テイルズの世界にシンが行ったら…Lv2at SHAR
テイルズの世界にシンが行ったら…Lv2 - 暇つぶし2ch2:通常の名無しさんの3倍
07/09/28 22:46:24
>1乙

3: ◆dCLBhY7WZQ
07/09/29 06:13:54
>>1
ありがとうございます。

保管庫です。次のスレを立てる機会があれば、これもお願いします。
ガンダムクロスオーバーSS倉庫
URLリンク(wiki.livedoor.jp)

それでは、投下もします。

4: ◆dCLBhY7WZQ
07/09/29 06:15:10
18 二人の聖女、二人の英雄

「はああああああああ!」
幾多の兵士たちを屠り、突撃していくシンは既に血まみれだった。だが、その返り血を拭おうともせずに突き進んでいく。
「邪魔するなああああああ!」
ソード形態に入れ替え、クレイモアを振るった。槍は使い手ごと両断され、剣は弾かれ、矢は叩き落される。
「死にたくなかったらさっさと道を開けろ!俺は仲間を傷つけるやつは誰一人として容赦しない!」
弓を構える女性兵もいるが、そんなことは知ったことではない。シンの瞳に写る、敵意を持った相手は全て排除する対象だ。さらにシンはブラスト形態へと姿を変えた。
「バーンストライク!ファイヤーフライ!」
詠唱時間などないに等しい。次々と各所で爆発が起き、その度に怒号と悲鳴が谺する。最早人間の所業ではない。
「シン、あまり飛ばすな。エルレインとやりあうことになった時に、疲労していては意味がないんだぞ。」
ジューダスの冷静な言葉を聞き、シンは攻撃の手を緩める。正気を取り戻したらしい。
一度スイッチが入ると自分では抑えきれないのだ。しかも、シンが戦う力を伸ばせば伸ばすほど狂気も増していく。確かに強力な力だが、代償はあまりにも大きいものだ。
「……そうだな。抑えておこう。」
攻撃の手を緩めようと何をしようと、ストレイライズ大神殿の護衛兵は後から後から攻撃を仕掛けてくる。
「くっ、閃光衝!閃光翔墜!」
カイルはその小柄な体格を利用して剣を持った兵士の懐に飛び込み、光を纏った剣で突き上げた。一瞬のうちに吹き飛ばされ、完全に伸した。
そのカイルに槍兵が接近し、突きを放とうと構える。
「させるか!放墜鐘!さらにっ!放墜砲鎚!」
この放墜鐘は、対象を使い手から見て前方へ大きく弾き飛ばす技だ。さらに一筋の衝撃波を放ってさらに遠くへと吹き飛ばす。
連携には向かないが、この手の乱戦で敵を排除するだけなら大きな意味を持つ。
「よし、あたしもいくよ!牙連閃!まだまだ!烈火閃!」
ナナリーが素早く矢を連射し、さらに続けて火矢を放つ。彼女を相手に弓の撃ち合いで勝てる者などまずいない。カイルを狙った弓兵をあっさり討ち取った。
カイルはそのまま突撃し、剣を持つ護衛兵を斬りつけた。さらに、蒼破刃を放って仕留める。
善戦してはいるのだが、このままでは消耗してしまう。早めに片付けなくてはならない。
「面倒だ、俺が後衛を荒らす。カイル、ジューダス、ロニはそのまま!ナナリーも援護射撃してくれ!」
シンはフォース形態をとり、一気に護衛兵の後方に位置する弓兵部隊、そして晶術部隊の真ん中に降り立った。素早くソード形態に入れ替え、大剣で周囲を薙ぎ払う。
「はああああっ!」
弓で防ごうが障壁を作ろうが、もう止められはしない。ジューダスのお陰で狂気を押さえ込むことはできたが、それだけだ。死ねない。死にたくない。死なせたくない。その思いが剣を振るう力に変わる。
「このっ……!」
時折矢が飛来して体にぶつかるが、刺さりはしない。ソード形態故の圧倒的防御力だ。
「でやああああああ!」
斬衝刃を使い、まとめて弓兵を吹き飛ばし、徹底的に後衛の連携を乱す。その間に前衛部隊はカイルたちが仕留めていく。
時間が経つにつれて逃亡兵が増えだした。たった5人しかいないのにもう50人近くは討ち取られた。勝ち目などない。
「逃げる兵士は追わなくていいよな?」
「勿論!目的はリアラの救出とレンズの奪還!それ以外目をくれるな!」
ロニとジューダスが言い合う。その通りだ。目的を見失ってはいけない。

5: ◆dCLBhY7WZQ
07/09/29 06:16:45
屋上から礼拝堂へと廊下を突き進む。5人の姿を見るだけで兵士達は逃げてくれた。だが、礼拝堂だけは違う。
「これ以上エルレイン様の邪魔をさせるな!」
ハイデルベルグ城でロニの攻撃を阻んだエルレインの部下、ガープが指揮を執っていた。兵士達が一斉に矢の嵐を巻き起こす。さすがにこの密度では接近できない。慌てて5人は建物の陰に隠れた。
「チッ、あれでは近づけんぞ。」
「対象地点で発生するタイプの晶術で攻撃するしかないだろうな、これは。」
ただし、その方法の場合、まともに狙いをつけられない。当てずっぽうに晶術を放ったところで打撃を与えられないのではレンズの無駄だ。
「……シン、お前の飛翔能力を使えないか?」
「俺の?ああ、弓の射程範囲外の上空から晶術で攻撃しろってことか?」
「他にどんな方法がある?正確に攻撃しようとすればそれしかない。」
「無茶言うなよ。俺はフォース形態だと下級晶術しか使えないんだ。いや、待てよ……。」
ジューダスとの遣り取りで何かを思いついたらしい。
「いけるかも知れない。今から俺はバーンストライクとファイヤーフライを使う。ファイヤーフライを放ったら皆突撃してくれ。俺も続く。」
未だ矢の雨は降り続いている。この状況で突撃しろと言うのは無茶な話だ。
「大丈夫?それに、正確に攻撃できるの?」
「やれる。任せてくれ。」
彼は素早く詠唱し、バーンストライクを放った。ただの盲撃ちだ。全く命中しない。
「やけでも起こしたのか?」
だが、追加晶術のファイヤーフライは違った。建物の影からカーブを描き、正確に兵士達を襲った。
ファイヤーフライはミサイルを模した晶術であることは既に述べた。この晶術は使い手であるシンの意志で進路をコントロール出来る。故に障害物が存在しても正確に狙えるのだ。
強烈な火炎弾が兵士たちを火達磨にしていく。それが合図だった。弓の攻撃が一時的に停止したその瞬間を狙い、一斉にカイルたちが突撃した。
さらに、その後方からシンがフォース形態に切り替えて飛来し、ガープに直接上空から攻撃を仕掛けた。
「穿風牙!」
ガープは上空から飛来した風の槍を回避したが、次の瞬間にはシンに間合いを詰められた。
「でやあ!」
サーベルを杖で受け止めた。ガープはシンを打ちのめそうとするが、すぐにシンはソード形態に入れ替え、鍔迫り合いになる。
「お前たち……エルレイン様の救いを無にしようとするとは……。」
「黙れ!幸福に暮らしていた人々を不幸にして何が救いだ!お前たちの目は節穴か!?」
「過渡期には多少の犠牲は付き物だろう!?」
「そういうやり方が気に食わない!確かに何かを為すときには犠牲も出るだろう。だがな、意図的に生贄にするような真似を見せられて、見過ごせるほど俺は人格者じゃない!」
「そんなことでは何も実行できん!」
「実行しなくていい!お前たちは害にしかならない。この世界はほっとけばそれでいいんだ、お前たちはさっさと消えろ!」
シンはフォース形態に入れ替え、空中に舞い上がって鏡影剣を放った。ガープの身動きが封じられ、さらに影を纏うサーベルが切り裂いた。
「ぬう!」
「まだまだ!鏡影閃翔!飛天千裂破!」
飛翔能力を使った突撃、さらに急降下しての刺突、それに連携しての12連続の突きにはさすがのガープも耐えられなかったらしい。
「くっ……全力を出すことができれば……已むを得ん、撤退する!」
ガープは光に包まれてどこかへ転移した。それを見た兵士たちもあっさりと逃げ去る。
「シン、消耗してない?大丈夫?」
「カイル……大丈夫だよ。十分戦える。それよりカイル、頼みがある。」

6: ◆dCLBhY7WZQ
07/09/29 06:18:03
シンはカイルの目を真剣に見、言った。カイルはその様子がただ事ではないことに気づいた。
「?」
「もし、もし仮にだ、俺がカイルに斬りかかるようなことがあったら、その時は……迷わず俺を斬ってくれ。頼む。」
「そんなこと、あるわけないだろ?」
「だから、仮にと言ったんだ。ただ、エルレインの力は底知れない。そういうことだってあるかもしれないってことさ。」
シンはあくまで真剣だ。こうなったらカイルたちだけでも生かしておかなくてはならない。何としても未来を変えなくてはならないのだ。
「まあ、そういうことが起きたら俺がぶん殴って正気に戻してやるよ。何しろお前はよく暴走するからな。」
どこまでも明るく言い放つロニの言葉を聴き、彼は幾分気が楽になった。こうしていてもリアラは助けられない。
「さあ、行くぞ、みんな!」
カイルの声を合図に、礼拝堂の扉を押し開け、5人は中へと雪崩れ込んだ。
「……お前たちも……苦痛を選ぶというのか……。」
エルレインだった。ゆっくりと振り返り、5人を見遣る。憎悪も怒りもない。ただ、どこか見下すような色合いの瞳だった。
「リアラもレンズも返してもらうぞ!エルレイン!」
「わからない、お前たちは何故苦痛を味わってまで行動するのだ……?その先には悲しみしかないというのに。シン・アスカ。特にお前はな。」
「やかましい。俺の未来は俺が決める。お前たちに勝手に決められはしない!ここで俺自身の宿業を破壊してやる!」
シンはフォース形態の機動性を使い、床を滑るようにエルレインに斬りかかる。だが、エルレインもシンと同様に武器を出現させた。
「愚かな……。私からお前たちに与えられる幸福は……これのようだ。」
虹色に輝く、柄の両端に刃が存在する武器。アンビデクストラスハルバード、両刃剣だ。
シンのサーベルを軽々と受け止め、それをバトントワラーのように軽く振り回しただけでシンは弾き飛ばされてしまった。
「ちっ……下手したら自分を斬りかねないあんな武器を……!」
何度かこの手の武器は試みに作られているが、全て正式採用されなかった。乱戦時、敵陣にただ一人で特攻するだけならともかく、正規の兵士が使おうとすると自分だけでなく味方まで攻撃してしまうからだ。
だが、エルレインは一人で複数の敵を相手取る。しかも、外観以上に強い。両刃剣を平然と扱えるのだ。かなりのものであろう。
「くっ、墜陽閃!」
追尾能力のある矢がナナリーの弓から放たれた。だが、エルレインはあっさりとその攻撃を両刃剣を回転させて無効化してしまう。
「射撃や晶術では埒が明かん、直接斬り込むぞ!」
ジューダスとロニが左右からエルレインに向かっていく。エルレインは詠唱を二人が自分に到達する前に終えた。
「トリニティスパーク……!」
エルレインの左手から放たれた電撃が二人を襲う。ダメージを受けた二人は已む無く引き下がった。しかし、エルレインはさらに晶術を使う。
「プリズムフラッシャ……!」
光り輝く剣が落下してくる。ロニとジューダスはさらに深手を負った。
「くっ……貴様ぁっ!」
「死ぬって!……回復だ!」
ロニは走って戻り、回復晶術の詠唱を開始する。ジューダスは再びエルレインの方へと向かった。
「俺も行く!」
「ジューダス!無理はするな!」
カイルとシンもジューダスの後に続いてエルレインへと向かっていく。ジューダスは剣で斬りかかり、それを受け止められたのを見て、すぐさま左手の短剣で下から抉り込むように刺そうとする。
「無駄を知れ……。」

7: ◆dCLBhY7WZQ
07/09/29 06:27:31
エルレインは少し自分の右手首を捻ったらしい。それだけでジューダスの短剣を止めてしまった。
「ちっ……!」
ジューダスはバックステップを踏んで後退する。同時に、シンの放った風の槍がエルレインへと向かっていく。
「愚かな……。」
しかし、穿風牙は再び旋回した両刃剣にナナリーの矢と同様叩き落された。
圧倒的過ぎる。しかし、それでも諦められない。それがカイルだ。リアラを救う。それだけを胸にエルレインに挑む。
「無駄だというのがわからないのか……?お前たちの苦しみが増すだけだというのに……。」
エルレインはカイルの剣を受け止め、鍔迫り合いに持ち越した。カイルは両手で剣を握り締めているが、エルレインは片手だ。
「俺が苦しんだって構わない。お前だけは許せない!」
「私は人々を救うための存在だ。私の邪魔をするということは、人々に苦しみを与えることになる。それでもいいと言うのだな?」
そこにシンが割って入った。エルレインの右から大剣で斬りかかる。
「お前の救いとやらのせいで苦しんだ人間をこの目で見てきた!あんなのは救いなんかじゃない!」
しかし、エルレインは滑るように二人から離れた。
「あの者たちは少々幸せを独占しすぎた。辛酸を舐めてもらうのも悪くはあるまい……?」
「そんなわけがあるか!努力とか理解とか、団結なんかの力で得た幸せだ!お前の奇跡の力で得たものじゃない!本物の幸せだ!本物を奪って紛い物を押し付けるのが救いか、エルレイン!」
攻撃を避けられたシンはフォース形態に入れ替え、鏡影剣を使う。しかし、エルレインはそれを回避した。
「だが、全ての人々がノイシュタットやハイデルベルグのようにはいかない。人間とは儚く弱い存在だ。紛い物であろうと人はそれを幸せと呼ぶ。」
シンはさらにエルレインにサーベルを振り下ろす。エルレインは攻撃を受け流し、またバトントワラーのように両刃剣を振り回した。
「本物知らないからそう言ってるだけだ!あんただって紛い物だって気づいているらしいな。なら、本物がどうすれば手に入るかを教えれば済むことだ。楽していれば幸せだと、あんたに言わせやしない!」
彼は左手の剣を盾に変え、攻撃を受け止めた。しかし、いつまでも持つものではない。回転の勢いは凄まじく、少しずつ削られていく。
「ならばお前が知らせてやればいい。他ならぬフォルトゥナの力を持つお前が!」
盾が崩壊した。シンは盾の崩壊直前に右にステップを踏み、エルレインに斬りかかる。わずかながら切り傷を作ることに成功した。
「あんたを消してからやらせてもらう。俺自身の未来とともに!」
だが、エルレインは両刃剣で下からシンを薙ぎ払った。回避しきれず、胸に軽い傷を受けた。
「お前には変えられない。未来を変えることはできない。」
カウンターにシンは再び鏡影剣を使う。今度は影に命中し、エルレインの身動きが止まる。
「やってみなければわからないだろうが!」
影を纏った剣がエルレインに炸裂した。さすがのエルレインもこの攻撃には仰け反ったらしい。そこを狙ってロニの回復晶術で立ち直ったジューダスが突っ込んでくる。
「粉塵裂破衝!」
床を少し抉り、その粉塵に剣と短剣をぶつけて火花を散らせてさらに仰け反らせる。そして、ジューダスは更なる技を繰り出した。
「塵も残さん!いくぞ、浄破滅焼闇!」
もうもうたる黒い炎がエルレインを焼き払った。ジューダスは勝利を確信して剣を軽く振る。だが。
「闇の炎に抱かれて…………馬鹿なっ!」
エルレインは多少ダメージを受けたようだったが、ジューダスを背後から両刃剣で薙ぎ払った。彼の体は簡単に弾き飛ばされ、礼拝堂の壁にたたきつけられ、そのまま動けない。
「お、おい、ジューダス!」
あわててロニがライフボトルを取り出したが、その瞬間にはエルレインが眼前に迫っていた。

