と共に部屋へ入って来たのは。
ティアナの頭の中が先程とは違った意味で真っ白になった。
カチャ、という男の扉を閉める音が虚しく響く。
151:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:26:26 LnFzQa/n
「いやいや、しかし驚きましたよ。まさかこんな所で海を漂流している方に出会うとは」
「……あ、あな……たが?」
「ええ、申し遅れました。私は高遠遙一。職業は……そうですね、奇術師とでも名乗っておきましょう。
そしてこの希望の船の案内役を務めさせて頂いております」
高遠と名乗った男は仰々しい仕草で一礼。口元を小さく歪ませ、ティアナに微笑みかけた。
ティアナは男のあまりに流麗で淀みのないその口調に少し気圧されながら、彼を観察しようとする。
(ダメ……頭の中が、上手く纏まらない。……先に白黒ハッキリさせないと)
しかしそんな現状を鑑みるならば最善の手と思われるような思考さえままならなかった。
今。彼女の中には強烈なまでの存在感を示している懸念事項が巣食っている。
男の名前やプロフィールなどの情報をまるで上手く処理出来ない。
そう、今彼女が高遠に問い詰めたいことは、ただ一つだけ。つまり、
「……見たの」
乙女的な尊厳に関わる問題についてだった。
高遠は「おやおや」と一言だけ、不可解な言葉を吐き出してからしばらく逡巡する。
もちろん、ティアナには彼がこの台詞の真意ついて推し量れないほど愚鈍には見えなかった。
故に彼のこの間の取り方の意図が掴めない。
今にも自分は恥ずかしさで死んでしまいそうなのに、どうしてこの男はこんなにも余裕に溢れているのだろう。
「ふふふ、面白いことをお聞きになる方だ」
「うっさい! いいから……答えて」
高遠はティアナの質問が可笑しかったのだろうか、口元の歪みを更に深くする。
だが不思議と嫌悪感は感じなかった。
彼の眼が自分を性的な視線で捉えているようには到底思えなかった。
業を煮やしたティアナは声を荒げた。
「解せませんね、その質問は。だってそうでしょう?
もし、私が『あなたの身体なんて一切見ていない』と告白しても、あなたはおそらく納得しない。
それに頭の中では十分過ぎる程、事実を理解出来ているのではないですか?
今更私の口から直接聞くまでのこともなく……ね」
「…………早く」
ティアナは高遠の言葉などまるで聞いていないかのように、鋭い目付きで彼を睨みつける。
鬼気迫る表情、淡々として抑揚のない声。高遠は思わず苦笑した。
もっとも、全裸に毛布を纏っただけの少女に鬼のような形相で噛み付かれれば、誰であろうと居心地の悪さを感じるだろうが。
高遠は両手で持っていたプレートを近くの机に置き、小さく肩を竦める。
「<<ティアナ>>君の下着でしたら、下の浴場にある洗濯スペースで着ていらした制服と一緒に洗濯中です。
先程スイッチを入れたばかりなので、終了までにはもう少し時間が掛かるかと。
……これでいかがでしょう?
「―ッ!?」
高遠のその言葉に、ティアナは自分の頬が更に熱を持つ感覚を覚えた。
あえてこういう遠回しな言い方を選んだのだろう。下着から何から何まで全部見た―そういうことだ。
顔だけじゃない。全身が火照って熱い。
カッカと体温が一気に上昇する。何故か肌がむず痒い。
152:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:27:02 LnFzQa/n
―全部見られた、何もかも全て。
しかも自分よりも幾分か年上の若い男に……。
ティアナの毛布を握り締める指先が震える。
今にも高遠を理不尽な衝動で怒鳴りつけてしまいそうな気分だ。
……いや、やっぱりぶつけよう。
「あ、あなたっ!!」
「ああ、そんなに怖い顔をしないで下さい。いえ、やましい気持ちなどこれっぽちも在りませんでしたよ?
<<ティアナ>>君には一切手を出していない―コレは保証しましょう。神に誓って、ね」
「そ、そんな台詞信用出来る訳ないでしょ!!」
「そうですか? この不肖私めですら、このような極限状態において<<男>>としての欲望を優先するほど愚かではない程度の自覚はあるのですがね」
「う……」
しかし対する高遠は依然人を小馬鹿にしたような飄々とした態度を保ったままだ。
カップに乳白色の液体を注ぎ、香りを堪能したそっと口をつける。
ティアナは言い淀む。当たり前のように羞恥心を露にしている自分が、逆に状況が読めていない愚者であるように思えて来たのだ。
当然それと同じくらい自分の憤怒が正当である、という認識もあるのだが。
「ひとまず落ち着いてください。こちらをどうぞ」
「……何」
「チャイです。螺旋王はどうやら紅茶にもそれなりに精通している人物のようです。中々質の良い茶葉が揃っていました」
ティアナが毛布に包まって座っていたソファの前にあるテーブルへ高遠が新しいカップを置く。
そしてポットから彼が飲んでいるのと同じ液体を入れた。
彼女の鼻先をシナモンとミルクの甘い香りがくすぐる。ゆらゆらと湧き立つ湯気が非常に魅力的だ。
毒でも入っているのではないかと警戒する。ただ彼が自分を殺そうとするのならば、既に機会はいくらでもあった筈だ。
つまり彼は一応は自分に敵意を持っている訳ではないことが分かる。
ティアナはあまりにも自然に向かいのソファへと腰を降ろした高遠を睨み付けながら、白と青と金の高級そうなカップに手を伸ばした。
「……おいしい」
ぽつり、とその声は勝手に口から漏れていた。
少しだけ茶味の掛かった乳白色の液体が喉を通り胃袋の中へと吸い込まれて行く。
身体が内部から暖かくなっていく感覚。ミルクと砂糖の甘さ。ハーブの香り。
もっと、もっと、欲しくなる。
身体が乾いていたのだ。だからきっとこんな他愛も無いミルクティーが在り得ないくらい美味しく感じられるのだ。
「<<ティアナ>>さん。まだまだお代わりはありますので、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ?」
「う、うるさいわね! 少し……喉が渇いていたのよ」
「ふむ、身体の方は大丈夫なようだ」
「え?」
高遠の眼が微妙に細くなる。ティアナは思い掛けない彼の言葉に驚きの声を上げた。
「肋骨……怪我をしていらっしゃいますね。
おそらく、何らかの鈍器で殴打された傷……加えて、<ティアナ>君はデイパックを背負ってさえいなかった。
いくら海で流されたと言ってもそう都合よく、荷物だけが流されるとは考え難い。
意志を持って誰かに襲われたと推測するのが自然だ」
「……よく、頭が回るのね」
「いえ、大したことはありません。順を追って考えていけば自然と行き着く当たり前の帰結ですよ」
「……そう」
153:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:27:24 LnFzQa/n
ティアナの頭の中にもう一度、この殺し合いに参加させられてからの悲惨な出来事が蘇った。
視線が勝手に高遠から外れ、カップの中身へと向かう。
ずっと見つめていたら身体ごと吸い込まれてしまいそうな深い色合い。
燃える炎の音と暖かな空気が逆に身体に毒だった。
言葉が途切れる。高遠は紅茶を飲むティアナをじっと眺めていた。
そして数秒後、ただ眼を伏せてカップの中身を啜るティアナを見て小さくため息を付いた。
「とはいえ、あなたはまだまだ本調子ではないようだ」
「……どういうこと?」
「本来なら、私があなたを最初にお呼びした時に気付くべきことだったんですよ、ティアナ・ランスター?」
「…………あ」
ようやく、ティアナは高遠の言葉を、奇妙な態度を理解した。
そうだ。自分はこの男に自己紹介などしていない。持ち物の中にも自分の身分を証明するものなど一切無い筈だ。
それでは―何故、彼は自分の名前を知っているのだ?
