07/12/21 00:38:53 wWTlNRoA
金糸雀アンチの作者しかいないこのスレに期待しても無駄
351:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/21 06:45:58 iLkH0X9o
>>349-350
糞キム信者消えろ
352:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/21 20:54:00 d57T8BlJ
ドールズ一嫌われ者のキムのSSなんて誰も見たくねーよwwwwwwwwwww
353:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/22 02:36:45 iOPJaHOS
しばらく見かけないと思ったらまた変な奴が湧いてきたな
354:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/22 03:02:29 qywIh1dg
規制解けたみたいだな
355:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/22 07:00:12 ATaXrPdK
半島に帰れ
356:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/22 23:09:09 drrjHLhx
キム信者は一生規制されてろ
357:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 01:03:10 Kar7fNnI
146
既に第七ドールの雪華綺晶と槐が、ジュンがそこへ入る前、ローゼンの屋敷の中へと進入していた。
屋敷の中は見放されたように明かりが一つもついていない。細長いアーチ型の窓から差し込む光だけがなかを照らす。
その廊下で、雪華綺晶と槐は十フィートほどの距離をおいて向き合っていた。二メートル近くある長身の人形師と、1メートル足らず
の白い人形。ぶつかる視線のラインはその高度の落差より斜めの直線を描いている。
「私が薔薇水晶に手かげる前…」先に槐が口を開く。「そうだ…思いだしたぞ…私の夢の中にお前が姿を現したな…この私を
お前のアリスゲームに利用していたのか」
雪華綺晶は顔を持ち上げ彼を見上げると、答えた。暗がりの中、窓ガラスから差し込む光だけが彼女の顔を明るみに出し金色の瞳を
あらわにする。「あなたはお父様の弟子の人形師になるときから…アリスゲームの糸に捉われている」
「…薔薇水晶に命を吹き込んだのはお前なのか」
「巡る運命の一つ…"でした"」
槐は片手で頭の額を抱え、雪華綺晶を睨もうと試みる。だが、自分と薔薇水晶のことを利用したその張本人だとしても、薔薇水晶
にあまりにも似た雪華綺晶の姿に槐は形見の感情を持たずにはいられなかった。似ている…似すぎている。
彼女の姿が薔薇水晶と重なってしまう。「う…くそ」
憎しみと懐かしみの親近感、交差する感情と戦いながらどうにか彼は続けていう。その様子を雪華綺晶は少し面白がっているようにも
見えた。「…ローザミスティカもない薔薇水晶がなぜ生きた人形のように動き出したのか、当時はあまり気にもしなかった…薔薇水晶
と話せることが嬉しかった…だが全てはお前の思惑の内だったのか」
無音のままただ雪華綺晶はきいている。
「そうだとしたら…お前にお願いがある」槐は言った。自分達をはめたことへの憎しみより、結局薔薇水晶への気持ちが勝った
のだった。「私はもう一度…薔薇水晶を創りなおしたい。そのときはまたお前から薔薇水晶に命を与えてほしいんだ」
当然、自分の運命のことしか頭にない雪華綺晶にはその願いの意味すら分からなかった。
「その糸はもう切れました」
「ならば、せめて…」槐の目に狂気じみたものが走る。「お前は薔薇水晶に似ている…そう、似ているんだ…だから…薔薇水晶の
ドレスをいまここで着てくれないか。ああ、右目の薔薇はそのままでいい…」
雪華綺晶は笑った。愚かな人間の心の一端を、またしてもこの左目を通じて見れたわけだ。
358:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 01:04:21 Kar7fNnI
147
僕は枯れた薔薇園を通り過ぎ、階段を何段も何段ものぼった。すると見えてくるローゼンの屋敷の入り口。
扉は既に開かれている。人形師ローゼンは本気で僕を迎え入れ直接会う気でいるらしい。
僕のことが気がかりなのか、或いはローゼンのことが気になるのか、薔薇乙女達は僕の背中の後ろについてきていた。
「もう、いやですよ、真紅。私はもういやです。もうやめにしましょう…真紅」
階段を登りながら、翠星石は自分の中のなにかのダムが耐え切れず崩壊したように、これまでの疑問と蟠りを仲間の真紅に掃射していた。
「もうアリスゲーム…いえ、もうアリスはやめにしましょう。真紅。もう無理ですよ。アリスゲームだって終わったのに、
まだ究極の少女には行き届かないなんて。最初から無理だったんです。もう私はこんなこと踊っていられませんよ。真紅、
私達は目を覚ますべきです。アリスなんてほんとは誕生できっこないなんです。どんな少女よりも美しいったって、具体的に
彼女はどんな顔をしているのか真紅には想像できます?どんな花よりも気高いという彼女の振る舞いのたとえをいってみてください」
それらの翠星石の言葉のほとんどは、もはやお父様…人形師ローゼンが薔薇乙女に命じたことそれそのものへの疑問だった。
理不尽なことをおしつけてきても、それでも自分達を創った存在である彼を信じて、これまで誰も口にしなかったその疑問を、
仲間であり信頼できる真紅に、翠星石は自分を解き放ってそれを口にしているのだった。
「もう帰りましょう、真紅。私はかえりたいです。そりゃ…そうです、お父様には会いたいですが、もう逢ってはくれないのです。
アリスとしか - お父様はアリスとしか会わないのです。でも、アリスなんて存在できっこないんです!お願いです聞いて。真紅。
要するに私達のしていることは…ありもしない偶像を拝めている邪教徒ってことなんですよ!あたりを見回してみてください。
こんなこと狂ってますよ。真紅、ここは虚無の糞溜めに違いありません。」
僕は意を決し、入り口の扉を通り屋敷の中に入った。
内部より醸し出される闇の空気が奥へと誘っている感じもする。
後ろについてきた薔薇乙女たちも入り口の扉をくぐろうとする。だがその直前、ラプラスが右手を間に差し入れてそれを止めた。
「おっとドールの方々はまだローゼンに会ってはなりませんよ。屋敷に入ることまでは勝手ですがね」
「なかに入るだけだわ」真紅は弁論した。
ラプラスは右手を踏み切りのバーのように上げなおすと、道を開けた。「ならば、兎は止めはしません」
そうして僕と三人のドールはローゼンの屋敷の中へと入った。
まずなかを見て圧倒されたのは、飾られた無数の絵画だった。いろんな人を映した絵画が飾られている。
特にその中でも目立つ正面の大きな絵画。名前がこのように刻まれていた。
"Christian Rosencreutz" "ローゼンクロイツ"
他にも色々な人の絵画が飾られているが、僕に分かる人たちはガリレオ・ガリレイとカリオストロくらいだった。
まだまだ沢山あるが、他の絵画を見ても誰なのか僕にはピンとこない。ヴァイスハウプト、ソロモン、サンジェルマン、ワーグナー、
クリストフ・ベゾルト、ニーチェ…
薔薇乙女達は僕とは別行動をしだした。僕にはついてこれないことを認めているのだろう。正確には、ローゼンには会えない
ということを。
しかし何処にいけばローゼン本人には会えるのだうか?
僕だけに分かるように案内するとラプラスは言っていた。たがそう言ったラプラス本人はいない。僕一人でローゼンを探し当てろというのか。
仕方がないので、僕はあてもなくローゼンの暗い屋敷を無断で覗き回った。
ローゼンが数百年間、アリスを求めて何をしにきたのか…何を考えてきたのか…。
全てこの屋敷の中のものが物語っている。
359:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 01:05:33 Kar7fNnI
廊下から適当にある部屋に入った僕は、机の上で広げられたままの本を見つけた。内容は、進化論を唱えたダーヴィンのものだ。
"では、次に、存在闘争について、もう少し詳しく論じることにしよう...すべての生物はきびしい競争にさらされている...
生活のための普遍的な闘争が真理であることを言葉で上で求めることほど容易なことはないが、同時に、この結論を常に心に
止めておくこと以上に困難なことはない...だが、この結論が徹底的に心に染み込んでいるのであれば、自然の経済全体...
はおぼろげに認められるにすぎないが、あるいは全く誤解されてしまうものであろうと、私は信じる。われわれは<自然>の顔が
喜びにかがやいているのを見る...だがわれわれは、われわれの周囲でのんきにさえずっている鳥がたいてい昆虫や種子をたべて
生きており、こうしてたえず生命を滅ぼしていることを見ない。あるいは、それをわすれている。われわれは、それらの鳴鳥や、
その卵や、雛鳥などが、肉食鳥や肉獣によっていかに多くほろぼされているかを忘れている。"
その次のページには、赤い字でこう書きなぐられていた。ローゼン自身による落書きではないか、と僕は推測した。
"かれは反対意見の波に応ずることに恐怖を抱くあまり、反対事象とその説明をあまにりも論文に多く上げている。
何が本当にかれが言いたいことだったのか途中でわからなくなるほどだ。かれは、恐れるあまり、結局その恐れに埋もれたのだろう"
それ以外特に目に留まるものもない質素な部屋だったので、僕はそこをあとし廊下に戻った。廊下は奥へ進めば進むほど暗さを
増していき、知られざる呪われた空間に足を踏み入れていく気分になる。
そして実際その通りであることを僕は悟った。廊下の進む先についに僕はそれを見つけたのだ。
…人形師ローゼンが人形を創作していた、その作業場への入り口を…
あそここそが世界の最奥部である錯覚がした。薔薇乙女たちの生まれた、原点の場所。
水銀燈も真紅も、翠星石もみんなあそこでローゼンによって作られ、あの場所で生まれた。きっとアストラル体の雪華綺晶
の生まれたところもあの先だ。
そこにローゼン本人があるかどうかを別にして、僕はその作業場を覗かずにはいられず、誘われるままに入るとき、
自分にかけられているこの呪文の正体を知らなかったのだ。
360:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 01:08:17 Kar7fNnI
148
作業場に入った僕は暗い夢の世界にいるみたいだった。
ありとあらゆるものがそこには揃っていた。文句のつけようのなく…ここが薔薇乙女が生まれた場所であると説明するに全てのものが
ここには事足りていた。道具、古びた人形のパーツ、部品、彫刻、作業用の机。それらに留まらない…彼女たちのドレスを作った
であろう裁縫の道具。
裁縫に関しては僕も少し知識があった。この作業場にあるその裁縫の道具が、僕の家にあるような市販のものとは次元違いに
優れた品であることは瞭然だった。それこそ神業級の腕を持つ職人の遣う道具に相応しいもので間違いない…。
だが残念ながら、それら道具や置かれている人形の部品はどれもがかなり年代物をうかがわせるもので古びており、人形師ローゼンが、
それこそ何百年間もここには足を運んでいないことが予想できる。彼はここにいない。
糸に吊るされた無数の人形の腕や頭…。小さいが、薔薇乙女サイズだ。
以前、確かに槐の人にそのドールショップの作業場で実際に人形が作られるところを見たことがある。だからここもそれを
連想させる作りではあったが、まず量が桁違いだった。何段にも連続する棚に置かれる数え切れない道具と部品…本当にたとえ
何十年、何百年かかろうとアリスの完成を求め続けた彼の姿勢がうかがえる。だが、これほどの素材と道具を残しておいて何故
かれは薔薇乙女第七ドールを創り終えた時点で人形作りをピタリとやめてしまったのかはまだはっきりとしない。
作業場の開いたスペースである隅っこや壁際にも、大量の人形の作りかけがまんべんなく置かれている。ほとんどが分厚い埃
にまみれているが…。これら作りかけのうちの一つであった水銀燈がローゼンを追って動き出し、あのような第一ドールへとなった
話を思い出すと、僕はいまのあの作りかけたちも僕を睨み独りでに突然動き出すようで恐ろしかった。
そう彼女達は全て一度ローゼンの愛を受け彼の指先の業をうけたドールたちなのだ。
人類未開拓のエジプトのピラミッドの地下空間を探検するような気分で、ぼくは作業場の奥へ足を踏み入れた。
最寄の机を覗くと、驚いたことに、ローゼン本人がかいたであろう薔薇乙女のイラストがかかれていた。第一ドールの水銀燈、
金糸雀、それから真紅に雪華綺晶まで。簡潔でとびきりに分かりやすいイラストだった。
既に薔薇をモチーフとしたドールシリーズを創ることは決まっていたらしい。
その隣の紙のメモに僕は目を移らせた。英文でこんなことがかいてある…
Give me a R.
Give me a O.
Give me a Z.
Give me a E.
Give me a N.
Give me a M.
Give me a A.
Give me a I.
Give me a D.
Give me a E.
Give me a N.
361:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 01:09:48 Kar7fNnI
What does it spell?
RozenMaiden?-no. ROZENMAIDEN? - No.
A - L - I - C - E - G - A - M - E .
T-Minus 15.193792102158E+9 years until the universe closes!