8: ◆dCLBhY7WZQ
07/09/29 06:29:47
「戯れもここまでだ。裁きを受けるがいい……。」
ロニはライフボトルを使う間もなかった。一瞬のうちにエルレインに斬られた。
「何だとっ……!」
この程度で死にはしないだろうが、そのままその場に倒れ伏した。
「くっ、牙連閃!」
無駄だとわかっていてもエルレインに攻撃するしかない。ナナリーは弓を引き絞り、エルレインに向けて矢を連射した。エルレインは両刃剣を旋回させながらナナリーの矢を叩き落し、そのまま彼女を弾き飛ばした。
「こんなところで……。」
仲間たちが次々と薙ぎ払われていく。それも、目にも留まらぬうちにだ。シンは抑え込んでいた、そして仲間によって抑え込まれていた狂気を表に出した。
「絶対……許さない!あんただけは絶対に討ち取ってやる!」
何が何でも勝たなくてはならない。そのために手段は選べない。自分が悪魔になろうとどうなろうとも、これ以上傷つけさせるわけにはいかない。
「死ねええええええええええ!火炎斬!」
シンのサーベルが火炎を纏い、エルレインに斬りかかる。しかし、エルレインはあっさりと攻撃を受け止めた。
「無駄だ。デルタレイ、トリニティスパーク……!」
3つの光弾、さらにそれに伴う強烈な電撃がシンを襲う。さらに、エルレインが間合いを詰め、シンの額に左の掌を当てて弾き飛ばした。
「シン、大丈夫か!?」
カイルはあわてて弾き飛ばされたシンの元へと駆け寄った。しかし、そのシンのカイルを見る目は狂気と憎悪に溢れていた。
「はあああああああっ!」
凄まじい勢いでサーベルを振るった。カイルは剣でそれを止めたが、強烈な痺れが手に走る。
「ど、どうしちゃったんだよ、シン!」
「ぅぅうううう、がああああああああっ!」
獣じみた咆哮を放ち、シンは再びカイルに襲い掛かる。今度はソード形態だ。先程よりもさらに威力を増した斬撃が迫る。
「シン、やめてくれ!俺だよ、カイルだ!」
カイルはシンの重い一撃を回避したが、友誼を交わしたはずの赤い目の少年は殺意を剥き出しにして技を放つ。
「斬衝刃!」
扇状に広がる衝撃波がカイルを襲う。この手の攻撃にしては広範囲に効果をもたらす。逃げ切れない。
「くっ……シン、どうしちゃったんだ?俺のことがわからないのか?このままじゃ君を斬らなきゃいけなくなる!」
攻撃を受け、ふらつきながら迷うカイルにエルレインは言い放つ。
「その者は本来の任務を思い出しただけだ。そう、私の配下としての……。」
「そんなはずはない!俺はシンのことを信じてる。シンが俺のことを殺そうとするはずがない!」
「信じる信じないは勝手だ。だが、この状況はどう説明するつもりだ……?」
シンはフォース形態に入れ替え、空中からカイルを斬ろうとしていた。カイルはそれを避けたが、シンの殺意に満ちた瞳は間違いなくカイルに向けられている。
「ふぅうううううう、はあああああああああ!」
ジューダスに鍛えられた、素早く切断する力を強化した剣技が、本来の対象であるエルレインではなく、カイルに向けられている。
彼はさらに鏡影剣を使う。左手の剣がシンの手から投擲された。しかし、カイルが逃げたために影に刺さらず空振りに終わる。
「ええい、ちょこまかと……逃げるな……殺す!」
狂気に満ちた瞳がカイルを捕捉した。シンは猛然と斬りかかり、さらに穿風牙を放った。
「うっ!」

9: ◆dCLBhY7WZQ
07/09/29 06:31:42
巻き起こされた風がカイルの足を滑らせ、彼は倒れてしまった。そのカイルにシンがサーベルに憎悪そのものを纏わせて斬ろうとした、まさにその瞬間。
「……?」
シンが攻撃を止めた。エルレインの様子がおかしい。どこか戸惑っているようだ。一方のシンはカイルから少し離れ、その場で六連衝を放っている。攻撃対象もないのにだ。
「シン、何をしてるんだ?」
さらにシンはソード形態に入れ替え、双炎輪を全く関係ない方向に投げた。そして、双輪還元を使って小太刀を手元に戻した。
シンの奇行はまだ続く。彼はフォース形態に入れ替え、空中でバック転をしている。6回ほど行ったところで、シンはエルレインの方に向き直った。
「……このっ!」
シンはエルレインに右手のサーベルを振るい、斬撃を加える。エルレインはシンのサーベルを両刃剣で受け止めた。
「まだまだあ!」
さらに彼は、左手のサーベルをやや下から抉り込むように斬り上げる。丁度ジューダスがエルレインにしたようにだ。
「……!」
エルレインは同じように手首を捻り、シンの左のサーベルを受け止めた。しかし、どうやらそれがシンが一番確かめたいことだったらしい。
「やっぱりそうか。ふざけた真似しやがって!だが、これで終わりだ!」
シンの中で何かが割れた。彼はソード形態をとり、反応できない速度で斬衝刃と追衝双斬を繰り出し、エルレインに攻撃の暇を与えない。さらに奥義を放つ。
「飛礫戈矛撃!」
重力操作によって床が破壊され、さらに至近距離のエルレインの動きをも封じる。そして、旋回するアンビデクストラスフォームのクレイモアによって飛礫を巻き上げ、それを放った。
「くっ……何故……何故わかった……?」
シンはそれを無視し、ある技を使おうとしている。奥義からさらに繋いで放たれる秘奥義だ。何が何でもエルレインを斃さなくてはならないのだ。
「ぶちのめす!……ぶった切る!」
シンの頭上でアンビデクストラスフォームの大剣を彼から見て反時計回りに旋回させ、それを回転させたまま体の左側に移動させた。回転の勢いで床が抉れ、エルレインに破片が飛んでいく。
「鋼断劈地撃!」
さらにシンはエルレインの眼前に接近したところで回転方向を反転させ、回転の勢いと共にエルレインに大剣を叩き付けた。
攻撃力防御力ともに高いソード形態ならではの、力ずくの秘奥義だ。フォース形態が有する秘奥義剣時雨風葬は連続攻撃を主体とするが、こちらは破壊力だけに特化している。
とにかく破壊力がほしいときには便利な技だ。しかし、それでは済まさない。
「カイル、頼む!」
「わかってる。牙連蒼破刃!」
カイルは飛ぶ斬撃とそれに続く素早い連撃を、シンの攻撃でダメージが色濃いエルレインに加えた。そして、カイルもまた秘奥義を使う。
「それですむかよ!裂衝蒼破塵!」
大きく振りかぶり、強烈な衝撃波をエルレインに炸裂させた。さらに十字に空を切り、エネルギーを集中させて斬り上げと共にさらなる衝撃波を命中させた。
さすがのエルレインもこの攻撃には耐えかねたらしい。よろついている。
「未来を変えられるとは……まあいい、次の手は……既に打ってある……。今度こそ……完全なる世界を……。」
エルレインはどこかへと転移したらしい。そのまま姿を消した。
「……危ない危ない。もう少しでカイルを殺すところだった……。」
シンは最初、自分がコントロールされていると気づいていなかった。何しろ、体の制御を無理矢理奪われたわけではなかったからだ。
エルレインはシンに幻覚を見せていた。エルレインがカイルに見え、カイルがエルレインに見えるように。そして、矛盾を減らすために聴覚を封じていた。
この方法自体は単純極まりないが、シンが力を使うと狂気に取り憑かれ、些細な違いを判別できなくなるため、絶大な効果があった。シンの力を把握した上でこの方法を採用したのだろう。

10: ◆dCLBhY7WZQ
07/09/29 06:33:29
シンが気づいたのは「エルレイン」の戦い方が変化したからだ。エルレイン自身は足を動かしてちょこまかと移動するタイプではないことは、戦いが始まった段階で明らかになっていた。
ところが、エルレインに額を掌で突き飛ばされてから「エルレイン」はやたらと動き回るようになった。その上、戦闘がやけに消極的になってもいた。
違和感に気づいたシンは、自分の背後にいる「カイル」の様子もおかしいことに気づいた。一緒になって攻撃しようとせず、その場に留まっていたからだ。
彼は自分の体がコントロールされているかどうかを確かめるために、六連衝を空振りさせた。そして、別の形態も確認する意味で双炎輪と双輪還元も試した。どちらも自由に行動できた。
さらに、戦闘とは何の関係もない動作と言う意味で、空中バック転を試した。これも問題なく出来た。そして、自分の体ではなく、視覚、正確には脳の視覚野をコントロールされていることに気づいたのだ。
シンが両手のサーベルで斬りかかったのは、「カイル」が手にしている武器がただのロングソードに見えているが、見えない現実はどうなっているのかを確かめるためだ。
結果、シンには何もないところで攻撃を止められたように見えた。それで確証が持てたのだ。
エルレインの様子では、どうやら未来を変えることができたらしい。シンが未来を変えられたのは特別な力があったからでも、狂気を乗り越えられたからでもない。実際、まだ狂気は残っている。
彼は自分がしようとしていることに対して疑問を持つことが出来た。何の躊躇いもなく実行すれば、カイルを殺していた。自分のしていることを一歩引いたところから見て、その他の情報からそれで正しいのかを確認する。それこそが未来を変えた力だった。
もっと言えば立ち止まる勇気を持てたことが最大の要因だろう。突き進むよりも勇気がいるときもある。見事にシンはその勇気をもって未来を変えたのだ。
「カイル……すまない、エルレインに幻覚を見せられていたんだ。本当に……すまない。」
シンは心から詫びた。何とか思いとどまることは出来たが、殺そうとしたことには変わりない。しかし、カイルはいつもの明るさで応える。
「いいんだ、俺はこうして生きてるんだし。それより、皆を助けないと!」
「俺がライフボトルを使う。カイルはリアラのところに。」
リアラも結界の中にいたせいか、ぐったりとしている。シンは急ぎロニたちにライフボトルを使う。
「リアラ!よかった、間に合って。リアラにもしものことがあったら、俺……。」
来ないと思っていた、そして来てくれたら嬉しいと思っていたカイルがそこにいる。リアラはそれだけで感極まった。
「どうして?」
「えっ?」
「もう来てくれないと思ってた。あんなひどいこと言っんだもの、嫌われて当然だって思ってた。それなのに……どうしてカイル!?あなたはどうして私のことを!?」
「言ったろ、リアラに初めてあったとき、君が探している英雄は俺なんだって。英雄は困っている女の子を助けるもんだからね。どんなことがあろうと、必ず。」
「カイル……。」
リアラの瞳から涙が零れた。彼女は慌てて取り繕うように言う。
「あ、あれ、違うのカイル。私、悲しくなんてない……。悲しくなんて……ないのに……。」
おそらくは嬉し涙というものなのだろう。自分の英雄であればよかったと望む相手が助けに来てくれたのだ。嬉しくないわけがない。
カイルは思わずリアラを抱き締めた。いとおしむように。何よりも守りたい相手を。
リアラも涙を零しながらカイルを抱き返す。ペンダントが反応しなくてもいい、カイルが英雄であってほしい。
彼女がそう思った瞬間、ペンダントからオレンジ色の光が零れた。それは優しく暖かい光だった。そして、それは英雄が見つかった証拠でもあった。
「これは……。」
「本当に、あなただったのね、カイル。」
「えっ?」
「あなたが私の……。」
心の底から嬉しかった。自分の英雄が誰なのか、その手がかりが尽きたとき彼女は絶望した。だが、本当はすぐ傍にいたのだ。
どこまでも明るく、どこまでもまっすぐな、眩しいほど輝く少年、カイル。カイルが自分の英雄で、本当に嬉しい。
それはカイルも同じだった。英雄を目指すカイルにとっては、リアラに認められることが目的になっていた。彼女を助けようとしたときはそんなことは頭から消し飛んではいたが、リアラを助けようという姿勢は正しく英雄のものだった。
親から素質を受け継ごうと受け継いでいなかろうと、カイルは英雄としての道を歩めるだけの資格はあった。そして、それはリアラによって開花したのだ。

11: ◆dCLBhY7WZQ
07/09/29 06:34:48
「行こう、リアラ。エルレインを追いかけるんだ!」
「ええ、カイル!」
シンは二人の様子を見ていた。本当によかったと思う。しかし、この光景はシンが未来を変えようとし、それを実行したからこそ存在する。
その意味ではシンもまた、英雄である。

この日、二人の英雄が誕生した。
一人は英雄を探すリアラに認められた、カイル・デュナミス。そして、もう一人は自らの運命を打ち破り、仲間を守りきったシン・アスカ。
二人の英雄が織り成す運命は、さらに過酷なものへとなっていくことを、このとき誰も予測できなかった。

12: ◆dCLBhY7WZQ
07/09/29 06:40:09
TIPS

鋼断劈地撃:コウダンヘキチゲキ 地

称号
 運命の破壊者
  自分に課せられた運命を打ち破った者。
  その鍵は「自分の行動を省みること」。
  何よりも大事で見落としがちなこと。
   命中+1.0 回避+1.5 攻撃-0.5

