06/12/12 14:23:37
ネタのサルベージ
729 名前: 通常の名無しさんの3倍 2005/11/09(水) 19:39:06 ID:???
「まったく、なんでユウナ・ロマ・セイランなんてのが前線くんだりまで
出てきたんだ」
航行に出てから慣習になってしまった愚痴をぶつぶつとこぼしながら、
ヤンはユリアンの淹れた紅茶を口元へ運んだ。軍務中ではブランデーを
一杯、というわけにはいかない。
「提督はいつもおっしゃってるじゃありませんか。兵士に戦争をさせながら
安全なところに隠れている政治屋はろくなもんじゃないって。元首代行は
提督のその言葉をどこかで聞き及んで、命を張って前線指揮を取る気に
なったというお話ですよ」
「戦争をやりたがる政治家なんてのがそもそもろくなもんじゃないんだ」
「でも提督も今回の出戦に賛成だったでしょう」
「政治家が付いてくると知ったら賛成しなかったよ。まったく、せっかく政権が
変わったというのに、どうしてフリーハンドでやらせてくれないんだ!」
「きっと、日頃の言動への天罰ですね」
「天罰だって? ユリアン、天罰とか天命とか言い訳をつけて、自分の頭で
考えることをやめてしまうような子におまえを育てた覚えはないぞ。なんて
嘆かわしい」
ヤンは精一杯いかつい説教を装ったが、苦し紛れなのは明白だった。
ユリアンはとりあわず、紅茶の二杯目はどうですかと訊ねた。ヤンは黙って
頷いた。
730 名前: 通常の名無しさんの3倍 2005/11/09(水) 19:42:12 ID:???
ユウナ・ロマ・セイランという男は、清廉な政治家というわけではないし、
あまり有能でもない。肝が据わっているわけですらなかった。さらに悪い
ことは、私人としてはそれほど悪人でもないのである。彼が自分を支持
してくれる数少ない政治家である以上、無碍に扱って気分を損ねることも
できない。目をきらきらと光らせて毎日のように『画期的な作戦』を提案
してくる無邪気な代行閣下を、作戦宙域までに穏便に黙らせることが
ヤンの目下の重要課題になっていた。
とりあえずパトリチェフに任せようか、と不埒なことを呟いたのが、ユリアン
の耳に届いてしまった。
ところが、この巨漢の副参謀長が切り札になった。翌日、妙な説得力の
ある、あの「なるほど」を連発しながら意気投合した様子で代行閣下を旗艦内
をガイドして回る副参謀長の姿が艦内のあちこちで目撃された。パトリチェフ
はその中で懇切丁寧にヤンの仕事を説明し、『不敗の魔術師による戦史に
残る革命的な一大作戦』の立案作業に司令官を専念させることを、快く
ユウナに承諾させてしまったのである。
「艦隊将兵全員を歴史の目撃者にしてくれるそうですね。とても士気が上がって
ますよ」
司令官卓に脚を投げ出してぼんやりしているようにしか見えない被保護者
への報告を、ユリアンはそう結んだ。ヤンは、どうにも表現しがたい表情を
ベレー帽で隠すと、「ふん」と言ったきり寝たふりを決め込んでしまった。