彼のアリスを追い求める心は一途だとか病気的だとかの人間の感情で言い表せられる領域を超えていると思う。
宇宙が終焉を迎えるまであと15193792102158と9年だと?僕は彼のことを何百年という規模で考えていたが、甘かったらしい。
彼が待つのはアリスの完成か宇宙の終焉だ。そうでなくともこのスペルの謎めいた文章といい、彼を普通すぎる人間と同レベルに
判断してはいけないことは十二分に分かった。
隣の作業机と移る。
人形師ローゼンの作業場をみればみるほど、彼への畏怖の念が増した。彼のドールのドレスのデッサンがそこには沢山書かれている。
彼は天才だ。描かれているドレスはどれもそう…最高に素晴らしい。僕の書くドレスのデッサンなど赤子に見える。
薔薇のつぼみをイメージしたスカート…雪華綺晶や薔薇水晶のドレスだ。ローゼンメイデンの着ているもの以外にもここにはある…
見たこともない美しい秀逸なドレス…
何かが擦れるような物音が鳴り、僕ははっとした。何処かで人形と人形の部品同士がぶつかったのだろうか。
それはいまはここから出て行けという意図であり、人形師ローゼンを探しに行けという命令にも受け取れる、と僕はそうひとりで
納得したのだった。
362:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 01:11:33 Kar7fNnI
149
ローゼンの作業場をあとにする。そこにローゼン本人を見つけることは出来なかった。
見当もつかない。この屋敷の何処かにすることは確かなのだが、見えない目で、僕は一方的に向こうの彼より居場所を知られている
気がする。
暗い廊下を進み、角を曲がって元の比較的明るい場所に戻ろうとしたその刹那に…突然雪華綺晶が目前の廊下に別の部屋の出口
より出てきた。思わず声を出しそうになる。やはりもう屋敷の中にいたのか。
彼女はなにやらでかい本を胸に抱え持っている。いや本がでかいんじゃない…七体目が他の姉妹と同じように小さな背丈であることを、
今更になって気付くのは奇妙な感じがした。不運にも彼女の左目と目があってしまう。
やり場に困った僕は、彼女の胸に抱えられる本について聞いてみることにした。
「よ、よう…何の本を読んでいたんだ?」
素直に本を差し出してきた彼女に少し驚きながら、その本をみてみた。「あー、やっぱり日本語じゃないのな…まてよ、これ!」
僕は二重に驚いた。「僕の家の物置部屋にも置かれていた本じゃないか…真紅が読んでいたような。錬金術とかの本だろう。
表紙にかかれた、薔薇の花びらの中心にキリスト十字が描かれているこのシンボルに見覚えがあるんだ。一体どういう意味なん
だろう」
「…知らないのですね」雪華綺晶は本を自分の手元に返した。「これは薔薇十字。ローゼンクロイツとその友愛団の象徴ですよ」
「薔薇十字?友愛団?」すでに話しについていけない気がした。
「そう…。これは薔薇十字の秘密を語る本…ローゼンクロイツの話が書かれている」
「そこにローザミスティカの創り方とかが書いてあるのか?」僕はそのとき、不覚にも何か歴史的ですごい秘密と対面しているようで
興奮を感じていたのだった。
「ふふ…ふふふ」そして雪華綺晶はそんな僕を笑う。「真紅のマスター、かわいそうに。薔薇十字とその錬金術の話はそのほんとど
が偽りの語りでできているのですよ。アンドレーエの書いたとんだ嘘ばなし。ローゼンクロイツ自体もほんとうは架空の偽りなの
ですから。でもこの薔薇十字の象徴だけは彼の寓意には含まれなかった」
面食らったが、僕は少し粘った。「でも、屋敷に入ったとき、そうだ、ローゼンクロイツってかかれた絵画があったじゃないか。
それにそうだとしてもだ、じゃあ結局お前らのローザミスティカはなんなんだ?」
「お父様はこの屋敷に嘘をたくさん仕掛けている。屋敷を飾られている…」
雪華綺晶は首を上げて屋敷のなかを見渡し、言った。「架空の話…架空の存在…お父様はどんなおひと…」
「会いたいんだな」
ところが彼女は照れているのかどうか、それには答えずこう続けた。
「そう錬金術の話しは偽り。でも薔薇乙女にはローザミスティカが事実与えられている。実体を持たない薔薇乙女がいる。
それはこの私でも分からないことなのです。偽りということの本当の意味を…本当の意味を知っている者は、…あなたでもなければ
私でさえもない。としたのなら…?」
363:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 01:12:43 Kar7fNnI
なんて哲学的な話なんだ。ここらへんで本のはなしは一件落着としてしまおう。
そう勝手にきめつけた僕は、すっかり忘れていた心配事をいまようやくいま思い出した。
「お、おい七体目、そういえば急にいなくなってたからって他の姉妹が心配してたぞ」
「真紅は全てのマスターの力を集めてゲームを制した。そして私はあらゆる糸から切り離されて空中を溺れているの。鉢を飛び出して、
死を泳ぐドールと話しているあなた」
僕は七体目の訳の分からない比喩表現的な部分は全て聞き流した。「槐となんかあったりしてないだろうな?槐の人もお前と同時に
何処かへ消えたんだが」
「…」彼女の作る不穏な笑みに、僕は最悪のケースを覚悟した。「…きっといまごろ…私の影を追っているのでしょう…
これがまだアリスゲームだったのなら、また偽りの夢に抱かせてさしあげるのに…」
「や、やめろよ」慌てて言ったが、まだ彼が無事であることを理解したのはその数秒後だった。「手を出してないんだな」
「アリスはもうでる。いまごろ私はどこか水面の下に溶け込むはずだった…」
一瞬不思議に思ったが、すぐに合点がいった。ラプラスの魔が話していたときそこの場に雪華綺晶はいなかった。
「いや…ラプラスが言うには真紅はアリスゲームの勝者ではあるが、アリスではないらしい…まだ届いていないだとか…」。
「なんでして?」雪華綺晶は、急に頭の中が白紙に戻ってしまったような様子を見せた。「どうしてでして?真紅がアリスじゃなかった?
どういうことです?本気でお父様がそんなことを?何が止めてしまったのです?何が…?それで…それでお父様は私については何も
言わなかったの…?」
突然、七体目は僕ではなくむしろ自分自身と会話しだした。「私は真紅がアリスゲームを制した方法をずっと前から知っていた。
それのみを花に以って動いてきた。…その花がアリスでなかったというの…?」
自分の中に初めて生まれてきた何かに戸惑うような顔を見せつつ彼女は続けた。
「始めから私の花など存在しなかったことに…?アリスは物質世界のしがらみを持たなかったはずなのに。どうして?
なにかがおかしい。これはどういうこと?わからない…。運命は私をこうは導かなかった!ああ…ほんとうに、
アリスは存在し得るのです…?」
アリスが本当に存在するのか。雪華綺晶までそんなことを言い出した。もはやどの薔薇乙女もそのことを考え、創立主の人形師ローゼン
に問いかけ始めていた。
アリスゲームのルールが変わる。薔薇水晶が消滅したその瞬間から、ドール達はそれに気付き始めていた。ローザミスティカを奪い合う
だけのアリスゲームでなくなり、それ以外にも方法があったことは、ローゼンが自らドール達に告げたことだ。
ところが、今のこの状況は…。どのドールも想像つかなったことだろう。チェスの盤に、黒と白だけでなく緑や青や赤まで加わって
しまったかのようにアリスゲームのルールはこれまでにない程破綻してしまっていた。ドール達は完全に行く先を見失い、ローゼン
がすぐそこにいる場で何も出来なくなっている。
もう自分なんか彼女の目にはろくに映っていないと思った僕は、雪華綺晶をあとにローゼンの探索を続けることにした。
結局それは、よけいにローゼンと会いたいという僕の気持ちを強めるだけだったのだ。
364:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 01:14:25 Kar7fNnI
150
人形師ローゼンが実際に僕と会おうとしていることはいよいよ確信になり始めている。
アリスゲームの源泉。死と殺し、狂気、悪夢……。
暗闇の廊下。歩みを進めていると、墨と黒だけの目立っていた空間に、一つの白い点をみつけた。
白い点はチカチカ光り、ちょこまかとあちこち羽虫のように飛んでいる。もう見慣れたそれは、人工精霊の動きだった。
しかし…この色の人工精霊は…。
「おまえは…たしか、スゥーウィ…だったか?」
七体目の人工精霊。雪華綺晶から離れてひとり単独行動しているらしい。
「ここでなにしてるんだ?」
もちろん、そんなこと問い掛けても人工精霊に意思伝達なんてことはできない。だが精霊たちは、時たま動きだけでその所思を伝える
ことがある。
スゥーウィはしきりにチリチリと自分自身を点滅させる。他の精霊より色が白であるせいか、光が若干強く眩しい。
マグネシウムリボンと酸化鉄が反応して激しく白色に輝き燃え上がるあの光を思わせる。触れれば熱そうだ。
その光で、スゥーウィは廊下の行く先を照らそうと躍起になっていた。
「おまえは…ローゼンの居場所をしっているのか?」僕だけに分かるように案内とは、こういうことだったのか?
雪華綺晶はスゥーウィのことを能無しのものぐさと思っているみたいだったが、実はこの人工精霊には誰も思いのよらなかった
ような秘密を人知れず隠し持っているのかも、と心の中で考えたのだった。
いやあんがい…、雪華綺晶の前でドジしたのも、自分を遇に見せるためわざとした事だったのとしたら…?考えすぎか。
既に闇が身体を捉え、縛り、何処かへ運ぼうとしていた。スゥーウィが真っ白に煌きながら僕を屋敷の奥…闇の奥へと案内していく。
あまりにも白く輝くスゥーウィに照らされる廊下は、逆に暗い部分の影の闇を強く強調する。白く照らされる部分と影に隠れ暗闇
の部分。その落差が激しく白黒しすぎているのだ。
"長く夢見る者は、自分の影それに似てくる"
そんな言葉を、スゥーウィから伝えられた気がした。
迷宮並みの廊下を導かれるまま進み、いよいよスゥーウィはある扉を掲示された扉してきた。
生唾を飲み込む。いよいよローゼンとの対面・・・なのか?
すでにスゥーウィはその扉のみをチリチリと照らし続け、扉を開けろと命じている。
その扉は重厚そうなゴシック様式のものだ。みるに装飾の数が半端ない。失われし王室の入り口みたいだ。
僕は扉の前にあるきより、取っ手を握って開いた。
365:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 01:15:33 Kar7fNnI
151
その部屋の中は真っ黒だった。光のない暗さというよりももっと絶望的な暗闇にそこは支配されていた。
ローゼンが例え本当にここにいるとしても、その姿をみることは決して出来そうにない。なるほど、これでアリスとの初待遇を
保障するつもりだろう。
僕はその場でひざまずき、目を瞑ってローゼンの声を待ってみた。方向感覚を失い、どっちから部屋に入ってきたのかも分からなくなる。
もしローゼンがここで僕に声をかけてくれなかったのなら、永久にここから出れない気がした…
「少年。年はいくつだ?」
間違いない。これはローゼンの声だ。それは闇の向こうから響いてくる。彼の声を聞くのは初めてだったが、僕がずっと考えていた
声とそれはほぼ一致していた。そうまるで人間という人間、物質という物質を超越したような存在の囁く声だ。僕は跪いたまま答えた。
「16です」
僕はすぐに果たして僕の声がローゼンに届いたのか不安になった。声は瞬く間に闇の中へと吸収され、どこか別空間に流れていく
気がしたからだ。
しばらく時間が経過すると、それは不要な心配だったと分かった。ローゼンの声が僕に返って来る。
「名前は?」
「桜田ジュンです」
「真紅の契約者か?」
「そうです」
「スゥーウィは正しく行いをしたようだ。出身はどこだ?」
「…日本です」
「日本か。私も日本を訪れたことがある…ドール達の名前はこの国の言葉で考えた。私はありあらゆる敵と危機から逃れるため、
シベリア鉄道からウラジオストク経由で日本の土地へと到着した。もうずっと昔のことだ…私は日本のセンポースギハラに命の
貸しがある。入国のためのビザを書いて貰ったのは彼からだった。あれから何百年も経ってしまったゆえ覚えてはいないが、
ドール達に名前を日本の言葉で与えたのは、スギハラとその生み出した国への敬意か謝恩かだったのかもしれない…少年、
センポースギハラは後生どうなったのだ?」
闇から届いてくるローゼンの声はまるで神の声だ。何百年も生きているのに、歳はピタリと止まり進んでいない、時代を超越した
存在の声。どこから聞こえてくるのかその方向も掴めず、ローゼンがいま、自分の前にいるのか横にいるのか後ろにいるのか
こちらからはまったく分からない。
しかし…センポースギハラ。杉原千畝さんのことか。ビザを書いたことで数千人のユダヤ人を救った人だ。ローゼンもその一人
だったということなのだうか。
「僕の知っていることは…彼は日本に帰国したあと…外務省から解雇されて…でもその後イスラエルの政府からお礼の賞が与えられた
としか…」
僕は答える。ローゼンはしばらく恐らく考え込むように黙した後、返答してきた。相変わらず、その姿は闇に溶け込んで見る
ことは叶わない。
「…そうか。…日本に着いてからの私が見るもの聞くものはその全てが新しさで満ちていた…天国がクチナシのかたちで降りて
きているようだった…美しい山々、川で遊ぶ自由の子どもたち…」
そこで彼は喋りを止めて口を閉ざしてしまった。僕がなにかを答えるのを待つかのように。
けれどもなんと言えばいいのか分からない。日本についてのこと?思考をめぐらし、それがまたたくま間に複雑にこんがらがり、
途方にくれると、ローゼンの次の言葉が聞こえた。
「ドールたちは、アリスゲームで戦うように命令した私のことを何と言っている?」
僕はどきっとした。ついにローゼン本人より、アリスゲームそのものの話題が振られてきたのだ。
366:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 01:16:40 Kar7fNnI
「互いにローザミスティカを奪い合う宿命を彼女達に課した私を、ドールたちはなんと?」
僕は答えた。
「"それが薔薇乙女の運命であり誇りでもある"と、言っていました…"私達は闘っているから、生きている"と」
沈黙。
果たしてこの答えがローゼンにとっての正解なのか不正解なのか、恐ろしい間が流れる。
「…少年、ではお前はドール達に戦いを命じた私のことをどう思っている?」
次なる問いかけ。
「…それは…」
僕は目頭が熱くなるのを感じてしまった。
「ローゼンは…アリスに届かなかった七体の薔薇乙女たちをどう思っているんだろうと疑問に思っていました」
「お前は何を期待している?」
容赦のない質問ぜめだ。心臓が高鳴る。
「…僕はただ…ただあいつらに…闘って欲しくないだけです」
バカで愚かな受け答えだった。もうとっくに闘いなんか終わっている。もし今のことを誠に話すとするならば、何と言葉で表せば
良かったのだろうか?