13: ◆dCLBhY7WZQ
07/09/29 06:43:49
ここまでです。
連投規制怖いって……2回も引っかかりましたよ。
トリックそのものはチャチですが、種シリーズのキャラクターたちに欠け気味のものをシンに与えた、という意味があります。
実は15話の夢の話がちょっとしたヒントになっていましたが……。
後に出てくるストーリーからエルレインの能力を考えて、「幻覚を見せて攻撃対象を入れ替える」にしました。

14:通常の名無しさんの3倍
07/09/29 13:28:15
なるほど、単純だが効果は抜群だ。
運命はひとまず変える事に成功したシン……良かったな。
更に過酷な運命……どうなるか楽しみです。

15:通常の名無しさんの3倍
07/09/29 15:08:21
運命は立ち向かう者にのみ、その真の姿を現す

16:236
07/09/29 15:31:38
スレ立て乙!!
そして◆dCLBhY7WZQさんGJ!!
……俺もそろそろ更新しなきゃなー

17: ◆dCLBhY7WZQ
07/09/29 18:26:13
どもー。
カイルとエルレインの入れ替えは、この二人の身長が同じ160センチであることを知ってから考えました。
エルレインはあの帽子を被っていますから、ちょっとわかりづらいですけど、剣を振るうとなると似たような高さで剣の軌道を描くことになるのではないのか。
ならば、幻術による入れ替えを行い、さらにシン自体が狂気に取り憑かれていれば、そう簡単には気づかないだろう、と思い、この設定にしました。
空振り動作は滑稽さも漂いますが、確認のためですからね。ああいうのもありということで。
ええと、それから>>16さんも頑張って。
保管庫の方にも連絡を入れて、保存してもらってくださいね。

18:通常の名無しさんの3倍
07/09/29 21:04:30
GJ
個人的なことだが
カイルとロニが技名叫んでいるけど、追加技名まで名前叫んでるのは違和感を感じた。
追加技名を叫んだほうが何をするかわかりやすいのは解るが。 ちょっと気になった。
そんだけ
次回も期待している。

19: ◆dCLBhY7WZQ
07/09/29 21:33:56
またまたどもー。
>>18
あああああああああああああ、ほんとだあああ。
閃光翔墜も放墜砲鎚も原作じゃ、ただの掛け声ですね。
ちゃんと地の文のところに追加特技の名前を書くべきでした。
シンには追加特技の名前を言わせてますから、そのまま癖で書いてしまったらしい……。
保管庫で乗せてもらうときには、そのあたりをちゃんと修正したものを頼むつもりです。

20:通常の名無しさんの3倍
07/09/30 23:53:53
そんなことより一つ言わせてくれ

>「闇の炎に抱かれて…………馬鹿なっ!」

ねー・・・あるあるwwwwwwwwwwww

21:通常の名無しさんの3倍
07/10/01 00:51:00
前スレどうしたらいいんだろ?

22: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/01 20:13:07
どもどもー。
>>20
ジューダスの秘奥義の後の隙でやられるあれは、「仲間がカイルとシンを残して全滅する」という事態の開幕には、丁度いいインパクトだと思いましたから。
特に「闇の炎に抱かれて馬鹿なっ」はネタとしても有名ですしね。
その上、秘奥義中はゲーム中視界が全く効かなくなってますし、闇の炎の中から姿を現すエルレインというのもインパクトのためなんですが。
その辺は意識したんですが、どうだったでしょうかね。

>>21
そろそろ何かで埋めてしまいますか?
他の方はメモ帳か何かに保存したのでしょうか。とはいえ、あまり放置してもいけませんし。
きりのいいところでメモ帳か何かに保存していただき、それを保管庫のアップローダーに載せてもらうしかありません。
その作業が終わったら埋めの作業に入るべきかと。
一応「ゲーム上の」設定を用意してきましたから、それを使って埋めることも出来ますが。

23:通常の名無しさんの3倍
07/10/01 20:45:25
1.保管庫のアップローダーに載せてもらって、何らかの埋め作業を行う
2.>>22の設定で埋める
3.>>22か誰か書いてみたいやつの短編で埋める
4.適当に雑談して埋める
こんなところかな


24:通常の名無しさんの3倍
07/10/01 20:50:29
スレリンク(gamechara板)
いっときこのスレで競演してたが

25:通常の名無しさんの3倍
07/10/01 20:56:07
今更ながらTDPSⅡ版プレイしたがミクトラン見て・・・どこのゼノギアス?

26:通常の名無しさんの3倍
07/10/02 05:14:10
>>22
成る程。
考えて見ればその「闇の炎」で前見えなくなってますからね……。
結城氏の小説版ではラストバルバドスのとどめ後に馬鹿な入れてましたけど、こっちの方が原作再現ですねw
あ、それと、牙連蒼破刃は飛ぶ斬撃→連撃ではなくて連撃→飛ぶ斬撃ですよ。

27: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/02 18:45:47
どもー。
ぬおおおおおお、原文を修正いたしました。
また書き溜まったら保管庫のアップローダーにアップさせていただきます。
今回はストーリーそのものや心理描写に関してはパーフェクトになるようにしたのに、設定ミスが多いなあ……。
ああ、それから。
俺は結城版のD2は読んでません。矢島版は読んだんですが、あれはリオン萌えそのものでしたね……。

では、投下します。

28: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/02 18:46:58
19 飛行竜追撃

シンは自分の運命を変えることには成功したが、それが完全に回避できたものだとは思わなかった。
エルレインを逃がしたのだ。また対決することがあればもう一度操られてしまうかも知れない。
だが、この一戦の前よりは気が楽になった。一応、勝てることには勝てるのだ。二度目三度目があってもまた勝つ自信はある。
「……ったく、あー、死ぬかと思ったぜ。」
「僕としたことが……迂闊だったな。」
「まったく、シンとカイルが頑張ってくれたから助かったけどさ。ふう。」
ロニ、ジューダス、ナナリーが口々に言う。3人とも助かってよかった。そして、リアラも。
「リアラ、無事でよかった。それに、おめでとう、英雄が見つかって。」
シンは微笑み、リアラも同じように微笑を見せる。
「ありがとう、シン。でも、エルレインを止めないと。あのレンズはどこにあるのかわからないもの。」
彼は頷き、まずはイクシフォスラーのところに戻ろうと、6人は礼拝堂から出た。
「ああ、皆さん!」
礼拝堂から出たところで、6人はフィリアと鉢合わせした。
「すみません、研究用の保管レンズが全てなくなっているんです、何か知りませんか?」
レンズがなくなったといえば、答えは一つしかない。シンは怒りを瞳に滾らせて吐き捨てた。
「エルレインのやつ、ハイデルベルグを襲った上に、まだここの保管レンズまで奪ったのか!どれだけエネルギーを欲しがるんだ!」
「エルレインが……?彼女はそんな人では!」
しかし、今度はカイルが言う。
「フィリアさん、俺たちはエルレインがハイデルベルグに飛行竜で乗りつけて、レンズを奪ったのを見てます。あなたがどう思おうとエルレインのしたことは許されるものじゃないんです。」
「……。」
彼女は信じられない様子で俯いた。そのとき、空が翳った。あの飛行竜だ。北西方向に飛んでいる。
「あのときの飛行竜か!まさかあの中にレンズが!目的地は……カルビオラだ。あの神殿で力を得るか、でなければフォルトゥナを降臨させる気だな。」
「行かなきゃならないらしいな!俺たちはあれを奪い返すのが仕事だろ?」
「勿論だ!」
保護者コンビも熱い。先程まで伸されていたのが嘘のようだ。カイルはその二人の様子を見て、自分も行かなければならないと思った。
「じゃあ、フィリアさん、俺たちは行きます。それじゃ。」
「待ってください、これを。」
フィリアはハンドレス・トランシーバーと片眼鏡がセットになったような形状の物を取り出した。
「これはソーサラースコープです。見えにくいものを探知してくれる装置です。私は……あなた方を信じます。これをあなた方の目的に役立ててください。」
「ありがとうございます。」
「あなたたちの歩む道に、幸福があらんことを。」
仲間達は屋上へと向かう。シンはフィリアに一礼し、仲間の後を追った。
「絶対に止める。何があっても……!」
エルレインに余計なことをされようが何をしようが、今なら離脱して元の世界に戻る方法を探しても問題ない。
しかし、エルレインのしようとしていることは止めたい。それは、彼なりのこの世界に対する恩返しでもある。心地よいこの世界への。
この世界に住み着くのも悪くはない。フォルトゥナに帰れないと言われてもいる。しかし、元の世界への思いは断ち切れなかったのだ。

29: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/02 18:47:59
イクシフォスラーの入り口にはロックをかけておいた。そのため、持ち出されることはなかった。各所が煤けているように見えるのは、爆弾か晶術で破壊しようとしたのだろう。
しかし、1000年の時を経ても壊れずに使用できたソーディアン同様、このイクシフォスラーも超絶的に頑丈に作られているらしい。
とはいえ、チェックは必要だ。何か不都合があってはならない。
「イクシフォスラーに乗り込んで。俺はちょっと破損箇所がないか確認する。」
「できんのか、そんなこと。」
ロニの疑問は尤もだが、シンは言い返した。
「俺はこう見えてこの手の機械のパイロットだったんだって。だから、簡単な整備くらい勉強してるんだよ。」
煤けた箇所を中心に確認する。全く破損していない。元々、対衝撃波バリアを備えているこのイクシフォスラーだ。爆破に対してもオートで働いたのかもしれない。
そもそも爆弾が作り出すのは爆風だけではない。爆音のエネルギーが折り重なって強大な破壊力を持つ衝撃波も発生する。
超音速飛行時、特にマッハ23.2などという速度で空気中を飛行するときに発生する衝撃波を無効化するのなら、爆弾の攻撃に対抗することも出来よう。
「問題なし。よし、飛行竜を追跡しよう!」
シンは急いでイクシフォスラーのコックピットに収まり、シートベルトを締めた。
「シン・アスカ、イクシフォスラー、行きます!」
VTOL機能を起動し、必要な高度に達したところでエンジンをフル稼働にする。そして、進路を北西方向に向けた。
「ジューダス、すまないがレンズエネルギーレーダーを使って飛行竜を探してくれないか。」
「いいだろう。」
ジューダスはコ・パイロット席に座っていた。シンが操縦できないときの、念のためということだ。彼は機械を操作し、モニターを見る。
「レーダーには映っていない。どうやら地平線の向こう側らしいな。」
「おいおい、こんなので追いつけるのか?大体、向こうの方がパワーありそうじゃねえか。」
「スピードは問題ないよ、ロニ。こっちの最高速度はマッハ23.2だ。飛行竜はマッハ0.8。これだけ差があればすぐに追いつく。」
とはいえ、レーダーの範囲に入るまでは時間がありそうだ。シンは自分が抱えていたことを話すことにした。
残る5人は驚愕に満ちた表情になった。当然だろう。まさか自分達を殺すことになるかも知れないということを、ずっと抱え込んできたのだから。
「しっかし、お前もよくそんなこと隠してたな。普通なら簡単に言っちまいそうなものなのによ。」
ロニはやれやれと言わんばかりの口調だったが、ジューダスは違った。
「シン。確かにお前は何とか結果を変えた。だがな、僕たちをそんなに信用できなかったか?」
自分のことを信用するとシンは言った。だが、このことを打ち明けなかったシンの態度は、自分を信用していないも同然ではないのか。それがジューダスだった。
「ちょ、ちょっとジューダス。それは言いすぎじゃないのかい?シンだって言うのは辛かっただろうし。」
ナナリーはシンを庇おうとしたが、庇われた本人はナナリーを止めた。
「……いや、いいんだ、ナナリー。……そして、すまない、ジューダス。今度からはちゃんと言うようにする。それが仲間ってものだからな。」
「わかればそれでいい。それから、僕から言うことがある。……お前のお陰で僕たちは助かった。礼を言う。」
普段見られないジューダスの態度に、全員が沈黙した。彼がこんな素直なことを言うのか、全く信じられなかった。
「な、何だお前たち。僕をじろじろ見て。」
「……ジューダス。お前、案外シンのことが大好きでたまらなかったりして?」
「この愚か者!僕たちは経過はどうあれ、結局シンに助けられたんだ。シンに借りを作るわけにはいかないからな。」
「はいはい、言ってなさいよ。けど、ほんとにシンに助けられちゃったんだよねえ。あ、そうだ、カイルはリアラの英雄になったんだよね?じゃあシンはあたしたち全員の英雄ってことにしないかい?」
ナナリーの言ったことはかなり衝撃的だった。シンは一瞬操縦桿をあらぬ方向に倒しかけたが、何とか踏みとどまった。
「なっ、何を言ってるんだよ、ナナリー。俺は別にそんな……。」
「いーじゃねえか、シン。とんでもないもん背負って俺たちを助けたことには違いねえんだし。ジューダスはどう思う?」
「僕も反対するつもりはない。お前達がそう思いたいなら勝手にするがいい。」

