07/01/07 23:25:49
第四十八話『こんな所じゃ止まれない』(後編)
「MSに乗って敵を倒したことはあっても、生身で人殺しをしたことは無かったってわけか。」
「…ああ、そうだよ。」
力なくシンは答える。ナイフで二人、部屋を脱出してからすでに二十人以上。敵とはいえ、自分と同じ人間を殺した。MSに乗っていて今まで
見えなかった戦争のむごたらしい部分が見えて、シンは嫌悪感と恐怖を覚えていた。
「MSにだって人は乗ってる。けど今までパイロットがどうなったかなんて考えたことも無かった…。」
「…ちょっとは俺たち歩兵の気持ちがわかったようだな。で? お前さんはまだ『誰もが幸福に生きられる世界』なんて夢、持ち続けるつもりか?」
「『誰もが幸福に生きられる世界』…。」
カトックの皮肉がシンの中で反芻する。MSに乗っていて見えなかった世界、このむせ返るほどの血の匂いが彼のまわりでは立ち込めている。
自身の家族が殺され、敵を倒すことだけに目を向けていたが、自分の手がこんなに血まみれだったとは想像していなかった。
「こんな血まみれの俺が言っても、説得力ないな…。『誰もが幸福に生きられる世界』なんて所詮夢物語……。」
バシィィッ!!
カトックの左手がシンの右頬を引っ叩く。叩かれたシンは壁にぶつかり、簡単にひざを折った。力なく座りこむシンの襟をつかんで強引に顔を自分の目の前に持っていく。
「バカ野郎、お前は自分が言った理想がどれだけ大変か今ようやく理解したんじゃねぇか。この現状を変えるために何をしたらいいか、どう動けばいいか、何を使えばいいか! その頭と体は飾りか!!?」
「…血まみれの俺に、そんな資格は………。」
「資格も三角もあるか! 汚ねぇこと知らねぇやつがドンだけ奇麗事ほざこうがそれはただの妄想だ!! 綺麗なことも汚ねぇことも知ってる奴じゃなきゃ、そんな馬鹿げた理想を実現したりしねぇんだ!!」
フリーデンで捕まって尋問を受けていた時は飄々としていたカトックが、本気で親が子供を叱るように激しい口調で言葉を吐き出す。
「俺は、お前がそんな馬鹿げた理想を持ってると知った時は腹の底から笑った。なんにも知らねぇガキだったお前が一つ賢くなったってのに、ここでやめちまったらお前はただのくだらねぇガキに逆戻りだ!!」
「……何が言いたい?」
「俺にはお前みたいな理想を持つことはできん。お前は俺の十分の一も汚さを知らん。その馬鹿げた理想を実現したかったから清濁併せ持ってみろ!!」
「……俺が言い返さないからって、ごちゃごちゃ口出ししないで下さいよ。」
そういってシンはカトックの腕を振り払う。さっきまで青白くなっていた顔に血の気が戻り、体中から熱が感じられた。
「あんたはおれよりも多くのことを知っている。今はあんたに勝てないけど、あんたは俺が言い負かす。いつか、必ず!」
カトックに背を向けたシンは開いた左手をきつく握り締める。その様子をカトックはうれしそうに唇の端を上げて笑った。
「俺はこんな所じゃ止まれない。たとえ血にまみれても!」
「…ッたく、立ち直りが早いんだから。」
頭をぽりぽりとかきつつガロードがシンに近寄る。ガロードの目から見ても彼の様子は先ほどとは比べ物にならないくらいエネルギーにあふれていた。
「行こうぜ、俺たちは今格納庫に向かってんだ!」
「格納庫に?」
「アイムザットのおニューの玩具をいただこうって寸法さ。」
ガロードとカトック、そしてシンを加えた三人は格納庫を目指し再び動き始めた。