「お前は私の薔薇乙女たちのことをどう思っているのだ?お前にとっての薔薇乙女はなんだ?」
「…いまではかけがえのない…存在です」
「どういう意味でだ?」
まるで神の尋問にかけられているみたいだ。ふと脳裏にイエスの"最後の審判"が浮かぶ。
「彼女達は…僕に勇気を与えてくれます。その…彼女達が戦い、気高く、究極であろうとする姿…一方、僕はただの引きこもりで、
何もできない奴だったんです。そんな僕に声をかけてくれる彼女達…。僕も応えなければという気持ちが出てくるんです。」
そこでローゼンは再び黙した。
暗黒の空間であるここに取り残されたまま、永久のときが流れるかと錯覚しかけたとき、僕は目撃した。
闇の中でわずかにうごめく影を。
「お前のような人間がドールの契約者として現れてくると思っていた…。そう…それでいい。人形は人の心を癒すもの。
たとえ薔薇乙女の存在理由がそうでなかったとしても。私はアリスを追い求めて薔薇乙女を創り続けてきた…」
アリス。とうとう、ローゼン自身からその単語を僕は聞いた。
「…ローゼンにとっての、アリスとは一体どんな存在なのですか?」
僕は質問した。恐らくこれが薔薇乙女たちの求めてきた答えであり、彼女達に先駆けて問い掛けてしまった僕に果たして本当に
ローゼン自身からの答えを聞く資格があるのか自信はなかった。
「…全てだ」
だが、どうやら僕は答えを聞く権利を与えられたらしい。
「いま私の全てはアリスの為に注がれている。アリスは完璧で、究極の美貌を持つ、至高の"少女"だ。どんな乙女でも適わない…
誰の見た夢よりも美しい。そして、アリスは優しい。ああ…私に優しい。数百年間、嘆き苦しめられた私の心を癒せる優しさが
アリスにはある…。アリスだけにある…。アリスが誕生するとき、私は本当の..本当の愛をようやく注ぐことができるだろう。
…その心に一点の穢れもなく…ダイアモンドのように無垢だ。完全無欠さ…私は夢を見ているか?少年…お前には見えないか?」
「薔薇乙女達には…何が足りなかったというのですか?」
僕は質問に質問で返していた。
「アリスになる為に足りなかったものがドール達の足りなかったものだ。その不足が埋められ、完全な少女が完成するまで
アリスゲームは決して終わらない。やめることができようか?今の盤を終わったと断言できるものをお前は持っているか?
これは覆してはならぬ歴史なのだ。それが必然だとしても、偶然と現すことができても、薔薇乙女がアリスの"然り"を超える
ことは決してない…アリスが誕生するまで」。
367:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 01:17:25 Kar7fNnI
152
僕は部屋から出して貰った。ローゼンには他にやらなければならないことがあるらしい。一体いまになっても何をしているのか、
考えるだに恐ろしい気がする。廊下に出るとスゥーウィーはもういなかった。
もし、薔薇乙女達がいまのローゼンの話を聞いたらどう思うだろうか?
みんな自分自身に誇りを持っている。みんな自分を生み出してくれたローゼンを愛している。でも、その愛は決して返されない。
頭が疲れきった状態で屋敷の廊下を渡り、角をまがって入り口近くまで戻ってきた僕は、壁際に腰掛けている真紅に一方的に
話している雪華綺晶を見かけた。
僕がローゼンと話しているあいだに、2人は屋敷のなかでふっと出くわしたのだろう。
「確かに、確かに、あの人間は普通ではない。マエストロの業も間違いはないでしょう。あなたは知っている…お父様は、
お父様は…あの人間を気にいっている。本当に気にいってるのです。」
真紅は放心状態のまま、ただ愛しげな瞳で末の妹を眺め続けているだけだ。
ほとんど自分の言葉が彼女の耳に入っていないことにも気づかずに、雪華綺晶は永延と話を続けていた。
またいま近くに僕がきていることにも気づいてはいない。
「アリスとしか会わないはずなのにお父様はあの人間と会った。はなしをした。関係があるといってもいいかもしれない。
お父様とあの人間のあいだにはなにかある。お父様はあの人間のためになにか心のなかで考えている。気になりませんか?
あなたはどうなのです?…何かが起こりつつある。そうです、お姉さま。あなたが知っていないことを私は知っている。
きっと…お父様は心が死にかけているように見えます。お父様の業は健全で、誰も適わない…私達に愛を注いで…考えが明晰で…
でも、その愛が壊れてしまっている。愛が壊れて…お父様はこうしたこと全てを憎んで、…憎んでいるのです!でも、私達のお父様は…
…あー…お父様は私達に手を触れる。分かりますか?…あの手、あの指先が…。お父様は真紅のマスターを気に入っている。
あの人間について何か計画している。アリスでない者に、会ったのですから。わたし?ちがう。ちがう。わたしはあなたを助けませんよ。
わたしがお父様に関わる役は降ろされた。かれがお父様に関わるのです。かれがお父様をたすけるのです。つまり…
もしかれがアリスの代わりに、わたしたちを止めたらどうなります?お父様は、あなたは、みんなはなんていうのでしょうか?
え?かれはドールを愛していた。強さだけが少女の気高さを決めるものでない。かれはマエストロだった。かれは計画をもっていた。
戦うことなんてまちがっていたの…?とんだ嘘っぱち!こうしたことすべてをひとつにまとめるのはわたしの役目なのかしら…?…
わたしが?……お姉さま、わたしを見てください。ちがう!あの人間がなすのです!」
368:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 01:18:54 Kar7fNnI
153
いまいえることは恐らく、僕がローゼン本人と会って話せる唯一の者であるから、僕が彼に何か言うことを薔薇乙女は望んでいることだ。
アリスゲームの多くを見てきた。だがそれらは本当に……彼の新しい言葉を聞きだすのに役立つのか分からなかった。
落ち着いてものを考えられる空間が欲しかった。
そうして目をつけた場所は、屋敷の外でも廊下でもなく、彼の書庫だった。そこにある本を見れば、ローゼンをよりよく知る
手がかりににりえるかもしれないと思ったからだ。僕は無断で書庫に入る。
書庫には入ってすぐ右の壁際に、机と椅子を見つけた。誘われるままに腰掛ける。座った瞬間、疲れがどっと体に押し寄せてきた…
ある朝第七ドールにnのフィールドへ誘い込まれてから、ここのローゼンの屋敷に至るまで、約まるまる二日…何も口にしていない。
人間は水さえあれば一ヶ月生きられるとはきいたことがあるが、その水さえない…無意識の海でいいから喉に流しこみたい気分だ。
nのフィールドの海には、塩分ってあるのかな……
しょうもないことを考えていたせいで、僕は一枚の黄ばんだ手紙がずっと、机の上に放置され続けていることに気づかなかった。
ほんの小さな長方形の手紙だ。右の手に取って読み上げる。
"愛しのサンジェルマン伯爵へ"
私が人間であるというのは偏見です。…私はインドに居たころは仏陀でしたし、ギリシアではディオニュソスでした。
…アレクサンドロス大王とカエサルは私の化身ですし、ヴォルテールとナポレオンだったこともあります。
…リヒャルト・ヴァーグナーだったことがあるような気もしないではありません。…十字架にかけられたこともあります。
ディオニュソスより
これはローゼンに宛てられた手紙だろうか?
畜生…少なくとも間違いなく手紙の送り主はイカれている。一体誰が書いたんだ、こんなぶっ飛んだ手紙?
「くそ…ここは最高の天国だな…」
手紙をなげだし、頬を机にべったり落とす。…目を閉じる。まる二日眠っていなかったそのつきが、一挙に襲ってきた。
「ここは…最高…の…」お姉ちゃん、柏葉、いまごろどうしてるかな…
眠りの闇と視界の闇の違いを正しく区別出来る者は、少ない。
369:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 01:19:44 Kar7fNnI
154
パチリと、雪華綺晶は左目を再びあけた。
「8時間…」
屋敷の入り口付近、壁際にもたれ掛かり、ぼうっとあたりを見上げる。二階の手すり。明かりの灯っていないシャンデリア。
「8時間たってもだぁれも変わらない…。どの扉を開いても、行き止まりばかり…私の前で勝手に開く扉たち…
私の罪は消えずにいる…8時間たったのね…」
雪華綺晶が独り言を言っているそこから少し離れたところ、草笛みつと翠星石が会話しているのだった。
「じゃあ…そのアリスゲームというのは、」
みつはその続きを自分で言うのが耐えようもなく辛そうだ。「互いのローザミスティカを奪い合う…ってことは…、」
「そうなのです…要するに私達はもとより、ずっと壊しあうように言われていたのです…」
「私はずっとカナが、…カナが……アリスゲームを挑みにジュンジュンの家に乗り込むといって、いつもそのあと何事もなかった
ように帰ってくるから…それは真紅ちゃんたちとする何かの遊びだと…思っていた…」
「いえ、真紅や私達は金糸雀のローザミスティカを奪うつもりなんてありませんでした。…けど姉妹全員そうではないんです。
第一ドールとか第七ドールとか…七体目は油断ならないやつですよ。ずっといろんな人を騙し続けてきてるやつです。いまは
わかりませんが……」
翠星石は、実はその雪華綺晶本人もすぐそばにいて、自分の声が聞かれているということには気づいていない。
「第一ドールも七体目にはめられてやられたんです。私達もきのう、みんなみんな七体目に殺されかけたんです。ドールで
一番恐ろしいのと聞かれればあの白薔薇でしょうね!でもジュンと真紅がうまく切り抜けて…七体目は負けた。アリスゲームは、
終わったんです。」
みつは話についていくのに必死だった。
「アリスゲームが終わったってことは…だれかがアリスになった…、ということ?じゃあ…アリスには誰がなったの?」
「ああ、それですね。それはミッドガルドですよ」
「えっ?」
「ミッドガルドです。ミルルの泉のすぐ上の根っこを辿っていったところを、あー…右に動いて、近づいていくんです…そう、
そこにあるです。あれですよ。他になんだと思ったんですか?」
「殺されかけた…みんなみんな七体目に殺されかけた…」
翠星石からの言葉を、エコーするように雪華綺晶は繰り返していた。「みんなみんな、ころされかけた…。」
自分が以前したことの、それは独白だった。「でも…そうしなければ私もまたころされないのに。お父様は私にいうの。
理由を訊いてはならないと。愛のなかにはしばしば、狂気があるのだからと…」
370:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 01:21:30 Kar7fNnI
155
目を開けると、真っ暗な檻のなかにいた。
冷たい鉄…と鉄格子…檻は上から吊るされている。
檻は一つだけではなかった。同じように鎖によって吊るされた檻…いや正確には鳥かごが、見渡す限り無数に存在していた。
それらの多くは空の檻で…闇のなかに吊るされ浮いている。ここはnのフィールド…夢のなかだ。
「そこにいるのは誰…?あなたは、真の契約者ね……」
聞き覚えのある声がした。おどろいたことに、それはもう久しく姿を見なかった、水銀燈のものだった。
僕とは別の檻のなかに閉じ込められ、そこから呼びかけている。彼女の檻は、僕のところよりも下に吊るされていた。
「これは幻か?」
水銀燈は、一度真紅と仲直りしかけた。だが雪華綺晶がそれを再び決裂させた。それから水銀燈はある人間の男を殺し…その
男の夢のフィールドのなかで、再び真紅と戦った。あのときあの男の夢のなかに入ったときは、過酷な溶岩地のフィールド
だったことを覚えている。そこで行われた真紅と水銀燈の最終決戦は、想像絶して熾烈なものだっただろう…しかしなぜ、
水銀燈はあの男を殺したのか、僕はまだわかっていなかった。
「おまえは第一ドールの水銀燈だよな…?幻でもいいから、答えてくれ。お前はあのときどうしてあの人間を殺したんだ?」
まるで水銀燈は、自分一人だけでずっと悩んできたことをすばり聞かれ、心の内をようやく解き放てることが出来ることに
絶望的な自由感を檻の中で感じているように見えた。「…めぐが…そう望んだから……。めぐは命をやり直すことを望んだから…
あの男は、めぐの父親だった…」
「そういう繋がりがあったのか…あの男に…。お前は意外といいやつなんだな」
「えっ…?」檻の中で、水銀燈は我が耳を疑うように聞き返してきた。それからこう言い出す。「おばかな子ねぇ…。私は悪い
ドールよ。人間を殺したのよ。お父様も薔薇乙女はそんなことする存在じゃないといっていた。私はお父様のお心に背き、
罪の血を体中に浴びたのよ。私を見て御覧なさい!あの男の血が私を染めている。私を怨んでいる。でもこれも当然の裁きよ…
私はそれだけのことをしたのだもの。絶望と悔やみの世界よ。私に相応しいと思わない?」
僕は僕の檻の中から、水銀燈は水銀燈の檻の中から言葉を交わす。
「お前はマスターのためを思って、それをしたんだろう?わりとマスターおもいなドールなんだな、と思ってさ。そこはお前の
お父さんも求めていたドールの姿だったんじゃないか…って。ほらあのあと…お前はしらないか、もっとマスターへの扱いが
ひどいドールとか出てきてさ…。」
檻の中で座り込んでいる水銀燈は目を落とす。「めぐは言った…あいつのせいだって…。自分の命は正しくなかったって…。だから…」
「父親のこと…か。彼女にはなんかあったのか…?」
水銀燈は答える。「めぐは生まれつき病弱な子だった。人間の一番大切なところがぽんこつだって…。父親がめぐの病室に
くるたび、いつもめぐは別人のようになっていた。父親を憎んでいた。ろくに娘の見舞いをしない父親…。母親に見捨てられた父親…
おまえのせいで私はこんなざまなんだって、いつもメグは言っていた。めぐの父親は、そうやってめぐが怒鳴り出すとすぐに
そそくさと病室を去っていったわ…。」
そう語る彼女の口調から、めぐに同情し救いたいという水銀燈の気持ちが伝わってくる。生まれつき病弱で父親に愛されないめぐの