30: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/02 18:49:00
「あ、いいな、それ。俺もナナリーに賛成!リアラは?」
「私もいいと思うわ。シンが頑張ってくれなかったら、私はカイルが英雄だってわからなかったんだもの。」
5人揃ってこれだ。シンは柄ではないと思いつつも、結局折れた。
「もう、わかったよ。好きにしてくれ……。」
別に嫌がっているわけではない。この面々から頼られるのは気分がいいし、頼ることもある。いい関係だと思う。
ただ、やはりむず痒い思いがする。自分ほど英雄という言葉が似合わない人間も他にいないと思っている。
しかし、ここまで言われてしまっては、逆に辞退するのは嫌味というものだ。仲間達に任せることにした。
「シン、レーダーに反応!11時の方向だ。やはりカルビオラを目指しているようだ。」
急にジューダスから言われ、シンは照準スコープを引き出した。操縦桿に備えられた、アンカー射出ボタンに指をかける。
「もうそろそろ目視できそうだな。アンカー射出システム起動、ターゲットのデータ入力!」
翼を転げて羽ばたく飛行竜の姿が見える。こちらに気付いたのか進路を振るが、イクシフォスラーの機動性と運動性にはまず勝てない。
「ターゲットセット!目標、飛行竜背部!」
電子音がイクシフォスラーの中に響く。そして、電子音が変わった。ロックオンできたのだ。
「いけええええええ!」
シンの裂帛と共に、イクシフォスラーの底部から二つの鎖のついた鏃が放たれた。鏃は見事に狙いをつけた背中に命中し、ロックした。
「ウインチ起動!総員陸戦準備!」
鎖が巻き上げられ、イクシフォスラーの機体が飛行竜の背中に接触した。正確には、アンカーで開けた穴にだ。
「行くぞ!」
シンはハッチを開放し、5人は飛行竜に侵入する。シンだけはハッチにロックをかけてから侵入した。
「乗り込んだはいいが、これからどうする?」
ロニの問いに、ジューダスが応える。
「奪われたレンズはかなりの量だ。イクシフォスラーで持ち出すことは不可能だろう。」
その後を受け、さらにシンが考えながら口を開いた。
「持ち出せないなら、飛行竜ごと海に沈めるしかない。ということは動力室にいけばいいんだな?」
「そういうことだ。」
6人は長い廊下を走り、それらしい通路を見つけたが、どうやら侵入したことを察知したらしく、動力室への通路を塞がれた。
「ちっ、やってくれる!」
シンは懐からダイナマイトを取り出した。オベロン社廃鉱で作ったものをまだ持っていたらしい。
「無駄だ。飛行竜は限りなく生物に近い機械だ。そんなもので吹き飛ばしたところで、すぐに再生するだろう。」
「そうすると……代謝機能を制御している制御室と、メイン制御が破損した場合に備えられたサブ制御室のコントロールを奪う、または破壊するってことになるか。」
相変わらずシンとジューダスの会話は専門的だ。お互いレンズ技術についてきちんと勉強しているからこそ、この会話は成り立つ。残る4人は置いてけぼりだ。
「ま、また二人でこの手の会話か……全然わかんねえ。」
「シン、俺たちにもわかるように説明してくれよ。」
シンはカイルがそう言うので、苦笑しながら説明する。
「ああ、すまない。飛行竜は生物みたいに傷口を塞ぐ機能がついている。俺たちがアンカーで穴を開けてきたけど、あれも治りかけてるんじゃないかな。だから、その修復作用を制御しているところを壊しに行こうというわけさ。そうすればこの道も開けるはずだ。」
「んー、わかったような、わからないような……とにかく、その制御室にいけばいいんだね?」
「まあ、そういうことだな。」

31: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/02 18:50:11
この飛行竜は輸送というより、どちらかといえば軍事目的で設計されているらしい。この場合、敵の侵入を想定して、ガイドしてくれるようなものは何もつけていない。
「それらしい部屋は片っ端から探すぜ!ここはどうだ?」
ロニが開けた扉の先には、どこか生物の腸の中のような場所が広がっていた。
「そこは飛行竜の消化室だ。修復用の金属を溶かして必要に応じて送り込むためのものだ。使用している薬液はおそらく王水(硝酸と塩酸が1:3の割合で調整された溶液)だろう。」
「うへえ、そんなもんがあるのかよ。」
しかし、その先に無機的な部屋があるらしい。どうやらそれがサブ制御室の一つのようだ。
「行ってみよう。あんな場所にある理由はわからないが、叩き潰しておかないと。」
おそらく敵の侵入を想定したものだろう。サブ制御室にしろメイン制御室にしろ、整備を行うのはどこかの基地に着陸してからだ。
整備中は王水など抜いてあるのだろうから、こんな危険な場所の向こうにあってもおかしくはない。
「滑りやすい場所だな。気をつけてくれ!危なくなったら俺が助けるから!」
ぬめぬめした光沢を放つ肉色の床を歩くのはどうにも好きになれない。シンはフォース形態の飛行能力を使うことにした。
本当ならダイナマイトで爆破したいところだが、下手に王水を溢れさせてもいけない。慎重に進まねばならない。
「シン!お前は飛行能力があるからそんなこと言ってられるんだ!ったく……のわっ!」
ロニは足を滑らせ、王水が溜まっているところへと真っ逆さまに落ちそうになる。寸前、シンが気付いて引っ張り上げた。
「だから気を付けてくれって言ったのに。」
「へーへー、悪かったな。」
悪態は吐いているが、別にロニに対して気を悪くするということはない。これが信頼関係というものなのだろう。
「皆は大丈夫だよな?」
「な、なんとか……なんか、気持ち悪いけど……。」
「この、嫌らしい光沢さえ我慢すれば……。」
シンの問いにカイルとリアラがそう返事をした。確かに、生物の内臓の中のようなこの場所が好きだという者は、まず存在するまい。
「まあ、足元さえ滑らせなきゃなんとかなりそうだけど。あぶなっかしいねえ。」
「もたもたしていると足から消化される。さっさと制御室に行くぞ。」
ナナリーはこの手の滑りやすい場所には慣れているのか、先に進んでいく。ジューダスなど表情すら動かさずに王水の少ない場所を選び、もう制御室に到着してしまった。
「さてと、この制御室を壊しますか。シン、ダイナマイトで吹っ飛ばそうぜ。」
「そうするか。」
だが、一行の前に自動防衛マシン、アラストルが現れた。2体ほどいる。湾曲した剣を持ち、浮遊力を有しているのか足はない。黒い金属のシャープなボディが冷たい印象を与える。
「こういうお邪魔マシンが出てくるんじゃないかと思ったよ、全く。」
シンは床すれすれを飛び、一気に懐まで潜り込んだ。だが、サーベルの一撃を加えたが、かなり頑丈なマシンらしい。
「こういうときは俺の出番だろ?雷神招!さらにっ!」
強烈な電撃を伴うハルバードの一撃と、それに続く雷神光燐による叩き落しで、アラストルは完全に沈黙した。
「機械相手なら電撃はよく利くもんさ。どーよ、女がほっとかないわけわかってくれた?」
「好きに言ってなさいよ。まだいるんだからね!」
ナナリーはロニに突っ込みつつ、弓を引き絞り、アラストルの装甲の継ぎ目に矢を射込んだ。さすがにナナリーの弓の腕には感心するしかない。
そのナナリーにアラストルが剣を振り上げて向かってくる。それを迎撃したのはシンだ。
「今度はこいつでも食らえ!影殺撃!影殺狂鎗!」
大剣による斬撃と影からの攻撃、さらに周囲から一斉に襲い掛かる黒い鎗がアラストルを打ちのめす。この攻撃に対する耐性はあるらしく、これでは壊れない。だが。
「スラストファング!ヴォルテックヒート!」
リアラの風の晶術が炸裂した。アラストルの体が風で切り裂かれ、熱風で完全に砕かれた。

32: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/02 18:53:14
「リアラ、助かったよ。さてと、爆破しますか。」
シンはソーサラースコープを使ってそれらしい機械を探し、その上にダイナマイトを設置してソーサラーリングの熱線を当てて爆破した。
「まずは一箇所潰せたな。けど、これだけじゃないんだろ?」
「当たり前だ。さあ、急がないとカルビオラに着いてしまうぞ。」
相変わらずの保護者コンビの遣り取りに、シンは幾分か口元を緩めた。

さらに倉庫の近くにあるもの、目に見えぬ障害物がある部屋の向こう側にあるものなど、何とか爆破し、その度に襲ってくるアラストルも撃退できた。
アラストルは単純に剣を振るうことしかできないマシンだ。護衛兵を配置したほうがまだマシだとシンは思う。
この時点でシンは引っ掛かりを覚えた。本当にレンズが目的なのか、本気でレンズの輸送を守る気はないのではないか、と。しかし、今はこの飛行竜を撃墜しなくてはならない。
「いよいよ動力室か。レンズを破壊すればいいのか?」
「レンズだけではな。エネルギーを供給する回路や制御コンピュータも破壊すべきだろう。」
「ということは、部屋ごと爆破?すごいこと考えるな、ジューダスとシンは。」
カイルが感心と呆れが綯い交ぜになった表情で言うが、ジューダスは冷静に返事をする。
「そうなるだろうな。」
「ジューダスは相変わらずだな……まあ、いいさ。さっさと沈めちまおう。そんでもってウッドロウさんに報告しねえとな。」
だが、動力室にたどり着いた6人に前に立ちふさがったのは、あのガープだった。
「エルレイン様の崇高な理念を理解しようとせず、なおも邪魔しようとするとは……。」
「崇高な理念ねえ……。黙れ。理念理念ほざいて国を滅ぼした馬鹿を見てきてるんだ、その言葉を俺の前で出すな。」
「二つの道は交わらず、ということですか。ならば、その命を貰い受ける。ただし、相手はグラシャラボラスで十分だ!」
ガープはトカゲのような生物を6人の前に放り投げた。そして本人は光に包まれて転移してしまった。
放り出されたトカゲは巨大化し、翼のない竜のような姿に成長し、6人に向けて咆哮を放った。
「あの野郎、逃げやがったな!」
「そんなこと言ってる場合かい!こいつを斃さなきゃ!」
「わかってるって!」
ロニとナナリーは言い合いながらも攻撃を開始する。しかし、硬い鱗に覆われた体だ。矢は通さず、ハルバードもほとんど効いていないらしい。
「かてえ!何てやつだ!」
「どうするのさ!」
「俺が行く!」
今度はシンが上空に舞い上がり、ソード形態に入れ替えて重い一撃を叩き込み、さらに斬衝刃による衝撃波でダメージを与えていく。
しかし、吐き出された火の吐息がシンの体を弾き飛ばした。
「くっ……!」
「晶術でたたくべきか、これは……。」
「わかった、俺が防ぐ!」
ジューダスをはじめ、普段なら突撃して斬りかかる面々が一斉に詠唱を始める。シンだけはソード形態の防御力を使い、グラシャラボラスの攻撃に真っ向から立ち向かう。
「うおおおおおお!」
グラシャラボラスの頭部目掛けてクレイモアを振り下ろし、衝撃を与えて攻撃を妨害する。しかし。
「うはっ、何故……!」
突如としてジューダスの足元から強烈な風が吹き付けた。スナイパーストームだ。グラシャラボラスの持つ技でも最も厄介なもので、障害物を無視してターゲットの足元から攻撃できる。
特に詠唱中は隙が大きく、集中していると逃げることができないのだ。スナイパーストームほど危険な技はない。

33: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/02 18:54:20
「何てやつだ!カイル!ロニ!ジューダス!仕方ない、一斉に攻撃しよう!何としてもあの風を使わせるんじゃない!」
とにかく注意をこちらに引き付けて、スナイパーストームを使わせないようにするしかない。だが、そんなシンの考えを嘲笑うようにグラシャラボラスは上級晶術、フィアフルストームを放った。
恐慌の嵐という名前は伊達ではない。凄まじいまでの竜巻がシンたちを襲い、風が体を痛めつける。
「ぐう……。」
「くそっ、回復だ!」
ロニが回復晶術を詠唱し、カイル、シン、ジューダスは突撃する。
「月閃光!散れ!」
「爆炎剣!燃えろ!」
「地裂斬!地裂鉄槌!」
それぞれが3方向から技を繰り出し、グラシャラボラスの動きを封じ、さらに打撃を与えていく。
しかし、ここで攻撃は途切れない。ナナリーの詠唱が完了する。
「スプラッシュ!」
水柱が出現し、グラシャラボラスに少なくない打撃を与える。そして、ロニの詠唱も終わった。
「ヒール!」
ダメージが大きいジューダスの傷が癒された。ジューダスはさらに奥義を放つ。
「崩龍斬光剣!消えろ!雑魚が!」
常識では考えられない軌道で移動している。シンには辛うじてZ字のような動きをしているように見えた。しかし、シンにはそれ以上に言いたいことがあった。
「……さっきまでやられてたのに雑魚なのか?」
彼は場違いも甚だしいツッコミを入れたが、ジューダスはそれを無視して秘奥義に繋ぐ。
「見切れるか!?翔破裂光閃!」
二度斬りつけ、短剣による斬り上げを使ってややグラシャラボラスを仰け反らせた。その隙間に入り込み、シンの連続突き、六連衝を遥かに超えるスピードで滅多突きにした。
「貴様に見切れる筋もない……。」
見切れないのは確かだが、仕留めきれていない。グラシャラボラスはふらつきながら最期の炎の吐息を吐こうとしていた。
「まずい!」
シンは急ぎフォース形態に入れ替え、グラシャラボラスに一太刀浴びせようと接近する。しかし、それは杞憂だった。
「氷結は終焉、せめて刹那にて砕けよ!インブレイスエンド!」
リアラの上級晶術、インブレイスエンドが直撃した。グラシャラボラスは巨大な氷の塊に押しつぶされた。

「何か気になるが、とにかく動力室を破壊するか。ダイナマイトを仕掛けて、と。」
レンズ、さらにエネルギーケーブルを特に重点的にダイナマイトをセットし、ソーサラーリングを乱射した。
爆風が全てを吹き飛ばし、完膚なきまでに動力源を破壊する。力を失った飛行竜はゆっくりと動きが鈍っていく。
「急いでイクシフォスラーのところまで戻るぞ!俺たちまで墜落してしまう!」
長い廊下を駆け抜け、どうにかイクシフォスラーのところまでたどり着いたが、シンの予想通り飛行竜の修復作用によって埋もれてしまっていた。
「おいおいおいおい、どうすんだよ、これじゃ脱出できねえ!」
「まだダイナマイトは残ってる。これで発破しよう!」
「壊れたりしないのかい?」
「アタモニの連中もやったみたいだけど、壊れてなかったしな、問題ない!」
シンは残っている全てのダイナマイトを仕掛け、ソーサラーリングで爆破した。飛行竜の体から抜け出したイクシフォスラーは、全くの無傷だ。

34: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/02 18:55:23
「さあ、皆乗り込んだか?」
シンはシートベルトを装着し、イクシフォスラーのシステムを起動する。アンカーのロックを解除して機体内部に収納し、ハッチを閉めた。
「大丈夫だ、全員いる!」
カイルの言葉を聞き、彼は一気に加速して飛行竜から離れた。その数秒後、カルバレイスから沖合い50キロの地点で、飛行竜は海面に叩き付けられた。
「ふう、間一髪だったな。しかし、レンズは結局海の底か。」
「止むを得まい。持ち出せない以上はああするしかなかったんだ。」
ロニとジューダスがそう言い、シンは機首をめぐらせた。
「とりあえず、ウッドロウ陛下に報告をしよう。それがまずやらなきゃいけないことだろ?」
しかし、シンはレーダーが異常な反応を示しているのに気付いた。ジューダスもやはり気付いたらしい。
「シン、空間の歪だ!巻き込まれるぞ!」
「今回避してる!」
しかし、第一宇宙速度をもってしても逃げ切れない。異様な吐き気のような感覚を覚えながら、シンは意識が現実から引き離されていくのを感じた。

