テイルズの世界にシンが行ったら…Lv2at SHAR
テイルズの世界にシンが行ったら…Lv2 - 暇つぶし2ch175: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/18 23:48:06
「あんたたちの知ってる神様はあんたを作ることはできたんでしょ? なら、あたしはその一歩先を行くわ。異世界から物体を転移させる! 楽しいと思わない?」
「夢があるとは思うけど……。」
しかし、ハロルドは人差し指を立てて言う。
「夢で終わらせたら面白くないのよねえ。とりあえず転送技術からはじめることにするわ。異世界から物を持ってくるのはその後よ! ぎゅふ、ぎゅふふふふ。」
確かに神をも超える頭脳は持っているかも知れない。少なくともシンには、ハロルドなら歴史改変などという手段を使わずとも目的を達することはできそうだからだと思っている。
歴史を作り変えて好き放題するなど、反則行為もいいところだ。
「おっと、考える暇はないな!」
未来からの増援であるアラストル、天上軍の殺人マシンのメイガス、アヴェンジャーが襲い掛かる。アラストルは適当に捌けばいいが、残りはそうもいかない。
メイガスが扱える晶術はネガティブゲイトだが、兄弟機であるアヴェンジャーは光の中級晶術、プリズムフラッシャを使える。シンにとっては大問題だ。彼は極端に光属性攻撃に対する耐性が低いのだ。
光に弱いこと自体は、元の世界にいた頃から知っていた。肌が病的なほど白く、日光は天敵だった。それに、目の色素が極端に少なかったため、暗闇でものを見ることはできても日中の日差しの中ではほとんど前が見えなかった。
それがこの世界に来ると、属性としての弱点に変化したらしい。自分の特徴がそのまま属性耐性に変化するとは皮肉なものだ。
「けど、攻撃させなきゃいいはずだ!」
アヴェンジャーに攻撃する暇を与えない。晶術のコアとなる晶術制御装置の位置は、ハロルドの性能テストの際に解体して確認していた。瞬時に見つけ出し、剣を突き立てて破壊する。
「くっ……邪魔だ!」
敵のマシンが邪魔なのではない。自分の中に入り込んでくる狂気が邪魔なのだ。押さえつければ押さえつけるほど余計に襲ってくる。
「シン、大丈夫か!?」
カイルが気遣って声をかける。しかし、仲間の存在だけで抑えられるようなものではなくなりつつあった。ハロルドの実験対象として戦い、力の器を広げたせいだ。
戦いの経験を積めば積むほど力もつくが、同時に狂気も強くなる。このままでは力尽きるまで破壊を続けてしまう。
守るために力を欲したのに、その力のせいで仲間を傷つけるかもしれない。矛盾が矛盾を呼び、シンは苦しむことしかできない。
「このっ……!」
目の前に現れるマシンに斬撃を与え、火花を散らせる。仲間の存在と自分の意思で狂気に蓋をし、どうにか自我を保っている。しかし。
「うう、ぐっ……があああああああ!」
シンの精神力が途切れた。ブラスト形態に入れ替え、ネガティブゲイトとケルベロスを放ち、殺人マシンどころかダイクロフトの設備まで破壊している。
「まずい! シンが暴走しちまいやがった!」
ロニは襲い来るマシンをハルバードで叩き壊しながら言った。その声でシンの様子に気づいたジューダスが素早くシンの背後に回る。
「ちっ、シンの力を解除するぞ! カイルも手伝え!」
「わかった!」
ジューダスはシンを羽交い締めにし、身動きを封じる。しかし、シンは刃物を手にしている。凶器を持つ狂人ほど危険なものはない。危うくジューダスは斬られそうになり、シンから離れる。
「ううううう……がああああああああああ!」
完全に殺人衝動に取り込まれている。何かを殺さずにはいられない状態らしい。カイルが接近し、シンの頬に拳を叩きつけ、仰け反ったところをジューダスが彼のブレスレットを外した。
彼の顔から狂気は失せ、サーベルも消え去る。シンはがっくりと膝をつき、肩で息をした。
「はあっ……はぁっ…………。」
「危ないところだったな。お前はしばらく戦うな。いくらお前が僕たちを守りたいと言っても、お前がその調子では何もできん。」
「シン、無茶するなよ。シンが苦しむのは……俺、見たくないから。」
ジューダスとカイルの気遣いは痛いほどよくわかる。彼は二人の言を受け入れ、とりあえずは引き下がった。
しかし、戦闘に何も参加しないわけではない。全身のばねを使って注意を引きつけ、ソーサラーリングでダメージを与え、必要に応じてナイフを使って殺人マシンの配線を切断する。

176: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/18 23:50:00
「あんた、力使わなくたってそれなりに戦えるじゃない。」
「これだけじゃ足りないんだよ。」
「でも、あんたのあの力は神様が与えたもんでしょ? そんなの使ってていいわけ?」
ハロルドの言っていることは尤もだ。しかし、シンは言い返す。
「神の力を借りて歴史を好き勝手弄くってるやつが、同じように神の力を持つ人間に斃される。いい皮肉だろ?」
「性格悪いわねー。」
性格はおそらく変化しただろう。この世界に来たこと、そしてコピーであることを知ったことなど、シンに大きな変化をもたらしてもおかしくない出来事が続いている。
しかし、悪くなったかどうかはわからない。むしろシン自身は、仲間という希望のお陰でいい方向に向ったと思っているのだが。
「エルレインのやることなすこと邪魔し終わったら破棄するつもりだから。それまでは使いこなせるようにしておきたいんだよ。」
「ま、いいわ。あたしがその狂気をどうにかする方法を探してあげるわ。投薬とか不自然な機械なしでね。」
「恩に着るよ、ハロルド……。」
「あたしとしても実験してみたいしねー。」
走り回っているうちに、監禁室にたどり着いたらしい。既にたどり着いていたディムロスたちの事情を聞くと、監禁室のロックが解除できないそうだ。
「まーったく、こんなもんこーしてちょいちょいといじってやれば……ほい、開いた。」
一瞬の出来事だった。ミクトランしか知らないパスワードを入力しないと開かないはずの扉が、ハロルドの手によって一瞬で開いてしまった。
「兄貴は常識家すぎるのよねー。だからこんな扉も開けられないのよ。」
そういう問題ではないと思うのだが、とシンは心の中で呟いたが、それを口に出すとブロックワードを使われそうなので言わないことにした。
彼の目の前ではディムロスが監禁室の中に入り、人質達に呼びかけていた。
「私はユンカース隊所属、ディムロス・ティンバー中将です。我ら地上軍はベルクラント開発チームの皆さんを歓迎します。我々の指示に従ってついてきてください。」
ベルクラント開発チームのメンバーは皆やつれていたが、ディムロスの言葉で生気を取り戻したらしい。彼らと一緒に監禁されていた、青紫色の髪をした女性もだ。
「ディムロス……中将。」
「アトワイト大佐、よく無事でいてくれた。」
この遣り取りを見て、シンは気付いた。この二人はおそらくは男女の仲だろう。そして、彼らを元にしたソーディアンはスタンとルーティのてに渡った。これは偶然なのだろうか。
そんなことよりも何よりも、脱出する際にベルクラントでも撃ち込まれては一大事である。ベルクラントを含めたダイクロフトのエネルギー供給システムを停止させなくてはならない。
とにかく開発チームの護衛が最優先事項だ。アトワイトと白髪交じりの茶色い頭をした老兵、クレメンテを加えたソーディアンチームが開発チームと共に脱出ポッドのある部屋へと向かう。
「それじゃ、皆。ベルクラントの制御室に行くわよ!」
それを確認したハロルドがそう声をかけ、一行はさらに奥へと進んでいく。さすがにベルクラントの管理は機械に任せられないのか、珍しく人間の護衛兵がいた。
しかし、そこはシンが猫科の動物を思わせる動きで鳩尾に膝蹴りをめり込ませて沈黙させる。あっという間の出来事である。
「んー、いい仕事。それじゃちゃっちゃとハッキングしてベルクラントをおやすみさせるから。皆頑張って防いでねー。」
相も変わらずのハロルド節だ。彼女は鼻歌を歌いながら、コンソールを操作してベルクラントや自動殺人マシンを停止させるプログラムを作成する。
しかし、ベルクラント制御室の定期連絡が途切れたためか、迎撃部隊が接近する。自動ドアは開放したままだ。このままダイクロフトの機能を停止させてしまうと閉じ込められてしまうことになる。
「この大軍、どうにか押し留めなきゃ!」
「カイルたちは順番に叩いて! それからリアラとナナリーは晶術と弓で援護! 俺もソーサラーリングで迎撃する!」
ソーサラーリングのダメージなどたかが知れている。衝撃を使って晶術発現部を破壊するか、カメラアイを攻撃するかのどちらかだ。
現状でブレスレットの力を使うわけにはいかない。あまりにも危険すぎる。仲間を守るための力なのに、仲間を傷つけては意味がないのだ。
「ハロルド、頼む!長くは戦えないぞ、これは!」
扉の外はメイガスやアヴェンジャーで溢れている。リアラが最近覚えた上級晶術、エンシェントノヴァや、ナナリーの虚空閃での援護は強力なのだが、如何せん戦力差がありすぎる。