ことは、水銀燈にとって決して他人事ではなかったのだ。
「それでめぐに代わってお前が父親を殺しにいったのか…」
「…」
彼女は黙り込んだ。"父親を殺す"という言葉のもつ意味が彼女には恐ろしすぎたのだ。
「でも…、そのめぐという人の気持ちわかるかもな。僕だって何度か、父親を殺したいと思ったことあるしね」自分でいいながら、
僕はこんなことを喋ってしまったのかと後になって気づいた。
「あなたが…?」
「僕は両親の顔を見たことがない。ずっと僕と姉をおいてどこか出かけてしまっている。勝手な両親ども…そう、あいつら
のせいで僕の人生もめちゃくちゃだ。一度夢を見たことがある。突然夜中に醒めて、姿も知らない父親を殺しにいく夢を…
まあ…、お父さん大好きなお前には分からないよな」
371:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 01:22:57 Kar7fNnI
「……」
再び彼女は黙り込んでしまった。僕から顔をそらす。どういうことだ?まさか水銀燈までそんな気持ちが在るわけあるまい。
「でも私はもう永遠に…お父様には会えないのよ…ずっとこの檻に閉じ込められたまま…。お父様はひどいわぁ…。最後まで
私にあってくれないなんて…」
もしここで僕が、水銀燈ローゼン本人と会って話したことがるとうっかり口走ったら間違いなく殺されるだろう。
「…お前になにかマスターにいいたいことがあったら、僕から伝えようか?」僕には水銀燈にそれしか出来なかったのだ。
「…」水銀燈は少し黙り込む。「戦いの日々のなかで…あなたは私に安らぎを与えてくれた。めぐにはそう伝えてくれる…?」
「わかった…」
闇が増し、意識がどこかへ連れ去られていく。
もうここにはいられない。
「さようなら、…真紅の契約者…」
ただ水銀燈の声が最後にそう聞こえていた。
「う…」目が覚める。ローゼンの書庫。やはり夢だったのか?ガンガンする頭と再び襲い掛かかってくる空腹。
両手を机につき重々しい身体を持ち上げる。すると僕の目の前に一枚の黒い羽がヒラリと舞い、机の上にチョンと落ちたのだった。
「夢じゃなかったのか…」
天井を見上げる。闇に包まれた天井。僕は黒い羽を手に持った。クルクルとそれを回す。
「父親を殺したい…、か…」僕たち兄弟をおいて家から出て行ってしまった無責任な両親。よくよく考えてみれば、薔薇乙女たち
と自分の境遇はそう終わらないものだったのかもしれない。
まだ朦朧とした頭の状態で、書庫をあとにする。いまが時間帯的に昼なのか夜なのかも全くわからない…
激しいめまいが襲い、軽快で緩慢な死の香りがした。僕は死のうとしているのかもしれない。ここでアリスが完成しない限りは、
少なくともこのローゼンの世界からは絶対に出れないのだ。水を渇望する喉…。
屋敷の廊下を再びあてもなく歩き回る。残された命のエネルギー…ATPとADPの交換が行われ、着実に底へと近づきはじめる。
あいかわらず絵画の両側には、いろんな人を映した絵画がかざられている。
大きな部屋へといきついた。明かりも消えて、廃れてしまっている部屋だが、もしここが人の住処として正常な状態であったのなら、
たいそう豪華な部屋だったに違いない。部屋の隅に置かれた立派なピアノ、並べられた書棚、美しく凝った装飾の窓ガラス…。
薔薇乙女達四人がこの部屋で集合しているのを見つけた。みんな眠っている。壁に寄りかかり、翠星石は雛苺を抱いている。
同じく壁に背を任せ、真紅と雪華綺晶は肩を寄せ合って眠っている。少しびっくりする光景だ。草笛みつさんもそばで同じように
寝ている。
眠りを邪魔するのも悪いかなと思い通り過ぎようとしていたが、真紅が鋭く自分の気配を見抜いてきた。「ジュン…いるのね?」
「真紅」こうなっては仕方ないので、彼女に応じ方向転換する。
真紅は目を薄く開き、眠気と戦っているようだった。「お父様と…話したの?」次第に意識を取り戻し、動き出す。すると真紅の
肩に寄りかかっていた雪華綺晶が重力の支えを失い、すてんと床に落ちた。彼女もすぐに金色の目を開ける。
なぜなら彼女に真の眠りなどないからだ。
「ああ…、ローゼンと話してきたよ」そう薔薇乙女に話すことは、どうしようもなく心を申し訳ない気分にさせた。
そして…、まる三日水滴も含んでいない喉から発せられる声は枯れていた。
「そう…」真紅は答え、視線を下を落とす。「どんな話を…?」
僕は昨日のかれとの会話を思い出そうとした。「お前たちには何が足りなかったのか聞いてみたよ…」
「お父様はなんと?」
「それは…」続きをいおうとすると、翠星石や雛苺までじっと僕を見つめていることにふと気づいた。みんなが僕の言葉に耳を
傾けていた。くそ…、これからの僕になにが起こるというんだ。「アリスに足りなかったものがおまえたちに足りなかったもの
だって…」
「そんなの答えになっていませんよ!」信じられないというように翠星石が悲鳴を上げた。「ふざけるなです!」
「翠星石落ち着いて」真紅がなだめる。「続きを、ジュン」
僕はうろたえた。この続きに真紅は希望を賭けているが、本当の絶望はこっからなのに。鋼鉄より重たい口が開かれる。
372:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 01:23:51 Kar7fNnI
「アリスが…完成するまでは…薔薇乙女の…歴史は終わらない…って…」
「そんなのできっこありませんよ!」再び翠星石。「いったいなにがどうなればその究極の少女とやらになるのかも分からないのに!」
それから真紅の元にかけより、彼女の手を持つ。「私の言ったとおりです。真紅、私達はかえりましょう!いくらなんでも
ばかげています、こんなこと!ローザミスティカは新しい持ち主を拒絶し、堪えきれず壊れ、また作り直される。そんなんで
お父様は道は開けている、っていうんです。考えても見てください、真紅。誰が気にするってんです?」
「…帰れなどしないのだわ」真紅の青い瞳は絶望の色をしていた。「帰ることなど…できないのだわ…いえ違うわ…
もう帰っているのよ…ここに」
「ジュン!お願いです」
今度は僕に翠星石の矛先が向けられる。僕はどきっとした。「お願いです、ジュン。もうこの糞溜めに梯子をかけられるのは
お前しかいないです、ジュン。お父様に言ってください。目を開けて、閉じ篭ってないで私達をちゃんと見てくださいって!」
「見たところで、どうなるのです?」疑問を持ちかけるのは、雪華綺晶。「それでお父様の憎しみに変わりを齎すことはできない。
かえって増すだけです、増すだけなのです。怖い?怖い?私は怖くはないの。見るだけでは足りない、空っぽな変化だけ。
一言いわせてもらうと…全てかれが連れ去られないかを気に留めているだけですよ。そうならないと私は願いたいけれど」
「頭に白薔薇二個かざした気狂いの言葉なんか聞ききたかねーです!」翠星石はピシャリと遮断してしまう。
「気狂い…?わたしが…?」「自覚なかったのですかぁ!」
「あーー!!」最後に、雛苺が喚きちらした。「アリスはいるの?いないの?ヒナはよくわからないけど、いるならいる、いないなら
いないでもうアリスゲームは終わってほしいの!!えっ?終わったの?アリスゲームが?じゃあ、ヒナ達はいま一体何しているの?」
アリスゲームは泥沼化していた。
薔薇乙女たちの交わす囁きにもはや意味はなく、うつろなる声だけがこだましていた。
373:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 01:25:32 Kar7fNnI
156
「だが、なぜ……なぜすべてがだれかのものであり、おれのものではないのだろうか? いや、おれのものではないまでも、
せめてだれのものでもないものが一つくらいあってもいいではないか。時たまおれは錯覚した。工事場や材料置き場のヒューム管
がおれの家だと。しかしそれらは既にだれかのものになりつつあるものであり、やがてだれかのものになるために、おれの意志
や関心とは無関係にそこから消えてしまった。あるいは、明らかにおれの家ではないものに変形してしまった。では公園のベンチ
はどうだ。無論結構。もしそれが本当におれの家であれば、棍棒を持った彼が来て追い立てさえしなければ……確かにここはみんな
のものであり、だれのものでもない。だが彼は言う。"こら、起きろ。ここはみんなのもので、だれのものでもない。ましてや
おまえのものであろうはずがない。さあ、とっとと歩くんだ。それが嫌なら法律の門から地下室に来てもらおう。それ以外の所
で足を止めれば、それがどこであろうとそれだけでおまえは罪を犯したことになるのだ。"さまよえるユダヤ人とは、すると、
おれのことであったのか?」
人形師ローゼンは、手に古そうな本を持ち、その内容を床に腰掛け僕に音読していた。
僕はただ黙って聞いている。恐らくそれは日本の書物だとは思うが、僕がさっき初めて彼と会話したときに日本人と名乗ったことから、
彼はこの選出し読み上げているのだろうか。僕がもしイタリア人だと名乗れば、…あるいはアリスゲームの勝者が別の国の時代で
でたときの契約者がイギリス人だったら…彼は別の本を音読していたのかもしれない。
「…家……消えうせもせず、変形もせず、地面に立って動かない家々。その間のどれ一つとして定まった顔を持たぬ変わり続ける
割れ目……道。雨の日には刷毛のようにけば立ち、雪の日には車のわだちの幅だけになり、風の日にはベルトのように流れる道。
おれは歩き続ける。おれの家がない理由がのみ込めないので、首もつれない。おや、だれだ、おれの足にまつわり付くのは?
首つりの縄なら、そう慌てるなよ、そうせかすなよ、いや、そうじゃない。これは粘り気のある絹糸だ。つまんで、引っ張ると、
その端は靴の破れ目の中にあって、いくらでもずるずる伸びてくる。こいつは妙だ。と好奇心に駆られて手繰り続けると、
更に妙なことが起こった。しだいに体が傾き、地面と直角に体を支えていられなくなった。地軸が傾き、引力の方向が変わったの
であろうか?コトンと靴が、足から離れて地面に落ち、おれは事態を理解した。地軸がゆがんだのではなく、おれの片足が短く
なっているのだった。糸を手繰るにつれて、おれの足がどんどん短くなっていた。擦り切れたジャケツのひじがほころびるように、
おれの足がほぐれているのだった。その糸は、へちまのせんいのように分解したおれの足であったのだ。もうこれ以上、一歩も
歩けない。途方に暮れて立ち尽くすと、同じく途方に暮れた手の中で、絹糸に変形した足がひとりでに動き始めていた。するすると
這い出し、それから先は全くおれの手を借りずに、自分でほぐれて蛇のように身に巻き付き始めた。左足が全部ほぐれてしまうと、
糸は自然に右足に移った。糸はやがておれの全身を袋のように包み込んだが、それでもほぐれるのをやめず、胴から胸へ、
胸から肩へと次々にほどけ、ほどけては袋を内側から固めた。そして、ついにおれは消滅した。後に大きな空っぽの繭が残った。
ああ、これでやっと休めるのだ。夕日が赤々と繭を染めていた。これだけは確実にだれからも妨げられないおれの家だ。だが、
家ができても、今度は帰ってゆくおれがいない…」
374:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 01:27:32 Kar7fNnI
「坊や、彼が何を言っているのか果たして分かりますかな?」
僕の前にラプラスの魔が屈み、指を立てて聞いて来た。
「彼が何を言っているか、坊やには分かりますかな?これは簡単な弁証法のたとえ。それも極めてシンプルな弁証法ですよ」
ラプラスの顔をこんなにも近くから見るのは初めてだ。
「さあ、坊っちゃん。クールに振る舞い、リラックスして、かれを理解するんです。至って簡単な弁証法…自分という存在の
位置づけは何処なのか帰るところとは何処なのか、突然朝目覚めたら巨大な虫になっていたことを発見しただとか自分から
自分の名前が逃げ出してしまっただとかそんな変異はまずございません…自分は自分であり続けます。あなたはあなた私は私。
この私がいるときあなたは私でないし私がいればまた薔薇乙女は薔薇乙女。あなたが他のだれでもない限り、あなたはあなた
という罪を担っている。これが弁証法の考えの例えですよ。よろしいですかな?その論理にあるのは愛と憎悪のみ。
愛するか憎しむかだけなのです…」
「黙れ!野良兎め!」
ローゼンは怒りに高ぶった声を出し、手に持っていた本をラプラスに投げつけた。「野良兎め…失せろ…フィールドの
目め…忌々しいフィールドの目め…」
するとラプラスは立ち上がりそわそわと僕の前からこういい残しながら立ち去った。
「それではそろそろ私はずらかるとしましょうか、ソーン。翌日道化師が汽車の踏み切りとレールの間で見つかったりしないようにね。
最後に人を怒らせたりすれば、兎は夜彼の息子のおもちゃ箱に移されてしまう」
ラプラスが部屋を去ってからしばらく。ローゼンも僕もずっと口を閉ざし、沈黙だけが流れた。
ずっと彼と一緒にただ同じ部屋にいる。自分でなにをすべきかは分かっていた。だが、そうはならなかった。
そうもしているうちに彼は本を床に置くと、僕の前から歩き去っていってしまったのだった。一人その場に残される。
「あ、あれは…?」
そうしてローゼンがいなくなったことで初めて、僕は後ろで横たわっているある人影をやっと見つけたのだった。
それはドールショップの店主であり彼の弟子の、槐の姿だったのだ。ずっと闇のなかでローゼンの背中のうしろに隠れていた。
僕は理解した。
槐がもう呼吸をしていないことを…。酸素を吸い生命活動をしていないことを…。彼は死んでいた。
なにがどうしてこんなことになったのか何がしたいのが自分でも分からなかった。ただ顔と頬がどうしようもなく熱くなり、
僕は泣いた。老婆のように泣いていた。…槐と薔薇水晶。師であるローゼンに挑み、薔薇水晶を創り上げ、アリスを目指した
彼と彼女の願いと野望は、こんな形で終わってしまったのだ。自分でも悔しかった。どうしてこんなことに?槐は殺されてしまったのか?