35: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/02 18:57:47
ここまでです。
次からはいよいよ歴史修正。この話の中核となる部分に入ります。

ところで前スレはそろそろ埋めますか?テキストファイルに全て保存してあると信じたいところですが……。

36:通常の名無しさんの3倍
07/10/02 22:26:01
GJ
次回も期待している。
埋めていいんじゃない?いつまでもほっとくのはまずいし。

37: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/02 22:30:32
どもー。それじゃあ、ゲーム風に設定を作っておいたんで、それを投下しておきます。
足りない場合は俺とか別の職人の皆さんに質問をして埋める、というのはどうでしょうか。
とはいえ、俺の一存では決められませんがね。

38:通常の名無しさんの3倍
07/10/02 22:47:52
他の職人のやつ見たら、TOAの人の最後が9/7で一ヶ月ぐらい空いてるから
感覚的に言うとそろそろ投下されるかもしれない。
保守しながら様子見がいいのかな。
こっちに投下されたら埋めたりしないといけないが。
なかなか良い案が浮かばんな。

39: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/03 21:23:49
えーと。
もうゲーム設定を投下してしまった……。
でもまだ20KBくらい残ってるんですよね。
本当に、どうしましょうか。

20話、投下いたします。

40: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/03 21:24:55
20 散りばめられた破片

シンは頬に冷たい雫が当たるのを感じ、目を覚ました。
つい先ほどまでイクシフォスラーを操縦していたはずなのに、それがなくなっている。
どうやら洞窟の中にいるらしい。霞む目を擦りながら周囲を見ると、仲間たちが倒れていた。どうやら全員無事のようだ。
「うう……皆、起きてくれ。」
カイルをはじめとして、仲間たちは頭をさすりながら身を起こした。
「皆大丈夫みたいだな。それにしてもここはどこなんだ?」
こんな洞窟は見たことがない。どうやらリアラが空間の歪から脱出するために転移させてくれたらしいが、場所をはっきり指定しなかったらしい。
「リアラ、今度は僕たちをどこに連れてきたんだ?」
「わからないわ。ただ、皆を安全なところに連れて行って、って願っただけだもの。」
「ということは時間転移はしてないってわけか。けど、あの空間の歪はいったいなんだったんだろうな?」
「こんなところで話をしてたってわかりゃしないよ。とにかく、外に出てみようよ。」
6人は洞窟の外に出た。眩しい光を浴びながら、シンはふと空を見上げた。そして、そこにあったのは。
空中に山のようなものが浮いている。そして、その下に巨大な剣のようなものが突き出していた。
「あれは……ダイクロフト!それに、ベルクラントじゃねえか!」
ダイクロフトは天地戦争時代の空中都市群の首都で、天上人たちの本拠地だった。このダイクロフトは18年前の騒乱の時に破壊されたはずだった。そして、ベルクラントも既に存在するものではない。
だというのに、今現在存在している。どういうことなのか、シンには見当もつかなかった。念のためにシンはリアラに聞いてみる。
「リアラ、本当に時間転移はしなかったんだな?」
「え、ええ。時間転移するようにはしていないわ。けど……これは……。」
ベルクラントから光が放たれた。それはどこかにぶつかり、光が3方向に散っていく。どうやら何かにエネルギーを供給しているらしい。
ベルクラントは地殻にエネルギーを放ち、強烈な破壊力で吹き飛ばす兵器だ。ベルクラントは過去に2度歴史に登場しているが、エネルギーを供給するような使い方はされていない。
つまり、間違いなく過去ではない。シンは一つの仮説を頭に置きながら、ジューダスに問いかけてみる。
「過去でもないのにダイクロフトが浮いている。これはどう解釈するべきかな、ジューダス。」
「……おそらくここは現代だ。ただし、どこかで歴史を改竄されているようだ。」
「歴史の改竄だと!?んなことができるのか?」
ロニの叫びは尤もだ。そんなことができるとは思えない。しかし、自力でタイムトラベルをし、残る5人も時間転移させたリアラが応えた。
「できるわ。過去の歴史を変えれば。過去が変われば未来も変わる。誰かがどこかの歴史を変えたからダイクロフトがあるのよ。」
シンは少々皮肉めいた口調で言葉を吐き出した。
「誰か、か。それは一人くらいしか思いつかないんだが、俺には。……多分エルレインの仕業だろうな。あいつは俺たちをレンズの力も借りずに未来へ送ったくらいだからな。自分だけ未来に飛ぶなんか空気を吸うようなもんだろう。」
「僕もシンと同意見だ。ダイクロフトが浮いている時点で、かなり大掛かりな歴史の改竄が行われたことは間違いないだろうな。とにかく、情報を集めなくては。」
洞窟の周辺はジャングルのような状況になっていた。人の手が入った形跡はない。
「うーん、こりゃはすげえな。かなり荒れている、というより人が住んでいるようには見えねえぞ?」
「こんな場所、俺だって初めてだよ。これはちょっと歩きにくいな。」
ロニとカイルが会話をするのを聞きながら、シンは先ほどから引っかかっていた疑問を口に出した。
「そういえばさ、因果律はどうしたんだろう?」
因果律とは簡単に言えば「原因と過去が存在するから結果と未来が存在する」ということである。過去から未来へと向かう時間の流れを語る上で絶対に外せない問題だ。

41: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/03 21:25:57
この世界では過去が変われば未来も変化するらしい。そうすると、この手の問題で有名なもの、「親殺しのパラドックス」やそれに類似したものが発生することになる。
これは自分を生む前の親を殺したら、自分も存在できなくなるというものだ。これに似た現象が起きていてもおかしくない。
シンは異世界の人間なのだからこの問題が当てはまらないとして、歴史が書き換わっているのならここにカイルたちは存在しないはずなのだ。
何故なら、歴史の流れが変わった場合、人間の生き方も当然のように変わる。そうすると、誰と結ばれるか、どういう風に子供を育てるのか、どんな教育をするのか、全てが違ってくる。
仮に同じ遺伝情報を持った人間が生まれたとしても、確実に生活環境が違うのだから、性格も違ってくるはずなのだ。それなのに、カイルたちには変化がない。
「おそらく、リアラのお陰だろう。リアラは安全な場所にと願ったはずだ。この時点で僕たちは因果律の変化から守られたらしい。」
「私の力だけではとても……シンのブレスレットも共鳴してたのを見てるから、シンも助けてくれたみたいね。」
シン自身は歪に巻き込まれた時点で気絶していたのだから、彼が力を貸したとは言えない。ブレスレットを介して無意識のうちに力を貸していた、という方がより正確だろう。
「あー、まあ、結果的にそういうことになったんだろうな。」
生返事をしつつ、シンはフォース形態をとり、サーベルで行く手を阻む草を薙ぎ払い、道を作る。

開けた場所に出た。海の浅瀬を挟んだ遠くに、ドーム状の建築物がある。青い縁取りにレンズのような天井は、シンの持つブレスレットのようにも見える。
「あれは……街、なのかな。行ってみよう。」
カイルはそう言い、残る5人もそれに同意した。明らかに人工物である。人工物の近辺、またはその内部に人間がいるはずだ。
人間がいればそれなりに情報は集められる。そして、エルレインが何をしたかを探らなくてはならない。
「でかい……というか遠いな、意外と。」
ドーム上の建物に到着したのは夕方だった。シンとジューダスは入り口を探した。その途中で、二人は同じ違和感を抱いた。
「なあ、ジューダス。この建物、コケが生えていないか?」
「ああ、建てられてから時間が経っているようだ。」
入り口を見つけた。シンは少々既視感を持った。どこかで見たような構造だ。
「入り口に何か書いてるな。『蒼天都市ヴァンジェロ』……このドーム一つが都市そのものというわけか。これはまた見たような光景だぞ……。」
自動ドアのスイッチを押し、待つこと5秒。合成音声のアナウンスが流れる。
『生体認識、コードグリーン。ロック、解除されました。』
どうやら、人間以外の生物が作動させても開かないように設計されているらしい。6人が扉の中に入るとまた自動ドアがある。こちらは開かない。そう思っていると、入り口が閉まった。
「閉じ込められたのか!?」
ロニが慌ててハルバードに手をかけたが、シンは落ち着いてロニに言う。
「待ってくれ。多分、この後……。」
薬品のような匂いのする風が吹き付けられた。何らかの理由で消毒をしているのだろう。そして、内側の扉が開いた。
そう。シンが見たような感じがしたのは、この入り口がコロニーやプラントに見られるエアロックに似た構造だったからだ。
エアロックはコロニー内部の空気を外に出さないようにするための構造物だ。人間が生きていくためには1013ヘクトパスカル前後の気圧が必要になる。
しかし、宇宙空間には空気の分子などほぼ存在せず、気圧はないに等しい。この気圧差のために直接扉を開けると内部の空気が吸い出されてしまう。そこで、エアロックが開発された。
エアロックでは、宇宙空間から内部に入るときに、まずエアロック内の空気を抜き、外の扉を開ける。そして、内部に入りたい対象がエアロック内に入った時点で外の扉を閉めて空気を入れ、内側の扉を開ける、というわけだ。
出るときは反対に、エアロック内に入ってから内扉を閉めて空気を抜き、外の扉を開ける。空気を失わないため、密封するための構造なのだ。
この二重扉も意味するところは同じだろう。内部と外部を完全に切り離すための構造だ。だが、そこまでする必要はないように思える。
6人は普通に外を歩くことが出来たのだ。別に粉塵が漂っているわけでも、危険な病原体が存在するわけでも、ましてや毒ガスがあるわけでもない。
「こんなことをする理由が……どこかにあるはずだ。」

42: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/03 21:30:35
内部の空気は異様に澄んでいた。プラントの中にいるのとあまり変わらない空気だ。さらに、透明なドームを通して入ってくる夕日から熱をあまり感じない。
それに、気温もどうやら調整されているらしい。ざっと20℃から25℃の範囲に設定されていることだろう。
徹底的に人間に対して害がないようにしているらしい。この分では紫外線も完全に排除していることだろう。
しかし、この空気は異常だ。プラントでもそれなりに人間が生活している匂いはあった。それが全くない。人間が住んでいるのかどうかすら疑いたくなる。
「プラントの中はガスだの細菌だののテロ攻撃に備えるって意味で空気清浄機を使ってたみたいだが……ここはまるで無菌室の中みたいだな。」
快適といえば快適だが、どこか居心地が悪い。雨の降り頻るダリルシェイドや太陽が照りつけるホープタウンはあまり快適ではなかったが、そこに人間が存在する感覚がした。
「さてと、人を探さないと。」
シンは周囲を見渡してみた。小さな草原があり、ところどころに木もある。少々離れたところには近未来的な建造物が存在している。生きていくだけなら、何の問題もない場所だ。
ただし、シンにはカイルから聞いたアイグレッテが、さらに進化したようなものではないだろうかと思った。エルレインが歴史に介入したのだ。それくらいやりかねない。
向こうから人がやってくる。かなりゆったりした服を着ているが、それ以上に驚いたのはその人間がレンズを額に貼り付けていることだった。
「ああ、あんたたち外からやってきたのかい!?レンズをつけてないようだが、大丈夫なのかい?」
「あ、あんたこそレンズなんか頭に貼り付けて。どうしたんだ?」
ロニは尤もなことを言う。しかし、このヴァンジェロの住人と思われる人間は、さらに言う。
「なんてこった。レンズをなくして外気に触れて、気が狂っちまったのか。」
どうやら、この世界ではレンズを頭に貼り付けているのが普通らしい。そして、外気に触れて気が狂った、ということはまず外に出ることはないということだろう。
ジューダスは素早く切り返し、情報を引き出すために記憶がなくなったように振舞う。
「そうなんだ。どうやら僕たちはレンズをなくして色々と忘れてしまったらしい。よかったらこの世界について教えてくれないか?」
何とか聞き出せた情報によると、このドームはどうやらエルレインが作ったものらしい。そして、彼らの頭に貼り付いているレンズは「命のレンズ」と呼ばれるもので、外で行動するためには欠かせないものなのだそうだ。
エルレイン自身はダイクロフトにいるとのことだ。そして、ドームで生活している人々を見守っている、というのがヴァンジェロの住人の言葉である。
6人はヴァンジェロの中にある噴水の前に座り、状況について語らうことにした。
「さて、この世界のことが大体わかってきたが、まず僕とシンが気付いたことを言っておかねばならんだろう。」
ジューダスはそう言いながら居住まいを正した。そして、続ける。
「まず、このドームはかなり昔に建てられたものだ。外のコケの生しようといい、内部のツタの貼り付き具合といい、百年単位のものだ。」
シンはその後を受け、自分の持っている知識と現状を頭の中で比較しながら述べる。
「それに、あの入り口の構造は間違いなく外気を一切中に入れないためのものだった。つまり、外界とドームの中とは完全に別世界と言っても過言じゃない。」
「つまり、どういうことになるんだ?」
ロニの質問にジューダスが応えた。
「この世界の歴史改変が行われたのはかなり前からということだ。その間に人々の免疫機能が低下していったのだろう。あまりにも快適すぎる環境だからな。」
「めんえき?」
カイルには聞きなれない言葉だったらしい。シンが説明する。
「カイルはわからないか。免疫っていうのは、人間が生まれつき持ってる、病気の元になるものを排除するシステムみたいなものさ。適当に病原体に触れていないと抵抗する力は減るんだよ。」
「このドームが建てられたときから、この外気を遮断する機構があったというわけだ。建てられた当時は外が荒れていたということを示しているのだろうが。」
シンは少し考え、言葉を選びながら言葉を紡ぐ。
「……歴史改変によって荒れるような状態になった、ということか?まあ、理論が飛躍してるかも知れないけどさ。」
「そこまではわからん。とにかく、他に街がないか探してみよう。ここの住人が言うには、他にも都市が存在するという。ヴァンジェロだけでは情報不足だ。探してみよう。」
ジューダスはそう言って立ち上がったが、ロニが止めた。