そして同時に痛感した。
こんな簡単なことに言われるまで気付かないなんて、どれだけ自分が今腑抜けているのかと言うことに。
「あなたが船の外で見聞きしたことを教えて頂きたい。
辛いこともあるでしょうが、こんな私でもきっと何かの助けになることが出来ると思います。
こう見えてもそれなりに人生経験は豊富でして、ね」
■
「なるほど。そして、ティアナ君はあの高さから身を投げた、と」
「……ええ」
高遠は目の前の毛布にくるまり暗澹とした表情を覗かせる少女の姿をもう一度じっくりと眺めた。
ティアナは彼の視線を避けようともせずに、握り締めたカップの取っ手の感触を確かめる。
言うべきことを言い終えて、ティアナは貝になった。
周りをシャットアウトする。意識を思考の海へと落とす。
静寂。
乾いた沈黙を埋めるものは暖炉の炎の音だけ。
状況は何も変わっていない。
ティアナと高遠は豪華客船内の船長室で、こうして情報の交換を行っている。
高遠が自分の名前を知っていたのは首輪に掘り込まれた氏名を確認したためらしい。
まるで牧場の家畜のような扱いだな、とティアナは思った。
テーブルの上に置かれたティーカップも、ティアナの格好も依然先程のまま。
「下着ぐらいすぐに準備するべき」そう思わなくもないのだが、不思議と自らの境遇を告白しているうちに羞恥心が薄れて来たような気がする。
感覚が鈍って来たのだろうか、それは分からないけれど。
頭がぼんやりする。もう一度横になりたい。
暖かくて気持ちよくて、そして何故か落ち着く。
154:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:28:16 LnFzQa/n
何もかも、全部吐き出した。
クロスミラージュに自分が体験した出来事を打ち明けた時とはまるで違う感覚だ。
だって、今の自分はティアナ・ランスターなのだから。
もう<<高町なのは>>になることは出来ない。そしてその尊敬する人間に依存することもない。
姿を幻影で包むこともないだろう。ソレは彼女を冒涜することに繋がる。だから駄目だ。
人間は物を考え、そして行動する生き物だ。
何も考えず、傀儡のようにゾンビのように辺りを彷徨うモノを人間とは呼ばない。
どんなに堕落した人間であれ何かしらの行動理念というものを持っている。
自分は一度、その意志を失った。
全てをなのはさんに押し付けて、現実から逃亡した。
クロスミラージュにも見限られた。当然だ、こんなにも自分は愚図なのだから。
そして気付けばその身を投げ出していたのだ。
断言しよう。あの時、自分は確実に生きることを放棄した。
辛く苦しい"生"を放り出して、"死"の中に活路を見出した。
灰色の空の中に光る蒼に誘われ、花の蜜に群がる蟲のようにフラフラとただ深い海へと堕ちていくことを望んだ。
ティアナは指先にグッと力を入れる。
五指十指、滞りなく動く。
身体の疲れは抜けていないし、脇腹も痛む。
だけど多分<<健康>>と言ってしまっても差し障りない程度の怪我だ。そう、キャロと比べればこんな怪我何の問題もない。
では―今の自分を動かしている感情とは何なのだろう。
目覚めてすぐに思考をし、裸を見られたことを恥ずかしいと思い、紅茶の味を本当に美味しいと感じた。
この部屋で意識を取り戻して最初に考えたことは決して「自殺すること」ではなかったのだ。
自分は生きている。そして生きたいとも思っている。
だがその動機を未だに整理することが出来ていない。
答えは出てこない。
漠然とした意識の集合体として、ティアナ・ランスターは今この空間に在るのだ。
空っぽだ。虚しさだけの肉の器。抜け殻だ。
「ティアナ君。君はキャロ君の、キャロ・ル・ルシエ君の仇を取りたいと思いますか」
「どうして、そんなことを聞くの」
静寂は高遠の問い掛けによって破られた。ティアナはソレに不機嫌な態度を示す。
「キャロの仇を取りたくないのか?」と尋ねられれば、当然イエスと答える。
キャロには何の罪もなかったのだ。あの子にあれだけの苦しみと痛みと悲しみを与えた連中がのうのうと生きている。
考えるだけでティアナは頭が変になってしまいそうだった。
「ジェット・ブラックと彼に同行している少年―でしたか。
二人の様子を語った時のティアナ君の様子は異常でした。
尋常ではない語り口調。鬼の形相。心の底から殺してやりたい、そうあなたの眼は語っているように思えましたので」
「―ッ、キャロは、キャロには……殺される理由なんてなかったの!
あの子は優しくて友達思いで、だけどいつも一生懸命で仲間のことを一番に考えるような子だったの。
なのに……あんな、あんな最期なんてあんまりじゃない……あんまりよ!」
もう止められなかった。感情の吐露を止めることが出来ない。
ひたすら叫び、嘆き、溜め込んでいた苦悩を高遠に向けて吐き出す。
涙がこぼれた。
指先は震え、内臓は今にもひっくり返ってしまいそうだ。
155:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:28:37 LnFzQa/n
クロスミラージュは自分にとって頼れる相棒だった。再会した時も自分を元気付けようと必死だった。
そして、そのの心が重かった。
同情が、
献身が、
苦悩が、
痛みが、
信頼が、
何もかもが私にとって重荷だった。
逆に、この男は自分に対してとことん無関心だ。
感情の波と言うものがまるで見えない。
ただ淡々と情報を整理し、その結果導き出される解と疑問を投げ掛けているだけ。
「それは、二人を殺したい程憎んでいる、ということですか」
やっぱりだ。
これだけ自分が取り乱しているのに、男の言葉はこれっぽちも暖かくなかった。
「立ち直らせよう」とか「優しくしてあげよう」とか、そんな意志をまるで感じない。
故に心は勝手に昂ぶって行った。
身体の中の熱が燃え上がり、忘れていた感情に火を点ける。
「当たり前じゃないっ! あんな奴ら……殺されて当然よ」
「―そう、ですか」
「え?」
高遠が口元にゾッとするような微笑を携えながら、ポケットに手を突っ込んだ。
ティアナは彼のあまりにも自然なその言葉に、胸中の殺意を見失いそうになる。
「ティアナ君、人殺しの経験は?」
「―な……あ、ある訳ないじゃないっ!」
あまりにも非常識な高遠の言葉にティアナは当然、反論する。
「そうですか? てっきり、今までに一人や二人殺した経験があるものかとばかり」
「アンタ……」
「ふふふ、そんなに目くじらを立てることもないじゃないですか。
<<魔法>>などと言う危険な力を持っているのです。試しに人に向けて使ってみた……ありそうな話ではないでしょうか。
それに……ね。その綺麗な身体と―血だらけの制服を見れば、あなたの言葉を全て鵜呑みにするのは中々困難と言うものだ」
「ッ!?」
ティアナは思わず立ち上がりそうになる両脚を必死で抑え付ける。
大きく瞳を見開いたまま、高遠の顔を直視する。
156:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:29:12 LnFzQa/n
「あれだけ赤黒く染まった制服を身に着けていれば、その筋を疑わない方がどうかしています。
明らかに他人、加えてアレだけの量の血液―確実にその血を流した人間は死んでいると判断出来る。
そして血に濡れた身体を隠そうともしない者……ソレは余程の精神異常者か、もしくは出会う人間が自分をどう思おうとも問題視しない人間です。
ティアナ君は少なくとも前者には見えなかった……つまり後者。
ゲームに乗った人間……殺人者ではないかと疑うのは自然な論理です」
「―ッ!!」
高遠の言葉は明らかにティアナを真正面から否定するものだった。
確かに、自分の身体が血塗れだったことで疑念の眼を向けられるの仕方がないと思う。
確かに明智に襲い掛かった時の自分は幽鬼のような憤怒に満ち溢れていたとは思うが、彼の言葉はまるで自身を焚き付けているかのようにすら感じる。
「そもそも、ティアナ君の話にはおかしな部分が多々あると思うのですよ」
「おか、しな……部分?」
「ええ」
高遠の言葉は止まらない。ポケットに突っ込んだ指先で中に入っている"何かを"弄くりながら、彼は無表情で続ける。
次の焦点はティアナが彼に話した自らの境遇についての言及だった。
だがティアナが高遠に何一つ嘘など言っていない。
殺し合いが始まり、すぐさまジェット・ブラック一味にキャロを殺され、自分がキャロを殺したと思い込まされた。
奴らはティアナを取り込もうと幾つか策を講じたが、何とか逃げ出すことが出来た。
そして自暴自棄になった所を明智に取り押さえられ、青髪で半裸の男との戦いに負け、クロスミラージュに見捨てられた絶望故、海に身を投げた―何も間違っていない。
「言いたいことは色々あるのですが……そうですね。
一番気になるのは、やはり『本当にキャロ君を殺したのはジェットという男なのか』という一点についてですね」
「な―ふ、ふざけないでっ! そんな、確かにキャロを殺したのはアイツよ。ジェット・ブラックよ! しっかりとこの眼で見たんだから!」
「本当に、そうでしょうか?」
高遠はティアナの言葉を遮る。
「ヒントは三つです。順を追って説明していきましょう。
まずゲーム開始後すぐにキャロ君が遠方から狙撃され、殺害された―これが一つ目の疑問点です。
狙撃、ということは下手人はおそらくライフル銃を支給されていた筈です。
しかし狙撃において何よりも重要なのはポイントの確保です。一流のスナイパーであるほど、自らが銃撃を行う場所には入念の下調べを行います。
そしてその場所は空でも飛べない限り、簡単に見つかるものではありません。ましてや、狙撃が行われたのは市街地ですしね。
加えて、狙撃銃は準備や点検に時間が掛かることで有名な銃だ。
銃に詳しい人間であればあるほど、銃の構造把握には念を入れる……ティアナ君も心当たりがあるでしょう?