でもだれが?どうして殺されなければならなかったんだ?槐の姿そして薔薇水晶の一途にアリスを目指し戦い続けた姿を思い出す
たび、悔しさで涙は増したのだった。
生まれて初めて、僕は神に本気ですがりたい気分になった。
だが神はおろかこには自分以外のだれもいない。床を這い、手をのばす。取り囲む闇ばかりが方向感覚を失わせ、
ついに体力の限界を悟ったとき、最後視界が完全に閉ざされるまでに見たものは、地に落ちてゆく自分の右手の先だった。
375:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 02:30:14 Kar7fNnI
157
薔薇乙女たちは再び無言となった。
信じがたい光景。愉快な薔薇乙女たちがいま四人も揃っているのに、この暗さは何なのだ。みつは思った。
自分がなにかしなければならない。するとふと彼女の目に、部屋のピアノが目に留まった。
「そうだ!ねぇ、みんな。みんなはピアノを弾ける?それとも私が弾こうかしら?こう…わたしも実は学生時代に習っていたから…!
なにかリクエストとか、あるかなぁ?」そういい、古びたピアノのほこりを軽く払い、椅子に腰掛ける。
「…」
薔薇乙女たちは沈黙したが、考えているようだった。みつはリクエストされるのを待つ。
最初に真紅が口にだした。「そうね…では、ベートーベン ピアノソナタ 第8番」
「ではここは無難に、トルコ行進曲でも…」次に翠星石。
「ねこふんじゃった~」雛苺のリクエスト。
「ねこ…」幼稚すぎる選曲に突っ込もうとした翠星石の隣で、雪華綺晶がリクエストを出した。「パルジファル、ワーグナー」
「はぁ~!?」突っ込みの対象が第六ドールから第七ドールへと反転した。「なにいってんですか白薔薇は?」
雪華綺晶は首の向きを変えて翠星石を見返す。「なにかもんだいが?」
「…」翠星石は一度首を落とし、一撃で相手を撃沈できる言葉を分かりやすくかつコンパクトになるよう頭の中で素早く練り上げると、
やがて首を再び持ち上げて口を開いた。「いいですか。白薔薇。その曲はですね、フルート3、オーボエ3、イングリッシュホルン、
クラリネット3…といった具合にたくさんの楽器が必要なのですよ。あれを見てください。ピアノ一つしかありません。ピアノ
一つで奏でられる曲ではないのです。分かりましたか?」
雪華綺晶はつまらなそうに口を噤んだ。こう答える。「これは聖杯の伝説に基づいた話のオペラなのです。サングレイル」
「……反論になっていません…と、とにかく、リクエストしたいなら別の曲にするです」
するとしばし雪華綺晶は考えた。「それでは…シングシックスペンス・生きた鳥のパイ包み」
翠星石は激しく首を振った。「それもだめ!アクセス拒否です!お前の悪趣味さ満点です!」
「でしたら、アラバマソング…クルト・ワイル、マハゴニー市の興亡」
さらに翠星石は首を大きく横に振る。「だめだめ!だめですっ!それもだめ!ボーカルがいませんよ!」
雪華綺晶は穏やかに笑みを返す。「…ならボーカルは私がやりますわ」
「聞きたくありません!」
「ならばインフェクテッドマッシュルームのエレクトロパニックは?」
「もはやわかりませんがきっとそれもだめです!サイケデリックぷんぷんです!」
雪華綺晶の目に非難と悲嘆が篭った。「グループもの全て却下ではありませんか!」
「だ~か~ら~っ!楽器がピアノひとつしかないんですから~!グループものなんてよくないに決まってるですぅ!」
負けず劣らずの怒鳴り声で翠星石が言い返すと、きょとんと雪華綺晶はかたまった。それからしばしたって、急に理解したように
彼女はふっと笑いだして言った。
「なるほどそういうことでしての…なら初めからそう言ってくだされば…」「初めッから言ってるですぅぅ!!」
「ただ一つピアノだけで奏でられる曲で、歴史的名作を知っていますよ。きっとお姉さま方も気に召すはず。ふふ…」
不穏に笑顔を作る雪華綺晶。全員が彼女の次の言葉に注目した。
「魔王。シューベルト」
376:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 02:31:42 Kar7fNnI
158
夜闇と風を切って、馬を走らせて行くのだぁれ?
それは、子を連れた父親でした…
父は子を腕にしっかりと抱きよせている
温もりをわけあって
「ぼうや、何が怖くて顔を埋めている?」父親役は、真紅。
「お父さん、魔王がいるの。王冠と衣をつけた恐ろしい魔王がいるの。」
子供役は雛苺、ある意味適任か。
「ぼうや、大丈夫 あれは夜に揺れる夜霧の影だよ」真紅は役になりきり、出来るだけ自分の口癖を避け男言葉を心かげていた。
真紅の背中のすぐ後ろに雛苺が座り足をだし、2人は馬に乗っていることをイメージしている。
かわいいぼうや ぼくのところへおいで
一緒に遊ぼうよ 楽しいよ!
岸にはお花がたくさん咲いているんだ
ぼくのママに言って素敵な金の服も いっぱいあげるよ
魔王の台詞を読み上げるのは、翠星石。やはり適任かもしれなかった。
「お父さん お父さん! 魔王がヒナに恐ろしい約束を囁きかけてくるの!お父さんは聞こえないの?」一方雛苺は役になりきれて
おらず、自分をヒナと呼んでいる。だが、逆にそれは演劇を熱くさせた。
「怖がるな 大丈夫だあれは木枯らしが風に鳴っているんだ」
美しいな少年よ… さあ一緒に行こうよ
私の娘が きっと君をもてなすことだろう
私の娘が 夜の舞いを踊って
一緒に踊ったり、君を揺すったり、歌を歌ったりしてくれるよ
「お父さん お父さん! あれが見えないの?魔王の娘が、あの暗い闇に現れたなの!」
「息子よ 私の息子よ わからないのかあれは年老いた柳の木ではないか」頬に冷や汗を流しつつなだめる真紅。
君を愛しているんだ 君は美しくて魅力的だ
そしてね 嫌だというのなら無理にでも連れて行くぞ~!
「お父さん お父さん! 魔王に連れて行かれいかれちゃうの!魔王がヒナひっぱっていくの!」真紅の背中にしがみつく。
クライマックスのナレーターを、その得意の不気味っぽくかつ柔らかな語調で雪華綺晶が締める。
父は震えて 馬を駆った…
喘ぐ子を腕にしっかりと抱きかかえて
ようやく館にたどりつきましたが…
その腕のなか、子供はすでに息絶えていた…
377:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 02:33:50 Kar7fNnI
159
「なんていうか…あんま時間つぶしにならなかったです…ジュンのヤツは何処にいったです」
ひとしきり演劇をおえ、ドールたちは一息ついた。「みんなかわいかった~!」ピアノ演奏を終えてからはしゃぐみつ。
「けれど…考えてみれば魔王って」いきなり真紅が問題提起しだした。「結局何者だったのかしら。子供にしか見えなかった
のでしょう?」
「オヤジにも見えていたけど、ガキを安心させるためにそれは柳の木だとか言ってごまかしていたんじゃないんですか?」翠星石。
「いろいろな話がありますね」雪華綺晶。「もともと作詞はシューベルトではありませんてよ。他の作曲家の魔王も。
聞いたことないのですか?作家によって、魔王の正体が変わってくるの…実は魔王とはパパだったとか、おもしろそうな説もある。
パパは息子が可愛すぎて食べちゃったのかしら…?」
ぶるっと、真紅や翠星石は背筋を振るわせた。
「それと、」雪華綺晶はさらに言う。「物語のなかで子供の魔王の扱いが変わっているのを知っています?これは」
「いえ、いえ、もういいですよ」翠星石は両手を振って七体目の話を追っ払った。「お前の音楽の趣味はよくわかりましたから」
「おなかへったなの~」急にぎゅうとお腹をならし、雛苺は床に転げて呟いた。「最近ずっとなにも食べていないのぉ~!」
真紅は無言で頷く。薔薇乙女の長い長い一生のうち数えるほどの、それは珍しい雛苺への賛同だった。
「私もここ最近紅茶も飲んでいないのよ…そうだわ!」急にポンと手のひらをグーで叩き、真紅は提案した。「姉妹みんなで
なにか食べられるものを作りましょう。鍋料理のような、みんなで楽しく食べれるものを!」
「さんせーなの!」
「な、なんか真紅が料理の話をしだすと危ない流れになる気もしますが、ここは翠星石も協力せざるを得ないのです。やってやりますよ。」
「みっちゃんさんもどうかしら?」真紅はみつも誘う。
「えっわたしも?いいの?ありがとう!」ここにカナもいてくれれば。みつはぎりぎりでその言葉を心にとどめたのだった。
378:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 02:36:42 Kar7fNnI
160
「真紅~、とりあえず食べられそうなものいっぱい集めてきたなの~」どっかの見つけた来たのか、木製の小さなかごの中に、
見たこともない大量の植物っぽいのを入れて雛苺がやってきた。
「そう、雛苺。ではこっちに運んできて頂戴」真紅はやはりどっから取って来たのか鍋を用意し、蒔きとなる木を重ねた上に
設置している。鍋は、蒔きを囲むように置かれた三つの石に丁度支えられていた。
「いえっさ~なの」
雛苺が運んできたそれを見て、翠星石は面食らった。「それはなんです、チビ苺」
「きのこに、白菜に、」濃いエメラルド色の植物を指して雛苺はいう。「これはレタスに…」
「ちっげーですぅ!」翠星石は悲鳴をあげ、地を踏みしめた。「いったい何処の惑星からとってきた植物なんです?こんなの
毒はいってますよ毒。ローザミスティカを腐られる効能があるに違いありません」
「いいじゃないの、翠星石。気にしすぎよ」真紅があやしてきた。「お父様だってここにいるんだから、食べられるわよ。
さ、ホーリエ」名前を呼ばれた人工精霊が真っ赤に発光し、蒔きに火をつけた。すでに鍋の湯を熱し始めている。
「な…。ところで、真紅、その鍋の湯はまさか…」
「無意識の海から汲んで来たわ」
「闇鍋をするなんて聞いてませんよ!!」翠星石は叫喚した。
「あら、大丈夫よ。それに他にないんですもの」真紅は自信たっぷりに鍋の中の水をかき回す。「無意識の海だって熱すれば
無難な水ができるに違いないのだわ。知らないの、翠星石?向こうでも海の水は熱して塩分をとれば飲める水になりそうよ」
「そ、そんなバカな…」
「さ、雛苺、それらを入れてしまいなさい。いえ全てではないわ。鍋料理に適したものを私がこの目で選び抜いてみせるのよ」
「ああ…予感は的中したです…。真紅とその地獄の闇鍋パーティーが始まりました…」
「なんかいった、翠星石?」
「いえいえ、じゃあ私はだしになりそうなものでも探してきますよ」
そして踵を返し、進もうとした矢先 -「きゃあ!」翠星石の目の前になにかが空より隕石の如く落下してきた。
「掴まえましたわ!」
雪華綺晶だった。両手には、見たこともない鳥類が握られている。「これもきっと食べられますでしょう!」
「白薔薇はなんか肉系をとってきたですか…まあ雛苺のやつよりはましそうですね…」
「でかしたわ、雪華綺晶」
既に真紅の闇鍋の悪魔的儀式の準備は着々と進められていた。鍋のなかに入れられた怪しげな植物が鍋の湯の中でゆでられ、
出てきたダシが湯を緑色っぽく染め始めている。
「さあ、その鳥をこの鍋に入れておしまい!」
すると雪華綺晶は顔を青ざめさせて退いた。「その鍋はなんですの紅薔薇のお姉さま?」
「名づけて…"真紅オブザハッピネス"よ」
やはり何処からひろってきたのか、小さなおわんの器にスープを入れて味見すると真紅は言った。
「いい具合ね。きっとおいしく出来るわ」
379:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 02:38:02 Kar7fNnI
ところが、雪華綺晶は明らかにその鍋に恐れを抱いていた。「"真紅オブザダークネス"なのでは?」
「末の妹の癖に生意気な口を叩くわね」そう言って真紅は雪華綺晶を横目でにらみつけた。「さっさとこっちに来て座りなさい!姉の命令よ」
言われたとおりに、恐る恐る雪華綺晶は真紅の隣に座った。まるで未確認生命体を見るような目つきで鍋を眺めている。
不意をついた真紅の手がぱっと伸び、雪華綺晶の手から二匹の鳥を奪い取ると鍋の中に放り込んだ。
「あああああっ!」
雪華綺晶は声を張り上げ、信じられないという風に真紅を見つめた。「何を、何をなさるのです!?せっかくの鳥さんが!」
「なに、あなた、生で食べるおつもりだったの?」
真紅もまた非難するような視線で白い妹を見返す。「鶏肉は煮るとおいしいと思うのだわ」
「なんてもったいない!」
それから雪華綺晶は半べそかきながら身を乗り出し、鍋の中の可哀想な鳥さんたちを見つめた。
「肉は生で戴くものでしょうに?折角の新鮮で赤色の肉が廃れてしまう!」
「肉を生で…」味見しながらリピートし、真紅は雪華綺晶の口元を眺める。
それから、突然その口の中に人指し指を突っ込んだ。
「あがが!」急な侵入にびっくりする雪華綺晶。
「その獣のように尖った犬歯!」真紅はまさに指摘したその犬歯の上に指を置く。「それでも乙女なの?こんな歯をしてるから、
肉を生で食うものだなんていえるのよ!少しはハンバーグだとか上品で高潔な食べ方も知りなさい。あなた今までその歯で肉食獣でも
噛み切ってきたのかしら?」
「ふがーっ!がー!」雪華綺晶は反論しようとするが、歯の上に指が置かれてはうまく喋れない。
憤慨した顔をみせつつようやく真紅の指を口から追い出すと彼女は言った。「既に死んだものなんて喰らっておいしいのですか!?」
「まあ、呆れた!」真紅が口に手を添えて大げさにいう。「思考そのものが獣そのものなのだわ。雛苺よりひどい。やはりあなたは
雛苺より幼い妹ね。というより、幼さの次元がもはや人心を超えてしまおうとしているわ」
「それに、そっちのはなんなのです?」
しかめっ面で鍋の中の別の物体を指差す雪華綺晶。
「ジャ・ガ・イ・モよ!」真紅が言った。「そうだわ、鍋料理というよりシチュー路線なんてどうかしら?」
「…どうとでもするのがいいです」
雪華綺晶は言い捨て、その鍋から離れるとゴロゴロ野原を寝転がった。「ジャガイモ、お姉さまが喰えばいいですわ」
真紅はまた一口スープを味見しするとため息をついた。「はぁ…、救いようがないわね…」
380:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 02:41:07 Kar7fNnI