177: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/18 23:51:18
しかし、一斉にマシンの動きが止まった。照明も消え去り、辺りには暗闇と沈黙が漂う。
「はい、しゅーりょー。ダイクロフトはこれでお寝んねよ。そうそう、緊急脱出用の転送システムだけは動くようにしといたわ。それのせいで時間かかっちゃったけど。」
シンにはほとんど時間が経過したようには感じなかったが、これもハロルドだからだろう。どうにも彼は、ハロルドという名前さえ使えば全てが収まる気がしてきたようだ。
それはそれで便利だとは思うが、都合がよすぎるような気もする。
「うーん……俺って変なのかな。」
「何か言った?」
「いや、何でも。」
7人は停止したマシンの海を掻き分けて装置のある場所までたどり着くと、緊急脱出用転送システムを使って脱出ポッドのある格納庫に向かった。

一行は格納庫に到着した。既に開発チームはディムロスとアトワイトを除くソーディアンチームと共に脱出ポッドで地上に降りたらしい。
ディムロスとアトワイトだけが残っていた。どうやら7人を待っていたらしい。
「ご苦労だった、ハロルド。それから、カイル君、シン君。君たちもよく頑張ってくれた。礼を言う。」
「ありがとうございます、ディムロスさん。」
「私など何の役にも立てておりません。お恥ずかしい限りであります!」
背筋を伸ばすだけのカイルとザフト式の敬礼をするシンが言う。ディムロスは少し微笑むと、残された脱出ポッドに乗り込もうとした。その瞬間。
「久しぶりだな……ディムロス。」
地の底から響くような、狂気に満ちた声。闇の中から姿を現したのはバルバトスだった。
「バルバトス・ゲーティア!」
カイルとディムロスが叫んだのは全くの同時だった。どうやらディムロスはバルバトスと顔見知りらしい。それも、因縁浅からぬ関係のようだ。
「ほう、ディムロス中将閣下が、小官ごときを覚えてくださるとは光栄ですな。」
「お前はあの時死んだはずだぞ!?」
「そう、確かに俺は死んだ。だが、俺の無念がこの世に舞い戻らせたのだ!」
シンが猫科の獣のような狂い方なら、バルバトスは恐竜染みた狂戦士振りである。狂気の満ちようが尋常ではない。
「ならばもう一度私の手で葬り去るまで!」
ディムロスは剣を抜き放ち、バルバトスに斬りかかるが、バルバトスは多くの者を屠ってきた斧でその剣を弾き飛ばした。さらに衝撃波を放ってディムロスの体を壁に叩きつける。
「なっ……!」
「こんなものか、ディムロス。俺は時空を越えて多くの英雄と呼ばれる者を屠ってきた。とはいえ、この差はどうだ?お前でも俺の渇きを癒せないのか。なら、断末魔の悲鳴くらいは楽しませてくれよ?」
嗜虐に満ち満ちたバルバトスの声が格納庫に響く。シンがソーサラーリングの熱線をバルバトスの肩に向けて発射したが、何の痛痒も感じないらしい。
「シン・アスカ。お前の調理は後回しだ。今はディムロスの方で忙しい……。すこぉしずつ、切り刻んでやろう……。まずは……右足からだ……!」
バルバトスの憎しみが波動となってカイルたちを襲う。激しい悪寒が身を竦ませてしまい、その場に硬直してしまう。
しかし、その状況でも身動きでき、あろうことか言葉まで発せた人物がいた。アトワイト・エックスその人だ。
「やめなさい!天上軍に裏切ったばかりかおめおめと生き返って逆恨みとは! 軍人としての誇りが残されているのならばこの場から立ち去りなさい!」
彼女の毅然とした態度はカイルたちを勇気付けたが、バルバトスはさらなる咆哮を格納庫に反響させた。
「アトワイト! お前はいつもそうだ。いつもこの男を庇う。いっそ、俺の女になれ! そうすれば何もかもが手に入る。金も、権力も、永遠の名声さえも!」
「私はそんなもののために戦っているのではないわ!」
バルバトスはそんなアトワイトの言葉が聞こえないかのように呟いた。
「待てよ、そうだ、その手があった。ディムロス、あったぞ。お前を苦しめる最高の方法が!」

178: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/18 23:52:49
バルバトスは以前にも見せた、その巨体に似合わぬ俊敏さでアトワイトの背後に回り、彼女のほっそりとした首に逞しい腕を巻きつけた。
「やめろ、アトワイトは関係ない!」
「お前には死以上の苦しみを味わってもらわねばならん。くっくっくっくっくっ、ぶぅっはっはっはっは……!」
バルバトスは闇に包まれ、アトワイトもろとも姿を消した。
「アトワイトさんが!追わないと!」
「アトワイトさんを連れてはそんなに遠くへは行けないはずです。今なら追いつけるかも知れません!」
カイルとリアラがディムロスに訴える。しかし、ディムロスは首を縦には振らなかった。
「今はまだ作戦継続中だ。それに、このような事態は彼女も軍人なら想定しているはず。それに甘えさせてもらおう。」
「けど!」
「はいはーい、行くわよー。」
なおも言い募るカイルの襟首を抓んだハロルドは、そのまま脱出ポッドにカイルを放り込む。
「ハロルド!」
「いい加減にしないか。彼女のことは後で考えるべきだ。」
冷静なジューダスにそう言われてはどうしようもない。カイルは沈黙せざるを得なかった。
シンも追いたかったが、今は手出しできない。沈痛な面持ちのディムロスを見て、彼もまた悲しい顔をした。
とはいえ、あの様子では彼女を殺しはしないはずだ。それだけが救いだろう、とシンは思うことにし、アトワイトを除く全員が乗り込んだ脱出ポッドを作動させていた。

179: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/18 23:55:13
ここまでです。
とりあえず「ここまでです」と書かないと投下し終わった気分にならないのは何故だろう……。
目障りかもしれませんが、投下開始と投下終了の合図は書かせてください。
感想に対するコメントは出来うる限り控えますので。

180:通常の名無しさんの3倍
07/10/19 00:39:07
GJ
次回も期待してる。

181: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/19 17:14:49
さて、今日も投下します。

182: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/19 17:17:10
28 アロンダイト

拠点に戻った7人は作戦の報告するため、ラディスロウの司令部に向かった。
地上軍上層部の決定は「アトワイトの救出は作戦会議にかけてから決める」だった。軍としては正しい、そして冷静な判断である。
しかし、カイルはそれを納得できなかったらしい。尤も、それはカイルだけではない。
シャルティエも自分の無力さを嘆いていた。イクティノスは軍の決定は正しいとしながらも、どこか割り切れていないように見える。
クレメンテ老など、自分が代わりになっていれば、と漏らしたほどだが、言っても意味のないことだ。
だが、何といってもディムロスの気落ち振りは激しかった。軍の決定と感情に挟まれ、身動きが取れない。そんな顔だった。
それを知っているからこそ、カイルは今すぐにでも助けに行こう、と主張する。しかし、ディムロスは軍の決定には逆らえない、と言った。なおも食い下がった彼を、ついにシンが鎮圧することにした。
「いい加減にしないか。ちょっと来てくれ。」
彼はカイルの手をやや強引に掴み、ラディスロウの外へと連れ出した。冷たい空気が二人の顔を一撫でし、シンの肌が寒さで紅潮する。
「カイル。ディムロス中将も辛いと思う。けど、彼は地上軍の要なんだ。彼の判断一つで数万単位の兵士の命が失われたりする。人の命は天秤にかけられない。でも、軍人はそれを無理にかけなきゃいけないんだよ。」
かつての自分もそうだった。感情に任せて突撃するなど、決して少なくなく、そのために余計な被害を出したこともあった。
だからこそである。同じ過ちを、天地戦争時代の英雄たるディムロスにはしてほしくないのだ。
「けど……!」
「だから俺たちがやる。そもそもアトワイト大佐が捕まったままだと歴史が変わってしまう。それを処理するのが俺たちの仕事だ。違うか、カイル?」
カイルの顔が明るくなった。彼はそれを言ってほしかったのかも知れない。
「うん、そうだね。わかった。けど、手がかりが何にもなければ……。」
「あのバルバトスが何考えてるか、俺には大体の見当がつく。あいつはディムロス中将を罠にかけて殺害する気だ。そのためにはアトワイト大佐を生かしておく必要がある。彼女をネタに誘き寄せるつもりだ。」
「それじゃあ……!」
「どこかで必ずメッセージか何かを寄越すはずだ。それまでは何も手出しできないさ、俺たちは。」
冷静に物事を処理できるようになってきた。戦闘中の狂気が生み出したギャップのようなものかも知れないが、シン自身はそれをらしくない、と思い、自分に苦笑する。
背後でラディスロウの自動ドアが開き、ハロルドが顔を出した。
「はいはーい、あんたたち話し終わった? これからソーディアンの調整があるから物資保管所の研究室にいくんだけど。連れてってくんない?シンはあたしと一緒に来てもらうわよ。」
それは確かに必要なことだ。しかし、シンには気がかりなことがある。
「……来たよ解剖。ああ、こうまで不幸か俺の人生……。」
「根暗なことぼやいてないで、さっさと行くわよ。」
カイルは残る4人の仲間を呼び、全員が揃ったところで物資保管所へと向かった。

