06/11/27 12:02:51
冬も間近の秋の午後。細く開けた窓から入るちょっぴり肌寒い風が、少女の頬
をくすぐった。細い栗色の髪をふわ、となびかせながら、しかし憂鬱げなその瞳
は窓の外の銀杏の木に向けられていた。
「わたし、白血病なんですってね」
窓の外に視線を向けたままの少女はそう一人ごちたようにも見えた。しかし彼
女の座っているベッドの傍らには青年が座っていたので、それが彼に向けた言葉
だということはかろうじて理解できた。
ハイネックのセーターを着た青年は、その本来の快活さを発揮できないまま、
心持ち哀しげな表情を少女に向けた。しかし少女は窓の外を見つめたままだ。
「ああ」
たっぷり30秒近くの間をおいてから、青年は少女の問いに返答した。今さら
隠したところで何もならない。そういった覚悟が聞いてとれる声音だった。
小高い丘に立つ、木造のノスタルジックな病院。日差しは暖かいが確実に冬の
足音の聞こえてくる陽の高さ。少女のいる病室は薬品のにおいとひからびた枯れ
葉のにおいに満たされて、メランコリィな雰囲気を醸し出していた。
「きっとわたしも、あの窓の外の銀杏の葉が落ちる頃に、天国へ行くのね」
「……何を言い出すんだ、きっとお医者さまがいいお薬を処方してくれるさ」
「いいの。わたし、貴方と出会えて本当に良かった。悔いなんてないわ」
そう言うと少女は、浮世離れしたほどの優しい笑顔を青年に向けた。
「ああ、枯れ葉よ、おまえがそこに付いている限り、わたしはこの人と会ってい
られるわ。どうか一日でも長く、そこにいて頂戴」
銀杏の葉に向かって指を組む少女を見て、込み上げるものを押さえきれなく
なった青年が、少女の細い手にそっと触れたその時だった。
ガギャギャギャ、キーッ!
「うわーっ!」
ドン!ガラガラ……
ハラリ。
「あ、枯れ葉が……」
「落ちた……」
「……もう駄目なんだわ……さよなら……」
「ああっ、しっかりしろ、看護婦さん、来てください!看護婦さん!」
青年は気を失った少女を片手に抱きながら、ナースコールのボタンを秒間16
連射の速度で連打していた。