161
いまごろ現実世界では天と地がひっくり返っているのだろうか。真紅の闇鍋は成功した。
ドールたちはほとんど鍋料理をみつと楽しく食べ終えてしまった。もとより食材がよかったらしい。というより、唯一その場
の人間だったのみつがどうにか助けて、料理らしい料理になるようへと手助けしたのだった。
さすがに鳥まるごといれたものはドールたちから遠慮されたが、耐え切れず結局雪華綺晶がそれを平らげた。その噛み砕きっぷり
はまたしても姉妹達を恐怖に陥れた。
「いやぁ、びっくりですよ。まさかこんな味が作られるなんて、鍋料理っておいしいんですね」満足そうに言う翠星石は、
まだどこかそれが信じ切れていない様子だ。「いまごろルーヴル美術館のなかでモナリザの顔が怒り狂っているんじゃないんですか?」
「どういういみ?これは必然なのだわ」口元を拭く真紅。「当たり前のことでしょ?」
「あれ、真紅は、それはなんです?」
翠星石はまだなにか残されている長細いビンを指差した。
「ああ、これは…」真紅もおもむろにそれを手に持ち、キャップをあける。「多分なんかの飲み物よ。紅茶はどうしても見つからないから
諦めたけれど、代わりにこれで喉を潤しましょう。さ、あなたも。」
「あ、真紅ちゃん、それ…」みつが警告しようとした時は手遅れだった。
恐らく酒瓶だと思われるそれを真紅は直接口に含んでいる。人形とはいえ10代前半の少女の為の飲み物ではないそれ。
真紅の口からビンが離れた。「ぷは…なに…これ?」
既に真紅の顔の頬は紅く紅潮し、視線が泳ぎ始めている。そして突然、こういった。「おいしいのだわ!」
「え?」
「ちょっとあなたたち!!翠星石雛苺雪華綺晶!こっちにきなさい。すぐに!」
まるで命令口調で言った真紅に2人ほどのドールが振り返ったが、いつもの真紅がそこにはいなくなっていることを悟るのはほぼ
それと同時だった。
「なにしてるの!くるの。い・ま・す・ぐ!」
「マイヤミコンサートでも開くのですかお姉さま」皮肉めいた質問をしてきた雪華綺晶にいきなり真紅がブチ切れた。
「訳の分からないこといってないできなさいっていってるの!!」声の勢いだけで雪華綺晶の白い髪がはためき舞い上がる。真紅は
完全に頭に血が上っていた。雪華綺晶の首を片手でつかまえ、足で彼女の左足を払うと手痛く彼女を野原にたたきつけた。
上から七体目を押さえつけたまま、真紅は自分の飲みかけのビンの残りを無理やり雪華綺晶に飲ませた。
「これで姉のほんとの愛ってのが分かるものよ!!」と真紅。すでに翠星石と雛苺は十分に2人から距離をとっていた。
ビンは空になった。終始見開きっぱなしだった雪華綺晶の目。
頬を紅潮させたまま、上からふっと真紅は悪女っぽく微笑みかける。「どう?最高でしょ?」
「あ…あっつ…」真紅をふりほどき、雪華綺晶は独りでによろよろ立ち上がろうと試みた。「体があつ…でし」
そうしても間にも真紅は二瓶目に手をかけ、やはり直接飲みしていた。もしかしたら本当にそれを心からおいしいとは思っていなかった
のかもしれない。だがアリスゲームを一度仮にも制して尚足りないといわれる自分に完全にぐれ、酒にあけくれるように堕ちて
しまった少女のようにそれは思えた。
「あっつ…胸が…あつい…」一方無理やりそれを飲まされた雪華綺晶はふらふらと野原をふらつきながら自分のドレスに手をかけて
いた。「熱い…脱ぎた…」
「あわわわわ白薔薇のやつほんとにやらかしそうです!」いつかした翠星石の予言をまさに七体目はその通りに実行しそうに
なっているのだった。
381:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 02:45:24 Kar7fNnI
「どうせ見たいのでしょう!?」
よろめきつつかなりきている台詞を言い出す。胸の露出されている部分のドレスをはためかす。
「私が究極の少女になるかどうかより、そこを気にしているんでしょうが!そうですか!これが気になるのですね!レディー?
レディー?レディー?レー、レー、レー、レー、レー、レー、エあ!わお!wah!ah!oh!hah!」
「いえいえいえいえ誰も気にしてませんからもうこれ以上狂うなです!」
「waahh!」
真紅に続いて雪華綺晶も酒が効き酔っ払い、完全に発狂してしまった。ふらつきながら空に向かって絶叫する。
「コックロビン!ohなくていいこれ以上は!ひとのこころを奪ってアリスに昇華ってなんなの?自分の手ですりゃいいのに!
愛?愛?愛?愛?愛?愛?愛?愛?いまに喰ってしまえファッキラビン!ohブルシットどうせ私の踊る姿が見たかっただけ
だったのしょう??」いままでにない大音量の声でくるくる踊り出す。「踊ればいいのね。ohシット!ぐるぐるぐるぐる
ぐるぐるぐるぐる見える見える話したいことはこれだけ!?」さらに驚くほどの大声が発せられる。「まわるわたしはまわるアリスゲーム
はまわるるゲームはまわるくりかえされるなんてなんて無意味なの!!ohシット迷子になる遠くはなれるまたあえる!
ファックアップだれがとめるのこんなこと?ohおとーさまがとめてくれるの?oh-とーさま!6x[:xpo」
そこへ、同じく頬を真っ赤にして酔っ払い状態の真紅が加わった。「しんじてきたただ一つのこと!ずっとねがってきたただ一つのこと!
だれが一番叶えてくれるのかしら?何度も何度もいってるのに絶対わかってくれないのだわ!!」
真紅と雪華綺晶は泥酔状態のまま合流し互いに肩を組み、それぞれ別方向にふらつきながら歌うように続きを叫びだした。
「アアああああああああああああああああああおおおおおおおっっっっっ!!らーらーらーらーらーらーらーらー」
「きいてくださいおとーさま!3le:¥ゲームのおきてに幻でないものがひとつもなかったのです!ともにいって、
死体を焼く蒔き「わたしたちは永遠の姉妹」となって一緒に燃え上がる「ずっとずっと、」のが「ローザミスティカ」美しい…
お父様のばかっ!なぜわかってくれないの??」
翠星石は真紅が雪華綺晶の狂気に同化されてしまったのかと心配になったが、そうではないことが理解できた。
2人して別のあたらしいものに同化しつつあったのだ。きっと近いうち自分もそれになる。いやそれを望んでいるのだった。
「ぜぇ…はぁ…はぁ」真紅と雪華綺晶は力尽きたように床に手を就き、互いに離れた。「嘘だと知っていても…魂に火を点す…」
ふっとなにかに気づいた様子の雪華綺晶があれっと顔を上げる。「私に火が点ったら…融けてなくなるのでは…」
「いっそ融けてなくなりたいわ」真紅の首から上は真っ赤に高揚していた。いまそれを懸命に冷やそうとしている。「ああ…
一度くるってみるって…気持ちいいわね…自分が自分でなくなりそう。お父様はどこ?」
「だから、すぐ近くにいますよ」体を休めるように野原を転げ仰向けになって雪華綺晶が答える。「私なにを喰わされたのかしら…」
「はぁ…、はあ、そう」息を乱しつつ真紅は自分の手をみつめる。「はあ…わたしさっき…お父様のことをなんと…?」
もし四日前の真紅がいまの2人を見たりすれば、顔を手で覆うに違いない。そして何時間も鞄の中に閉じ篭るに心二つを賭けてもいい。
酔いつぶれ地面をころげ、お父様にうっかりばかと言ってしまう姿は薔薇乙女としてはあまりにも相応しくなかった。
四日前までは真紅もこうなることなんて望まなかっただろう。このような糞穴から生まれたことを知ったいまとなる前までは。
「そのミニスカートでドロワーズが見えないってどういうことなの、雪華綺晶?あなた、下着は履いているの?」
「やだ、そんなこと聞かないでください、お姉さまぁ」
雪華綺晶のミニスカートをめくろうとする真紅の手から彼女は野原を転げて逃げる。
ローザミスティカもマスターも糞もなかった。
382:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 02:47:46 Kar7fNnI
162
「はぁ……ねえ翠星石、雪華綺晶、それに雛苺も」野原に突っ伏した状態のまま真紅は姉妹達を呼びかける。「聞かせて頂戴…
いまのあなた達にとってのアリスゲームって、何?」
「私は…そうですね…いまとなっては、ですか…二度と繰り返したくない過去というか取り戻したい過去というか…です」
「もうアリスゲームはいやなの。でも、いなくなっちゃったかなりあや水銀燈や蒼星石にも戻ってきて欲しいの」
「虚偽な踊り」
「はぁ……」ドレスを地面に密着させたまま、真紅はため息をつく。「翠星石は正しいかも。アリスが完成するなんて夢の
また夢だったのかしら。私は疲れちゃったわ…。ねえもしかしてアリスゲームって、もともとちゃんとしたゲームとして成り立って
なかったんじゃない?」
「そ、そんな根本からひっくり返るようなこと言うなですぅ…」
「だってぇ…」へんな真紅らしくない声を喘ぎ出して、彼女は野原をまた転げていう。「ローザミスティカは集めすぎると壊れるしぃ…
新しい方法が見つかったと思えばそれも没ぅ…マスターたちと一つに繋がってもだめぇ…」語尾を延ばして、まるで水銀燈のように
真紅は喋っている。「そろそろお父様はなぜ私達にアリスゲームを課したのか知りたいわぁ…いまだからいえちゃうけど…
生きることは闘うことといってたのは…そうして自分の気持ちに逆らって私の意向をゲームの宿命に向けさせようとしてただけ
なのだわぁ…本当は逃げたくて逃げたくて仕方なかったの…だって闘う建前でのうのう生きることだって出来たじゃないの…
ああお父様ぁ、どうしてお父様は私達にアリスゲームを課したの?」
「決まっているじゃないですか。アリスを完成させるためですよ」
「ああ…そう、そうよそう…そうだわ。すっかり忘れていたのだわ」ごろっと野原を転げる。「アリスゲームはどうすれば
勝てるんだっけ…?」
「方法など見当たりませんです」
「あら…?私としたことが、どうもおかしいわ。何も思い出せない。アリスゲームの勝者って何故そんなにも求められていたの
かしら?教えてくれる?」
「私達が大地に触れている限りは分かりっこない気がしますよ。これからどうしましょう、真紅?やけを起こしてないで、
大真面目になっていまこそそれを決める時ですよ」
383:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 02:49:45 Kar7fNnI
163
僕とローゼンが再び対話するときがきた。
体力消耗で一度気絶した自分のもとへ、再びローゼンが闇の中を歩いて迫ってくる。
「お前は真紅と契約してそれ以来…幾度となく恐怖を味わってきたことだろう。生死の危機を、倫理道徳モラルの恐怖を…」
彼の姿は闇そのものとなっており、影と本人が逆転しているのではないかと思ってしまう。
その人の形をした闇の影…ローゼンは僕の目の前に腰掛けて問うてくる。「お前はその恐怖に陥れた真紅や私を憎んだことがあるか?」
いまこの状況で僕に彼と会話しろというのがあまりにも酷だった。きっと四日…四日たったのだ。飲まず食わずが。
枯れきった喉。長い間使われず衰退しきった筋肉の神経。それらを必死に目覚めさせて喋る。
「………僕は彼女達に…合えてよかったと思っています…」
「お前は私の作った薔薇乙女に出会い、真紅と契約し、アリスゲームを見てきた。お前はドールたちを…真紅を愛しているか?」
ローゼンは僕の目の前でじっと顔を見つめる。彼をこんな近くでみたのは初めてだった。こんなにも近いのに、金髪の髪が見える
だけで顔は完全に闇に隠されてしまっている。
「僕は…真紅と一緒に…アリスゲームを終わらせようと協力してきました。その過程で辛いことも…楽しいことも…思い出がたくさん
出来ました。彼女たちのおかげです…」
相手の目を発見できないまま交わすこの会話は、間に一線を引かれたような奇妙な空間での行いに思える。
ローゼンの顎が持ち上がった。なにやら奇妙な種のようなもの持ってを口に含んでいる。
「お前はどんな方法で私のアリスゲームを終わらせようとした?なぜ終わらせることを望んだ?ドールの中に、今頃アリスを諦めた
姉妹や私に会うことを恐れる姉妹が出てきているだろうか?人の愛に疑問を持つということの意味を知らない者に、アリスを
求め続けてきた私の数百年間を言葉で説明することは不可能だ。愛…愛にはその蔓に多くの棘を持っている」
手に見えない薔薇を横に持つような仕草をしつつ、ローゼンは続ける。「愛とは……呪縛だ。愛に捉われたとき、人は自由を失い、
同時にあらゆる目に入るであろうことを失う。愛という名の呪縛を解こうと…、相手の愛を求める心、渇望する心…支配欲、
愛への脅威、それらに必要なものが目に見えないとき…やがて人は愛の対象を殺すことで己を解き放とうとする本能に目覚める
ことがある。多くの人間が心の奥に持っている闇であり…猛獣であり…棘(いばら)だ。"心の棘"とは友にならねばならない。
棘を友に持ったドールこそが全てを殺し、アリスゲームを制することも出来た」
384:Rozen Maiden LatztRegieren Ⅷ:弑殺 The End
07/12/23 02:51:31 Kar7fNnI
ローゼンは間をおき、床の闇を見つめると、再び顔を上げなおす。
「自分が真に生きるていることを明かす為には、愛することと殺すことを知らなければならない。誰かを愛することと、
同時に誰かを殺すことは生きることの本能だ。全てのドールに、お前にも、私にも愛する権利と殺す権利は盤によって与えられる。
愛し殺す権利はな...だが、愛と殺しを美化する権利はない。愛することと殺すことが噛み合わない"心の棘"は…相手と自分…
二つの魂が完全に相容れないときに生まれる」
ローゼンは一端話を止める。次の言葉を考えているようだった。
「本能のみに従って、人を愛し、殺すことの出来る透き通った精神を持つ者が愛の呪縛に捉われた自分自身を開放するために必要
だったのだ。だがその者は決して心と道徳、力の化け物なのではない。彼には愛に満ちていて、心があり..道義心も兼ねている。
誰よりも相手の愛を理解できる。相手の全てを本当に理解し…その上で、だからこそ、その相手を憎み苦しめようとすることでもなく、
哀れむことでもなく、戒めることもしないで、原始的な殺戮本能を発揮して殺せる者だ。それが実現したときのみ、彼は相手の
魂を自分のものとして得ることができるだろう。ドールを倒し、ローザミスティカを奪い自分のものにしたアリスゲームと同じに...