物資保管所は相変わらずの荒れようだった。こんなところにソーディアンの研究室があるというのだから不思議な話である。
しかし、よくよく考えてみるとベルクラントの直撃からややそれたほどの攻撃を受けても、それなりに原形をとどめている建物だ。元はしっかりした造りに相違ない。
それならば何とか納得できる。シンはソーディアンの元となる刀剣本体を入れたザックを担ぎながらそう思った。
「さてと、入り口まで来たことだし、ここまででいいわ。シン、行きましょうか。」
「ハロルド……アトワイトさんのこと……。」
「あんた、まだ諦めてないわけ? 懲りないわねえ。」
ハロルドはむしろカイルの諦めない粘り強さに感心したらしい。彼女の目が怪しく光るのを、シンは見た。
「そういえばあの二人、恋人同士なのよね。ディムロスとアトワイト。」

183: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/19 17:27:49
「えっ!?」
「さてと、解剖解剖。ぎゅふふふふふ……。」
シンは凄まじい寒気を感じながらもハロルドの後について保管所の中へと向かった。
彼は思った。この後おそらくカイルは、仲間たちを連れてアトワイトの救出に向かうはずである。そもそも、それを仕向けたのは自分だ。
ならば、せめて彼らの手助けができるようにしておきたい。そのために力を制御する方法を見つけなくては、と。
「あんた、どうしてそこまで助けたいわけ? ぼろぼろになっても何しても守ろうとするの、異常よ?」
「守りたいものを守れなかったから、かな。失うことへの恐れがあるんだと思う。」
「あんまりいい傾向じゃないわね。でもまあ、それがあんたのいいところでもあるわけだし。それに、その自己犠牲の精神のおかげであたしはあんたを解剖できるんだもの。感謝しないとね。」
「うう……。」
先ほどから解剖という言葉を繰り返しているが、悪気はないだろうことはわかる。基本的に彼女は子供だ。興味があるものを繰り返し言うのが、その証拠である。
それに、リアラがこの場にいなくても大丈夫のはずだ。ハロルドのことだ、死ぬようなことはするまい。
しかし、自分の体に何らかの器具を入れられるというのはなかなかに勇気がいることだ。たとえ自分を知るためでも、だ。
「研究室に到着ー。シン、あそこのケーブルつながったケースあるでしょ? あれの中にソーディアンの刀剣本体放り込んで。」
研究室の中は意外と広く、そして損傷もない。奇麗なものだ。どうやらここが本来の研究室なのだろう。
ベルクラント開発チームがすでに到着しており、どうやらは彼らが片付けたようだ。
「了解。スイッチは右下にある、この黄色いボタンか?」
「うん、それ。まずはそのケースの中でレンズエネルギー処理を行うの。その間に……ぎゅふふふふ。」
ハロルドは楽しそうだ。いい玩具が手に入り、これから存分に楽しめるのだから。
「……ああ……。」
一本一本丁寧にケースに入れ、蓋をしていく。ハロルドはそれを確認するとケース内部にエネルギーを注ぎ始めた。鉄琴を鳴らしたような音が響き、中の剣がエネルギーの海に飲み込まれていく。
「これで5時間放置。シン、こっちにきて。」
連れて行かれた場所は何やら医療器具がおかれている。ヘルメットのようなものや、核磁気共鳴によって輪切り撮影を行うMRIと思われる装置、ほかにもよくわからないものがたくさんある。
「いろいろ同時進行でやるから。MRIは少し調整があるから後回しにして、まずは簡単なソナーから。これなら麻酔も必要ないしね。シン、あんた素っ裸になりなさい。」
ハロルドには微塵も恥ずかしさが見られない。しかし、シンはそれなりにまともな思考回路の持ち主だ。彼は顔を赤くしながら応える。
「……恥ずかしいんだけど。」
「あたしの胸触ったあんたが言うことじゃないわねー。それに、これは研究のためなのよ。服着てたらソナー使えないじゃない。全身隈なく調べるんだから素っ裸になりなさい。」
これ以上口答えするとブロックワードを使われるばかりか、本当に「死刑執行」しかねない。シンはためらいつつも全て服を脱ぎ、用意された籠に着衣を入れた。その間にハロルドは白衣を身に纏う。
用意が整ったらしいハロルドが、シンの全身をじろじろと眺め、平然とした調子で言葉を放った。
「んん、あんたってほんとに色白いわね。顔だけかと思った。」
「い、いいから。さっさとすませてくれよ。恥ずかしいから。」
「んじゃ、そこのベッドに寝て。」
彼女が指差した先には、手術用のベッドがある。あの特徴的なライトが不安を増幅する。
「それじゃ、はじめましょうか。」
ハロルドはヘッドがやや大きい電動剃刀機のようなソナーをシンの腹に当て、モニターを見る。
「ふんふん……いたって普通の人体ね。特に変わったところはないわ。しいて言うならちょっと頑丈そうなつくりになってるってことくらいで。」
それはおそらくコーディネイターだからだろうが、それを言うとまたブロックワードを口にするかもしれないので、彼は黙っておいた。
しかし、彼女は恐ろしいことを口にした。
「まあ、それはあんたの遺伝子から見て、元の世界のあんたが遺伝子コントロールされて生まれてきた人間だからなんだろうけど。」
寝ている間に小さな注射器か何かで血を抜かれたか、髪の毛を抜き取られたらしい。油断も隙もない。

184: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/19 17:33:16
「次は胸、と。心臓や肺も頑丈にできてるわね。でも脳に向かう血圧の調整がされてる……脳細胞へのダメージを考慮されてるわね。この遺伝子改造技術、使ったことはともかくとして、よくできてるわ。」
まさしくコーディネイターは「設計」されて生まれてくる。人体をどこか強化すると、他の部分の強化も余儀なくされる。しかし、そのせいで本来の機能が失われることも少なくない。
全身のパワーバランスはそう簡単にとれるものではない。それこそ人間が人間として進化してきた、この数百万年の間に獲得してきたものである。それを人間がコントロールするというのは、多くの犠牲を払ったからこそなし得た事なのだ。
ジョージ・グレンは自分を作り出した技術を公表したが、彼が成功例だからこそ公表できたのだ。その間にどれだけの屍の山が築き上げられたことか、それを知るすべは最早存在しないのだが。
「ふんふん……中々興味深いわね。でも、神様があんたを作ったのって、どんな感じ?方法は聞いておきたいのよね。」
「確か、高密度のレンズを核にして、それから肉体が形成されていった、って感じだった。」
「ふーん、でもソナーで見る限りあんたの体内にはレンズはないわ。ソナーはこれでいいから……次はお腹をちょっとだけ開くか。」
「……ちょっとだけ?」
「うん、ちょっとだけ。切り込みいれて、そこから内視鏡みたいな細いケーブル入れるから。麻酔注射麻酔注射ー。」
恥ずかしいのをまだ我慢しなければならないらしい。しかし、寝ている間に済ませてもらえるならそれに越したことはない。
「はーい、用意できたわよー。しばらく意識が朦朧とするだろうけど、その間に簡単な触診ね。」
「触診……。」
全身麻酔の注射を受けながら、シンはげんなりした。この狂科学者には恥ずかしさというものがないのか、と。
「正直言うとあたしだって恥ずかしいわよー。でも興味の方が大きいのよねえ。」
足やら腕やらを触られているようだが、徐々に感覚がなくなっていく。ハロルドが自分の顔を触ったことまではわかったが、そこから後に何をされているかは全くわからなかった。

彼が目を覚ますと、いつの間にか全ての調査が終わっていたらしい。服も着せられている。どこか腹部に穴を開けると言っていたが、そんな痕はどこにもない。
どうやら研究室の仮眠ベッドに移されていたようだ。まだ重い体をゆっくりと起こす。
「うーん……。」
「おはよう、シン。別にあんたの体そのものは普通の人間とあんまり変わりなかったわ。ちょっと時間に余裕があったらいろいろ別のもの調査したけど。」
どの程度時間が経過したのかわからないが、研究員たちがケースからソーディアンを取り出しているところを見る限り、5時間が経過していることだろう。
「あんたの行動パターンや採血の結果から言うわね。あんたが持ってる属性は闇、火、地、風。そのうちの地と風はそれほど強くなくて、闇だけが極端に強いみたい。火も少し強めね。」
「……根暗な熱血漢だからな。」
「言い得て妙ねえ。とりあえず話を続けるわ。あんたの場合、主体となるこの二つの属性の対になる属性が欠けてるから、この性質を抑え切れてないのよ。」
シンには思い当たることがいくつもある。自分自身をコントロールできないことなど、決して少なくない。
「しかも、あんたのブレスレットは狂気をあんたに送り込んでる。闇と火は狂気に物凄く関わりのある属性だから、ますます増幅されちゃうのよね。」
「つまり、どうすればいい?」
「まず、あんたの主体属性を含む人間を近くに配置する。そうすればあんたの精神は安定する。でも、それだけだと増幅効果で暴走するから、主体属性の対になる属性を持つ人間も配置する必要があるわ。」
「最低二人は必要か……仲間がたくさんいてくれて助かる……。」
「何言ってんの。あたし一人で事足りるわよ。あたしは闇、光、水、火。要件全部満たしてるわ。」
シンは沈黙するしかなかった。言っている意味はわかる。間違ったことをハロルドが言うはずがない。しかし、である。
「ハロルドは……俺がいることで属性が暴走したりはしないのか……?」
「あたしは自分の属性を全て相殺しあっているから安定してる。だから問題ないわ。別にあんたが近くにいてあたしが暴走したりすることはないわよ。」