43: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/03 21:31:44
「ちょいと待った。もう遅いんだからヴァンジェロで寝ていこうぜ。適当に休まねえと。」
「それに関しては同感だ。だが、寝るならヴァンジェロの外で野宿にするぞ。」
ジューダスの放った言葉はかなり冷酷だ。カイルは異を唱える。
「えー!?どうして?」
「こんなところにいると免疫機能が落ちる。ここが快適だからと居ついて、その後に外に出て病気にでもなられたらたまらん。」
確かに一理ある。しかし、シンにはジューダスの真意がわかっていた。やはり彼もこの空気が落ち着かないのだ。作り物めいた空気はどうしても好きになれないらしい。
不平を漏らしていたカイルとロニだったが、ヴァンジェロの外に出ると、二人の表情がやや明るくなった。
「んー、ヴァンジェロの中の空気は綺麗だけど居心地悪かったなあ。」
「外の空気の方が、何か落ち着くや。」
「出るときは不満を漏らしてたのに、カイルったら。」
「まあ、そんなもんさ。あたし達はやっぱりこういうのがいいんだよ。」
夜の帳が下りた。6人は焚き火を囲み、雑談をしながら時を過ごした。歴史の流れから大きく外れた6人だ。歴史が改変される前の世界への思いも時折口から出てくる。
「この世界から10年後に飛んでも、やっぱりあたしの世界には戻れないんだね。」
「多分、な。ナナリーがいた世界は俺たちの知ってる世界の10年後だから。今から10年後に飛んでもやっぱりドームの中で人間が生活している世界に行くだけだと思うぞ。」
「ということは、あたしも帰るべき世界がなくなったってわけか。やれやれだね。」
ナナリーは首を竦めながら言った。とにかく、エルレインが何を操作したのかを調べないと対処のしようがない。次の街でどれだけ情報を仕入れられるかが鍵となるだろう。
「今日は俺が番をするから。皆は寝ているといい。」
シンはそう言い、真っ暗な空を見上げた。
彼は少々考え事がしたかった。エルレインはかなり大規模な歴史改変を行った。しかし、それは自分にも言えることなのではないかと思ったのだ。
シンは10年後の自分からカイルたちを殺すかも知れないということを知った上で行動していた。
そして、どういう手段を用いるのか、対応策はどうすればいいのか。それをずっと検討していた。結局考えはまとまらなかったが。
しかし、彼は歴史を変えた。未来を知った上で行動し、歴史を書き換える。それは自分もエルレインも同じだ、と。
わずかなぶれに見えるが、シンはあのままカイルを殺していた場合、かなりの人間の命を奪っていることになる。つまり、存在していないはずの人間がそのまま生き残ることになる。
これが長い時間をかけると、大きく流れが変わってしまうこともある。些細なことで歴史の流れというものは、あっという間に変化するものなのだ。
エルレインはそれを悪用したのだ。放置するわけにはいかないのもわかる。とはいえ、自分も似たようなことをした以上、エルレインのしたことに口を差し挟むことは出来ない。
「人のこと、言えないんだろうな、きっと。」

夜が明けた。途中でジューダスが交代してくれたので、一応睡眠時間は確保できた。
少々疲れが残っている気もするが、気にしていてはいけない。まずは先に進まなくてはならない。
彼らは荒れ果てた大地を踏みしめ、周囲を確認しながら進んでいく。
「ふう、都市と呼べるようなものは見当たらねえなあ。」
「山の向こう側かも知れんな。向こうに回ってみるか。」
ロニとジューダスが言い、6人は二人の言う方向に足を向けた。その途中、彼らは地上に打ち捨てられたあるものを見つけた。
「これ、何だろう?」
獣の足のようなものが生えた船だろうか。中央から折れてしまい、何らかのエネルギーを受けたのか黒く煤けている。シンはどこかで見たような気がしたが、すぐには思い出せない。
「何だっけ……確か歴史書の挿絵にこういうのがあったと思うんだが……。」
シンが唸りながら思い出そうとすると、ジューダスが驚いたような表情になった。それも、戦慄を含んでいるようだ。
「まさか……これは……。ラディスロウか!?」
「ラディスロウ?ラディスロウって確か地上軍の旗艦で……。」

44: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/03 21:32:59
ロニがそこまで言ったところで、シンが一気に思い出した。
「地上軍の旗艦で、元は輸送艦……。ダイクロフト突入作戦に使われたり、18年前の騒乱の際にも出現したって書いてたな。そのときに木っ端微塵に吹き飛んだはずだぞ!?」
「それがここにあるってことは……。天地戦争に介入したってこと?」
カイルの言葉は真実味を帯びていたが、状況証拠でしかない。
「そう結論付けるのはまだ早い。もう少し手がかりを探さないことにはな。」
冷静な仮面の少年の言葉を受け、6人は手がかりとなる都市を探さなくてはならないと、足を動かし始めた。

45: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/03 21:34:04
TIPS
称号
 歴史改変者
  未来を予め知って行動した者。
  人はそれをフライングという。
  シン「俺は……エルレインを批判できない……。」
  防御+0.5 回避+1.0 命中-1.5

46: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/03 21:36:33
ここまでです。
少々短いですが、これくらいの長さの方がコンパクトに読めるのではないかと思い、投下することにしました。
短すぎる、という意見があるのなら、また長くなるようにしますが。
次は密林でガルムと追いかけっこ、そしてスペランツァです。
レアルタまで行けたら行きますが……。

47:通常の名無しさんの3倍
07/10/03 22:13:21
GJ
次回もよろしく。
長さに疑問とか感じたこと無いから、そっちの裁量に任せるよ。

48: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/03 22:15:56
うわああああ、訂正。
>>40
×自分だけ未来に飛ぶなんか空気を吸うようなもんだろう。
○自分だけ過去に飛ぶなんか空気を吸うようなもんだろう。

>>43
×シンはあのままカイルを殺していた場合、かなりの人間の命を奪っていることになる。
○シンはあのままカイルを殺していた場合、血飛沫の騎士としてかなりの人間の命を奪っていることになる。

何か、最近ミスが多いよTT

49: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/03 22:54:26
そしてリロード忘れた俺は何をやってるんだhhhhhhhh

どもです。
お任せさせていただけますか。ほっとくと長さがばらばらになるんですがね、毎度毎度。
長かったり短かったり。プロの漫画家さんたちはほぼ一定のページ数で書けるというのに。
俺には無理っぽいですね、ああいうのは……。

50:通常の名無しさんの3倍
07/10/05 15:25:25
保守!!

51: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/06 17:50:02
さてはて、保守までしていただいたわけですが。
書くのが遅れて申し訳ない。
今から投下いたします。

52: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/06 17:51:07
21 箱庭の世界

ロニとジューダスの選択は正しかったらしい。山をぐるりと回るとドームのような構造物が見えた。
しかし、その構造物とこちらの間には深い森が横たわっている。人が通った形跡は、当たり前のように存在しない。
「この密林を掻き分けていけっていうのか。厳しいこと言ってくれるじゃねえか。」
「文句を言ってもあのドームには向かえんぞ。歴史改変の手がかりが欲しかったらさっさと歩け。」
他に通れるルートも無さそうだ。一行は深いジャングルへと足を踏み入れた。
「それにしても、海岸線のところよりも深いな、ここの森は。」
「誰も通らないみたいね。街と街の交流はないのかしら?」
カイルとリアラの会話を聞き、シンが口を挟んだ。
「あの様子では、他の街が存在していることは知っていても、積極的に交流しようという気はないらしいな。何かの都合で移動することになったら、それこそエルレインが転移させるだろうし。」
「つまり、まず道が整備されることはないってことだな。それでこの密林か。ったく……。」
鬱陶しそうにロニはハルバードで草木を薙ぎ払い、先に進んでいく。
しかし、その先に妙に毒々しい色合いの植物が絡み合っていた。棘もあり、見るからに毒がありそうだ。下手に薙ぎ払うと毒でやられるかも知れない。
「これはどうすればいい?ソーサラーリングで燃えそうにないし。」
「何か燃料があればいいとは思うが。しかし、僕はそんなものを持っていないぞ。」
「ダイナマイト、一本くらい残しておけばよかったな。」
オベロン社廃鉱で作ったダイナマイトは、飛行竜の撃墜と脱出のために全て使ってしまった。後悔しても意味はないが、言いたくはなる。
「晶術で燃やしてみるか?」
「レンズがいくらあっても足りん。フランブレイブをすぐにでも具現できるなら話は別だが。」
リアラはまだエンシェントノヴァそのものを使えない。フランブレイブはエンシェントノヴァから連携して放たれる具現結晶だ。エンシェントノヴァそのものが使えないのならどうしようもない。
シンはエンシェントノヴァこそ使えるが、SEEDが覚醒しない限りはブラストインパルスを召喚できないのだから、今のところ手詰まりだ。あれは自分でコントロールできるようなものではないのだ。
「はいはい、ちょっと待ちな。ふむふむ……。」
ナナリーは毒草を眺め、口を開いた。
「この毒草は中途半端な火じゃだめさ。熱に対して耐性があるらしいからね。んで、やっぱり燃料を持ってきて燃やすしかないよ。燃料は……そうだね、ここの森の犬みたいなモンスターがいたろ?あいつの牙を使えばいいと思う。」
確かに、やたら走り回っている犬のようなモンスターを見かけたが、かなり足が速そうだ。
「まあ、捕まえられるだけ捕まえて牙を頂くとしようか。」
犬のようなモンスター、ガルムは密林の各所を走り回っている。かなりのスピードだ。
「あれを捕まえるのは至難の業だぞ。とりあえず、フォース形態で追いかけるよ。」
シンはフォース形態をとり、ガルムを空中から追いかけて攻撃をしかけるが、ガルムはシンの攻撃を悉くかわした。
「何やってるんだよ!」
「機動性は俺の方が上だが、運動性は向こうの方が上なんだ、どうしようもないだろう?」
機動性と運動性を混同する人もいるのだが、意味は全く違う。機動性は直線的な速度や一定時間あたりの航続可能距離を示す。どれだけ移動できるかという意味合いだ。
一方の運動性とは、簡単に言えば小回りのことだ。いかに相手に自分の移動する軌道を読まれないか、どれだけ早く進路を切り替えて動けるか、というようなことを意味している。
どうやらカイルもその当たりを区別できていないらしい。
「とりあえず、カイル!俺は上から、カイルは下から追い詰めるぞ!」
「わかった!」

53: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/06 17:53:50
一匹のガルムを、植物が入り組んだために出来た、天然の袋小路に追い詰めた。逃げ道を失ったガルムはカイルに牙を剥く。
「くっ、爆炎……!」
カイルが攻撃する寸前、シンはソード形態に入れ替え、カイルの頭をクレイモアの面の部分で殴った。
「いてぇ、何すんだよ、シン!」
「今から燃料を採ろうとしている相手に火を使うな!」
ガルムはその隙に逃げ出そうとしたが、そこはリアラのアクアスパイクとジューダスの斬撃が遮る。
「そこのバカ二人!逃がすんじゃない!月閃光!」
光を帯びた剣の軌道が三日月のように輝く。カイルは今度こそ、と詠唱を始める。
「よし、フレイムドラ……!」
またもやシンの大剣の面がカイルの頭に炸裂した。カイルは目から火花が出たかと思うほどの衝撃を受け、ふらつきながらシンの方を見る。
「な……また叩くなあ……シンひどいぞ……。」
シンはカイルに顔を近づけながら説教をする。
「カイル。俺が10秒ほど前に言ったことをもう忘れているじゃないか!燃料を採ろうとしている相手に火を使うんじゃない!」
言っていることは尤もなのだが、ツッコミが暴力的だ。一方のガルムはナナリーの矢で仕留められていた。
「あんたたち、もっと真面目にしなよ!」
「……ごめん。」
「すまん。」
ナナリーは慣れた手つきで牙を抜き取る。そして、さらなるターゲットを探して視線を彷徨わせた。
別のガルムを見つけた。6人は一斉に向かっていき、攻撃を開始する。ガルムにとっては迷惑な限りだが、このままでは先に進めないのだ。
「でやあああああ、鏡影剣!」
サーベルがガルムの影に刺さり、ガルムの動きが止まった。さらに、影を纏った斬撃を浴び、ガルムが仰け反る。
「扇氷閃!」
ナナリーの弓から氷の矢が放たれ、分裂して降り注いだ。逃げようとしたガルムはこの矢で行く手を阻まれる。そこに追い討ちをかけるようにロニのハルバードがガルムの頭部に炸裂した。
確かに仕留められたわけだが、死骸がかなり無残な姿になっている。あまり見たくない。砕けた頭蓋骨に吐き気を催しながら、シンは何とか牙を抜き取った。
「うええ……強烈だな。」
「よし、あと2匹分もあればなんとかなりそうだね。」
その後、逃げ回るガルムを追いかけ、何とか牙を集めることができた。シンが牙を預かっていたのだが、牙の中から油がとろりと零れそうになり、あわてて切り口を上に向けた。
「で、これをさっきの毒草のところに仕掛ければいいんだな?」
「そういうことになるね。」
毒草が絡み合っている場所に戻ってきた。牙の中に詰まった油を振りかけ、ソーサラーリングの熱線をぶつけて火をつけた。毒草が嫌な臭いを放ちながら燃えていく。
だが、途中で火力が弱まった。そして、完全に燃やしきれないうちに火が消えてしまった。
「……何で?ホープタウンの近くにこの手の毒草が生えたときに同じように処分したんだけど、そのときはうまくいったんだけどねえ。」
「ガルムの牙が足りなかったのか?俺はもう嫌だぞ、あんな連中と追いかけっこするのは。」
無残な死体から牙を取り出したシンとしては、もう勘弁してほしいのだ。他の5人も走り疲れたらしい。
シンの堪忍袋の緒が切れたらしい。目付きが変わった。鎗を両手に持ったブラスト形態に姿を変える。
「……古より伝わりし浄化の炎よ……消し飛べ!エンシェントノヴァ!」
苛立ち紛れにシンはエンシェントノヴァを炸裂させてみた。しかし、この程度の火力で焼けるような毒草ではない。それがシンの癇に障ったらしい。

54: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/06 17:55:05
「……古より伝わりし浄化の炎よ……消し飛べ!!エンシェントノヴァ!」
「うわあ……『消し飛べ』にアクセントつけちゃったよ、シン……。」
「馬鹿の一つ覚えだな。」
カイルとジューダスはそう評した。だが、どうやらこの苛立ちでシンのSEEDが覚醒したらしい。
「我が呼びかけに応えよ!我が乗機よ!我が前に来たれ!」
ブラストインパルスを召喚してしまった。たかが毒草ごときにむきになるシンも大人気ない。
「これがシンの具現結晶……こんなの見たことないわ。」
「おそらくはシン特有のものなのだろうな。」
リアラとジューダスはシンの背後に現れた、巨大なモビルスーツを感心したように見ている。
「っていうかお前ら!毒草相手に具現結晶使ってることにツッコミは入れないのかよ!」
どうやら、ロニのツッコミは誰にも聞こえないらしい。
当のシンはというと、さらにブラストインパルスに攻撃の命令を下していた。
「我が前の敵を全て打ち砕け!爆砕せし蛍!地を駆け抜けしノアの洪水!貪り尽くす地獄の番犬!」
ビームライフル、ミサイル、レールガン、高出力ビーム砲と、順次攻撃が炸裂する度に毒草が消し飛んでいく。最早密林そのものを破壊しかねない勢いだ。
「……よし、これで道は開けたぞ。……皆、どうしたんだ?」
「お前なあ、そんなに破壊力のある技使えるなら先に言え!あの犬と追いかけっこして、走らされて疲れてんだよ!」
ロニのヘッドロックがシンの頭に決まった。ぎりぎりと締め付けられ、シンはしばらくの間ダウンすることになった。
「ぐう……結構痛いって……!」