これだけの逆境が存在する中で、ゲーム開始からほとんど時間が経っていないにも関わらず正確な射撃を行うような者がいるのでしょうか」
「え……」
高遠の言葉は非常に理が通っていた。
ゲームが始まってすぐさま自分のスタンスを決定出来る人間がどれだけいるだろう。
見知らぬ人間を殺す―しかも、狙撃という明確な技術を必要とする方法で。
稀少だ。そんな能力を持つ人間が参加している可能性は相当に低い。
思考が歪んだ。
ぐにゃりと、
ぐしゃりと。
頭がキリキリと痛み出す。
まるで頭蓋骨に電動ドリルを押し付けられて少しずつ脳味噌を削岩されているような。
万力で思いっきり頭部を締め上げられているような、痛み。
157:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:29:40 LnFzQa/n
「次の疑問点はもう少し単純です。
ジェット・ブラックという人物が殺し合いに乗っているのならば何故―ティアナ君をさっさと殺してしまわなかったのか。
お世辞にもティアナ君は強そうには見えません。その実がどうであれ、ね。
しかも彼と出くわしていた時、あなたは非常に錯乱していたそうではないですか。
ゲームに乗った人間が、果たしてそんな不安定な少女を懐柔しようなどと思うのでしょうか」
「あ、あ、あ……ッ」
ピシッ、ピシッとティアナの頭の中で奇怪な音が響いた気がした。
ティアナはグルグルと回りだした頭を両手で抱え込むように喘いだ。
割れてしまう、壊れてしまう。心が、精神がバラバラになる。
―狂ってしまえ。
そんな声が聞こえた。
「そして最後の一つは……それ以上に分かり易くて明快だ。そして、同じくらい残酷な……疑問です。
ティアナ君は銃の扱いに慣れていると聞きました。
そんなあなたが銃を―撃ったかどうかさえ分からない。そんなミスを犯すのでしょうか。
撃ったと一度思ったのならソレが正解……ただ事実から目を背けていただけではないのか」
「や……め、て……それ以上、言わ、言わない……でッ」
高遠は縋るような眼のティアナを少し眺めると、
―小さく頷いた。
ティアナは安堵した。未だギリギリと痛む頭を抱えながら、心の底から。
何とか、押し留まった。
全てが壊れてしまうほんの一足前でギリギリ踏みとどまったのだ。
自分が、ティアナ・ランスターがまるで別のナニカに変わってしまう直前で。
「……こそ」
「え?」
「ティアナ・ランスター。ようこそ―殺人者の世界へ」
高遠は愉悦混じりの微笑を浮かべた。
笑った。
にまりと、背筋が凍りつくような口元の歪みと共に。
罪状を被告人に言い渡す裁判官のように、一番残酷な結末をティアナへ放り投げる。
「私なりの結論を申し上げましょう。
キャロ君を殺してしまったのはジェット・ブラックなどではない。
あなたは逃げていたのです。自らが犯してしまった罪から……ね。
そう、キャロ君を殺したのはあなたです。とっくの昔に―ティアナ君は人殺しだったのですよ」
「――――――――ッ!!!!!!」
158:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:30:31 LnFzQa/n
何かが音を立てて壊れたような気がした。
一体自分は何なのだろう。何を無くしたんだろう。
分からない。
もう、どうでもいい。
どうなっても構わない。全部、全部。
ああ…………キャロ、ゴメンね。私……
あなたを、殺しちゃったんだ。
□
「十六人か……前より増えてるじゃねぇか……」
二回目の放送を脳内で反復しつつ、剣持は呟いた。
剣持は埠頭から再度、豪華客船に戻り甲板で一服していた。
ガッシュは今、辺りにいない。
何度も危険だと忠告したのだが「後々のためなのだ!」と言い残し、船内を探索しに向かった。
自分が最初に眼を覚ました場所だけに色々気になるらしい。
アイツを一人にしても大丈夫か不安だったが、この船にいるのが高遠一人な以上その心配は薄いと思った。
いくら頭が切れるとはいえ、高遠は普通の人間だ。
魔界の子であるガッシュはおそらく船内の誰よりも強い。
自分に関しても、高遠が接触して来た時に油断をする気は毛頭ない。
剣持は今もこの船の船長室にいるであろう高遠について考える。
自分の中の高遠は何人もの人間をその手で殺し、また殺させている殺人鬼である。ソレも生粋の。
故に奴が完全に心を入れ替えて脱出のために動く……とは想像しにくかった。
だが、同時に奴が異常なまでに『殺人という名の芸術』そして『金田一一』に拘りを持っている人間だということも知っていた。
この二つの観点から考察を進めれば、高遠の言葉を信じても良い気持ちになって来る。
血で血を洗う無粋で凄惨なだけの殺し合いは確実に奴の美学に反するだろうからだ。
「金田一……俺は一体どうすりゃあいいんだろうなぁ」
一本目の煙草を吸い終え、目の前の大海へ向けて放り捨てる。
そしてすぐさま二本目―こんな自体にも関わらず、煙草を吸うペースは変わらない。
いや、いつもよりも本数が増えているくらいだ。
「ったく。一人じゃどうにも頭が回らん……」
「―あの」
突然掛けられた声に驚き、剣持は振り返る。
いつのまにか、剣持の背後二、三メートルの位置にオレンジ色の髪をツインテイルにした少女が立っていた。
―ここまで近付かれたことに全く気付かなかった。
159:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:31:16 LnFzQa/n
剣持は煙草を咥えたまま、少女を観察する。新たに船にやって来た人間だろうか。
だが、デイパックを背負っていないのが引っ掛かる。
一見手ぶら……に見える。少なくとも銃器は持っていないようだ。
だがそれ以上に気になるのは、やはり少女が身に纏っている不可解な洋服。
そして今にも壊れてしまいそうな程、おぼろげな瞳。
「あなたが―剣持さんかしら?」
少女が満面の笑みを浮かべながら尋ねる。
にっこり、という擬音が本当に聞えてきそうなくらい眩しい笑顔だ。
しかし、どこか妙だ。心臓の鼓動が早くなる。妖精の囀りにも似た声が剣持をくすぐった。
「そうだが……お前さん、いつのまに……というか、なんだその格好は……」
「ああ、やっぱり! 明智さんからの伝言があるの」
「明智警視?」
剣持は怪訝な顔で答えた。
まるで知らない少女からいきなり名前を呼ばれれば、誰でもそう感じる。
白と黒のあまりにも殺し合いとは関連性を持たない衣装に身を包んだ少女はパッと瞳を輝かせた。
そして何かを伝えるべく、こちらへ近付いてくる。
剣持はニコニコしながら近付いてくる少女の全身をもう一度眺めた。
少なくとも、自分が出会った人間の知り合いではない。
だが「明智」という名前を出している以上は彼と出会っているのだろう。
「あーその"コスプレ"って奴か? いや、それにしてもどこでそんな服……」
「ゴメンなさい。私、」
「―ッ!?」
「あなたを、殺しに来たの」
少女がナイフを剣持の胸に突き刺さした。
160:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:32:01 LnFzQa/n
■
「な……に……!?」
ナイフが抉り込む。
剣持の背広を突き破る。内ポケットの中に収められた警察手帳に穴を空け、その奥深く皮と肉と血管と神経をズタズタにする。
剣持の口からまるで蛙を靴の裏で叩き潰したような声が漏れた。
母音も子音もない、ただの空気の流れに過ぎないソレは歯と唇の隙間からヒューと間抜けな音を響かせる。
喉の管を血液が駆け上る。
ティアナは生来の殺人癖も鬱蒼の気もなく、至って真面目で冷静な性格をしていた。
だが、ティアナは見てしまった。
自らの親友が無残に殺され肉と血の欠片となり飛び散り、脳漿を撒き散らし、少し焦げた屍体になる光景を。
血の赤と骨の白と炭の黒と脂肪の黄、そして桃の少女―キャロ・ル・ルシエの頭髪。
蛋白質が炎と結び付き人体が燃焼する際、それは特殊な臭いとなって人の鼻腔をくすぐる。
牛や豚や鶏や羊が焼き殺される時と似ているようで、それでいて、最高に吐き気がする臭いだ。
死臭は人を狂わせ、脳に幻想を見せる。
頭は覚えていたのだ。殺しの場の空気を。だから少女がこんなことになってしまったのは、多分ある意味正しいのだ。
残酷な結末を突きつけられて、ただ正常に狂っていっただけ。
そして残すは仕上げだけ、そんな状態だった。
人を殺すための武器だけ、そんな状態だった。
背中を押し、殺人を正当化し、救いを差し伸べてくれる人間さえいれば、何もかもが終わりそして始まる、その寸前だった。
だからティアナが彼と出会った時にその運命は回り始めたのだ。
砕けそうな精神と狂気とそして、悪意。
高遠遙一が凍り付くような微笑と共にティアナ・ランスターの掌に小さなナイフを渡した時、彼女は何もかもを理解した。
スペツナズナイフ―少女の相棒であるクロスミラージュとは比べ物にならないくらい、ひ弱な武器だ。
しかし、一つだけ勝っていることがある。
このナイフで全力で戦えば相手は死ぬのだ。殺すことしか出来ないのだ。
切れば死ぬ。当たれば死ぬ。
そんな世界の常識から乖離した<<非殺傷>>という領域において生きて来た少女にとって、それは破滅への第一歩だった。
本来ならば<<武器>>とは、人を殺める覚悟を持った者が持つべき神聖なる血塗れの道具なのだ。
資格も訓練も必要ない。
必要なものはただ「相手を殺そうと思う強い歪んだ意志」だけ。
それさえあれば、人殺しの壁なんてすぐさま越えることが出来るのだから。
161:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:32:28 LnFzQa/n
■
ティアナは両の手で握り締めたその小さな凶器に更なる力を込める。
脇を締め、柄の部分をドライバーのように捻る。
ギジッと何か奇妙な音が聞えたような気がした。何かが切断される音。血が滴り落ちる。
刃は剣持の胸に深々と突き刺さる。少女は手を離さない。