185: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/19 17:39:18
最初から暴走しているような気もするが、それを言うとエクセキューションどころかディバインセイバー、ソルブライトの連撃を受けることになるので、黙っておくことにした。
シンは君子ではないが、「君子危うきに近寄らず」である。
「それなら……いいんだが……。」
ハロルドは次が本題、と居住まいを正した。
「それからあんたのブレスレット、改造しといたわ。さっき言ったように狂気に関わりがあるのは闇と火だから、あたしが持ってる属性を封じた小型の高密度レンズで取り囲めば制御できるみたいよ。」
「それは助かる……。で、今どこに?」
「あんたの左手見てみなさい。」
シンの左手にはブレスレットはなかった。代わりに、手の甲の部分にブレスレットの結晶体がはめ込まれたガントレットが、左手に収まっている。
さらに、よく見てみると結晶体の周囲を等間隔で8つの小型高密度レンズが取り囲んでいる。これがハロルドの言っていた制御装置らしい。
「ありがとう、ハロルド。大事にするよ。」
シンは心からの笑みをハロルドに見せた。ハロルドも楽しそうだ。
「あとね、あんたの形態変更能力見てると、それぞれの属性に合わせて形態が存在してるでしょ。フォース形態は風、ソード形態は地。ブラストはいろいろ混在してるけど基本は火。そうよね。」
「ああ、そうだけど。」
「シンの暴走見てたけど、あんたはブラスト形態で闇の晶術使ってたの。どういう意味かわかる?」
晶術関連なら属性論でものを言うべきだろう。彼はそう思いながら未だ麻酔の効果が残る頭を捻る。
「……んー、火も闇も俺の中では強い属性だな。強い属性が体の中にたまっているから、それを体外に放出しようとした……?」
「当たり。あんたは優秀で話しやすいわあ。つまりそういうこと。あんたの中に闇の力が残されすぎてるってわけ。つまり、闇を強調した形態が存在するってことよ、あんたに。」
「闇の……形態。」
「そう。そして、それがあんたの持てる最強の形態。心当たり、ない? それ出せたら狂気はもっと収まるわよ。闇の力消費すれば増幅効果なくなるし。」
闇に関する、そして形態が自分の乗機に関連があることを考えてみた。一つだけ心当たりがある。
「デスティニー……デスティニー形態が俺にあるのか。」
「デスティニー?」
「俺の乗ってた機体の名前だよ。フォース、ソード、ブラストはインパルスっていう機体の装備の名前だ。けど、それぞれをインパルスの前につけることで一つの機体の名前として取り扱っていたんだ。」
「ふむふむ。」
「けど、インパルスは俺の反応速度に合わなくなっていった。そして、俺は新しい機体を与えられたんだ。ZGMF-X42Sデスティニーを。」
「つまり、あんたが使ってた機体に合わせた能力を、あんた自身が使ってたわけね。んで、残されてるのがそのデスティニー、と。」
「そういうことになるな。」
実際、10年後の自分である血飛沫の騎士はデスティニー形態を使っていたはずだ。巨大な片刃の剣、そして技の数々は彼の乗機のデスティニーに酷似していた。
あれを自分が再現する。今の自分にできるのかはわからないが、やるしかなさそうだ。
「ふーん、あんたの顔見てたらデスティニー形態とやらを使いたいみたいね。そんなあんたにこれあげる。」
ハロルドは長剣を一本取り出した。棒状の鍔が刀身に対して直角に伸びている。鞘を払うと、その刀身は黒い。黒い塗料で錆止めを施し、さらに硬質の高分子でコーティングしているらしい。
その上、よく見ると鍔や刃根元に高密度レンズの結晶がはめ込まれているらしい。何の目的でつけているのかわからないが、かなり強力な武器であることは間違いなさそうだ。しかし、それを無視すればオーソドックスなロングソードである。
「名前は決めてないわ。ただ、あんたの属性考えて闇の力を使えるようにしてあるの。ソーディアン開発の、まあ失敗作だけどあんたにはちょうどいいんじゃない?」
伝説の剣、ソーディアンより劣るとしても、ハロルドが作った武器だけに、かなりのものだろう。シンは刀身を眺めてみる。高分子の膜の上に、さらに何かがあるように見える。
「この剣……刃こぼれっていう概念がないんじゃないか? レンズのエネルギーで刀身をコーティングしてる感じがする。」

186: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/19 17:45:47
「そうよ。他のソーディアンもそういう加工がなされているわ。ただ、あんたのはコーティングしてるエネルギーには属性が付加されてないから。あんたにはその方がいいでしょ?この闇の力は晶術を増幅させるためのものだし。」
「それに、俺のデスティニー形態の起動条件になってくれるかもしれない。俺は何度かデスティニー形態をとろうとしたんだが、うまくいかなかった。けど、外と中から闇の力を呼応させればできるかも知れない。」
「ふーん、あんた、あたしが意図してたこと理解できたわけ? やるじゃないの。」
どうやらこれもハロルドが仕組んだことだったらしい。やれやれ、とシンは頭を掻いた。
「じゃあ、この剣の名前を決めるよ。……アロンダイトにする。俺の機体、デスティニーのメインの武器の名前だけど。」
「アロンダイトって確かアーサー王の話に出てくる円卓の騎士ランスロットの剣よね。でもランスロットは忠誠心のせいでアーサー裏切って、友人殺しちゃった上に主人も死なせた男よ。それでいいわけ?」
「ああ。俺はカイルたちを殺しかけた。エルレインに操られてね。だから、この名前は俺自身の決意なんだ。この剣を手にした以上は二度と仲間に剣を向けたくない、向けてはならない。そういう意味があるんだ。」
シンの紅の瞳は強い光が宿っていた。強い決意に満ちている。さすがのハロルドもこれには参ったらしい。
「わかったわよー。んじゃ後で銘彫っとくから。とりあえず実戦における実験に付き合ってくんない?ディムロスも誘わないとねー。」
ハロルドはソーディアン・ディムロスの試作品を取り出して超高密度レンズ、コアクリスタルをはめ込むと、シンを連れて地上軍拠点に戻った。

ラディスロウに到着するなり、ハロルドは自室で一人沈んでいたディムロスを連れ出した。
「んで、あの5人は軍辞めるって言って出てっちゃったわけ? シンをほっぽりだしてよくそんなこと……。まあいいわ。どーせあの子達はシンを放置するわけないし、そのうち戻ってくるでしょ。」
「しかし、ハロルド。彼らは……。」
「いいからいいから。とりあえず実戦データ録るからついてきて。いい場所があるのよ。」
ハロルドはディムロスを引っ張り、雪の中を歩いていく。そしてたどり着いたのは拠点から北西にある洞穴だった。
「ここはスパイラルケイブ! ハロルド、騙したな!?」
ディムロスの叫びから察するに、どうやらここにアトワイトが監禁されているようことを知っているようだった。
つまり、バルバトスからここに来るよう何らかのメッセージを受け取ったらしい。
「さあ、あたしはそんなこと知らないわ。でもいいデータ取れるんじゃない? 相手があれだし。」
ハロルドはこの近辺で監禁できる場所がどこにあるかを調査していたのかも知れない。
あるいは、どこかでディムロスが受け取った挑戦状の中身を盗み見たという可能性もある。どちらにしろ食えない科学者だ。
しかし、ディムロスはどこかハロルドに感謝しているような顔をしていた。
「俺は俺で自分の力を知らなきゃな。けど、アロンダイトがあれば負ける気はしない!」
シンはアロンダイトの収まった鞘を腰の後ろに回していた。左手で鞘を掴んで右手で抜き払えるようにしたらしい。
「うんうん、その意気よ。さあ、デスティニー形態とやらを見せてもらうわ。そしてあたしのデータを充実させるのよ!」
「ハロルドの目的に添えるかはわからないけど、ハロルドが満足できればそれでいい。」
彼は新たに設えられた左手のガントレットを握り締め、スパイラルケイブの奥へと歩を進めた。