シンが立ち直ったところで一行はドーム状の建物へと向かった。ヴァンジェロによく似た構造の建築物だ。ただ、ヴァンジェロの壁面が青かったのに対して、このドームは赤い。
「入り口はどこだろう?」
「多分これだな。ここの名前は……『紅蓮都市スペランツァ』だそうだ。」
ジューダスはそう言い、入り口にあるスイッチを押して反応を待った。
スペランツァとはイタリア語で「希望」を意味する言葉である。シンにイタリア語がわかったなら、都市の名前にしては大層な名前だ、と思うだろう。
『生体認識、コードグリーン。ロック、解除されました。』
またこの合成音声だ。そして、エアロックのような構造や薬品の霧を吹き付けるシステムも全く同じだ。ヴァンジェロと比較しても、色以外はそう変わらないのではないかと思った。
「二重扉に薬品の噴霧……この念の入りようは呆れてくるぜ。」
ロニのぼやきは尤もなものだ。ここまで徹底しなくてはならない理由がかつてはあったのかも知れないが、シンたちには必要のないものだ。
その上、これはエルレインによって作られたものだ。それもあまりいい気分はしない。
しかし、ヴァンジェロも勿論だが、ここの住人は平和に暮らしている。穏やかに話をし、閉じ込められながらも幸せを噛み締めているらしい。
「みんな、幸せそう……。」
リアラはそう言った。それは確かに事実なのだろう。
「幸せか。エルレインが作り上げた箱庭の中で、ではあるがな。」
「箱庭の中の幸せか。ジューダスもうまく表現したもんだね。」
そうなのだ。ヴァンジェロといい、スペランツァといい、エルレインが作り上げた世界の中で暮らし、外の世界には目を向けようともしない。まさしく箱庭の住人だ。
それで幸せなのは結構な話だが、しかし、彼らは元々あった世界を知っている。政策や生活する上での矛盾もあったし、悩みもあった。しかし、外を歩くことはできた。世界のことをそれなりに知ることもできた。

55: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/06 17:56:19
この状況をそのまま放置するわけにはいかないのだ。とはいえ、シンはそれについて言うことはできなかった。前述のとおり、シンは10年後の自分から聞いた情報を基にして未来を変えたことを、ずっと負い目に感じているのだ。
シンは黙ったままだった。いや、黙らざるを得なかった。
「とにかく、地図を探そう。ここにあるかもしれない。」
ジューダスの言葉に頷いた5人は、スペランツァの中を歩き回る。そして、それを見つけた。
「映写機か何かみたいだな。ちょっといじってみるか。」
ロニが指し示したそれは、確かに映写機のように見える。ボタンもいくつかあり、ジューダスが操作してみた。
映写機から光が放たれ、宙に浮いた映像、ホログラフィだった。
そのホログラフィが映していたのは、カイルたちがよく知る世界地図だった。シンは手持ちの世界地図を取り出し、比較してみる。
ベルクラントで吹き飛ばされた痕跡の位置は違うが、どうやら同じ地図らしい。
「山も川も、あたしたちが知ってる位置にある……。」
「これではっきりしたな。間違いなくここは僕たちがいた世界だ。そして、やはりエルレインによって歴史が歪められているんだろう。」
「でもよ、街の位置や名前は全然違うぜ。クレスタもアイグレッテもハイデルベルグもない。」
確かに、そんな名前は表示されていない。表示されている名前はたった三つだ。「蒼天都市ヴァンジェロ」「紅蓮都市スペランツァ」「黄昏都市レアルタ」。これだけだ。
シンは、中央大陸以外はどうだろうかと他の部分も確認した。しかし、手持ちの地図にある名前、リーネもノイシュタットもチェリクもカルビオラも、アクアヴェイルにあるはずのトウケイもモリュウもない。
手持ちの地図とホログラフィとして映し出された地図に書かれた都市の名前など、一つとして一致しなかった。
「天地戦争が終結してから、国家や都市の再構築がなされたはずだ。しかし、どうやらこの世界ではそれが行われていないらしい。」
「どういうこと?ジューダス。俺には何がなんだか……。」
カイルは首を捻りながら唸る。ジューダスは内容の詳細を語った。
「ヴァンジェロもこのスペランツァも、そしてもう一つこの地図にある都市、レアルタも天地戦争時代以前に存在した都市の名前だ。天地戦争が終わったところで名前や位置が変わったはずなのに、ここでは全く変わっていない。」
1000年も前の地名と都市の位置をどうして知っているのかはわからない。だが、ジューダスの歴史に関する知識は桁外れなので、それについては深く追求する気はなかった。
「じゃあ、エルレインは天地戦争時代に何かしたのか?だってよ、天地戦争が終わってから弄くったとしてもだ、わざわざ昔の地名つける必要はねえじゃねえか。」
「僕もそう思う。それに、ラディスロウの残骸が墜落していたということは、おそらくは……。」
「地上軍は敗北した、というか、エルレインによって敗北させたってところだな。けど、これも推測の域を出てねえ。せめて歪められた歴史を知ることが出来ればなあ。」
その後、6人はそれらしい施設がないか確認したが、どこにも見つからなかった。さらに、シンはソーサラースコープを使ってあちこちを調べてみたが、全く見つからない。
「このスペランツァにはない、ということか。ならば残る手がかりはレアルタということになるな。」
レアルタはカイルたちが生きた歴史の流れの中では、ハイデルベルグに相当する。勿論ハイデルベルグと同じ位置だからといって即、それが情報源になるとは限らない。
しかし、スペランツァから陸路で向える、そして手掛かりが残されている可能性のある都市はもうレアルタしか残されていない。
「よし、皆、行こう、レアルタへ!」
カイルは努めて明るく言ったのだろうが、どこかに決意のようなものが窺える。英雄になりたい、という思いだけではなくなった。本当の英雄に近づいている。
シンにはそれが頼もしくもあり、同時に辛くもあった。シンは負い目から、自分では決められなくなってしまっていた。決断の責をカイルに押し付けてしまうかも知れない。それシンには怖かった。
しかし、今は前進するしかない。シンはそう思った。

またもやスペランツァの外で野宿をし、疲れを癒した一行はレアルタへと向うことにした。
スペランツァからレアルタまでの道は、本来の歴史でのファンダリアの国土が大部分なだけに、雪が降り積もって険しい道のりだった。
一歩踏み出すたびに足が雪に深々と突き刺さり身動きができなくなる。
「う、歩きにくい……。」
歩きにくいからと飛行能力を使いすぎると後で疲れ果ててしまうので、シンは控えることにした。

56: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/06 17:57:27
雪に突き刺さった足を無理矢理前に押し出し、雪原を抉るようにして進むしかなさそうだ。
それだけならまだいい。レアルタに近づくにつれ、吹雪が強くなり始めた。シンは断熱服を着ているから問題ない。ジューダスは見たところ平気のようだ。
カイル、ロニ、リアラはスノーフリアで購入した防寒具を用意している。問題はナナリーだが、彼女はスペランツァから出てすぐにモンスターを狩って毛皮を剥ぎ取り、簡単なコートを設えてしまった。
ジューダスを除く全員が感心していたが、ナナリーは「このくらいできないとホープタウンじゃ生活できないからさ。毛皮だって買い取ってもらうためにはちゃんと剥ぎ取れないとね。」と応えた。
しかし、スペランツァからレアルタまではかなり距離がある。どこかで休める場所を探さないと、凍死することになる。
「だが、こんなところに休める場所はないだろう。どこかで雪を掘って、その中で休憩するしかない。」
そうは言っても掘る道具はない。少しでもレアルタに近づくようにしなくてはならない。しかし、雪のせいで数日かかる道のりであることも確かなのだ。
「このまま凍死なんて俺は嫌だぞ……。」
シンは白い息を吐き出しながら呟く。そのシンの赤い瞳にあるものが写った。山肌に開いた洞穴だ。
「た、助かりそうだな……。」
「やれやれ、今日はあそこで休憩か。いいけど焚き火しとかないと死ねるぞ、この気温。」
ロニのぼやきを聞き、シンは周囲を見回した。丁度良さそうな枯れ木がある。高さは3メートルもないだろう。これならソード形態で運ぶことが出来そうだ。
「そこの枯れ木の枝を調達しよう。俺一人で何とかなるかな。」
斬衝刃を放ち、根元から破壊する。彼は剣を放り出し、倒れた枯れ木の幹を直接抱えた。
「ちょ、ちょっと重いかも知れない……。」
その上足場は安定しない雪原だ。ロニも手伝ってはくれたが、それほど負担を軽減してくれはしなかった。というよりも無理なのだろう。
「重いって……どうすりゃそんなもん持てるんだよ。」
「さあ、どうしてだろうか?」
至近距離ならともかく、1.5メートルも離れてしまうと重力軽減の効果が薄れてしまうからだ。その上、それだけ近づくとモーメントの問題から、二人で持つ意味がなくなる。
どうしようもないらしい。結局は幹の中央部を肩に乗せることにした。丁度バズーカを構えるような感じだ。
何とか洞穴に木を運び込み、ロニがそれをハルバードで適当な大きさにしてくれた。そして、それを薪にして燃やした。
ほっとするような暖かい熱に誘われ、6人は座り込んだ。6人中4人はすぐに倒れこんで寝てしまった。起きている二人というのはシンとリアラだった。
どちらかと言えば珍しい組み合わせだが、丁度いい。起きているなら、少し話し相手になってくれるかも知れない。
「眠れないのか、リアラ。」
「うん、ちょっと考え事。」
「俺も考え事があってさ、眠る気になれないんだ。」
しかし、お互いに自分が思っていることを言い出す気分にはなれなかったらしい。それとは関係のないことをリアラは口にした。
「ねえ、シン。シンはどうしてあの戦う力を使えるの?」
「どうしてかは俺もわからないよ。フォルトゥナが俺のために調整した力だからじゃないか。」
「そうじゃなくて、狂気に取り憑かれるの、わかってて使ってるでしょ。怖くならない?」
シンは少々表情を曇らせ、そして重い口を開いた。
「……怖いよ。でも、俺が今持ってる力はこれしかない。そりゃ、ちゃんとした力はほしいさ。けど、それを手にするのには時間がかかるし、悠長なこと言ってたら守れるものも守れないから。」
「守りたい、もの?」
「今の俺が一番守りたいのは、ここにいる仲間全員だよ。カイルも、ロニも、ジューダスも、ナナリーも、それにリアラも。」
「……うん。」
それはわかる。リアラはカイルが自分の英雄だとわかってからカイルから離れようとしなかったが、カイルだけが大切なのではない。全員大切だ。大切だと思える比重が大きいのがカイルに少々偏っているだけである。
「大事だと思うものを守りたいと思うのは、多分普通の感覚なんだと俺は思う。けど、俺の場合はちょっとその考え方が強すぎるらしいんだ。」

57: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/06 17:59:10
「どういうこと?」
「俺が守りたいものは次から次へと奪い去られていった。だから、それが苦しいから余計に守りたくなる。その繰り返しのせいで、多分守りたいって思いが強くなりすぎてるんだ、きっと。必要ないときでも……。」
ステラを守りたいと思ったのもそれだろう。彼女の行動や雰囲気そのものが保護欲をかきたてるところがあった。シンの場合はそれに加えて、家族、特に妹を亡くしてしまっていた。
こうなると守りたいものの範囲が「自分よりやや年下気味の雰囲気を持つ女の子全て」になってしまう。代わりのものを守ることでかつての無念を癒そうとする、人間の無意識下における防衛反応の一つだ。
しかし、ステラはシンの目の前で殺された。防衛反応が仇になり、さらに守りたい意識だけが肥大化してしまっている。それがシンの現状だ。
「……。」
「これはいい傾向じゃないとは思う。でも、止められない。止めたくないんだ。これ以上失いたくないって思いの方が強いから。」
シンは思う。自分は失うことを恐れているのだと。そして、彼らを守ることは自分の義務である、とも思っている。
彼は5人の仲間によって仲間だけの英雄と呼ばれている。そして、それは彼らを守ることによって維持されるはずのものだ。
英雄の称号が惜しいわけではない。前述のように柄ではないのだ。しかし、自分を英雄と称し、慕ってくれる。打算も何もない。純粋なものだ。
守りたいに決まっている。
「リアラ、またこの雪の中を歩くんだ。俺がまた火の番をしておくから寝ておいた方がいい。眠くなったらロニを起こすことにするから。」
「うん……シン、お休み。」
「お休み。」
色素が抜けきった赤い瞳が洞穴の入り口に向いた。この色素のない目のお陰で闇の中をどこまでも見ることが出来るのだが、今は雪の帳を通して漆黒の闇だけが外を支配している。
シンは不安そうな溜息をついた。彼はロニが解体してくれた薪を焚き火の中に放り込み、火を見つめた。ちょっとした振動や風で揺らめく炎が、いくらかシンの心を満たしてくれた。
ふと、カイルを見遣る。どこまでも幸せそうな顔で寝ている。相変わらず楽しい夢でも見ているのだろうか。
赤い目の少年は、カイルたちに出会ってから何度となく漏らした笑みを、その口元に浮かべた。

58: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/06 18:00:19
TIPS
称号
 SVTK
  スーパー・バイオレンス・ツッコミ・キング。
  クレイモアの面の部分をハリセン代わりに使用。
  しかし、これはいくらなんでも暴力的過ぎる……。
   攻撃+6.0 命中-3.0

59: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/06 18:05:13
ここまでです。
ゲーム中にガルムの牙を取りに行くイベントでの戦闘で、俺、ガルムに対してそんなに効果のない爆炎剣を結構使ったりするんですが。
爆炎剣、とっても使いやすいんですよ。威力も強いし。で、そこで思ったんですよ。
「燃料取りに行ったのに炎使っていいんだろうか?」
と。
それが今回の前半の元ネタです。ギャグ、得意じゃないんですが。書きたくて仕方なかったので書きました、はい。