まるで夢に囚われた夢遊病者のように虚ろな―だが嬉々とした瞳でただひたすら、その<<殺人>>を実行する。
剣持の筋骨隆々な肉体も鋭利な刃にはさすがに敵わない。
人の身体とはそもそも金属に蹂躙される弱い存在なのだから。
「がっ……!!」
剣持が口から血液を吐き出した。
ティアナはその液体が躯に掛かる前にタッと甲板を蹴って後ろに退避する。
「お前さん……何を…………」
剣持を激しい痛みが襲う。
彼にはこの突然現れた少女が何を考えているのか、これっぽちも分からなかった。
自分は刑事だ。当然刃物を持った人間の対処も心得ている。
油断した―確かに、そうだ。
まさか、こんな格好をした年頃の女の子が自分に襲い掛かってくるとは思いもしなかった。
そう、今思えば明らかに異様だった。それは少女の放つ雰囲気についてだ。
普通、どんな人間であろうと人を殺そう傷付けようと思えば何らかの敵意を発する。
ソレは熟練した殺人犯においても同様で、どれだけ場数をこなそうとも完全に消し切ることなど不可能なのだ。
しかし、この少女からは―そんな気配を微塵も感じなかった。
自分の感覚が鈍ったとは思わない。
ただ少女の動作はあまりにも普通で、流暢で、何一つの歪みもなかった。
それこそ息をするくらい自然に剣持の胸へとナイフを突き刺したのだ。
「どうしてっ……お前みたいな奴がこんな真似を……ッ! がッ……」
「……何故って、そんなの簡単じゃない」
剣持の問い掛けにオレンジ色の髪の少女は心底不思議そうな表情を浮かべ、小さく首を傾けた。
まるで幼さと無邪気さを同封した人形のようだ、剣持はそんなことを思った。
血が流れる。
「悪い人間を殺すこと―それが、私の償いだから」
ティアナは疑問に満ちた眼で剣持を見た。蒼い瞳が怪しく煌く。
「俺が……悪い人間、だと? お前さん、まさか……高遠に騙されて―」
「何を、言っているの? 彼は立派な人間、善人よ。だってこの船に人間を集めて、弱者を守ろうとしているんだもの。
そして、私はここに紛れ込んだ危険人物を排除するの。彼の……代わりに」
「ぐ―あの……野郎ッ!!!」
剣持は唇を強く噛み締めた。
やられた―高遠は自分を排除するために先手を打って来たのだ。
自身が接近するのではなく、人を使う……まさに地獄の傀儡師・高遠遙一の十八番だ。
つまり目の前の血に濡れたナイフを握り締める少女は奴の操り人形と言うことになる。
奴の行動を監視する―そう誓った筈なのに。なんだ……このザマは。
162:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:33:00 LnFzQa/n
「うん。それじゃあ、さようなら―クロスファイアー……」
ティアナは剣持に興味をなくしたのか、淡々とした口調で別れの挨拶と共に呪文を口にした。
一瞬視線を下げ、予めチャージしておいた魔法弾を展開。色彩豊かな魔力スフィアがティアナの周囲に数個現れる。
<<非殺傷設定>>など、とっくの昔に解除されている。
ソレは、手負いの相手にトドメを刺すための一切の慈悲を含まない純粋な殺戮行為だった。
剣持は次の瞬間、己の身に何が起こるかを察知した。
逃げる? いや、違う。
この重傷ではまともな回避などそもそも不可能だ―彼女に刺された時点で既に詰んでいるに等しい。
何が出来る?
何をすればいい?
―考えるまでもなかった。
気付けば躯は動いていた。
燃え盛る恒星のような魔力珠を剣持に向けて今に発射しようとしているティアナへと一心に駆けた。
それは無謀な突撃だった。
明らかに足りない戦力で堅牢な城を攻めるようなもの。勝機などこれっぽちもない。
逆に正気を疑われてもおかしくないような愚行だ。
一つだけ確かなことは、剣持の心にある強い正義感が「目の前の少女に救いの手を差し伸べたい」と叫んでいたこと。
「うぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!!!!」
胸元から広がる激しい痛みを抑え付け、剣持は雄たけびと共に少女へ突進する。
この突撃が何の意味を持つかなど分からない。剣持は心の底から少女を救いたかったのだ。
しかし、
「―シュート」
163:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:33:23 LnFzQa/n
少女の壊れた心に彼の想いは届かなかった。
呪文が完成し、魔力の塊が真っ直ぐ剣持に向けて打ち出された。激しい閃光が剣持の身体を走る。
手加減なし、フルバーストの魔法弾だ。
剣持の巨漢がボールのように大きく吹き飛ばされた。
宙を舞う。全身に走る裂傷、激しい出血。
剣持の声は届かなかったのだ。後はただ堕ちていくだけだった。
剣持は身体ごと吹き飛ばされ、甲板から投げ出される。
自分が凄まじい勢いで落下していく感覚を覚えた。
終わり。死の予感だ。
剣持は金田一と明智に向けて心の中で謝罪した。高遠の策に躍らされてスマン、と。
空へ手を伸ばす。気がつくと、その掌には黒いリボンが握られていた。
最後、少女に向かっていた時に掴んだのだろう。
つまり、これは―
「……ダイイング……メッセージって奴か」
とはいえ自分を殺した黒幕は高遠なのだが。
それでも剣持は小さく笑うと甲板の上から自分を見下ろしている少女を、霞む視界に捉えながら小さく呟いた。
「ガッシュ……すまん。あとは任せたぜ……金田一、明智警視―じゃあな」
【剣持勇@金田一少年の事件簿 死亡】
□
「……勇?」
ガッシュの躯に不思議な感覚が走った。
コレは……一体何なのだろう。魔力の流れだろうか。
誰かが、自分の名前を呼んだ気がしたのだが。
ガッシュは船内を一人歩き回っていた。
アレンビー達と出会った時はほとんど中の捜索をせずにここから出てしまったため、様々な発見があった。
まず船内に蓄えられた様々な食料品だ。
基本的にレトルトものが主だが、とにかくヴァリエーションが豊富である。
他にもワインセラーやプレイルームなど本当に財を尽くした施設であると実感出来た。
特に船内の中央に位置する大広間は劇場のような舞台と照明装置、シャンデリアなど豪華絢爛な装飾が施されていた。
まるで城の中にいるような、そんな気分を少しだけ味わった。
164:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:34:00 LnFzQa/n
しかし、今ガッシュにはやるべきことがあった。
それはつまり、剣持を捜索することである。
埠頭から帰って来て一度別行動を取ることを決定した時、剣持はずっと甲板に居ると言っていた。
しかしそこに彼の姿はなかった。
ただポツンと吸い終った煙草が一本落ちていただけだったのだ。
剣持が使っていた部屋にも行ってみたが、デイパックは放置されていた。自分の魔本も置いたままだった。
どこかに行くとすれば、その両方を残していくとは考え難い。
いや、そもそもガッシュに黙って船外へ出て行くとは思えない。一体何処に……。
ガッシュは首を傾げながら、既にある程度全体図が頭の中に入っている船内を歩き回る。
剣持を探し始めてから数十分後、とある部屋を訪れた。
つまり高遠が居ると思われる船長室だ。
「高遠!」
「どうかしましたか、ガッシュ君」
「ウム、それがな。勇の姿が先ほどから―む?」
ガッシュの眼に見知らぬ女の姿を捉えた。女、とはいえまだ若い。十代半ば程だろう。
妙な格好をした少女が高遠の座っているソファの向かいでお茶を飲んでいる。
「ああ、彼女はティアナ君です。先程、海を漂っている所を救助しまして。
今は大分怪我の調子も良くなったので、話し相手になって貰っているんですよ」
「ええと、ガッシュ……君、でいいのかしら。私は時空管理局機動六課スターズ分隊所属、ティアナ・ランスター二等陸士です」
ティアナと名乗った少女は、穏やかな表情でガッシュに微笑みかけた。
ガッシュは困惑した。
まさか自分達が少し席を離している間に、この豪華客船へとやって来た人物がいるとは思いもしなかったからだ。
しかも出会った経緯があまりにも特殊である。
剣持が言うに高遠は「連続殺人犯」らしい。つまり元の世界では悪人だった訳だ。
しかし、この状況下において彼は自ら率先して、脱出を考える人間の指揮を取ろうとしている。
つまり今は善人だと言っても可笑しくない。
表と裏、白と黒。高遠の本心はいったいどちらなのだろうか。
付き合いの長い剣持ですら高遠を完全に危険な人間であると断定することは出来なかった。
ソレならば出会って数時間しか経過していないガッシュが彼を信頼していいものか決め兼ねているのも当然だと言える。
そんな高遠を通して紹介された少女―ティアナ・ランスター。
疑惑の種が当たり前のように芽生える。
とはいえ、何を疑えばいいのかさえ現状では不明な訳だが。
とりあえず。この空間におけるもっとも分かりやすい定義に沿って判断を下す。
つまり殺し合いに乗っているか否か。
……白だろう、おそらく。
正直、この橙色の少女がゲームに乗っているとは考え難い。
例えば、彼女の殺し合いの場にあまりにも不釣合いなくらい落ち着いた顔付き。
デイパックも背負わず、高遠とチェスに興じる彼女をどう扱っていいものか分からなかった。
加えて彼女が自己紹介の際に口にした「二等陸士」という階級もガッシュの思考を強化する。
おそらく、ティアナは軍人なのではないだろうか、ガッシュはそう判断した。
ならば、それは信用に値する職業だ。そう、剣持の「警官」と同じくらいに。
そしてもう一つ、彼女の―服装について。
165:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:34:21 LnFzQa/n
「ウム、私はガッシュ・ベルだ。ティアナ、話の前に一つだけ―聞いてもいいか?」
「ん、何か気になることでもあるの?」
「いや、大したことではないのだ。だがおぬしはその、軍人のようなものだろう?」
「……そう、ね。厳密には違うんだけど、そう思って貰っても問題ないかな」
「では何故……そのような不思議な格好をしているのだ?」