二つの魂は真の純粋さを以って融合できるのだ。それそのものになり、見て触ることが叶い、ついにそれは実現する。
だがもし相手の魂を十分に理解せず、或いは望まない死を相手に与えれば、魂は新しい持ち主を拒絶する。魂に拒絶された身体
と心は永遠に苦しめられるだろう。いかに愛しい存在であっても、愛する者を殺さなければならないとき…それを自分で美化
してはらない。美化せずに、感情を持たず、殺すことの出来る天性的な本能が求められる。なぜなら、有終という意識の瞬間
こそが愛において最っとも恐るべき心の棘の突き入られるところだからだ。」
僕の前でローゼンが顔を揺れ動かした。語調が変わる。
僕は、ローゼンがいま本当の願いを告げようとしているんだと察した。
「薔薇乙女達は、私の催したゲームの意味、私のなろうとしたものを理解できないのかもしれない。もし私が殺されなければ
ならぬ運命にあるのなら、少年…誰かが行って、薔薇乙女達を再生させてほしい…。私のしてきたこと、お前の見てきたことを
使って…なぜなら、ドール達は既に呪縛の連鎖を憎しみ始めているからだ。もしお前がこれらのことに真に理解できるなら…、
ジュン、おまえがそうしてくれ…わたしのために。」
385:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/23 07:41:09 eLwNeH9e
相変わらず長いだけでつまんねーな
はよ終われや
カナのSSマダー?
386:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/23 08:58:21 f2ziDvQW
>>385
ちゃんと読んではいるんだな。ツンデレw
まあ、冗長に過ぎると言う意見もあるだろうね。
俺は結構楽しんでいるが。
387:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/23 10:07:51 hLIgHHRm
長編SS乙です。
まだまだ先はありそうですな。
楽しみが持続した
ところで、>>365を読んでちょっと疑問。
アニメ版ではジュンは高校生だったのか?
388:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/23 10:26:08 1F/9UAlq
もう
わけ
わか
らん
389:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/23 12:50:55 BlX+C65T
まぁWEB向きじゃあないな。紙媒体なら楽に読めるが、PCのディスプレイで読むにはちと辛いものがある
誤字脱字もやたら多いし。絶対推敲してないよな。勢いだけで書いてるだろ。だからこんなに書けるんだろうけど
内容的には楽しんでるけどね。背景の解釈はスタンダードだが濃いし、ノリとか雰囲気のセンスがかなり好きだ
390:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/23 13:12:16 O2fA53Fm
>>384
乙乙乙
面白かったよ
391:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/23 14:34:09 YE0Z2Pzj
>>357-384
長編いつもお疲れ様です。これからも頑張って下さい。
>>385
金糸雀アンチ乙。また粘着始めたのか。本当にワンパターンだな
どうせ信者になりすまして訳も無くSS叩いた後はID変えて今度は金糸雀叩きすんだろ
もうお前一人が演じてるってことバレバレなんだよ
相変わらず低能なことやってんのな
392:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/23 19:39:07 9DZtFBQt
すごいな
内容も凄いが
ここまで書き続ける根気が凄い
393:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/23 20:09:14 kbgMHfSZ
まあキャラの好き嫌いがはっきりしてる人だとは思う
394:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/23 21:05:51 wyxmwuX2
乙うううう
めっちゃ楽しみにしてたよ
395:384
07/12/23 21:28:42 Kar7fNnI
アホ長い長編読んでくれている方々には感謝しています。感想・指摘もありがとうございます。
いつも無言な自分ですが、無視しているわけではありません。タイトルなどへの指摘も、読ませて戴きました。
自分でもいつ終わるのこれと必死だったのですがやっと終わりまでかけました。
ですが、ラスト部分の容量確かめてみたら、24kbあってぎりぎり500kbに収まりきりません。:E
最後の一部分だけにょきっと次スレにでても相当意味不明になってしまうと思うので、今の段階で次スレにいかせてもらっても、
よろしいでしょうか?というより、152のとこから無駄な部分を削った簡潔版作って、ラストまで一気にまとめて次スレで投稿したい
と思っているのです。
そういう流れでどうかお願いしたいと思っています。
396:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/24 00:00:28 uiySuxju
ここで誰かがAAで埋め立ててくれたりすると
助かったりするのか?
397:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/24 00:08:49 QXXYDMOg
>>395
>152のとこから無駄な部分を削った簡潔版作って
次スレにいくのはいいけどどうせなら削らないでそのまま投下してほしい
398:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/24 00:17:58 uiySuxju
埋めますか?
埋めませんか?
399:名無しさん@お腹いっぱい。
07/12/24 00:46:21 3P3L9If5
おやりなさい
400:384
07/12/24 00:56:00 UA3qEiXL
>>396
はい。ぶっちゃけww
401:384 没シーン 本編に関係なし
07/12/24 02:12:30 UA3qEiXL
44
ようやく見慣れた我が家の光景を目にしたとき、ジュンは急に体の芯から疲れを感じた。
続いて後から続々とドール達が物置の鏡より湧き出てきた。
雛苺、真紅、そして…水銀燈。まだ真紅と何かを言い合っているみたいだが、
疲れがたまったジュンの耳にはもうその内容は入ってこなかった。
「ジュン君!ジュン君~!」
部屋の先から聞こえてきた声はジュンの姉のりのものだった。
ジュンは慌てて手元に抱えているぼろぼろの翠星石を部屋の隅のスペースに置き、寝たままの翠星石に一声掛けた。
「ごめん。少し我慢しててくれ…」
のりは姉として稀とも言えるほどの弟想いな姉だ。両親が家にいない今、毎日のご飯はほとんどのりが作っている。
不登校のジュンをめげる様子も見せずに励まし続け、見守り続け、最終的にはジュンを学校へ通わせたいと心から願っている。
だがジュンにとって普段それは鬱陶しいものだった。
自立に憧れ始める年頃の一方で、いつまでも姉に世話をされていることに不登校で未来の無い現実をいつも思い知られた。
「ねえちゃん心配しちゃった~。家に帰ってきたら誰もいなくて…もしかしてジュン君が真紅ちゃん達を
連れて家を出て行ってしまったのかと思っちゃった~。みんなしてこの物置で何しているの?みんなずっとここにいたの?…あら?」
のりは物置を覗き込むや、見慣れないドールが一体いることに気付いた。
「あの紺のドレスを着た子はだれ?」
「…あいつは水銀燈」ジュンが答えた。「今晩だけウチでお茶のんでくんだって」
「そうなの~。お客さんってことね!」のりはにこっと笑った。「なんだかとっても真紅ちゃんと仲良さそう」
ジュンは何も言わずに物置を後にしながら、とりあえず今晩の食事が無事で済むことだけを祈った。
いや、無理だろうな。
防弾チョッキでも今すぐ通販で買い寄せるべきかもしれない。
「大体あなたのフィールドに置かれた人形のセンスは異常なのよ。いつあんな悪趣味を覚えたの?」
「全てはあなたからの譲り物よ?もう一度言うけど、私はあなたへの憎しみをただの一度だって失ったことは無いわぁ!」
「まったく。前々から思っていたけど、あなたの執着ぶりは、はっきりいって異常だわ」
「当たり前よ!あなたが私に何をしたのか覚えてる?そして私はアリスとなってお父様に - 」
「アリスになるのもいいけど」
真紅は素早く水銀燈の口元に手をあてて遮った。
「たまには戦いを忘れて姉妹で一緒に紅茶でも飲むのは悪くない。でしょ?」
真紅は水銀燈の口元から手を放し、一瞥してから物置部屋の出口へと歩き出した。
「"おねえさま"?」
とどめの一言に水銀燈は口はおろか体の動きまで完全に封じられ、ただ出口へと向かう真紅を見届けることしか出来なかった。
雛苺も何か楽しげに歌いながら真紅の後についていき、物置部屋には水銀燈が一人取り残された。
「あの女ー!高飛車なところは全く変わってないじゃなぁい!むかつくわぁ!」
その独り言は真紅達の耳に届いたかは分からない。
402:384 没シーン 本編に関係なし
07/12/24 02:15:00 UA3qEiXL
ああ、書き忘れた 没になったシーンでも使って埋めちまいます
「今日の晩飯は何かある?ねえちゃん」
「そうねえ~お客さんがきてるって話だから花マルハンバーグを作ってあげたいところなんだけどお、材料が足りないわねー。
ねえちゃん今から買って来ようかな」
「別にそこまでしなくてもいいよ」ジュンは言いながら冷蔵庫を開けた。「何か繋ぎだけでもいいから」
冷蔵庫の中はあっけらかんとしていた。飲み物のペットボトル数本と、ヨーグルト、納豆、冷凍食品。
「うーん。確かにこれは寂しいものがあるかもな」
ふと、後から女の人の悲鳴が聞こえた。その直後、より甲高い少女のような声も。
「みっちゃん、大丈夫かしら!?まさかフィールドの出口に逆さの状態のまま入ってしまったなんて、迂闊だったのかしら~!」
「あー、あいつらか」ジュンは物置部屋へと走り出した。「本当に大変な夕飯になりそうだなあ」
リビングから出た時、水銀燈が一人全く見当違いな方向へと廊下を歩いているのが目に入った。
「おーい、水銀燈」少し緊張しながらジュンは彼女に声を掛けた。「そっちはトイレだぞ」
水銀燈はピクっと体を振るわせた。そしてぎょろっと目をぎらつかせながら振り向いた。
「ひっ…」ジュンは身の危険を感じ、思わず上半身を後に退いた。
「…真紅に言ったら命はないと思いなさい」
そう言って水銀燈はジュンの横を通り過ぎ、別の扉の取っ手に背伸びして手をかけようとした。
「えっと…そっちは洗面所」
水銀燈は手を止め、声を荒げて言った。「一体どこよ!?」
「そそそ、その隣の、扉だよ!」
ジュンはリビングへの扉を指差した。
「そっちにみんないるから!僕は金糸雀たちを迎えにいってくる!」
言い残して、ジュンは逃げるように廊下を走った。
「はぁ、恐ろしいったらありゃしない。奴の羽が心臓を一刺しだよ」
物置部屋に再び入ったとき、ジュンは奇声を上げながら飛び上がった。
「何じゃこりゃあ!?」
「あ、真紅のミーディアム!ちょっと手を貸してなのかしら!」
頭を地面に打ち付けて倒れているみつと、それを必死に起こそうとする金糸雀。
そして、部屋中に人形用のものと思われる衣装が散りばめられている。
驚くほどフリルのついたゴスロリの衣装から、真っ白で綺麗なドレスまで。
そして慌てふためいた様子であちこちを飛び回る、ホーリエとピチカート。
「うーいたたたたた…」みつが頭を撫でながらようやく意識を取り戻した様子で起き上がった。
「あら…ジュン君、今晩は。nのフィールドって、とても怖い所なのね。めがね、私の眼鏡はどこいったの?」
「はぁ…こんばんわ、草笛さん…」ジュンはため息をついて首を落とした。「とりあえずその衣装みたいなのは何ですか…」
403:384 没シーン 本編に関係なし
07/12/24 02:17:23 UA3qEiXL
45
「まず翠星石を僕の部屋のベッドに寝かすべきなのかな…」
ジュンは再び翠星石を抱えた。すでに体から水銀燈の羽は全て抜かれていたが、
それでも服がぼろぼろに破けた翠星石の姿を見ると心が痛んだ。
大丈夫だ。今日はもう水銀燈は他のドールを傷つけたりしない。これからもそうあってほしいと、ジュンは心から思った。
ひとしきり衣装を袋に詰めなおしたみつにジュンは声をかけた。「リビングでみんな待ってます。こっちです」
翠星石を抱えながら廊下を歩いていると、いきなりのりがリビングから出てきて、
ジュンは驚いてすぐ体の向きを逆にした。
「ジュン君、私やっぱり花マルハンバーグの材料買ってくるね。20分で済むから、あら?今晩は。どなたです?」
「金糸雀のマスターで草笛さんと言うんだ」
ジュンはのりに背を向けたまま答えた。
「あ、そうなんですか!ジュンの姉です。よろしくお願いします」
のりは頭を下げながら、何時の間に家に人がいたとを不思議に思った。
「あ、いえいえ。勝手にお邪魔して本当にすいません!」
ジュンが抱えている翠星石の姿に取り乱しつつも、みつはなんとか答えた。