60:通常の名無しさんの3倍
07/10/06 19:40:48
とりあえず、最もだと思った>炎を使って良いのか?
それと、シン、自重www(ぶち切れでSEED発動って…)


61:通常の名無しさんの3倍
07/10/06 23:17:22
GJ
次回も期待している

62:通常の名無しさんの3倍
07/10/07 04:57:37
まとめで一気に読んできた
GJとしか言えないぜ

SEED発動の方で称号手に入れると思ったらツッコミだったか

63: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/07 11:13:54
どもー。
この話でのSEED発動は、ゲーム中のスピリッツブラスターに相当するものとして設定してます。
ですから、結構頻繁にSEEDは発動するのではないでしょうか。
堪忍袋の緒が切れたあれはですね、ちょいとリメDフィリアを参考にさせてもらいました。
話でしか聞いたことがないんですが、ジャンクランドに行くとストレスで暴走するらしいですね。
そして、ブラストキャリバーを発動させるためのゲージが溜まっていく、と。
シンの場合、結構怒りが引き金になってSEEDが発動しているイメージがあるので、こういう苛々した状況なら、と思いまして。


64:通常の名無しさんの3倍
07/10/09 15:09:57 5gwNLVyG
保守

65: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/09 21:30:47
投下いたします。
ああ、段々ペースが落ちてる……orz

66: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/09 21:33:42
22 明かされた真実

一行はレアルタに到着した。一休みした後、彼らは足をせっせと動かし、日が暮れる前に到着したのだった。
黄昏都市レアルタというだけあり、ドームの壁面は黄色い。ヴァンジェロにしろスペランツァにしろ、こうも原色の壁面では目が痛い。
「とりあえず、中に入ろうか。中はどうなっていることやら。」
シンは相変わらずのエアロックに似た構造を操作し、自動ドアを開けた。
「ここも二重扉なのか。」
ヴァンジェロやスペランツァでもあったように、薬品の噴霧が行われ、内側の扉が開いた。
外は氷点下に達しているはずだ。こんな環境では大抵の病原体は生きてはいられないはずである。にも拘らず薬品の噴霧を行うというのは些か過剰な防衛策であろう。
「やれやれ、この薬品も中の人間を弱体化させた要因なんじゃないのか?」
シンはそうぼやいた。それに、過剰な薬品の使用は細菌やウイルスの突然変異を促す要因にもなる。薬品に対する耐性が生じ、薬で殺滅できなくなるのだ。
そのせいで病気が流行したこともあるらしい。この世界でも同じことが起きるかもしれないのだ。そのあたりはエルレインがコントロールしているのだろうが、いずれ限界が出てくるはずだ。
「そうならないうちに、歴史の改変がどうなっているのかを確認しないと。」
手掛かりというものがあるかどうかはわからない。しかし、もう後がないのだ。無理でも探すしかない。
「レアルタって、元の歴史の流れだとハイデルベルグと同じ場所にあるんだよね?だったらウッドロウさんがいたりして?」
「そんなわけがあるか。とにかく、歴史を確認できる施設を探すぞ。」
相変わらずこのドームの中は快適な気温と湿度、そして塵のない清浄な空気で満たされている。変化のないものが3つあるだけの世界は、やはり気分が悪い。
中で生活している人間には悪いが、ドームを叩き壊して焚き火の暖かくなる感触が恋しくなる。

途中、一行は不思議な壁画を見つけた。
浮き彫りにされたそれは、長い髪を振り乱し、大振りな斧を振りかざして、人々に襲い掛かるモンスターを追い払っているように見える、大男の絵だった。
「これは……。」
シンは嫌な予感がした。この絵姿には見覚えがある。それも、背筋に寒気がするような相手だ。
「下に名前が彫ってあるな。英雄バルバトス……。人を守りしエルレインの使徒……。」
「バルバトスだって!?あいつが英雄!?」
冷静さに驚きを含んだ声でバルバトスの名を読み上げるジューダスと、怒りを含ませて叫ぶカイル。この反応は当然だろう。
「バルバトスが英雄になっている、ということはエルレインに何らかの手助けをしたということだな。」
歴史の一部がわかった。しかし、それは断片に過ぎない。住民達に歴史の記録を伝えるようなものはないかと聞いて回るが、あったらしいが場所はわからない、という返事ばかりだ。
「歴史を学ぶ意味がなくなった、ということか。歴史を学ぶということは、過去の失敗を後世に伝え、後の世で同じ過ちを繰り返さないようにするという意味がある。」
「それが失われている、ということはつまり、天地戦争のあとに起きた何かでずっと安定して、変化といえるものがなくなったってところか。」
保護者コンビの言葉は間違いではあるまい。歴史は繰り返されるというが、繰り返されるのは人が歴史を忘れてしまうから、という問題だけではない。
忘れないようにすれば繰り返されることはないはず、というのが理想論である。しかし、人は「わかっていてもその方向に引っ張られてしまう」傾向がある。故に歴史を繰り返す。それも、愚かだと思われる方向にだ。
だが、その法則性がわかっていれば多少は結果回避をできなくもない。戦争が起きることを予知できれば住民を逃がすことも出来る。経済の動きにしても、人間の欲求や自然の動向などから金銭の動きを読み取ることもできる。
金銭及び人命、そして精神の面において被害の軽減を行えるということが、歴史を学ぶ最大の恩恵なのだ。
しかし、エルレインによって作り出された箱庭の世界は争いごとがない。それは幸福なのかも知れないが、知らないことは今まで生きてきた、そしてその犠牲のもとに生み出された教訓を蔑ろにすることになる。
これを幸福と認めることは、シンには出来なかった。しかし、彼はそれを言うことが出来ない。
「でも、それはこの世界が幸せだったってことよね……。」

67: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/09 21:37:18
リアラはそう呟いた。それを聞き逃すカイルではない。
「どうしちゃったんだよ、リアラ。リアラは元の世界に戻れなくてもいいの?」
「うん、でも……もし、もしもよ、私達が最初からこの世界で平和に暮らしていたとしたら……。そうしたら……。」
「それはありえない。俺がちょっとした冒険に出ようと思ったからこそ、ラグナ遺跡で君と出会えたんだ。この世界にはどう見たって冒険なんて言葉はないよ。ドームから出られないんだし。だから、俺たちの出会いそのものがなかったことになるんだ。」
「……そう、そうね。」
「それに、ここには父さんも母さんも、フィリアさんもウッドロウさんもいない。俺たちと出会って、色々助けてくれた人たちがいない世界なんて、俺は嫌だ!」
論理的な説明が苦手なカイルにしては、なかなかの名演説だ。感情が強く出ているのは仕方ない。シンもおそらくはあのくらい感情が強く浮き出ることだろう。
「うん、わかった。あなたの言うとおりだわ。人々を幸福に導くのが私の使命……この世界が幸せなら私の使命も終わりだと思った。けど、確かにあなたの言う通りよ。過去を否定してしまうこの世界は、やっぱり駄目なんだよね。」
「ありがとう、リアラ。わかってくれて。」
カイルは目を輝かせてリアラの手を取った。彼女も微笑み返す。何とも熱い関係だ。見ていてこちらが恥ずかしくなる。
「シン、お前も何かありそうだな?この世界に来て、肝心なときに黙っていたようだが。」
ジューダスはシンの態度に気付いていたらしい。ロニも同意するように口を開く。
「そういや、そうだよな。結構感情的になるお前が、やたら冷静にヴァンジェロの様子を語ったり、スペランツァじゃ全く喋らなかったし。ここに来てもそうだ。エルレインへの批判の言葉が全然ねえ。」
二人の鋭さに半分感心し、半分呆れながらシンは言った。
「いや、俺は未来の俺から話聞いて皆を助けたわけだろ。だから、俺がしたことはエルレインと同じじゃないかって、そう思ってさ。人のこと、言えないから……。」
「あ、そりゃそうだがよ、けど俺たちを助けたことは変わりないんだし。」
「ああ、確かに。助けられたことは嬉しい。ただ、未来を知ってから、その結果変えようとしたこと自体は何の変わりもないわけだから。俺は判断を皆に任せるだけにしようと思ったんだ。」
主体性がないのもわかっている。しかし、彼にはそうすることしか出来なかった。自分のために結果を変えたのだから。そして、それが起きることを10年後の自分から聞いていたのだから。
「シン、お前の気持ちもわかる。だが、よく考えてみろ。お前は10年後の自分から話を聞いたと言っていたな。では、その10年後のお前はどうしていた?僕の想像が正しければ、やはり10年後のお前もそれより未来のお前から聞いていたはずだ。」
ジューダスが何を言いたいのか、よくわからない。たが、カイルは内容がわかったらしい。
「そうだよ。きっと未来の君はそのまた未来の自分から聞いた情報を基に行動してたんだ。けど、皆失敗して俺たちを殺してた。でも、シンは違った。他の、それまでのシンができなかったことを、シンはできたんだ。」
「そういうことだ。むしろ誇るべきことだ。変えられないはずの巡る時の流れをお前は断ち切ったんだ。エルレインは変えられないはずだということを知っていた。やつはお前の未来を変える力を恐れたんだ。」
「でも、俺が未来を変えたからエルレインは強硬手段に出たのかも……。」
なおも言い募るシンに、カイルはシンの頬に拳をぶつけた。シンは下から抉りこむ鉄拳に対応できなかった。姿勢を崩し、レアルタの清潔な床に倒れこむ。
「ぐっ……!」
「シン!何でもかんでも自分のせいだって思わないでくれよ!確かにシンが未来を変えたことはきっかけだったかも知れない。けどさ、俺、思うんだよ。エルレインは結局、こういうことをしてたんだって。」
「……。」
「エルレインの言ってる幸せってのが、結局どこにあるのか知らないけどさ、多分俺たちが辿ってきた歴史の中ではエルレインの目的は果たせなかったんだと思う。だから、きっといつかどこかでこういう歴史の改変をやってたよ。」
シンは黙るしかなかった。反論できない。言われてみれば確かにそうだ。
「…………確かにそうだな。カイルの言っていることは正しいだろう。エルレインがここまで元の世界と違ったものを作り上げるとなると、今までの歴史の流れでは不可能だったはずだ。いつかはこうなったのは間違いない。」
ジューダスは一度言葉を切り、続けた。それが一番彼の言いたいことなのだろう。
「僕たちがシンに救われようと、そうでなかろうとな。」
シンの心が、急に温かくなった気がした。目に水分が集中した気がしたが、それをぐっと堪える。

68: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/09 21:39:14
「ジューダス……。」
ジューダスに続き、カイルも言う。
「だからさ、シンは何も悪くないんだ。だから、一緒に行こう。君が元の世界に世界に戻るまで、俺たちはずっと、ずっとシンの仲間だからさ。」
仲間であること。シンは何よりもそれを言われたかった。孤独な戦いをする必要がないことを、改めて思い知らされた。
「カイル……すまない。わかった。俺は皆の仲間で皆の英雄だ。俺が立ち直らないわけにはいかない。何が何でも歴史を戻す。これで、いいんだな?カイル。」
「うん、それでこそ俺の知ってるシンだよ!」
正直、カイルとジューダスには感謝しなければいけない。人の心にダイレクトに光を照射するカイルと、冷静かつ論理的に物事を説明するジューダスのコンビなら、大抵の人間は説得されるだろう。
そして、彼らには一切の打算がなく、相手を労わってアクションを起こしている。シンはそんな二人に出会えて、本当に幸せだと思う。それこそ、悩み苦しんだ上で出会えた本物の幸せだ。
その本物の幸せを奪おうとし、別のものを押し付けようとするエルレインを許せない。そう、許すわけにはいかないのだ。

「しかしカイル。お前、あんなに考えられたんだな。びっくりしたぜ。」
ロニの言うことは尤もだ。普段の態度を考えれば、リアラやシンを納得させる台詞はカイルの口から出せるとは思えない。
カイルは少々頬を膨らませつつ言う。
「ひでえ。俺だって真剣に考えることだってあるんだからな!」
「カイルが真面目にもの考えるなんて、明日は雪の代わりに剣が降りそうだな。」
「全く、ロニ。あんたはカイルの成長を喜んだりしないのかい?あんたの弟分なんだろ!?」
ナナリーがロニにコブラツイストを仕掛けた。ロニは全く抵抗できずに悲鳴を上げる。
「いやあああああああぁぁああ!やめてくださいナナリーさん、俺の関節はそっちには曲がりません!」
つい先刻までシリアスな雰囲気だったのに、すぐに喜劇劇場と化すのだから、全く退屈しない。そして、ストレスというものを感じない。
もうこの雰囲気で頭痛がすることはなくなった。だが、ふと思う。
「俺もこの喜劇劇場に引き込まれてないのか?」
と。既に引き込まれてツッコミ担当になっているわけだが、シンはまだ気付いていないらしい。
「俺はコメディアンにはなれないんだがな。」
シンは本来喜劇より悲劇役者の方が似合うのだが、周りにいるメンバーがこれだ。どうやら喜劇役者に甘んじるしかなさそうだ。
「そんなことより、まずは探さないと。」
彼は馬鹿馬鹿しい不安を頭の中から追い出し、歴史の記録がないか探す。先程の壁画では断片に過ぎない。もう少し大きな破片がほしいところだ。
「なあ、皆。ここ、何だと思う?」
カイルが何かに気付いたらしい。シンがそこを見てみた。コケとツタが生えたただの壁に見えるが、確かに違和感がある。何か、普通の壁にしては妙なところがある。ただ、それをはっきりと裏付けることが出来ない。
よくよく見ると壁に切れ目のようなものがある。これが違和感の正体らしい。
「扉、かな。蹴飛ばしてみるか!」
シンは壁の切れ目に思い切り回し蹴りを炸裂させようとした。しかし、その必要はなかったらしい。シンの足が触れる直前、自動ドアだったその壁が開いた。
「うわっ!」
シンは無様にもその場で回転し、その勢いのまま転倒して強か膝を打った。
「無様だな。さあ、いくぞ!」
ジューダスは淡々と足を抱えて悶えるシンの横を抜けて中に入っていった。
「うう、自業自得か……。」
「シン、ヒールかけようか?」
リアラがそっと囁くが、シンは首を横に振った。
「いや、大丈夫。何ともないから。」
彼は優しい微笑を見せ、ジューダスの後を追った。追ってから気付いた。ここまで自分は笑えるようになったのか、と。


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