「―ああ、コレ。結構可愛いでしょう」
ティアナは右手に持っていた高級そうなカップを机の上に置くと、すっと立ち上がりくるりとその場で一回転した。
ふわりと黒色のロングスカートが空を舞う。
レースをたっぷりとあしらった純白のエプロンドレスが照明を浴びてキラキラと光っているようにさえ見える。
オレンジ色の髪の毛と清潔感に溢れるホワイトブリムの一体感も極上だ。
ガッシュは再度、彼女の異常を確認した。
言葉にはし難い。ただし、その雰囲気が明らかに妙なことだけは確信出来る。
台詞や仕草は確かにその年頃の少女となんら変わりはない。
服装も非常に美麗で、長い髪を下ろしたその姿は思わず見惚れてしまう程だ。
しかし彼女が何故か"メイド服"を着ていることもそうだが、身に纏うそのオーラがどこか―気味が悪い。
「ティアナ君、その服が気に入ったのは分かりましたから……ガッシュ君、剣持君がどうかしたのですか?」
「ウム……それがだな。先程から勇の姿が見えないのだ」
「それは……妙ですね。私を見張ると豪語していたのにまさかいなくなるとも……。
私はずっとここでティアナ君の看護をしていましたし。ようやく落ち着いて来た所なんですよ」
ちらりと高遠がティアナを一瞥した。少女もそれに合わせて機械的に頷く。
その動作はまるで油を差していない機械人形のようで、どこかギクシャクしていた。
両者の意志の疎通がまだ完全に取れているとは到底思えない。
高遠は……知らないのか。しかし、剣持が高遠に何かをされたとは思えない。
何しろ自分以上に彼は高遠を警戒していた。
もしも二人きり、という状況になっても遅れを取ることはない筈なのだ。
「ティアナ君、剣持君を―ああ、体格の良い四十代くらいの男性なんですが。どこかで見掛けましたかね?」
高遠がガッシュと同じように眉に皺を寄せる。
そして、剣持の行方をティアナに尋ねた。
ティアナは意外そうな表情を一瞬見せ、つまらなさそうに答えた。
「―いいえ、見てないわ。誰だか知らないけれど、じっとしていられなくなって海に泳ぎにでも出掛けたんじゃないかしら」
「……ムゥ、いくら勇でもそこまで元気ではないと思うが……」
ティアナは軽い冗談を交えながら高遠の問いに答える。
「自分は剣持などという男は見てもいないし、全く知らない」という訳だ。
ガッシュは小さく唸りながら、頭を抱えた。
「ガッシュ君、ひとまずもう少し待ってから行動するとしましょう。
案外しばらくしたら、ひょっこりと顔を覗かせるかもしれませんよ」
中々理にかなった提案だった。
まだ自分が剣持を見失ってから一時間も経っていない。
自分が帰って来るのが遅かったため、彼が痺れを切らして一人で見回りに行ってしまった可能性もある。
それどころか、未だ自分が知らない部屋で眠りこけているかもしれないのだ。
166:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/20 17:34:47 m5gVSelQ
167:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:35:03 LnFzQa/n
「……分かった。おぬし達はここにいるのか?」
「ええ。とりあえず、今のゲームが終わるまでは。これが終わったら、私の方でも少し探しておきましょう」
「ウム、では私は船内をもう一回りして来る。頼んだぞ、高遠」
【E-3/豪華客船・廊下/1日目/午前】
【ガッシュ・ベル@金色のガッシュベル!!】
[状態]:おでこに少々擦り傷、精神疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(食料:アンパン×8、ミネラルウォーター)
ウォンのチョコ詰め合わせ@機動武闘伝Gガンダム、ビシャスの日本刀@カウボーイビバップ、水上オートバイ
[思考]
基本:螺旋王を見つけ出してバオウ・ザケルガ!!
1:船内にいる筈の剣持を探す。
2:なんとしてでも高嶺清麿と再会する。
3:ジンとドモンと金田一と明智を捜す。
[備考]
※高遠を信用すべきか疑うべきか、計りかねています。
※剣持、アレンビー、キールと情報交換済み
※聞き逃した第一放送の内容を剣持から聞きました。
□
「……高遠さん」
「何ですか、ティアナ君」
ガッシュの足音が聞えなくなった少し後、そのやり取りは始まった。
「あの子を、殺す必要はないの?」
数時間前のティアナからは考えられないような物騒な台詞を少しの言い淀みもなく吐き出した。
高遠は彼女のその変貌に心を奮わせる。
「まだ時期ではありません。彼は役者の一人です、もう少しだけ生きていて貰いましょう。
それに彼は強い。剣持君のようにあっさりやられると思えない」
「……分かったわ」
しぶしぶティアナは頷く。
そして再度ソファに腰を降ろし、若干冷たくなったカップに再度口をつける。
その瞳は完全に制止した水面の輝きと似ていた。
鏡のようなその煌きを反射する絶対なる蒼。
あらゆる生物の反応を感じない非情なまでの冷たさに満ち溢れて。
それは崩壊の危機に晒されたティアナの防衛本能が紡ぎ出した一つの結論を示していた。
(ようやく……面白くなって来ましたね)
高遠は目の前の<<人形>>と成り果てた少女を眺めながら心の中で愉悦を噛み締める。
168:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:35:24 LnFzQa/n
そもそも高遠の行動には全て理由があった。
ティアナの服を脱がし全裸にしたのも、彼女が危険な人物だった場合行動を抑制するためだ。
彼女に語った通り、一切みだらな意志がそこに入る余地などない。
それ所か相手が服を着ていて逆に自分は裸であるという異様なシチューションは両者の立場を明確にする。
加えて暖かい部屋と甘い飲み物。これは思考をぼやけさせ、意志を低下させる。
そしてその結果、少女の精神は壊れた。
それはもう無残なまでに。
死してなおその身体を弄ばれたキャロ・ル・ルシエのように木っ端微塵になった。
高遠はそこに付け込み、少女を傀儡に変えることに成功した。
ティアナ・ランスターが本当にキャロ・ル・ルシエを殺害したのかは分からない。
本当に彼女が殺した可能性も高いが他の要因も十分に考えられる。
彼女の錯乱具合では「狙撃」という大前提すら間違っているかもしれない。
が、最も残酷な結末が「自らの仲間を自分の手で殺害する」ということなのは間違いない。
どうやら彼女は以前誰かを誤射した経験があるようなのだ。昨日今日の段階ではなく、心の中に根付いたトラウマのようなものか。
まさに運命の悪戯という奴だろう。外の世界はどうやら中々愉快なことになっているらしい。
しかし傀儡と言っても完全に従順な人形へと仕立てあげた訳ではない。ほとんどソレに近い状態ではあるが。
簡単に言えば条件付けのようなものだ。
キャロ・ル・ルシエを殺害したと思い込み、彼女の殺意は外ではなく中へと向かった。
おそらくこのまま放置すれば自傷行為の末、命を絶ってしまうことは明らかだったのだ。
故に私は救いの手を差し伸べた―つまり、贖罪の道だ。
「……ティアナ君、剣持君の死体は?」
「海に落ちて沈んだ後、すぐに動かなくなって西の方へと流れて行ったわ。確実に死んでる」
ティアナはさらりと答えた。その表情に人を殺したという罪の意識はない。
いや、もはや心の奥底まで染み込んでしまっているのだろう。
もしや一人殺してしまったのだから二人殺そうが三人殺そうが全て同じ、そう考えているのかもしれない。
しかも彼女には人を、いや「悪人」を殺す理由がある。
彼女の歪んだ正義感は悪を処断し、罰を下す。
ゲームに乗った殺人鬼を殺す。
自分達に害を成す人間を殺す。
そして、彼女にとって「善人」である高遠自身が指示した相手を殺す。
もちろん出来るだけ痕跡を残さないように、姿を見せないように―という点は徹底させている。
……まさか本当に姿が消せるとは思わなかったが。
これは予想以上に有効な拾い物だ。彼女の持つ魔法の力は殺人に容易く転用出来る。
「しかし、その服を気に入って下さったのは幸いでした。
生憎そんなコスプレ紛いの衣装しか見つけることが出来なかったので……」
「……ええ。さすがにもう、今六課の制服に袖を通すのは難しいかな。そもそも血だらけで変な誤解されそうだわ」
ティアナは自嘲交じりに「ま、この服だって十分に変だけど」と答えた。
ちなみに、このヴィクトリア朝式メイド服を調達して来たのは当然の如く高遠である。
もちろん趣味やフェチズムのような要素はそこには存在しない。
船内でコレぐらいしか服を見つけることが出来なかった故の緊急措置なのだ。
169:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:35:54 LnFzQa/n
彼女が身に着けていた下着はすぐに乾いたのだが、さすがにあの制服を再度着させる訳にはいかなかった。
べっとりと赤黒い血液がこびり付いた衣服など言語道断だ。
「私は誰かを殺しました」と看板を背負って歩いているようなものである。
「でも、これ……メイドよね」
「そうですね、メイドですね」
「―ご主人様、とでも呼んだ方がいいかしら、高遠さん?」
「……さすがにソレは勘弁していただきたい所です」
高遠の答えにティアナは小さく笑った。
心が壊れた―とはいえ少女は理知的であり、妙に明るく無邪気だ。
素面の状態の彼女とは数分しか言葉を交わしていない高遠でさえ、この変貌には驚いている。
普通あそこまで精神的に陵辱されれば、本当に人形のようになってしまってもおかしくはない筈なのだが。
元々強い精神を持っていたということなのだろうか。
そんな人間でさえ、殺人を犯してしまう。
もしかしたら、アレが彼女にとって『初めての殺人だった』かもしれないのに。
そう考えると非情に滑稽で、彼女が哀れに思えて来る。
……これだから心に傷を負っていた者を自分達の世界へ引き込むの堪らない。
(まぁ……いいでしょう。さてと、次なる来訪者は一体……?)