「誰が来たかと思えばお前たちか。本来ならディムロスを殺すはずだったが……まあいい、お前たちだけでも俺を楽しませてくれ……。」
カイルたちはバルバトスの張った罠にかかっていた。闇の晶術結界に閉じ込められており、しかも、強烈な瘴気が漂っている。触れば大ダメージは必至だ。
さらに、この結界は徐々に縮んでいく。このままでは5人全員がまとめてあの世行きになってしまう。カイルは自分の判断ミスを呪った。
「俺が飛び出しさえしなければ……。」
護衛のゴーレムを撃破し、縛られていたアトワイトを発見したカイルはそのままアトワイトへと一直線に向かってしまった。その結果がこれである。
「全員まとめてあの世に送ってやる。その方が寂しくないだろう……?」

187: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/19 17:47:04
「そこまでだ、バルバトス!」
カイルはスパイラルケイブの入り口の方から来る声を聞き、振り向いた。そこにはシンがいる。だが、いつも見知った姿をしていない。
軍服の赤かった部分は黒くなり、襟や袖の折り返しの黒かった部分は濃藍色に変化している。
左手に装備したガントレットとブーツは血を吸ったように赤く染まり、背にはぼろぼろの真ん中で真っ二つに裂けたマントがある。
これがデスティニー形態である。多くの点で血飛沫の騎士によく似た姿になっているが、微妙に違う。黒い部分は「闇」を、赤い部分は「殺しの罪」を表している。ここまでは同じだ。
しかし、濃藍色は月夜の空の色であり、「闇の中の希望」を意味し、真っ二つに裂けたマントは「断ち切られた過去」を意味する。
シンなりの決意がそのまま姿へと昇華しているのだ。
手にした武器は片刃の大剣で、アロンダイトを核としてシンの力で作り上げられたものだ。見るからに大振りで、それでいてシンに似合う。
「バルバトス!覚悟しろ!」
破れたマントがはためきいて血のような光を放ち、翼を成してシンが突撃する。バルバトスはシンの剣を受け、弾こうとしたが、彼は着地して鍔迫り合いに持ち込んだ。
「貴様如きがここまでやるか。だが……ここまでだ!」
バルバトスの腕の筋肉が盛り上がり、力ずくでシンを弾き飛ばした。しかし。
「ぐっ……! ディムロスか!」
ディムロスの手にあるソーディアンが猛火を放つ。さすがのバルバトスもこれは効果があったらしい。蜂の大群に取り囲まれたように火を振り払う。
その間にハロルドが結界を解除していた。
「あんたらもなかなか無茶してくれたけど、でもあたしの計算通りに動いてくれたわね。偉い偉い。」
「結局僕たちはハロルドの掌の上で踊らされていたというわけか。」
「何過去形にしてんのよ。これからもあんたたちはあたしの掌の上よ。ぎゅふふふふ。」
「そんなことよりジューダス、ハロルド! ディムロスさんの援護をしよう!」
リアラ、ロニ、ナナリーはすでに攻撃態勢を整えている。シンもアロンダイトを構えてバルバトスの攻撃に備えている。
「人質とっといて、今更8人がかりが卑怯だとかいわねえよな、バルバトス!」
「ふん、今日のところは引き下がってやる。また会おう。くっくっくっくっくっ……。」
バルバトスは闇を生み出しながらその場から消え去った。
「アトワイト!」
ディムロスは急ぎ縄で縛られたアトワイトの元に駆け寄り、彼女の縛めを解く。どこも怪我はないらしい。しかし、アトワイトはディムロスが目の前にいることを確認すると、彼の頬に平手打ちを叩き込んだ。
「あなたは地上軍中将という身でありながら、たかが衛生兵隊長である私を、それも私を一人の女として救出にきた。これは許されるべきことではありません! あなたは軍人としての道を踏み外すおつもりですか!?」
ディムロスはアトワイトにこのようなことを言われることを覚悟していたらしい。だが、それに続くアトワイトの言葉は、まさに自分が言った「一人の女」としてのものだった。
「ですが、私はそんなあなたをお慕いしています、ディムロス……。」
バルバトスによる歴史改変は、一応は防げた。他ならぬディムロスの手によって。
実のところ、可能な限り未来の人間が行うべきではないのだ。このようにして、その時代の人間が修正すべき部分もある。
それが及ばないときにそっと手助けをする。今回カイルとシンが行ったようなものが、まさにそれだ。
「よかった、ほんとに。」
カイルにとっては歴史の改変以前に、ディムロスが大事な人が失われるという事態を回避できたことを喜んでいるらしい。その純粋さも、今回はプラスに働いたといえよう。
しかし、シンはその中で浮かない顔をしていた。
「空耳か……?」
デスティニー形態をとっている間、ずっと何かが聞こえていた。人の声のようなものがだ。空耳だと思いたい。だが、どこかでそれを否定する。聞こえていたものがいったい何なのか、今の彼にはわからなかった。

188: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/19 17:48:58
TIPS
 称号
  吸血鬼男
   赤い目、白い肌、黒い服、赤いマント。
   デスティニー形態をとったシンはまるで吸血鬼のよう。
   空も飛べるし……。
   命中+1.0 回避+0.5 SP回復+1.0

189: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/19 17:52:11
ここまでです。
服装の変化といい、アロンダイトといい、RPGのキャラクター化が激しい……。
アロンダイトもこのゲームにあるから出したくないと言いつつ出すとは……。
さあ罵るがいい……(';ω;`)

190:通常の名無しさんの3倍
07/10/19 19:26:12
まだラクシズ虐殺はしないの?

191:通常の名無しさんの3倍
07/10/19 19:35:31
ほう、ならば言ってやろう!

GJ!!と!!
真っ黒いアロンダイトか…やば、めちゃかっこよさそうなんですけど。
デスティニー形態の時の声って何なんでしょうか?気になるなぁ。

ナムコさん、TOD2をこのシンが出てくれるように改良してくれ…そしたら俺絶対買うから…。
(すでにPS2版もPSP版も腐るほどプレイしたけどな)
TODのディレクターズカット出すくらいならこのTOD2出してくれ~俺マジで買うから!!

192:通常の名無しさんの3倍
07/10/19 20:09:57
GJ

運命形態の固定装備も若干ながら気になるねぇ
とりあえず高エネルギー長射程収束ビーム砲の名前を決めないとね♪

193:通常の名無しさんの3倍
07/10/19 20:16:21
じゃあ、ドラゴンキャノン

194:通常の名無しさんの3倍
07/10/19 20:58:36
GJ

「俺はこのデスティニーで運命を薙ぎ払う!」
ってか。意味重複してるが。

195:通常の名無しさんの3倍
07/10/19 20:58:46
>>189
あんたが0083だったんだ、しらんかったよ

196:通常の名無しさんの3倍
07/10/19 21:13:39
つっこんでもいいですか?

アーサー王伝説がTODの世界にあるわけないだろ

197: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/19 21:21:06
うう、抑えられん。俺のバカ……。

どもです。

過去のことはですね。あの時精神状態おかしかったですから。今はそれなりに安定してますけど。
いつかは剥がれる仮面でしたから。早いうちに脱いでおきました。そのせいでご迷惑がかかっているのなら、申し訳ない。

それからアーサー王ですけど。何らかの有名な書籍か何かで存在している、ということにしていただきたい。
何しろ、あの世界にはアロンダイトやエクスカリバー、それ以外にもアーサー王伝説に因んだ武器が登場します。
しかも、それらのアイテムの説明が伝説のストーリーになぞらえたものになっていますし。
というわけでそういうことにしておいてください。

198:通常の名無しさんの3倍
07/10/19 21:52:49
GJ
次回もよろしく。

199:通常の名無しさんの3倍
07/10/19 21:54:19
>>118

まぁ、なんだ、そういう事だ
あまり気に病むな

200:通常の名無しさんの3倍
07/10/19 22:47:56
SS職人がコテ・トリを付けたまま雑談するスレ
スレリンク(shar板)

201:通常の名無しさんの3倍
07/10/19 23:25:53
他のRPGでもエクスカリバーとか平気で出てくるしなあ

202:通常の名無しさんの3倍
07/10/19 23:55:30
エクスカリパーとかな

203:通常の名無しさんの3倍
07/10/20 00:21:39
しかしこのシンは無量大数の敵を前にして「時空間ごとブッ叩斬ってやるッ!」とか言いそうである

204:通常の名無しさんの3倍
07/10/20 07:02:13
デッテニーと言えば
アロンダイトと大型ビーム砲にフラッシュエッジにパルマ
これらをどう料理するのか楽しみだぜ

205:通常の名無しさんの3倍
07/10/20 10:56:39
デッテニーてなんだ?

