07/11/12 00:32:25 Ae5T4DkO
ヴィラルは困惑していた。
あれほど自分を苦しめていた腹部の傷からは、ほとんど痛みが消え去っている。
血も止まり、ただ僅かな傷跡が残っているだけ。流石に完治しているとは言いがたいが、それでも異常な回復速度だ。
これが自分の体質によるもの、つまり螺旋王の改造による物なのかとも一瞬思ったが、予想は外れているようだ。
目の前のシャマルがいつの間にか手につけていた奇妙なグローブ。
そこから発せられた光が自分の傷を包み、痛みを少しずつ和らげて行くのをこの目で見た。
ならば、シャマルの持つこのグローブが癒しの力を持っている、という事か?
もしそうなのならば僥倖だ。回復の力を持つ支給品があるのならばそれは非常にアドバンテージになる。
しかし……その他にももう一つの可能性がある。
それは、この回復の能力がシャマル自身の持つ力だと言う事。
この『実験』の開始を告げられた時のあの場所…見慣れた螺旋王の玉座の間の中に、ヴィラルは他の参加者と共に存在していた。
その時に見た、螺旋王に刃向かい無様に命を散らしたあの男。
あの男は奇妙な水晶を掲げた瞬間にその身に鎧を纏うという、奇妙な力を持っていた。
目の前の女性、シャマルもそれとはまた別の奇妙な力…ヴィラルの予測が正しければ回復の力を持っているのではないか?
だが、もしそうだとすると疑問が生じる。
当たり前の事だが、ヴィラルは『薬などを用いることなく怪我を治す』力が存在することなど知りはしなかった。
獣人として螺旋王に命を賜って後、同じ獣人達の中でもそんな能力を持つ者など見たことが無い。
しかし、シャマルはその奇妙な力をヴィラルの目の前で実際に使って見せた。
それはどう言う事だ?
シャマルは獣人には無い能力を持っていると言う事。
そしてそれは、シャマルが獣人などでは無いと言う事に繋がるのではないか?
獣人では無いと言う事は、つまり………彼女は自分と同じく螺旋王に仕える者では無い事になる?
もしそうだとすれば、シャマルは自分の敵だ。
人間では無い事に変わりはないようだが…それでも、この実験の参加者であればこの手で殺さなくてはならない。
今、ヴィラルの手元に武器は無い。しかし相手は非力な女性一人、素手だとしてもすぐに殺せる。
大丈夫だ、その首を絞めてやるだけで済む。力を込めれば引きちぎる事も出来よう。
そうやって、殺せばいい……自分を助けてくれた相手をか?
ズキリと、塞がった筈の傷が痛みを発した気がした。
「今、私が貴方に使ったのは『魔法』と呼ばれる力よ。
私や機動六課に所属する者だけが使える、特殊な力の事を『魔法』と呼ぶの」
シャマルがゆっくりと、ヴィラルに今起きた事の説明を始める。
マホウなど、聞いた事の無い単語だ。やはり……そうなのか。
いや、待てよ。自分は今までキドウロッカという部隊の存在も知らなかった。
ならば、このマホウという能力も、極秘裏に螺旋王が作り出した物なのか?
それとも……キドウロッカの情報自体が、嘘だったのか?
感づかれぬように、自身の体に力を込める。もしも、『その通り』だった時の事を想定して。