「ジュン君の友達なら、誰でも歓迎ですよ!」のりは笑った。「ジュン君、じゃあ私いってくるね」
「もう外暗いから気をつけろよ」
ようやくのりが家の外に出たとき、ジュンはみつと金糸雀に言った。
「お姉ちゃんに、こんな翠星石の姿を見て欲しくないんだ。家族のように思っているから。今はみんなと楽しくやりたいから。
お姉ちゃんがこんな翠星石を見たら、すごく心配するんだろうな。ましてこんな風にしたのが今家にいた水銀燈だなんていえないよ」
翠星石のことを今話題に出せないのは、みんなの暗黙の了解だった。
今それを話すことは、水銀燈の目前でアリスゲームの話題を持ち出すことを意味する。
折角、またとない和解の機会なのに。
「翠星石を二階の僕の部屋に寝かせてくるよ」
ジュンがそういうと、みつと金糸雀の二人は無言で頷く。
階段をニ、三段登ったところで、ジュンは再び足を止めた。
「アリスゲームのこともいつかは姉ちゃんに話さなければならないと分かっている。けど、今じゃない」
「こんばんわ!真紅ちゃん、雛苺ちゃん、水銀ちゃん!今日はみんな本当にありがとうね!」
みつは満面の笑顔で勢い良くリビングの扉を開けた。
真紅、雛苺、水銀燈の三人は既にテーブルの席についている。
「きてやったのかしらー!」
その後から同じく勢い良くして金糸雀も入ってきた。。
「こんばんわなのー!」両手に箸をそれぞれ一本ずつ握り、それをゆらゆらと楽しそうに揺らしながら雛苺は二人を迎えた。
「いらっしゃい」頭の帽子を取りながら真紅も言った。
「この私をちゃん付けして呼ぶなんてどういうつもり?人間」
一方水銀燈は椅子の上で足と腕どちらとも組んだ体勢で不機嫌そうに言った。
「それから、水銀"燈"よ」
「あはは…ごめんね」みつは苦笑した。「席についてもいいかな?」
「ええ。どうぞ」
真紅は言った。それから水銀燈に意味ありげな視線を送った。「まったく…この場に及んでも相変わらず口の減らない子ね。水銀ちゃん」
「なん…!」
二人は同時にテーブルから立ち上がった。
「あなたって何の本も読んでなさそうだけど、燈の漢字を自分で書けるの?」真紅が先に言葉を発した。
「漢字ぃ?そんなの要らないわぁ。いいこと?すいぎんとうはこの国での私の呼び名でしかないの。
世界の反対側じゃ私の名前は"Mercury Lamp"となるのよ」
「そう?じゃあギリシャでは?"hydrargyrum"?聞くに堪えない醜悪な名前ね」
「黙りなさい!…ねぇ、真紅ちゃん?スペインへ行ってみなさい。あなたの名前は"rojo"よ"rojo"!うっふふふふ!」
「捏造よ!私に授けられた美しい名前がそんな風になる訳ないでしょう!?エル・ピューロ…」
「お前ら、やめろったら!」
二人が声のした方向へ顔を向けると、ジュンが入り口に立っていた。
ふん、と二人は鼻を鳴らして席に着いた。
やはり無理だ。ジュンは確信した。自分ひとりでは無理だ。今夜この家の治安は到底守り切れない。援護が必要だ。援護が…
404:384 没シーン 本編に関係なし
07/12/24 02:18:29 UA3qEiXL
「わーいわーい、ねぇねぇ、ヒナはすぺいんではなんていうの?」
雛苺が楽しげに聞いた。
「ラ・バーカ・ペクナ」水銀燈は笑いが込上げてくるのを必死に堪えて言った。「小さなおバカさん」
「うー、」
雛苺は頬を膨らませ、両手の箸をぶんぶん振り回し始めた。
「ウソ、そんなのウソ!バカといったやつがバカなのお!」
「ええ、それは嘘よ。」真紅は横目で雛苺を見据えた。「正しくは、ラ・バーヤ・ジミニウタ…地味に歌う子」
「う、うにゅ…真紅まで…」雛苺はショックを受け今にも泣き始めそうな顔をした。「ヒナ地味なんかじゃないもん…」
そんな雛苺を尻目に、真紅と水銀燈はいきなり二人して笑い出した。
「あっははははは! "small"を"tiny"にして言葉を直したってわけ?」
そう言って水銀燈はテーブルに両手を置いて顔を近づけ、真紅を嫌らしげな目つきで見上げた。
「真紅の割にはやるじゃなぁい」
「フフフ、簡単なことよ」真紅も水銀燈に倣って体を乗り出した。「本当は"寝ぼすけ苺"にしたかったのだけれど」
金糸雀は信じられくらい意気投合した真紅と水銀燈を見ていた。いまだに不思議な光景だ。けれど、なんとも微笑ましい光景でもある。
勇気を振り絞り、金糸雀は二人の間に割って入った。
「じゃあじゃあ、カナはなんていうのかしらぁ!?」
水銀燈が始めに金糸雀の方を向いた。そのダークピンクの瞳にはいまだに慣れないが、
今回は何処となくいつもの冷酷さが欠けているような気がした。
「あなた…」水銀燈は言った。「名前は何といったかしら?」
「カナエルよ」真紅が答えた。「だからスペイン語では…」
「カナリアかしらぁ!!!」
405:384 没シーン 本編に関係なし
07/12/24 02:19:20 UA3qEiXL
46
「本来この紅茶は夜に飲むものではないのだけれど」
真紅は言いながらポットを机の中央に置いた。
「今日はまあとにかく楽しく飲みましょ」
紅茶は口論を恐れたジュンがあらかじめ既に入れておいたものだ。
ジュンはそそくさと席につき、今一度口論を避けるため、ポットを持ってみんなのカップに注ごうとした。
真紅は首を少し動かしてテーブルを見渡した後、深々とため息をついた。
「ジュン…」真紅は絶望したかのように悲しげな表情だ。「あなたって本当に使えない家来…」
「な、なんだよ…」ジュンはポットを持つ手を止めた。今日はいつもより数段積極的なのに。
「私のカップを持ってきなさい。今すぐに」
「…。そういうことか」ジュンはポットをテーブルに置いた。「少しは自分で持ってこようと思わないのか?」
「つべこべ言わずに。早く」
「分かったよったく!お前の鞄の中だな!?」
リビングの扉を開けて二階へ向かう最中、後ろからもう一声聞こえた気がした。
「私の鞄のくんくんグッズには絶対触らないことも忘れずに」
ジュンは自分の中の怒りパラメーターを必死に沈めようと努力した。
誰の金で払ってると思ってる!通販のくんくんグッズ!
部屋のドアを開けて電気をつけようとしたとき、ジュンは翠星石が自分のベッドでまだ眠っていることを思い出し手を止めた。
暗闇の中で真紅のカップを見つけなければならない。
三個並べられた鞄の中から音を立てないように一つ取り出し、ジュンは鞄を開けた。
鞄をあけると、裏側上部にクレヨンで落書きされた絵が闇の中おぼろげに目に入り、これは雛苺の鞄だと確信した。
探し物はこの中にはない。鞄を縦にして元に戻し、その隣の鞄を開けた。
その途端、くんくんの顔が目に入った。大事そうに底に敷き詰められたくんくんの本。真紅はこれと一緒に寝ているのか。
隅に置かれた黄色の真紅のカップを手に取ったとき、思いがけず後ろから声がした。
「人間…」
ジュンは飛び上がるようにして向き直った。その時、カップを持った手が真紅の鞄の蓋にあたり、
その勢いで真紅の鞄がひっくり返った。くんくんの本が打ち上げられ、鞄の外へと散りばめられた。
「…ま、まずいな」
「人間…ここはどこです?」翠星石はかすれる様な声で言った。「人間…いないのですか?」
ジュンは真紅のカップを置き、本を元通りに戻すのを後にして翠星石の元へ走り寄った。
「ここは僕の部屋だよ」
「ジュンの部屋?」翠星石は状況が飲め込めていないようだ。「みんなは?真紅達は?水銀燈は?」
「真紅達ならそこで寝てるよ。みんな無事で帰ってきたんだ。心配しないで、僕のベッドで寝ていていいよ。僕は下で寝るから」
「そうですか…。なんだか頭がくらくらして私よく分からんです…。もうちょっと寝ます…悪いです人間…」
「おやすみ。全然構わないよ」
そういいながら、ジュンは翠星石を一人仲間はずれにしているような罪悪感に襲われた。
けど、今翠星石を下に連れて水銀燈と会わせたりすれば、死ぬ気で双子の蒼星石を倒されたことへの復讐に出る可能性がある。
そんなことは絶対に避けたい。
翠星石の目が完全に閉じられたのを確認し、ジュンは静かに真紅の鞄の元へと戻った。
ゆっくりと鞄を立て直し、慎重にくんくん関連の本を鞄にしまい始めた。
"四月号 - 世界の通信を傍受・盗聴する政府の秘密施設で起きた密室の殺人事件"
"五月号 - 今蘇る伝説の秘密結社、天使と悪魔の彫像に隠されたダイイング・メッセージ"
"六月号 - 世界警察組織を根底より覆す、驚愕の事件! 人質は2000年の歴史"
ジュンは苦笑した。相変わらず、いや、前にも増して子供向けの人形劇とは思えないタイトルだ。
もはや犬が立ち入っていいレベルの事件の規模ではなくなっている気がする。
最後の一冊を手に取ったとき、ジュンは手を止めた。これだけ一つ異彩を放っていたからだった。
"くりーぷず☆ - くんくんと過ごす一日"
そのタイトルを見た途端、ジュンはぞっとするような寒気を覚えた。
嫌な予感がする。
ジュンはもう一度振り返って翠星石が眠っていることを確認し、視線をその本の元へ戻した。
そしてゆっくりと開いてみた。
406:384 没シーン 本編に関係なし
07/12/24 02:20:29 UA3qEiXL
やはりそうだ。最悪だ。
内容は漫画仕様になっており、暗くて台詞までは読めないが、くんくんの絵は普通とはちょっと違った感じに描かれている。
ジュンはこういう本と特に何と言うか知っていた。パソコンでネットしていれば嫌でも知ることになってしまう世界だ。
特に最近はその浸透率は高い。本職にしてしまう者すらいるとか。
真紅がネット通販をしているなんてことはすぐにでも止めるべきだった!
だが時既に遅しだ。真紅はその世界を知ってしまった。
ジュンは手に持ったくんくん探偵の同人誌を真紅の鞄の底に戻し、鞄も元の位置に戻した。
真紅のカップを手に持ち、重い足取りで暗闇の部屋を後にした。
407:384 没シーン 本編に関係なし
07/12/24 02:23:13 UA3qEiXL
47
「みんなー、花丸ハンバーグの材料買って来たよー!」
ジュンの姉のりが右手に大きなビニール袋を抱えて家に帰ってきた。
「おかえりなさいなのー!」雛苺が飛ぶように玄関へと走っていった。「のりー!」
「ただいま!雛ちゃん。これからはなまるハンバーグ作るからね!」
「わーい!はなまるさんなのー!」
「遅いわね、何をもたもたしているのかしら。あの使えない家来。紅茶が冷めてしまうわ」
真紅は苛立ちを覚えながら独り言を口走った。
まさかあの一冊を探り当てたわけでもあるまい。あれは六月号の袋とじに挟みこんである。
ある程度以上深く探りを入れない限り見つけられまい。そしてそこまで探りを入れることをこの私は見逃さない。
鞄ごとひっくり返るなんてことでもおきない限り見つけることは不可能だ。
あのくんくんの絵本…真紅はその内容を思い出しただけで顔が赤らむのを感じた。くんくんが私の手を取って…いやぁっ。
「なに一人で顔赤くしてるの?気味悪い」水銀燈の声で真紅は我に戻った。
はっ。なんということ。よりにもよってこの子の目の前であの本のことを思い出してしまうなんて。
「…別に。」
水銀燈はしばし真紅を見据え続けた。「…変な子」
「おーい、真紅、持って来たぞ」
「遅いわね!紅茶が冷めてしまうでしょ?カップを持ってくるくらいのことで一体何をてこずったというの!?」
ジュンは階段を下りる最中に考え付いた嘘を言った。
「ああ、パソコンが朝から付けっぱなしだったからさ、データを一通り保存して、電源を落としてたんだよ。悪かったな」
パソコンという単語が出たとき、雛苺が一人身を凍らせていたことにジュンは気付かなかった。
「そ、そう」真紅はぎこちなくいった。「まったく、困った家来だわ。と、とにかく、早く注いで頂戴。」
「わかったよ!」
ジュンはまず真紅のカップに紅茶を注いだ。
それから雛苺の分。草笛さんの分。注ぐときありがとうといってくれた。次に金糸雀の分。
そして水銀燈の前に置かれたカップに注ごうとしたとき、水銀燈は手でジュンを制した。「待って」
「?」ジュンは手を止めて水銀燈の次の言葉を待った。
「それは真紅のマイカップって訳?」水銀燈は真紅のカップを指差した。
真紅は得意げに笑みを浮かべた。「ええ、そうよ。19世紀の時にも見たでしょ?」
水銀燈はしばらく黙したのち、突然イスから飛び降りた。そして部屋を見渡すや、のりが調理中の台所へと歩き出した。
「人間の女。それを私に渡してくれる?」
「えっこれ?」のりは水銀燈が指差したカップを手に持った。「でももうあなたのもとにあるじゃ」
「いいから私の言う通りにしなさい」
「は、はいっ」のりはあたふたとした動作で水銀燈にカップを手渡した。
ジュンは無言で席に戻ってくる水銀燈を見つめていた。
(…真紅のマイカップに対抗心燃やしてるのか…?)
「人間。こっちに入れて頂戴」水銀燈はそういって持ってきたカップをテーブルに置いた。
「ほとんど一緒じゃないか」
「私はこっちのカップの方が好みなの。分かる?人間」
「分かったよ!それと、僕の名前はジュンだからな」
ジュンはそういって水銀燈のカップに紅茶を注いだあと、必要なくなったもう一つのカップを持って台所に片付けに行った。
「ねえ、ジュン君」
カップを片付けている時、のりが焼き上がったハンバーグをフライパンから皿へと移しながら小声で言った。
「ああいうのを最近流行の"ツンデレ"っていうの?」
その言葉が耳に入ったとき、ジュンは心臓が止まるかと思った。
「な、ななな、何を言い出すんだよ!」
のりは小さく笑った。「だって、凄く態度がトゲトゲしいじゃない。けどなんかそこが可愛い、くす」
「あのなぁ…」