206:通常の名無しさんの3倍
07/10/20 13:17:10
ちょっと頭が堅いようだぜ

207:通常の名無しさんの3倍
07/10/20 18:48:15
>それからアーサー王ですけど。何らかの有名な書籍か何かで存在している、ということにしていただきたい。
まあアーサー王のエピソードの大半がTODの世界観と合わないから全くの創作物になるな
セインガルドあたりだと焚書にされそうだ

208:通常の名無しさんの3倍
07/10/21 11:13:12
保守

209: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/21 23:36:10
一応、天地戦争時代ですからね。
セインガルドとか、その辺の国家が出来上がる前に存在していた、ということならそれなりに辻褄は合う……と思いたい。
さて、投下いたします。

210: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/21 23:39:55
29 天地戦争決戦前夜

「俺が嗾けたとはいえ、随分無茶をするな、カイルは。」
スパイラルケイブから地上軍拠点に戻る道すがら、シンはカイルにそう言った。少々心配してはいたのだ。バルバトスの罠にかからないかと。
「あー、うん、俺も無茶したと思ってる。ごめん、シン。」
「無事ならそれでいいんだけどさ。カイルの暴走は他人気遣ってることが多いからだろうけど、止められないんだよなあ。」
「うー、悪かったって!」
「そう口を尖らせるなよ。」
シンは苦笑し、赤い軍服の裾を翻した。デスティニー形態をとると黒く変色していたが、解除すると元の色に戻った。同時にマントも消えている。あれは一時的なものらしい。
「でも、あのときのシンはかっこよかったよなあ。吸血鬼みたいで!」
全く褒められている気がしない。シンは形の整った左の犬歯を見せながら、カイルにはっきり聞こえるよう呟いた。
「……首筋噛もうか?」
「なにぃ? シン、俺の大事なカイルに噛み付くのか!?」
「シンが本気でそんなこというわけないだろ、自分の思考回路でものを言ってんじゃないよ! それにあんたはカイルに対して過保護すぎるんだよ!」
相変わらずのロニとナナリーの遣り取りに、シンは目元に笑みを浮かべた。
「しかし、この後ディムロスは何らかの責を負うことになるだろうな。軍の責任はそう軽くない。」
ディムロスとアトワイトは一足先に拠点に戻っていた。残された7人はお互いの経過の報告などをしていたため、少々ディムロスたちより遅れていた。
「リトラー総司令が手加減してくれるといいんだがな。」
「できないこともないが、彼には彼の責任がある。地上軍だけではない、地上人全体のことを考える必要がある。それくらい彼の責は重い。簡単なことではないだろう。」
「むう……まあ、俺はいつだったか軍法会議もののこと仕出かしたけど、あのときは代えの利かないパイロットってことで何にもなかったみたいだけど。同じようにはいかないだろうな。」
「しかし、ディムロスが代えの利かない人員であることは確かだ。そのあたり、どうやって調整するかが問題だな。」
万が一ディムロスが最終決戦に出られなければ、歴史が変わってしまう。必要とあらばリトラーにそれを伝える必要もある。
そんなことはできればしたくないが、せざるを得ないというのが現状である。
「ま、なんとかなるでしょ。とにかく拠点に戻りましょ。」
冷たい空気が7人の体を凍えさせる。拠点に戻れば暖房が待っていると思いながら、一行は拠点へと急いだ。

拠点に戻ると、7人全員がラディスロウに呼び出された。軍法会議にかけられる、というところだろう。
自分達の処分はともかく、ディムロスのことが気がかりだ。
「ハロルド・ベルセリオス大佐以下、出頭命令に応じ参上しました。」
ハロルドは指令室に入るなり背筋を伸ばし、そう言った。シンもそれにあわせてザフト式の敬礼をする。
「これで揃ったな。では、ベルセリオス大佐以下は奥に。これからディムロス中将の行動についての軍法会議を行う。」
シンとジューダス以外はいつもどおりの歩き方だが、この二人だけは軍法会議の重みを理解しているらしく、背筋を伸ばしてやや固めの歩き方で司令室の奥へと進んだ。
「では、ディムロス・ティンバー中将。中将の報告によれば、ソーディアンの実験中、ハロルド・ベルセリオス大佐の命に背き……。」
シンの眉が跳ね上がる。そんなことは全く起きていない・むしろハロルドが無理に引っ張っていったはずだ。
「さらにベルセリオス大佐の部下であるシン・アスカ曹長の制止を振り切り、アトワイト・エックス大佐の救出に向った。間違いないか?」
事実とは全く異なる報告だ。シンは止めたりしていない。カイルたちを嗾け、その上にカイルたちを助けるとき、真っ先にバルバトスに飛びかかっていたのはシン自身だ。だというのに。
「ベルセリオス大佐。事実に相違ないか?」
「相違ありません。」
ハロルドも平然とそう応えた。これでは事実とは異なる報告をしていることになる。いくら自分達を庇うためとはいえ、これでは軍の規律もあったものではないのではないか、とシンは思った。

211: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/21 23:41:05
とはいえ、軍の規律をねじ曲げて生き延びた自分が言うことではないが、とは心の中で付け足したが。
「待ってください、ディムロスさん! リトラーさん、あれは俺たちが……。」
やはりこの状況はカイルには納得できなかったらしい。しかし、ディムロスはそのカイルを制止する。
「いいんだ、カイル君。司令、お聞きの通りです。今回のことに関する責任は全て私にあります。」
「わかった。では、ディムロス中将。判決を下す。」
リトラーは少しだけ目元に笑みを浮かべ、言った。
「ディムロス中将にはダイクロフト突入作戦の前線指揮官の任を与え、これを持って処罰とする。前線指揮官は最も死亡する確率が戦い役職だ。処罰としては適当だろう?」
あまりにも意外な回答だった。ディムロスは明らかに予想外だと言わんばかりに、そして処罰になっていないと主張する。
「司令! 私は以前からその任務に……!」
しかし、それ聞いたクレメンテが楽しそうに口を開いた。
「ほほう、わしがいない間にそういうことになっとったのか。わしが天上軍に捕まるまではわしがその任に就くことになっとったはずじゃぞ。」
「それは! 万が一のことを考えて私とカーレルで決めたことで……!」
そのカーレルも穏やかそうな瞳でディムロスを見遣り、言葉を紡ぐ。
「それはそうですが、あれは口約束ですし。正式な軍の決定というわけでもありませんでしたから。」
「カーレル、お前まで!」
「そこまでだ、ディムロス中将。」
演壇の上からリトラーが声をかけた。
「君の気持ちはわかる。だが、君を失いたくないという者たちの気持ちも察してやれ。」
ディムロスは周囲を見た。リトラー、カーレル、クレメンテは勿論のこと、シャルティエ、イクティノス、ハロルド、カイルたち6人、そしてアトワイト。
皆、自分を慕うような、そして無事であってよかったと言いたげな視線を向けている。彼は一度俯き、そして、強い意志をその目に宿して口を開く。
「了解しました、司令。ダイクロフト突入作戦前線指揮官の命、承りました!」
リトラーは微笑み、そして会議の終了を告げた。
「これで軍法会議を終わる。なお、明日のヒトサンマルマルをもってダイクロフト突入作戦を開始する。それまで各自休息、及び準備を整えること。解散!」
少しほっとした気分でシンたちはラディスロウの外に出ようとした。出口に立つと、演壇の上からリトラーが一行に声をかける。
「ああ、君たち。ディムロスの友人として礼を言う。ありがとう。」
「いえ、俺たちは何にもできませんでしたから。」
「できたことは大きくありません。我々に出来ることを尽くしただけであります!」
「そうか。すまなかった。」
リトラーは7人に微笑みかけ、彼らは一礼してから外に出た。
「あのリトラーって人もなかなか粋なことをするねえ。」
「とりあえず歴史通りに動いてる。後はダイクロフトに突入して、バルバトスのろくでもない動きを抑えるだけか。」
「そういうことだ、ロニ。しかし、問題はそこだ。バルバトスのあの力は簡単に片付くようなものではない。それに、やつがどこにいるのか、それすら僕たちにはわからないんだ。」
「ジューダス、そう深刻になってもどうにもならないって。俺たちには心強い仲間がこんなにいる。ロニやジューダス、ナナリー、リアラ、ハロルド、それにシンも。」
「私も、がんばれるだけがんばる。私に出来ることなら何でもするわ。」
「まあ、俺も皆の英雄、ということに対する義務は果たすつもりでいる。大丈夫、守れるさ。」
「相変わらずあんたは守ることに必死ねえ。まあ、いいわ。とりあえずあんたたちに見せたいものがあるの。あんたたちも見たいでしょ? ソーディアン完成の瞬間。」
歴史書に有名なソーディアン。その完成の瞬間を目撃できるのなら命すら投げ出す、という歴史家も少なくはあるまい。
それを見られるのだ。歴史修正の旅と戦いを続ける6人の役得のようなものだろう。