【E-3/豪華客船・船長室/1日目/午前】
【ティアナ・ランスター@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
[状態]:精神崩壊、全身打撲、肋骨にひび、体力消耗(小)、精神力消耗(小)、髪を下ろした状態
[装備]:メイド服
[道具]:なし
[思考]
基本思考:キャロを殺した贖罪のため、悪人を殺す
1:高遠に指示された人間を殺す
2:ゲームに乗っている人間を殺す
3:危険だと判断した人間を殺す
4:弱者は保護する
[備考]
※高遠を盲目的までに信頼。
※キャロ殺害の真犯人は自分であると思っています。
※銃器に対するトラウマはまだ若干残っています、無理に銃を撃とうとすると眩暈・吐き気・偏頭痛が襲います。
※剣持のデイパック【ガッシュの魔本@金色のガッシュベル!!、巨大ハサミを分解した片方の刃@王ドロボウJING、
ドミノのバック×2@カウボーイビバップ 】は豪華客船・客室内に放置。
※剣持の死体はスパイクの煙草(マルボロの赤)(16/20)@カウボーイビバップ と、
ティアナのリボン@魔法少女リリカルなのはStrikerSを握り締めたまま西に流されました。
170:君らしく 愛らしく 笑ってよ ◆tu4bghlMIw
07/12/20 17:36:14 LnFzQa/n
【高遠遙一@金田一少年の事件簿】
[状態]:健康
[装備]:スペツナズナイフ@現実x5
[道具]:デイバッグ、支給品一式、バルカン300@金色のガッシュベル!!、豪華客船のメインキーと船に関する資料
[思考]
基本行動方針:心の弱いものを殺人者に仕立て上げる。
1:善良な高遠遙一を装う。
2:しばらくは客船に近寄ってくる人間に"希望の船"の情報を流し、船へ誘う。状況によって事件を起こす。
3:殺人教唆。自らの手による殺人は足がつかない事を前提。
4:明智には優先的に死んでもらう。
5:ただし4に拘泥する気はなく、もっと面白そうなことを思いついたらそちらを優先
[備考]
※ガッシュから魔本、および魔物たちの戦いに関する知識を得ました
※ティアナからなのは世界の魔法、出会った人間の情報を得ました
※ティアナを駒として信用しています
171:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/20 22:33:58 FAwql9YC
華麗にスルーwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
172:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/20 22:41:06 gjfAHAmQ
そんなクソバトロワよりもさw
URLリンク(keiyasuda.ddo.jp)
正式に参加しようぜ
173:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/20 22:44:16 FAwql9YC
なんでそれア二キャラ総合軍がない・・・・・・
174:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/20 23:21:19 etfifFfW
まずはさんかだな
175:戦闘機人は電気椅子の夢を見るか ◆ZJTBOvEGT.
07/12/21 08:20:23 hf46YEk2
クアットロは早足で進む。
回りをきょろきょろと見回し、警戒をおこたらず、きびきびと歩く。
少なくとも、こうしている間は震えも止まる。
恐怖に支配されぬよう、頭脳も同時に働かせるにはこれが最善だろう。
ヴァッシュと合流しなければ。
あのお人好しに、自分を守らせなければ。
そのためにも、先にいた民家を目指して歩いてきたはずなのに。
今見ているこの景色に覚えがないのは何故か…?
気がついたら大きな道路に出ていた。
やや向こうに見えるのは、川と、橋。
少し待て、ここはどこだ?
デイパックから地図を取り出し、回りの地形と合わせて確認してみる。
もちろん、周囲への警戒もおこたらない。荷物を広げるのも、電柱の影に身を隠しつつ、だ。
広げた地図と付近を照合…おかしい、似た地形がどこにもない。
というよりも、地図自体が全然別のものに変わってしまったとしか思えないのだが…
そう首をかしげた二秒後、クアットロは愕然とし、同時に泣きたくなった。
なんのことはない。単に地図が逆さだったのである。
気づいてみれば単純なことだが、この程度のことにすらパニックを起こしそうになるほど
今の自分は精神的平衡を欠いている。それを認めざるを得ないのだ。
(KOOLに…KOOLになりなさい、クアットロ…)
自分の最たる武器は頭脳である。
頭脳が働かなくなったとき、自分の死命は決すると言ってもいい。
DJ細胞を植え付けたあの男や、最初に自分を撃ってきた黒服の男を例に挙げるまでもなく、
この殺し合いに参加している人間の大半が、おそらくは戦闘力偏重タイプなのだ。
そんな馬鹿どもを相手に、真正面から戦えるわけがない。
馬鹿を制するのはいつだって頭脳なのだ、謀略なのだ。
だからこそドクターは自分に『聖王のゆりかご』を任せたのだ。
大丈夫、最後に勝つのは自分だ。
失敗をしたならしたで、それを挽回するのもこの頭脳ではないか。
このゲームの舞台には、だまくらかせる人間が、まだ六十人弱も残っている。
さっきのようなバケモノに遭遇しても、駒さえいれば戦える。
だって、自分は戦闘力馬鹿とは違うのだから…
自分で自分を激励しながら、地図の向きを直すクアットロ。
まずはヴァッシュとの合流なのだ。そのために、今の自分がどこにいるのかを把握しなければ。
なんとか気を取り直して、周囲をふたたび見回し始め…
少し高いところで、なにか、光ったものに気がついた。
視線を戻す。
誰かいる、二人…
「が」
次の瞬間、持っていた地図がぶっ飛んだ。
それと一緒に、左肩が丸ごともげて落っこちた。
************************************
「ライフルを貸して」
川を渡る橋の直前に位置する歩道橋の上にて。
ヴィラルが察知した何者かの接近を、双眼鏡で明確に確認したシャマルの第一声である。
唐突な台詞にヴィラルは少々たじろいだようだったが、そんなことに構ってはいられない。
「あれを知っているのか。人間ではないようだが」
176:戦闘機人は電気椅子の夢を見るか ◆ZJTBOvEGT.
07/12/21 08:21:54 hf46YEk2
肩からばちばち、少量の火花を発しているのをヴィラルも見逃してはいなかったらしく、素直に疑問を表明してくる。
その通り、あれは人間ではない。というよりも、やはり人間ではなかったと言うべきか。
最近になって機動六課と戦闘した敵の姿を、シャマルもまたよく覚えていた。
あの一味が発揮したポテンシャルは人間のそれではなく、人工的に作られた戦闘用機械人間…戦闘機人のそれとしか思えないものであることも。
そして、あの顔だ。知っている。
ヴィータが言っていたのだ。
あいつのせいで、あたしは冷静さを奪われたんだ、と。
レリックと一緒に保護した子供…ヴィヴィオが乗ったヘリを狙撃することをあえて予告し、
ヴィータの精神に揺さぶりをかけた卑劣女が、今ここにいる!
