06/05/19 22:09:09
26 薔薇の船
ニナの提案で、アルビオンはラビアンローズという、アナハイム所有のドック船と合流することになった。
彼女によれば、シーマの行動はとんでもないことだという。
まず、タイミングを合わせてミラーを切り取ることで、回転しているコロニーの回転軸がずれる。
偏った軸のまま回転を続けるコロニーは互いに衝突する。二つのコロニーは離れていき、そのうちの片方が月の重力に引かれてフォン・ブラウンへと向かうのだ。つまり、これはわずかな作業を行うだけで実行できるコロニー落としということになる。
「これがやつらの目的だって言うのか!」
コロニー落としの悲惨さを直に見ているシンは、最早正気ではないと感じ、叫んだものだ。
あの作業では多くの同胞が死に、さらに、ユニウスセブンを落とそうとした元の同胞たちも命を散らしていった。その結果、地球に住む何億というナチュラルが死した。惨劇に次ぐ惨劇だ。
「あれは破壊しか生み出さない、最悪の戦略だ……これ以上は許すわけにはいかない!」
核兵器の使用を止められなかった彼らだが、さらに恐ろしい大質量兵器による爆撃は阻止せねばならない。だが、フルバーニアンを失い、サイサリスをも回収できずに破壊した彼らには、戦力が決定的に不足していた。
そのため、ガンダム3号機のトライアルを行っていたラビアン・ローズと合流することになったのだ。尤も、ニナは最初、反対だった。だが、最早どうしようもないところまで来ており、ラビアン・ローズに行くことを提案するしかなくなっていた。
ラビアン・ローズでトライアルを行っていたと言っても、実のところ、完璧には終わっていない。デラーズ・フリートの蜂起により、中断されていたのだ。
つまり、どの程度の性能かは使ってみない限りわからない。これは完全に博打だ。デラーズたちを止められるか、コロニーを落とされるかの。
ラビアン・ローズは不思議な形をした船だった。全体的に赤いカラーリングと、薔薇の花弁のような形もそうだが、中心部や外周部から伸びたいくつもの作業用アームが、まるで食虫植物の触手のようだ。
アルビオンの乗員はそうでもなかったが、シンはおっかなびっくりだった。この船の用途は知らされていたが、さすがにこの外観では多少気が引けるのだろう。
そんな彼がほっとし、そして喜んだのは、この船である人物と出会ったからだった。アナハイムでデスティニーを担当していた技師、ポーラ・ギリッシュだ。
「ポーラさん!どうしてここに?」
「あるものをあなたに届けようと思ってね。ついにミラージュコロイドを完成させたのよ!」
「ええ!?」
さすがにシンも信じられなかった。ミラージュコロイドはかなり特殊な化合物だ。下手をすれば、こちらに存在しない物質を使っていてもおかしくないというのに。
「ガンダリウム合金に使うレアメタルから合成してみたの。あなたの機体から採取したサンプルと分子構造は勿論のこと、拡散の仕方から分解までの時間まで、全てが一致したわ。」
「そりゃすごい!」
レアメタルというからには、相当な金額だろう。情報に対する代価にしても、ここまでしてくれるとは。
「ただ、あるだけもってきたけど、使用限界時間は合計10時間よ。使用方法によってはもっと短くなるかもしれないわ。それに、予備は確保していないの。これを使い切ったら後がないということを覚えていてね。」
それだけでも十分だ、と彼は思った。今までミラージュコロイドどころか、デスティニーすら使えなかったこともある彼にとっては、制限時間付きとはいえ、能力を完全に解放できるようになることは、大きな意味を持っている。
「これで全力で戦えるんですね。ありがとうございます。」
「それから、機体のデータ解析の結果なんだけど、この機体、強力なリミッターがかかっているみたいね。」
「リミッター?」
そんなものは初耳だった。というより、今まで制限した能力だけで戦ってきたというのか。
「ええ、この機体の推進装置は本来、推進剤を爆発させなくても、十分な加速力を出すことができるのよ。超電磁推進はそれだけ強力な装置なんだけど、この機体には最も重要なものが欠けているの。」
ここで一呼吸おき、ポーラは続ける。
「このデスティニーは、コックピットの加重緩衝機構が貧弱なの。つまり、加速時の加重にパイロットが耐えられないことになるわ。だからリミッターがかかっているわけ。」
「リミッター……それ、外せませんか?あいつらを止めるにはそれくらいしないと!」
「よくて失神、悪ければ圧死することになるわ。それでも?」