212: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/21 23:42:20
7人はソーディアンチームとともに物資保管所までやってきた。そして、シンがソーディアンを入れたあのケースがある研究室へと足を踏み入れる。
「はいはーい、そんじゃソーディアンチームの皆はこっちのケースの前に来て。それから、ヘルメット被ってね。」
ハロルドは計器の調整を行いながらディムロスたちに言う。
「それからカイルたちはそこでおとなしく見てなさい。いいわね?」
6人はハロルドが言った規定の場所に留まり、ソーディアンチームやまたケースの中に入れられたソーディアンを見ることにした。
「じゃあいくわよー。」
ハロルドは大仰なレバーを手前に倒し、スイッチを入れた。同時にヘルメットを被ったソーディアンチーム、そしてソーディアンが光に包まれた。
「う……眩しすぎる……。」
特にシンは目の色素が極端に少ないせいで前が全く見えない。目を閉じていても、色の薄い肌と同じ色の瞼ではそのまま突き抜けてくる。
手で顔を覆うしかなかった。
「はーい、オッケー。これでソーディアンは完成よ。」
鍔が赤く、厚みのある長剣がソーディアン・ディムロス。
細く、やや青味がかった曲刀のソーディアン・アトワイト。
ナックルガードが逆転し、横からの攻撃のみを想定して作られた片刃の剣、ソーディアン・シャルティエ。
すらりとした、刺突に適した形状の直剣、ソーディアン・イクティノス。
ソーディアン・ディムロス同様の厚みと雷のような模様の入った刀身を持つ、ソーディアン・クレメンテ。
そして、シンの持つアロンダイトによく似た刀身の色と、峰の反り返った爪のような意匠、そして蝙蝠の翼を思わせる鍔を持つ、ソーディアン・ベルセリオス。
いずれも人格の宿る、これを勝るものはないと言われる晶術剣の完成である。人格が宿っているとされるコアクリスタルからは脈動するような光が漏れている。
まさに生きた剣だ。人格が投影された本人が手にすれば体の一部として使用できる。
違う人間であっても晶術の素質がある者ならば、そしてソーディアンと心を通わせることが出来るのならば、通常の剣士とは比べ物にならないほどの反応速度を手にすることが出来る。ソーディアンが逐一情報を伝えてくれるからだ。
そんなソーディアンマスターが身近にいるからこそわかる。あの剣は並みの剣ではない。それはソーディアンのオリジナルとなるディムロスたちも感じているらしい。
「これは本当に剣なのか?持っている感覚さえ、全くない。」
「こりゃ楽だわい、ほいほいほいっと。」
「この剣があれば、僕も戦えます!」
驚いたような顔のディムロス、ソーディアンをその場で軽々と振り回すクレメンテ老、そしてしっかりと剣を握り締めるシャルティエ。彼らの反応は剣の性能をそのまま示していた。
「ハロルド、この剣には特別な力があると聞きますが?」
「うん、兄貴、ちょい貸して。」
イクティノスの質問に応えるべく、彼女はカーレルからソーディアン・ベルセリオスを受け取った。
「はあっ!」
ハロルドが放った裂帛とともに闇が生み出され、近くにあった空のコンテナを圧縮粉砕した。
「あ、やりすぎちゃった。……まあ、こんな風に晶術が使えるの。レンズのエネルギーを使った魔法みたいなものね。6人もいればお互いの属性の相性カバーしあえるし。」
「我が妹ながら……恐ろしいものだな。」
「今更何言ってるのよ。さて、シンにはもうちょっと手伝ってもらうわよ。あんたはソーディアンなしでも晶術使えるし、必要になったら機械の調整もしてもらいたいし。カイルたちはリトラー司令に伝えてきて。」
またカイルたちと別行動だ。ここ最近多くて困るが、シンはハロルドの助手としての仕事がある。申し訳なさそうにカイルに言う。
「すまんな。カイル、頼む。」
「ううん、シンにはシンの仕事がある。シンにしか出来ないことだから。それに、ハロルドも実験素材以上に気に入ってるみたいだし。」
「……はい?」
「それじゃあ、皆、拠点に戻ろう。」
カイルは意味深なことを言い残して拠点へと戻っていった。

213: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/21 23:43:25
「カイル……何を言ってるんだ?」
しかし、シンが今できることは何もない。手持ち無沙汰そうにソーディアンチームを様子を見てみる。
「このソーディアンには回復する力があるのですね、ハロルド?」
「うん、何ならそこのシンに実験台になってもらう?」
いきなり名指しで言われ、シンはびくりと硬直する。
「お、俺?」
「そーよ。あんたを残しておいたのは、こういうときのためでもあるのよねー。」
彼は深々と溜息を吐き、すらりとアロンダイトを抜いた。
「これでいい?」
シンは軽く自分の右頬を斬りつけた。周囲から息を呑むような声がする。
「あ……シン君、だったわね。大丈夫、なの?」
さすがのアトワイトも目を丸くしている。当然だろう。ハロルドに言われたとはいえ、躊躇いもなく自分を傷つけられるのだから。
「命に別状はないですし、傷跡が残るようなものでもないです。さあ、どうぞ。」
彼は軽く刀身を覆うレンズエネルギーの被膜についた血を布で拭い、鞘に収めた。
「あ、ありがとう。……ファーストエイド!」
応急処置の名を持つ回復晶術が、シンの頬につけられた傷を消し去る。彼は何事もなかったように傷があった場所を右手で触った。
「傷がなくなってます。ありがとうございました。」
シンはすっかり自分がハロルドに調教されているのを感じていた。実験のためだの何だのと振り回されているうちに、大抵のことはこなせるようになった。それも、苦痛だとは思えなかった。
おそらくは、エルレインに見せられた夢の世界での絶望の反動であろう。あれ以上の苦痛ではないのだから。
その上、最近はこのハロルドの手伝いが楽しくなってきた。あれこれ言われる内容はハードだが、ハロルドの奇妙な行動や、その裏側にあるものが垣間見られる気がするからだ。
中身は子供だが、その内面にある人間の部分を探し、それが新鮮に感じる。自他共に認める大天才科学者であっても、やはり人間である。
しかし。
「ハロルドに付き合わされて……大丈夫?」
「慣れました。付き合ってて結構楽しいですよ。」
笑顔で応えたシンの顔を見て、アトワイトは少々溜息を吐いたらしい。「ハロルドに毒されたか」とでも顔に書いているようだった。
そんな様子を見たシンは苦笑する。無理もない。自分でも異常だとは思っている。
アトワイトと入れ替わるように、カーレルが近づく。
「やあ、シン君。怪我はもう大丈夫かい?」
「はい、もう治りました。アトワイト大佐の晶術は抜群に効きます。」
「そうか……妹のこと、すまないな。いつものことだが。」
「いえ、私もそれなりに楽しめておりますから。問題ありません。」
シンは背筋を伸ばして応える。あくまでもカーレルは自分より階級が上なのだ。これが軍の応対というものである。
「なら、改めて頼める。君にはハロルドのことを守ってやってほしい。」
「それならば、前と同じように……。」
「以前よりも増して、頼みたい。」
「は……それはまた、何故ですか?」
「妹には君が必要らしい。君は気付かなかったか?君を見る目が普通じゃない。あれは実験素材として見ていなかった。そう、まるで私には……。」

214: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/21 23:44:29
そこから先に何を言おうとしているのかが、シンには何となくわかった。
確かに自分を全裸にして、それを楽しんでいた節がある。嫌いな相手の裸など、見ても楽しくはあるまい。
それに、「あんたの制御はあたし一人いれば事足りる」とも言っていた。その裏側にあるものが「それ」だということも、想定の一つとしては頭にある。
ハロルドも人間である。そんな感情を誰かに抱いてもおかしくはない。しかし、それをパーフェクトに想像することはできなかった。
「兄である私が言うのも問題があるのだが……。あれで本音を口に出したがらない。それに……。」
「私は、ハロルドのことは気に入ってますし、一緒にいて楽しいですし。守りますよ、私が。何があっても。」
それは本音である。別に嫌いではない。しかし、それだけだ。これ以上の感情は持っていない。自分は所詮コピーであり、この時代の人間でもない。その範囲内で出来ることをする。
カーレルは不安そうな瞳をシンに向け、口を開く。
「すまない。せめて、私がハロルドの側にいられないときだけは守ってやってほしい。それだけだ。」
守るという言葉に、極端に弱いシンだ。彼は敬礼し、返答した。
「はい、了解しました。私が守ります。」
何か、嫌な予感がしたが、シンはそれを気のせいだと思うことにした。
「このソーディアンの名はベルセリオス……私と妹は常に一緒にいる。そして君のアロンダイトはこのソーディアン・ベルセリオスのプロトタイプでね。」
「えっ?」
今彼の腰の後ろにある剣、アロンダイトがソーディアン・ベルセリオスのプロトタイプとは初耳だ。彼女は失敗作だと言っていたが、それをシン用にカスタマイズしたらしい。
「それだけ君を気に入ったということだ。だからこそ、君に頼んだんだ。」
カーレルは優しい笑顔をシンに向けた。彼もまた、カーレルに笑みを返す。そして、シンは「Alondite」と柄に刻まれた剣を無意識の内に撫でていた。
まずはハロルドに言うべきことがある。彼はハロルドに話しかけた。彼女はソーディアンチームにソーディアンの晶術の使い方をレクチャーしていた。
「ハロルド、気になることがあるんだけど。」
「何? 今見ての通り晶術の使い方教えてるところなんだけど。」
「重要な話なんだ。地上軍の勝敗に関わるものなんだが。」
シンの表情は深刻そのものだ。ハロルドは彼が冗談でそんなことを言うとは思っていない。完全に教え込んだカーレルに他のメンバーの指導を頼み、彼女は少し離れたところで話をする。
「んで、何?」
「ラディスロウは元々浮遊戦艦ではなく、輸送艦なんだよな? 武装もほとんどない。」
「そうよ。それがどうかしたの?」
「ベルクラントの直撃を受けたらまずいんじゃないのか?」
「大丈夫よ、コーティングしてるし。」
ハロルドが持っている技術は凄まじい。しかし、ベルクラントの破壊力を考えるとそれだけでも不十分なのだ。
「コーティングというと、アロンダイトやソーディアンに使われるあれだよな。けど、俺は不安が残ってる。俺は改変世界の映像試料を見てきた。ラディスロウが吹っ飛ばされてる映像を。それに、あの世界でラディスロウの残骸も見てきた。」
これが一番懸念すべき課題である。実際に撃砕されている様子を見ると、いくら歴史の改変を防ごうにも、そこまで乗り付けるラディスロウが破壊されては台無しである。
「すると何?あたしの作ったコーティングシステムが破られるってこと?」
「いくらコーティングしててもベルクラントの直撃、それも一点集中型の収束エネルギー砲を食らったらどうなる? 俺が見てきたラディスロウの破片は、収束エネルギー砲で切断された感じだった。」
ハロルドは軽く髪の毛を掴み、ぼやく。そこまで防げる機構はないらしい。
「ふんふん、確かに収束砲食らったら防ぎきれないわね。どうにか回避するしかないんじゃない?」
「あんなエネルギー砲をラディスロウの巨体がかわしきれると思うのか? でかいものは遅いんだ。たとえ速く動けても的が大きいんじゃ意味がない。」
その言いようは、ある程度の解決策がある、という意味を含んでいた。彼女はそれを考えながら、シンに言う。
「……あんた、何かアイディアもってるわけ?」
「ああ。俺が元の世界にいたとき、大型機械に乗り込んで戦争やってたって話はしたよな。そのときに使ってた兵器にアンチビーム爆雷っていうのがある。」