「あれは裏切り者よ」
声のトーンをつとめて落とし、シャマルは言った。
「魔法の力を賜りながら、螺旋王に仇をなす裏切り者よ。
私の仲間も、何人もやられたわ」
ひとつ言葉を続けるごとに、シャマルの怒りは累乗的に倍加しつつあった。
どうして、あんな奴が生き延びているのだ。
キャロとエリオがすぐに殺されてしまっているのに、
どうしてあんな奴が一分一秒も長く生き延びているのだ。
…そうだ、お前のような奴がいるから、キャロとエリオは死んだのだ。
死ななければならないのはお前なのだ。
すぐ死ね、ただちに死ね。
主はやてのために死ね。六課のみんなのために死ね。
死にたくないのなら、私が殺してやる。
気づいても殺してやる。気づかなくても殺してやる。
向かってきても殺してやる。おびえて逃げても殺してやる。
東西南北どこに行こうが、お前の終着点は地獄の業火の中だけだ。
その中に、私が今すぐ、放り込んでやる。
はい上がってきたら、叩き落としてやる。
「ライフルを貸して」
再度の要請に、ヴィラルは足元にワルサーWA2000とその予備弾倉を置いて応え、
「怒りで手元を狂わせるなよ。
俺は前に出ておく。他にも敵がいるかもしれん」
それだけ言って、歩道橋から飛び降りていった。
片手に大鉈を携えた彼を見送ってから、
シャマルは言われた通り慎重に、重い銃身を操って狙いを定める。
標的が全身を使って回りを見回し始めたのは、今まさに撃つ瞬間だった。
引かれた引き金は止まらない。
心臓を撃ち貫くはずだった弾丸は標的の左肩に吸い込まれ、
もとから損傷していた部分を完全破壊し脱落させた。
***********************************
「か、かた、た、かた、が…」
なぐられるような衝撃で横倒しにされたクアットロが路上に見たものは、
ついさっきまで腕がつながっていた部分の、そのまた根本の部位だった。
肉屋で売られる塊のように、ぼとりと丸ごと落っこちている左肩だった。
177:戦闘機人は電気椅子の夢を見るか ◆ZJTBOvEGT.
07/12/21 08:25:55 hf46YEk2
幸か不幸か、気絶はしなかった。
一瞬、持って行かれた意識は、頭を塀にぶつけたことで戻ってきたから。
この後も生き延びるという自由を偶然にも奪われずに済んだことは幸運と言えようが、
今見ている光景もまた幸運だとは、誰が言えようか。
自分の妙に細く不安定になった肩幅と、路上に転がるそれを交互に見て。
「か、肩がぁぁぁぁ――ッ?」
流血が噴出するかのように、喉からほとばしり出る声。
恐怖でも絶望でも、痛みからくるものですらもない。
それは単に、状況が理解できぬというエラーメッセージだった。
ただひたすら『衝撃』とでも称すべきものが彼女の頭脳を真っ白に変色させていく。
「やだ、こんなのやだ、あんまりよ、あんまりだわぁ…」
落とした左肩をせめて取り戻そうと前に身を乗り出す。
普段の彼女が、常に愚行をあざけ笑う側にいたにもかかわらず。
果たして、結果は。
「っひぃぃ!」
ロングヘアーが半ばから、ばっさりと落ちた。
後頭部の至近をなにかが通過していったのだ。
それはおそらく、さっき自分の肩をもぎ取ったものだと
クアットロは今度ばかりは感づく。
ごきぶりのように這いつくばって、塀の影にすっ飛んで戻る。
その間に飛んできたもう一撃が、はるか手前の道路を砕き、
もう一撃が、今までクアットロのものだった左肩をばらばらに撒き散らかした。
「わたしの…」
口からだだ漏れになる悲鳴はともかく、
ようやくクアットロは飛んでくる何かの正体を理解した。
そうだ、あれは…ライフルだ!
最初は自分も持っていたではないか。
狙撃して仕留める側だったではないか。
そして、今、狙撃してきた相手を、自分はちらりと確かに見たのだ。
知っている…あれは、シャマルだ。機動六課のシャマルだ。
遠すぎて見えづらかったが、外見的特徴は合致していた。
それにもう一人の連れがいるとなると。
(私のことは知られてる、騙せない…)
絶望した。
あまりの巡り合わせの悪さに絶望した。
逃げる以外にありえない。
どこかに隠れてやり過ごさなければならない。
走っている時間も惜しい。一刻も早く、安全なところへ抜け出るには。
そうだ、飛べばいい。自分には飛行能力があるではないか。
あの黒服の男からもさえ逃げ切った、飛行能力が。
クアットロはすぐさま思案を実行に移し、
宙に飛び上がった直後…右耳がちぎれた。
「っ? ぎぃぃぃっ」
また、彼女の頭脳は真っ白と化した。
自分を明確に狙った一撃が、空へ飛び上がった直後に飛んできた。
それを辛うじて理解しただけだった。
狙いやすい場所にわざわざ姿をさらして、そのまま直線的な移動を行ったのが原因である。
彼女が冷静な傍観者であるのなら、そんな真相にもあっさり気づくことができたであろうが。
178:戦闘機人は電気椅子の夢を見るか ◆ZJTBOvEGT.
07/12/21 08:26:55 hf46YEk2
予想外を通り越した事態にパニックを起こし、あわてて高度を落とした先は民家の二階。
顔面からガラスを破って盛大に突っ込むと、彼女はあっという間に血まみれになった。
その真正面にあった鏡が、その様を余すことなく彼女自身に伝えていた。
「? ? ? な、なんで、どうして?
撃たれた? 血? どうして耳がないのぉ?
わたしの耳どこなのぉ、どこなのよぉ――っ」
確かに、彼女クアットロは策士であろう。
自らの優位を最大限に生かし、敵につけ込む術を知っている。
だが、悲しいかな。
彼女は、自身が追い詰められる経験に、これ以上なく乏しかったのだ。
ために他人の失敗をあざけ笑うことを趣味にしていられた。
明日は我が身という発想が、根本的に存在しなかった。
ために他人はすべからく、陰険な嘲笑を向ける対象でしかなかった。
彼女は自身が凋落する姿を想像できないのだから。
希代の天才、『無限の欲望』(アンリミテッド・デザイア)ことジェイル・スカリエッティに付与された
巨大なスペックに基づいた無敵の全能感から来る自信が彼女の超強力な基盤であり…
逆を言うと、それしか彼女にはなかった。
「に、逃げなきゃ、逃げ…撤退しないと、戦略的撤退しないと。
ここは戦略的撤退して、ヴァッシュさんを連れてきて、あいつらを」
なんと滑稽で哀しい姿なのだろう。
この後に及んで、彼女は負けを認めていない。
先ほどのバケモノから受けた襲撃の際に理解したのではなかったのか?
自分はこの場において絶対的強者たりえないと、学習したばかりではなかったのか?
もぎ取ったカーテンと近くにあったティッシュで左肩があった部分の止血を試みながら、
理想的な未来図に思いを馳せて、クアットロは笑う…弱々しくも。
「まさか、建物の中まで、ライフルで狙えるわけないですものぉ。
それが、それが私の狙い…うふ、ふっふっふっふ」
どうか彼女を笑わないでいただきたい。
そうとでも思わなければ、彼女は闘志を支えていられないのだ。
彼女には、それしかないのだから。
壊れた嘘でも、抱きしめているより他にないのだから。
だが、そのようにして奮い立たせたなけなしの闘志も。
「私には銃もある。この入り組んだ住宅地で逃げ切るには充分…」
背後のドアが破砕される大音響と同時にへし折れた。
「けええああああああああっ?」
怪鳥音のような甲高い悲鳴を響かせたクアットロが振り向いた先には、
一撃のもとに粉砕されたドアが破片となって降り注ぎ…
その犯人とおぼしき何者かが、巨大な鉈を手元に引いて、わずかに残ったドアの外枠を蹴り倒した。
全身のいたる所に包帯が巻かれ、その手足は人間のものではなく、なにか獣を合成でもしたかのようにいびつに節くれ立っている。
その顔が人間のものであったなら…すぐにそうだと確認できたなら、多少は安心できたかもしれない。
残念ながら、クアットロが見たものは、そうではなかった。
なぜなら男の顔面は、可愛らしいハート柄の布地が厳重に巻き付けられていたのだから。
わずかに見えるのはその下より覗く、ぎらりと光る獣の眼だけ。
その眼でクアットロをぎろりとにらむと、底冷えのするような声で、男は言った。
「…ちょこまか動くな、貴様のような輩には、死あるのみだ」
「き、きいいい―――っ」
きゃー、とも、ひー、ともつかない悲鳴が響く。
あまりに猟奇的な光景に、クアットロは一瞬にして恐慌のど真ん中に連行されたのだ。
179:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/21 08:27:34 ehxgWc6B
180:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/21 08:28:22 ehxgWc6B
181:戦闘機人は電気椅子の夢を見るか ◆ZJTBOvEGT.