215: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/21 23:46:13
「ふんふん。」
「あれは金属粒子使って高熱のビームのエネルギーを拡散させるシステムなんだ。あれを応用……。」
ハロルドはシンが言い終わらないうちに彼の袖を掴んでいた。
「あんた、いいこと言ってくれるじゃない! 確かに収束エネルギーを考慮する必要はあったわ。でも、あんたの言った方法なら何とか残るエネルギーをコーティングで防げるわ! ぎゅふ、ぎゅふふふふふ。」
楽しそうに彼女は言い、必要な材料を調達すると、その場で組み立て始めた。
「何を作ってるんだ?」
「霧の発生装置よ。ベルクラントは衝撃と熱量で地殻を粉砕するんだけど、衝撃の方はどうにかなるとして、問題は熱だったの。でも、霧を発生させればそれに当たって拡散するはずよ。」
「けど、そんなもので防げるのか?」
「霧と言っても晶術制御で比熱を極端に増やしてあるのよ。それに、粒子を固定させることで一種の対衝撃バリアとしても使用可能よ。そもそも霧は細かい水滴の集まりだから体積に対する表面積が大きいし、熱の吸収にはぴったりなのよね。」
言っている意味はわかる。動かないようにした霧の粒子を使い、水分を無理矢理蒸発させることで熱エネルギーを様々な方向へと拡散させるシステムだ。
これならば収束エネルギーは分散し、ラディスロウ自体が受けるダメージは低下するはずである。
そんなものを簡単な材料だけで作れるハロルドが恐ろしい。
「必要なエネルギーはコアクリスタルの失敗作1つほどあれば問題ないし、防ぐための物質は周囲にいくらでもあるし。あんたに言われるまで気付かなかったあたしがバカだったわ。」
さらに彼女はラディスロウの各所に設置するための、粒子固定システムを複数個作り上げ、本体ともどもシンに手渡した。
「あんたに渡しとくから、設置してきなさいな。あたしはレクチャー続けなきゃいけないし。作業終わったら一度戻ってきて。」
彼はザックを渡され、それにシステム一式を詰め込んで背負う。
「わかった、行ってくる。」
既に外は夜の帳が下りている。地上軍拠点はこのまま真っ直ぐ西のはずだが、光を放つようなものは置いていない。そんなものを配置すると真っ先にベルクラントで狙い撃ちにされるからだ。
メイガスやアヴェンジャーに攻撃されないためにも、血のような光を放つデスティニー形態はやめた方が良さそうだ。シンはフォース形態をとり、ふわりと宙を舞う。
「うう、寒い……。」
その上装置自体はそれほど重くないが、嵩張るために空気抵抗が発生し、飛行進路が定まらずふらふらする。そんな状態で、メイガスに遭遇してしまった。
「しまった!」
逃げても無駄だ。どこまでも追跡し、そして攻撃してくる。立ち向かうほかない。彼は右手にアロンダイト、左手にサーベルを持ち、メイガスに挑む。
「このっ!」
メイガスの手にある剣が右手の一撃を受けた。しかし、メイガスの様子がおかしい。こんな攻撃如きでやや仰け反ったらしい。
「……?」
疑問に思いはしたが、攻撃の手は緩めない。地竜閃と地竜乱斬を使い、一気に攻撃を仕掛けた。メイガスは瞬時に解体され、レンズを残して砕け散った。
「アロンダイトの力のお陰、なのか?」
サーベルとアロンダイトでは破壊力が天と地ほども差がある。むしろ今までサーベルで戦えたのが不思議なほどだ。
「ソーディアンに近い破壊力、ということか。」
心強い剣が手に入った。それ以上に最強の形態も手にした。ハロルドを守ってほしいというカーレルの願いも、これなら何とかなりそうだ、とシンは思った。

地上軍拠点のラディスロウに帰還すると、彼は早速リトラーに許可を得てから取り付け作業にかかった。フォース形態を用いてふわりと浮き、ハロルドが指定した場所に装置を取り付けていく。
それほど難しい作業ではなかった。20分ほどで終わらせ、リトラーに報告すると、シンはカイルたちに顔を見せに行った。
「やあ、皆。くつろいでるか?」
「お、シン。戻ってきたのか。」
ロニがシンに笑顔を見せながら歩み寄るが、シンは苦笑しながら言う。
「いや、ちょっと用事があって戻って来たんだ。すぐに戻らなきゃいけないんだけど。」

216: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/21 23:47:31
「それより、シン、大変なんだ。カーレルさんが……。」
カイルは言う。この最終決戦でカーレルが死ぬということを。それが歴史上決まった流れなのだと。そうジューダスが言ったらしい。
「どうすればいいと思う?」
シン自身もショックを受けていた。だが、彼が出した結論はジューダスと同じものだった。
「……放置するしかない。俺たちは歴史を修正するために来たんだ。その俺たちがねじ曲げることは出来ない。」
「けど!」
シンはカーレルの様子を思い返しながら言葉を紡ぐ。
「いいか! 今度のことは俺が歴史を変えたときとは違う! 今回それをやれば、歴史が変わってしまう。死ぬはずの人間が生き延びたら、歴史は大きく歪む。カイルや俺たちの忌避するエルレインがするのと同じことをすることになってしまうんだ。」
彼は思う。あの嫌な予感が当たってしまった。カーレルは最初から死ぬつもりだ。そして、彼は自分に妹を託すつもりなのだ。
「自分がそばにいられないときだけ守ってくれ」とカーレルは言った。しかし、それはこうも取れる。「自分はこれから死ぬだろう。だから可能な限り一緒にいてくれ」と。
これは遺言そのものだ。シンは決意を固めていた。何が何でもカイルたちは勿論、ハロルドを守りきると。
「だって!」
それでも諦めきれないカイルの左頬に、シンは鉄拳を炸裂させていた。
「いい加減にしてくれ! カーレルさんだって、それなりに覚悟はしてたよ。自分が死ぬんじゃないかって。覚悟が出来てる人の邪魔をする上に、歴史を改竄だと!? エルレイン以下だぞ、それは!」
カイルは沈黙した。理屈はそうだ。だが、感情がそれを拒否している。
「わかってくれ、俺たちはカーレルさんの死を望んでるわけじゃない。ここにいる、誰一人として。けど、俺たちのやるべきことは果たさなきゃ。頼む、わかってくれ。」
シンにはそれしか言えなかった。そして、これをハロルドには隠しておかなくてはならない。守るべき相手を騙す。これほど辛いものはない。
しかし、彼には自分のやるべきことがある。何をおいてもだ。その板ばさみになり、シンの苦悩は募っていた。

217: ◆dCLBhY7WZQ
07/10/21 23:49:11
ここまでです。
次はバルバトス第二戦目。この戦いから「術に頼るか雑魚どもが!」が実装されます。
あの面倒な戦いをどう再現するかが問題ですが、色々考えてみます。

218:通常の名無しさんの3倍
07/10/22 00:12:38
>>217GJ!
まさかリアルタイムで見れるとは思わなんだ。

219:通常の名無しさんの3倍
07/10/22 02:11:35
GJ
やっとバルバトス二戦目か
楽しみだな

220:通常の名無しさんの3倍
07/10/22 03:33:20
なんかカイルがキラに見えたな
けど!だって!しか言わなくて

221:通常の名無しさんの3倍
07/10/23 17:21:13
保守


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