07/12/21 08:28:26 hf46YEk2
直後、続いて振り下ろされた大鉈の一撃を転がるように回避。
持っていた銃…エンフィールドNO2をめくら撃ちで全弾ぶっ放してから窓の外へ飛び出す。
ライフルで狙われる、などと、そのようなことは考えの端にも上らなかった。
ただ、ただ、恐怖から逃れたい一心が行動に直結したに過ぎない。
玄関先に落下し、くじいた足の痛みも無視しながら立ち上がり、走る。
痛い。痛くてたまらない。けど、走らなかったら死んでしまう。
どこを目指しているかなど知るものか。
あの変質者もすぐには追って来られまい。
それまでにどこかへ逃げ込んで、やり過ごしてしまえばいい。
このあたりは入り組んでいる。誰か一人が隠れた家を特定するのも容易ではないのだ。
走って、走って、そろそろ敵を捲いただろうと思ったところで、川沿いの古びた一軒家を隠れ場所に選ぶ。
かつて左肩だった部分から垂れた血は、逃げた際に辛うじて持ってこられたカーテンが吸い取っている。
道に点々と落ちて道標になっている、というような間抜けな事態だけは避けられたはず。
一軒家の中へ滑り込んだクアットロは、まず風呂場に向かってバスタオル多数を確保。
左肩の傷口にそれら全てを当てて、脱衣場にへたり込んだ。
(…頭が、くらくらしますわぁ)
すでに全身が限界を訴えていた。
気力でここまで持たせてきたが、最早一歩も動けはしない。
ここまで来たなら安心だ。傷の手当てをしつつ休息をとり、動けるようになってからヴァッシュを探そう。
他の人間と自発的に接触するのは避けるべきか。二人死んだとはいえ、機動六課はこの会場に六人もいるのだ。
考えてみれば、あの連中が自分のことを警戒するよう触れ回らないわけもない。
そう考えれば…この会場で味方といえる人間は、すでにヴァッシュしかいない可能性すらもある。
あのお人好しだったら、自分クアットロの悪評を耳にしたところで、そう簡単には信じるまい。
そこにつけ込んで利用しよう。あとのことは…ヴァッシュに会ってからだ。
今もきっと、あのお人好しは待っている。突然いなくなってしまった少女の身をマヌケにも案じているはずなのだ。
騙されているとも知らずに。利用されているとも知らずに。
自分の見立てでは、それほど強力な手駒だとも思えないが…
それでも、これ以上一人で居続けるよりは、はるかにマシだ。
とにかく、今は一歩も動けない。ここで休み続けるしかないだろう。
寝息などが漏れないように、タオルをしっかりかぶって寝ればいい。
機動六課のシャマルと、その連れ…今さっきの変質者がここに気づくとも思えないし、
他の参加者にしたって、こんなところにわざわざ寄る意味自体があまりない。
駅が近いのが気がかりではあるが、今はこれ以上、どうにもできまい。
では、体力を回復させようか…
わずかばかりの安心を表情に浮かべた途端だった。
ザリ…ザリ…
足音らしきものが、接近する何かの存在をクアットロに伝えた。
隣の小さな駐車場に敷き詰められた、砂利を踏む音であろう。
(お、落ち着くのよ、クアットロ…
ここが私の正念場。ここで奴に見つからなければ、勝利!)
むしろ、見つかれば敗北…死ぬ、と言った方がはるかに正確なのだが、
そんな単語を頭脳の端に上らせることさえも呪わしいのだから仕方ない。
不安を増大させて、敵に感づかれたらおしまいなのである。
だから、ひたすらに息をひそめる。
うずくまって亀のようにタオルをかぶり、上目遣いで脱衣場の窓から外の様子を伺う。
そんな見方をしているものだから、外の様子などほとんどわかりはしない。
事実上、足音だけで判断し、足音が去るのだけをひたすら待ち続けるクアットロである。
ザリ…ザリ…
足音が近づく。
うずくまったクアットロの背が、小刻みにふるえ始める。
本人はまったく、それに気づいてはいない。
ただ、耐えて待ち続けるだけだった。
182:戦闘機人は電気椅子の夢を見るか ◆ZJTBOvEGT.
07/12/21 08:30:19 hf46YEk2
(やり過ごすの、やり過ごすのよ。
黙ってさえいれば、気づかれるわけがないんだから)
脂汗が、びっしりと浮く。
ひたすら、足音は近づいてくるのだ。
わかるわけがないのに、まるでわかっているかのように。
踏みならされる砂利の音は、重量感を増していた。
(ばれるわけがない、ばれるわけがない)
破裂しそうな心臓と、暴走しそうな両足を必死で説得しながら、
クアットロは足音が通り過ぎるのを待つ。
安心の言葉を呪文のように脳裏に思い浮かべ続け、そして。
ザリ…
足音が離れ、やがて消えた。
クアットロはそれでも警戒を続け、数十秒間、耳をよく澄ませた。
…行ったか。どうやら、行ったようだ。
(やった、勝ったわぁ)
タオルの山から這い出して、窓からそっと外の様子を確認する。
人影らしきものは、確かにどこにも見当たらない。
脅威は去った。クアットロは自らの勝利を確信した。
あとはここで隠れていれば、とくに誰も寄ってくることはないだろう。
体力を回復して体勢を立て直し、しかるのちにヴァッシュと合流。
あの連中への復讐は、その後でできる。
待つのも策士の領分なのだ。
次、相まみえる時には最高の舞台を用意しよう。
むろん、自分が一人勝ちする舞台を、だ。
「うふふ、さようなら、おマヌケさ」
しかし、勝利宣言は途中で遮られた。
突如として響き始めた崩落音が、彼女の言葉を悲鳴に換えた。
「さわああああああぁぁぁぁ――っ!?」
風呂場が突然爆発した。
細かい破片がクアットロの身体を叩く。
それは爆発というよりも、どちらかというと暴風によってなぎ倒されたと言った方が近いのではないか。
クアットロがそのように思った瞬間、
暴風が彼女の方へと向き始めたのだ!
「ひわわわわ、わひっ…」
脱衣場から瞬時に脱出。その後を追いかけてくる謎の暴風から必死で逃げる。
彼女を捉えようとする暴風は一軒家の壁や天井を一瞬にして粉微塵に解体しながら追ってくる。
無我夢中で走るクアットロの背中に、もうほとんどかすめているような距離で大破壊が発生し続け、
それが彼女に二度目の顔面ガラス割りを強いることとなった。
体当たりでガラスを割って飛び出すなり、一軒家は最後の一部屋まで跡形もなく消し飛んだ。
瓦礫から、盛大な土埃が立ちのぼる。しばらく視界は通らないだろう。
…もう認めるしかない。敵は何らかの方法でこちらを探知して攻撃してきた。
それをどうにかしてごまかさなければ、どこまで逃げても同じ事になる。
ならどうする? このままでは、ここで瓦礫の一部にされてしまう!
今こそ、落ち着かねばならない時。
最後の賭けに出なければならない時なのだ。
今、手持ちのカードでどうにかするのなら。
183:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/21 08:30:58 ehxgWc6B
184:戦闘機人は電気椅子の夢を見るか ◆ZJTBOvEGT.
07/12/21 08:31:13 hf46YEk2
(そ、そうだわ…)
クアットロは、冷汗混じりの笑みが浮かべた。
(これならいけるわぁ。
私は優秀で、頭のデキは他のくだらない連中とは数段違う。
やっぱり最後に笑うのは私なのよぉーっ)
早速、思案は行動に移される。
土煙が晴れるのは、まもなくのこと。
************************************
(外すな、シャマルは)
そう直感したからこそ、ヴィラルは彼女一人を置いて
敵の追撃にかかったのだ。
あれは裏切り者だという。
裏切り者というからには、キドウロッカの裏切り者なのだろう。
すなわち、螺旋王の裏切り者であり、獣人の裏切り者ということだ。
ならば、この手で処刑する理由としては充分すぎる。
しかし、走る足に力が籠もったわけは、それだけではなく。
(あのような顔は見るに堪えん…)
憎しみに冷たく燃え上がったシャマルの瞳を前に、
いたたまれない気分になってしまったのも確かではあった。
討ち取られた同志の仇を討つのは当然のことだ。
ましてやそれが、裏切り者の仕業ともなれば。
友を、仲間を失った彼女の無念も、十二分に理解できるつもりだ。
つまり、彼女があの敵を討つのに反対する理由などひとつもないのだが…
それでも、料理を差し出した際に見せてくれた健気さ、優しさと、
宿敵を発見した際の怨嗟に歪む表情とを脳内で見比べる羽目になるのはきつかった。
そしてそのやりきれない気分はそのまま、逃げる敵への殺意へと変わった。
(手早くカタをつけさせてもらうぞ)
敵が落下した民家の一階から適当な布地を拾い上げて顔に巻き付けたのは、
目つぶしなどの小細工を一応は警戒してのこと。
確実に仕留めなければ、自分にとってもシャマルにとっても、この先不愉快なことになる。
そう思って一撃で決めるべく室内に突入するも、あえなく逃がしたのは痛恨であった。
狙いも何もつけていない銃とはいえ、至近距離でやたらめったら撃ちまくられては近づけなかったのだ。
だがそれも、ヴィラルにとっては致命的な事態とはなりえない。
(血のにおいと、焼けた機械のにおいだ…
貴様のにおいは、どこまで行っても目立つなぁ、裏切り者)
人間並みまで機能を落とされたとはいえ、獣人として培った嗅覚は伊達ではない。
シャマルが人間と微妙に違うことをそこから感じ取れたように、
追っている敵の奇妙なにおいの組み合わせも、あっさり探知できてしまうのだった。
やがて、敵の隠れる一軒家に到達した彼は、内部への突入を試みようとして…
(待て…突入は二度目だ。
裏切り者であるからには卑劣なはず。
何か罠をしかけているかもしれんな…?)